私季彩々
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| 2001年07月10日(火) |
富良野今昔変わらぬものと |
昼間は確かに暑くなるけれど夜は大分涼しい。天気予報では明日は最低気温が20度だというからようやく暑い暑いで一日を過ごすのだろうか。ベランダで何か実のなる植物を育てようかと思っているのだが、8月に入れば季節は急速に秋だからもう一月しかない。やっぱり北の夏は短いのだなと痛感してしまう。 高架下に申し訳なさげにラベンダーが花を咲かせていた。札幌では終り気味だから富良野は今が盛りだろうか。何度か訪れているけれど私のイメージ的には写真の光景にはかなわない。一瞬の光を留める写真という芸術に改めて謝意を感じてしまう。ま、それは私にそれを直接感じる心をまだもっていないためだろうけれど。
そんな私だが一度だけ富良野ではっとする光景に出会ったことがある。夕焼けに染まる十勝連峰だ。美瑛から富良野へと下る途中で刻一刻と変わる光の中で思わず車を止めた。残雪は茜色に染まり緑は溢れる光を蓄えた黒となって淡い水田の鏡へと連なっていた。 近年では観光地として定着した富良野だが三浦綾子さんの小説”泥流地帯”で描かれている通り十勝岳の噴火とそれに伴う泥流で大きな被害を受けた。うっすらと煙を上げている十勝岳は無垢に誠実に生きる人々も劣情に翻弄されつつも今を生きる人々にも等しく降りかかった。
夕焼けは雲に隠れていったが一瞬そのスリットからこぼれた光がゆらめく淡いカーテンとなって山々を取り巻き紅の粒子で染め上げた。すぐに彼らは雲へと舞い戻りゆっくりと東の空は闇に沈んでいった。
札幌は梅雨時のようなしっくりしない天気が続く。ベランダに出てみると小雨が降っていた。あのときの光景をふとおもいだしつつ本を取り出してみた。
「じっちゃんだって、ばっちゃんだって、おれとおんなじ気持ちだべ。恐らく馬鹿くさいとはおもわんべ。生れ変ったら、遊んで暮らそうとか、生ま狡く暮らそうなどとは思わんべな」 「泥流地帯」 三浦綾子
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