彼は同性であれ、異性であれ、
少し話をしてみれば自分が付き合いたい相手かどうか分かると
話していました。
恐らく彼は若い頃から人を見極める感覚が鋭いため、
友人や恋人と付き合い始めてから失望するという経験が無いのでしょう。
だから、彼はオフィシャルではなく個人的な人間関係で悩んでいる人が
不思議でならないそうです。
私はと言えば、
30代になるまで素の自分をそのまま出すことが出来ずに、
近寄られたくない人に近寄られたり、
内心反感を持ちながらも他人に迎合したりということがありました。
30を過ぎてようやく、
心から分かり合える友達を選ぶ感覚を身に付けるようになりました。
もっと早い時期に彼と出会っていればと思うこともあるけれど、
今の彼と私だからこうして付き合うことになったのだと言えるでしょう。
私は彼の言葉を聞きながら、
私達は同じ感覚を共有しているのだと思いました。
彼と出会うまでは、
男と女の感覚はお互い相容れることのない別物だと思っていたけれど。
会社の飲み会らしい予約客でいっぱいだったいつものお店。
カウンターの椅子は全てテーブル席に借り出されていました。
顔馴染みの女性スタッフがオフィス用の椅子を持って来てくれました。
「俺は立ち飲みでいいから座りなさい。」
若い男性スタッフが近くの姉妹店から椅子を持って来るまで、
二人きりのカウンターで彼は立ったまま、
私はスタッフ用の無機質な椅子に座ってワインを飲みました。
私達は予約をしてから出かけたから、
お店の椅子が全て使われてしまっていたのはスタッフ側のミス。
相手が違えばうんざりさせられるような出来事も、
彼の機転と通い慣れたお店のスムーズな対応で、
思いがけない楽しい状況を生み出してしまうから不思議です。
「私の膝の上に座りますか?^^」
「普通は逆だろうが。(笑)」
「半分こして座りますか?^^」
「怪しまれるからやめなさい。^^」
椅子が運ばれて来てからしばらくしてテーブル席の方も空いたので、
私達はワイングラスを持ってそちらの方へ移りました。
私達はその日に観たミュージカル映画の話をしました。
最近の彼はスカパーで良い映画が上映されると、
メールで私に観るようにと勧めます。
「理沙子が観ていないなら買おう。」
と言って、彼のお薦めの映画のDVDを買うこともあります。
この夜、私達は抱き合いながら、
お互いに何度も「大好き。」と囁きました。
小さな不安や迷いやためらいも入り込む隙間が無いほど、
私達は密に繋がっていると感じられました。
男の人にそんな風に言われたのは、私にとっては初めてのことでした。
携帯電話を使っていると電話番号を覚えにくくなります。
先日、彼とベッドの中でお喋りしていた時に、
お互い相手の電話番号を暗記していないことが分かりました。
もしも携帯電話を無くして連絡手段を絶たれたらどうしようという
話になりました。
「俺は理沙子のマンションの前に車を止めて、
理沙子が出て来るまでずっと待ってるよ。」
と彼が言いました。
「じゃあ、私は貴方のお店に行こうかな。」
「いいよ。俺はいつも10時に店に行ってるから。」
「もしも貴方が来なかったら、他の誰かに聞いてもいい?」
「いいよ。^^」
初めて彼と会った時に渡された彼の名刺には、
彼のオフィスと彼が経営する2つのお店の
住所と電話番号が書かれています。
今まで彼と何日も連絡が取れなくなることは無かったから、
私がそれらの番号に電話することはありませんでした。
でも、もし彼が急な病気や事故で入院することになったら…と
思うことがありました。
そんな緊急の場合に、警察や病院などの第三者から家族でもない
私の元に連絡が入ることはあり得ないからです。
彼ときちんと話をしたことで、もしも彼との連絡が途絶えたら
私は彼のお店に行けばいいのだと分かりました。
そこには店長がいるから彼の事情を教えてくれるでしょう。
彼のオフィスの机の上には、
彼からそのことを聞いて私は思わず嬉しくなりました。
彼が現場で仕事をしている姿は一度も見たことがないけれど、
私はいつでも彼の一番近い所にいるような気がして…。
ワインバーで彼が支払いをする時に、
私がプレゼントした長財布を開けて言いました。
「これ、だいぶ馴染んで来たよ。」
黒のレザーが少し柔らかくなって手に馴染んで来たようです。
「私も馴染んで来たでしょ。^^」
「よくそういうこと平気で言うよなぁ。(笑)」
彼がわざと驚いた表情で言いました。
「Tさんが想像してるような意味じゃないですよ。^^」
焼肉屋さんでビールとグレープフルーツのサワー、
ワインバーで苺のシャンパンを飲んで、だいぶ酔っていた私。
タクシーの中でうとうとしていると、
彼がいつものように私の手を握ってくれました。
この日は映画の上映時間に合わせて、
いつもより早い時間に待ち合わせしたのに、
彼と二人の時間はあっという間に過ぎてしまうのでした。
ホテルのロビーに沖縄のホテルのパンフレットがあったので、
思わず手に取りました。
「凄く楽しみ。^^」
「うん。」
「でも、プランニングはやっぱりTさんにお任せします。
これ以上贅沢言ったら嫌われちゃうから。」
ワインバーで彼に沖縄旅行のことを聞かれて、
私は石垣島に行ってみたいとリクエストしていたのです。
「もう十分贅沢言ってるよ。^^」
「本当はどこだっていいんです。Tさんと一緒なら。^^」
愛し合っている時、
「理沙子が気持ちいいって言ってくれると嬉しい。」
と彼が囁きました。
後になって自分があまりにも乱れてしまったことが恥ずかしくなって、
「私に呆れてないですか?嫌にならない?」
と彼に聞きました。
帰る時間になって私が先にベッドを離れようとすると、
いつも彼は引き止めるように後ろから私を抱きしめます。
ずっと一緒にいたい気持ちはあるけれど、
別れの時間がそれほど辛くなることはありません。
彼との時間によって満ち足りた心と身体は、
また次に会う日を穏やかに待つことが出来るから。
彼との電話でついネガティブな言葉を吐いてしまった私。
イライラ、もやもやの原因は彼じゃないのに。
翌日のメールで彼に謝りました。
恋人同士の間ではネガティブなムードはすぐに伝染するから禁物。
それは一つ前の恋愛でしっかり学習したはずでした。
きっと今は蜜月。
二人に関する全てのことが素敵に感じられる時期。
先日、久しぶりに会った知人に「綺麗。」と言われました。
お世辞半分の彼女の言葉に嬉しくなったのは、
そんな風に言われることは私達の恋が順調な証拠だと思ったから。
私と一緒にいると彼が幸せな気持ちになれるような、
そんな女でありたいのです。
先にシャワーを浴びた彼がダブルベッドの端に座りました。
私は冷蔵庫から缶ビールを出して、グラスに注ぎました。
彼にグラスを渡してバスルームへ行こうとすると、
「ここにおいで。」
と彼が私に声をかけました。
「シャワーを浴びるの。」
「いいから、そのままおいで。」
彼は私の腰を引き寄せると、私を自分の膝の上に座らせました。
彼の大きな右手が私の背中、ウエスト、胸を優しく撫でました。
私達は見つめ合い、熱いキスを交わしました。
愛し合った後も、私達はいっぱいお喋りしました。
アカデミー賞6部門を受賞した映画を観た後で、
私達は二人ともテンションが上がっていました。
彼はいつになく雄弁に映画の話をしました。
私が時々睡魔に襲われると、
「おい、聞いてるか?」
と彼が声をかけるので、
私は眠気をこらえながら彼の話を聞いていました。^^
夜はお寿司屋さんへ行きました。
私達のお気に入りの板前さんが他店へ移ったと聞いて、
少し残念な気持ちになりました。
この日は遅い時間から出かけたので、
彼は私を車で送るまでの時間を考えて、
「今日はビールだけにしておこう。」
と言いました。
お部屋に戻るエレベーターの中で、彼が急に思いついたように、
と言いました。
私は嬉しくなって、彼が呆れるほどはしゃいでしまいました。
ベッドの中で、
「Tさんは何処へ行きたいですか?」
と私が聞くと、
「理沙子と一緒ならどこでもいい。」
と彼が言いました。
彼の言葉を聞きながら、
もし彼と遠い所へ行ったら、
もう二度と帰りたくなくなるだろうと思うと、
私の胸の中で嬉しさと切なさが微妙に交じり合うのでした。
私達の恋が気づかないうちに少しずつ色合いを濃くしていることに、
後戻り出来ない寂しさを感じてしまうのは私だけでしょうか。
金曜日の夜、おやすみ前の彼とメールでお喋り。
今度のデートで観たいと思う映画の話をしていました。
いつものことだけれど、メールの途中で夢の中に落ちてしまった彼。
いっぱい愛してます。
という私の言葉は彼の元へ届かないまま取り残されました。
翌日になっても何のフォローも無いのはいつものこと。
私は寂しくなって、電話がしたいと彼にメールを送りました。
愛車のオイル交換のためにガソリンスタンドにいた彼と
電話が繋がりました。
先週会った時には二人の観たい映画は異なっていたのに、
ここ数日の間に私が彼の好みに歩み寄り、彼が私の好みに近づいて、
二人の観たい作品が入れ替わっていました。^^
私が観たいと思っていたラブストーリーの映画のポスターを
映画館の前で見たと言う彼。
「あれ、良さそうだね。」
「Tさんが観たいと言っていた韓国映画も
ホームページで見たら面白そうでしたよ。^^」
私達は二人とも、
好きな人が好きなものを好きになる能力があるようです。
「昨夜、最後の返信無かったね。」
私は少し拗ねて言いました。
「俺がいつもメールの途中で寝ちゃうの知ってるだろう?
それだけは勘弁して。」
「私の最後のメール読みましたか?」
「あ…あれか。」
「今、電話で返事してくれればいいですよ。^^」
「好きだよ。愛してるよ。」
「ほんと?^^」
「ガソリンスタンドの人に聞こえないんですか?(笑)」
「離れて電話してるから大丈夫。^^」
最近の彼は何の躊躇も無く愛の言葉をいっぱいくれます。
愛の言葉は繰り返した分だけ真実味から遠ざかることも知らないで…。
私が彼との約束の時間に遅れてしまったので、
映画の前にランチをしようということで、
車で少し遠い鰻屋さんへ出かけました。
店内は空いていて、小上がりの席は私達二人だけでした。
ひつまぶしを食べた後、お茶を飲みながらのんびりお喋りしていたら、
「このまま襖を閉めて、二人でいちゃいちゃしたいね。^^」
と彼が悪戯っぽく言いました。
その後、私が彼の話の中の女性に焼餅を焼いてしばらく拗ねていました。
私はどうして拗ねているのか彼に言わなかったけれど、
彼はすぐに私の焼餅の中身を察しました。
車の中で私は彼に聞きました。
「Tさんは私が何も気にしないと思っているんでしょう?」
「そんなことはないよ。」
彼は優しい声で言いました。
「じゃあ、わざとああいう話をするの?
私がこれ以上Tさんを好きにならないように牽制してるの?
それとも、エッチの時に私が燃えるように仕向けてるの?」
「エッチの時、燃えるのか?
それはいいな。(笑)」
彼が心から嬉しそうな笑顔で助手席の私を見つめました。
私達はホテルのお部屋でしばらくテレビを見ていました。
そのうち彼はキスをしながら、私をソファの上に押し倒しました。
ツイードのカーディガンの下に着ていた黒のキャミソールを捲り上げ、
黒いブラのホックを外すと、私の胸にキスをしました。
ソファの上で彼に求められたのはこの時が初めてでした。
その後、私達はシャワーを浴びて、
いつものようにベッドで愛し合いました。
抱き合いながら、彼は何度も大好きだと言ってくれました。
「何番目に好き?」
と私は彼に聞きました。
「一番好き。」
と彼が言いました。
私は目を閉じて、心と身体が同時に満たされていくのを感じました。
温泉旅行から帰って来て4日後に彼に会いました。
デートの前に私はルナになっていることを彼に伝えていました。
ホテルのお部屋で借りてきた映画のDVDを観ました。
いつものように彼が私を後ろから抱いて
身体のあちこちに触れてくるので、
私はなかなか映画に集中することが出来ませんでした。
時々私が彼の方に振り向いて、
「ねぇ、刺激しないで。」
と言うと、彼は素知らぬ顔で、
「俺はちゃんと観てるよ。」
と言うのでした。
夜は大好きなワインと串焼きのお店へ行きました。
カウンターの隅に並んで座って、
次から次へとサーブされる美味しい串焼きを頂きました。
彼は赤、私は白のワインを飲んでいました。
彼が3杯目のグラスに口を付ける前に私の方を見て、
「今日は飲んでいいね。」
と私に尋ねました。
いつもなら彼が私にこのように尋ねるのは、
帰りに車で私を送らなくてもいいかどうかを確認する時でした。
「えっ、もっと飲むんですか?」
ベッドの上で映画を観ながら彼の執拗な攻めに抵抗していた私なのに、
その時の素振りとは矛盾した言葉を口にしていました。
「もう今日は何もすることがないから。」
彼はそう言って、私の目を覗き込みました。
「もしかして…期待していいの?^^」
「分からないです。Tさんの好きにしていいですよ。
飲みたかったら飲んで下さい。飲みたくなかったら飲まないで。^^」
「何だよ。それは。(笑)」
ホテルに戻るタクシーの中で私は彼の膝の上に右手をのせました。
私の右手は彼の厚みのある大きな手の中に包まれました。
ホテルのエレベーターの中で彼とキスをしました。
抱き合えない日だと思えば思うほど、
二人の求め合う気持ちは強くなるような気がしました。
結局、私達は愛し合いました。
終わった後、シーツの上に付いた数滴の血液の染みを見て、
欲望を抑えられなかった自分が急に恥ずかしくなりました。
「浅ましいね…。」
「全然そんなこと無いよ。」
「Tさんのに血が付いちゃったでしょ。ごめんね。」
「謝らなくていいから。」
シャワーを浴びた後、
彼は私をいたわるように優しく抱きしめてくれました。
私がどんなに彼を好きな気持ちを見せても、どんなに彼を求めても、
いつもありったけの包容力で受け止めてくれる彼。
今までずっと女に「好き?」と聞かれることは、
男の人にとって逃げたくなるような嫌なことだと思っていました。
彼は私に「好き?」と聞かれると、
私を求める気持ちがもっと強くなると言いました。
私はきっと今までにない幸せな恋をしているのでしょう。
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