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毎日のように昨日が今日に食い込んでくる。朝起きられず、遅刻のための言い訳をした途端、実際に息苦しさと眩暈が襲いかかってくる。両耳にこびりついて離れない耳鳴りがぎゃんぎゃんと騒がしく、もはや決定的となった嫌悪感が肺の底で暴動を起こして嘔吐感を煽る。この身体は攻め込まれている。敗北している。私には、暴力が足りない。
そして二日酔いで最悪の気分のまま仕事に出て最悪の気分のまま仕事を適当にこなし最悪の気分のまま一日を終える。こうまで何も感じない日もなかなか珍しい。うっかり助けてよ、と呟きそうになった。誰にだ。
| 2008年03月29日(土) |
stray cat blues |
薄汚れた野良猫が2匹、薄汚れた街のはずれの地下街で、安酒を飲みながら己の傷を競い合っている。あんたもなかなかたいしたもんだね、とお互いを認め合ったところで所詮は野良猫、どちらが先に寝返るだろうね。
半地下の薄暗い店内にはプロジェクタを利用した奇妙な絵が飾られていた。はじめは水滴のようにぽたりぽたりと黒いしみが落ちてきて、それらは加速度的に数を増し、枝となり、幹となって、やがてスクリーンであるカンバスの上を占拠してしまう。ジンジャーチャイを飲みながらその様子をじっと眺めた。
ここをもう十数年知っている。なのにちっとも変わっていない。はじめて足を踏み入れたとき私はまだ制服を着ていた。十数年の間に、Fが白く細く長い指でギターを弾き、Nが深夜にベトナムコーヒーを飲んで、Tが知的な横顔でアルチュセールを語った。断片と断片が切り結び、黒い線となって胸の表面を覆い尽くし、そうして心を割っていく。
伽奈泥庵、と書く。
幾百幾千の古い記憶が佇むところ。
| 2008年03月27日(木) |
the butterfly effect |
気候の変動についていけずにやっぱり風邪を引く。なにもかもに置き去りにされている気分。羽を休めているうちに接着剤で固定された蝶のような、という比喩は美しすぎるが、まあ、そんな感じで。もうこの蝶は羽ばたかないから、遠く離れた世界のどこかで何が起ころうとそれはこの蝶の責任ではない。この蝶は無力だ。
| 2008年03月26日(水) |
the perfect logic |
さすがだね、そのロジックには瑕疵がない 僅かな隙を突いて全責任を転嫁する手腕は本当に見事だよ、 おまえのロジックに対して 純真さを盾にするなんて 今度の被害者はずいぶんとまぬけなことをしたもんだ
なのに何故、おまえの声は震えているのか。 怯えることなどなかろうに。 身の程知らずがおまえの汚れた帝国に 真っ白な足で踏み込んだだけのこと おまえのヨージ・ヤマモトのコートにもしも 白い羽根が付着していたなら即座に振り払うだろう? そういうことだ、 そういうこと、
それだけの、ことだ。
私の右の耳からは真っ赤な蛆虫がぞろぞろと這い出しているというのに 私の左の耳からは身勝手な言葉がぞろぞろとしのびこんでくる
窓の外では染井吉野が三分咲き 2本の電話で自由を買って 神社のベンチで猫を膝に乗せていた
その子はこの冬捨てられたんです、去勢までしてるんですよ、なのに 引っ越すときにでも邪魔になったのか段ボールに入れられてね、なのに 人が好きなんです、 人が大好きなんですよ、 そうかい、だけど、私は人が嫌いだよ、 人なんか大嫌い、 もしも私が猫であったなら決して人の膝には乗るまい 片っぱしからひっかいて傷つけて、蹴られて追われてのたれ死ぬ
喉をならしていた猫はいつしかそのまま眠りこみ 私は若くして命を絶った「天才作家」の小説を読んだ
さてそれで、耳の掃除はできましたか。
| 2008年03月24日(月) |
if you want my love |
声を出さなければ忘れられるに決まってる。振り向いて、気遣って、どうしたのと声をかけることが或いは愛情であるのかもしれないが、あいにくそんな、「降りていく」ような愛情など持ち合わせていないのだ、といつか書いた。言葉で伝えようともせず、ただ理解されることを望み、そうして理解されないからといってひとりで殻に閉じこもるような、そんな傲慢さにかけてやる言葉を探すほど優しくもない。伝えないなら伝わらないことを耐えるべきだ。振り向かない背中のせいにするなんて、まるで論外。
| 2008年03月23日(日) |
struggle within |
荒々しい咆哮が響く。天井に届くかというほどの長髪を振り乱し、おのおのの武器をとって激情を剥き出しにする男たち。両耳を確実につぶしていく轟音のなかで、肺にため込んだ苛立ちを溶かそうとしたけれど、どうもうまくいかない。苛立ちの棘は骨にぎりぎりと食い込んでくるばかりで、ぬぐい去りがたい身体的不快感として心臓を直撃する。あの男たちのように叫べたらどんなにいいだろう。内臓が口から飛び出すほどの叫びを、おまえの前でぶちまけることができたら。
| 2008年03月22日(土) |
in madness you dwell |
呼吸が荒くなるまで苛立つのはずいぶん久しぶりのこと、結局サーモンピンクの錠剤といまだ手を切ることができない。ときどき、手がつけられないくらい暴力的な思考にのっとられる。隣席に座ってたバカのせいだ。おかげで一晩、完全に機能停止した。ちくしょう。
| 2008年03月21日(金) |
open minded |
もう少し素直に心情を書き綴ることを覚えなければ、この文字列はどんどん怪物化して、形骸化して、まるで私自身に似ていない、空想の産物になるだろう。ほんとうのことが恥ずかしい、だなんてまったく、モノを書く資格がない。別人になりすましたいがゆえに書いているのだとしても、それならそれで覚悟が足りない。
| 2008年03月20日(木) |
into oblivion |
何かを忘れている。何かを忘れ続けている。煩わしいからという理由で、もう忘れてしまったほうが楽になれるからという理由で。「こんな道は進んでも無駄だということがわかりきっているときにそれでも進む意味なんかない」、というのは真実だろうか。本当に無駄だった、とたしかめてみることもせずに? 有用性という言い訳。忘却とはすなわち敗北ではないか。
| 2008年03月19日(水) |
sooner murder an infant in its cradle... |
思い立ったことを行動に移さないならば最初から思い立ったりしないほうがずっといいのだ。船は港を出てしまい、もう二度と戻ってこないだろう。どうしようかな、と迷っている間に、どうしようもなくなってしまう。どうしようもなさは次第に無力感にとってかわられる。結局自分で自分の首をしめている。
| 2008年03月18日(火) |
you don't make me feel (like a natural woman ) |
だからたっぷりと眠ったあとの雨の朝に書く。昨日の夜の苛立ちを画面にぶつけていたならばまた気恥ずかしい朝を迎えていたに違いない、夜の思考はおそろしい、アルコールでふくれあがった深夜の思考はさらになおさら。
けれど朝の雨をみやったところであなたが私をナチュラルウーマンにしてくれるわけではない。今日という日と向かいあうのはとてつもなく疲れる。ひとりではなかなか、動かせないことばかりで。
| 2008年03月17日(月) |
from a shell |
それにしても醜悪に開き直ってみせたものだ、夜書いたものは次の朝恥ずかしく、次の夜信じがたい。それでも多分本音はそのへんにある、見つかりもしないところに可能性を探し求めることに疲れた。
諦めに支配された白い道を淡々と。固すぎる殻なら自然に割れるときを待つしかあるまい。
| 2008年03月16日(日) |
that's all there is |
さあ、私はどこへ? なんて言ってみてもどこにも行けないことくらい知ってるさ、あはは、私はここにいる、ここにいていくつもの夜を焼き直し続けている、ああ、そうだね、そういうのもありえたかもしれない、そうであったらどれだけ良かっただろう、いいや、そうあるべきであったのに、そうであらねばならなかったのに、なんてね。
ああそうだ、私は貴方が好きだ。私は貴方を忘れられない。私は貴方を愛している。それの何が悪い。誰に何を恥じることがある。私は過去を目指して生きていく。取り戻しようのないものをめがけて生きていく。そのことを貴方が知っていようがいまいがどうでもいい。
ああ、すっきりした。
| 2008年03月15日(土) |
so, where shall i go? |
突然なんの前触れもなく「もくまおう」が聞こえてくる。
あなたに見せたいもの ひとり集めて背負った 私が見たかったのは 肩越しに見える未来
最後の夜、貴方は紺色のセーターを着ていた。その肩越しに見えたのは私たちが台無しにした過去だけだった。 貴方の背中は大きかった気がする、あの夜はとくに、大きくて暖かかった気がする、あのとき泣いてわめけばまだ間に合った?
変わっていく私を笑ってもいい 変わらない想いを覚えていて、
とこっこは歌う。
「ベスト+裏ベスト」を聞きながら、なんだ、まだ泣けるんだ、ということを確認してさあ、私はどこへ???
| 2008年03月14日(金) |
the fragile |
きっとあのころは、脆くてか弱いふりがしたくて不安げな呼吸をしていた。どうしようもなく女であって女であるということだけで芳香を放っていられるような特権的な年齢のころ、頼りなげな呼吸も不安定な情緒もただ、貴方は私を守らなければならないのだ、と言いたいが為の方策として、利用もしただろう。
けれど今更、胸の奥がせりあがってきて呼吸を圧迫しはじめたとしてもわずらわしいだけだ、脆さもか弱さも、すでに罪深い。
| 2008年03月13日(木) |
cloud on my tongue |
後ろ指をさすまえに、自分の指を自分に向けて、じっと見ること。そうしたら、たぶん、剥げたマニキュアの先が見えて、無駄に人をそしらなくて済む。だけど、会話の七割を喪失する。
| 2008年03月12日(水) |
i fake it so real, i am beyond fake |
薄汚れていることを受け入れたらそこで多分もっと汚れるだろうから、懸命に顔を作り懸命に着飾って、そうして駅まで懸命に走って懸命に体面を取り繕う。こうしてどんどん偽物になっていき、きっとそのうち偽物であることすら忘れてしまうんだろう。それでよし。
| 2008年03月11日(火) |
rats in the cellar |
まるでドブネズミだ! と鏡に映る薄汚れた女を見て思う。カールがとれてもつれたくしゃくしゃの髪、目のまわりは真っ黒、頬はこけて青白く、こういう朝の常として右目の瞼が一重になっていてまばたきがいちいち重い。腹のなかには昨夜の酒と食物がまだ残っていて吐く息からは本当にドブの匂いが漂ってきそうだから。
窓を開け放ち、玄関のドアを全開にして、シーツをかえ、掃除機をかけて、雑巾を絞り、排水溝に洗浄剤を放り込んでブラシでこすり、電子レンジの回転皿を洗って中を拭き、シンクまわりをクレンザーで磨いた。机の位置をかえ、ラグマットをベランダに干した。雑誌や新聞の類をまとめてゴミに出し、医者には止められているけどプールに行って息が上がるまで泳ぎ、サウナに入って汗を絞りだし、家に帰って冷蔵庫でひからびそうになっていたオレンジを2つジューサーにかけて飲んだ。
だけどそれでも夜の鏡に映るのはやっぱり、ドブネズミの顔だ。せせこましい生活を守っていくことに疲れた、ドブネズミの顔だ。
| 2008年03月10日(月) |
days of eclipse |
ヨーグルトを流し込んだように真っ白な空の下で日は静かに発酵する。無理解と無気力と、銭金勘定と駆け引きが澱んだ空気に溶け込んでひどく眠い。だから夜になればアルコールで消毒しようと懸命になり、紺色の空に浮かぶ金色の三日月を見過ごして、場末の酒場で毒を吐き、帰りついたのはいつのことやら、そして迎えた朝はまるでドブに沈んでいる。
| 2008年03月09日(日) |
you don't know the half of it |
知らないものは知らないと、知っていることでもたいして知らないと、つつましく控え目に首をかしげているくらいのほうがいい。本物の知識や本物の経験はそんなにでしゃばりなものではなく、もっと小声で、そっとささやかれるものだ。
| 2008年03月08日(土) |
diario de la guerra del cerdo |
怒りを腹に漲らせた豚が悲しい目をして屠殺場に佇んでいる。自分の首を切り落とそうとする巨大なシステムを前にして腹の中で猛り狂っている怒りは何の役にも立たない。抗う気がないのならそれは何と無駄な怒りだろう。忘れてしまえばいい、諦めてしまえばいい、どうせおまえは首を落とされ肉を貪られることしかできない。おまえは運命に抗うというドラマを夢想するためだけに怒りを飼っているにすぎない、そんな下らぬ怒りに慣れた肉は不味いのだ。
| 2008年03月07日(金) |
l'âge de raison |
十字架が首に重いからフレンチキスをして別れる。これは必然性のない関係。世の中の半分は男で半分は女、なにもわざわざ貴方でなくても。
| 2008年03月06日(木) |
it's kind of a funny thing |
頭がいいふりをするのも、仕事ができるふりをするのも、無欲なふりをするのも、ものわかりが良いふりをするのも、もう疲れた。それが「自分らしさの枠」だなんてまったく、笑わせる。
| 2008年03月05日(水) |
won't you move over? |
啓蟄。
大地の蠕動する日。
なんの根拠もなく体内に力が満ちてくる日。
まるで突き動かされるかのように、モノを、ヒトを、切り捨てる。
| 2008年03月04日(火) |
dummy sec.2 |
「他の人々が幸福と称しているものへの軽蔑そのものから成り立っている幸福、という逆説を共有する奇跡によって結びついた関係において、他を否定するときに感じる全能感を例える言葉がほかにあるとしたらそれはたぶんそれこそが愛だ。本当の愛だ。疎外のただなかで手をとりあって、疎外を無効にしてしまう愛だ。」
という文章をドキュメントのなかで見つけたがはたしてこれはいつ誰が書いた文章なのだろうか。否定、軽蔑、共有、それらはここ数ヶ月の自分のなかのキータームだけれど、「それはたぶんそれこそが」とまでまどろっこしい表現を自分がするとはあまり思わない。私なら「それこそが」、の一言にとどめるはずだ。だが確かに「疎外のただなかで手をとりあって」のあたりはいかにも私が好みそうな表現だ。
ダミーがこんなところにまで侵食しているとしたら。
…ついに病んだか。
貧血と眩暈と難聴と。華々しい病人っぷりを遺憾なく発揮して朝礼で座り込み、業務中もデスクに突っ伏して、あげく血流登録されているセキュリティゲートが一切開かなくなる始末。ただ服を着て化粧をしたダミーが機械的に外へ出ているにすぎず、本体は一日中ベッドでうなっているに違いない。
嫌悪感が体内でスパークしてフリーズ。何が嫌いなのか、誰が嫌いなのか、はっきり分からないからやみくもに嫌って無駄にCPU消費。肯定するよりも否定するほうが簡単なはずなのにこれでは本末転倒である。
虚しいと分かっていてあえてそうするとき人は本当にそうしたくてしている。ないと分かっているものをあえて信じるとき人は本当に信じたくて信じている。純粋であるとはそういうことだ。
「存在しないものを愛すること、それは存在しないのだと知りつつ愛すること」(S・ヴェイユ『カイエ4』)。そのとき人は本当に愛したくて愛している。
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