Web Masterの日記



鈴木亜美&吉祥寺

2004年04月22日(木)

最近、暑い日が続くなぁ…。
左肩にサポーターしてるから帰宅すると汗びっしょりだよ。

つい先日の日記に於いて鈴木あみの芸能界復帰は無理だろうと書いたが、
今朝、芸能ニュースで昔と変わっていない懐かしい笑顔を見ることができた。
当時と同じ黒髪、22歳になっても、あどけなく眩しい笑顔。
鈴木あみ改め鈴木亜美が、ついに3年半の沈黙を破って活動を再開する。
以前、休業中に写真集を出版した文芸春秋からCD「強いキズナ」を発売。
所属事務所やレコード会社と金銭トラブルで
法廷で争う泥沼化した問題もクリアできたが
結局、ダーティーなイメージを払拭させるまでには至らず、
新たなレコード会社と契約はできず、
出版社からのCD発売という過去、例のない異例の最デビューとなった。
所属事務所もなく、実兄がマネジメントするというし
活動復帰をしたものの、先行きはかなり不透明で不安な状況には変わりない。
出版社発売のCDなので音楽CDとして扱われず、あくまでも書籍扱いになるらしい。
なので何万部売れようがオリコンなどのチャートには反映されず、
日販やトーハンなどの書籍売り上げとして計算される。
音楽扱いではないのでラジオや有線でかかることはあるのだろうか?
歌番組の出演はあるのだろうか?気になるところだ。

もともと鈴木亜美の歌唱力はたいしたことなかった。
いや、あの頃の小室哲哉の曲は鈴木亜美には難しすぎたのかもしれない。
ただ、この3年半もの休業期間中、毎日、ボイストレーニングやダンスレッスン、
英会話やパソコンまで勉強し、歌唱力は抜群にアップしたと言われている。
あの頃だってヘタはヘタなりに一生懸命、小室の難曲を歌っていた。
ベストアルバム「FAN to FUN」は今、聴いても良いアルバムだと思う。

鈴木亜美が活躍していた時、同じASAYAN出身のモーニング娘。もデビューし
なにかと比べられていた。
いまや脱退や加入を繰り返し国民的グループに成長している。
また、ちょうど鈴木亜美が表舞台から消えたと同時期にスターダムに輝いたのが
スーパーアイドル・松浦亜弥である。
さらには宇多田ヒカルや倉木麻衣、浜崎あゆみなど
女性ボーカリストは大物揃いの今の歌謡界。
出版社発売CDというハンデをいきなり負ったアミーゴは、
どこまで元の輝きを取り戻せるのか、以前のファンとしては大いに注目してみたい。

話は変わり、吉祥寺駅前から五日市街道まで続くアーケード「サンロード」が
昨日、新装オープンしたというニュースを見た。
サンロードはアーケードが設置されてから実に32年もの月日が経過し、
老朽化が問題になっていた。
都や市から補助金を得て約10億円!もかけて全面的に改装されたという。
驚くべきは、新アーケードの屋根は開閉式で、晴れの日の昼間は屋根を開け、
夜間や雨の日は閉じる。さらに閉じた天井が大型スクリーンとなり、
街の情報などが映し出されるという超豪華な造り。

サンロードは1971年に建設され、市民からの公募により名付けられたが
サンロードというわりにはサン=太陽を見ることのできないアーケード道だった。
しかし今回の全面改装により太陽の光を浴びながら吉祥寺の表玄関として
買い物客でさらに賑わうだろう。
自分も吉祥寺には多くの想い出がある。
中学時代や高校時代は実家から自転車で通える距離なので、よく遊びに来た。
中学時代、初めて××××(自主規制)して捕まったのも吉祥寺だった。
中学、高校と当時に付き合った女の子との最初のデートは
自分のよく知るテリトリーでもあった吉祥寺へ連れて行くことが多かった。
まず最初は吉祥寺から…という感じ。
しかし車を運転するようになった頃から、次第に吉祥寺で遊ぶ回数が減った。
なぜなら車なので行動範囲が広くなったことと、
当時の吉祥寺は異常に駐車場が少なかったことが原因である。
それでも大学1年の時は吉祥寺から大学のあった高尾まで
中央線に乗って通学していたので、ほぼ毎日、吉祥寺へは行っていた。
最初の頃は原付で通い、駅周辺に路駐していたが
原付へのいたずらがひどかったので、駅から少し離れた場所に月極駐車場を借りて
実家から車で吉祥寺へ行き、月極駐車場に停め、少し歩いて吉祥寺駅へ、
そして中央線で高尾まで通っていた。
月極駐車場といっても、もう20年以上も前なので月3000円くらいだったと思う。
以前、久保田が住んでいたアパートより、もう少し五日市街道沿いの住宅地の中、
狭く入り組んだ道を進み10台くらいしか駐車できないスペースだったと記憶している。
だから大学1年の時は毎日、吉祥寺へ通っても、車を置いてあるので、
そのまま車に乗り込み、違う場所で遊んでいたな。
そのまま歌舞伎町とか行ったりしてた。
大学2年の時は大学の裏のアパートで一人暮らししていたし、
大学3年、4年は校舎が茗荷谷になったので、
まったく吉祥寺へ足が向かうことがなかった。

社会人になって田無のマックに勤めてから、何度か吉祥寺へ行くことがあった。
吉祥寺店に同期の奴もいたし。
しかし吉祥寺ほど行くたびに町並みが変わっている街も珍しいと思う。
自分が遊んでいた頃、東急裏なんて、あんなお洒落な店は一件もなかった。
近鉄裏はピンクゾーンだった。これは今もかな?近鉄は撤退したんだっけ。
サンロードでは「ルーエ」という喫茶店によく行った。
「ビリージーン」や「コンパス」にもよく行っていたな。
あと名前が思い出せない店が2、3件ある。
でももう、自分が行っていた店は全部ないんだろうな。
「ルーエ」は本屋になったのは知っているが、その後はどうなったのかな。
サンロードが新しくなったので久々に訪れてみたいが、
また一変した町並みに驚かされるのだろうな。
ところで東急チェリーナードだっけ?あそこは綺麗にならないのかな。
狭いんだよね、道幅が。「ロヂャース」や「きむらや」はまだあるのか?

欲張って鈴木亜美と吉祥寺という2つのお題にしたら、長くなってしまった…。
眠い…。明日も暑いのかな…。

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