りえるの日記

2007年06月29日(金) ソク−ロフ

ロストロポーヴィチ 人生の祭典」を見てきた。
「エルミタージュ幻想」節のソクーロフ監督だった。
人生の終焉と栄華が朽ちゆく様をナレーションと映像と
ともに静かに語っていく。
最後の彼の妻でありオペラの女王、ヴィシネフスカヤの
表情がいい。
エルミタージュ幻想での雪の上を走っていく、
エカテリーナ女帝の後姿を思い出す。
彼女は「死は怖くない」と言い切る。
なぜなら、死の後に永遠の生があるからと、

人生の華々しい終焉を全て悟りきったような顔。

電車の中では、ロラン・バルト「恋愛のディスクール」
読んでいると、心の筋肉がほぐれていき、頭が明白になってくる。
数々の引用の素晴らしさ。何度も何度も読んで堪能したい。
自分の体が言葉で形成されていくようだ。
 



2007年06月28日(木) 室生犀星

ロラン・バルトが届く前に、室生犀星を読みたくなり、
「或る少女の死まで」他2編 岩波文庫を買った。
その中の「性に眼覚める頃」の中での、
寺に住む青年がお賽銭を盗む艶かしい女を見た後、 
性欲的な興奮と発作がおこる場面など、心理描写が面白い
美しい女を叱り、贖罪の涙をみたらどんなに心地いいだろう
そして、彼女が悔い改め、自分を慕ってくれたらと想像する。
屈折した愛。そういう気持ちもある。

室生犀星の詩集も読みたくなった。



2007年06月25日(月) 新たに

DELF口答試験は不出来で少し落ち込む。

その帰り、本屋によって、ロラン・バルトの本を見た。
久しぶりの快感。
砂漠の中でオアシスをみつけて、ごくごくと水を飲み、
体の乾きを癒しているようだった。

とりあえず、「恋愛のディスクール」「彼自身によるロランバルト」
「ミシュレ」を買うことにした。
そして、モンテーニュ「エセー」も読みたくなった。

今年は哲学の年になりそう。



2007年06月24日(日) 今年

ロジェ・グルニエ「シネ・ロマン」を読み始める
グレーの色合いの、人間の機微を書いた作品で
好きだけど、
時々、尖がった作品も読みたくなる。

今年は、ロラン・バルト、フロイトとあたりを読んでみよう.



2007年06月23日(土) イスマエル

明日はDELF B1 の口頭試験。
憂鬱。多分、駄目だろう。
B1の壁は大きかった。もう少し修行して再度チャレンジしよう。

「キングス&クイーン」を見る。
ノラが最後にイスマエルがベットの中で
いつも暗誦していた詩を語るシーン。
イスマエルはいい加減な男だけど、
言葉の魂を持った男性で素敵。

 水はのどの渇きが
 陸は越えてきた海が
 恍惚は苦痛が
 平和は戦いの物語が教えてくれる
 愛とはその記念碑
 もはや乾きはない
 2本の足で大地に立ち
 今 私は安らぎの中に



2007年06月21日(木) 吉田秀和

朝日新聞 音楽展望 吉田秀和の記事を読む
美しい文章と、鋭い批評。
思わず書き留めてしまう。

演奏には重い演奏と軽い演奏がある。
重いとは、
先人たちが弾いた後を克明に調べ、再評価、
取捨選択しながら自分の解釈を作っていって
自分の奏法で古典を弾く。
そこからショパンやベートーヴェンが聞こえてくる。
だが、そこにはある種の疲労感、深みはあるが
苦い単調さとでもいった何かが聞こえる。

軽いとは、
例えば、ランランの弾くベートーヴェンの第4協奏曲
普通なら堂々たる威容をみせるベートーヴェンの
名曲が彼の敏感でよく走る指の下では、軽くたおやかに
流れゆく春の嵐みたいな優美な音楽と化してしまう。
この弾き方はギーゼングで味わった以来の経験である。
ランランがギーゼングを知ってのうえで
ベートーヴェンを弾いたとは想像しにくい。
ランランは感性で発見したベートーヴェンであった。

大きく違うバックグランドからでて、近代西洋音楽の中枢に
ある曲の解釈で期せずして相会した。
ギーゼングのしたことに理があり。ランランで蘇ったので
ある。
理のあるものは新しく美しい。




2007年06月18日(月) 小さき者へ

今日から有島武郎「小さき者へ」
10分程ですぐ読める。
子供に母を失うという不幸を背負って前途は暗いが
恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。
と励ます有島の最後は、愛人と心中だ。

有島の情死を調べてみると、
興味深い記述があった。
愛に苦しむ裏側にはナルシズム。
いかにもインテリらしい。

「惜しみなく愛は奪うといってみたところで、
実際には少しも奪いはしない」と
語り、
実質的にこれまでの楽観的な人生観を放棄している。
自己を囲繞する人間たちの絶対他者性に突き当たり、
自他融合の自信が揺らぎ出すと、彼は深刻なスランプに陥り、
作品が書けなくなった。
彼の創作意欲は、自分を全肯定しているときにのみ、
活発に活動するのである。

だが、波多野秋子に強いられて情死を決意した瞬間に、
自他融合の感覚がよみがえり、
つまりナルシシズムの感覚がよみがえり、
彼は寂光土にあるような安心を感じたのだった。
彼の胸からは「小さき者へ」に記したような
子供達への哀憐の情はすっぽり抜け失せ、
「死を享楽する」気持ちが優位を占めた」



2007年06月08日(金) 有島武郎

ピアノレッスンでバッハインベンション5番を弾いた。
練習している時は、つまらない曲だと思っていたのに
先生の一言で曲に息を吹きかけたように活力がでてきた。
risoluto (決然と)を意識して、2声を歌っていく。
すごく、面白い曲になった。

夜、平田オリザ脚本の「別れの唄」を見る。
フランスで上演。フランス語での上演。
平田オリザを始めて見たのは、何かのインタビューだった。
なんて面白い人なんだろうと思った。
この演劇も上演されるのが地方なので20代から50代まで
全ての年齢層にうけるように大衆性を持たせたらしい。
笑いと涙と愛情と。
粋がって、大衆文学を馬鹿にする傾向がある私は打ちのめされた。
全ての人に感動してもらう。
なんと、素晴らしい作業だろう。
有島武郎の「小さき者へ」が引用されていた。

母親を失くした子供に

「お前たちは去年、一人の、たつた一人のママを永久に失つてしまつた。
 お前たちは生まれると間もなく、
 生命に一番大事な養分を奪はれてしまつたのだ。
 お前たちの人生は既に暗いのだ」

「お前たちは不幸だ。
 恢復の途(みち)なく不幸だ。
 不幸なものたちよ」。

不幸だ、不幸だと何度も言われる。
しかし、最後は励ましている。

 「小さき者よ。
  不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を 
  胸にしめて人の世の旅に登れ。前途は遠い。そして暗い。 
  然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。
    行け。勇んで。小さき者よ。」

奥が深い。有島武郎。読んでみよう。



2007年06月06日(水) アルノー・デプレシャン

「キングス&クイーン」のアルノー・デプレシャンの
インタビューを聞く。

 脚本を書いている時、ヨーロッパの映画の映画は
 ぬるい(tiede)と感じた。
 僕は、ぬるさと熱さ両極端の者を一緒に撮りたかった。

エマニュエル・ドゥヴォスの演技は、ヒッチコックの
 「汚名」に出てくるバーグマンを彷彿させる。
 気高く、強い女。慎み深さを持ち合わせた。

そうだ。エマニュエル・ドゥヴォスは「リードマイリップス」に
登場した時と比べると、神々しさがでてきた。
不安定な美しさが魅力。

ヒッチコックに出てくる女優は綺麗だ。
「汚名」500円で買える.
なんとも安価で贅沢な時間の過ごし方。



2007年06月02日(土) naissance

ロジェ・グルニエの「別離のとき」
 
caressa a travers les bas la naissance des cuisses
ももの付根の奥を愛撫する

という文章があって、
naissance は誕生という意味。
ここでは別の意味で付根と訳す。
ひとりで感心して、妙に盛り上がった。
少しオブラードに包まれて、想像力をかきたてる表現だ。
神聖な感じがする。



2007年06月01日(金) 別離のとき

バルザック「谷間の百合」を読んでいたが
文章が難しく途中で断念。
今後の楽しみにするつもり。

ロジェ・グルニエ「Le temps des separation」読了。
見知らぬサビーヌと心が通じあい、秘密を打ち明ける
シーンは好きだ。
戦争と電車のコンパートメント、男女の機微
一気にその当時の情景に引き込まれていく。
辛い人生の痛みを感じながらの束の間の幸福。
文章を読むうち、瞬間、瞬間、美しい心の重なり合いが
浮かびあがる

「あなたいつも悲しそうだ」
でも、僕は分かるよ。僕達は別れの中で生きているだ。
多くの恋人達がそうであるようにね。

 でも、戦争前から、夫は私から離れてたわ。
戦争の始まりの頃から、もう彼は私を愛してないわ。

 旅はしばしば、秘密話を打ち明けたくなる。
見知らぬ人に、自分の心に重くのしかかる悩みを話したくなる。
彼は、言葉がでなかった。彼女の手をとり、
抱き合った。
 「泣かないで」


 Vous avez toujours l’air triste, dit-il. Je comprends.
Nous vivions le temps des separations.
Tant de couples....
-je crois que meme avant, mon maris s'etait detache
de moi. Des le debut de la guerre, j'avais l'impression
qu'il ne m'aimait plus
Les voyages provoquent souvent ainsi des confidences,
et meme des confessions. Soudain parler a un inconnu
permet de se soulanger de ce qui vous ecrase le couer
C'est ce que pensait le jeune homme, sans savoir quoi
repondre. Ne trouvant pas de mots, il prit les mains de
sa compagne et les serra dans les siennes.
puis sa propre voix s'etrangla pour dire.
Surtout, ne pleurez pas.


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