りえるの日記

2007年07月31日(火) 反芻

ニーチェ「ツァラトゥストラはこう言った」読了
下巻になると、内容が頭に入りにくく、
反芻しながら読む必要性がある。
「善悪の彼岸」は、かなり難解そうなので、
「この人を見よ」とツァラトゥストラを読んでからになりそう。



2007年07月27日(金) バタイユ

バタイユ。

最近の私の楽しみ。
カフェで原作を読む。
周りの人には
仏語だと内容の過激さは分らない。
バタイユの作品は私にとってリトマス紙。
ただのポルノ小説の意味あいしか感じないという人は、
感性の一致はないと思っている。
あの中に、哀切と孤独の深淵を感じるかどうか。

解説に、「マダムエドワルダ」と「目玉」だと
仏語でも文体が異なると書いてあった。
私の好みとしては、マダムエドワルダなので、
これもいずれ読みたい。



2007年07月25日(水) 澁澤

最近、時々澁澤を読む。
あらゆる本を読んで、知識を得た後、澁澤を読むと
彼の博識と審美感の素晴らしさがよく分かる。

「エロスの解剖」より

サルトル「存在と無」
「愛撫とは、単に撫でたり、さすったりすることではない。
愛撫は加工である。相手を愛撫するとき、わたしは、
わたしの指の下に、わたしの愛撫によって、相手の肉体を生まれさせる。
愛撫とは、相手を受肉させる儀式の総体である」と。

手と愛により作り上げられる肉体。
ジムで肉体を鍛えた筋肉美より
見えないヴェールで包まれた甘美な肉体の方が
エロティックだと思う。
それを見分ける眼をもつことも必要。



2007年07月23日(月) 響く

ニーチェ

「蝶やシャボン玉、ないしはこれに似た人間たちこそ、
幸福をもっともよく知るものようだ。
踊ることのできる神だけ信じる。

私は歩くことを覚えた。それからは私はひとりで歩く
私は飛ぶことを覚えた。」

孤独を愛し、善に嘔吐をもよおし、
悪を喜ぶ。
これこそ、常日頃、私の心の底にあるもの。

語りたい事がありすぎてまとまらない。



2007年07月22日(日) ニーチェ

ニーチェ「この人を見よ」読了
親友を得たような充足感。
狂気ともいえる熱情が私の心にせまりくる。
大好きな哲学者になりそう。
今日、美容院で「ツァラトゥストラ」上巻読了。
これも素晴らしかった。
ボードレールに通じる詩的表現。
下巻を読み終えるのが楽しみ

少しずつ、好きな表現を書き出していこう。

「あなたがたの善人が持つ多くのものが、私に嘔吐を
もよおさせる。かれらの悪が嘔吐をもようさせるのではない。
むしろわたしは願う。これらの人々に錯乱の狂気が
あったならば、と。

わたしは奔流のほとりの欄干だ。
私をつかむことができるものは、わたしをつかむがいい
だが、わたしはあなたがたの松葉杖ではない。」

ツァラトゥストラの姿をかり、ニーチェが語っているのだと思う。
善に嘔吐をもよおし、悪、そして孤独を愛する。

ニーチェ。
あなたの言葉が、心に響く。






2007年07月19日(木) 休養法

「この人を見よ」より

各自に適した休養法

読書は、すべて私の休養のなかにはいる。
つまり、自分自身を解放すること、縁のない知識や魂の中へ
私を散歩させることだ

読書は、私を、私の本気から休養させてくれるのだ

ニーチェは言う。
本を読むことに専念し続けると、考える力がなくなると
痛い言葉だ

「天分あり、豊かで自由な素質をもつ人々が、30代でもう
「読書で擦り切れ」火花ーつまり「思想」を
発するためにはひとに擦ってもらわなければならないマッチに
なりさがっている。
1日の始める早朝、清新の気がみなぎって、自分の力も曙光と共に
輝いているのに、本を読むこと。
 それを私は悪徳を呼ぶ!



 



2007年07月10日(火) 饗宴

「饗宴」プラトン「この人を見よ」ニーチェ
「パンセ」パスカルを購入。

「饗宴」1日で読了。美しい物語だった。
エロス(愛)讃美の演説を試みる。
 
 アリストファネスは言う。
 孤立せる人間は人間の本質に照らして不完全なもので
 あるということ、したがって性質の近似せる人間は互いに
 短所を補うために相結合せんとする切願を抱いている。

 人間の原型が両断され、失われた半身をあこがれ、
 捜し求め、一緒になろうとする。

 最後にソクラテスは語る

 醜い肉体よりも美しいものを喜び、さらに気高く優れた
 魂に巡りあうと、互いに歓迎しあう。
 そして、得、何を業とするか弁舌をあびせ、教育しようとする。
 美しきものに接すると、久しく身に宿していたものを生産し
 創造する。

 美とは肉体だけではなく、心霊上の美(卓越)、
 学問上の美、美しきイデヤから永劫不易に純精神的なる、
 唯一絶対の神々しき美のイデヤ。
 美の原型ないし、絶対美に対する愛を体験する。

 失われた半身を見つけ、
 美を感じ、生きてきた蓄積を、教えあい、
 そして、生産し、創造しているのだと思った。



2007年07月09日(月) 増殖

なんでこう読みたい本が増えるのか。
読書好きの友達が、
最近プラトンの「饗宴」を読んでいると聞いて、
無性に読みたくなった。
ソクラテス達が、エロス神を讃える演説大会を行う。
その中で、アリスト演説はは、「男女一体論」として有名で、
「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」の
元ネタにもなっているらしい。
読みたくなる。



2007年07月08日(日)

バタイユ「眼球譚」を仏語で読み始めた。
日本語で読んだ時は、腿の付根の奥がぞくぞくする感じはなかったのに
なぜか、仏語で執拗に読むと、官能と哀切感、喪失感を同時に感じた。

夜は、バルト「恋愛のディスクール」を読む。
「若きウェルテルの悩み」を再読したくなる。

お昼はバルト「ミシュレ」
まだ、読み始め。
「生きている石の巨匠(たくみ)」
 (ゴシック建築の石について)
 
これらの石にそうっとさわってみよう。
これらの石の舗石の上を静かに歩いてみよう。 
ある偉大な神秘がここを通りすぎていったのだ。
今、ここで私が目に見えるものは、
もうわずか死だけであり、私は泣きたい気持ちになってくる。
 
石は、芸術家の、燃えるように熱い厳しい手の下で生気を帯び、
霊化されるのだ。芸術家は石の生命を噴き出させるのだ
芸術家は中世において、まさに適切にも「生きている石の巨匠」
と呼ばれたのである。

石。
今度、フランスに行ったら、石に触れてみよう。
神秘を感じる事ができるだろうか。



2007年07月05日(木) 輝ける女たち

「輝ける女たち」を見る。
フランス映画らしい映画。好きだな。
クロード・ルルーシュの映画以来、ムーランルージュの様な
ショーを見るのは好きだ。
華やかさと頽廃と男女の恋愛と。
ああいう大人の遊び場はないよね。
カトリーヌドヌーブは相変わらずの貫禄。
黒のエナメルのコートは「昼顔」の時も着ていたよなと思ったり。
ガブリエルの死をきっかけに、心の秘密が暴露され、
さらに絆が強まる。
「ボルベール」でもそうだが、皆、人にいえない秘密を
持って暮らしているんだと思う。



2007年07月04日(水) フロイト

バルト「彼自身のロラン・バルト」を読む。
もう少しで読み終わりそう。
バルトを読んでいると、フロイトを読みたくなってきた。
「芸術論」と「書簡集」
フロイトが恋人マルタに捧げる語る手紙が真摯で
文学的教養、そして情熱もある。
あんな手紙もらいたい。



2007年07月03日(火) ボルベール

ボルベール(帰郷)を見に行く。
アルモドバル監督。
ペネロペ・クロスの妖艶な美しさ。
深い赤色と花。
女性が不幸に出会っても強く、
男は欲望に溺れ、弱い存在。
私が好きな監督は、いつも潔い女性を描くのが上手い所が
共通していると思った。

待ち時間にロラン・バルト「恋愛のディスクール」
恋愛についての言葉、行動を様々な引用や
日常の会話で分析している。
フロイト、「若きウェルテルの悩み」、プルースト等
聞き慣れ親しんだ書物や作家の文章の抜粋。

「底なしの淵にしずむとは、しばし催眠術にかかっているようなもの
 かけられた暗示が働き、おのが身を殺すことなく
 消滅せよと命じるのだ。だからこそ、この底知れぬ深淵に 
 あの甘美さがあるのだろう」

底なし淵に沈むという言葉に
惹き付けられるのは、心地よき死に恋する甘美が
あるからだ。

言葉を理解することは、芸術活動に必須。
言葉の裏の想像力の手助けになると思う


 


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