ささやかな日々 / 浅岡忍

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2020年05月07日(木) 
ぼんやりした意識の中、オットと息子が玄関を出てゆく気配を感じる。ああ犬の散歩に出掛けるのだな、二人で出かけるのは珍しいな、と思った。思いながらまたうつらうつらしていた。昨晩横になってからもなかなか寝付けず、薄明るくなってきてから眠ったせいで、身体が目覚めてくれない。自由にならない身体で寝がえりひとつ打つのが面倒で、ただじっとしていた。
きっと昨日の話をするんだろうな、と頭の隅で思い、そのことを考えたくない自分がいることだけ感じる。何も考えたくない。意識の瞼をぎゅっと、閉じた。

朝顔は順調に育っている。息子のプランターから七個目の芽が出てきた。息子の種は恐らく西洋朝顔の種で、私の蒔いた種は水月と宵の月だから、種類が違う。もちろん息子はそんなこと知らないから、「どうして葉っぱの色が違うの?母ちゃんの方のが葉っぱが大きいの?」とぶーたれる。種類が違うんだよきっとと言っても、首を傾げるばかりで納得してくれない。
イングリッシュラベンダーとフレンチラベンダーがそれぞれ咲いている。アメリカンブルーも。そしてとうとう薔薇も咲いた。今年は黄色い薔薇が一番先に咲いた。咲いたものからそそくさと切ってゆく。でないと樹が弱ってしまうから、容赦なく切り花にする。ホワイトクリスマスの蕾もずいぶん大きく膨らんできた。もうじきだろう。

うねる雲の海の向こうから眩い陽光が降り注ぐ。そのコントラストが美しくて思わずレンズを向ける。背後では反田恭平氏のベートーヴェンのソナタが流れている。どうしてこのひとの音はこんなにも粒がそそり立っているのだろうといつも思う。リストもラフマニノフも、これでもかというほど音の粒がくっきり立っていて、聴いていると背中がぶるっとする。いい意味でぞくっとする。よほど十本の指に均等に筋肉がついているのだろうなと思う。でなければこれほど音の粒は揃わない。私の背後から旋律が窓の外へ流れ出す。それがまるで目に見えるかのような錯覚を覚える。美しい五線紙のイメージ。

一日中、頭の半分がぼんやりしていた気がする。「日常」を見ていたくなくて、背中を向けて膝を抱いてしゃがみこんでいるイメージ。私の半身が。おかげで、要らぬところで転んだり躓いたり。まぁ怪我するほどではなかったが。

明日は通院日。ああようやく、とほっとする。早く明日になってほしい。とっとと明日になってほしい。でないと呼吸さえうまくいかない。頓服をぐいと飲み込む。犬がカウンター越し、私をじっと見ている。だから私も、じっと見返す。

早く明日に、なれ。


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