| 2022年03月18日(金) |
いつ雨が降り出してもちっともおかしくないくらいの曇り空で始まった今日。息子は休校。家人は仕事。息子とふたりでばたばたと午前中を過ごす。宿根菫はこんな天気にも関わらず花盛り。そして、母から貰って蒔いた種からひとつだけ紫のグラデーションの菫が咲く。おかしいな、この子はこちらのプランターに蒔いたはずなのにどうしてこっちのプランターにいるんだろう? 種が飛んだのだろうか。でも何故に? 不思議でしょうがない。ちょっと笑ってしまう。そのプランターの中には名無しの権兵衛もいる。すくすく育っている名無しの権兵衛。一体君は誰なんだい? その隣で小さくなっている葡萄の芽。これ以上育つ気配がちっともない。ぴたり、成長が止まってしまっている。心配でならない。 薔薇の樹たちは、ホワイトクリスマスを除いて全員が今、びっしり葉を茂らせている。隙間がないんじゃないかと思うくらいだ。それで窒息しないのか不安になるほど。どの子ももっと陽を浴びようとぐいぐい陽射しの方に手を伸ばす。だから私は時々プランターの向きをくるりと変える。 クリサンセマムに早速アブラムシが付き始めた。本当は嫌なのだけれど薬を散布するのもちょっとまだ躊躇われて、仕方なく指の腹でアブラムシを潰す。花の首のところに彼らはたいていびっしりいる。だから花の首を一本一本、指の腹で辿り、潰す。こういう時は無心になるのがいい。虫にも命がなんて殺生を躊躇っているとどんどん彼らは増えるから。無心に潰す。ただひたすら。
非常に久しぶりに、Aちゃんが我が家にやってくる。息子が猫のひとと名付けたそのAちゃんは、花粉症が酷いらしくティッシュを繰り返し繰り返し鼻にもっていっている。以前彼女に作ったツナサンドをホットサンドで作り、昼食にする。「これこの前と同じレシピですか?」と言われたので正直に「玉葱多めね、今日は」と応える。この玉葱のみじん切りが結構辛いのだと心の中苦笑しつつ。彼女はいつも私が出すものに対して「おしゃれカフェみたい!」と言う。そのおしゃれカフェというものにあまり縁のない私は、いまいち分かっていない。きっと誉め言葉なんだと勝手に思って、ありがたやと思っている。 K先生にいつも言われるんです、あなたはプライドが高い、もっと病院や支援者を利用しなさい、って。ちゃんと自分の気持ちを言いなさい、って。と、彼女が話し始めるのをふんふんと相槌をうちながら聴いている。最初はただ聴いていたのだが、つい口を挟んでしまう。いらぬおせっかいだよと心の奥が言うのに、ついつい言ってしまう。すると彼女が「病院なんてもう行きたくないって、要らないって思っちゃってる自分がいるんです」と言う。だから訊ねる。病院なくても今生活成り立つの?とストレートに訊ねる。「いや、成り立たないです、はい」俯いて彼女が言う。 病院や支援者をもっと利用しなさい、気持ちを伝えなさいとK先生が言う理由が何となくわかった。そして、私もかつて大昔になるけれど、病院から逃げ出したことがあったことを思い出す。だから、彼女の気持ちが分からない訳じゃない。というか、あああそこらへんを今彼女は歩いているのだなと察しがついてしまったりする。でも。敢えて違う言葉を選んで彼女に伝える。 言わなくても気持ちを察してよ、というのは無理な話だよ。言いたくなくなる気持ちも分からないではないけれど、でも、所詮他人同士、いくら察しようとしても、限界があるってもんでしょう? そもそも、Aちゃんはいつも「どうしてわかってくれないの」と言うけれど、その前に気持ちを言ってないんだからさ。自分の気持ちを伝えてないくせに、分かってよというのはそれ、無理だよ。 そこまで言って、私は心の中、娘を思い出していた。娘もそうだ、どうしてわかってくれないのと言う。でもそれ以前に、あなたが自分の想いを相手に伝えてない。それじゃ無理だよ。といつも思う。 「私、すごいプライド高いんだと思います。なんかもう、思っちゃうんです、どうして被害者の私が努力しなきゃならないのって。思っちゃうんです」 なるほど、と思わなくもなかった。でも。それだと、助けようにも助けられないし、ヘルプしようにもヘルプできないよ周りは。私はそのままそう伝える。 被害者だからと驕り高ぶってはいけないんじゃないか、と思う。いや、彼女にそんな意識はない。でも、被害者なのに、もうすでに傷ついてるのに、どうしてこれ以上私が努力しなくちゃならないの、という思いはやっぱり、ある種の驕り、だ。被害者という立場に胡坐をかいているのと同じだ。 さすがにそこまで彼女には伝えなかったけれど。私はそう、思う。
彼女が帰った後、息子と二人、降り出した冷たい雨の中公文に向かう。雨が冷たい寒いとぶうぶう文句ばかり言う息子にだんだん疲れてきて、私はつないでいた手をぷいっと放す。どうせ僕は世界一ネガティブな奴なんだよ、とさらに畳みかけて来たので、母ちゃんはそんなふうに産んだ覚えはないっす!と応えると、彼がぷぷぷっと笑い出す。私は至極真面目な顔でさらに言い返す。まるで漫才みたいだと思う。 この冷たい雨の先に、春がある。三寒四温。本当にその言葉通りだ。一雨毎に、春が濃くなる。 |
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