私季彩々
DiaryINDEX|past|will
| 2001年07月11日(水) |
熟れてゆくということ |
火曜日から木曜日まで休む気になれば休めるという貧乏人唯一の特権を振りかざして山に行こうと思っていたのだがぱっとしない空と天気予報の傘マークに勢いを削がれだらだらすることになった。 一向にかたつかない部屋とガスのない状態でカップラーメンが恋しくなった。お湯が沸かせないというのは不便なものだ。そこで電子レンジで湯を沸かすという暴挙に出たのだがこれがうまくいった。なんとも高い湯なのだろうか。うれしかったけれどなんとなくわびしくもなり、車のトランクにいれっぱなしにしていたカセットコンロを持ってきた。火とはありがたいものである。
夏になりきらない街の部屋で本でも読むかと寝転がった。1年くらいほったらかしにしていた文庫からたまたま選んだのは100ページたらずの短編だった。 不倫ののちに別れた大学生の女性が主人公だ。自分の性の奥に潜む過去の混沌がじわじわとよみがえってくる様が描かれた傑作だ。ある夏訪れたホテルでよみがえる記憶。それが今とつながる瞬間に終わる。 人にとって性の経験というものは直接的なものだけではなくあらゆる物事にリンクをはっているようなもので避けては通れないものだ人を描くという事の中にはその人の性(サガ)を描くという事もある。最も直接的なものはやはり性のことになるのだろうか。 これほど官能的な詩と文に出会ったのは久々だった。官能という言葉にわかりつつも嫌悪感を持っていた私はやはり何か大切なものから逃げてきたのだろう。自分がどのような衝撃を内包しているのか、与えてきたのかを考えないようにしてきたなと思ってしまった。
以前は短歌をよく詠んだ。叙情的というとよく言いすぎだが風景をさらりと詠むことしかできなかった。凝縮された言葉達の持つ肉感溢れた、触れると崩れそうな火傷しそうな詞に打ちひしがれたものだ。
妙に生暖かいので窓を開けてみた。札幌の街は涼しい。作者はこの街で生まれ育った。直木賞受賞作とのことだ。
※「熟れてゆく夏」 藤堂志津子
Home&Photo
|