彼は自分のことを冷たいと言うけれど、私は優しい人だと思います。
優しいというのは本来の性質だから、
ある人には優しいけれど、ある人には優しくないというものではないと
思うのです。
彼は家族にも友達にも恋人にも優しい人です。
でも、私は今までそういう恋人を持ったことがなかったから、
つい彼の優しさを疑うような言動をしてしまうのです。
昨夜、和食のお店で食事をしていた時に、
携帯電話のSDカードが壊れて私の送った画像数枚が無くなってしまった
と彼が言いました。
私が以前送った画像の中の一枚をその場で彼に送りました。
それは私がキャミソール姿でベッドに横たわっているものでした。
彼は私の目の前でその画像を受信すると、
「これは部屋に戻った時にこの目で確認するよ。^^」
と言いました。
私が携帯電話の中に他にも彼に送った画像が無いかどうか
探していると、
「お蕎麦屋さんの店先で撮ったみたいなのがあったよね。
俺、あの画像が好き。
あれ、可愛いよね。^^」
と言いました。
私は彼の言っている画像がすぐに思い出せなかったので、
「えっ、そんなの送ってないと思うんですけど…。
他の人のものと間違えてないですか?^^」
と冗談っぽく言いました。
しばらくして、私は彼の言ったその画像が何なのか思い出しました。
それは今も私の携帯電話の中に保存してありました。
ホテルに戻るタクシーの中で、彼は、
「理沙子は俺が理沙子のことを何も覚えてないって言うけれど、
俺の方がちゃんと理沙子のことを覚えているだろう。」
と言いました。
彼は基本的に思ったことはその場ではっきり言う人なので、
後になって何か言うということは彼の心の中で私の言葉が
しばらく引っかかっていたということなのでしょう。
私は自分の言葉の重さに気づいていなかったので、
その時の彼の気持ちがすぐには理解出来ませんでした。
「すぐに理沙子はそこは他の人と行ったんでしょうとか、
それは他の人のことなんじゃないとか言うよな。」
「ごめんなさい…。」
「そうだ。ちゃんとそう言わなきゃ。」
「ごめんね。」
私が彼に指摘されたようなことを言ってしまうのは、
彼は今までに色々な女性と付き合っているだろうと思うからです。
ホテルに戻ってから、ベッドの中で、
「今までに何人の女性と付き合ったことがありますか?」
と彼に聞きました。
彼はなかなか教えてくれませんでした。
「そんなに知りたがると言いたくなくなる。^^」
と彼が言いました。
「さっきは教えてくれるって言ったのに…。」
「焦らしてるんだよ。理沙子が可愛いから。」
彼はお喋りな私の唇を塞いで、私のキャミソールの裾を捲りました。
「答えてくれるまで駄目。^^」
彼はしぶしぶ過去に付き合った女性の数を教えてくれました。
彼の年齢を考えれば、それは多くも少なくもない数でした。
けれど、私は自分で聞き出した情報に少なからず動揺していました。
そして自分自身の動揺を鎮めるために、
私は無自覚に彼が傷つくような言葉を吐いてしまいました。
「もういいよ。寝よう。」
彼の欲望はたちまち消えて、彼は静かに私を抱き寄せました。
深夜、眠りから覚めた時、
私が彼を求めたので彼は私を抱いてくれました。
それは初めから終わりまで無言の行為で、
いつもの情熱や愛情は感じられませんでした。
家の前で彼の車から降りる時、私は、
「ねぇ、好きですか?」
と運転席の彼に聞きました。
「好き。」
彼は私の方は向かずに前を見たまま答えました。
「そんな言い方、嫌。」
彼は大きく溜息をつくと、私の方を見て、
「じゃあどんな風に言えばいいの?
理沙子が言ってごらん。」
と言いました。
「大好き。」
声には出してみたものの、私の気持ちは不安に揺れていました。
「大好き。」
彼の言葉も揺れているように聞こえました。
「本当に?」
そう聞いた後、私は彼の答えを待たずに謝りました。
「しつこいよね。ごめんね。」
私は後味の悪い思いを残したまま、車を降りました。
恋人同士の感情は繊細でリフレクトしやすいものです。
二人の感情のすれ違いの後で、
私は彼からのおやすみ前のメールはきっと来ないと思っていました。
けれど、彼から届いたメールの文面はいつもと同じ優しさでした。
今日も楽しかったです。^^
映画はちょっと…。^^;
連休が楽しみだね。
理沙子、大好きだよ。
彼が私のために日程を調整してくれたお泊りデート。
二人が幸せな時間を過ごせるように、
我侭や嫉妬や意地っ張りは胸の奥に閉じ込めてしまおうと思いました。
一晩彼から連絡が無かったけれど、
日曜日の朝になってその理由が分かりました。
土曜日のゴルフの結果が散々だったので、
打ち上げの飲み会にも行かずに夜の9時には寝てしまったとのこと。
午後になって彼と電話で話をしました。
「少しは元気になりましたか?^^」
「まだ落ち込んでる。^^;」
「Tさんはレベルの高い人と一緒の時の方が調子がいいでしょ?^^」
「確かに昨日は初心者を教えながらだから大変だった。^^;」
バーの仲間とのゴルフだと彼はいつもビギナーの世話係を
担当させられてしまうのでした。
「今度理沙子も打ちっぱなしに行くか?^^」
「昨日は私もTさんとゴルフしたいなぁと思っていたけど、
今日になって私はやっぱり無理だろうと思い始めました。
Tさんみたいに上手な人でも浮き沈みのあるスポーツなんだもの。
難しいんだろうなぁって。」
「もう少し暖かくなったら行こうよ。^^」
「本当ですか?^^」
「何だか初回で挫折しそうだなぁ。(笑)
じゃあ連れてってもらうまでにNetで勉強しておきます。」
「何でもNetなんだから。(笑)」
「今度のデート、何しましょうか?^^」
「何でもいいよ。また映画を観たっていいし。^^」
「会いたいですか?」
「会いたいよ。早く!!(笑)」
彼と電話で話をしているうちに、
一時でも彼との別れを想像した私の心配は杞憂だと思えてきました。
彼が好きなゴルフを私も好きになれたら、どんなに素敵でしょう。
いつか彼とゴルフ旅行が出来たらなんて、夢のまた夢でしょうけど…。
彼は冗談だと言ったけれど、
その言葉は元彼が私に言った言葉と同じでした。
私じゃなくてもいいのかな…という考えが唐突に浮かんで、
あとはもう負のスパイラル。
元彼と別れた時に心に決めたこと。
今度誰か好きな人と別れる時は、
お互い傷つけ合うようなことだけはしたくないと…。
付き合い始めて一年半。
あの頃、私はそのことにまるで気づかないほど愚かでした。
夢中になり易く、飽きっぽいB型。
彼は元彼と同じB型です。
映画を観て、抱き合って、それから中華料理のレストランへ行きました。
いつものように二人で選んだお料理を全てシェアして頂きました。
私は光沢のある白いシャツを黒のティアードスカートにインして、
買ったばかりの春物の黒のロングカーディガンを着ていました。
彼は私に白いシャツが似合うと褒めてくれました。
「インテリジェントで色っぽくていいよ。^^」
と彼が言いました。
彼はお酒に強いけれど、この日はビールから始まって、紹興酒、
ウイスキーと飲んでいたので少し酔っていたのでしょう。
彼の熱い視線がずっと私に向けられていました。
男らしい精悍な顔立ちだけれど、
笑うと目元に親しみやすい優しさが溢れます。
彼にじっと見つめられると、私は今でも胸がキュンとなります。
お店を出てしばらく歩くと、
「もう俺達のこと、見てない?」
と彼が私に尋ねました。
いつも私達がお店を出る時には、
顔馴染みの女性スタッフがエントランスの外まで私達を見送ります。
私が後ろを振り返ると、彼女の姿はもう見えませんでした。
「もう見てないですよ。^^」
私が答えると、彼は私の手を握りました。
彼と手を繋いで歩くのは久しぶりのことでした。
まるで冬に逆戻りしたかのような寒い休日。
冷たい雨の中を歩いて帰って来たら、
身体の芯まで冷えてしまったようでした。
朝早くベッドの中で受信した彼からのメールに
私はまだ返信していませんでした。
そこには私からのメールを待っていると書いてあったけれど、
もしかしたら彼は忙しいかもしれないと思ったからです。
でも急に彼の声が聞きたくなって、
私は時間があったら電話が欲しいと彼にメールを送りました。
多分かかって来ないだろうと思っていると、
20分ほどして携帯電話に着信がありました。
いつもより少しだけトーンの低い彼の声でした。
「今日は何してた?」
「色々です。何だか疲れちゃいました。」
弱音は吐かないつもりだったのに、
彼の優しい声を聞いて思わず溜息がこぼれました。
4月になってからの私を取り巻く環境の変化を知っている彼。
この時の私の気持ちも容易に推測出来たに違いありません。
「今度会った時に元気にしてやるから。^^」
「Tさんに会うといつも元気になるんですけどね。
元気にならざるを得ない。(笑)」
「あんなことやこんなこともして元気にしてあげるから、
楽しみにしてて。(笑)」
「あはは、なら楽しみにしてます。^^」
私はそれ以上自分の気持ちを言葉で伝える必要はありませんでした。
それから私達はほんの少しの間、ゴルフや映画の話をしました。
電話を切った後、
冷たい雨で冷えた私の身体は少しだけ暖かくなっていました。
眩しい春の日差しが早くここに届きますように。
ホテルのお部屋で彼と私が大好きな映画を観ました。
初めは彼は部屋着、私は薄いキャミソールのままで
ソファに座って観ていました。
私が寒そうに見えるからと
彼が途中でベッドのお布団を持って来てくれました。
私達は二人でくっついて一つのお布団にくるまって観ました。
「今日は最後まできちんと観れましたね。^^」
時々彼にちょっかいを出されながらも、
どうにか最後まで映画に集中することが出来ました。
「つまりはそれに値する映画だからだろう。」
「いい映画だものね。^^」
私も彼も劇場公開された時に映画館でその映画を観ていました。
「誰と観に行ったの?」
「一人でだよ。理沙子は?」
「友達と…。
あ、でも一人だったかも。」
実のところ、私が誰と観に行ったのかはっきり覚えていません。
私が珍しくパンフレットを買ってしまうほど
印象的な映画だったのだけれど。
映画の後で、私達はベッドに移って抱き合いました。
夜はお寿司屋さんに出かけました。
私達はカウンターで美味しいお刺身やお寿司を頂きながら、
5月の連休の話をしました。
電話で私から話を持ちかけた時には、
会った時にきちんと話そうと彼から言われていたのですが、
彼はすでにホテルの予約をしてくれていました。
この日、私達はもう一度話し合い、日程を再調整しました。
その日程に合わせて彼はホテルの予約を取り直してくれました。
彼は携帯電話を開いて、
ホテルからの予約完了のメールを私に見せました。
「ここでいい?」
彼が新たに予約してくれたのは、
私達が初めてお泊りデートした素敵なホテルでした。
「わっ、ここ大好きです。いいんですか?^^」
「もう取ったよ。
オンデマンドで映画も観れるよ。」
彼はいつも私に甘甘です。^^
私達のお付き合いも一年半を過ぎました。
たった一年半の間に二人でどれだけの時間を過ごしたでしょう。
この先、私達に別れが訪れるとしても、
今幸せなこの時を大切にしようという想いは彼も私も同じでしょう。
土曜日の午前11時過ぎ、彼にメールを送りました。
もし彼が多忙であれば、きっと返信はないだろうと想定して。
それなのに愚かな私は彼からの返信を期待してしまうのでした。
一日中、彼からのメールを待ち侘びていた私に、
夜10時を過ぎてやっと返信がありました。
あまりにも遅い彼からの返信に拗ねていた私だけれど、
ずっと待っていたことを知られるのが悔しくて、
さらりと短い言葉を返しました。
ワインと串焼きのお店で私達は家族の話をしました。
年を取っても厳しい両親と甘えない長女の私。
実家に帰っても寛げない私は、いつの間にか実家と疎遠になっています。
そんな私と両親の関係について、
「それは(親が)しっかりしているんだよ。」
と彼が言いました。
「確かに鬱陶しい位にしっかりしてるの。^^」
「どっちも(親子とも)しっかりしているんだろうな。」
「私が本当に辛い時に甘えられなかったから、
両親を尊敬はしているけれど、愛情があるかどうか分からない…。」
「愛情はあるんだよ。」
彼は私の両親に会ったことはないけれど、
彼の言い方には説得力がありました。
彼は人には色々な愛し方があるということを理解出来る人です。
それから、彼は母方の叔父さんの話をしました。
彼のお母さんの弟であるその人は、
彼が小学校低学年の時にお母さんを亡くしてからは、
ずっと自分の子供のように愛情を注いでくれたそうです。
彼のお母さんは長いこと入院していたので、
彼には元気だった頃の母親の記憶がありません。
彼が大人になってから、
叔父さんは彼への愛情が綴られたお母さんの日記を彼に渡しました。
「いつかは佐賀に行かなきゃいけないと思ってる。」
佐賀は彼のお母さんの故郷です。
彼は一度も佐賀へ行ったことがないそうです。
「そこに俺のルーツがあるから。」
「叔父さんと一緒に行こうと思ってるんでしょう?」
「そう思ってたけど、なかなかお互いの都合が合わないからな。」
「今度の冬に行きますか?
もし私が一緒でも構わなければ。」
「そうだな。沖縄より九州がいいな。^^」
「九州は食べ物も美味しいし、温泉もあるしね。^^」
お酒を飲みながらの話だから実現するかどうかは分からないけれど、
彼のもう一つの故郷を彼と一緒に訪ねることが出来たら、
それは私にとっても忘れられない旅になりそうです。
2010年04月08日(木) |
いっぱい愛し合ったね |
私が東京から帰って来た二日後に彼に会いました。
いつもより少し遅めのランチをしてから、
シティホテルにチェックインしました。
離れていた分だけ彼と沢山話をしたかったけれど、
彼は二人きりになるとすぐに何も言わずに私を抱きしめました。
愛し合った後、彼は私の隣でぐっすり眠っていました。
愛犬の岳の体調が最近また悪化しているようで、
前の晩はほとんど熟睡出来なかったと話していた彼。
私は彼の寝息を聞きながら彼の腕の中でぼんやりしていました。
言葉は無くても彼の逞しい腕に包まれていると、
ほっとして温かな気持ちになるのでした。
夜はワインと串焼きのお店に連れて行ってくれました。
ホテルのお部屋に戻って来て、私達は別々にシャワーを浴びました。
それから私達はベッドに座って、
日本茶と東京のお土産のとらやの羊羹を頂きました。
私が買って来たのは小型羊羹の5個入りのものでした。
『夜の梅』が一番好きだと言う彼に、
『夜の梅』の小さな包みを開けて渡そうとすると、
「別のを一緒に食べよう。」
と彼が言いました。
彼が一番美味しいと思う『夜の梅』を
私に食べさせたかったからでしょう。
私は抹茶の香りがする『新緑』を半分かじってから、
あとの半分を彼の口の中に入れました。
彼が大好きな『夜の梅』も同じようにして半分ずつ食べました。
「他は何が食べたい?^^」
と私が聞くと、
「理沙子が食べたい。」
と彼が少しおどけて言いました。
二度目のセックスの後、
彼は息が苦しくなるほどきつく私を抱きしめました。
彼は私の耳元で、
「いっぱい愛し合ったね。」
と囁きました。
彼と私は会いたいと思えばいつでも会える場所に住んでいます。
先週から私は東京に滞在していました。
会えない時間のインターバルはいつもと変わらないけれど、
二人の間の距離はいつもよりずっと離れていました。
付き合い始めてからずっと私達はほとんど毎週会っています。
私達に遠距離恋愛は不可能でしょう。
私の東京滞在中、おやすみ前の彼からのメールには、
彼の住むこの街に帰って来た時、私の心はほっとしました。
ここは彼と出会った街。
彼に初めて抱かれた街。
お気に入りのレストランもバーも映画館も全てこの街にあります。
彼と眺めた美しい緑も白い雪も満月も全てこの街にあります。
そして、これからこの街に訪れる新しい季節も、
私はきっと楽しみにして待つことでしょう。
デートの帰り道、
彼の車の中から綺麗な白い満月が見えました。
「ブルームーンって言うんだろう?」
「うん。」
「今月二度目の月だから。」
「ブルームーンを見ると何かいいことあるのかな。」
いつもより少しだけ短いデートだったから、
いっぱい愛されたのに少しだけ寂しい帰り道。
「ねぇ、好き?」
「好きだよ。」
好きと呟いた後の彼の溜息が気になってしまう私でした。
マンションに着いてすぐに彼に電話しました。
彼の車はまだ家の近くにいました。
「ねぇ、何か言い忘れてないですか?」
「また会いたいね。^^」
「さっきまで会ってたのにね。
今会いたい。^^」
「今すぐ会いたい。^^」
おやすみ前にいつものようにメールを送りました。
こんなにも愛しい気持ちが募るのは、
二人でブルームーンを見たせいでしょうか。
|