まみいの日記
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2004年01月30日(金) 私の子守唄

いろいろと走り回ったり 話し合ったり 調べたり忙しくしているうちに 私の好きなテニスのオーストラリアンオープンが始まった。
wowowでは深夜の放送なので ボールの行き交うスコーンという音が 私を楽しい夢の世界へいざなう。
日本のエースの杉山愛ちゃんは 私が応援している小幡沙織嬢に負けてしまうという 波乱万丈の試合。
ネットすれすれのボールを打ち込む それを拾いまくる二人の素晴らしい試合を見たら もう今年は満足してしまったのか エナンもキムもヴィーナスもダベンポートも勝っても負けても あまりうれしくもなく ただただ睡魔のいいなり・・・。

はっと我に返ると TVは終わり試合結果は分からず 電気は付けっ放し暖房も勝手に止まっていて 一寝入りしたあとは変に目が覚めてしまったりで 何とも情けない話だ。


2004年01月28日(水) 介護保険

母&義母の介護申請などに駆け回っていると
最近は親の面倒も子供達だけでなく 役所や介護センターでいろいろなサービスを用意してくれて 相談に行くと親切に一から教えてくれる。
だんだん この手のエキスパートになりつつある(?)。
介護度がつかなくても 配食サービスやら 火災報知器の設置 安全確認の専用TEL etc
お年寄りが一人で安全に暮らしていくに 心配な部分をカバーできるように考えられている。

ちょっと前は 親の面倒は子供が見るのが当たり前であった。
老人ホームに行くというのは 面倒を見てくれる子供がいないということであり 子供がいながらホームを利用するのは 恥であった時期があった。
介護を担っていたお嫁さん 娘さんは 孤独の中で一人重労働を引き受けていたわけで 私はもし私がその環境にあったら・・と考えただけで気が遠くなる。

料金や体制作りでなにかと問題視されている介護保険だが 現実に介護が必要となってくる親がいると 大変にありがたく頼りになる制度だ。
二人の親がどんな介護を受けることになるか これからの話し合いで決まるわけだが できるだけ心安らぐ老後生活を送って欲しい。


2004年01月26日(月) とりあえず・・

母&義母の介護申請をしにそれぞれの役所に行ってきた。
自宅に役所から様子を見に来て 介護度が決まる。
私も立ち会わなければならず なかなかに忙しい〜〜


2004年01月17日(土) 病院の付き添いか ホテル泊まりの楽しみか?

19日は義母の病院で 退院後初めての検査がある。
この一ヶ月弱を どう過ごしたかによって 今後の治療の方針が決まるようだ。
あまり無理すると負担が大きく かといって何もせずいたのでは体が衰えてしまう。
適当に散歩にも連れ出して 足を動かせた積りではあるが 十分ではなかったかもしれない。
19日にその答えが出るかと思うと 緊張する。

義母のうちは入院から数えると もう一ヵ月半無人だ。
その掃除も兼ねて長女と義母をつれて 2時間かかる電車の道中だが その途中も体が痛くならないか トイレはもつのか 考えたらきりがない。

掃除を終えて 18日は病院の近くのホテルに3人で泊まる予定を立てた。
少しの贅沢をしてお互いの疲れをとろうという計画だ。といっても初めて泊まる公共のホテルなので 中身の保証はない。
ああ!! でも今から楽しみ!
 


2004年01月14日(水) 鏡開き

11日は 母の誕生日でもあり 鏡開きでもある。
私は小さい頃からこの日に母の作るお汁粉を楽しみにしていた。
母のはつぶあんのあっさりした甘味で 何杯でも食べられそうな気がしておかわりをするのだが 2杯も食べるとお腹一杯になってしまうのが悔しかった。
きっと バースデイケーキなんて自分の為に買うことのなかった母は 鏡開きだから・・を口実に 自分の為にお汁粉を用意していたと思う。
いそいそと朝から 「今日は鏡開きよ」と言っていた。一度も誕生日よ といったためしは無かった。
それでお正月の行事としては ちょっとマイナーなこの日を 私は忘れた事が無かった。
去年の母の誕生日は 父が入院していた事もあって 私が誘ってもうちに来ようとしなかった。
きっと一人で寂しいバースデイだったことだろう。

今うちで静養している義母も 私のつれあいも一月生まれなので きのう一緒にお祝いした。
ちょうど遊びにきていた次女のBFも一月生まれだというので おまけでお祝いした。
たいそうにぎやかなバースデイになって 母も義母もうれしそうだった。


2004年01月09日(金) こたの夢

きのうのお昼過ぎ。
外はピープー寒い北風が吹いていたが 部屋の中は程よく暖かく 私は机に向かって新聞をゆっくり読んでいた。
そばでは こたが気持ち良さそうに寝ている。

聞こえるのは 外を駆け巡っている風の音だけ〜

と・・・・

バタバタバタ〜〜となにやら音がする。
ふと見ると こたのしっぽが絨毯を叩いている音だった。
そのこたは?とみると なんとぐっすり寝ているではないか。
きっと 夢で楽しい事 うれしい事があったのに違いない。
犬も夢を見るんだ!


2004年01月08日(木) 転換期

午前中は今年初めの介護の仕事。
午後は役所。 それからすぐに 今うちでリハビリしている義母を連れて最寄のスーパーまで買い物に行った。
さすがに全部終えて帰ってきたら疲れてしまって 夕飯のしたくにはいるまでちょっと夕寝してしまう。

義母は去年の暮れに病院から直接こちらに退院してきた。
半月寝ていたため足の筋肉が衰えてしまい 今年に入ってから近所をそろりそろりと歩く稽古をしている。
日に日にしっかりしてきたのが本人もうれしいようだった。
入院していた病院へ検査に行かなくてはならない日が近づいてきて 社会復帰の為 今日はスーパーまで足を伸ばしてみた。
行きかえりは 無論車である。
本人の身の回りの品と私の本選び そしてこたの洋服を買おうという予定であったが こたの洋服は思うようなものが無く 近くのペットショップまで行って 寒いこの時期にちょうどいいちょっと厚めの洋服を購入する事が出来た。
全部で一時間もかからなかったお出かけだったが 義母は随分と疲れたようで 帰ってから一人で暮らせるかしら?と いつに無く弱気だ。
今住んでいるところは ここからは電車で2時間くらいかかる。
長く住んでいるため知り合いも多く できるならもう一度帰って 今までと同じように暮らしたいと思っている反面 孫と暮らすこの日々も楽しいらしく 体と相談しながらではあるがどちらが良いのか 本人も悩んでいる様子だ。
しかし 今後のことを考えると 私がすぐに飛んでいくには時間がかかりすぎるところで 一人で暮らしていくにはちょっと心配な部分が出てきた。

そろそろこちらに同居した方が良い時期が来たのかもしれない。


2004年01月07日(水) 仕事始め

今年は5日から仕事が始まった。
三が日をのんびり過ごした私は 冷や汗ものの
仕事始めとなった。
まず朝起きられない。
出かける前に済ませるはずの 掃除洗濯がはかどらない。
頭も体もぱっぱと働かない。
おまけに 4日から寒くなってきて 外に出るのが億劫だ・・・・・・・・。
とかなんとか TVの前に陣取ってるこたろうを横目で見ながら ためいきつきつきダウンコートをはおる。
「こた おまえはいいねぇ 好きなときに寝て食べていられて〜」
こたは 温風に耳の毛をたなびかせながら こちらをちらりと見たかと思うと もう寝そべって眠りに入る体勢だ。
うう うらやましい!!


2004年01月04日(日) 新しい年に思うこと

新しく年が明けてもう3日もたった今日 何を今更・・とも思うところだけれど 毎日お天気がよく 日差しがぽかぽか暖かい居間で これまでのことこれからのことを考えていると 穏やかな平和な日々は本当に貴重だと痛感する。

仕事の事 子供の事 親の事 家庭の事
悩みは尽きないけれど 自分の力でどうにかなることはまだいい。
私の力の及ばないところでの出来事は 自分の非力を痛感しただ悲しみにくれるだけだ。
時間が友達となる。
だけれど 皆こんな思いをしながら もっとつらいその悲しみとも折り合って生きている事に 今更ながら気づいた。

少し前の私はまだまだ未熟だった。
勿論今だって 未熟だ。
でもちょっと前の私よりはいろんなことを考えたし 考えていかなくてはならないと決心した。
今までなおざりにしてきた 後回しにしてきたいろいろな事にきちんと向かい合って考えを巡らせたあとに 本当の平穏な日々がやってくるのだろう。


まみい