私季彩々
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2001年06月03日(日) 差別の構図

 深夜テレビでアイヌのノンフィクションをしている。彼らは自分達の事を”ウタリ”と呼ぶからそちらの方がいいのだろうけれど。
 二風谷というところにダムが完成したのは10年くらい前だろうか。テレビで随分やっていたけれどあまり意識にはなかった。この地は彼らの聖地。それが工業用水確保の目的でダムに沈む事になった。その元締めの苫東開発は頓挫したが、目的は何故か洪水防止に変わった。公共事業は作る事が目的であって大義はどうとでもなることがよくわかる事例だ。

 私の小学校と中学校には一人のアイヌ女性がいた。彫りが深く色黒で体毛が濃かった。子供の世界は残酷なものでひどいあだ名をつけては差別をしていた。
 彼女は運動神経がとてもよかった。マラソン大会で運動靴を忘れて長靴で走って優勝するという伝説もあった。それもまたネタになってしまう。差別の構図というのは意識にある限りなかなかぬけられないものだ。

 ある日私の家の前で彼女が遊んでいた。野いちごの実が赤く熟れて風が冷たく感じられる季節だった。私は彼女に話し掛けたが悪態をついてさっさとどこかへいってしまった。特別いじめに加わっていないつもりだった私は悲しかった。少し怒りもあった。
 勝手なもので具体的には何もしていないというだけで味方のような気になっていた。何もしない事自体が立派ないじめだ。それなのに傍観者が正義の味方ぶっていた。

 さまざまな差別がある。それは人と人が接するところでなければとわからない。子供だろうと大人だろうとその重さはかわらない。ましてダムのそこに沈むものではない。

 彼らはほとんど文化を失っている。言葉を理解する人もほとんどいなくなった。差別の意味がわかったときにその相手は消えてしまう。マスの海が押しつぶしてしまう、その怖さに気付く。

 私も確かに人を傷つけてきました。
 そのことから始めないといけないのですね。

 ひとつだけ、彼らの堀の深く目の大きな特徴はとても美人だなぁと思っていました。今あったらそのことは言いたいと思うのですけれどね。 Home&Photo


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