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2006年05月17日(水)
少し前のトリノ五輪やWBCを観ていて感じたことだが、 国家と国民の若返りと健康の中心に、スポーツというものがあるということ。 これは、どんな薬よりも効き目があるのではないだろうか。 まさにスポーツは国民の活力、元気、やる気の源でもあると思う。 スポーツとは科学と同じように時代の文明の頂点にあり、 さらに精神性を含めて芸術や演劇そして他の娯楽よりも 重要な信仰をもたらしているのではないだろうか。
自分の国や贔屓にしているチーム、好きな選手やアスリートの 活躍や勝利を祈る気持ちを持って、自分たちはゲームやプレーを見る。 勝利した時、まさに女神の微笑と祝福を与えられ、 見ている者にも勇気や希望が沸き起こる。 そして限界のない感動を得ることができる。 逆に負けた時は幸運に見放され、努力や能力の至らなさを知らされ、 深い悲しみや悔しさを共有する。 そうゆう意味でもスポーツとは人生の学校のようなものかもしれない。 本当の学校だけが教育の場で決してないのだ。 スポーツを見ているだけでも十分に人生の勉強になるのだ。
スポーツの本質のひとつに「最後まで諦めない」 そして「辛いことをやり通す人間づくり」がある。 例えば、先のWBCでも二次リーグで韓国に負けた時点で 自力で準決勝進出がなくなり、メキシコ頼みとなってしまった。 普通なら、この時点で集中力は切れてしまい、 たとえ準決勝に上がっても本来の力を発揮できなくなるものである。 また準決勝では2連敗していた韓国に雪辱した時点で満足して 張り詰めていた糸が切れてもおかしくなかった。 しかし王Japan・日本ナインは違った。 最後の最後まで集中力を保って試合に臨んでいた。 ほんの少しでも可能性があるなら、決して最後まであきらめてはいけない。 それが集中力の持続にもつながってくる。 これを見事に証明してくれた。
余談だが、韓国は二次リーグで日本に勝利した時点で まるで優勝したかのようにビクトリーランをしていたが あれで緊張の糸が切れてしまったのだろう。 兵役免除の4強入りも果たせたしね。 あの時点で集中力の切れた韓国は、やはり優勝に相応しくない国だった。 最後まで諦めずに集中していた日本の優勝こそ本当の勝利だった。
見て応援するだけでも、スポーツを通じ人は成長する部分も多大にある。 トリノ五輪、WBCも終わってしまったが、プロ野球はすでに開幕し、 現在は交流戦の真っ最中で毎日熱戦を繰り広げている。 そして国民の大きな関心事でもあるサッカーのW杯まで1ヶ月をきった。 また、秋にはバレーボールの世界選手権もあるし 今後も様々なスポーツを通じて自分を高めることが出来るはずだ。 そして、もちろんジュピターズの勝利とともに高められれば最高。
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