Amitie Diary

2005年08月29日(月) 新潟の人に会うとホッとします

同郷のお客様も時々いらっしゃいます。
高:「○○さんは、もともと八王子の方なんですか?」
お客様:「いえ、新潟で。」
高:「え、じゃあ一緒ですね〜。」
お客様:「新潟のどこです?」
「市内です。」「一緒」「高校は?」「明訓です。」「え〜、私も。」
(注:新潟はそんなにせまくはありません。)
ちょっと待って、あら、生まれた年も同じ、もしかして同級生?・・・
1年先輩の方でした。「じゃあ2年、あの場所に一緒にいたんですね。」
いろいろ聞きたくなってしまって、「部活はやってました?」と。
お客さま「音楽のフォーク同好会って知ってます?途中でぬけちゃったけど。」
高:「それ、私も途中でやめたけど、入学して最初に入りました。」
こんなこともあるものです。
こちらの毎日の生活と新潟モードの自分とは、普段は切り離された感じがあるので、突然こういうことがあると、ちょっと面食らい、不思議な感覚。
でもそれから、同じ風景がいっぱい思い出にあるんだなあ・・と思って、ホッとして、うれしい気持ちになりました。
どうぞ、これからもよろしくお願いします、Mさま。

(お客様のことは、基本は書かないことにしているのですが、前回の22日SPECIALTHANKSに引き続き、驚きのあまりまた書いてしまいました。)



2005年08月22日(月) イベント報告

新潟から帰って来て何日も過ぎてしまいました。
クラス会、集まったのは10人で少なかったけど楽しく過ごしました。先生がお酒の席はムリ・・ということでちょっと心配なのですが。
独身男性が3人いましたが、それぞれ1年くらいのうちには片がつきそうな模様でおめでたいことです。(他人事ながらなぜかみんなまわりもうれしくなってる。本人あまりにうれしそうなんで。)
この集まりの少なさにめげず、またお正月に集合をかけるそうな・・忙しいのに動いてくれる幹事さんはありがたい。そんなに会わなくても別にいいから、行方知れずにならないような、細ーいつながりだけでもずっと取っておければいいなと思います。

土曜日は、アートフェスティバルの出演の日でした。このイベント、住宅地の一角に残された森の中で行われてました。トトロの森みたいな場所が、日野市の甲州街道からすこし入ったところにあるのです。初めて行くとびっくりします。
集合時間にひとりそこに入っていった時には、うっそうとしていて、あやしい雰囲気で、設営されたステージもなーんか暗くて、ちょっとやだな〜って思ったんです。でも、ふと気づくと、外は34度の猛暑なのに、ここは爽やかで涼しい風が吹いている。全然暑くならないのです。目が慣れてくると、木洩れ日がとってもいい雰囲気に思えてきました。森の清々しさ、パワーを実感。
出番の方は、少々ミスもありましたが、心地よい環境の中で楽しく歌うことが出来ました。来年も絶対申し込もうと思います。
そして、とてもうれしかったのは、親しくさせていただいているお客様がお1人で聴きに来てくださったことです。ご近所ならまだしも、電車を乗り継ぐところから。どう見ても暑さに強いタイプの方ではないので、カンカン照りで申し訳ないなあと思っていたのですが、森に助けられました。焼きそばもご馳走になり、Yさん、ホントにありがとうございました!

終わってから仕事へ。お客様にはちょっとご予約時間をずらしていただいて申し訳なかったのですが、その分、その日のトリートメントには、いつもはない「森のエネルギー」がプラスされていたことと思います。(^_-)

*初めて画像を取り込んでみました。プロフィールの写真と本人のイメージが違うとよく言われるので、本人っぽい感じで。



2005年08月11日(木) 夏休みの楽しみと気がかり

明日から、新潟へ帰ってきます。
実は、今週あたまからちょっと新潟モードになっていました。試合前日にわかったのですが、母校が甲子園新潟代表(新潟明訓高校)になっていたからです。負けちゃったのですが、なかなかいい試合だったみたいなので、ホッ。それだけでもなんとなく’よかった〜’って気持ちです。
長嶋美奈の「熱闘甲子園」はしっかり見ました。
そして、明日の夜は中学校のクラス会。わざわざこんな混む時に帰ることにしたのは、このためです。
’オリンピックの年に開く’という話になっていましたが、なかなか計画通りには開催されなくて、13年前・5年前そして今回、となりました。
クラス会は、年はとっても今何してても、集まると昔の力関係がそのままだったりするところが面白いのです。(いまだに男の子が誰も頭があがらない○○ちゃんとか)今年は、何人集まるかな。先生がお元気でいらっしゃるかどうかが、年々気になってきていることなのですが。

新潟に帰っている間の気がかりは、チビマルのこと。おととしまでは、いやがるものをムリに車に乗っけて連れて行きましたが、もう出来ないです。
獣医さんの診たてによれば、慢性の腎不全がすすみ既にお亡くなりになっている(5月の時点で)はずの、彼女ですから。
この頃は、今までのお腹のマッサージに加え、毎日のヒーリングを欠かしていません。何か行動のきっかけには、まず自分のバスケットにちょこんと座って待っています。
オーラをなでられることと、体の中のエネルギーのバランスをとってもらうのが気持ちいいと理解したようなのです。
体調の芳しくない時は、手で触れたときにものすごい勢いでビリビリが続きます。びりびりを感じている時点で、不要なエネルギーを吸い取っているのだと思えてきました。そして、手の甲や反対の手から、放電するようにぬけていきます。それがおさまるまでじーっとしていて、しばらくすると、あくびしたり、すりすりしたり、毛づくろいしたり・・ごきげんネコの状態になるのです。これがネコのヒーリングです。3日間これが出来なくなるので、ちょっと心配なのです。
お腹マッサージ担当の留守番の家族に、ニャンコのエネルギーワークも頼んでいきますが。



2005年08月08日(月) 曲について

今日は、午後から雨が降り少し涼しかったですね。

野外ライブの弾きうたいの練習をちょこちょことしています。今回、私の歌を知っているのは、ライブバー西にいつも誘ってくれる、村田さん夫妻だけなので、増えないレパートリーはまたまたそのまま。
でも、それもちょっと面白くないので、2曲くらいは何か違うのをやってみようと思い、ウチにある譜面を引っ張り出してはみて、できるかできないか・・
選んでいます。
自分用のキーにして、自分用譜面を作成し、それから練習。洋楽だとレロレロ口が滑らかに慣れるまで、日本語の歌よりさらに練習が必要です。
でも、なんとか増やしたいです。

大学生になってから知った山下達郎が好きで、最近レパートリーに加わっているのは、「蒼茫(そうぼう)」。(茫の正しい字を持ってこれません。)
達郎にはめずらしい、どっぷりとしたメッセージソングで、イメージは仏教の「菩薩」から来ていると聞いたことがあるくらいです。
最初から最後までメッセージなんだけど、歌詞の中に、
「寂しさは琥珀となり、ひそやかに輝きだす」という一節があって、私はここが大好きなのです。
「琥珀」で、昔コマーシャルに「琥珀色のウイスキー」というのがありましたが、あの色がキレイでなんともおいしそうに見えたことを思い出し、そして次に、「常懐悲観心遂醒悟」というお経の言葉が浮かんできます。
(花祭り〜4月8日生まれなので、こういう事考える動機付けされて育てられております。)
悲しみを心に抱いていると、その悲しみが悟りに導いてくれる。といった
意味なんですが。
どんな人のところにも、ふっとどこかからやってくる寂しさや悲しみ、(避けずに)向き合いなさいと。説教くさいのに(私の解釈か)この曲、ライブでは観客大合唱だそうで、実は皆こういうの好きなんだな〜と思います。

さらにこの曲、コードもやさしくて単純なのに、結構雰囲気のある伴奏になるところもすばらしい。
ライブ盤をきくと、音は重厚、ヨーロレイホーの達郎お得意のフェイクにあふれ、熱い演奏になってますが、まあそれはそれ、私は静かに演ります。

夏っぽい曲、ないけどもういいや、好きにやっちゃおう。



2005年08月05日(金) センセーション(感覚)

経絡のことを知りたいと思い、東京療術学院には2年近く前に入学していたのですが、この学校の「卒業の期限がなく」、自分がよしと思うまで「授業のリピート受講可」という非常に親切な方針をよいことに、仕事の波で通うペースが崩れてしまってから、せっせせっせとがんばって毎月授業料を払うも、通わぬまま時がすぎてしまいました。
学科を終えないと実技にはいれないのですが、まだ学科の途中。
もう行かなきゃ、やらなきゃ・・って思うと、なおさら身動き取れなくなるので、しばらーくそのままにしてましたが、時間が空いた時には、行きはじめようと、むくむくっとその気になってきました。

久しぶりに、西新宿の学校へ行ってきました。
漢方の概論、あるみたいだけど?ようわからん、見えない「気」について、難しい漢字を使って説明されてもピンとこなかった当初からしたら、なんだか、これからとても面白くなりそうな予感。
先生に、自分が感じるセンセーションについて聞いてみたところ、「それはもちろん気ですから、経絡のことをしっかり勉強したらいいですよ。」とのこと。タイミングだったのかな・・と都合よく考えることにしました。

それから、定例の病院での活動の時のこと。
患者さんのトリートメントで何か感じるだろうか、と心ひそかに毎回思っていたのですが、トリートメントルームのような私の世界・・ではないので、緊張したり集中できずで無理だろうと思っていたんですね。
でも、今回ある患者さんと掌をあわせ、もう一方の手でトリートメントしていたところ、麻痺している手から徐々にかすかなセンセーションが来ました。
患者さんの反対側にいたセラピストさんは、経絡のアロマをなさっているので、もしかしてわかってくれるかなあ・・と思い、
「あの、私最近気を感じるんですが、こっちの手、ぴりぴりしています。」
って言ってみました。
そしたら、セラピストAさん、「そうお、じゃあ、こっちの手はどう?」っと
すかさず言ってくれたので、’へっ?’と思い’ホッ’としました。
反対の手は何も感じなかったので、「ああ、こっちはわかりません。」と
言ったところ、「手も足もかなりトリートメントしてるから、気の流れがよくなったかもしれないね。」とのことで、さすが経絡アロマ整体の方でした。
(その後、手・腕から数センチ離れたところをそっとたどってみたら、ピリピリした感触を感じます。セラピューティックタッチの症例では、確か、麻痺した感覚のないはずの手か足に、送る側ではなく受ける側がセンセーションを感じたというのがあったような。もっと実践したいな〜。)

センセーションが伝わってくる身体の部位で、14(他にも)あるうちのどの経絡が滞っているのか判断できる・・なんて事は、夢にも思ってなかったのですが、もしかして、ある程度可能なのかな・・なんて、学校の先生の言葉と病院での出来事でなんとなく思えてきました。
ああ、それはものすごく興味深い。と思う私には、不思議なオーラの世界からのアプローチより、東洋のアプローチの方があっているのかも。(笑)


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