indexpastwill
2006年06月30日(金)   大好きだから。

両の手のひらにすっぽりおさまる小さな頭。ぴこぴことよく動く耳。ビー玉みたいにきれいなアーモンド形の大きな目。三角形の上品な対称をなしている鼻と口。くいっと引っ張ると口元の柔らかい皮膚がびよーんと伸びてなんともいわれぬおかしな顔になるヒゲ。ちょっとだけのぞいているちっちゃな牙。

家猫だからと一度も洗ってやったことのない毛皮はそれでもつやつやで、身体は丸みを帯びてあたたかく、抱くと確かな重みと厚みがあって、確かに生きているのだということを教えてくれる。ぽってりした4つの足の先にはぷっくりとふくらんだ肉球。

いつまでも、いつまでも、一緒にいることができないのは分かっているから、一つだけ、約束する。絶対に、何があっても、最後まで、おまえたちの面倒をみる。いろんな諦めを強いて、いろんなエゴを押し付けて、それでもごめんねと謝ることしかできないけど、大好きだから。

(猫ver. 了)


2006年06月29日(木)   14時間

私の昨日は私の今日とまったくうまく接続していない。間にはさまっているのは白い錠剤が無理矢理どこかから拉致してきた重くて鈍い14時間にわたる長い眠り。そして私はまたしてもヒトへと退行した。

彼らの世界は崇高すぎた。望まず夢見ず抗わず。退屈せず、倦怠せず、前進もせず後退もせず。

そんなに諦めることはまだできない(その諦めを強いているのは?)。

14時間の間に何があったのか。苛立ちが復活、焦りと妬みと嫉みも復活。そして頭頂部にたんこぶ一つ。


2006年06月28日(水)   お手上げ

おそるべきことについに今年も冷房の季節がはじまってしまった。いったんはじまったが最後、夏が終わるまでほぼ24時間、リビングと魔境という名の母の部屋、2台フル稼働の冷房地獄である。月初に生えたはずの柔毛もすっかり抜け落ちて、ぷっくりとした肉球らしきものが芽生えはじめていた手もいつの間にかまるで鶏ガラのように骨と筋の浮いたただのヒトの手に逆戻りし、なんだかんだであれは幻だったのだ、つかの間の夢だったのだと認めざるを得ない月末、私を守るあったかい毛皮は既にないのだ。おお寒い。さっそく喉が痛い。

ウシとトラは意外に暑がりなので昼間はうれしそうにおなかを上に向けてごろごろしているが、「あっちぃあっちぃわんわんわん」と吠える母という生き物が帰ってきた途端この真夜中に扇風機まで2台とも強で回されてみればさすがに寒いのだろう、押入れに引っ込んで出てこなくなってしまった。

生活様式の根本的な相違を理由に別居を申し立てたことも一度や二度ではないが、なにしろ前科があるのでそうそう容易に家を出してもらえない。いっそのことオージーのアニマルレスキュー隊にでも参加しようかと本気で考える。そんなにアザラシが好きだったら冷房は28℃にしろよ?朝から晩までテレビつけっぱなしにすんのやめろよ?食器乾燥機のつまみ「連続」にあわせっぱなしとかさ?炊飯器の中で白米があっぷあっぷしてんのに弁当買ってきてプラゴミ増やす(そもそもいまだに分別してないし!)のもさ?だいたい冷蔵庫はゴミ箱じゃないんだよ、隙間なくみっちり詰まってんのは魍魎の匣だけで十分なんだよ、嗚呼もうなんて地球に冷たい家なんだろうか、という嘆きが真剣にオージー行きを検討させるのだ、過剰から過剰へ推移しがちな傾向もあるので。

まぁ現実は、ウシとトラを置いて家を出る、なんて考えられないのだけれども。

中国に知的所有権の教育をすることと(それにしてもあの偽造ゴレオはもはや立派なオリジナルの域に達している)せめて夜だけでもエアコン一台止めるとか扇風機を弱にするとかいったもう本当に些細なことがひいては環境保護につながりうるんだというマクロな視点をうちの母に教育することをあきらめたくはないがどちらも私の手に負える問題ではなかった。「できることからはじめよう」などという緩いキャッチコピーではどうしてもはじまらない現実がここにある。


2006年06月27日(火)   わざわざ・・・する。

何よりも今疎ましいのはヒトの視線でありヒトが集まる場所に出かけることであり唇を読まれることであり会話という困難な作業のために言葉を組み立てることであり。いっそ何もかもすべて音楽のようになってしまえば良い、と思うのだった。力なくベッド−もちろん新しいベッドだ−に横たわっていればそこにはウシとトラがおり、銀色の箱に銀色のディスクをセットすればすぐにでも私は音楽に溶けることができる、なのにどうしてわざわざ出かける必要があろうか? と自らを金縛りにかけてくる怠惰(と書いてネコ、と読む?)の呼び声と戦うのは苦痛であったがまぁ、とにかく、出かける方向で頑張ってみることにしたのだ。

わざわざ感動を求めて出かける、という身振りの耐え難いわざとらしさ、ライブハウスでステージを見上げているヒトの身振りにはどこか卑屈なものがある・・・と思うのは私だけだろうか?盛り上がらなくちゃ、楽しまなくちゃという強迫観念にも似た身振りも含めて十数年前にはじめてコンサートというものに参加したときからつきまとっている違和感なのだけれども?もしかすると私は音楽というものの本質をなんら分かっていないのかもしれないのでそれは個人的な雑感、としてさておき、この3LDKの城の中で虫歯の具合が悪いのか、ひっきりなしに口をくちゃくちゃと鳴らす父親にほとんど殺意に近いものを感じてもまだ、金縛りはとけない。

ここで自らにある病名を冠することが当然のことながら検討されるわけなのだがそれもまたわざわざ安心を求める身振りでありうるのだから一体「わざわざ」というたった4文字の副詞から逃れるにはどうすればいいのだろう? 

−何よりも滑稽なのはこうして「わざわざ」一連の思考の流れおよび動作を書きつけて(文字通り書きつけて、だ。この長ったらしい文章には本当に手書きの下書きが存在する)いることである、という救い難い矛盾に気づいたところでようやく腰があたたまったのかエンジンがかかって出かけることができた。

したがって今日トラはデートをしていない。許せ。


2006年06月26日(月)   ベッドを捨てる

それは少しばかり象徴的な行為でありうる。山の手の西日が射す部屋から電脳街の日の射さない部屋、そしてこの窮屈な部屋へと連れ歩いたベッドであるからなおさらだ。このベッドで眠った男たちのことを考える。私の人生には音信不通があまりに多い。切り捨ててきたつもりで切り捨てられてきたという逆説に気づいたときにはもう遅かった。

彼がベッドを買ったその夜、珍しく周期がずれたせいで流れ出た経血がまるでお祝いのように真っ赤な染みをつくったことを思い出した。彼はそれを婚礼の部屋に運んだのだろうか。

そんなことは皆忘れていく。上手に忘れていく。私も忘れていく。それが我々の流儀なのだし。ウシとトラは昨日までの寝心地をもう忘れたのか、今は新しいベッドに一番乗りをして眠っている。それでいい。

新しい夢を、見ようと思う。


2006年06月25日(日)   そこには深淵が

散らかった部屋の片隅にまるでゴミ屑か何かのようにごろりと寝転がって本を読んでいると世界中から見捨てられたような気がしてきて自虐的な笑いが口元にこみあげてくるのを禁じえない。外は雨。野良たちは濡れているだろう。

こんな静けさを望んでいたのだ、と思う反面で血管の中を黒々とした棘がざわざわ音を立てて駆け巡るから呼吸が苦しい。ひとつの呼吸の間に希望から絶望へ、充足から欲求不満へと揺れに揺れる感情。これで何が静けさだ。

朝の鳥が啼く。

ウシとトラは円環の時間の今どのあたりを生きているのだろう。

「全て動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している。」(ジョルジュ・バタイユ『宗教の理論』)

そしてウシとトラはそれを決して自分自身で認識していない。

やはり私と彼らの間には名づけようのない深淵が横たわっている。文字では埋めることの決してできない深淵が。


2006年06月24日(土)   ケノーシス

日付も曜日も時間も忘れ始めたのにまだヒトの言葉は覚えているのが哀しい。志向性を失って、意味作用をなくした言葉たち。機械的に紡ぎだす−機械が紡ぎだす?−空っぽの言葉たち。指し示す意志を喪失した言葉たち。

言語の自己否定。

自らむなしくする、のではなく。

侵略され暴行され剥奪されたものとして。

無力さを噛み締めて横たわる傍らには、完全に充足した柔らかな肢体がふたつ。永遠に祝福されている、神さまの子どもたち。


2006年06月23日(金)   誇り高く倦怠。

我々は決して退屈しない生き物である。眠くなれば眠る、走りたくなれば走る、膝に乗りたければ乗る、ときに顔の上に乗りたければ向こうが暑苦しくて気が狂いそうになろうが窒息しそうになろうがお構いナシに乗るのである。

こんなに勝手気ままに過ごしていて退屈などするはずがあろうか、あるまい。

であるからして我々に「表に出られなくて可哀相」などと下手な同情をよこすのは勘違いも甚だしいのである。

などと強気なことを書き付けてみるのは若干退屈している証拠である。若干ね。


2006年06月22日(木)   敗退

地球上にある40万から50万の種類の匂いを嗅ぎ分けることができるはずのウシとトラだが、やはり奇跡の匂いはしなかったそうだ。


2006年06月21日(水)   悲しいことだけれど

湿気を含んだ空気が部屋に満ちてやたらと手のひら、ではなかった、肉球に汗をかくようになってきた。我々は犬と違いあのようにはしたなく舌をだらりと垂らしはぁはぁと口を開けて熱っぽい息を吐き出したりはしないものだから肉球付近にあるわずかな汗腺で体温を調節するしかないのだ。

暑い。

さすがのウシとトラも離れて寝ている。ガラスのテーブルにべちゃりとおなかをくっつけて寝ている様を下から眺めるのが非常に面白い。これを俗に「下からウシ」「下からトラ」という。

私もガラスのテーブルに寝そべることができればどんなに気持ち良いだろう。この柔毛はあまりに暑過ぎる。

やはり私には無理なのかもしれない。非常に悲しいことだけれど。


2006年06月20日(火)   何を失くしても

著しく血液が足りないせいで景色が色を失っている。こんなときも、どんなときも、一番近くにいてくれるのは、ウシと、トラ。そしてこんなときも、どんなときも、見る幻は、横たわって目を閉じる私の髪を柔らかに、梳くように洗ってくれる、キミの、白く、細い指。


2006年06月19日(月)   内側で蠢くものは

身体中のありとあらゆる筋肉、そして関節の内側で、極限まで抑制されたエネルギーが爆発を求めてざわざわと蠢き始めた。静止していることができない。足を、腕を、無駄に動かす姿はまるで空気を求めて喘いでいるようだ。

ウシとトラも、こんなふうに、小さくて柔らかな身体の内側に、凶暴な力の奔流を感じることがあるのだろうか。真夜中、ときおり狂ったように走り出す彼らを支配しているのは、この細胞レベルでの苛立ちなのか。

せっかくの柔毛がごっそりと抜け落ちた。

私の柔らかな殻はあまり長持ちしそうにない。

じっとりと汗ばみながら、不快感を消すためにサーモンピンクの錠剤を2錠飲み下した。

外へ、外へ迸ることを求める血の騒ぎ。


2006年06月18日(日)   変容

撫でてやろうとするたびに、すたこらと逃げだすウシとトラに、可愛げがない、と何度言ったか知れないけれど、今なら分かるのだ。

ヒトから構われるのが、鬱陶しくて鬱陶しくてたまらないのだ。

名前を呼ばれることも、身体に触れられることも、様子をうかがわれることもまっぴらごめん、何もしてくれなくていいから、放っておいてほしい。

そんなふうに、思うように、なった。

無駄な言葉を積み重ねて

無駄な期待をつのらせて

まったく、ヒトは、五月蠅すぎる、無様に五月蠅すぎるのだ。

我々は、馬鹿馬鹿しいや、と背をくるりと丸める。


2006年06月17日(土)   篭城

さて今日でウシの通院も無事終わり、我々は再びこの3LDKの城の中でひっそりと狂いはじめる。互いが互いを監禁する。缶詰の、パック詰めの、ハイカロリーハイファットなエサを機械的に摂取して、甘やかな眠りのうちに醗酵し、真夜中にささやかな抵抗を繰り広げたことも朝になれば忘れ去っている。それが我々の生の形、我々に与えられた生の形。

空を飛ぶことも、壁を伝うことも、地に潜ることも許されてはいないけれど、このしなやかな体躯で、この鋭い爪で、何を託つことがあろうか。


2006年06月16日(金)   スローライフ。

我々はすぐれて鬱気質の生き物である。それがデフォルトなので外部からとやかく口を挟んで欲しくないのであるが、ヒトというのはおせっかいな生き物であるらしく、どうしてそんなに寝てばかりいるの、だとか、どうして外に出ようとしないの、だとか、そんなこと言われても必要を感じないのだから、仕方があるまい。

逆に我々は問いたいのである。どうしてそんなにいつも忙しそうなの、どうしてそんなにあれもこれも欲しがるの、どうしてそんなに今日と同じ明日がいやなの、もう、充分なんじゃあないの? と欠伸のひとつも交えながら是非とも問うてみたいのである。

とにかく我々はエコロジカルな生き物でもあるのだ。流行の「スローライフ」は我々の生活様式を模倣したものに過ぎない。


2006年06月15日(木)   まだまだ。

ウシとトラは堂々と、誰に恥じるでもなく、眠っている。

それに比べて私はまだまだだな。

びくびくと明日をうかがってみたりして。

所詮モラリスト小心者なんだから。

くだらないよ。

くだらない。

どーだっていいじゃない?

どー思われたっていいじゃない?

どーでもいいと思ってんだから。

・・・思ってんの? ほんとに?

・・・多分ね。

自信ないけど。


2006年06月14日(水)   母へ

ほらほら、

そんなに急いで歩くから

大きな声でがなりたててばかりいるから

昼間っから酒飲んで、毎晩毎晩酔っ払って

まったく

そんなだから高血圧なんかになるんだよ

少しは我々を見習いなさい

掃除だって洗濯だって料理だって

ヘタクソなんだから

ごろーっと

どたーっと

寝てたって

誰も貴女を叱らないよ


2006年06月13日(火)   秘密会議

夜、一家が寝静まったころに我々はごそごそと起き出して、おもむろに伸びをし、ウシとトラはおっかけっこを、そして私は長風呂をして軽く汗をかいてから、ウシとトラは一般に「カリカリ」と呼ばれる固形食を、私はチーズだったりキュウリだったりまあなにかそんな手軽につまめる「おつまみ」を手にして秘密会議をはじめるのだ。

議題その1:「何故ミケは今日こなかったのか」

ミケは飽きたのではないか、という発言がウシから出たとたんにトラは背中の毛を逆立ててウシにかぶりついていった。そしてウシとトラは取っ組み合いのケンカになだれ込んでいったのであるが、私が「今日はオオタグロさんちの玄関が開いていなかった」と述べたことにより収束。論点はミケの飼い主であるところのオオタグロさんご夫妻がこの「交際」について反対なのか賛成なのか、という一点に絞られたがとりあえずもうしばらく様子を見てみることになった。

議題その2:「蹴球について」

なにゆえヒトはたかがボールひとつを枠の中に放り込むというゲームにあそこまで熱くなるのかわからぬ、枠の中にボールを入れたらネズミでも出てくるのか、というトラの疑問に対しウシがそれはあまりに即物的な思考である、と反論。「我々はネズミのみにて生きるにあらず」はこの後、ウシの名言として後世に伝えられるであろう。議論が白熱し、時を追うごとに議題から逸れていったことは返す返す残念である。

議題その3:「生産的労働と不生産的労働の問題について」

そんなこといったって我々はだれひとりとして「労働」に従事していないのだから分かるわけないじゃないか? というトラの一声で議論は打ち切られた。

議題その4:「食育月間について」

毎年6月は食育月間だそうだけど? と議題をふったのは食いしん坊のウシであった。みんなで毎日あさごはん、っていうけどさ、朝ごはんってのはなんだい、朝7時ごろに食べるごはんのことかい、それとも起きて直近のごはんのことかい? と私が問うたその瞬間、カナリア軍団の華麗なゴールが決まったので今夜の秘密会議はなんとも尻切れトンボな形で幕を閉じたのだった。

多分これからも深夜の秘密会議は続く。


2006年06月12日(月)   積極的に。

やっぱり我々のほうが玉ころがしにかけては一枚も二枚も上のような気がしなくもない今夜もミケはやっぱりやってきて、みゃう、みゃう、と鳴きながら我が家を一周する大胆さをみせた。それにひきかえうちの男どもはまったく尻尾を太くするくらいしか能がないのだからみっともないったらない。

あかんよ、男は、積極的にならな。

とトラをけしかける私の脳裏にある一つ、いや、二つ、三つ、の面影が浮かんでは消えていった。




「はやくしないと他の男んとこいっちゃうわよ。」


2006年06月11日(日)   トラの恋

さて寝言だっていえば風邪だってひく我々が恋をしてはいけないという決まりはあるまい。うちのトラは13年前にしみったれた市場の角のペット屋から3000円分のエサとともにやってきたわけだが、それからというもの、まったく他所の同輩たちと交渉をもつことはなく、2年後にウシがやってきてからはオスでありながらまるで母親のように時には毛並みを整えてやり、時には乳を吸わせてやり、噛まれても、蹴られても、フーッと威嚇されても、四六時中あとを追い掛け回して面倒をみてやることだけに喜びを見出していたという、ある意味かいがいしい、ある意味阿呆な輩なのである。

その滅私奉公を自らの信条としているようなトラが、恋を、した。

蒸し暑い季節がやってきて、この集合住宅では夜、風通しをよくするために多くの家庭が玄関のドアを開け放っている。大都会の中心部にはいまだ下町風情を残したつながりがひっそり残っているのであって、ここなどはその典型である。住民はたいていが商売人であるので、遠慮も何もあったものではなく、ムームーを着たおばちゃんたちが暑いなー、いやー、ほんま暑いでー、などといいながら胸元をぱたぱたさせて廊下を闊歩していたりするのも珍しい光景ではない。

そしてある晩、廊下から、みゃう、みゃう、という小さな声が聞こえてきたのであった。ふとドアを開けると、そこには、きれいな毛並みをしててっぷりと太ったミケがちょこんと座っていたのである。

それからというもの、毎晩10時を過ぎるとドアの向こうからみゃう、みゃうという声が聞こえてくるようになった。ドアを開けてやると、トラはいそいそとやってきて、びくびくしながらミケとじぃっと見つめあう。はじめのうちは、ミケに威嚇されて身体中の毛を逆立てて駆け戻ってきたが、なんと今夜、トラはミケを我が家に招待することに成功したのである。

ミケはおそるおそる、お邪魔します、とでも言いたげな顔をして、やってきた。

だが今日は日曜日であった。「おー、この子がトラの彼女かー」と大きな声を張り上げる母、という存在を、止めることはできなかった。ミケは腰を抜かして自分の家に帰っていってしまった。

いつの世も、ヒトの世も、我々の世も、母は恋愛の障壁となりうる(この場合の「母」が集合的な意味合いのものであるのか、それともある個体を指し示すものであるのか、それは読者の方々の解釈にお任せしたいと思う)。


2006年06月10日(土)   極楽。

寝言をいうくらいだから当然風邪だってひくのだ。今年の風邪はどうやらじりじりタイプらしく、たいした熱も出ないわりにかわいた咳が続いて鬱陶しい。だいたい我々の平均体温は38℃の後半あたりであるはずなので、37.4℃ではウシやトラにしてみたら「まだまだ」というところだろう。

テレビの画面には芝生の上で玉ころがしに興ずる男たちの映像が間断なく映し出されている。転がるものを追いたくなるのはヒトも我々も同じみたいだ。おそらく我々の方が瞬発力や足さばきには長けていると思うのだがチームプレイが苦手なのでフォーメーションだのセットプレイだのいわれてもまず無理であろう。快い、映像である。太陽の下で、走り、汗を流す、ヒト。

我々はその映像を、電気を消した暗い部屋で、片手にビールなどを握りしめながら、ときおり「おぉ」だの「うぅ」だのと唸ってみたり「ぎゃあ」だの「ひぃぃ」だのと叫んでみたりしながら、背を丸めて眺めるのである。

極楽、極楽。


2006年06月09日(金)   ときには寝言だって

我々はくしゃみもすればげっぷもする。ときにはぷぅとかわいい音を立てておならだってするし、自分のいびきに驚いてはっと目覚めることだってある。そんなだから、ときには思わず、寝言をいってしまうことだって、当然あるのだ。

ウシ模様やトラ模様の同輩の寝言は非常にかわいらしい。にゃぁ・・・なのか、くぅぅ・・・なのか、とにかく小さな小さな声で、まるでお母さんの夢でもみているような切ない声で鳴く。

だが私の場合はまだ完全になりきれていないせいもあるのか、今朝方はついヒトの言葉で、それもかなり大きな声ではっきりとした寝言をいってしまったようで、父のにやにやした顔から推測するに何かとてつもなく恥ずかしいことを口走ったに違いないのだ。昨日「私は何も、夢見ない」と書いたばかりなのに実際はウェーブのかかったブロンドの長い髪ととび色の目が印象的なあの「大佐」と呼ばれる男の夢を見たのだから。

ああ ヒトの言葉というのは疎ましいものだ。


2006年06月08日(木)   同床異夢

我々は雨の日非常に眠いのである。それはまだ我々が狩りをしていた頃の名残で、こんな日に獲物なんてみつかりっこないんだから寝ちまえという合理的な発想のもとに身につけた本能なのである。

雨の音を聞きながら

3匹で丸くなって

トラはお向かいの三毛猫の夢を

ウシはハンサムな獣医師の悪夢を

私は何も、夢見ない。


2006年06月07日(水)   その経緯

一体全体なぜこんな突然変異がこの身にふりかかったのか、という重要な点についてそろそろ考えてみなければならない、と思っていた矢先に昨日の放言である。真実というのはいつも意図せぬところにひょっこりと顔を出すものだ。

あれは4月の28日のことであった。地下鉄の構内で携帯電話が鳴ったのである。はっきり覚えていないのだがたしか六丁目のあたりで「どうせ出るわけがないから」、こちらからかけた・・・ん? しかしなぜ六丁目などという中途半端な場所なのだろう・・・

とにかく、六丁目のあたりでかけた電話に向こうが珍しくすぐに反応を示して1分も経たぬうちに折り返しの電話をかけてきたのだ、それで私は改札を出て・・・ん? なんで出たんだろう・・・

とにかく、改札を出て、歩きながら久方ぶりの会話をはじめた、のだ、そうだそうだ、あれは奇妙な夜だった、どこをどう歩いたのか、六丁目から九丁目までをふらふらと歩く間中、その会話は続いた。

そのときにおそろしく自己憐憫/陶酔的科白が聞かれたのである。救いようのない勘違いと思い上がりに直面して一瞬呼吸が止まるくらい脱力したのも覚えている。「傷つける」、「傷つけた」、そうだそうだ、確かにそういった、そして私は

イまさらナにイってんの〜?????

と素っ頓狂な声をあげたのであった。

とここまで書いてはみたが「すぐに忘れる」の流儀がそろそろ幅をきかせつつあるのでここから先のことは忘れてしまった。どういう経路でそれがこんな形をとって凝固したのかは定かではないが、なにせそれは憎悪としか名づけようのない醜悪な形態でもって私の内側にべったりと根を張り、ヒトとしての機能を停止させるに至ったのだ。

であるからしてええっと、すぐに忘れるので冒頭部分で何を書こうとしていたのか、もう忘れました。


2006年06月06日(火)   にゃお、とだけ

言葉という万能のツールを持っていながらどうしてヒトはヒトを救えないのでしょうか。

たった一言が足りないかと思えばたった一言が余計だったり。有効期限のきれた言葉をふりかざしたり、ゴミ箱に入れるしかない言葉を送りつけてきたり。

足りない言葉を補填して

過剰な言葉を排除して

そして私は疲れてしまいました、だからただ

にゃお

とだけ鳴きましょう

貴方など滅んでしまえばいい、という

物騒な言葉の代わりに。


2006年06月05日(月)   ケモノミチ

何も退屈しないことに若干の不安を感じつつも、今月新しく生えた柔毛が本当に心地よくついごろごろと転がってしまう。ウシ模様とトラ模様の同輩もようやくこの状況に慣れたようで、2匹で1ミリの隙もなくひっついて眠っているところへ割って入っても不快な顔をしなくなった。

これほどまでに醜悪な事件が続くとこうしてケモノミチに踏み込んだ自分の選択が正しかったのだと思わざるを得ない。大仰な言い方だが飽きたのだ、《あたしたちはだれもかれもみんな、ただお互いに憎しみ合い、苦しめ合うためだけに、この世に放りだされたんじゃないのかしら》、そんな140年も前に吐き出された女の嘆きがおそろしいほどの真実味をもって迫ってくるようなヒトノミチに飽きたのだ、列車に飛び込むだけの情熱や激情もすっかり干上がってしまったことだし、あとはもう決して何事にも積極的にアンガジェせず、アニーのようにして行くことを、ただゆっくり静かに存在することを願うばかりなのだ。《食べること。眠ること。眠ること。食べること》。

そして私はやっぱりトルストイよりもサルトルの方が好きなのだ。そればっかりはいたしかたない。


2006年06月04日(日)   閉じる円環

朝は窓辺でひんやりとした風に吹かれながら外を眺め、昼にはベランダに出したクッションの上で丸くなり、夜になればベッドの上で長く伸びたり縮んだりして朝を待つ、ただそれだけの、何かに乱されることもなければ誰かに侵入されることも決してない、完全に充足した円環的生活のなかで、今更、彼ら―もとい、我ら―にとって幸福とは何か?という問いを発してみることになんらの意味があろうか。

4日目をむかえて私の円も穏やかにその環を閉じようとしている。退屈だと思ったことはまだ、一度もない。


2006年06月03日(土)   そしてすぐに忘れる

ウシ模様の同輩を伴って病院に行く。

それにしてもウシ模様の同輩の担当医はハンサムである。ハンサムという言葉の有効性については先月までなら気をもんだであろうが「何も気にしない」のが流儀である以上どうでもいい。先月駆けつけたときはこちらに余裕がまったくなかったので気づきもしなかったが具合が落ち着いてきて世間話のひとつやふたつも交わすようになってからはまぁなんときれいな顔であろうかとみとれてしまうこともしばしである。そして手が美しい。ギタリストの手にはかなわないであろうが。

しかし私はもうヒトとしての外殻を失ってしまっているのでそれもやはりどうでもいいことだ。診察台の上で美しい手に身体を押さえつけられているウシ模様の同輩が少し羨ましかったがあとで聞いたところによると肉球に汗をかいてしまうくらい怖いらしい。

そんな怖い思いをしても家に帰った瞬間ケロリとした顔でエサをねだってみせるのだから「すぐに忘れる」というのも彼らの重要な流儀のひとつである。どうでもいいし、すぐに忘れる。なんて素晴らしい生き方なのだろう。


2006年06月02日(金)   半人前の証拠

さて今日は女主人がはるばると日本海まで婦人会の会合で出かけていったので、この新しい身長30センチの世界を堪能するべくベランダでのんびりと寝転がろうと思った瞬間アマゾンのようなジャングルが目に飛び込んできた。

我が家のベランダではもう軽く10年ものと思われるペチュニアが大繁殖している。だいたい群れて咲く花があまり好きではないし色もなんだか毒々しいので避けて通っていたのだが、30センチの視線でよく見れば何かのおまじないのように枯れて乾いた枝が土に刺さっているだけの鉢がある。女主人は近頃目が弱くなったのにメガネを頑なに拒むのでこのまま放っておけばいつまでも気づかれない可能性のほうが高い。なに、こんな枯れ枝くらい、ちょっと掘って引っ張れば抜けるだろう、と小さな頭で考えたのがそもそもの間違いであった。

土は固く、根は深く。掘ればミミズがのたうちまわり。

ぎゃあと叫んで腰を抜かせば傍らで同輩たちが丸くなったり伸びたりして眠っていた。どうやら何も気にしないのが彼らの流儀であるらしい。枯れ枝を抜き取り、土をならして、「The Beekeeper Mix」をようやっと蒔き、いったい何が芽吹いてくるのかしら、この種死んでなければいいけど、などと考えたりするのはまだまだ半人前の証拠である。


2006年06月01日(木)   とにかくそういうことなのだ

目覚めたら、身体の表面に柔らかい毛がみっしりと生えていた。口の周りがもぞもぞするなと思ったらどうやら数本のヒゲのようなものまで生えている。おそるおそる手を見ると、そこにあるはずのエッシーのスモーキーピンクのマニキュアを施した爪は内側に湾曲した鋭い爪にとってかわられており、望むならそのまんま自分の寝首を掻けそうだった。そして、やはり、手のひら、いや、かつて手のひらであったはずの部分には、ピンク色のぶよぶよとした肉腫のようなものがへばりついていた。そうか、これが肉球というものか、と夢からまだ覚めないまんまのぼやけた頭で納得したが、実際自分のものになってみるとどうもいけない。自分で自分の肉球の感触を楽しむというわけにはいかないからだ。どうにも厚ぼったくて、頭もかけやしない。

空腹を感じて、とにかく起きてみることにした。肉球をフローリングにつけると、ぺちゃ、っという奇妙な感触がした。濡れた足で床を踏んでいるような気分だ。四つんばいというのも気恥ずかしい。これまで薄いレースだの刺繍だのでさんざん隠してきたところも丸見えじゃないか、と後ろを振り返るとそこには立派な黒い尻尾が生えていた。視界がいつもより1メートル30センチほど低くなっていて、あちらこちらに積まれた本だのCDだのがいやに大きく見える。机の下など埃だらけで今にもくしゃみが出そうだ。

まあ、とにかく、そういうことなのだな、とぶるっと身を震わせて、伸びをしながら欠伸をしたら、にゃあ、という間抜けな音が喉から洩れていった。

今のところ、まったく、悪くない。


nadja. |mailblog