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2007年03月30日(金) 血液型話

職場で「華麗なる一族」の最終回について何人かで盛り上がっていたら、「たしかに血液型を勘違いしてることってあるよねー」という声があがった。
「いや、ないやろ」とみなが突っ込むと、彼女はこんな話をしてくれた。

娘を出産した病院で「お子さんはA型ですよ」と言われたとき、とても驚いた。自分はO型、夫はB型。そのため、子どももそのどちらかだと思っていたのだ。
「O型+B型=A型?」
一瞬戸惑ったものの、両親の血液型が何であれば子どもはどうなるという知識がなかったので、「そうか、うちの子はA型か」と発見をしたような気分で家に帰った。
しかし夫に話したら、それはおかしいとやはり言う。O型とB型の親からはO型かB型しか生まれない、と生物の授業で習った記憶があるというのだ。そこでネットで調べたところ、本当に夫の言う通りだった。
父親違いの可能性はもちろんない。赤ちゃんの取り違えということもまあないだろう。とすると、親子三人のうちのいずれかの血液型が間違っていることになるが、自分と赤ちゃんのそれは今回の妊娠、出産でわかったものだから確実である。夫があやしい。
「あんた、ほんまにB型なんか?」
疑りの目を向けると、
「当たり前や。オカンにそう言われて育ったんやから間違ってるわけがない」
と自信たっぷり。しかし、献血の経験もなく書面で確認したことはないというので、念のため実家に電話をかけて訊くことに。
「あのさ、俺の血液型ってB型やんな?」
すると、「そうよ、いまさらなに言ってんの」と返ってくるはずが、母からは思いも寄らない答えが。
「さあ、あんたのは知らん」
「知らんて、そんなはずないやろ。むかし、『おまえはB型や』って言うとったやないか」
「ああ、それはな、あんたの性格がお父ちゃんそっくりやったから。でも正式には知らん、産院で訊くん忘れてそのままや」

三十四年間自分はB型と信じて疑わなかった夫は、その後検査を受けてA型と判明したそうだ。


ところで、日本人は自分の血液型を知っていて当たり前だが、聞くところによるとアメリカ人は知らない人のほうが多いそうだ。だから日本人と話していてそういう質問を受けると、「どうしてそんなことを訊くのか。なんの意味があるのか」と訝しく思うらしい。
私たちにとって「血液型」はとても身近だ。自己紹介のときに「私は○型で」と言う人はよくいるし、ためしに見てみたらmixiのプロフィールページにも記入欄があった。
これは血液型による性格分類が世間に浸透していることと関係がありそうだ。そういうテレビ番組は一時大流行したし、雑誌には血液型占いがしょっちゅう載っている。「A型は几帳面、B型はマイペース」というのを誰もが知っているため、話のネタになりやすいのだろう。

けれども、たまにこういう話題に過剰反応を示す人がいる。
飲み会などで「あなたは○型でしょう」だの「あの人は典型的な○型だ」だのとやっているときに、苦虫を噛み潰したような顔で「そんなものに科学的根拠はない!」とか「人間をたった四つに分類なんかできるわけがないだろう」とか言う。何度かこういう場面に居合わせたことがあるが、いつも驚いてしまう。
私は占いを信じないし、心理テストやナントカ診断の類にも興味ゼロの人間だけれど、こういう話題を振られてもべつにどうということもない。A型やO型に比べると私のB型はあまり褒めてはもらえないが、だからといって「性格を決めつけられた」「人格を否定された」とむっとすることももちろんない。
こんなものはほんのお遊び、単なる冗談だもの。「ナンセンスだ」なんて場を白けさせてまで言うようなことではないだろう。くだらないのは百も承知、誰も真剣に四パターンに分けられると思ってやっているわけじゃないんだから。
「そういう会話が血液型差別につながるんだ」と言う人もいたけれど、それほどのことかしらねえ……。もし血液型を理由に誰かのことを本気で「アイツはこういう人間だ」とみなす人がいるとしたら、彼はほかの要素でも------学歴とか職業とか既婚か未婚かとか------枠に当てはめ、中身を決めつけるということをしているはずである。そんな人の言うことにいちいち腹を立てたり傷ついたりしてもしょうがないだろう。

テレビでそういう内容を放送するのは、子どもが見て誤解する可能性があるので私も賛成しない。でも、たかが酒の席での“当てっこ”に目くじら立てるのはちょっと大人げないんじゃないの。
……と血液型話を毛嫌いする人を見かけるたび思うのだけれど、それを言うと場の雰囲気をさらに破壊してしまうので口をつぐんでいる。


2007年03月27日(火) 結果は目に見えている

金曜の朝から悪寒がし始め、まずいなと思っていた。日曜は夫の実家で法事があるのだ。年配の人や小さな子どもがたくさん集まる場でゴホゴホやって風邪菌をばらまくわけにはいかない。
早々に布団に入ったのだが、朝目が覚めたらさらにひどくなっていた。頭が割れるように痛み、熱も吐き気もある。
しかし、あちらには前日に行くと言ってある。乗り継ぎのたびに休憩を入れながらなんとかたどり着いた。

咳と鼻声のために風邪であることは隠しようがなかったが、具合が悪いというのは義父母には悟られたくなかった。何が免除されるわけでなし、そんなことを知らせてもしかたがない。
夕食の席ではいつも通りふるまい、「おやすみなさい」を言って部屋に戻ったときにはふらふら。私の体があんまり熱いのでびっくりした夫が氷枕を持ってきてくれたが、体中がきしむように痛んで眠れない。
夫は「明日は十一時からだからそれまで寝てていいよ」と言ったが、ふだん泊まりに来たときだってそうはいかないのに、来客の準備でばたばたする朝に嫁がそんなことができるわけがない。忙しく立ち回る階下の足音を聞きながら休んでいられるほど私は図太くない。
案の定、義母は五時過ぎに起きだして台所のことを始めた気配。やっとこさ起き上がって下りていったときにはすでに朝食ができていた。このことだけで気を遣ってしまう気持ちは男にはわからないだろう。

法要や会食のあいだ、激しく咳き込むことがなかったのは幸いだった。熱のわりにシャンとしていられたのは気が張っていたからだと思う。
しかし客が帰った後、崎陽軒のシュウマイが食べたいと夫に言われたときは「自分で買ってきなよ」が喉元まで出た。朝も起きてきたと思ったら、「具合はどう?」もなく「コンビニで日経新聞買ってきて」と言われ、頭にきていたのだ。夫の実家は女がこまごまと働く家なので、私が断れば義母が「いいわよ、ゴミ出しのついでに私が行くから」と言いだしかねない。なので黙って行ってきたが、昨夜私があれだけ苦しそうにしていたのをもう忘れたのか?と思った。

買い物から戻る途中、夫の実家の隣、というか敷地内にあった小さな家がなくなっているのに気がついた。老夫婦に貸していると聞いていたが、そこが更地になっていたので夫に訊いたところ、去年どちらも亡くなって住む人がいなくなったため取り壊したのだという。
遊ばせとくのはもったいないねと言ったら、「東京に転勤になったらここにガレージを建てようかと思って」と夫。彼は学生時代、チューニングショップでアルバイトをしていたほど車やバイクをいじるのが好き。いまでも週末は近所のバイク屋に入り浸っている人だから、ふうん、いいんじゃないと返した。そうしたら。
「でね、二階を住居にしようかと」
「住居?そんなのつくってどうするの」
「僕たちが住むの」

こんな狭い敷地に建つ家の、しかも二階だけでなんてどうやって暮らすというの。風呂も台所も実家のがあるんだからいらないだろうとでも?同居に不安があるということは結婚前から伝えているが、それでまさか「別居」だなんて思っているわけじゃないでしょうね。
帰省するたび、夫は実家が大好きなのだなあとつくづく思う。義父や義弟と仕事やゴルフの話をしているとき本当に楽しそうだし、義母は世話好きで至れり尽くせり、妻のように「ビールは二本まで」なんてうるさいことも言わない。これ以上居心地のいい家は世界中探してもないだろう。
……でもね。それはあなたにとっては、なの。
そこでは私が言いたいことの半分も言えないことをわかっているからこそ、あなたは今年の年末年始はみんなでスキーに行こうなんていう話を実家で持ち出すのでしょう?スキーが大好きな義父母は大喜びだ。
「今年の休みは九日間あるからな。そうと決まったら早く飛行機とホテルを押さえとけ」
「シャモニーにしようか、それともウィスラーのほうがいいかな」
妻にも実家があることなんて誰もなんとも思っちゃいない。
新年の挨拶なら次の休みに行けばいい、という話ではない。一事が万事、だから。
結婚式の段取りを決める頃から、大事な場面ではいつもあちらを“立てて”きた。そしてこれからも妻の実家はいろいろなことを少しずつ、夫の実家に譲っていくのだ。譲られたほうはそんなことにはまるで気づいていないというのに……私はそれが悔しい。

しかしなにより腹立たしいのは、夫がたとえば「行き先を北海道にして、日程を短くする」といった折衷案を用意して気が乗らぬ妻を説得する……という労を惜しんで、強引に自分にとって最良の結果を得ようとするところ。周りから固めていくようなやり方でなく「まず妻の同意を得る」というところから物事をスタートさせてくれれば、私ももっと気持ちよく行くことができるのに。家のことだって同じである。


実家に住めれば週末に義父や義弟とゴルフに行くのに便利だし、車いじりも好きなだけできるだろう。しかし所帯を持ってもなお、そこまで自分の思い通りの生活を追求するのか、妻の気持ちは見て見ぬふりをして。
あなたの妹が二年足らずで同居を解消したのは、たまたま姑との相性が悪かったからだと思っているの?そうじゃない、それは本当にむずかしいことなのだよ。私はあなたの両親が好きだからずうっと良好な関係でいたい、そのために適切な距離が必要だと思っているのだということを理解してほしい。

そりゃあね、嫁は“お客さん”じゃないよ。だけどそこはやっぱり気を遣わないではいられない場所だし、たくさんの親戚に会って緊張もしたんだから、「おつかれさま」の一言くらいかけてくれたっていいんじゃないの。
その程度の気もつかない人とその実家に住んだら自分がどうなるかなんて、試さなくてもわかっちゃうよ。


2007年03月23日(金) 「人がなにを食べて生きるかは十二歳までに決まる」

会社からの帰り道、知り合いによく似た女性を見かけた。後ろ姿だったが、髪型や服装の感じから彼女に違いないと思った。
が、声をかけようと数メートルのところまで近づいて自信がなくなった。その女性がマクドナルドの袋を提げていたから。私の知り合いは油っこいものが苦手で、ファーストフードは食べない人なのだ。
しかし、追いついてみたらやっぱり彼女だった。
「めずらしいもん持ってるから別人かと思っちゃった」
と言ったら、私のじゃないわよおと手を振った。
「私はこの匂いを嗅ぐのもイヤなんだけど、だんなが食べたがるもんだから」
あ!と気づいた。彼女の夫は日本人ではあるが、生まれも育ちもアメリカなのだ。
彼女が言うには、彼は結婚するまでの三十数年間あちら暮らしだったため、見た目は日本人でも中身はアメリカ人。日本に来て十年になるがごはんよりパンが好きで、週に何度かはハンバーガーやピザを食べないと気が済まないらしい。
「で、今日はマクドが晩ごはん?」
「だんなはね。ありえないでしょー?でもあっちではふつうだって言うの」
うーん、朝マックならともかく夜マックなんて、彼女でなくてもイヤである。
しかし新婚の頃、「そんなジャンクフード……」と言って大ゲンカになったことがあるという。「パンと一緒に肉も野菜も食べられるじゃないか。これのなにが悪い!」というのが彼の言い分だ。
子どもの頃から慣れ親しんだ味を「クズ」呼ばわりされたら、カチンとくるのも無理はない。……とは思えども、やっぱり私にもハンバーガーという食べ物に「ヘルシー」とか「きちんとした食事」とかいうイメージはない。

* * * * *

日本人にとってのハンバーガーとアメリカ人にとってのハンバーガーはその位置づけがもうまったく違うのだ、ということを身をもって知ったのは十数年前、初めてアメリカを旅行したときである。
フロリダ・オーランドのディズニーワールドに行ったのであるが、私はなによりもあちらの肥満人口の高さに驚いた。このとき私は自分宛ての絵はがきに「ここにいる人の八割は標準体重をオーバーしていると思う」と書いたが、決して大げさではない。しかもその太り方が半端でない人が多いのだ。日本ではまず見ない、「球体」をした人もめずらしくないのである。
アメリカでは太っている人は自己管理能力がないとみなされ、就職できないとか出世できないとかいう話を聞いていた。肥満に厳しい国だと思っていたのに、これはいったい……。
友人は「ここは田舎だし、観光客が多いからじゃない?」と言い、何年か後にニューヨークに行ったら彼女の推察通りだったとわかったのだけれど、それにしても太っている人を見ると日本人の太り方とはレベルが違うという感じ。どうしてなんだ。
答えはすぐに見つかった。食べるものも食べる量も日本人とはまるで違うのだ。
オーランドからの絵はがきの中で、私は悲鳴をあげている。
「こっちに来てからまだ一度もまともな食事をしていない。ハンバーガーにホットドッグ、フライドポテトにオニオンリング。こんなものしか食べてないのはそんな店しかないからだよお!どこに行っても子どもが大きなコーラのカップを抱え、おじいちゃんおばあちゃんまでハンバーガーを頬張っている。驚愕」
ハンバーガーしか望めないのならせめてちゃんとしたものを食べたい……とハンバーガー専門店に行くと、中にはさむハンバーグやステーキは手焼きで、焼き加減を訊いてくれる。ファーストフード店のものと比べたらずっと味はいい。
しかし、問題はそのボリュームだ。運ばれてきた瞬間に「降参!」と言ってしまいそうなとてつもない大きさ、ぶ厚さ。付け合わせのポテトやオニオンもそれだけで満腹になるほどドッサリ。食べても食べてもちっとも減らない。
「ものには限度ってもんがあるでしょ……」
が、途方に暮れて周囲のテーブルを見渡せば、どの皿もきれいに空っぽではないか。客は食べ盛りの若者ばかりではない、年配の夫婦まで食後のデザートにブラウニースやアップルパイ(これまた巨大で、生クリームやアイスクリームがてんこ盛り)を注文しているのだ。
よくこれだけ大量の肉と揚げ物を一度に食べられるものだ。この一食でカロリーはどのくらいなんだろう……と空恐ろしいような気持ちになった。

私たち夫婦は船旅が好きで、いろいろな船に乗ってきた。あちこちに寄港しながら一週間とか十日間を船の上で過ごすのだが、彼らを見ていると「この人たちは本当にハンバーガーが好きなんだなあ」とつくづく思う。
三度の食事の合間にもカフェで自由に食べることができるのだが、ハンバーガーのセルフサービスコーナーは常に人だかりがしている。ほかに食べるものはいくらでもあるのに、そんなものは家に帰っても食べられるのに、彼らはいつだってハンバーガーに山盛りのフライドポテトなのである。
あの体を生み出すのは、肉と油。和食を食べているかぎり、私たちがどんな大食いを続けようとあのサイズには至らないと思う。


日本マクドナルドの創業者、故・藤田田氏は「人は十二歳までに食べていたものを一生食べ続ける」が持論だった。
「子どもの頃に覚えた味は決して忘れない。だから日本人がハンバーガーという食べ物を知らなかった創業当時、儲け度外視でできるだけ多くの子どもたちに食べてもらえるようにした。マクドナルドのハンバーガーを食べて育った子どもは、大人になったら自分の子どもを連れて食べに来てくれるからね」

知り合いの夫がハンバーガーを食べないと禁断症状が出るのも、私が「夜はぜったいごはん。パンや麺だと食べた気がしない」のも、やっぱり刷り込みの結果なんだろうか。


2007年03月20日(火) 限られた出会いの中で

駅のホームで花束を抱えた女性を見た。同僚らしき人たちと一緒にいるところを見ると、おそらく退職か転勤かで職場を去るのだろう。
電車に乗り込んだら、今度は髪をお嬢様結びにした袴姿の女性が紙袋から大きな花束をのぞかせていた。こちらは卒業式だったようだ。
「三月だもんなあ……」
私も今週送別会の予定が入っている。私の職場は派遣社員が多いためふだんから入れ替わりは激しいのだが、三月は特に退職者が多い。正社員として就職するためだったり夫の転勤について行くためだったりで、今月末で終わりという人が六人もいる。
その中に特別仲の良かった人はいないが、それでも「たぶんもう一生会うことはないんだろうな」と思うとしんみりした気持ちになる。三十余年生きてきて、見送ったり見送られたりは数え切れないほどしてきたけれど、「さよなら」の場面には慣れることができない。

私の派遣社員生活もこの春で丸六年になる。いくつもの会社を渡ってきたが、ひとつ忘れがたい思い出がある。
新しい社員がやってくるまでの半年間という契約で勤めた会社を去る日のこと。その朝、私はふだんより三十分早く家を出た。机の片付けや掃除をしておこうと思ったのだ。
もちろんまだ誰も来ていないと思ったら、営業の若い男性がひとりすでに仕事を始めていた。
「今日はずいぶん早いですね」
声をかけて席に向かった私はイスの上の見慣れぬ紙袋に気がついた。
中にはきれいな群青色のひざ掛けが入っていた。肌触りがよくてとても温かそうだ。でもこれ、なんだろう?誰かが席を間違えたのかしらん。
と思ったら、紙袋の底にメモ書きを見つけた。
「短い間でしたが、いろいろありがとうございました。感謝の気持ちとして受け取っていただければ幸いです」

私は驚いて、こちらに背を向けて座っている彼を見た。
不憫になるほど真面目でお人好しな人。日本でも有数の偏差値の高い大学を出ていながらここに入社してきたところにも世渡り下手が表れている。そんな“不器用”に服を着せたような人が、たった半年で去って行く通りすがりのような派遣社員のために心を砕いてくれるなんて……。
頼まれると嫌と言えず、いつも山ほど雑務を抱えているのを見かねて手伝ったことが何度かあった。もしかしたらそんなことを覚えていたのかもしれない。
いつも営業の男性は朝出社するとすぐに外出し、彼らが帰社する頃には私はもう帰宅している。そのため彼はその日誰よりも早く来て、私の席にそっと包みを置いてくれたのに違いない。
それはかなり勇気のいることだったのではないかと思う。私がふだん通りに出社していたらその紙袋は誰かが先に見つけていたかもしれないし、私が人前で開封していたかもしれないのだ。

「○○さんっ」
声をかけておきながら次の言葉が出てこない。
「僕、こういうの苦手で……どうしたらいいかよくわからなかったんですけど……」
その困ったようにはにかんだ顔を見たら、涙がこぼれそうになった。


人が一生のうちに出会う人の数は三万と言われている。
しかしそのほとんどは、ほんの一時関わりを持っただけで行き過ぎる人たちだろう。共通の思い出も特になく、そのうち名前すら記憶から消えてしまうくらいの儚いつながり。
忘れられない存在になったりずっと付き合いが続いたりする人はその一パーセントにも満たないかもしれない。

たとえ自分が関西から出ても、たとえ日記をやめても、失いたくないと思う関係があるなら、それが当たり前にそこにあるうちにせいぜい大事にしなくてはな……。
“はいからさん”の花束を眺めながら、電車の中でそんなことを考えた。


2007年03月15日(木) 紐パンを履く女

会社でパソコンに向かっていたら、突然下半身が解放されるような感覚を覚えた。
なんなのかはすぐにぴんときた。その日、私は腰で紐を結ぶタイプの下着を着けていた。その片方がほどけたらしい。
これがブラジャーのホックが外れたということならあたふたすることはないのだけれど、紐パン(品のない言い方ですが、便宜上こう呼ばせていただきます)がほどけるとどうなるかというと、落ちてくるのである。
私が歩いた後にパンティがひらり〜なんてことがあったら、明日から会社に来られない。なので大慌てでトイレに行き、結ぼうとした。
そうしたら。紐はほどけていたのではなく、ちぎれていた……。
信じられない、いくら華奢なつくりとはいえ、まだ新品同然なのに!
しかも紐は根元からブチッといっていたため、本体と繋ぐことができない。本体と繋げないということは、履くことができないということだ。

ブラを忘れて出勤したことは何度かあるが、下を着けずに仕事をしたのは初めてである。
昨日は一日、世界が違って見えた。


……という話をmixiでしたところ、男性のマイミクさんからこんなコメントがついた。
「ちょっと驚いたのですが、“紐パン”って日常的に着用するものなんでしょうか?『恋のから騒ぎ』で、紐パンは彼氏へのアピールなのよ!と言っている人がいたので、特別なものなんだと自分は解釈していたのですが、今回の日記を読んだら、女性にとって紐パンの位置づけっていったい……とわからなくなってしまいました」

ほかのコメントも総合すると、男性というのはその遭遇率の低さから「紐パン=勝負下着」というイメージを持っているようである。
しかしながら、実際のところは女性によってまちまちだ。私にとっては「≠」。「紐パン」と聞くとエッチ、きわどい、悩殺といった単語を思い浮かべるかもしれないが、ラブリーなものもたくさんある。私はそういうのをふだんから好んで着けている。
そしてデートの日はさらにはりきる。聞くところによると、男性も勝負時は足が長くかっこよく見えるものを選ぶそうだが、しかし女性の下着にかける意気込みにはかなうまい。
だから私はろくに見もせずに脱がされるとちょっぴり残念。せっかくあなたのために選んだのにぃ……。
心はやるのはわかるけど、このあたりの女心も酌んでいただきたいものである。

既婚の身の上となった今では突発的な素敵な出来事が起こることもないけれど、それでもそれなりのものを着けていたいと思う。女たるもの、いつでも脱げるよう心づもりを……というわけではなくて、好むと好まざるとにかかわらずそれは人目に晒されることがあるからである。
大学生のとき、学食で友人を見つけ駆け寄ろうとした私は濡れた床に足をとられ、見事に転んでしまった。その日私はワンピースを着ていたのだが、スライディングさながら勢いよく滑ったものだから私のスカートはぶわっとまくれあがった。
逆さに開いてしまった折り畳み傘を想像していただきたい。時分どきで人がごった返す中、なにもかもすっかり丸出しである。私は半泣きになって家まで走って帰った。
走りながら必死で考えていたのは「今日どんなパンティ履いてたっけ!?」ということ。人前であんな転び方をしたというだけで立ち直れないくらい恥ずかしいのに、その上ダサイのなんか履いていたら……もう舌を噛み切るしかないと思った。
もちろんこんなどんくさい真似は二度としないつもりだが、この先不慮の事故に遭い、救急車で運ばれることがないともかぎらない。そのとき「お願いですからいったん家に寄ってください!」なんて懇願しなくても済むようにはしていたいのである。

……とここまで書いて、ふと思った。私がそれなりに下着に凝ることができたのは、ずっと一人暮らしだったことも大きいかもしれない。
二十代前半の頃、恋人のいない同僚何人かで集まってクリスマスパーティーをしたことがある。私はプレゼント交換の品をなににしようか迷った末、「来年は私たちなんかじゃなく、素敵な彼と過ごしてね」という気持ちを込めて“勝負パンティ”にすることにした。
そうしたら後日、私のプレゼントが当たった女の子から苦情がきた。
「小町ちゃんからもらったやつ家に持って帰ったら、お母さんに『そんなイヤラシイの捨てなさい!』って怒られた」
自宅暮らしだと紐パンやTバック、シースルーのものなんかはちょっと履きづらいかもしれない。

* * * * *

今回の一件で、私はいくつかのことを学んだ。
私は家の中でブラをする習慣がないのでうっかり着けずに外出してしまい、途中でひゃ〜!となることが五年にいっぺんくらいある。しかし、
「下着は嫌いなので、家では上も下も着けていないことが多いです。夏場はビッグTシャツ一枚なんてときもあり、夫に叱られます」
「私はブラを忘れて出掛けたことはないですが、下を忘れたことはあります。今日はやけにジーパンがフィットするなーと思っていたら、タイツの下になにも着けていませんでした」
といったマイミクさんたちのコメントを読むと、私だけじゃないんだわ……どころか、上には上がいる!と非常に心強い。
そしてもうひとつは、
「紐パン着用時はこういう事態を想定し、バッグの中に予備のパンティを入れておく」
……ではなくて、ソーイングセットくらい持ち歩け、ということである。

最後に男性のみなさまへ。
紐パンがいかに華奢な代物かおわかりいただけましたか?じれったいでしょうが、紐をほどくときは力まかせにグイとやって引きちぎったり(噛みちぎったり)しないでネ。


2007年03月13日(火) 意外としつこかったのね

前回のテキストを書き終えた後、大昔のある記憶がよみがえってきた。先日私は「夫の携帯や手帳をチェックしたことはない」と書いたが、恋人宛てのハガキを読んだことはある。
あれは二十歳の頃のこと。付き合っていた年上の男性のマンションに泊まった翌朝、彼を会社に送り出した私は洗濯を済ませたら自分の家に帰るつもりだった。が、部屋の隅にたまった綿埃を見て、「掃除もして帰るか」と思いついた。
「きれいになった部屋を見たら喜んでくれるかしらん」
鼻歌まじりにフローリングの床を雑巾がけ。するとベッドの下に紙が落ちているのに気がついた。
拾い上げるとハガキだった。小さな丸文字が紙面いっぱいに埋まっている。表返してどきり。差出人は私と出会う少し前に別れたと聞いている彼の元彼女だった。
その女の子と私は学年も学部も同じだったため、講義室でしばしば顔を合わせていた。しかし、彼女の私を見る目はとても不躾だったし、私もそんな彼女に対しておもしろくない気持ちを抱いていたので、お互いによい印象は持っていなかった。
消印を見ると最近届いたものである。彼女がどうしていまごろ彼に手紙をよこすのか。私はかなりむっとして、ハガキを読んだ。

「テツヤちゃん、元気ですか」
出だしの一文でもうカチンとくる。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというやつで、「ちゃん」という呼び方から気に入らない。いらいらしながら彼女の近況報告を流し読みしていたのだが、ある箇所まできてつっかえた。
「小町ちゃんはすごくいい子だよ」
はっ?小町ちゃんって私のこと?……まさかね。だって私、この子と話したことないし。
「優しいし、大人だし。私よりテツヤちゃんを幸せにできると思う」
やはり私のことらしい。しかし、頭の中にクエスチョンマークが乱れ飛ぶ。「テツヤちゃんを幸せに」ってなに?どうしてあなたがそんなこと言うわけ?
「だから小町ちゃんを大事にしてあげてね」

あまりの気持ち悪さに私はハガキを放りだした。
どうしてあなたにそんなこと頼まれなきゃなんないの。それじゃあまるで「私はいいのよ、身を引いて小町ちゃんに譲るわ」みたいな言い草じゃないの。
彼とどんなやりとりがあってこのような文面になったのかわからない。けれども、胸の中は不快指数100。このところ彼の「女友だち」との付き合いに私が疑問を持ち、よくケンカになっていた。その前日、私が部屋を訪ねたのも彼の言い分を聞くためだった。解消されたばかりの不信感がふたたび入道雲のように膨らんだ。
「これはどういうことなんだろう……」
と思ったら、文末にすべてを説明してくれる一文があった。

「P.S.このあいだはありがとう。あ、そうだ、冷凍庫の私のしろくま、食べちゃだめだからネ!今度泊まりに行ったときの楽しみにとってあるんだから」

……ふうん。「大事にしてあげてね」と言いながら泊まりに来るわけね。
冷凍庫を開けたら、「九州名物しろくま」アイスが本当にあった。そして、この部屋にお客用の布団はない。
「ああそう。そういうことですか」
誰かへの気持ちがあんなに急激に冷めたことは後にも先にも経験がない。
私はハガキをテーブルの上に置き、五分後には部屋を出た。合鍵はドアポストの中に投げ捨てた。

あれから十五年経つけれど、いまでもスーパーで「しろくま」を見かけるとイヤーな気分になる。私って意外としつこかったみたい。


2007年03月09日(金) 「うちの夫にかぎって」

今年から日記の更新ペースを落としたら、のんびりできるようになったのはいいけれど、世間の話題にタイムリーに反応できないのが悔しいワ……。
というわけで、いまごろ寺島しのぶさんの結婚のニュースについて。
寺島さんは私にはあまりなじみがなく好きでも嫌いでもない女優さんであるが、記者会見のときの、
「私のひと目惚れです。ありとあらゆる手を使ってアタックしました」
という言葉はとても新鮮で、好印象だった。
そうまでしたくなる人にめぐりあえたこともすてきだが、「欲しいものは自分で掴み取る」心意気がすばらしい。私も恋愛事には積極的なほうだと思うけれど、ここまでアグレッシブにはなかなかなれるもんじゃない。たいしたもんだと感心した。

さて、その会見の中にもうひとつ、へええと思った点があった。指輪はどうしたのかという質問に、
「私はもらったが彼にはあげていない。私だったらすてきだなあと思う人が指輪をしていたらがっかりしてしまう。男性はモテるほうがいい」
と答えていたこと。
辺見えみりさんもキム兄が女性とデートしているところを週刊誌に撮られたときに「だんなはモテるほうがいいですから」と言っていたが、こんなふうに余裕しゃくしゃくでいられる奥さんはそうはいないのではないだろうか。
いや、単純にモテる、モテないを比べるのなら前者のほうがいいに決まっている。自分の夫に一般に通用する男の魅力があるということなのだから。
しかしながら、「モテる」という現象はしばしば厄介事を生む。そう、浮気。夫を信用していないわけではないけれど、相手はそれこそ「ありとあらゆる手を使って」夫に迫ってくるかもしれないのである。
よって、平穏な家庭生活を望む妻の本音は「そりゃあモテたほうがいいとは思うけど、やきもきしなくちゃならないのは私イヤだから、うちの人はモテなくていいわ」というあたりに落ちつくのではないだろうか。

* * * * *

新聞やネットの人生相談コーナーを読んでいると、「どうも夫が浮気をしているらしい。どうしたらよいか」という質問をちょくちょく見かける。妻は男性が思っているよりもずっと夫の変化に敏感で、その言動に厳しく目を光らせているのだ。
以前テレビで、夫や恋人が携帯を置いたまま席を外したら女性はどうするかという実験を見たことがある。開始前、ほとんどの男性が「妻はぜったい見ませんよ。そんな女じゃない」「彼女を信じてます」と言い切っていたが、蓋を開けたら八割方の女性が通話履歴やメールを盗み見していた。それどころか、夫になりすまして返信までするツワモノも。男性たちは別室で隠しカメラの映像を見ながら愕然としていた。

しかし、こんなことをするのは自分に自信のない女性だけかというと決してそうではない。女優さんのエッセイを読むと、恋する女はみな同じなのだということがよくわかる。
黒木瞳さんは夫をのびのびさせすぎないために門限を設けたり、「親展」と書かれた夫の携帯の通話明細書を開封し、電話番号をひとつひとつ「これはどこ?これは誰?」と確認したり。藤原紀香さんは二十代の頃、自分と会っていないときの恋人の行動を監視するため、彼の留守中に部屋に入り込み、写真や留守番電話をこっそりチェックしていたそうだ。女の声で何時にどこそこで待ってるねと録音が入っていれば、その時刻に現場に行き、二人の様子をメモ。さらには彼の留守電を外から操作する暗証番号を探りあて、メッセージを再生しては浮気の証拠を集めたという。
どんな美女も恋をすると浮気を恐れて猜疑心のかたまりになり、愚かな真似をするのである。

黒木瞳さんは著書『夫の浮わ気』のエピローグにこう書いている。
「血の繋がりのない夫を信じられるなんて、聖母マリア様です。人生を悟れる修行僧です。私にはとても真似のできないオリンピックのウルトラE技です」
「“信じてるわ”とか“信じろよ”とかいう言葉なんて、男と女には通用しません」
だから、自分はなんでも浮気と結びつけて考えてしまうのだ、と。夫が会社を出てから帰宅するまでのあいだに空白の時間があると、妻に言えない場所に寄ってきたのでは?と胸に暗雲が立ち込める。ふだん朝食を食べない夫が突然ハムトーストを食べたいと言いだせば、「誰かに『朝はちゃんと食べないと体に毒よ』とでも言われたのかしら……」と勘ぐる。
「家にクロキヒトミがいて、浮気をする夫なんかいるかあ!?」と言いたいところであるが、「夫を信じきることなどできない」という言葉には私も同意する。血の繋がりのあるなしが理由ではない。
「この先、ぜったいに浮気をしないか?」
私はこの質問を自分にしても、「はい、しません」とは答えられない。未来のこと、しかも男と女のことで「ぜったい」なんてありえないもの。「そのつもりではある」としか言いようがない。
三十余年付き合ってきた自分自身のことですらわからないのに、他の人に対して百パーセントの確信を持つなんてことができるはずがあろうか。

けれども私はいまのところ、夫の携帯や手帳をチェックしようと思ったことはない。
彼がいまそこいらに転がしている携帯をお風呂場にまで持って行くようになったり、いつも引き出しの上にあるものからガバッと取って出張カバンに詰め込む下着を選り好みするようになったり……。そんな日が来ないかぎりは「うちの夫にかぎって」という呪文を半分本気、半分願いを込めて唱えながらのんきに暮らすつもりだ。
でなきゃあ週の五日間出張で家を空ける人の奥さんなんてとてもやってられません。


2007年03月06日(火) お風呂で「する」と言うとびっくりされてしまうこと

昨日お風呂で慌てちゃった、と同僚が言う。さあ出ようとノブを掴んだらなんとしたことか、根元からぽろりと取れてしまった。大声で部屋にいる夫を呼び、外から開けてもらったそうだ。
「当たり前だけど、ドアってノブがないと開かないのよねえ。私、初めて気づいたわ」
と感心したように言うが、私は話を聞きながらぞぞっとした。
平日は一人暮らし状態の私が同じ目に遭ったらいったいどうなるんだろう。近所の人に助けを求めようにもうちのバスルームには窓がない。ドアを蹴破って出る……なんてことは可能なんだろうか。週の終わりに夫が出張から帰ってくるまで閉じ込められたまま、というのも考えられない話ではない。
以前から思っていた。殺人事件やなんかのニュースで、異変を感じた身内や同僚が自宅を訪ねて死体を発見……と聞くたび、
「これが私だったら、一日二日じゃぜったい見つけてもらえないよなあ」
と私はつぶやく。私の携帯が何度架けても留守番電話だったとしても、夫や友人は「またマナーモードでカバンに入れっぱなしにしてるな」くらいで気にも留めないだろう。たとえ私が一週間無断欠勤しても、会社から誰かが訪ねてきて不動産屋に「様子がおかしいから鍵を開けてくれ」とまで言うことは考えられない。私の場合、事件発覚は最短で金曜の夜遅く、運が悪ければ(夫が土日も出張であれば)が翌週……になるのは間違いない。
帰宅して、真っ先にお風呂とトイレのノブをチェックした私である。

ところでお風呂というと、二、三日前の日経新聞の記事で黒柳徹子さんの健康の秘訣が紹介されていた。その中に入浴法の話があったのであるが、黒柳さんはいつも湯船に浸かりながらシュークリームやアイスクリーム、果物なんかを食べるのだそう。
世の中にはいろいろな人がいるからこのこと自体には「へええ、お風呂でねえ」と思うくらいだったのだけれど、
「みなさん、自宅のお風呂では飲んだり食べたりしないんですってね。温泉でお湯に浸かってお酒を飲む人がいるでしょう。だから普通だと思ったのに、驚きました」
という言葉にはさすがに驚いた。お風呂はトイレに次いでプライベートな空間だから、人によって「普通」が違ってくるのだろう。
以前独身の友人のマンションに泊まりに行ったら、バスルームの床に一・五リットルのペットボトルが五、六本転がっていた。お風呂から上がってあれはなんなのと訊いたら、怪訝な顔をして言う。
「湯船に入れるやつやんか」
なんと、彼女は自分一人のためにバスタブにお湯をなみなみと張るのはもったいないと、水を入れたペットボトルを何本も投入して水かさを増やしていたのである。
節水のためにトイレのタンクにペットボトルや瓶を入れるという話は聞いたことがあるけど……と絶句していたら、「少ないお湯で肩まで浸かれる。これ、一人暮らしの常識やでえ」と言われてしまった。

私はバスタイムが一日の中で一番幸せを感じる時間かもしれないと思うくらいのお風呂好きである。
もちろんお湯の中でものを食べたり、バスタブにペットボトルを沈めたりなんかしない。ごくノーマルな入り方をしていると思っているのだが、ひとつだけ、人に言うと決まって笑われることがある。
夫と一緒に入ったら頭から体から全部洗ってあげる、ということだ。
……と言ったら、「まっ、仲のおよろしいことで」という声が聞こえてきそうだ。つい先日も結婚が決まっている年下の友人にこの話をしたところ、「ウフフ、うちもやりますよお、洗いっこ」と言われた。しかし違う、違うのだ。彼女にも「あなたたちのラブラブバスタイムと一緒にしないでちょうだいっ」と即座に返した私。
べつに照れているわけではない。本を読んだり考えごとをしたり、私は一人でゆっくり入りたいのだ。しかし夫は洗ってもらうとラクチンかつ気持ちがいいものだから(エッチな意味ではない。美容院のシャンプーや垢すりは気持ちいいよね?)、ダメ!と言っても入ってくる。じゃあお先に〜と上がろうとするとピィピィうるさいので、私はしかたなくスポンジを手にとる、というわけなのだ。
よって、「洗ってあげる」とはいっても甘い気分どころか、私にとってはお風呂のついでにマジックリンでバスタブや洗面器を磨くのとたいして変わらないのである……と言ったらちょっとかわいそうかしらん。

ちなみに、私は「洗いっこ」というやつはいままでに一度も、誰ともしたことがない。一緒にお風呂に入れるならどうってことないでしょうと言われそうだが、付き合い始めの一番盛り上がっているときでもそれだけは無理だった。洗うのは平気でも、洗われるのは……ウムム。こう見えて、私はものすごく恥ずかしがりである。
もっとも、あと十年くらいして押しも押されもせぬオバチャンになった暁には夫に向かって「たまには背中流してちょうだいよ」なんて言っているのかもしれないけどさ。


2007年03月02日(金) 昔の恋人にがっかりする瞬間

友人がぷりぷりしている。昔の恋人が出張でこちらに来るというのでひさしぶりに会ったら、別れ際、ホテルの部屋に誘われたという。
「私ら、彼の浮気が原因で別れたんよ。なのに今度は私と浮気かいな」
彼女の「人間って変わらんもんやな」を聞きながら、私は最近読んだ林真理子さんのエッセイを思い出した。
昔の男から電話があり、話があるから時間をつくってくれと言われた。彼のリクエストでふぐの店を予約したら、会計の段になって「俺、金持ってない」と言いだした。付き合っていた頃も人の財布をあてにする男だったが、あれから十何年経ち、仕事で人を使う身の上になってもせこい人間はせこいままなのね、とあきれた……という内容だ。

私は“嫌なヤツ”とは付き合ったことがないので、「相手が相変わらずでがっかりした」経験はない。しかしながら、相手が変わってしまって、つまり「昔はこんなじゃなかったのにな」という方向で残念に思ったことは一度だけある。
何年か前、大学のサークルの創立記念パーティーで二十歳くらいまで付き合っていた三つ年上の男性と十数年ぶりに再会した。私の名札を見て「結婚したんだね」と言うので、そっちは?と訊いたら、離婚調停中だという。結婚は三年前、しかしすでに別居生活一年以上になるらしい。
いったいどうして……と思う間もなく、「それがさあ」と彼が話し始めた。夫婦仲がうまく行かなくなったのは、彼が会社を辞めて独立したことで生活が不安定になったことが原因だという。
バブルの恩恵を受けて入社した大企業に勤めている頃に知り合った女性だから、起業してうまく行かないとなると「こんなはずでは」と思うようになったんじゃないの、ということだった。まあそういうこともあるかもしれないなと思いながら聞いていたら、彼の話は愚痴の域を超え、妻の悪口になった。
よほど鬱憤がたまっていたのか、妻の至らなさを挙げ連ねる。結婚生活が破綻したのは思いやりがなくちっとも夫を理解しようとしない彼女のせいであると言わんばかりの口ぶりに、私はかなり驚いた。
マンモスサークルの会長をしていたくらいだから、リーダーシップも人望もあった。十八の私はそういうところに惹かれたのだが、華やかなパーティーの席で似つかわしくない話を延々つづける彼はまるで別人のようだった。
苦労したんだろう。でもなんだか小さくなっちゃったな、と思った。

* * * * *

私は別れた後も連絡をとりつづけるということはしないので、昔の恋人と個人的に会うことはほとんどないのだけれど、同窓会のような場で顔を合わせるのはそれなりに楽しみだ。
たとえ終わりのほうはいろいろあったとしてもいまとなっては恩讐の彼方、再会を心から喜べる。かつて好きだった人がいまも変わらず素敵でいてくれると本当にうれしいし、幸せでいるとわかると安心もする。
でもいつも不思議に思うのが、相手がこちらのことを当時の呼び方では呼ばないこと。皆とは言わないが、名前を口にしようとしない人のほうが多い。「きみ」なんて言われてびっくりしてしまう。昔と変わらぬ調子で話しているのに、その部分だけが他人行儀なのだ。
いたずら心を起こしてこちらは相手の名前を連発し、なんとか呼ばせてやろうとするのだけれど、その頑なさの前にたいていは敗れる。
あれはなんなのだろう。ひさしぶりなので照れくさいんだろうか。それとも「もう自分のものではない」からくる遠慮、あるいは自重なんだろうか。
そう、もうあの頃とは違うのよね。ちょっぴりつまらなくて、ちょっぴりほっとする。