私季彩々
DiaryINDEX|past|will
| 2001年05月20日(日) |
MASTER OF LIFE |
久々にゆっくりでかけた。森林散策という地味ながらも行ってみたいと思っていたネタ。私は元来田舎者だけど、森のことはよく知らない。こういうのは1人ででかけるのも何だし、かといってこういう趣味を持つ人ともなかなか出会えなかったし。
バイト先は何故か定年になった方々が多い。そこでとてもいい顔をしている先生がいて、いろいろと話が合った。山の事や森の事が多かった。と、その方は森の案内人のようなものをやっているとのことで、ご一緒させていただく事になった。後輩の1人に声をかけると10人以上も集まった。誰もいいと思っていたらいきなり機会と10人の同好者が集まった。 ま、軽く、というつもりだった。が、この先生はますます元気になって熱意熱弁を振るいだす。自ら美しいと思ったものを満面の笑みをたたえて。蛙はアカガエル。桜の葉には香りの顆粒がある。熊ゲラのドラミング音。ヒトリシズカにエンゴサク。私なら30秒で過ぎるところを10分もかける。突然足元を指差したかと思うと樹の先に双眼鏡を向ける。40も年下の私たち(私は30だけど)に未来を語る。この森がいかに危機にさらされているか。ブルトーザーが走った跡を指差して。その中に小指の長さくらいの楓の若芽をみつけて喜々とする。私たちはその苗木と重ねてくださっているのかもしれない。 私には見えないもの達を伝えてくれる。名前を教えてくれる。鳴き声を教えてくれる。それは全て忘れていいという。そのことがわかる。感動している人の言葉と表情はそのまま伝わってくる。それだけで十分な力がみんなの間で循環する。名前なんてのは後からついてくるのだから、そのときの楽しみにしときましょってことかな? 音だけでも感じる事もたぁくさんある。だからこそわかる事もある。風の音、香り、圧、味だってあると思えるし、目にだって見える。葉が舞う、雲がゆらぐ。五感を動員して感じられる事はそれぞれの感覚でより鋭敏になる。 そのきっかけはいろいろとあるのだろう。けれど盲の私にはどうしても見えなかった。そのきっかけをくれた先生は私の師匠となった。私が勝手に呼んでるだけだけど。 師匠は言う。”一次情報が大切だ”。本当にそのとおり。どんな偉い先生の本を読んだって野の花はわからない。伐採される木々がいかに森にとって必要か感じる事は無理。キツツキがドラミングする木を知ることはない。何より働いているのは頭だけなのだから。
帰りに連れて行っていただいたのは住宅街裏のガレージ奥にあった。裏口のような扉を開けると木のテーブルと椅子にぬいぐるみと手作りのケーキ。森を愛する人たちが集うお茶付の待合席。愛想のない三毛猫のおまけつき。
とりあえず猫を飼いたいな。そして花をしりたい。それだけのことだって、私はできなかった。一人では始められないこともある。だから感謝の気持ち。私にも何かを伝える事ができたらいいな。そのためには感動する心を育てる事なんでしょうね。
”今までで一番楽しかったのはいつ?” 師匠はこうこたえてくれるだろう。 ”そうだねぇ、今ですね”
それが私の夢。 本で読んだセリフの姿をようやく感じる事ができた、そんな空青い一日でした。
Home&Photo
|