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2004年12月22日(水) 星空  律

ま、いいけどね。

ロミオが去ったあと、持ち主がいなくなったグラスをボウッと見つめ
(サイテー)
心のなかで吐き捨て外に出た。

・・・本気デ怒ルナヨ ナンバーツー・・・。

さっき街を眺めたときよりお酒は入ってるはずなのに、頭の芯がすっかり冷えていた。
終電はもうとっくに間に合わない。
タクシー・・・は時間柄、まだ捕まえられそうもないな。
終電を逃した酔っ払いがタクシーを求めて、一番徘徊する頃合だった。

せっかく高い酒、イイオトコと飲んだのになーーー。
酔えなかった。むしろ・・・チクショーーーー

帰るの面倒くさいなーーー。でも帰らなきゃ。
明日は午後イチから打ち合わせがある。
帰りたくねーーーー。
アア、石ニナリタイ・・・・・。

酔ってないと思ったけど酔っていたのだろうか。
普段なら絶対出来ないであろう『路上で座り込み』をして、膝頭のなかに顔をうずめた。
あったかい・・・動きたくないよぅ・・・笑。

「ねぇねぇ、綺麗なオネーさん」

棒読みなセリフが背中に投げつけられ、ハッとして振り返る。

「アンタっ まだいたのっっ?」
「ひどいなー。いいモン持ってんのに。んなこと言われたら、あげたくなくなっちゃうな」

ロミオは、その手のなかに白い小さな湯気のたつビニール袋をいとおしそうに抱えていた。
いい匂いがする。
中華な感じ。

「いらないデスカ?」
「いるっっ」
「じゃ、向こうで食べよ」

彼が指差したのは、すぐ近くにあったコンビニのベンチだった。
白く長いコートを着た後姿を中華な匂いにつられて、目にもごちそうと思いながらフラフラついていった。
食欲には勝てないのよ・・・そうなのよ・・・

「はい」
「・・・いただきます・・・」

両手に持ったフワッと広がる薄地の包装紙のなかに、ぷっくり太った肉まんがあった。
湯気がたっている。
たまらずカブリつくと、口のなかにジュワッと肉汁と具が広がり熱いモノが躰中に運ばれていった。
ロミオも食べている。美味しそうだというか、嬉しそうだ。

随分前からの飢えを満たすように夢中で食べ終わると、急にさっきまでのトゲトゲした毒がヌケてきた。

・・・なんだ腹が減ってたのかワタシ・・・

「飲んだあとは、コレなんだ」
満足そうにロミオが言った。子供みたいに可愛い笑顔をするよねキミは。

「飲まなくても、コレなんだけどね」
「・・・」
「なんかさ、一緒に喰って〆だよなって、やっぱり思ったんだよね。」
「・・・」
「それに、2回も声かけちゃってナンカ僕ウケるでしょ」
「・・・」
「お誕生日、おめでとー」
「は?」

急に冷静になり、ロミオを見つめた。

「あの、わたし、誕生日来月なんですけど・・・言ったんじゃないかと思うんだけど・・・」
「聞いたよ?」

タバコを吸いながら、ロミオは肩を震わせて笑った。何がそんなに可笑しいのかしら。なんだか調子が狂うわ。

「来月のその日におめでとうって言える機会があるかわからないし。でも誕生日なんだって知ったとき、なんか言いたかったのネ。
で、今、言わせてもらった。肉まんがケーキ」
「は・・・」

このオトコとは今夜が初対面なのよね。
なのに、なんで。
ずっと以前から知ってるような気がするんだろう。

って、こんなこと思うこと自体、わたし安っぽいのかしら。
ハマッちゃってるのかしら。
サビシイ女なのかしら(そうだけど)

「あったまった?」
と、ロミオが言った。
肉まんのことを指してるんだろうけど・・・わたしには、それ以上だった。
肉まんは好きよ。でも・・・

「ごめんね」とわたし。
「・・・」
「嫌な言い方したわ。ジェニーが面倒見のいい・・・優しいひとなのは、わたしも知ってる。長い付き合いだもの・・・
知ってて言うの、サイテーよね。今夜はというか、最近ちょっとわたしダメ人間でね。ロミオがかっこいいからさ、ちょっと妬いちゃったかも。
・・・肉まんとお祝いの言葉、嬉しかったよ、ありがとう。」

言うべきことは言えたわ。言えてよかった。
ほんとにこのまま、ここにいると尻に根が生えそうだった。
ほんとに、もっともっと好きになりそうだった。
それは、ほんとに困るのよ。
ほんとに ほんとに ほんとに。

「千夜さんもかっこいいよ。僕が女だったら惚れてたね」
「それは、どうもありがとう」
嬉しくないわ(笑)
ていうか、ロミオ、そのセリフは いらないから(笑)
ウソツキ。

「千夜さん」
とロミオは笑顔を消すと、真顔でわたしに言った。

「千夜さんさ、綺麗だしカワイイけど来月は誕生日を迎えるんだから今夜はもう寝たほうがいいよ」
「・・・は?」

わたしがバカなのかしら。
ロミオの言う意味が全くワカラナイ。
見た目イケてるけど、実際はババアなんだから、ビタミンとコラーゲンの減りに注意して睡眠を貪れてっことかしら(そこまで言ってない?)
会話の流れが噛みあってない気がするんだけど、気のせい?
ジェネレーションギャップってやつ?(やけくそ)

「ああ・・・ごめん」
とロミオは笑顔になると、悪戯っぽい目でわたしに言った。

「もう寝たほうがいいよ、オネーサンって言ったの」
「ちょっとアンタっ!シツレーじゃないのっ」
「いいえ。 親愛なる想いをこめて・・・」
「・・・」
「心からそう思っているよ。・・・♪ねむれ良い子よーーー♪」

わざと調子っ外れにロミオが歌った。
彼の後ろに広がる星空も一緒にスィングしてくれているように、わたしには見えた・・・。
酔っ払うって、現実よりファンタジーなれてお得かも。

なんとなく笑い声をたてると、照れたように彼も微笑んだ。

それからタクシーを拾ってくれて、わたしはそれに乗り込んだ。
ロミオは窓越しに小さく微笑み『バイバイ』と手を振り、わたしもそれに応えた。
車が発進し、彼の姿は瞬く間に小さく・・・そして見えなくなった。




2004年12月06日(月) ふたたびの闇   嵬

そう言うとロミオ(“常男”とは呼ばないわ)は、わたしの顔をじぃっと見つめた。
とびっきり優しげな、それでいて氷のような美しい微笑を浮かべて。
その顔があんまり綺麗で、わたしはヒヤリとした。
そうなの。
追いかけて来たのは心配だったからじゃない。
わたしのこと、自分の愛する人間が気にかけるに値するかどうか見極めようとしてるのね。

「ロミオ、今いくつ?」

わたしは視線を逸らし、グラスの淵を右手の人差指でなぞった。その拍子に氷がカランと音を立てた。

「僕? 二十二」

さっき「二十幾年生きてきて・・・」と言ったけど、来月三十の大台に乗るのよね、わたし。
だからどこかで焦ってた。あの恋を“結婚”というカタチに昇華させようと。
そして彼もそう思ってると信じてた・・・ぜんぜん違ってたけど。
そう・・・八つも下なの・・・若いのねぇ・・・。

「どうしてホストに?」
「うん・・・まぁなんとなく。女の子相手だったら仕事って割り切れるかな、と思って」

それってつまり・・・

「女がキライだから?」
「ううん、スキだよ? カワイイなって思ったりもする。でも恋愛感情は抱けないんだ」
「どうしてかしら?」
「どうしてだろうね?」

ロミオは肘をついた左手を軽く頬に当て、わたしの方にやや躰を開くと、首を傾げて柔らかく笑った。
首から肩にかけてのラインに、まだ幼さが残ってて・・・噛みつきたい衝動に襲われた。
ホロ酔い加減の目元が流れるようにわたしを見つめる・・・ダメ! これ以上は(何が?)。

「さ、最初見た時、どっかいいトコのサラリーマンかと思っちゃった」

心臓が早鐘のように鳴り響く。グラスを持つ手が震える。頬が熱い。
お願い。小娘みたいに緊張してること、気づかないで。

「あはは。よく言われる。これね、ジェニーさんのアドバイスなんだ」

だが彼の口からその名前が出た途端、何かがすぅ〜っと引いていった。

「僕、一年くらい前からこの世界にいるんだけど、なかなか成績あがらなくてさ。
 向いてないのかな〜。田舎に帰るしかないのかな〜って悩んでたんだ」
「へぇ。田舎どこ?」
「東北」
「そうなの? ぜんぜん見えないわ。訛ってないし」
「いや。今でも油断すると出ちゃうよ。気をつけてるけどね」

ロミオは屈託なく笑った。

「で、まぁクサクサしてた時に、たまたま寄ったのがジェニーさんとこで。
 ジェニーさん、のっけから話しやすい雰囲気持ってるでしょ? ついグチっちゃったらさ。ピシッと怒られちゃって。
“甘ったれるんじゃない”って。
 で、“そんないかにもホストって感じじゃなくて、もっときちんとしたカッコしてみなさいよ。そっちの方が絶対似合うわ“
って言ってくれたんだよね。
 で、言う通りにしたらさ、ガンガン指名がかかるようになって。これでもナンバーツーなんだよ。ワンに迫る勢いの」

その時のロミオの表情(かお)ったら!
出逢った頃を脳内でリバースしてるのね。愛惜しむように。

「ジェニーの店にはいつから?」
「半年くらい前からかな」

わたしが荒れに荒れていた頃だ。
ああ、一瞬で何もかもとろけるような出逢いがあると分かってたら、ロミオに比べりゃスッポンみたいなあの男に
いつまでも拘って、プチ引きこもりなんかならなかったわ。
神様はイジワルだ。いつもわたしだけタイミングが悪い。

「あなたはもうジェニーさんとは長いんでしょ?」
「そうね・・・長いわ。四、五年くらいにはなるかしら」

また氷がカランと崩れた。

「ジェニーが好きなのね?」
「うん」

悪びれるでも照れるでもなくロミオは即答した。花がほころぶような笑顔のオマケつきで。
いちいち印象的に笑うのね、コンチクショー。

「どこがいいの?」
「んー・・・カワイイし(えっ?! 目、大丈夫?―――千夜の声)、優しいトコかな」

ほっぺなんか上気させちゃって、ロミオったら。

「ふぅん。わたしに優しかったことなんてないのに、あのヒト」
「それはあなたが気づいてないだけだよ、きっと。
 ジェニーさんから聞いたことがあるんだ。
 いつも傷ついてて、危なっかしくって、放っとけない、妹みたいに思ってる娘がいるって。
 今夜のジェニーさん、僕が話し掛けてもずっと上の空で、あなたの方ばっかり気にしてた。
 だからピーンときたんだ。ああ、この人だって」
「それはね」

わたしの中で、ことさら意地悪な気持ちが頭をもたげてきた。

「あなたのような素敵なボーイフレンドを、わたしに見せたくなかったからよ。
 なんでかってね、わたしとジェニーはタイプが一緒なの。
 わたしがあなたにちょっかい出すんじゃないかって気が気じゃなかったのよ」
「・・・・・・」

ロミオは沈黙して、鋭いほどの眼光を湛えて、わたしを見据えた。
ああ、怒った顔もステキ。綺麗。

「あなた酷いよ。五年も付き合ってて、ジェニーさんのこと全然わかってない!」
そう言うと、ロミオはカウンターに、明らかにわたしの分までとわかるだけのお金を置いて席を立った。

「がっかりだよ。ジェニーさんが大切に思ってる人が、こんな人だったなんて」

まるで風が通り過ぎるように、わたしの横をすり抜けて、ロミオは店を出て行った。

あ〜あ、フラれちゃった。最短記録更新。
てゆうか、もともと入り込むスキなんてこれっぽっちも無かったけど。
だってロミオはあっち側の人。どんなに頑張ったって奇蹟の起こりようがない。
手元に残ったロミオの名刺を眺めた。
とことん嫌な人間に成り下がって、恋人は無理でも、友達になれるかもしれない可能性さえ摘んでしまったわね。
こんなわたしに明るい明日はやって来るのかしら・・・。


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