初日 最新 目次 MAIL HOME


ムシトリ日記
加藤夏来
→ご意見・ご指摘等は

2006年08月13日(日)
お盆入りました

コミケでお会いできた皆様、お相手ありがとうございました。スペースにお邪魔させてくださった『千の恋歌』の山根末椰さん、大変お世話になりました。って、告知どころか誰にも何も言わずに出かけていったもので、何やら夏バテ気味の夏祭りになったようです……。ちょっと活を入れねばなりません。

今回コミックマーケットに初めてサークル参加したのですが、会場のこっち側はこんなことになってたのか、と大したことでもない発見にも感動しきりでした。(シャッターを閉じてから一時間とか、一つ一つの席にスタッフが回ってきて見本誌提出とか)ちょうど今回で七十回、ボランティアの皆さんが営々と積み重ねてきた努力の結果が、参加者五十万人の国内屈指の大イベントになったんですね。これは調べてみてびっくりしました。まさか米軍の三分の一よりも人数が多いとは思わなかったもので。

未だに大していいイメージで語られないヲタク業界ですが、その根本はいわゆる「趣味人」の集団です。儲けやプロ的な創作につながることこそ少ないですが、創作や教養をもって人生を豊かにするという意味で見れば、文化的な意義はむしろ高いのかもしれないと思います。
(何せ貧乏性なもので、大して費用もかけず悠々と知識の世界を楽しんでいられる趣味人のスタンスは、お得で好きです(笑))

熱かった週末も終わりまして、親戚付き合いや親孝行のシーズンになりました。皆さんのんびりお盆を過ごされてください。






拍手レス

ろーれるさん>
インターナショナル拍手(何だそりゃ)ありがとうございました! お返事すっかり遅くなりまして、申し訳ありません。
オリジナルへコメントいただけまして、物凄く嬉しかったです……。多分同じ子供向けの抄本を見たんじゃないかと思われます。天野喜孝氏のイラストじゃなかったですか?(笑) まさにあの『叫ぶ生首』を描くためにひもといた短編です。宗教(?)的なテーマは、原典を見て初めて知ったことだったので、昔感じた印象に何かを付け加えるために導入しました。『薔薇の名前』は読んだことがありません。アカデミックっぽい雰囲気にビビっていたのですが、今度は怖れず挑戦してみようと思います。
それでは、留学を満喫されてくださいね。日本を脱出されてからのろーれるさんは、明らかに生き生きしていて眩しいくらいです!



2006年08月01日(火)
山陰妖怪観

週末の夜実家から、外国のお客に山陰地方のガイドをすることになったといって電話がありました。あまり名所旧跡の類が多くない土地ですので、外国人相手であるにも関わらずコースには「水木しげる記念館」とかが入っており、漫画なんてよう分からん母はオタク娘に相談を持ちかけることにしたようです。


母「で、水木しげるってどんなもんだか教えて欲しいんだけど」
私「どうもこうも、水木は妖怪漫画家ですよ。もう徹頭徹尾、妖怪だの怪奇現象だのを描いて描いて描きまくった作家」
母「そんなもんは知ってるよ」



ところが、それだけとも違うわけです。妖怪というのはもともと民間伝承のものですから、例えば青森の妖怪と和歌山の妖怪は全然別のもので、本来交じり合うことはありません。水木氏はそれらの妖怪に取材し、絵柄と語り口調から成る独特の「水木しげる世界の妖怪」として、それを人口に膾炙させました。当たり前のようにその漫画の世界で育った世代には、キャラクターとしての水木しげる妖怪こそが妖怪で、口伝えされてきたもとの土地の妖怪とは縁の無い人々も多数存在します。

近頃つとに有名になった鳥取県境港市の水木しげるロードには、妖怪のブロンズ像が多数展示されております。これも水木しげるキャラクターの妖怪であって、本来の妖怪とは微妙に似て非なるものとしか言いようがありません。民話は現に人によって語られることが命ですから、おおげさな言い方をすれば日本の妖怪は水木しげるを通して新たな命を得たとも言えるのです。


母「なるほどね、そういうフォークロアに取材したキャラクターを描く漫画家であったと」
私「言っとくけど、この影響ってのはそう馬鹿にしたもんでもないんだよ。水木しげるはそれこそ子供のデフォルト教養になるくらい人口に膾炙したから、それに影響を受けた人物が既に社会に出て、色々な活動を行ってる。例えば有名な話だけど、京極堂シリーズで有名な作家の京極夏彦氏は信者といってもいいくらいの水木しげるファンだ。この周辺のファン層は主にサブカルチャーの世界で、民俗学を活動基盤とする一群の表現を形作ってる」



まさか漫画世界の興味だけでそこまで行ったとは申しませんが、彼らの意識の背景に子供の頃読んだ水木しげるの世界が、音もなく泡立っていたことは間違いないと思われます。また、それを生み出した水木しげる自身が、「のんのんばあ」や境港の、妖怪が実際に息づいている土地ではぐくまれ、その生涯をかけて独自の世界を築くに至った事実は、色々な意味で興味深いところでしょう。

関係あるのか無いのか分かりませんが、山陰(?)の作家にはもう一人、妖怪や民話の世界に傾倒した人物がおります。ラフカディオ・ハーン、「怪談」で有名な小泉八雲は島根県松江――境港の隣町に当たります――の士族の娘、小泉節と結婚して日本に帰化しました。このとき島根の旧国名「出雲」にかかる枕詞の「八雲立つ」から、自分の日本名を八雲とつけたそうです。(という事実をその場で検索して確かめました)


母「出雲ね」
私「そうね。出雲大社の国だわね。日本の神様と妖怪なんてお隣さんみたいなものなんだから、山陰の土地柄にもともとそういう色彩はあったかもしれないね。でも神をGodと訳さない方がいいよ。ワケ分かんなくなるから」



八百万の神々がトイレや貧乏にまでとっついている日本のアニミズムの世界は、西洋社会にはことさらに紹介しづらい部分だと思います。これも又聞きですがdeityという単語が、わりと近いらしいと聞きました。ただ、それだけで説明しきれるもんでもないでしょうから、超短い時間の観光案内でどこまでやれるか、素人ガイド母に期待です。

ついでのように思い出したことがありました。
有名な話ですが、水木氏は戦中派で、元日本軍の兵士です。ラバウルで左腕を失うという、生死の境をさ迷う経験をした後で、氏の作家生活は始まりました。


私「これは個人的な感想だけど、そういう境界線みたいなとこに行ったことで、動機が形作られた面もあると思う」
母「そりゃちょっとセンチメンタルだね(笑)」
私「まーね(笑)」



このあたりで満足したのか、母はthank you for your helpとか言って電話を置きました。これ全部話せたら偉いですが、もともと一見さんの観光案内です。それなりに楽しめたら大成功なんではないでしょうか。

電話を切ってから考えたことです。アニミズム(animism)でひとくくりにされる日本の八百万の神の概念は、体系的な哲学になることなく、小さな独立したものが大集合することで成立しています。それはたいへんとらえどころのないものですが、逆にそのために対応が柔軟で、長く生き残りやすいという特徴があるようです。生き残ったものはすっかり姿が変わっていたりするのですが、それもまたこの概念の重大な特性のひとつなのではないでしょうか。

砂粒のようなものが集まって巨大な何かを形成するという光景を、私はもう二つ知っています。もうすぐ夏コミですね。皆さん原稿の進み具合はいかがですか(笑) 地方からお越しの方は、帰りがけにでも秋葉原へ寄ってみてください。あの町は何かになろうとしています。何になっても、さっぱり正体はつかめないと思いますが。

これも偶然だと思いますが、同じく万物有精観(animatism)を語源とするアニメ(animation)は、日本において地球上のどこにもない独自の文化として発展しているようです。案外、高天原を祖とする日本の精神的世界の正統なる継承者は、秋葉原あたりだったりするのかもしれません。