読書記録

2019年09月24日(火) 送り火 / 高橋 弘希

 

 第159回芥川賞受賞作品。

 転勤族の少年・歩が青森県平川市近郊の廃校寸前の中学校に三年生の一年間だけ通うことになる。
そこで歩は五人の同級生の力関係を観察し、その中にうまく自分を位置づけることに成功する。それは今までも転校生だった歩の処世術である。
リーダーの晃と仲良くなり、同級生らのナイフの万引きに参加し、時折暴力的ないじめが噴出する中でも、うまく中立的な観察者の立場に身を置いたかに見えた。

最後の場面で廃校するがゆえにいつもより暴走した先輩からの暴力に耐えかねて爆発する稔の怒りは、自分をいじめてきた晃ではなく、歩へと向かう。それは日本社会のあちこちで廃れる行く農村の、さらに底辺に押し込められた稔の反撃だ。その情念が人の形をしたマガゴトを焼いて村の外に流す他者排除の「習わし」と重ねられているように思う。

稔の怒りが卒業生やイジメてきた晃ではなく歩に向ったのは、たぶん転校生だから、どうせ村からいなくなって自分らとは生活していかないからの、都会者に対する深層心理なのだろう。

そして・・・傷ついた歩は助かるのか、それとも空を見上げたまま死にゆくのだろうか。。。

最後まで淡々とした語りというか静かに終わるのかと思ったのに、こういう展開もあるのだなぁと。









2019年09月17日(火) 日の出 / 佐川 光晴


 物語は、明治41年石川県の小松市。
 十三歳の中学生・馬橋清作は生来の気の弱さに加え、父親が日露戦争から帰還直後に急死したこともあり、徴兵逃れを画策する。町の有力者の息子で三つ上の先輩・浅間幸三郎の助けを借り、出奔。岡山県美作の鍛冶屋に匿われ、そこで鍜治職人となるべく修業に励んだ。

そして明治から大正にかけての清作の物語と並行して、清作の曾孫であるあさひの物語が語られる。こちらは現代が舞台だ。
 社会科教師を目指す大学生のあさひは、母の伯母が浪曲の曲師だったと知って興味を持つ。その大伯母のことを調べる過程で知り合った浪曲好きの男性と恋をしたり、教師として就職し生徒と向き合ったりという日々が描かれる。

主人公の清作は勤勉、正直、実直という努力家で、周りの人にも恵まれ成功していく。

清作の人生の途中での朝鮮の人と残り関わり合いや、曾孫のあさひが社会科教師を目指した中学2年生の時の体験などが、この物語を面白くしている。
いまの日韓の関係にも深い思いをはせることができる。







2019年09月13日(金) 納得して死ぬという人間の務めについて/曽野 綾子


 この人の人生観とか死生観には共感することが多い。
もちろんこの方の世界に向けた働きには遠く及ばないけれども。


利己的で不機嫌な老人になるか、明るく楽しい老人になるか。いかに最後の日を送るかを決めるのは、死んでからじゃ遅い!幼い頃からキリスト教で死を学び、十三歳で終戦を迎え、三人の親を自宅で看取り、二〇一七年、夫を見送った著者が、生涯をかけ対峙してきた、「死ぬ」という務めと、それまでを「生きる」任務について語る。


よく、「歳をとるほど楽しい」とか、「若い時と同じくらい生き生きしている」とお書きになっている高齢者がいるが、私はまったくそんなことはない。歳をとれば、それなりによくないことが増える。


食べなくなる、ということに、私たちはあまり心理的な苦痛を覚えなくてもいいように思う。食べなくなることは、その人がある年齢になって、近い将来、生きることを止めたい、ということを自ら語っているので、きわめて自然なことではないかと思う。食べなくなって、やがて死ぬという経過は、当人も周囲も深く納得するところだろう、という気がする。戦争や飢饉で食料がなくなって死ぬ悲惨さがそこにないからである。


そして私がつくづく思うのは、どうも死について話すことがタブーになっているような社会のこと。
よく万が一というけれど、決して万が一ではない。
いつか必ず死はやってくるのだ。はっきりと分かっていることを何故語ってはいけないのか、私には理解できないでいる。










2019年09月03日(火) エンディング・パラダイス / 佐江 衆一

 八十八歳の昭平は妻を亡くし、子もなく老人ケアハウスで暮らしていたが、亡き父の遺言を果たすため中国の豪華客船で南太平洋(ニューギニア)の島に遺骨収集の旅に出た。
客船で知り合ったボルタリングをする91歳の米国籍女性のツルコが同行を申し出た。
辿りついた地は村の人々が原始的な生活をして平和に暮らす桃源郷だった。
負傷した父を助けてくれた部族だが父のことを覚えてくれている老人もいた。
昭平はツルコと共に村で暮らす決心をする。
遺骨収集の途中で中国、アメリカ、そして日本の大企業による天然ガス採掘の足音に気づく。
純朴な原住民たちはシュールガスの恐ろしさも知らないから、昭平は共に村を守り闘う決意を固める。人生終焉の地と決めた村で渾身の力をもって未来を切り拓いて守り抜こうとする老人の成長物語、というか未来小説である。
というのも設定が東京オリンピック後になっているからだ。

それにしても・・・88歳と91歳の老人が何とも元気なことで羨ましい限りだ。

 私が読んだのは3部作の最終版だったようだ。
1部・2部では昭平とツルコのそれぞれの戦争体験が書かれているらしい。






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