おうち鑑賞

2009年06月30日(火) 時間をタイトに使う 感じた流れに身を任せるということ


午前中の時間の使い方のペースは掴めてきたように思う。

課題は、食事や日常のやるべき作業の取り入れ方だ。



食事に関しては、

作る→食べる→食べた後すぐ動く気になれないので休憩する→

片付ける→休憩する 大体の一連の流れはこんな感じ。

かなり時間をとっている。

食事の後は速やかに別の作業に移れる状況にする。




【改善策を考える】

作る時間を短縮化のため作り置きや素材の前準備をしておく。
作り置きや下ごしらえをする日を設定する。

ワンプレート化する。
洗い物が増えないよう使う食器をなるべく少なくする。

調理をしながら洗い物を済ます。

腹八分目に食べる。
食べる楽しみのバリエーションを増やす。
紅茶や箸休め的なかわいい食材など。

食後(例えば30分)休憩したら、
とにかく(例えば)本を読むことにする。
習慣化する。習慣を定着させる意識を持つ。




日常のやるべき作業に関しても

改善策を考えなくてはならないが、

その前に環境を整える(掃除をしてキレイにする)ことが先だ。

汚い桶に綺麗な水を入れようとしても無駄だ。

まず目に見えるストレスを取り除いてから細かな改善策を設定する。



必要なものを残す。優先する。

大胆に切り離す選択をすることも必要なのかも。










扇風機が届く。

迷った挙句選んだ扇風機の使い心地はとても良い。

弱小ミニ扇風機で過ごしていたので快適さが身に染みる。うれしい。




傘の修理で百貨店に行く。

待ち時間をつぶすためエスカレーターで上階へ向かう。

途中、大きいサイズのロゴのショップの洋服が目に付いた。

どうしようか迷うが「何となく気になった」のも

「何かあるかも」と思い立ち寄ってみる。組曲のショップだった。

話しかけてきた店員さんは、押し付けがましい感じもなく

洋服についてやり取りをしているうちに

その服が自分のお気に入りであることに気づき始めた。

紫がかった赤系、青系、濃紺系の3色のうち紫がかった赤系を選んで買った。

家に戻り試着してみる。

店では身体に当てただけだった洋服の着心地の良さを実感する。

気に入った洋服に出会えてうれしい。

洋服を吟味して買ったのは一体いつ振りだろう。

傘の骨が折れ、修理に出向いたことが出会いに繋がった。

最近、肌で感じた自然の流れに身を任ることで

行く方向に導いてもらっていると感じる。

一歩を踏みしめつつ

流れを感じる五感を研ぎ澄ます、ということか。

















2009年06月29日(月) 『ヒーリング・ハート』 『ブエノスアイレス』 『摂氏零度』 『−エロスの純愛−若き仕立て屋の恋』 


今日は映画を4作品見る。

午後の2時頃から夜10時前後まで。

本来日常生活の中のやるべきやるはずなことをすっ飛ばして見る。

砂地の砂が水を吸うのを止められないような感じにも似て

ある意味自分で自分を納得してあげようと思う。





『ヒーリング・ハート』
『ブエノスアイレス』
『摂氏零度』
『−エロスの純愛−若き仕立て屋の恋』 を見る。




『ヒーリング・ハート』

作品云々よりトニー・レオン見たさにミーハー購入したDVD。

今まで見てきた多くの香港映画に感じていた特性を久しぶりに思い出した。

もはや映画セオリー無視は香港映画の王道、

お家芸と言ってもよいのではないか。

場面ごとの都合で継ぎ足しで作ってある感は

香港の裏通り?に建つ建築物にも似ている。

良質の役者であるトニー・レオンの魅力が

こんなにも十二分に発揮されてないと

コントを見ているようで笑えてくる。

ここまでくるとホント愛すべき香港映画テイストだと思う。

嫌味じゃない。別の次元の住人になれるのだ。

物語的には何の話かサッパリわからなかった。






愛すべき香港映画とはいえ、上記の作品を見て

創造的な観点からしてかなり不機嫌になってしまう。

本当は『ヒーリング・ハード』だけ見るつもりが

スイッチを切り替えたくて『ブエノスアイレス』を見る。




その流れで『摂氏零度』を見る。

単なる『ブエノスアイレス』のメイキング映像とはちょっと違う。

本編では編集されていないシーンの片鱗や

創造の過程を見て気持ちがぐらぐらゆれる。

改めて喚起される。

なんて魅力的な映画なのだ。

なんて魅力的な役者なのだ。

突っ伏して声も出さずに泣きたい衝動に渦巻かれる。




『−エロスの純愛−若き仕立て屋の恋』

オムニバス映画(?)の中のウォン・カーウァイ監督作品。

作品が醸し出すテイスト、コン・リー、美術、様々な要素について

これまで自分の中で昇華の過程を辿っきた感があるので

前段階に戻ったものを見せられた気分になる。

ほとんど気持ちが動かず。

にしても、睡魔に襲われながら見たので再見しようと思う。












2009年06月28日(日) 気に入ったものを選ぶことにOKを出す


スピッツ チェリー

MISIA Everything

なぜかこの2つの曲が頭の中でぐるぐる。

思い起こしただけで胸にぐっとくる。




ダンボールに詰め込んだままになっていた衣類の仕分けする。

手に取りながら、つくづく「適当買い」のオンパレードだなと思う。

衣服に限ったことじゃないけど

本当に気に入ったものを側に置くようにしたいと思う。

そしてそれは言葉にすると簡単にすぐ実行できそうに思えるけど

自分と向き合う作業が必要な(時間を要する)いわば修行なのだ。

自分のお気に入り(価値観)は、何かにぶつかって

そして感じることで培われていくのだろう。

だから焦らずに見つけていく気持ちでいる。













2009年06月27日(土) 映像関係の小冊子1を読む


テレビが梱包されていたダンボールをばらして束ねる。

今から7〜8年前の製品の梱包だからエコ的ではない。

ごっついホッチキスが付いていてダンボールのこを使って外す。

あふれた衣類をとりあえずビニール袋に詰める。

一応空間が確保できた。

本当に必要&気に入ったものを選別した後リサイクルに送る。

快適空間を拡大作るべし。






映像関係の小冊子を読む。

すきま時間を利用して読む。

大まかに(約10冊)いつまでに読み終えるかを計画する。



行動が理性的な考えの結果であるようにする。

そしてバリエーションのある思考を持てるようにする。

バリエーションのある思考から選択し

選択した思考に基づき行動する。

これまで極端に言えばイヤかイヤじゃないかの(感情的な)選択肢で

動いていたことが多かった。変える、変わることを考える。














2009年06月26日(金) 『ラスト・コーション』Re テレビを取り替える


『ラスト・コーション』を2度見る。


画面上部に斜線が入ったり画面が暗い

年代物のテレビを何となく見続けていたが

昨日『ラスト・コーション』を見た時

あまりに暗部の画像がわかりずらくて

さすがにちゃんと見たいという気持ちが募る。




ついに重い腰を持ち上げ、ナント7〜8年前に買ったまま!の

ソニーのベガ(21型ブラウン管テレビ)と取り替える。

(今までごくろうさま)

今となっては、ブラウン管、それも21型などという

テレビは見かけないくらい時間が経ってしまった。

しかし全く問題なく映ったことに超感動。

というか、ぶっとい本体さえ目をつぶれば

昨今の液晶プラズマに引けをとらない(言い過ぎ?)

フラットできれいな画面!

今までの画像の暗さは何だったのか。




そしてハイテンション気分のまま

画像調整していない(工場出荷標準値)画面でDVDを見てしまった。

色彩のケバケバしさに気づく。

作品本来の色調を想像して微調整し

冒頭確認のため少しだけのつもりがそのまま見てしまう。




今日『ラスト・コーション』2度目見るのは想定外。

都合3度見ると、この作品の製作費の大半は

トニー・レオンの出演料と壮大なセットの費用が占めてるんだろうな、

などと現実的なことが頭に浮かんできたり。




そして見るほどに、トニー・レオンの年増の妻を演じている

女優さんの味のある演技に目がいくようになる。

夫役のトニー・レオンと直接絡む場面も少ないし

この作品自体、説明台詞の多い(と思う)けど

その少ない情報量から関係性や場面の想像が広がる。

イマジネーションが広がる。

また見たくなる。














2009年06月25日(木) 『ラスト・コーション』


『ラスト・コーション』を見る。

トニー・レオンが放つ存在感は本当に稀有な魅力だと思う。

観客の目を十二分すぎる程引き付けながら

作品の中で存在感が突出していない。

相反する要素を内包しているかのような魅力。

豪胆であり繊細、大胆であり臆病、慎みと情欲というように。





158分の作品。2時間40分!

それほど長さを感じることなく見入ることは出来た。

だから概ね良い作品なのだとは思う。

しかし映画を見ながら言いたいことが山ほど湧き出す。

そういうのも楽しいんだけど。




壮大な物語であるかのように装いながら、事実壮大な物語なのだけど

その壮大さは、ある視点を描く道具でさえあった、と

受け取れる構図はとても好き。




物語の時代背景などから『さらば、わが愛/覇王別姫』とオーバーラップする。

『さらば、わが愛/覇王別姫』のエンターテイメント性を思うと

『ラスト・コーション』は曖昧な印象だ。

作品時間が長いのに登場人物が深く描かれていない。(時間は関係ないか。)

いわゆる「前ふり」っていうのかしら? なども弱過ぎると思う。

だから「落とされて」もスッキリしない。(エラソーだけど)

登場人物の人物像や関係性が深く感じられないところや

状況が説明台詞で片付けられているところなどからして

印象的な場面がほとんどない。

「ある視点」である情欲(セックスシーン)をもっと追求したら

それはそれで柱を感じられるようになるのかも。

作品の構成とか関係なく言えば

充分スゴイ場面だったとは思うけど。(あはは)



158分は100分前後に凝縮出来るのではと思う。





年代物のテレビの画面の映りが最近めっきり暗っぽくなってきて

判別不能な場面がたくさんあった。

光と影の映像だったから余計。

トニー・レオンをハッキリ見たい。見直したい。あはは。
















2009年06月24日(水) DVDが届く 本が届く 『逢いたくて逢いたくて』Re


注文してあったDVDがやっと届いた。

注文したショップは、全商品揃ってからの発送

(別発送が出来ない)システムになっているとのことで

9作品注文したうち1作品の入荷が未定だったから

その連絡待ちで時間を要してしまった。

入荷未定とされたDVDは別のショップで見つけたので

そちらで(とっとと)購入しようと思う。




今日も『歌謡曲だよ、人生は』の矢口史靖監督 逢いたくて逢いたくて を見る。

年代物のテレビをどうにかしたくなってきた。

地デジうんぬんエコうんぬん以前に画面が暗い。

DVDプレーヤーはスタジオジブリの木目柄仕様だし

もうちょっと全体的にスタイリッシュ感を追求してもよいのではないか。







本類が届いた。

事務的な説明用紙も同封されていた。

ウキウキ気分の思い込みが冷静にかわされた気分になる。

スタート地点。

自分を見失わないこと。

自分と向き合うこと。

自分ができることを考える。

自分は自分でしかないのだから、その質を高めていく。














2009年06月23日(火) 『歌謡曲だよ、人生は』 逢いたくて逢いたくて Re


『歌謡曲だよ、人生は』(短編オムニバス映画)の中の

第9話逢いたくて逢いたくて 矢口史靖監督 を久々に再見する。

約13分くらいの小作品だけど

受け取るものは長編映画を見た時と同じだ。

出来すぎ?という見方もできそうだけど

安定感に裏打ちされた感情の揺さぶりが心に効く。

矢口史靖監督の逢いたくて逢いたくて と

蛭子さん(監督呼ばわり?するのは似合わない感じがするので)以外の作品は、

中身が伴わないアバンギャルドもどきって感じがする。

もともと俳優として出演している山下敦弘監督見たさにレンタルし

結果として矢口史靖監督の『逢いたくて逢いたくて』を見るために

DVDを購入した背景があるので余計入り込めないというのはあるかも。



妻夫木クン(夫)と奥さんが田んぼ道を疾走して行く

ラストシーンは何度見ても涙がこぼれる。

夫婦の関係やキャラクターが想像できて胸がきゅんとなる。

矢口史靖監督の『ハッピーフライト』『ひみつの花園』も見たい。






2009年06月22日(月) 新聞を開いたら偶然があった 「ドイル〜」読む 映像〜読む


新聞をとっているのに滅多に見ない。

ネットで解約手続きが出来たら簡単なのに、とため息をつきながら

日々ほとんど開きもしない新聞をうず高く積み上げている。

今日はめずらしく部屋に持ち込み紙面を開いた。

おもに番組欄(NHKと徹子の部屋と映画)をチェックするためだ。

一瞬身体の動きが止まる。

想像だにしない人物が写っているように見えたからだ。

まさかね?とまじまじ見る。やっぱりそうだ。

「劇団ガソリーナ」また劇団名が変わっている。出世魚か。

私にとってやっぱある意味師なんだ。悔しいけど。(あはは)

もろ手を上げて好きという感覚ではない。拒否反応もある。

だけど根の部分というか、創造するエリアが

ぐらぐら突き動かされる。言語化したい衝動を与えてくれる。

その悔しい師(あはは)のぐらぐら感から

ここのところ逃避していた向きがある。

そして今日偶然記事を目にした。

というか、大げさかもしれないけど

出会うべくして出会ったのだろうなと思う。

夜、小一時間ばかりの買い物から帰宅した直後、豪雨に近い雨が降り出した。

今日ふたつめの偶然だ。





昨日に引き続き「ドイルの無敵の漂流者」のエッセイを読む。読了。

エッセイ、コラージュ写真とも刺激的だ。

壁に立て掛け眺める。

映像関係の翻訳本Part1の再読をする。2時間。







時間の使い方とは? を考える。
















2009年06月21日(日) 「ドイル無敵の漂流者」読む 時間の使い方に対する哲学を持つ

 
クリストファー・ドイル「ドイル無敵の漂流者」(エッセイ&写真集)を読む。

何年寝かしたことだろう。現実に立ち向かわなさ過ぎ。

扉を開ければ例えそれがどんな風景であろうと

出会いと受け止め昇華してして行けばよいのだ。

コラージュ写真とクリストファー・ドイルのエッセイ文に

気持ちぐらぐら揺れる。



絨毯部屋に軽く掃除機をかけ、衣類をビニール袋に詰める。

お気に入りに入れてあったリサイクル機関を検索する。

荷物を送るのにもコツがあるのだな。(ダンボール箱の大きさと料金の関係等)

身に付けるものひとつとっても本当に気に入ったものがほとんどない。

(どういうことだと自分に問いただしたい気分。)

本当に気に入ったものに囲まれる暮らしを作っていきたい。





時間の使い方を(今何をしている時なのか?と)意識して過ごす。

物事を行った後、すぐ次の事をやる気になれなくて

休憩のつもりが休憩メインになってしまう。

つなぎめの時間の使い方が課題だ。

表面的なことじゃなくたぶん哲学が必要なのだ。

そういう意味を込めて時間の使い方を考える。











2009年06月20日(土) 自分にとってのオモシロ


ダンボールをバラして束ねる。

クッション材として使用されていた新聞紙が出てくる。

何気に目を留めた紙面に『コドモのコドモ』という映画の

監督のインタビュー記事が掲載されていた。

流し読む。ある意味衝撃的な題材を扱った物語のようであるが

あまりに剥き出しな印象を受けて深く見入りたくない気持ちになる。

一応映画サイトに検索をかけ簡単なストーリーを読む。

やはり印象は変わらなかった。

この監督に単なる興味が沸いた時

他の作品をとっかかりにして見るのはいいと思う。



NHKラジオ「渋谷極楽亭」(?)をながら聞き。

ゲストは泉麻人さんだった。

日本各地のおもしろ名前のバス停をめぐって写真を撮っているのだそう。

誰かのオモシロを自分のオモシロのように思い込んでいることに気付いて

(オモシロがるのはイケナイことじゃない。そう自覚することが必要。)

自分のオモシロを自分に認めてあげることが

自分を解放するってことだ、という思いが浮かぶ。











2009年06月19日(金) 『運命じゃない人』読了


ダンボールを束ねる。

先日かなりの枚数束ねてゴミに出したがまだまだある。

そしてまたかなりの枚数を束ねる。

しかし、後から後から湧いて出てくるかのごとくの山。

片付けていない事実は見るがごとしで重々承知であるが

まさかこれほど蓄積されていたとは。

段ボール箱はバラすこと自体簡単なので

意外とすぐ片付ける前の圧迫間から開放される。

とっとと残りのダンボールを束ねる。



テレビのチャンネルをパラパラ換えていたら

丁度NHKのトップランナーが

今まさに始まるというタイトル画面だった。

ゲストは西川美和監督。

すぐチャンネルを換えようと思ったが思いとどまり

めぐり合わせてしまったものはしょうがないと

半ば腹をくくって見る。

良い意味で、という言い方はおかしいかもしれないが

勘にさわる作品の映画監督だからだ。

『ゆれる』は映画館で見た。

自分が受けた感覚と世間の評価とのギャップがあまりにも激しくて

受け入れ難い複雑な心境になってしまうのだ。

しかし作品自体は佳作であることが分かっているので

余計に複雑な心境に拍車がかかってしまうのだ、たぶん。

『蛇イチゴ』もしかり。

自分にありがちな(気持ちがぐらぐら動くことへの)

拒絶感なのかどうかはまだ見極められない。


ビジュアル的に可愛らしい方だが

インタビューを聴いているうちに性別を感じなくなる。

というより男性が話しているような錯覚にさえ陥る感じだ。

複雑な気持ちを抱きながらも公開映画は見てみたいとも思う。

番組を最後まで見ると思ったほどの拒絶感は持たなかった。





深夜に読みかけていた『運命じゃない人』読む。読了。

おもしろかった。映像作品を見てもきっとおもしろいと思う。

だけどリアルさが作り物くさい印象を受けた。

山下敦弘監督の向井康介脚本作品が頭に浮かぶ。

自分にとってのリアルがとてもフィットする。

なんてことを思いながらの読了だった。














2009年06月18日(木) 一日のスケジュールをノートに書く


一日のスケジュールをノートに書いてみる。

チマチマ時間が分かれ過ぎていて

時間の使い勝手的にどうだろう? と疑問に思う。

ただ叩き台あっての改善だと思うので

一応沿った形で行ってみて

(実感をもとに)見直すところは見直すようにする。



掃除をする。

汚さにめまいがする思い。いったんキレイになると、

越えた山はそれほどでもなかった、という気分になる。




気持ちの切り替えが上手く出来るように考えて行う。



創造する感情モードにいる。

創造する感情モードにいるための作業をする。

映像関係本を読む。













2009年06月17日(水) 会える時に会える


掃除をする。合計3時間くらい。

汚いのがきれいに変化する様を見ることによって

プチ達成感が積み重なって行くのだろう。

当初より腰を上げる重量は軽くなってきている。



なんて落ち着いて書こうとしている自分。

超ショック。

徹子の部屋に出演の木村大作さんを見逃した。

検索して木村大作さんの動画を見る。

今回公開される監督映画のために

47都道府県全国行脚するという前の意気込み(?)を語った動画だ。

黒澤明THE MASTERWORKS の特典映像の中で語る

木村大作さんと印象が変わらないどころか

もっとエネルギッシュで(かっこいい)印象だったので嬉しかった。

黒澤監督作品に携ってきたスタッフの方達の多くはかなりの高齢になられているはず。

現在も進化し続けるようなお姿を見ると嬉しいのだ。


今は木村大作さんの出演番組を見るタイミングではなかったのだろう、と

思うことにする。

会える時にきっと会える。















2009年06月16日(火) いい湯だなデー


無理ない範囲で続ける、に変わりはないが

あれもこれもで優先順位があやふやなまま

ちまちまやっていてはラチが開かない掃除優先だ!という気持ちになり

めずらしく午前中から掃除をする。1時間半くらい。

午後も小1時間ほど掃除する。

だいぶ形が見えてくる。




NHKスタジオパークをチラ見する。

バイオリニストの五嶋龍という人がゲストだった。

ニューヨーク在住の人らしく日本語は話していても

たたずまいが日本人ではない雰囲気。

一日の生活時間表が紹介されていて

学業とバイオリンの練習時間の配分など興味深く見る。

バイオリンの練習→1時間(カウチで)仮眠→夜中勉強→睡眠

という感じだったと思う。

漠然としていたらやりようがないのだ、と

当り前の事と言えば当り前の事を改めて思う。




風呂に粗塩と清酒を入れて入浴する。

市販の入浴剤などより温まると思った。

何より心身共にリラックス出来る。

粗塩+清酒風呂を試して良かった。

今後も続けてみる。
















2009年06月15日(月) 私の一歩が始まった


21時頃寝て夜中の2時頃目が覚める。

用事を済ませた後も、そのまま起きていた。


郵便物が置いてある机の上を猫っちが横断したのでコラッ!

と怒ったのは昨日のこと。

郵便物に気持ちを向けるきっかけになったのかも、と

思い直し気持ちを落ち着かせてみる。

実際、説明プリントをもう一度読む。

請求したのは約ひと月前。

確かにもうそろそろ気持ちを整理して申し込んでもいい時だ。

記入箇所に書き込む。

記入箇所がたくさんあるわけではないが

書く文言を考えたり、誤字脱字をしないように気をつけたりで

超時間がかかった。

書けたら書けたで今度は封筒の宛名書きも

気をつけながら書いたのでこちらも超時間がかかった。

買ったことを忘れてしまっていた

「来富 バンクペーパー」の和封筒は

白色味といい書き心地といい良い感じだ。

(会社がライフだから「来富」なんだ。今気が付いた)


きれいな絵柄の切手を貼り付けポストに投函する。

街。

私の一歩が始まった。





自分を(許容範囲であると思えることに)責めない。

失敗から学ぶ。

自分が自分に許可する。

感情的にならない自分を作る。

対象に従おうとする自分から解放される行動をとる。
自分の意思を持って対象に対する行動をとる。

全てを自分の問題として引き寄せるのはおかしいことだという自覚を持ち

物事を見、分析して行動する。











2009年06月14日(日) 「「いいこと」ばかり〜」再読 


「ソレがなければ作業が進まない物」を買いに行かねばならない気持ちと、

買い物に行った場合の時間配分はどうすりゃいいんだよ、という気持ちの

狭間でせめぎ合い。結果うだうだ。

大げさかもしれないけど「決断力」が必要なのだ。

選択の連続、その思考から降りているからウダウダになってしまうのだ。



「「いいこと」ばかりが起こる幸せの6ステップ」再び目を通す。読了。

その日の課題として一項目を選び、

選んだ一項目を身につけられるように考え行う。



今日は朝から夕刻まで裏(表?)の日記書きに気持ちを持っていかれてた。

感情のコントロールが出来るようになりたい。

インターネットをずるずる見ないようにする。→時間を作る。








2009年06月13日(土) 『狼少女』読了 「「いいこと」ばかり〜」読む


Yahoo!ニュースで「くるねこ大和」なるブログを初めて知った。

アニメ化するにあたって小林聡美が一人で全役声優として演じるのだそうだ。

とても魅力的な脱力系?猫にゃん漫画だ。

「はっちゃん」にしろ「まこちゃん」にしろ

色々な角度から猫にゃんの日常を切り取った個性が存在してるんだな

と思って感嘆したり考えさせられたり。

こういう気持ちになった時こそ我を忘れてはならない、と思う。




『狼少女』読了。

佳作なんだろうなとは思うけど

あまり好きじゃないテイストかも。

ラストの予定調和にはまってちょっと泣く。



「「いいこと」ばかりが起こる幸せの6ステップ」に再び目を通す。

最初(久しぶりに)読んだ時の新鮮味は薄れたが

それをマンネリ停滞と受け取らずに

自身の身に染み込ませる猶予をもう少し、と思うようにする。






焦る気持ちになったら

向き合うべきは自分なのだ、と思い直し

軸を自分の中に引き戻す。



長期、中期、短期 の目標をハッキリ考えて書く。

→書いた目標を実践する。










2009年06月12日(金) 「「いいこと」ばかり〜」再読  『狼少女』読む 


早朝、2時間程ダンボール束ねの作業をする。

約20枚は束ねただろうか。まだある。溜めに溜めたもんだ。

宅配便のラベル等は剥がしてあったので

作業的にそれが救いだったといえば救い。


最近実感していることは「溜めた」後の作業は

負荷が倍増いやそれ以上になるってことだ。

小さなうちにチャチャッとやってしまえば

時間も掛からず「溜めた」時と比較すると格段に楽ちん。



早朝のダンボール片付けで今日の掃除エネルギーを使ってしまった感が。

ふんだん過ぎる程掃除箇所はあるのだから

掃除する場所を変えたりして気分に変化をつけながら

作業が持続しやすくなる状況を作る。

小ぶりなダンボールをまとめる。




「「いいこと」ばかりが起こる幸せの6ステップ」に再び目を通す。

今の自分には「自分の小さな「箱」から脱出する方法」よりぴったりする感じがする。




『狼少女』のシナリオを読む。30分くらい。

字面で追うと今はまだ構成とか頭に入ってこない。

映像と見比べてみたい。

物凄く心打たれてるわけじゃないけどたぶん佳作だろう、

と思えるくらいの作品が分析するには丁度いいかも。

冷静になれて。

読み始めた時に受けた印象より

子供たちの会話などにリアリティがないように感じ出す。

良く解釈すれば、こなれた作りということかもしれない。

そんなこんなを含めて映像と見比べてみたい。





ブログで香港の街の景色を見る。

香港、行ってみたい。









2009年06月11日(木) 「「いいこと」ばかり〜」読了 『狼少女』読む ビデオ棚移動


「「いいこと」ばかりが起こる幸せの6ステップ」読了。

ずいぶん前に一度読んだことはあるけど

微妙にこっぱずかしいタイトルの本だから

斜に構えて放置していた。

今読むことが出来てよかった。

たぶん以前より今の方が実感を持った感じ方や受け止め方をしていると思う。



『狼少女』のシナリオを読み始める。

漫然と読むというよりは、ト書きのある部分の表現を注視して

読んでいる自分がいる。先に映像関係の翻訳本や戯曲関係の翻訳本を

読んだことが存外に身体に染みているということか。



中途半端な場所に置いてあったビデオの棚を移動する。

DVDの数はそれほどでもないがダビングした映画のビデオが

約220〜230本あった。9割が中国、香港映画だ。

市川昆監督の『穴』なんてのもあった。

とにかくレンタルビデオ屋めぐりをして見まくってたもんな。

今探してもこの手の(アジア映画及びB級香港映画)は見つからないのでは。

購入するにしたってかなりの額になるはずだ。

チカラコブが入っていたのだ。

年月は経ってるけど、売ってる中では価格の高い

ビデオテープを選んだおかげ?か外見上は全然劣化が見られない。

にしても、まだ段ボール箱にも上回るくらいのダビング映画ビデオがある。

整理、分類する方法を考えて行わなくては。













2009年06月10日(水) 「自分の小さな「箱」から〜」「「いいこと」ばかり〜」読む ドランクドラゴンのコントを見る


「自分の小さな「箱」から脱出する方法」を読む。30分くらい。

「「いいこと」ばかりが起こる幸せの6ステップ」を読む。30分くらい。

「「いいこと」ばかり〜」はずいぶん前に一度読んだことがあるので再読。

微妙にこっぱずかしいタイトルの本だけど

読むと少ならずとも気持ちがスッと楽になるのは確か。



深夜目が覚めたら点けっぱなしのNHKテレビで

「笑神降臨」なる番組(の再放送)をやっていた。

ますだおかだに対して興味はなかったものの

コントの中で妖怪人間ベムの映像を使っていたので

そこに触手が動いて録画スイッチオン・・・してから

画面から目を離す。(消音状態)

再び目を向けるとドランクドラゴンのコントになっていた。

ドランクドラゴンは好きなお笑いだ。

面白い!

迷子、登校拒否先生、キャビンアテンダント(がモチーフの)3つのコント。

塚地さんも鈴木さんもスゴク味があるんだけど

特に塚地さんは鬼気迫るというか

映画の中の深い演技を見ているような錯覚に陥る感じさえあった。

見れてよかった。

「笑神降臨」はドランクドラゴンで最終回とのことだ。












2009年06月09日(火) DVD注文 「2日で〜」読了


ウォン・カーウァイ監督作品の未購入DVDを注文する。

それとウォン・カーウァイ監督作品以外の

トニー・レオン出演作品DVDも3作品(だったかな?)注文する。

楽天市場とAmazonの価格を比較しながら買い物かごへ入れる。

作品によって結構差があった。チェックしてよかった。

20%〜OFF&時間限定3倍ポイントが後押し。




「2日で人生が変わる「箱」の法則」読了。

普段漠然と思っていたこととリンクしていたので

新鮮な驚きがあったほどではなかったが理屈で理解させてもらった感じだ。

実践して自分の身にしていくためには

練習して積み上げていく意識を持つことが必要なのだ。

心のトレーニングもスポーツや色々な物事と一緒で

時間をかけ身につけていくものだと思った。

だから「2日で変わる」は仕組みがわかったと同義なのだ。

そこがスタート地点なのだ。

以前に読んだことはあるけどシリーズ一冊目にあたる

「自分の小さな「箱」から脱出する方法」を再読してみようと思った。













2009年06月08日(月) 「2日で〜」読む 


「2日で人生が変わる「箱」の法則」を読む。3時間〜4時間くらい。

「箱」や「人を物としてみる」の「物」の概念を

まだハッキリ言葉で捉えられてない感があるけど

モヤモヤしながら分かっている感じもあって読み進めている。

箸が止まらない? 読むのが止まらないのは

心が動いているってことだ。

映画も見たい。本も読みたい。

映像関係の翻訳本、脚本、人間的に成長するために指針となる本など。

日常生活のベースにどう関わらせていくか。

「できる」という気持ちの方に焦点を当てて行動してみる。

必要のないものはそぎ落としていく、くらいの気持ちで当たってみる。



2009年06月07日(日) 人間的に成長するための修行


頭に浮かんだイメージをメモる。

夜、パソコンを打つ。

人間的な深みの問題だとうなだれる。

人間的な深みが表現を可能にするのだと思う。

人間的な深みを包含していくには

日々の直面する出来事が修行だと自覚し

受け止め、考え行動することなのだ、と思う。



自分の問題だと考える。

手段が目的にならないようにチェックする。






2009年06月06日(土) 情報デー


橋本忍さんがテレビでおっしゃっていた言葉を

どうしても思い出せず気になって検索する。

橋本忍 で検索。

著書「複眼の映像」についての記事を書かれているらしい

個人の方のブログを何気に開いてみる。

さらりと読み流し最新ページに行く。

ゆっくりスクロールして下りていくと

「黒澤明デジタルアーカイブ」の文字が目に飛び込んでくる。

黒澤明監督作品に関する膨大な資料を

インターネット上で閲覧できるよう

数年前から(デジタル技術開発先進の?)龍谷大学が

黒澤明監督サイドと共に作業を進めていたホームページが

先月5月28日に公開になった(ばかり)との記事が。

このブログの記事を書いた方も別の方のブログ?から

情報を得たそうだ。うわぁーっ。



もー超びっくり。ちらりと見た限りでも

初めて見る写真や手書き原稿などの資料がたーーーっくさん。

こんな宝物を見せていただいていいの!?という感じ。

こんな宝物を見る事が出来るなんて。

作業に携って膨大な資料を整理し公開していただいた方々に感謝。

ブログへの記事の書き込みに感謝。

そして、橋本忍さんのおっしゃっていた言葉をハッキリ思い出せず

(どうしてメモってなかったんだろう)なんて思っていたけど

黒澤明デジタルアーカイブの情報に出会った偶然に感謝!




NHkラジオ「関西ほっと〜(ナントカ)」という番組に

ゲスト出演していた河瀬直美監督のインタビューを聴く。


NHKラジオ「ラジオ深夜便」「女優が語るわたしの戦後」

香川京子さんのインタビューを聴く。


映像関係の翻訳本Part1の再読をする。第6章数ページ読む。

「2日で人生が変わる「箱」の法則」1〜2ページ読む。





行動力。

メディア力(外見の印象)をあげる。













2009年06月05日(金) 映像関係の翻訳本Part1 再読第5章読む 『デリカテッセン』Re 


前日の睡眠不足がたたって一日眠気の中にいた。

寝る時間と起きる時間のペースを作るよう心がけなくては。


『デリカテッセン』を超久しぶりに見る。

数日前から何となく気になっていたからだ。

ジャン・ピエール・ジュネ監督。『アメリ』と同じ監督だったんだ。

ずいぶん前にダビングしたテープだから暗部の映りがよくない。

録画してから年月が経ってるのに明部はわりときれいだ。

ハイクオリティタイプのテープを使用したメリットをささやかに思う。



初めて見た時は新鮮なショックを受けた。

その時の余韻の記憶はある。

が、改めて見てみると心が動かない。

寝不足や暗部の映りがよくないことを差し引いてもそう思う。

コラージュされた印象的な映像はおもしろいと思う。

好き嫌いがわかれそうだ。

一見、コラージュ的、エキセントリック的な表現がややこしそうに見えるけど

わかりやすい構成のような気がする。

たぶん構成の分析は容易だと思う。

どういう物語なのか一文で説明できそうなところがそれを物語っている。

一秒ごとに睡魔に襲われた見方をしてしまったのだが見直す気分にはならず。



映像関係の翻訳本Part1の再読をする。第5章を読む。

「2日で人生が変わる「箱」の法則」を読む。合計1時間くらい。

睡魔の中で読んだ感じだったけど

なるほど、と思いながら読めたのはよかった。















2009年06月04日(木) 「2日で〜」読む 『天使の涙』


今日も「2日で人生が変わる「箱」の法則」を読む。

相変わらず登場人物の名前に混乱するが大体区別できれば読み流す。

「人物を人として見るか、物としてみるか」

「○○は今△△を人として見る事ができた」的記述が

比喩的でよく分からないだけど。

「人物を人として見る」ってどういうこと?

つまり「人の良い面を見る」ことだと

一応解釈して読み進めてみる。



『ブエノスアイレス』と『天使の涙』どちらを見るかで迷った挙句

『天使の涙』を見る。久々に見る。

エンドクレジットを目の前に

脳味噌がしびれ暫く茫洋とした気分に浸る。



昨日見た『ラヴソング』のレオン・ライと比較してみると

俳優を上手く使ってるなと思う。

紛れもなくウォン・カーウァイ監督の作品だけど

香港ノワール色が随処にあって

時々定番の香港映画を見ているような感覚に引き戻される。

久々に見た拳銃の2丁遣い。

『男たちの挽歌』の美しいバレエダンスの立振舞いを

見ているかのような銃撃シーンを思い出す。

欧米人の感覚と決定的に違う部分だと改めて思う。

肉食獣的「殺る」「殺られる」の形而下の範疇に収まらず

形而上世界が内包されている。

歌舞伎における「死」に対する美意識のように

同じアジア人だなと思う。















2009年06月03日(水) 「2日で〜」読む 『ラヴソング』


翻訳本の再読が続いているので別の本を読むことに。

同じことの繰り返しでマンネリ化しないよう

渇を入れるというか新鮮な気分に入れ替えながらという意味で。

必要なことだと思う。

「2日で人生が変わる「箱」の法則」を読み始める。

ずいぶん前に買った本だ。内容の記憶が曖昧なので読むことにする。

登場人物の複数の外国人の名前に混乱する。確認しながら読む。




今日は『ラヴソング』を見る。

放っといたらずっと『ブエノスアイレス』を見ていそうだから

映画も意識して目先を変えてみたつもり。同じ香港映画だけど。

久しぶりに見る『ラヴソング』の印象は最初見た時と違っていた。

もっと甘い(スイート)な映画として見ていたと思う。

今見ると結構重い話しだったんだという印象。

年齢によっても見方は変わるのだと思う。

前半と後半、質の違う物語が組み合わさっているように見えるのは

香港映画らしい。香港映画の味といえば味。

徐々にメロドラマ度が増していく。

メロドラマを盛り上げるかのような音楽に辟易する。

レオン・ライとマギー・チャンの物語として見れば

表面的な表現は受け流して見る許容範囲かとも思う。

トニー・レオンとレスリー・チャンの密度の濃い演技を連日見ていたせいか

レオン・ライの演技が薄くへったぴに見えて仕方なかった。

マギー・チャン>レオン・ライ

マギー・チャン<トニー・レオン 

画面から伝わってくる演技の力関係。

一応構成について意識しながら見たけどはっきり分からず。

構成についてあまり分析したいと思わない映画だけど

どうしようかな。



レスリー・チャンを検索する。当然自殺についての記事も目にしてしまう。

パンドラの箱を開けてしまった気分。

もう少し映画の世界の人のままでいて。





自分の感覚を表現する。










2009年06月02日(火) 『ブエノスアイレス』Re


「ブエノスアイレス」を見る。

構成とか気にして見るようになってから

わかりやすいことを複雑に受け取っていたんだなと思うようになった。

何度リフレインして見ても強烈に魅力的だと思う気持ちは同じだ。

初めて見た頃から感じていたことだけど

ウィンがファイの下宿を飛び出していった後の後半(3幕目?)部分

構成的にもったりしてると思ってしまう。

逆にキッチリしちゃったらフツーになってしまうかもだけど。

それに強烈な魅力で相殺されるというもの。




宅配便が来るまでの時間、お気に入りの整理をする。

思った以上に時間がかかる作業だけど

宝の持ち腐れ?状態にならないようにする。



映像関係の翻訳本Part1の再読は10分くらい?

1〜2ページ読んだと思うんだけど

「ブエノスアイレス飛行記」を眺めるついで読みに(たぶん)

なってしまったので記憶が曖昧。



掃除はせず。

掃除の時間の組み込み方を考えて行う。





NHKラジオ ラジオ深夜便で山田洋二監督インタビュー2回めを聴く。

(2007年にハイビジョンで放送された100年インタビューの再構成版)

昨日、満州から日本に引き上げてきた以降の話しになると

山田洋二監督の口が重くなる印象を受けたのだが、

家族の状況(離散?)や生活が大変だったという話しを聴いて納得した。

確かにそういう状況にあった場所を「故郷」とは言いたくないし

言わないだろうと思った。

『母べえ』『たそがれ清兵衛』『武士の一分』の話など。

『母べえ』『たそがれ清兵衛』は良い映画だとは思ったけど

不遜ながら何かが足りない印象があった。

再見すると違って見えるのだろうか。




NHKテレビで熱中夜話のアニメ音楽特集?を見る。

こどもの頃からマンガ好きだけど

あの独特なアニメカラーやアニメフォルムには違和感を感じる。

今自分が中高生でも感じ方は同じだと思う。

しかし宮崎駿監督や久石譲さんだけの世界ではないわけで。

視野を広く持つ気持ちは必要だと思った。

たぶん違和感は変わらないと思うけど。

視野を広く持つことは必要だ。



最近、日記がとっ散らかってきたので

当初、日記を書き始めた気持ちを思い起こして軌道修正する。









2009年06月01日(月) 映像関係の翻訳本Part1 再読第5章数ページ読む 「ブエノスアイレス飛行記」読む


「ブエノスアイレス飛行記」を読む。

映像関係の翻訳本Part1の再読をする。

第5章を数ページ読む。合計1時間ちょっと。

戯曲関係の翻訳本は映像関係の翻訳本に比べると薄い本だけど

そのぶんポイントを押えた提示になっていると思う。

映像関係の翻訳本Part1を読みながら、

戯曲関係の翻訳本が気になってちらちら覗く。

あーやっぱりメモとりながら読みたい。



NHKラジオのラジオ深夜便で山田洋二監督インタビューを聴く。

BSハイビジョンテレビの100年インタビューという番組?を

再構成したものらしい。

映画監督になった経緯や寅さんについてなど。

最初松竹に入社して作りたかった映画は、社会派と言われるものだったそうだ。

見ていた映画は、イタリア映画(ヴィスコンティ)

『若者のすぺて』『自転車泥棒』黒澤明監督作品

(と確かおっしゃっていたと思う)など。

小津安二郎監督の映画のどこがいいのかと思っていたそうだ。

うちわ扇いで「暑いですね」なんて言ってるのが何がおもしろいのかと。

中産階級のお嬢さんが結婚するだのしないだの言ってるのが

何がおもしろいのかと。(あはは)

映画製作していく中で小津安二郎監督の偉大さはわかっていくんだけども

海外などで「あなたの作品は小津安二郎の監督の影響を受けていますね」と

言われると、知らず知らずのうちに身体に染み込んだ、これが伝統というもの

なんだなと思いますね・・・というようなことを話されている件が

とても興味深かった。


寅さんはテレビドラマが最初とのこと。

山田洋二監督が脚本を書き演出は別の人。

テレビドラマのラストは寅さんがハブに咬まれて?亡くなってしまう

内容だったため、テレビ局に苦情が殺到したそうで

(何で寅さんを殺すんだみたいな)

山田洋二監督が続編を作って納得してもらうべく

映画会社に寅さんの企画書を出したのが寅さんシリーズの

発端だったそうだ。


最初、映画会社は難色を示したという。

テレビドラマでやったものを映画にして客が来るのか

それに、これは普通の話しじゃないか、と。

山田洋二監督は「普通の話」と言われたことが

むしろ嬉しかったと言う。



撮影現場は出来る人間ばかりだとおもしろくない。

出来る人間ばかりで作った映画はキチキチしておもしろくない。

どうしようもねえなっていう奴を排除するのではなく

どうしようもねえなっていう奴がいて

もめたり?しながらの現場の方が上手くいく、

というようなお話しもされていた。


生まれは大阪、生後まもなくサラリーマンだったお父さんの関係で

満州に渡り、戦後山口の宇部?に帰ってきたのだそうだ。

大学入学のため上京するまでは、そこで青年期を過ごされたみたいだから

一応山口の宇部を故郷と呼んでも不思議はないと思うのだが

この辺の話になると一応に口が重くなって

頑なに「自分には故郷はない」と話されているのが印象に残る。

何か折り重なった心のひだを勝手に想像する。



ちゃんと『男はつらいよ』見たことないと思う。

見たくなった。

明日第2回放送。




睡魔に襲われつつ辛抱溜まらず深夜『ブエノスアイレス』を見る。

ファイが職場を変えた場面を区切りに停止ボタンを押す。

DVDを購入する。







掃除を1時間×2 する。


掃除に立ち向かう。

時間を上手く使う。

自分で自分に許可する。










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Barbara [MAIL] [バイオトープの庭]

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