私季彩々
DiaryINDEX|past|will
オランダの国での話。ワークシェアリングの話。フルタイムとパートタイムの格差を無くすこと。私はこのことを漠然と考えてきたがそれを実践している国があったとは。
職安に通うといろんな求人がある。だけど、どれを見ても公務員や大きな企業とはあまりに大きな隔たりのある給料。まぁ、それはいいとして・・・。 問題は実際に働いている現場での正社員とパートの差だ。責任は変わらないならば、どう考えても格差がありすぎる。今は、若い人がパートタイムで働いていてその隙間を埋めているけれど、その働きは十分に素晴らしい。短い時間で効率よく働いていて密度が高い。それに比べてどう考えても”おいおい”という正社員もいる。いったい何の差なのか。
昔働いていたところで労働組合の勧誘が来たことがあった。真っ先に話した事は給料と休みの拡大だ。それはよくわかる。けれど、一般的に見て私のいた職場は休みも十分だし給料も満足だったし、自分が休んでもそれを補える余裕のある人員がいた。自分の身分に関しては十分だったが、組合組織はそれでは消え去るのみ。他の会社の事は知らないから、その中で不満を拡大解釈して、どんどん条件をよくしようとする。それはありがたいけれど、働くという事はお金と休みだけではない。 それよりも、非常勤で働く人を救おうとしないのか。それがわからなかった。不安定で待遇のよくない彼らを何故助けないのか。そんな矛盾を感じていた。
今思うと、それならば自分達の権利を分け合うべきだったのだ。私はどっぷりと既得権益に浸っていた。あたたかな笑みを浮かべて自分の権利だけを守っていた。 働きに見合った給与を得るべきだ。だけど、それが過大だとすればどこかでだれかが犠牲になっている。どんな仕事も職場も切り離されたものではない。 時代がパートを求めるならばそこに権利を分け合うべきだ。パートだから、主婦だからなどという言葉は何の意味もない。
他にもたくさんの事例がある。守りに入っているときに、守られている時がついた時に、それがただの既得権益ではないのかどうか、一人一人が自問しなくてはいけない時代だ。それを変わりに背負っている人間は、生まれたばかりの赤ん坊や自分の愛する子供達なのかもしれないのだから。
Home&Photo
|