ひとりごと
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この夏、お茶の先生がお元気に 92歳のお誕生日を迎えられた。 2ヶ月遅れのお誕生会を開いてお祝いをした。
彩の美しいお料理と、少しのおいしいお酒。 窓からの眺めも和やかなおしゃべりもご馳走だった。 先生の笑顔が嬉しかった。 どうぞこれからもお元気で。
金木犀が今日、香り始めた。
| 親子クレイジーソルト |
2005年09月26日(月) |
クレイジーソルトが子どもをしょってスーパーの棚に並んでいた。
まぁ、なんてかわいい! とっても小さいけれど、完全な縮小版。 説明も成分も、ケシツブのような字で親と同じに書いてあった。 もちろん中身もちゃんと入っていた。 そして携帯ストラップになるように紐までついていた。
…携帯電話にクレイジーソルトをつける? マイクレイジーソルトを持ち歩く? う〜ん、ちょっとおもしろいね。 こぼさないようにしなくちゃね。
本当につけている人、いるかしら?
妹から、何通めかの「スズムシメール」が届いた。 「ついに最後のスズムシさんも死んでしまいました。」と書いてあった。 8月のお祭りの夜、姪がほしがったので、オスメス2匹ずつ分けてやったあのスズムシだった。
妹は小さいころから虫が苦手だった。 まるで理科室のようにいろいろな虫をたくさん飼っている私の部屋に入るのを恐がっていた。 触るのはもちろん、見るのだって絶対にイヤ!と言う子だった。 姉妹でこうまで違うものか、と感心してしまうほどだった。 まさかこの妹が虫を飼うようになるだなんて。 子どもの力は偉大である。
8月のあの日に飼い方を説明してスズムシを持たせてやってから、 時々メールや電話で質問があった。 実家の母からも「ひーひー悲鳴あげながらも餌を換えていたわよ。」と報告があった。 本当に恐いのにがんばっているようだった。 その後、叔父の家でのバーベキューパーティーで会った時には 輪切りにされて焼くのを待っている野菜を見て、 「スズムシの餌を思い出すよね。」と言うほどになっていた。 「うるさいくらいにリンリン鳴いているよ。」と嬉しそうに困ったように言っていた。
「大変です!」とタイトルがついたメールが来たのは9月5日のこと。 ついにオスの1匹が食べられてしまったらしい。 とうとうこの日が来たか…。 「女性軍恐るべし。かわいそうなことしました。(T_T)」 と顔文字がついていた。 自然のこととは言え、妹も姪たちもショックだったことだろう。 残されたもう1匹のオスの命も時間の問題だと思っていた。
次のメールはその10日後。 今度死んでしまったのはメスのほうらしかった。 「たまごらしきものがたくさん土にささってるけど、 これっていつごろ孵るんですか?」 ささっているって…妹らしい表現だ。 「このまま冬を越すの?親が死んじゃっても?」 そう、スズムシの世界では、親が子どもの顔を見ることはないのよ。 そして、次の文を読んで笑ってしまった。 「一度に孵られたら・・・想像すると鳥肌ものです。」 がんばっているけれど、やっぱり恐いのだろうな。 申し訳ないけれど、孵るときは小さいのが一度に出てくるかもよ、と予言しておいた。
2日前の9月20日、またメールが来た。 「とうとうスズムシ君が力尽き、 あとは、スズムシさん1匹だけになってしまいました。 声が聞こえなくてさびしくなりました。 秋本番なのに・・・」 最後のオスは今まで生きていたんだ! たくさんいたうちのスズムシは、もうとっくにメスだけになっていたのに。 「長いことがんばってくれたのね。 たった1匹になってさびしいでしょうけれど(スズムシさんも人間も)どうぞお元気で。」 とメールに書いた。
そして今日、最後のメスも死んでしまったと言うメールが来たのだった。 妹と姪の「スズムシの日々」は一段落した。 妹はがんばってスズムシの世話をしていた。 見るのもイヤだったのに、きちんと餌を換え、観察し、報告してくれた。 本当のことを言うと、面倒を見られるかどうか心配だったのだ。 でも妹はよくがんばって、最後まで見届けた。 「この1ヶ月、お疲れさまでした。 スズムシさんもそうだけれど、○子さんもがんばったね。えらかったね。」 と返信した。
そのメールを送ったしばらくあと、妹から電話がかかってきた。 スズムシのことをふたりで話した。 「外では虫がよく鳴いているのにスズムシは早いのよね。 秋の虫、って言うけれど、スズムシは夏の虫なのよね。」 「残された死体がメスだけって切ないよね。」 「オスはあとかたもなくなっちゃうものね。」 「2匹のメスはティッシュに包んで子どもたちと埋めたよ。」 「うちのメスたちはまだいるけれど、もうそろそろなのかな。」 「もう寝られない〜って言うくらいよく鳴いていてうるさいと思ったけれど 声が聞こえなくなっちゃうとやっぱり寂しいね。」 「ほんと。でも大丈夫。うまくしたら、来年は子どもたちが鳴いてくれるから。」 「きゃ〜、どうしよう!鳥肌もの!」 妹はまた笑わせてくれた。 でも実際は、卵を孵化させることはむずかしいことだった。 越冬中の土の湿度や温度の調節がなかなかうまくいかないのだ。 「あまり乾燥させないように、時々見て霧を吹いてやってね。」 とアドバイスした。
妹を強くしてくれた4匹のスズムシたちの子どもが、来春元気に土の中から出てきますように。 そうしたらまた「スズムシの日々」が始まる。 鳥肌、たてられるといいね!
ここ2、3週間ほど、この街のごみ置き場のごみが増えている。 燃えないごみの日など、一体何軒のお引越しがあったの?と思うほどに 電化製品、おもちゃ、雑貨類で、ごみ置き場があふれている。 いえ、もしかしたら、うちの近所だけでなく、 このM市全体がそうなのかもしれない。 M市では、この10月からごみ収集が有料化されるのだ。
今まで自由な半透明の袋に入れて出していたごみを、これからは 市指定の収集袋を買って、それに入れて出さなければならなくなった。 収集日も減るらしい。 それを知ったとき、これはいい機会だと思った。 家の中をさっぱりと整理して、9月中に出せるごみは出してしまおう! お掃除月間だ。
どうやらほかの人たちも同じことを考えていたらしい。 9月になると収集日ごとに、ごみ置き場のごみの量は増えていった。 それを見るたびに、私は焦った。 うちの片づけは全然進んでいない。 やっと今週から本腰を入れて、納戸や押入れの整理を始めたところだ。
今までグズグズととっておいた使わないものを、きっぱりと思い切りよく袋に入れた。 ちょっとだけ壊れている機械や、汚れてしまったクッション、古い下着も捨てた。 大きなごみ袋を家から出すと、すっきりとした。 この調子。
今日の午前中は庭に出た。 雑草も燃えるごみとして出さなくてはならない。 ぴょんぴょんと飛び出してくるオンブバッタやカマキリたちに謝りながら 汗だくになって草むしりをした。 庭のあちこちに、大きな草の山がいくつもできた。 これは2、3日置いて、ちょっとしおれさせて嵩を減らしてからごみ袋に入れる。 そのあとは、割れたプラスチック鉢や、ポリポットを拾って歩いた。 これらは燃えないごみだ。 苗を買ったときなどについてきたプラ鉢は、結局そのあと使わないことが多いのだ。 なんとなくもったいなくてとっておいたけれど、きっともう使わない。 袋がごろごろとかさばるにつれて、庭はさっぱりとしていった。
午後は納戸の整理の続きをした。 布と紙とほこりにまみれて、70リットルのごみ袋をいっぱいにした。 靴箱も大掃除がてら整理して、もう履けない靴を思い切って処分した。 骨が折れていて使えないのに捨てられなかったかわいい折り畳み傘も袋に入れた。
最初から手をつけなかったのは写真類と手紙類。 これは見始めたら整理どころではなくなってしまうだろうから。 それにきっと捨てられないのだろうから。 とっておくものがあってもいいのよね。
玄関にはもうすぐお別れするごみたちの袋が並んでいる。 それを見て、これからは余分なものは買わない!と思ったりもする。 これからはますます生ごみ堆肥は威力を発揮するわね、とも思う。 台所からの生ごみがないだけで、だいぶごみの量は減るはずだ。 時々さぼっていた堆肥作り、M市のごみ事情のためにも、庭のためにも続けていこう。
明日が有料化前、最後の燃えないごみの日。 そして燃えるごみの日は、あと4回。 お掃除月間、がんばろう!
休日の朝、お茶の先生から電話があった。 誘われて、里山にある陶芸舎まで自転車で行った。 山を越える道の端には、もう彼岸花が咲き始めていた。
時間を見計らっていったのに、 おひとりで電車とバスを乗り継いで来られた先生のほうが、早かった。 普段着の先生は、ろくろを回す手を止めて振り返り、 にこにこと迎えてくださった。 そして、この前作った私のお香合が焼きあがっているのを出してくださった。 とてもほめられて嬉しかった。
私が着いたとき、ろくろの上で形を変え始めていた土の塊はお茶碗の形になった。 傍らに置いてあったふたつの土のお団子も、お茶碗へと変わっていった。 私は見ていた。 ごろんとした土の塊が命を吹き込まれ、先生の大きな手の中で形を変えて 繊細なお茶碗へと変わっていくのを、ただずっと見つめていた。 それはとても美しく、楽しそうでもあった。 時間を忘れるほど、先生も私もお茶碗に集中していた。
いつかこのお茶碗ができあがったとき、 どんな色がついていても模様がついていても、 きっと私にはわかるだろう。 秋の始まりの日、生まれるところを見守ったあのかわいいお茶碗だと。
夕方、思い立って外に出て 日が暮れるまでの短い間、庭仕事をした。
伸び放題のモッコウバラやぶどうの蔓を剪定した。 道路まで飛び出していた薔薇の蔓を整理して石垣に結んだ。 そしてせっせと草むしり。
顔を上げると、もうそろそろホトトギスのつぼみが つんつんと上がってきているのだった。 こぼれ種で増えて、今年はまたたくさん咲きそうだ。 眺めていると、かけた葉っぱの裏にとげとげの虫がいた。
毛虫!と一瞬ぎょっとしたけれど よく見てみたら、それはルリタテハの幼虫なのだった。 いつの間にか、うちのホトトギスを食べて育っていてくれた。
あの美しい蝶が青い羽をひらめかせて この庭を訪れていたかと思うと嬉しかった。
私たちのかわいい娘、恵ちゃん。 2歳のお誕生日おめでとう!
むちむちなのね。 幸せなのね。 名前の通り、恵みをいっぱい享けているのね。 よかったね。
恵ちゃんのしっぽみたいな ポンポンみたいなふわふわの薔薇が咲いたよ。
| うちのぶどうの行く末 |
2005年09月13日(火) |
やっと穫れたうちのぶどうはきれいでおいしかった。 でも自家製はこんなものなのか、収穫の時期が悪かったのか ちょっとすっぱかったり渋かったりするものがあるのも確かで だんだん家族の手が伸びなくなっていった。
せっかくの我が家のネオ・マスカットが腐ってしまっては悲しいので コンポートを作ろうと思った。 ひとつひとつ丁寧に皮をむいて、白ワインと蜂蜜でとろりと煮た。 ぷるんとした透明なきれいなデザートができるはずだった。 よく冷やして、ガラスの器に盛ったら素敵だろう。 お鍋の中を覗いてその量を確かめて かわいい瓶を3つ煮沸消毒して、出来上がりを待っていた。
…おかしい。 思ったようなものになっていない。 せっかくきれいにむいたぶどうの粒々は形がなくなって どろりとピューレ状になっていた。 透明な薄緑色は、琥珀がかった黄色になっていた。 かさは半分より少なくなっていた。 煮詰めすぎたのかしら。
それでも味を確かめてみると、あの酸味も香りもそのまま。 ワインと蜂蜜がぶどうらしい甘みを引き立てていた。 ぷくぷくと浮いてきた種をスプーンですくい取って ジャムの一歩手前になったところで、ガラスの瓶に移した。 もともとのぶどうはボールいっぱいもあったのに 出来上がりはひとつの瓶のやっと半分ほどだった。
濃縮されたうちのぶどう。 これをヨーグルトにかけようか。 ゼリーやムースにしてもいい。 とても貴重なひと瓶ができた。 おいしいうちに、大切にいただこう。
やっとメガスターを見られた。 宇宙に飛び出して星空を見た。 数百万個の星が待っていた。 あの白く流れる天の川はひとつひとつが輝く星で 私たちが住むこの銀河の仲間なのだ。 愛しいご近所さんだ。 きらめく星ごと宇宙はぐるりと動いた。 夢を見ているときのように私はふわりと浮かんでいた。
友だちに誘われていった未来館では 宇宙だけでなく、地球も、その中に住む人や花も、 その中の分子も原子も観察できた。 不思議不思議。 神さまの目のようだ。
素直な感動、シンプルな驚き、初めて見るものへの好奇心。 私たちは夏休みの少女の気分だった。
朝、牛乳を取りに外に出たら ひんやりした空気の中に金木犀の香りを感じた。
もちろんまだ、どんなに探しても金木犀のつぼみは見つからない。 花が咲くのはきっと2、3週間後。 これは木が、秋を感じて花芽を作り始めた香りだと思っている。
毎年この時期、金木犀の最初の匂いを感じるのだ。 優しい懐かしい、甘い秋の香り。 思いっきり吸い込んだ。
夕方の庭で、ジャノメチョウと目が合った。 ぶどうの葉っぱで休んでいた。 私を待っていたようだった。 ココにするみたいに、顔を近づけても逃げない。 蝶の小さな頭を鼻先に感じた。
何のお話があったのかな? いくつも蚊に刺されて我慢できなくなるまで ジャノメと私は見つめあっていた。
6度目の水曜の整体が終わって外に出た。 目の前に夕映えが広がっていた。 何か誘うような雲の色。
足元のオシロイバナも空を見ていた。 青い黄昏の中でほんのり茜色に染まっていた。
まだ強い風にバス通りの桜の枝は揺らされて、 その向こうに空が輝く。
薔薇色の雲に浮かぶ月と金星。 ねぇ、夢みたい。
影絵の背景は見る見るうちに色を変えていった。
隣のスーパーで買い物をして出てきたら 藍の中で月と金星がすっきりと白かった。
昨日から苦しかった息がすっと楽になっていた。 はっかのかけらを胸に放り込んだみたい。 夕方の匂いを吸い込んだ。 気圧の谷は過ぎたらしい。
よりによってこのお天気、この暑さ! でも、たくさんの人が愛する駒場バラ園のため、薔薇のために集まった。 私も旅行のときに北海道の農協で買った日よけの帽子をかぶって 薔薇の名簿作りのお手伝いをした。 割り当てられた区画の薔薇の名前を確かめ、本数を数えた。 ひとつひとつにつけられた手書きの札を読み上げているうちに その薔薇たちにますます愛着がわいてきた。
なにも知らず素直に空に向かって葉を広げているこの薔薇たち。 大切に育てられたこの薔薇たちが、行くところをなくしませんように。 たくさんの人たちの思いが通じ、薔薇の価値が認められて無事に移植され 区の公園の中でまた美しく咲くことができますように。
「新・駒場バラ園を作る会」の発起人miyokoさんのブログをご覧ください。 そしてお気持ちがおありでしたら、応援のメッセージをお寄せくださいね。 ご署名や、駒場バラ会への入会もお待ちしています。 私も縁あって少しでもお手伝いできることを嬉しく思っています。 入澤さんご夫妻のお話はとても深くて、笑顔はとても温かいのです。 愛されている薔薇たちは、どれも元気でとてもきれいです。
「新・駒場バラ園を作る会」
この頃、お茶の先生は毎週のように、お弟子さんたちにお道具をくださる。 今までお稽古で使っていた美しいお道具たちが、次々とみんなの手に渡る。 「生き形見です」とおっしゃる。
92歳、先生はまだまだお元気だ。 去年と比べたって、ちっとも変わっていない。 声にも張りがあるし、お顔のつやもいい。 誰よりも記憶が確かなのは相変わらずだし、 お点前の小さな間違いも見逃さない。 お酒だって召し上がっているし、おいしいお店情報もとても早い。 陶芸だって、次々と新作が出来上がってくる。 なのに急にそんなことをおっしゃるなんて。
私は先週は、鳥の本と花の本、それにかわいいお香合をいただいた。 今日は、今年できたばかりのお水差をいただいた。 それはとても嬉しかった。
でも、先生、寂しいです。 いまからこの調子でお道具を気前よくみんなに差し上げていると、 何年もたつと先生の手元になにもなくなっちゃいますよ。 「しまったなぁ」っておっしゃいますよ。 それくらい、まだずっとお元気でいらしてください。
アンプが直って帰ってきた。 愛用のステレオは2週間ぶりに澄んだ音を聴かせてくれた。 修理のお兄さんがが置いていってくれたDREAMS COME TRUEの CDが終わったあと、先週届いていてまだ聴いていなかったCDをかけた。
生協のカタログを見て衝動買いしてしまった「夢色空間〜青春編」。 「青春」を歌った曲を集めたオムニバスアルバムだ。 半分懐かしくて、半分お笑いのネタのような気持ちで買ってしまっていた。 「どれどれ?」と試すようにかけてしまったけれど、あぁ、いけない。 これが意外と浸ってしまったのだった。
いきなり「青春時代」から始まったこのアルバムは まだ青春時代と言うには早い小中学生くらいの頃の歌も多いのだけれど でもこんなにも懐かしくて胸にしみる。 やられた〜。
歌詞はいかにも青くて恥ずかしくて、でも純粋でまじめだ。 青春と言う言葉には照れてしまうけれど、 あの頃はたしかにその真っ只中にいたのだな、と振り返れる時代があった。 この私にも。
あぁ、本当に恥ずかしい。 でもこんなことを言えてしまうのは、秋だからなのかな。 カーテンをふわりとふくらませた九月の風の魔法かな。
涼しい夜。 スズムシの声を聴きながら、懐かしい思いを胸にぐっすりと眠れそう。
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