私の毎日 The past diary

2002年02月25日(月) お七夜

この日は、たまたま私の母の命日(七回忌)でもありました。
私+パパ+連太朗+と父でお寿司をとりお祝いをしました。



2002年02月18日(月) 出産記録

2002年2月17日(予定日前日)の朝10時頃おしるしあり。
夕方から腰が重たくなってきたが規則的じゃない。
冷蔵庫の物を空っぽにする為に夕食を作り洗濯物など出来る事を済ませてた。
夜中に10分間隔の陣痛になったので病院へ電話すると
10分間隔をきり1分以上の陣痛になったら、また電話するように言われる。
この時、陣痛の痛みは、まだ楽勝もんだった。

2月18日の朝、病院へ入院して内診したら子宮口は4cm開いてた。
陣痛は、まだ楽勝ピッピ!朝食もパクパク食べれた。

10時頃に院長先生の内診。子宮口は6cmへ、内診はメチャメチャ気持ちよかった。
思わず「気持ちいい〜。」と言うと院長から「変な事、言いなさんな。」と笑われた。
この時の陣痛の痛みは、まだ大丈夫。

その後、陣痛の間隔はドンドン狭まっていき だいぶん痛みも本格的になってきた。
夕方5時頃には、かなり痛みが強くなってきた。
私の場合は腰が痛かった。でも深呼吸でまぎれるぐらいの痛みだった。
この時、子宮口はcm。

ここから腰の痛みだけじゃなく肛門からウンコが飛び出そうな感じになってきた。
アグラをかき足のかかとを肛門に押し当てて痛みを逃した。
腰の両横がちぎれそうに痛くなり、さすがに夕食は食べれなかった。

看護婦さんが来る度に「いつ分娩台に上がっていいと?」って聞きまくってた。
相変わらず内診は気持ち良くって看護婦さんに「手を抜かんで!」って言ってたら
「普通みんな内診を痛がるのにあなた、変わっとるねェ〜。」と言われてた。

8時半頃に内診したら出血が始まり少し破水し始めた。
みるみるうちに子宮口は全開になった。

助産婦さんに分娩台に行こうと言われ私は一人でスタコラサッサと歩いて行き
分娩台に上がり「ここに足、乗せていいと?」なんて言いながら
やっといきめる事が嬉しくて自分で準備をすすめていた。
準備をしてカズが呼ばれ私の手を握った、カズの手は少し震えていた。

助産婦さんが「私の言うとうりにすればすぐに産ませちゃる。」と言ったので
私は助産婦さんのリードにそって呼吸をして陣痛の波がきたのでいきんだ。
アゴを引き頭をカズが支えてくれた。

すると一回目のいきみで頭がかなり下まで下がってきて
「もうすぐ産まれるよ〜。」と言われた。
その時の感触は、股の間にボールを挟んでいる感じだった。
いきむ時は痛いというよりも気持ち良かった。

二度目のいきみの時に大きなゲップが出てしまい
みんなに笑われいきむタイミングを逃してしまった。

また陣痛の波がきたので三度目のいきみ。そしたら頭が出てきた。
ここから短足呼吸でもするんだなって考えていたら
そんなのぶっ飛ばして「赤ちゃんの頭を見て〜」って言われ
足を広げるよう言われたので思い切り広げると
もう目の前には胎児の恋ちゃんじゃなく連太朗がいた。
そりゃあ、何とも言えない気持ちよさで「気持ちいい〜〜〜〜〜!!」と叫んだ。
お腹もスゥーッとなる感じがしていた。

出産予定日当日の40週0日 2月18日月曜日21時39分
体重 3302g 身長 5cm
胸囲 3cm   頭囲 3cm

連太朗 誕生♪

★この病院の分娩台は真上にスクリーンがあり
イルカの映像が流れていて照明も陣痛の波にあわせてブルーやオレンジに変わる。
呼吸法もスピーカーから流れてくれるのでかなりリラックスできた。

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連太朗は私の体から出た途端に大きな声で泣き始めた。
私の胸の上に置かれた連太朗は手を広げて泣いている。

さぁ、カズの出番がやってきた。
私と連ちゃんをつないでいた臍の緒を切るのだ。
臍の緒は予想以上に堅く例えれば自転車のゴムチューブを切ってるようだったと後で言っていた。

今日の私のお産の担当はK先生。
先生もビックリするほどのスピードで産まれたので
先生の出番はなく、胎盤を出す時にやっと先生の出番。
お腹をワシワシ揉んで手を入れクイックイッっとすると
胎盤がニョロッと出てきた、これまた気持ちよかった。

次は、切った後でも縫うのかな?って思い
先生に「縫うのって麻酔するよね?痛くないよね?」って聞いたら
「それが切ってないんよ。上手にいきんだけ切らんですんだんよ。」
私は「嘘〜?」初産で会陰切開しないなんて珍しいそうだ。
子宮口が凄く柔らかかったんだって。
それと連ちゃんの出てくるのが上手だったんだろうね。

そんなこんなしてる間に連ちゃんは羊水をチューブでとったり処置をしていた。
その様子をスクリーンで見ながら私も処置をうけていた。
連ちゃんはウンチをしてオシッコまで飛ばしていた。

処置が済んだ後に看護婦さんが私の胸に連ちゃんの口を持っていくと力強く吸いついた。
誰も教えていないのに、こんな事が出来るんだぁって思うと
人間って凄い生き物なんだなぁ〜って思った。

それからカズと先生とみんなで写真撮影。
私は、そのまま分娩室で音楽を聴きながら
スクリーンでイルカの映像を見ながらジュースを飲んで休憩。
カズは連ちゃんの初めての沐浴を手伝っていた。

【カズちゃんへ】

今回、陣痛から出産までずっと私の側についてくれ筋肉痛になるほど
一生懸命に腰をさすってくれ一緒に呼吸を合わせてくれ本当にありがとう。

【これが我が子なんだ】

連ちゃんが私の体から出て姿を見た瞬間に私は心から愛しく思った。
今まで感じた事のない何とも言えない気持ちだった。
今まで色々あったけど、やっとこの日を迎えられた事が嬉しかった。
そして、これからが本当の始まりなんだって思った。

連太朗、無事に産まれてくれてありがとう!



2002年02月01日(金) 妊娠記録2月編

2月5日(火) 
38W1D検診
尿蛋白・尿糖(−)浮腫(+)←足がむくんでる      
推定体重 2975g

◆子宮口を柔らかくする注射を打った。

◆まだ頭は下がりきってない。胎動が激しいのは元気の良い証拠。
お腹が張らないと陣痛がこないのでドンドン動きまくって良い。

頭をクルクル動かしていた。
顔は左側を向いてお臍の上の方にお尻で左の肋骨あたりに足があった。
とにかく元気でよく動く。

ドンドン動けと言われているので散歩したいが腰が痛くて散歩する気になれない。
家事などは普通にやってるんだけど・・・。

2月13日(水) 
39W2D検診(最後の検診となる)

頭はだいぶん下がってきてる。それなのに足はバタバタと動かしていた。
内診するとナンとすでに2cm子宮口が開いていた。
すぐ陣痛が始まる人もいればこのまま1週間何もなかったりする人も居るそうだが
確実に分娩の準備には入っている状態だ。

◆推定体重 3201g
◆貧血検査 Hb11.6
(もう薬は飲まなくても良いそうだ)


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ちぇる