私季彩々
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わたしはムツゴロウこと畑正憲氏の随筆集が好きだ。1冊を除き古本屋に足を運んでは100円のところをあさって買ってくるわけだけだが、馬の話を今読んでいる。あの4本足でヒヒーーンとなくあの動物だ。
あの滑らかにたゆたう肌の曲線は脚線美を通り越して神の御技である。敷藁のにおいもかぐわしい。そんな彼らにブラシをかけてその肌にふれればついつい頬をその肩にうずめてにやりとしてしまう。 馬に乗ると視点がとっても高くなる。目の前にあるがっしりとした首が前後に動き、地面がゆらゆらとゆらめくと雲の上にいるような気分になれる。石狩湾を望みながら20分も春風のそよぐ丘の上を歩いた。下りた時には内股が熱をもってすれてしまった。スパッツって大事なのねん。 馬に乗れば鳥が逃げないらしい。いつか森に分け入って寝入ったふくろうの横できつつきのドラミングを聴いてみたい。 そんな馬の想い出は随分遠くなった。いい思い出だからまたいつか馬に乗ろう。 でも、初期の馬との出会いには悲しいものもあった。
私がはじめて解剖したのは、フナでもラットでもなく”馬”だった。馬房から引き出した故障した競走馬を”健体”解剖室へと連れて行った。荒縄をかけて引き倒し男十数人が上に乗って押さえつけた。頚動脈を露出させ、切断。どくどくと流れる鮮血とともに呼吸が荒くなる。痙攣し全身を激しくゆさぶる。みんなしっかりと押さえつける。馬の体は熱くなってくる。顔をうずめるもの、血走った馬の目を睨み付けるもの。血はだんだんと勢いを失い、排水溝は赤くなる。先に流れた血は固まって、鮮血はその上にまた新しい層をつくっていく。心臓の鼓動はいよいよ早く、小刻みになっていく。震えるように早くなり小さくなって収束していく。 そのあと解剖の授業が始まるのだが、何より覚えているのはその暖かさと熱さ、抵抗と震え、訴えかける目だ。始めの一日で学ぶべきことのほとんどが凝縮していたように思える。
馬が首を下げて草をはむ。それは本当に美しく力強い。人ともっとも長くともに暮らしてきた生き物なんだなと爽やかな気分になって”ありがとう”とつぶやいてしまう。 そして、あの日私が命というものを手に取ったこと、そのことを一瞬だけ思い出して青空にとばしてみる。
そうすることで、尚のこと彼らが愛しく思えるのです。
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