私季彩々
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2001年07月06日(金) ずぶ濡れで唄うなら

 今週は晴れ間が少ない。夕方は随分派手な雨が降ったし、夜はむしろ寒い。
 南3条通りを泣きながら走った事がある人は、中嶋みゆきファンであること疑いないだろう。そうまでいかなくても、ずぶ濡れになりながら歩くというのはなかなか気持ちいいものだ。

 美しい女性が土砂降りの雨の中、まっすぐ正面を見据えて歩く。背広を着た男供は傘を握ったまま振り向くけれど、声もかけられずに見送っていく。
 カールのかかった髪が頬に張り付いたまま、うつむきがちに歩いている少女。思わず傘を差し出そうとするも、彼女はそのまま通り過ぎていく。
 髪の長い女学生が3人、ずぶ濡れになりながらもはしゃぎながら駆け抜けていく。地下鉄の入り口で、行くかどうか悩んでいるおじさんたちを尻目に。濡れた制服は肌に張り付いて、うっすらと下着の跡が見えたりする。

 どんな場面にしろ女性は良く似合う。大通り公園、ビジネス街、赤レンガ前、どんなところでもセリフのない短編映画ができそうだ。

 これが男だとどうなるか。マンガ喫茶で時間を潰して、地下街を出ると土砂降り。朝持って出たはずの傘は職安に忘れている。いくらまっても雨は止まない。200mくらいと走り出すも、あっというまにずぶ濡れ。シャツは肌に張り付くも、浮き上がる体は痩せていてただの濡れ鼠。雨を滴らせて傘を取り戻すも、職安の人には変な目で見られる。いまさら地下鉄に乗るわけにも行かず、傘をさしても意味がないから家まで歩いて帰る事になる。道行く人のロマンを掻き立てる要素などどこにもない。ああみじめ。
 思い返せばこうなるけれど、周りを見なければなかなか楽しいものだ。ずぶ濡れというのも悪くはない。”雨に唄えば”などを口ずさみ街を闊歩するのも悪くはない。傘などさしてる連中に、この気ままさを誇示したくなった、一瞬だけど。

 でも、やっぱりロマンは女性に限る。想像力を分けたければ街を濡れて歩いてみてくだされ。
 ”道に倒れて誰かの名を呼びつづけた・・・”、なんてこともきっと許されましょうぞ。 Home&Photo


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