おうち鑑賞

2009年10月31日(土) 『雪』読了


『雪』読了。

映画のシナリオ『豚と軍艦』『若者たち』『私が棄てた女』は

ある種、熱に気圧されるように読んだ。特に『豚と軍艦』は。

しかし、山内久さんのシナリオのテイストに馴染んできたせいもあると思うが

TVドラマのシナリオ『春風馬堤曲』『破獄』『雪』と読み進めてきて

どの作品も重厚な気高さをたたえているがゆえか、

圧倒されてしまう重苦しさというか、堅苦しさを感じてしまうのだった。

語弊のある言い方かもしれないが、踏み絵を前に置かれている気持ちになる。

山内久さんという作家のバックボーンに関わることであり

作品を否定する次元のことじゃない。

平たく言うと好みの問題なのだ。

最近見たから特に印象が残っているというのもあるけど

小津安二郎監督作品の人間描写はイマジネーションを刺激される。

気持ちがしびれる。

だから個性を認識するということ。否定ではないのだ。

共感するしないに関係なく、個々に対する認識と理解の思考回路は必要なのだ。









2009年10月30日(金) 「話し方入門」読む 『破獄』読了 『雪』読む


「話し方入門」を50ページ読み進む。48分:12分を2セット。

印象に残った箇所。

言葉でなく、ただ事実と思想を求めよ。

古代ローマの詩人ホラティウスが2000年前に言ったのだそうだ。


「記憶の自然法則」三項目。

いわゆる「記憶システム」はその三つを土台にしている。

印象づけ、反復、連想。



なるほど、そうだよなあと思う。

自分の頭上を上すべりさせるのではなく

自分の中に取り込んで活用する意識を持って実践する。






『破獄』シナリオ読了。48分:12分2セット+α。

山内久 脚本 昭和六十年NHKドラマ。

脱獄を繰り返す受刑者・佐久間清太郎を演じる緒方拳や、

その佐久間をある意味見守り続ける刑務官を演じる津川雅彦

との応酬(?)の映像が目に浮かぶようだった。

脚本の質感ありきのことだろうけど、脚本も役者さんたちも「濃い」。

NHKぽい演出も想像に難くない。




3週間前に見たスティーブン・スピルバーグ監督作品

『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』の

トム・ハンクスとレオナルド・ディカプリオの関係性を思い出した。

こちらの作品のほうがエンターテイメント性が強いというか

華のある印象だけど根っ子は同じだと思う。


『破獄』は、泥臭い人間追求。

『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』は

レオナルド・ディカプリオの資質も関係しているのだろう、

トム・ハンクスとの関係性の中の、セクシャルな芳香に少し酔わされる感じ。

好みの問題だね。



『雪』シナリオ 山内久 脚本 昭和七年NHKドラマ。

途中まで読む。48分:12分1セット。







2009年10月29日(木) 「話し方入門」読む 『戸田家の兄妹』再見 「The 女子力 吉田都」見る 夢ノート 食について考える(課題)


「話し方入門」を50ページ読む。

一冊約300ページなので

一日50ページ読み、6日間で読了する計画を立ててみた。

久々に48分:12分を活用する。これを2セット+数分。

もうちょっとペースを上げなくては、

という焦りにも似た気持ちが沸いてくるところを

現実的に実行可能なレベルにハードルを設定した。


読書力(集中力、読解力)を養うことが第一目的だ。

読書力がアップすれば、自ずと読むペースも上がってくると思う。

だから今は確実に読むことが出来る(ちょっとがんばる)程度に

ハードルを設定して、一日50ページ読むことと

そして読書力をつける目的を持って読み、約1週間で読了する。





『戸田家の兄妹』再見する。

おもしろいわー。ホントおもしろい。

昭和16年の作品だなんて信じられない。

不遜な言い方だけど感覚がキレキレだと思う。

佐分利信といえば「阿修羅のごとく」の老齢の父親役の印象が

(静的な役柄だったけど)強烈に残る。

小気味良い味は同じ。

ただ若い佐分利信には、ミーハー気分でときめいてしまう点が相違点。

かっこいい!




「刑事コロンボ」を録画したオシリに収まっていたNHK-BSの「The 女子力」を見る。

バレエダンサーの吉田都さん。

海外のバレエ団は、自分を前に押し出す人ばかりで

日本人である吉田都さんは、そんな中で一歩引いてしまったり

あるいは、失敗すると日本人は自分を責めるのに

例えば床で転んだとしても、周りのダンサーは延々床に対して怒りをぶつけている

といった具合に、周囲との違いに悩んでいた時期があったという話だった。

(床に怒るってスゴイ。ある意味においては見習うべきかも)

結果、吉田都さんがたどりついたのは、自分らしくということだったそうで

周囲がどうであれ「どうぞ、どうぞ」という感じで

自分に集中する、自分のメンテナンス等に集中するようになったそうだ。

見習いたいと思う。

自分も周囲に関係なく自分に集中できる自分になりたい。






あ、それと。「アンビリーバボー 」を見る。

「笑顔を失った女性アスリート」が印象に残る。

小学校2年生の時に事故で重篤な症状を負いながら

夢や目標を見つけ困難に立ち向かってついにシンクロナイズドスイミング

日本代表として北京オリンピックに出場した女性の話だ。

その女性は、幼い頃から『夢ノート』に叶えたい夢や目標を書いていたのだそうだ。

(彼女を支えるお母さんが書いていたことから書くようになったそうだ。)


自分の気持ちを整理し、簡潔な言葉で書くことってスゴクいいなと思った。

『夢ノート』を作る。







クローズアップ現代「“食”がいのちを救う」

〜食といのちを見つめ続ける料理研究家・辰巳芳子さんと共に考えていく〜

食について考える。

自分にとって最適な食事を考え、実践し、日常に組み込む。








2009年10月28日(水) 「7つの習慣」読了 読書の量を質に変える 読書力をアップする


「7つの習慣」読了。

10月11日(日)から読み始め、途中読まなかった日もあるけど

読了するのに次ごう18日掛かったことになる。

481ページ÷18日で計算すると、一日26〜27ページのペースだ。

集中力が足りないとか、ダラダラ読んじゃったとか

モヤモヤ思ってしまうところはあるけど

具体的な数字で見るとそれなりに読めてると思う。



ただ、やっぱりもう少しペースをあげて読むことができるようになりたい。

濫読とまではいかなくても、ある程度量をこなさないと質に変わらないと思う。

冊数をこなす事が目的になってしまうと本末転倒になってしまうからその点は気をつけなければ。

読書力(読解力、読むスピード)をアップするためには

継続した練習を積む事によって、ある地点まではひょっとすると遅々とした進歩かもしれないが

ある地点を境にぐんっと飛躍できる、という段階があるような気がする。

本を読む体質を自分に作る、ここはその踏ん張りどころだと思って

読解力を鍛える意識を持って本を読む。

そして冊数を読みこなせるようになる。









2009年10月27日(火) 「スタジオパークからこんにちは」チャップリンの吹き替えを見る


NHK「スタジオパークからこんにちは」に目が留まる。

ゲストは山寺宏一さん。声優さんという認識はある。

漠然と芸達者な人っていうイメージは持ってるけどよく知らない。

三谷幸喜さん脚色の人形劇「新・三銃士」に声優として出演しているのだそうだ。

へー三谷幸喜さん人形劇やってるんだ、と、そこからの興味で入る。



チャップリンの無声映画を、舞台で声優さんが生で吹き替えるという

活動をされているのだそうだ。

そのチャップリンの吹き替えを披露してくれるという。

正直、期待していなかった。というかイヤな感じさえした。

作品自体の持つ雰囲気が、別物になってしまうのでは?と思ったからだ。

ところがである。そんな気持ちは吹っ飛んでしまった。

スゴイ。

男女問わず、複数の登場人物のキャラクターを一人で演じわける。

作品の雰囲気が別物になるどころか、登場人物の個性にピッタリと

思わせる声色を使い分け、もとの作品の味を壊さず

見方を格段に楽しくしてくれた印象だ。

芸術、という言葉が頭の中に浮かぶ。

『犬の生活』等(もう1作品のタイトルも言っていたような)の

吹き替えを舞台で演っているという話だった(と思う)。



そのチャップリンの吹き替えにも興味はあるが

まず人形劇「新・三銃士」を見てみたいと思う。









2009年10月26日(月) 「7つの習慣」読む 落語会へ行く


「7つの習慣」〜第七章〜の途中まで読む。


落語会へ行く。

落語をライブで聴くのは久しぶり。気がつけば何年ぶり?という勘定だ。

だけど全然違和感はない。

今では真打になっているこの落語家さんの

二つ目の頃の落語会もちょくちょく見に行っていたから

その時の感情がたぶん現在まで一本の糸でつながっているからだ。

おっ、さすがに二つ目の頃に比べたら貫禄がついてる。

デジャブじゃないけど、同じ懐かしいのでも

会って然るべき人と会ってるっていう、そんな感じがした。



落語会を見終えたあと、ある事に気がついた。

本日の落語会は、まずお弟子さんの前座の落語が一席。

そして真打の落語家さんの落語一席のあと中入り。

そしてもう一席、という進行だった。

前座さんの落語は、上手いとは思わなかったし、そんなに笑えなかった。

しかし、さすが真打。枕話、落語の話術に引き込まれてよく笑った。

ところが、である。

真打の落語があんまり印象に残っていないのである。

むしろ、前座さんの落語の印象の方がクリアに残っているのである。

真打の落語家さんの落語は面白かった。引き込まれもした。

だけど、全体の印象が何かごっちゃになってるのだ。

すばらしいご馳走が並びすぎて、変化を感じられなかったのだろうか?

うちにある「上方落語家名鑑」で噺を確認。

落語の噺の知識が増えたり、落語会に足を運ぶ機会が増えると

受け止め方が違ってくるのかなあとも思うのだが。

自分でも意外だった。



桂米朝の未聴の落語のCDを聴く。









2009年10月25日(日) 「7つの習慣」読む 「D・カーネギー話し方入門」読む 「エチカの鏡」初見


「7つの習慣」を読む。〜第六章〜まで読了。

あと〜第七章〜を読めば完読なので

「7つの習慣」と一緒に(だったと思う)購入した

「D・カーネギー話し方入門」も読み始める。

にしても「7つの習慣」は再読するつもりだ。

人間的に成長する、自分を変える、人格を高める、という意識を

持ったこと自体、スタート地点に立ったこと。

山は高い。見上げると目がクラクラする自分を鼓舞を込めて思う。

(現時点での自覚の度合いはさておき)

千里の道も一歩からだ。

上手くいったり、そうじゃなかったりしながら

前に進んでいくのが当たり前だという気持ちを持って練習をしていく。

自分に勝つこと(主体性を持った行動)を練習する。




はじめて「エチカの鏡」という番組をじっくり見た。

「読書のすすめ」という書店の店長さんがおすすめの本を紹介していた。

この「読書のすすめ」という書店は、たとえ出版年度が古くても

店長さんが良いと思った本を集めて置いてある本屋さんなのだそうだ。

その店長さんがおすすめしていた何冊かの本はどれもナカナカ面白そうであったが

中でも手にとって読んでみたいと思ったのは

女子ソフトボールのメンタルトレーナーをしている(いた?)西田文郎さん著の

「かもの法則 ―脳を変える究極の理論 」という本だ。

楽天ブックスでの購入候補に入れておく。









2009年10月24日(土) 「7つの習慣」読む 重要なのは人間的に成長すること 


「7つの習慣」を読む。〜第五の習慣〜読了。

〜第六の習慣〜を読み始める。

ある日目覚めたら突然スバラシイ自分に変身しているわけないのだ。

生活が日常が人生が修行だ。

ある意味、楽しみながら自分を作っていく。

人間的に成長していく。

成長するための課題を見つけ修練する。



2009年10月23日(金) 「7つの習慣」読む 片岡仁左衛門・河内屋与平『女殺し油地獄』


「7つの習慣」を読む。〜第四の習慣〜読了。

〜第五の習慣〜を読み始める。

今まで読んだ本が、口当たりのよい読者受けを意識した

ハウツーマニュアルだったのか、と思える。

あたなが学んでいくのだ と、

学習する指針をどっしり目の前に提示される。

課題を掘り起こし課題を克服する。

人間性を高めるよう修練する。





テレビのチャンネルを替える。

歌舞伎の舞台だ。歌舞伎の舞台に限らず映像で見る舞台は

伝わってくるものが違う、という気持ちがあるので流す態勢でいたら

画面を目にしたのと同時に心射抜かれる。

片岡仁左衛門、そして女形をつとめているのは片岡仁左衛門の息子の片岡孝太郎。



あとでこの舞台の詳細を知る。

近松門左衛門作 「女殺し油地獄」

この芝居の主人公・河内屋与兵衛を当り役とする片岡仁左衛門が

一世一代(演じ納め)として今年6月に東京の歌舞伎座で上演された舞台だった。

片岡仁左衛門が二十歳でこの役を初演して評判を得、自らの出世作ともなったのだそうだ。




画面という厚いフィルターまでをも突き抜け、心に押し寄せてくる

鬼気迫る気迫、気概、艶、倒錯、陶酔する感覚に身体がしびれて呆然となる。

そして父子で情を演じる艶かしさと罪。

人間、河内屋与兵衛の業を演じる片岡仁左衛門の表現の奥深さと衝撃。

どんなに言葉を使っても言い尽くせない。





初めて見た歌舞伎の舞台を思い出す。

桜吹雪が狂舞する舞台の片岡孝夫(当時)と坂東玉三郎。

殺しの場面で刀を手に大見得を切る片岡孝夫の鬼気と艶。

死を美として表現するのは日本独特の文化、と教わった時のショック。







「女殺し油地獄」を録画できたのは20分くらいか?

ああ、見たい。身悶えするほどに見たい。

こうやって文字を書くほど、恋焦がれる気持ちが強くなる。

やはり自分にとって歌舞伎は根源なのだ。









2009年10月22日(木) 「7つの習慣」読む 『秋日和』『おとうと』録画する 思索ノート


「7つの習慣」を読む。〜第四の習慣〜を数ページ。


NHK-BS昼の映画劇場『おとうと』を録画セットする。

小津安二郎監督作品じゃないのか、と思ってちょっとがっかりする。

しかし市川昆監督にも興味はある。

そしてカメラの宮川一夫撮影監督が「銀残し」というテクニックを

用いたのだそうで、それが何より好奇心をくすぐられる。


前日録画した小津安二郎監督『秋日和』も見るのが楽しみだ。






反応するのではなく主体性を持った考えと行動をとる。

周囲の状況に直面した時に起こる、イラダチ、腹立ち、怒りは

高い人格によって、そういう感情に至らないに越したことはないけど

そこへ到達していくまでの過程、まず、自分の感情は肯定して受け入れる。

そして(平たく言えば)今この瞬間自分が出来ることが

何かを考えてやっていく、そしてそれを上書きしていく。

人格を鍛える練習方法として行う。




自分に勝つ。

自尊心を持つ。 

尊重される。そして尊重する。

過剰な寛容になっていないか(自分に背いていないか)確認する。

信頼は信頼で返す。そうでなければこちらもやめる。

毅然とした(意志を持った)態度を身につける。

感情的になってやり返す気持ちを、自分を高める方向へ向ける。

目的は何かを考える。

重要事項を考えて優先する。

自分の価値のあり方を考える。価値基準は自分の中にある。

誠実に行動する。

Win-Win の関係を根底に持って行動してみる。









2009年10月21日(水) 「7つの習慣」読む アンパンマン流儀


「7つの習慣」〜第三の習慣〜読了。

〜第四の習慣〜を読み始める。


自分の人格のありようなんて、正直意識してなかったと思う。

この本を読むことで、自分のナサ加減を自覚させられ愕然となる。

引き出しの中はカラっぽ。

逆に言えば、中身を作るスタート地点と思えばいい。

成長するノリシロがあるのだ。

自覚出来たことは一歩進んだことなのだ。なんてね。

そう、気持ち振り絞って思ってやって行こう。





NHK「スタジオパークから こんにちは」を見る。

ゲストはアンパンマン作者のやなせたかしさん。

なんと御年90歳ですと。全然そんなお年に見えない。

そういうのイイな。



外見もそうだけど、言動そのものが年齢に縛られていない感じ。

ご自分を「やなせうさぎ」として、やなせたかしさんの

一日のスケジュールをイラストで紹介していた。

朝6時起床に始まって、運動、仕事、三度の食事など

決して型にはまった感じではないんだけど、ご自身のこだわりを交えつつ

リズムのある生活をされているところを見て、見習いたいと思った。



毎昼ごはんは、だいたい和風パスタ(やなせたかしさん曰く)なのだけど

日曜日はサンドイッチとコーヒーなのだそう。

なぜなら、運動をかねて日曜日はデパ地下に行くことにしているからだとか。

日常生活の中で、工夫というか

ちょっとした楽しみを組み込んでいるところもマネしたいと思った。












2009年10月20日(火) 『東京暮色』 『戸田家の兄妹』 「7つの習慣」読む


テレビをつけチャンネルをBSの昼の映画劇場にあわせてみる。

その映像は小津安二郎監督であることは一目瞭然。

小津安二郎監督の作品は先日(といってももう2ヶ月くらい経つか?)

劇場で見た5作品を含め、DVDを買って改めて見たいと思っていたので

テレビで放送されているのを見つけたからといって見逃した感はない。



それよりパッと見た瞬間から、引き込まれて困った。

だってもう半分以上は経過しているはず。

見るんだったらちゃんと最初から見たい。

ああ、でも見たい。見たい。 で、結局見る。30分ほど。

映画のタイトルはあとから知る。

『東京暮色』1957年製作 小津安二郎/野田 高梧 脚本

あー、身悶えするほどオモシロー。


このまま頭の中の小津色を切り替えがたく

以前スーパーのワゴンセールで買ったまま未見だった

『戸田家の兄妹』を見る。

1941年製作 小津安二郎/池田忠雄 脚本

オモシロー!

1941年製作!? 昭和16年製作!? 信じられない。

全く年代を感じずに見た。

普遍的なテーマだから、現代においても違和感がない。

違和感がないどころか、1941年に製作されたこちらの作品の方が

現代の同じテーマを扱った作品より、切り込み方が鋭く、先を行き、

そして面白い、と思わせる。と同時に胸が詰まる。

ああ、小津。






「7つの習慣」を読む。

〜第二の習慣〜を読了し、〜第三の習慣〜に突入することは出来た。

昨日の日記に書いた「〜第三の習慣〜を読み切る」に対して

何とか(最低限の)面目は保ったつもり。

確かに付箋を貼るような難しい語句は少ないのだが

理解するため行きつ戻りつしながら読むので

1時間に20ページがペースになっているみたいだ。

ただ表面的に速度を上げて読むことを目的にするのは

読書力をアップすることにはつながらないと思うので

まず集中力をアップする意識を持って読む。

48分:12分 方式を復活、再びやってみる。










2009年10月19日(月) 「7つの習慣」読む 本と向き合う姿勢


「7つの習慣」を読む。

3時間ほど読んで〜第二の習慣〜を読みきるまでにあと数ページというところ。

ま、ヨシとする。

20日(火)は〜第三の習慣〜を読みきる。



自分を見つめ直し、自分の考えや行動を成長させていくには

それ相応の期間をかけ、いわゆる生みの苦しみを伴って然るべきであり

そして徐々に人間力が備わっていくものなのだ、ということを改めて考えさせられた。

自分に向き合い、考えをまとめ、書く作業をするには

とても時間がかかるものだ、という記述を読んで

言われれば当たり前の事かもしれないけれどハッとした。



自己改善を指南した本を読む時

それを読んだだけで、まるまる救いの手を得られるような

魔法のように、即効性のある答えをもたらしてくれるような

そんな気持ちでいたと思う。

それが当たり前の事になっていてからだろう

そういう自覚をほとんど持っていなかった。

ここでも依存性が顔を覗かせていたわけだ。



自分の責任は自分の領域だ。

自分がじっとしていても、勝手に何かを働きかけてくれて

改善してくれるよう、そう半ば無意識に持っている依存性思考回路を断つ。

そして、自分を愛おしく思うスタート地点に立ち

自分に労力を払って改善するよう働きかけていく。

自分に向き合って、自分の考えを高め、行動を成長させていく手段として

読書を取り入れる意識を持つ。

そういうふうに本と向き合っていこう。









2009年10月18日(日) 「7つの習慣」読む 必須食材は卵と牛乳


「7つの習慣」第二の習慣の途中まで読む。

19日(月)の目標は第三の習慣まで読む。



久しぶりにスーパーへ買い物に行く。約10日ぶりだ。

とにかく今ある食材を食べ切ろうと思ったからだ。

買い物に行くと、つい目に付いた予定外の食材を買ってしまって

それまで買い置きしてあったものの出番がどんどん後回しになり

いつか食べようとおもいつつ放ったらかしになってしまう、がエンドレス。

常にその放ったらかし食材が心にひっかかったままの気分で食事をしていたので

スッキリ気分にリセットするために節約をかねての実行だ。



最終的に、本日の昼ごはんのメニューはガーリックライスと大根スープに決定。

ガーリックライスは、白カビが生え始めているっぽいにんにくを使用。他の具材はなし。

この辺りでメニューをひねり出すのもちょっと厳しくなってきた。

たんぱく源がなくなるとキツイ。

卵は、お好み焼き、ホットーケーキなどメインメニューの元になる。

牛乳は、紅茶にかかせない。豆乳で代用すると豆味になって全然おいしくない。

つまり、卵と牛乳(と米)があれば何とかなる、

これが10日スーパーに行かなかった上での結論だ。


あ、あと

以前は食後におやつを口にしないと気が済まなかったのが

おやつらしいおやつを食べずに過ごしていたら

身体がおやつ抜けしたのか、前のように欲しいと思わなくなった。

効能っちゃー効能だね。










2009年10月17日(土) 読書頭の筋力アップ 好きな靴下をはく


「7つの習慣」を読もうとするも即睡魔に襲われる。

運動することによって、持久力がついたり筋力アップするように

本を読むことにも、本を読む頭作りを意識することが大切ではないか。

ただ漫然と読んで、その本の内容によって集中できたりできなかったりという

面白いか否か頼りになってしまうのではなく

根本的に自分の中に本を読む体勢を持つ。

ま、平たく言えば、ある程度決まった分量を日々読みこなすことで

運動と同じで、いわゆる持久力がアップしていくのでないか。

書いてるうちに、当たり前だよな〜 と自分ツッコミの気分になってきた。

ある程度決まった分量を読むことを習慣化する。





ずいぶん前に買って、ここぞという時にしかはいていなかった靴下をはいた。

結構な値段(1500円〜2000円くらい)だったことと

気に入っているからこそモッタイナイという気持ちが勝って

タンスの中にただ置くことで満足しようとしていた。



自分が好きなものを使ったり、快適な状況にいることを選択しては

どこかイケナイという思考や、あるいは自分をそういう状況に

もって行くことへの罪悪感が常態化していた。

たぶん自分に罰を与えることによって、一人相撲的に

自分が勝手にはまり込んでいるやましさのようなものを

超消しにしようという歪んだ心理を作っていたのだと思う。

たぶん自己肯定感のあり方が問題なのだ。

理由が漠然とわかっているにしても

改めて文字にすると、激しくなぜそうだったのか?と思う。

そして同時に、しんどいのをよくがんばってきたね、と

自分をいたわってあげたい気持ちにもなる。




これらの歪んだ思考を、自分を尊重する思考に転化する。

自分が自分に心地よいことをしたり

不快な事象に対して不快感や拒絶感を感じることを肯定する。

どこぞのCMではないけど、私にはそれをする価値がある 

という自己肯定感を育てる。

自分が感じたことを肯定して行動する。

それが次へのステップにつながる練習だ。










2009年10月16日(金) シマちゃんズと南ちゃんズが庭デビュー

 
ガーデニングデー。

なんつーと聞こえはいいけど、ま、ようするに草むしりをしたわけだ。

何だかんだで4時間くらい作業をしていた。

どんだけ草ボーボーだったかおもんばかられるというものだ。

アレコレこういう庭にしたいなあと想像しながら草取りをするのは楽しい。

4時間とはいえあっという間の感覚。

(だからどんだけ草ボーボーなのよって話)

ただその草ボーボー、落ち葉ザックザクな土のおかげで

バッタだの芋虫(ぽいの)だのミミズだのが生息している生き物たちの生息場所を

草取りをして人間にとっての見栄えを整えることによって

限定してしまうだろうことを思うと胸が痛い。

だから、自然を意識した上で庭を整えていきたい。

言うは易しだけど、いわゆる自然と暮らしの調和を考える。


そして、あらかた草取り完了した庭に

本日、ベランダのシマちゃんズと南ちゃんズが庭デビューした。

元気に過ごしておくれ。












2009年10月15日(木) ガーデニングデー 「7つの習慣」を読む


ガーデニングデー。

庭の草むしりを2時間くらいする。

じんわり楽しい。



「7つの習慣」を読む。

第一の習慣 まで読む。

自分の責任として受け止める と、言うは簡単だけど奥が深い。

やっと、薄々とながら実感としてわかりはじめていたことだ。

何か起こった時に、外の状況のせいにすることが当然になっていたのだ。

理屈でわかってはいても、外部に腹立ちをぶつけている。

ただ一足飛びに成長は出来ないと思おう。

そういう自分を自覚できたことを、ひとつのステップアップととらえ

自己責任、つまり自分の意志をもって行動する、

主体的な人間に成長できるよう練習をする。









2009年10月14日(水) 「7つの習慣」読む


「7つの習慣」を読む。

第一部パラダイムと原則について インサイド・アウト(内から外へ)読了。

細かい字がびっしりなので、もっと小難しい感じを覚悟していたのだけど

読み始めてみると、滑らかにすーっと気持ちに入ってくる。

読み意味のわからない語句への恒例の付箋貼りもほとんど出番がないくらい。

読み進めていくのが楽しみだ。

と同時に、そういう自分の気持ちを反映するような

読書時の集中力を身につける。









2009年10月12日(月) 「7つの習慣」読む 「ちちんぷいぷい10周年 角の東京物語〜ちょっと新世界へ〜」見る


「7つの習慣」を数ページだけ読む。

相変わらず気持ち的にはワクワクしているのだが睡魔に襲われ

昼寝になだれ込む。約1時間。




そうこうしている内に楽しみにしていた、午後1時55分から放送の記念特番

「ちちんぷいぷい10周年 角の東京物語〜ちょっと新世界へ〜」が始まり

ガッツリ見る。

きたろうさんは、学生時代の思い出の町、神田界隈を

ラサール石井さんは、角さんのリクエストに答えて(?)築地市場と

ラサール石井さんが以前住んでいたという佃島の超高層タワーマンション

そして、その下町情緒残る商店街界隈を

そしてピーコさんは自身の自宅兼事務所がある青山界隈を

角さんをともなって案内していた。



角さんが初めて東京で一人暮らしをして、初めて体験する東京を

角さんの目を通して感じた東京を紹介するというコンセプト?演出?だったと思うのだが

東京で一人暮らしをしていた頃の事がオーバーラップして

胸がキュゥと締め付けらて甘いような苦いような複雑な気持ちになる。

畏敬と憧れと焦燥感の中、したり顔で暮らしをやり過ごしていくうちに

何かを得て、何かがそぎ落とされ、そして身にまとっていく「東京」。

そういう感覚がワッと押し寄せてきた。

街をリポートする番組はいくらもあるけれど

こういう「ある視点」で街を見せてくれる番組はあるようでなかったのではないか?

気持ちが揺さぶられる。



ラサール石井さんはそうでもない感じだったけど

きたろうさんやピーコさんは、角さんと気持ちを通い合わせている

間柄なんだなあと見て取れて、そういう様子もほっこりしててよかった。



佃島の商店街名物のレバフライ(牛レバーを揚げてソース漬けしたもの)

激うまそー! 












2009年10月11日(日) 『春風馬堤曲』読了 「7つの習慣」読む


『春風馬堤曲』シナリオを読む。

立原りゅう
山内 久  脚本

昭和四十九年 NHKで放送された(芸術祭参加)ドラマだそうだ。

立原りゅうさんは山内久さんの奥さんとのこと。

名前が先にあるということは、立原りゅうさん主導で書かれたということか

それとも単にレディーファースト?的意味合いなのか。



俳人与謝蕪村に傾倒した老人が、家族との関係(軋轢)を軸に

与謝蕪村の足跡を辿る、という話。

当然作者は与謝蕪村の素晴らしさをわかって書かれているわけで

それに即ついて行くことが出来たら、もっと心に染みたのだと思う。

老人が家族間に抱える(言い尽くされた表現だけど)心の闇が

ドラマの中心に織り込まれていて心にずしんと響いてくる。

しかし、いかんせん作品中にずらっと出てくる与謝蕪村の俳句や

図名の漢字の読み方がおぼつかないのだ。

タイトルからして何て読むの?状態だ。

「しゅんぷうばていのきょく」と読むのだ。

味わう以前に、後で調べる用の付箋をせっせと張っていた感じ。

今、与謝蕪村を知りたいという気分には正直なっていないが

心の風船につないでおいて、必要な時に手元に手繰り寄せようと思う。





夜中、ふっと思い立ち

「7つの習慣」 スティーブン・R・コヴィー著 を読み始める。

購入してからしばらく経つ。

冒頭部分数ページ読んだだけだけど、すごく惹きこまれる。

ワクワクして扉の向こうに次は何があるの?という気分にさせられる。

文章もなめらかにすーっと入ってくる感じだ。

「人間この信じやすきもの」も読み始めていたが

こちらの著は、今まで使ってこなかった思考回路を動かして読むので

興味が刺激されるというよりはつっかかりながら勉強している気分になる。

読了はしたいと思っているが、優先順位を決めて読みたい。


「7つの習慣」を読み進める。











2009年10月10日(土) セラピストに抱く現実と幻想


「ダメな自分を救う本」の再読、読了。

本の後書き部分に

「ハッピーな人はどんな考え方をするのだろう?」ということを、

「Day.In.Day.Out」と題して、何年か前から自分のホームページに

書き連ねるようになりました。

とある。

はじめに読んだ時から気になっていたのだけど

ちゃんと本の内容を自分の中に取り入れてから、という気分だったので

再読の読了を機に件のホームページにアクセスしてみた。



あら、ま。

想像していたイメージとちょっと違う。

結構にぎやかな雰囲気。

下世話な言い方をすれば、手広く商売やってらっしゃるのねって感じ。

締め切り迫る! ナントカ会(?名前忘れた) という告知があった。

石井裕之さんからの特別なメッセージを聞くことが出来る講義

という内容だったと思う。費用は1万5千円とあった。

ちょっと気持ち惹かれたのは事実だけど、うさん臭いと言わないまでも

そして例えその講義が良いものだとしても

自分の問題としてそういう方面に行っちゃっていいの? という気持ちの方が勝つ。

「Day.In.Day.Out」はメルマガ配信されているらしいから

とりあえず、そのメルマガは一度読んでみたいと思う。










2009年10月09日(金) 朝昼夜ごはんを食べる お風呂に入る時間を決める


祝 朝、昼、夜 三食食べる。

こうやって文字にするとしごく当たり前の日常プランを

今まで何でやろうとしなかったのかなと改めて思う。

日々、何となく朝と昼の境目がなくなってしまい

(良く言えば)ブランチ状態になっていた。

だから中途半端な時間にお腹がすき

中途半端な時間におやつを食べたくなったり、食事をしたりで

時間の使い方がとても不効率になっていたと思う。



とにかく朝食、昼食、夕食する時間を(だいたい)決めてしまう。

そしてその枠組みを基準にしてやる事をはめ込んでいく

ことを意識して実践していこうと思う。

あとお風呂に入る時間も(だいたい)決める。

不効率な時間をピックアップして、有効な時間の使い方に転化する。

返す返すもこうやって文字にしてみると、小学一年生がはじめて

生活態度を習う事柄みたいだ。

しごく当たり前の日常生活にやっと立ち返る気持ちになったのかなと思う。

はじめの一歩からの練習スタートだ。

三食食べると、いつもより「ちゃんと」お腹がすくのだということを発見した。












2009年10月08日(木) 『激突!』 「ダメな自分を救う本」を再読する 『刑事コロンボ 構想の死角』


先日NHK-BSで録画した『『激突!』を見る。

1971年製作

スティーブン・スピルバーグ監督


クオリティーの高い作品だと思う。

そしてイヤ〜な観劇後感は『わらの犬』とオーバーラップした。

この心情に絡み付いてくる「イヤな感じ」は琴線を刺激する。

激しく佳作だと思うが、好みの問題でいうと100%フィットしてる感じじゃない。

だけどホント不気味で怖かった。

『ジョーズ』もこのノリだと思うと見る前から身震いする思い。





「ダメな自分を救う本」を再読する。







NHK-BSで21時〜「刑事コロンボ 構想の死角」を見る。

スティーブン・スピルバーグ演出


子供の頃からよく見ていたドラマだ。

久しぶりに見る。

『激突!』の以前にスティーブン・スピルバーグが演出した作品なのだそうだ。

いきなりうっさん臭さそうな犯人丸出しのオッサン登場。

これが「刑事コロンボ」の味なんだよねえ。

満を持してテレビの前に陣取ったわりには、30分ぐらいで爆睡してしまう。

夜中に起きだしていそいそ続きを見る。

犯人丸出しのオッサンが犯人丸出しの台詞をしゃべっている。

そうそう、これが味なんだよねえ。

観劇後の劇場の出入り口からはき出される

観客の流れに逆行して、犯人の男に接触するべく男を捜し求める

雑貨店の未亡人の真っ赤なコートが印象に残る場面だった。

今日はスティーブン・スピルバーグ デーになった。












2009年10月07日(水) 「映像の魔術師 スピルバーグ自作を語る」を見る ドイツの世界遺産 集合住宅「ブリッツ」


NHK-BSで「映像の魔術師 スピルバーグ自作を語る」を見る。

ネームバリューがすごい監督なので、漠然と自分の中の位置づけが「スゴイ」

となっていたみたいだが、実はこの監督の作品をガッチリ

見込んでないことに気がついた。スゴイ監督には違いないだろうが

自身の嗜好としてフィットする感じではないような気がする。

平たく言えば、いかにもアメリカ的であり

大衆的なエンターテイメント性のある要素をさめた眼で見てしまいそうだ。

そういう予感。



ただスティーブン・スピルバーグという名前を

聞いたことがあるかないかのような、ずいぶん前のこと

忘れもしない夕刻時、ふっとチャンネルを変えた画面に映し出された

巨大トラックの爆送シーン。

この映画が何というタイトルか、監督は誰かなどと考えることなく

映像に引き込まれていったことを思い出す。

『激突』。

台詞も少なく、大型車の激突ぽいシーンが大半で一見シンプルな作品なのに

琴線が揺さぶられることにギャップを感じたのだった。

先日、NHK-BSで録画したのを気構えをしてから(?)見るつもりだ。

たぶんあの夕刻時以来、再見していないはずだ。

漠然と自分の中の位置づけが「スゴイ」となっていたのは

この『激突』一作品が担うところが大きかったのかもしれないとふと思う。

他作品も(予感がたとえあたっていたとしても)順次見たいと思う。

思っている以上に食わず嫌いかもしれないしね。

どう転ぶかは見てみないとわからないもんね。




10月5日(?)NHKテレビで見た

ドイツの世界遺産 集合住宅「ブリッツ」。

ブルーノ・タウトという建築家による設計だそうだ。

樹々に囲まれた敷地に立つ蹄鉄型のアパートメント。

なんて・なんて・なんて素敵なの!

そしてまた、子供の頃から住んでいるという

83歳(だったかな?)のおばあさんの住居空間の素敵なことといったら。

ため息が出るってこういうことだ。

そんなに広くはないみたいだけど、そんなことは意に返さない

いかにも居心地のよさそうな間取りにバルコニーからの素晴らしい緑の眺め。

労働者だったお父さんが、当時ちょっと無理をして入居することにしたのだそうだ。

当時の労働者の住環境はかなりひどいものだったそう。

長年かけて揃えられてきたのであろう、感じのよい家具や窓辺に飾られた花瓶。

「豊か」さを目の当たりにした気分になった。

豊かな生活とは? なんだろう。

自問自答して答えを出していきたい。

そして少しでもこのブリッツの素敵に近づいていけるよう

快適で豊かな住空間を作っていきたい。











2009年10月06日(火) 「宇宙に上手にお願いする法」再読、読了 「ダメな自分を救う本」再読する 『ターミナル』


「宇宙に上手にお願いする法」の再読、読了。

「ダメな自分を救う本」の再読を始める。

最初読んだときは、嗚咽を禁じえないくらいの勢いだったけど

今回は気持ちがグラグラすることなく読み始める。

とはいえ、心情的なものがすごくフィットする感覚は同じ。

一字一句が自身のこととして染み込んでいく感じ。

再読を続ける。




『ターミナル』をNHK-BSの映画劇場で見る。

スティーブン・スピルバーグ監督作品

トム・ハンクス主演



録画して改めて見ようと思っていたのだが勢いで見てしまう。

結局、食後のお茶と歯磨きが約2時間おあずけとなってしまった。


何に軸を置いて見ればいいのか? と思う。

自由の国アメリカ、今なお紛争に巻き込まれる国とその国の人々の日常、

コメディ、恋愛、仲間との友情 etc

あっちこっちに視点があって、どれもこれもが

なまぬるくブレンドされてる感じ。

思いっきし好きじゃないエンターテイメントのパターンだ。

おとぎ話ならおとぎ話としての突き抜け感がもっとあって欲しいと思う。

ふっと『素晴らしき哉、人生!』の方向なのかと思う。

なら頭の中のスイッチをふり幅いっぱいにそっち方向にシフトして見たら

もう少し違った見方も出来るかもしれない。

だけど再見するかどうかは微妙だ。












2009年10月05日(月) 「宇宙に上手にお願いする法」再読する


「宇宙に上手にお願いする法」の再読をする。

最初読んだ時より頭にすっと入ってくる感じ。

結局、自己を成長させるための考え方や行動につながっているから

心が刺激されるのだ。

「宇宙に上手にお願いする法」の一部分にだけ焦点を当てて受け取って

しまうと意味合いがズレてくるように思う。

シーソーの上に立つみたいに、微妙なバランスを取る意識を持つことが

この本に書かれた内容を自身が活かしていくコツだと思う。

と、再確認しつつ再読を続ける。







2009年10月04日(日) 結束バンドを買う シェードを取り付ける


ラティスにシェードを取り付けるのに必要な結束バンドを

ホームセンターへ買いに行く。

楽天の通販サイトを検索すると、送料+代引き手数料の金額が

商品価格を上回るショップが大半だった。

メール便対応のショップも1件あるにはあったが、振込みに出かけたり

あるいは全額ポイント購入する場合の購入方法を

メールで尋ねたりするのもシチ面倒くさいので

普段あんまり行かないホームセンターへとりあえず行ってみることにしたのだ。

サイズさえ選ばなければ100均ショップにもその辺りの店にもあるのだが

結束バンドを買うのにこんなに手間隙時間がかかるとは想定外だった。



先日希望のサイズの結束バンドが見つからなかった方のホームセンターで

結束バンドの置き場所は電器関係、とリサーチ済みなので

広い店ながら迷わず売り場に行く。

あった。やっと会えたねって感じ。うれしさにほくそ笑んでしまった。

幅の太さと長さを選ぶのにかなりの時間迷った挙句

幅太の25cmと30cmを買った。



帰宅後、朝食の豆乳スープでスープスパゲティを作ってまずお腹を満たす。

そしてラティスにシェードを取り付ける。

結束バンドの長さは2種類買って正解だった。どちらも必要だったのだ。

もし通販だったら1種類しか注文しなかったはずだから

再注文する必要があっただろう。

実際手にとって見て買い物してよかった。


つまり、これでよかったのだ。











2009年10月03日(土) 南天の木を植え替える 『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』再見する  


南天の木を植木鉢に植え替える。

植木鉢の調達に時間がかかってしまった。

その後、植え替えに最適な天候をウエイトしたことが重なって

株のままで小一週間待たせてしまった。ごめん南ちゃん。

そして小さな花鉢2つも陶器鉢に植え替える。

こちらも同様。ごめん。

お水と養分をたんと吸い上げて快適に過ごしておくれ。




『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』の再見をする。

構成を意識しながら見る。

昨日は感受するまま、今日はスイッチを切り替えて見る。

セットアップと第1ターニングポイントとミッドポイント部分はわかった。

それとその台詞のその場面で果たしている

役割に気がついた箇所が2、3箇所ばかし。

その後、う〜んこの場面はどうなっているのだ? と、頭の中フル稼働の

意気込みがあったはいいけど、エネルギーチャージが必要になったのか

睡魔に襲われまだら見になる。

やっぱり紙に書きながら見た方が、考えが整理できて理解し易いと改めて思う。



100均のストップウォッチの反応が買った当初よりすこぶる鈍くなった。

スタート、ストップ、リセットの度に

(ちゃんと動作してくれと)拝むような気持ちで力いっぱい押すので親指が痛い。

使い勝手のよいストップウォッチを購入したい。














2009年10月02日(金) 『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』


『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』2002年


昨日NHK-BS映画劇場で放映されたものを録画して見る。

すっかり忘れてインターネットをやっていた。

「21:00」の表示を見て雷に打たれたかのように思い出す。

我ながら目にも留まらぬ素早さでテレビの前にすっ飛んで行って

ビデオをセットしギリギリセーフ!!!






「おもしろさ」を感じつつではあるんだけど

中だるみした印象を持ちながら見ていた。

ひょっとしてイマイチ? なんていう言葉が心をよぎる。

しかし、ラストのラストで落とされてしまった。

トム・ハンクスの表情に、演技に。

そしてその事が、この作品を見る方向性をわからせてくれたし

決定付けていると思う。



再び見る。

トム・ハンクスもレオナルド・ディカプリオもなんて魅力的で上手い俳優なんだろう。

オーバーアクションではない。

淡々とした演技から複雑な心情が痛いほど伝わってくる。

上手いと感じる役者さんは「静」からのメッセージが大きい。



たぶん構成など問題点はあると思う。

(はっきりわかってないんだけど)

だけど、それ以上に受け取るものがあったのだ。

この作品を見た事で自分自身が救われた。

道を示唆してもらった。

涙がこみ上げてくる。

それが良い作品ということではないか。










2009年10月01日(木) 雨の日に傘は必要か?


植木鉢を買うためにホームセンターへ行く。

チャリンコなので大きな鉢を二個運ぶために二度出陣。

二度目に出かけた際、小雨がぱらぱら降り始める。

買い物を済ませ、店を出る時にはかなりの本降りになっていた。

止みそうもないので雨の中、帰ることにした。



ふっとNHKの地球ラジオで聞いた海外の傘事情?についての話を思い出した。

確かヨーロッパ圏の国の人だったと思うが、インタビューによると

その国の人は雨が降っても傘を使うという習慣がないのだそうだ。

デパート(店?)にもほとんど傘は売っていないそう。

みんな雨が降っても気にせず歩いているんだとか。

それを聞いてびっくり。

日本だと、雨に濡れることをヨシとしないのは当然で

雨に濡れずに行動することが前提だ。

雨具を装着していない自転車の人、何人かとすれ違ったが

みんな鬼の形相(雨粒が当たっているのだから仕方あるまい)で

この雨をやり過ごしたいとばかりに早漕ぎモードで走っている。




雨の中チャリンコをこぎながら

その国で生まれ育った習慣の中で培われた価値観が

唯一無二みたいな事とのような意識を持ってしまっているのだと思うと

だんだん雨の中チャリンコで走っているのが愉快になってきた。

別に雨にぬれて帰ってもいいじゃん

どっちみち洋服は洗濯するものだし、なんて考えると

雨の中の自転車漕ぎを「へ」とも思わなくなってしまった。

傘をさす必要性がどこにある?なんて思ってしまうくらいの勢いになった。

なまじ傘を持っていたら対外的なポーズとして傘さし運転をしただろうから

前カゴに重い植木鉢を乗せてのハンドル操作は危険だったと思う。

むしろ傘を持っていなかったのは良かった、なーんて

超ポジティブシンキングのまま雨の中を帰ってきたのだ。

びっちょびちょで。あはは。



帰宅後、気がついた。

帽子のひさしのおかげで顔面への強烈な雨粒は避けられた。

そして、表面はどろんびちょ状態なのに、靴の中の靴下は

全く濡れていないことに帰宅後気がついた。

いわば頭と足先を快適にやり過ごすことが出来たのだ。

この超ポジティブシンキングの一端を担ったのは

「帽子」と「アシックスウォーキングシューズ」なのだ。

とくに「アシックスウォーキングシューズ」!!!何て秀逸なの!



ん? 価値観がどーのではなく「アシックスウォーキングシューズ」が

すごかったってのが結論か? あはは。














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Barbara [MAIL] [バイオトープの庭]

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