ささやかな日々

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2022年04月07日(木) 
薄墨のような雲が拡がっていた朝。その僅かな割れ目を見つけた太陽が、その割れ目から四方八方に陽光を降り注がせていた。なんて元気のいい太陽だろう、とちょっと惚れ惚れしながらしばらく見つめた。毎日毎朝、このベランダから朝景を眺めるけれど、一度として同じことはなく、毎日毎日が新しい一日だということを教えてくれる。
息子の小学校がようやく始まった。始業式の今日、ランドセルを持っていくのかどうかで悩んでいる息子。どっちも持っていけば間違いないよね、なんて私が言ってしまったものだから、息子がしぶしぶ手提げとランドセル両方背負って玄関に出て来る。もう習慣のひとつなんだろうけれどマスクをつけている息子。いつこのマスクから解放されるのだろう。マスクなんてなかった日々が私には懐かしい。

ビオラに押し潰されそうになっている葡萄の芽。一本はもうダメかもしれない。微妙に色が変わってしまっている。残り3本あるはずなのだが、ビオラとクリサンセマムの勢いが強すぎて、1本行方不明。2本は何とか確認出来て、この子たちはちびっちゃいままだけれどそれでも何とか生きている。1つきりでもいいから、何とか生き延びてくれるといいのだけれど。葡萄の樹ってどんなふうに育つのか、見てみたい。幼少期住んでいた家に、葡萄の樹があった。微かに覚えている。季節になるとぶらんぶらんと葡萄の実が垂れ下がって来る。葡萄の棚。でもそれ以上のことは何も憶えていない。2階のベランダが異様に広かったあの家。そのベランダで私は、幼少期、歩行器に乗ってよく遊んだと聞いた。歩行器に乗って勢いよく地面を足で蹴るとびゅんっと走る歩行器。そのまま干してある洗濯物の波に突っ込んでいって、洗濯物をめちゃくちゃにするのが楽しくてしょうがなかったらしい。母が「おかげで何度か洗濯し直しさせられたのよ」と言っていた。
葡萄と柿。幼少期に家にあった果物の樹。その他実がなるものとして梅と金柑があった。今実家にはさらに、檸檬、ブルーベリー、キウイ、グレープフルーツといった樹たちが育っている。緑の手を持つ母の行き届いた世話のおかげで、みんな元気だ。
私は母の代りにはどうやってもなることはできないから、母の死後、その子らはどうなるんだろう、と時折考え込んでしまう。誰が世話をみてくれるのだろう。そう遠くない将来、父も母も死んでしまうだろう。その日を後悔なく迎えられるよう、父母もそして私も悔いなく迎えられるよう、今ここである今日を精一杯生きる。

SEの勉強をするようになった家人の、SEっぽい振る舞いが、正直苦手だ。家人はよかれと思って、自分が勉強した事柄を実行に移しているだけの話なのだけれど、それが妙に鼻につく。今日はとうとう、家人のそれっぽい振る舞いに、息子がパニックを起こして、結局へそを曲げてしまった。ちょうど食事時だったというのもあって、息子が床にでーんと身体を放って「もうわかんない!意味わかんない!何言われてもわかんない!」ときぃきぃ声で繰り返す息子を見ていて、いらいらっとする部分もあったけれど、同時に、分かる分かるそうなるよね、と頷いてる自分も、いた。
そうして気づく。ああ私は、結婚パーティーの時のあれこれや結婚時のあれこれ、出産にまつわるあれこれ等、すべて、忘れてはいないのだな、と。あんなことが平然とできる人間だったのだよ君は、と何処かで思っている自分がいると気づく。今どう振る舞おうと、あなたの今を透かして昔が見えてきてしまうから私はつらいのだ、と。気づく。
いや、そんなこと言ったら、誰も更生できないじゃないか、と、自分に腹が立ったりもする。でも今はまだ、そういうところに自分がいることを、改めて思い知る。なんてちっぽけな自分。ほとほと自分で自分が嫌になる。
今目の前の家人は、SEを勉強することを通してずいぶん変わったのだ。変わろうと彼は努力しているのだ。それはすごく分かっている。分かっているのだけれど。
まだ、私の幾つものこだわりが、「このままなかったことにするのか?冗談じゃないやい!」と悲鳴を上げている。

その悲鳴にじっくり向き合っていかないといけない。
私の大事な、家族だから。


浅岡忍 HOMEMAIL

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