| 2021年07月28日(水) |
手紙を書き終えたそばから、ああ書ききれてない!と慌てて追伸を書く自分。手紙というのは本当にいつ書いても難しい。ほんの少しの言葉の選び方の違いで、温度差が生まれて、伝わるものも伝わらなくなってしまう。手紙程、書くことにエネルギーを費やすものはない、と、幾つになってもそう思う。
そういえば私が子供の頃は、「ペンパル募集」なんて掲示板が、雑誌に載っていたりした。どきどきしながら私も何人かの相手と文通していたことがあった。そもそも、引っ越した先で幼馴染に手紙を書く、というのは、今のようにメールがある時代ではなかったからむしろ当たり前だった。ゆみこちゃんという幼馴染との文通は、小学校、中学校と、ずっと続いていたっけ。懐かしや。 パリにいた時、恩師に手紙を毎日書いていた。手紙といっても絵葉書が多かった記憶があるが。恩師との手紙のやりとりは、あれ以来始まったんだった。 私が編集部にいた頃、ファックスで原稿を送って来る作者はまだしも、手紙でしか送ってくれない作者もまだいた。近づく締切にじりじりしながら毎日郵便をチェックしてた。 中学生の頃は、授業中に手紙をこっそり友人とやりとりするのが常だった。ノートの切れ端などを使って、きれいに折って、渡すのだ。その折り方にもめいめい特徴があって、今思い返すと、よくもまぁあんなに器用な折り方を発明してやってたもんだ、とちょっと笑ってしまう。
今日は一通長い手紙を書いた。そして今、猛烈におなかが空いて、おなかとせなかがくっつきそうなくらいだ。無事に届くだろうか…と、いつも心配になってしまう。宛名を書きながら、自分の名前を書きながら、ついどきどきしてしまう。大丈夫かな、なんて。 だから、無事に届いたことが分かると、心の中いつも、小さく飛び跳ねて喜んでしまう。おかしな私の癖。
菫の名前は紫式部、だった。何を勘違いして覚えていたのだろう。首を傾げてしまう。とても地味な、ちょっと暗めの葉っぱの色と花の色。誰が紫式部をこんなふうと想像したのかしらと、私はそのことをあれこれ思い巡らす。 向日葵が何とか無事に台風を越え、ちろりんと黄色い花弁を見せ始めている。去年育てている途中で溶けてしまった向日葵。今年は無事に咲いてくれるといいのだけれど。 アメリカンブルーは陽射しに向かってぐいぐい枝葉を伸ばしている。薔薇たちの新芽が綻び始めてもいる。こんな容赦なく照り付ける陽射しの下でも、彼らは耐え、そしてその営みを止めない。見習わないとな、と、いつも思う。 |
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