私季彩々
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眠れない夜を抱えた人にあった。本当に可愛がっていた猫をなくしたそうだ。帰ってこない猫を待って、届いたのは訃報だったそうだ。 その猫はたいした外傷もなくなくなっていた。鼻血が少し。獣医さんでも死因はわからなかったそうだ。3日前からその場にいたが、硬直はなく今死んだまかりに思えたそうだ。
ペットッロスというのが今話題に上る。死という別れは大きいものだけどそれがペットであっても同じほど大きな衝撃の余波が続く。そういう例が多くなった事と、社会がその事を驚きつつもようやく認識してきたということだろう。 突然の死を防げなかった自分、立ち直れない自分、もの言わぬ彼らに十分な責任と幸せをあたえれたのだろうか、死の原因は他者にあるのではないか、この悲しみをでうして社会はわかってくれないのか、何故自分はその死を受け入れて前向きになれないのだろうか。 当然わかっていることができなくなる。正論は冷徹。人の優しさがうっとおしくなる。それを受け入れられない自分に苦しむ。構造は他の悩みとさして変わらない。
動物は後先を考えて生きているわけではない。後悔は人間の業。彼らは日々を悩みなく生きる事を知っているし実践している。それはいつ死んでもその死を受け入れられるという事だと思う。特に家畜となった動物達は人と暮らす事によって幸せを得ているのは間違いない。彼らは人なしでは生きられないのだから。
ペットロスは生きている人間のみの問題といっていい。ただ間違ってはいけないことは、動物達は間違いなくあなたと一緒に暮らして幸せだったという事。たとえ狭い部屋飼いだったとしても、そのことは自信を持っていえるのです。ひとりの獣医として。
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