◇教本が悪いのか、自分の教える能力が悪いのか （みつまめ様 作）◇
玄関を開けてくれた問題児の母親が、感謝込めて見上げてくる。
スポーツばかりが得意な運動馬鹿で、テスト前になると泣き言を言ってくる隣の息子。
陸上顧問のツテで特別推薦を受けられそうなのだが、日ごろのテスト結果が赤点ばかりではそれも危うい。
家が隣同士のせいだっただけで、懐かれて頼られて…縋られて。
来年の春を心配する親の頼みと、本人の懇願から始まった「家庭教師」のバイト。
だが「親しい隣人」という繋がりが、これをキッカケに少しづつ何かの変化をもたらしている気がする。
にこやかに迎えられた後、二階への階段を登って――慣れたドアを開ける。
ビクッと大きく飛び上がった子供の背中に、思わずため息が漏れそうになった。
意地悪く、黙ったままその背中を見つめていると。
とうとう観念したのか、ギクシャクと人形のような動きで俺の方を振り返った。
珍しい金瞳には、すでに零れ落ちそうなくらいの涙が溜まっている。
「…―――で、どこがそんなに分からなかったんだ？」
「……」
「…まさか、そのページ全部ってンじゃ、ねぇーだろうな？」
そう低く呟くと。
死刑宣告でも受けたかのような、真っ青な顔でコクリと頷きやがった。
基礎の基礎から教え直すには、試験はもう明日に迫っている。
一体、どうしてくれよう…。
俺の家庭教師としての能力を疑われてしまうじゃねーか。
運動能力の１０分の一で良いから、こいつに理数系の頭脳があったなら――こんな苦労もあるまいに。
だが。
それだと、少し困るのだ。
何時の間にか、グングンと元気に眩しく育っていくコイツに。
こうして優位に立ったまま――近づく理由がなくなってしまう。
情けなく眉を下げて、ビクビクとこちらを伺う表情に。
密かな下心を隠したまま。
新しい教本を握り締めて、…ニッコリと笑ってやったのだった。
（三 蔵／parallel／illust by みつまめ様)
2006年12月22日(金)
◇どうしよう…◇
明日から期末テストだっていうのに、テスト範囲の半分も出来てない。
せっかく忙しい中、家庭教師を無理矢理頼んだのに、また呆れられる。
また、ため息を吐かれる。
この教科だけ、本当に分からない。
三次関数って…？
虚数って…iって何？
っていうか、どこからわかんないのかも、分からない。
時間は刻々と迫って、もうすぐあの人が来るのに。
どうしよう…どうしよう…
訳が分からなくて熱が出そうだ。
もう、もう…泣きそう。
あ、来た。
母さんが喋ってる声がする。
もうすぐ階段を上がって来る。
部屋のドアを開ける。
素直に分からないから教えて下さいって、言えたらいいのに…。
くしゃくしゃになった教科書とノートが虚しかった。
背中に伝う冷や汗が冷たかった。
だから、試験の前日は嫌いなんだ。
（悟 空／parallel／illust by みつまめ様）
2006年12月21日(木)
◇おめでとう◇
何でそんな顔してるのさ。
何かあったって丸わかりだぞ。
もう…我慢しなくたって俺には弱音吐いてって、いつも言ってるのに。
でも、そこが三蔵なんだよな。
そう思ったら顔がにやけて、へへって、笑ったら思いっきり嫌そうな顔したから、もっと嫌なことしてやる。
ぎゅって、抱きしめたら引きはがそうと暴れたけど、すぐ静かになった。
で、肩の辺りがほんのり温かい。
だから、我慢することないって。
そう言うつもりで、ちょっと力入れたら、背中を軽く叩かれた。
その内強張った躯から力が抜けて、俺の背中に三蔵の手が回った。
今日は特別な日だからさ、甘えても神様は許してくれるからね。
────おめでと、三蔵…
（悟 空）
2006年12月02日(土)
