ささやかな日々 / 浅岡忍

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2020年05月22日(金) 
 最近私より息子の方が先に起きる。起きて何をするのかと思いきや、家人と一緒に犬の散歩に出掛けている。どうもその最中にふたりしてゲームをしているらしい。帰ってくる時には「あのポケモンが進化しそうだ」とか「卵かえるよ!」とか私にはちっともわからない会話で盛り上がっている。完全に取り残されている時代の遺物が私か?なんて、ちょっと思ったりする。
 急に気温が下がりどんよりした曇天が続く。おかげで頭痛がとれない。四六時中孫悟空の輪をつけられているかのような感じ。こういう時は鎮痛剤を飲んでも効果がないのでひたすら我慢。
 通院日。徐々に徐々にひとが多くなってきた電車内。私は扉のすぐ脇に立つ。どんどん後ろに飛んで行く景色を、眺めるでもなく眺めてみる。
 カウンセラーと話をしていて、気づく。私は自分をまったくもって評価できない。おまえなんか、おまえなんか、と何処までも自分を貶めようとしている。自分を信頼してもいない。自分なんてこれっぽっちの存在、という気持ちが私の核にでーんと横たわっている。
 頭では何となく分かっている。悪いところもあればいいところだってちゃんとあるんだから、そこを評価してあげればいいじゃない、と、頭の隅が主張する。でも、それを滅多刺しにするのが私の心だったりする。おまえなんか、おまえなんか、と、表情も変えずぶすぶすと突き刺して見下ろしている。そういう私が、いる。
 小さい頃から、おまえなんか、という環境で育ってきた。いつの間にか私の中に「おまえなんか」はすっかり沁みついて、それがデフォルトのようになってしまっているんだ。これをほんのちょっとでもいい、ひっくり返せないものか、と、改めて思う。なかなか難しいのだけれど。
 夕方、息子とカブトムシの籠を観察する。一匹は完全に蛹になったようで、焦げ茶色の腹を時々ぴくっぴくっと動かしたりしている。もう一匹はまだ微妙に蛹になりきっていず、沈んだ肌色と茶色の間のような色合い。でも確実に変化はしている。息子が「カマキリ先生が、蛹から成虫になる時って一度身体が全部溶けるって言ってたね、すごいねすごいね」と興奮気味に言う。私もうんうんと返事をする。溶けて全く別の形に固まるって、想像するだけですごいエネルギー。

 解離してしまってもあまり自分を責めないようにね、と主治医が言っていた。解離することであなたはうまく生き延びて来れたのよここまで。だから解離を嫌う必要なんてないのよ、とも。
 頭では、そうなのかも、と思う。でも、心がまだ、ついてこない。


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