ひとりごと
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| これが最後の最終講義 |
2005年01月29日(土) |
懐かしの出席カード

| 白菜のナンプラー蒸し煮 |
2005年01月26日(水) |

見つけた。
陽だまりで 明るい空を見上げる 青い瞳。
風はやわらか。
父と母が、四十何年目かの結婚記念日のお祝いに ハワイに行くことになった。 ふたりで旅行に行くのは珍しい。 とても嬉しそうで、楽しみにしていてほほえましかった。 私たち姉妹も喜んだ。 そして母は、携帯電話を新しく買い換えた。 ハワイから写真を送ってくれるつもりらしい。
新しもの好きの父と母は私よりもずっと早く、 もう6、7年ほど前から携帯電話を持っていた。 だけどメールは使っていなかった。 「覚えるのが面倒」だったらしい。 その母が、とうとうメールを使うことを決心した!
旅行の前夜、妹に特訓されたらしい。 まだゆっくりと、ぽちぽちとしか文を作れないけれど、メールを送れるようになったと言う。 旅立ちに間に合ってよかった。
夕方、ふたりが空港に着くころを見計らって「いってらっしゃい」のメールを送った。 母にメールを打つのは初めてで、つい堅苦しい敬語を使ってしまった。 さぁ、返事は来るだろうか? 5分…10分…。
夕食の支度を始め、忘れかけていた20分後、携帯電話ではなく家の電話が鳴った。 空港の父からだった。 「メール届いた?」と嬉しそうに言う。 急いで携帯電話を見たけれど、残念ながら新しい受信メールはなかった。 伝えると、「そうか。」と寂しそうに言って、すぐに切ってしまった。
そしてまた忘れかけていたころ、今度は紛れもなく携帯電話から着信の音楽が流れた。 「メールを受信しました」そして母の名前。 やった! 初メール成功〜。
「苦労してメールを書いたのに届かなくて残念です。 もしこれが届いたらメールを下さい。○○、×子」
文面と、父母の連名に笑ってしまった。 小さい携帯電話を覗き込みながら、ふたりで文を考えて一生懸命打ってくれたのだろうな。 すぐに返信をした。
「届きました!初メール、嬉しいです。 またハワイでの楽しいレポートを待っています。」
このメールへの返事は返ってこなかった。 打っているうちに、搭乗時間になってしまったらしい。
今度メールが来るときには、ハワイから、きっと写真つきで。 どんな言葉が聞けるのか、どんな風景を見せてもらえるのか、楽しみに待っている。
お里帰りは雪の日。
ねむねむなのね。 元ママの腕の中で、また眠ってくれるのね。 元パパの手、どきどきしていたね。
大きくなって、でもかわいくて、 大切にされていて、幸せそうで嬉しかったよ。
桜並木の川のほとりを歩いた。
昼過ぎに家を出て、駅前で母の車に拾ってもらい、 妹や姪たちと一緒に祖母の家に向かった。 3年前に新しくなった母の実家のドアを開けると賑やかなざわめき。 もう叔母たちも集まってきているのだった。 95歳になる祖母はピンクのセーターを着ておだやかな笑顔で座っていた。 今日は、祖父の命日。 もう23年になる。
私は庭から摘んできた水仙の花束を仏壇に供え、手を合わせた。 小さな姪たちが、続いて手を合わせた。 「この写真の人は、ママのママのパパよ。」と教えた。 彼女たちは不思議そうに、会ったことのない曽祖父の写真を見つめた。 あらためて見ると、祖父はまだ若々しかった。 亡くなったときには、すっかりおじいさんだと思っていたのに、 今の私の父と、そう変わらない年齢だったのだ。 厳しい恐い祖父だったけれど、写真の中ではほがらかに笑っていた。 優しく私たちを見てくれていた。
やがて4番目と5番目の叔母も到着して、みんなそろった。 荷物を置いて、みんなで歩いて近くのお寺にあるお墓に向かった。 「まるで春みたいねぇ。」 「ほんと、暖かくて気持ちがいいわね。」 祖母を囲んで、母たち5人姉妹ははしゃぎながら歩いた。 お墓に供える花を持ち、手をつないだり、肩をくんだりしながら、 少女のように賑やかに笑いながら歩いていた。 先を歩く私と妹は、時々祖母と叔母たちを振り向いて見た。 「仲がいいね。」 「楽しそうよね。」 私たち姉妹も嬉しくなった。
お寺は静かで明るく静かだった。 紅梅がよく香っていた。 お墓を掃除して、持ってきた新しいお花を供えた。 たっぷりの水で清められて、お墓は気持ちよく光った。 暖かい陽射しを背中に感じながら、順々におまいりをした。 みんなそれぞれゆっくりと、祖父と話をした。
立ち上がって空を見上げると、今までまぶしいほどだった太陽が 薄い雲の向こうに隠れ、雲は虹のような色に染まっていた。 雲の隙間から、日の光の筋がまっすぐに降りてきていた。 「天使のはしご。」と私が言った。 「なに?」と、ひとりの叔母がたずねた。 「あの光、天使のはしごって言うのよ。」 「本当、天使のはしごね…。」 不思議と厳かな気持ちで、みんなで空の光を見上げた。
お寺からの帰り道も、また腕を組み、笑いながら賑やかに。 行くときとはまた違った清々しさがあった。 姪の小さい手を握りながら祖母や叔母たちを見て、 私たち4人姉妹と母の未来を見たような気がした。 あんなふうに、元気で仲よく、支えあいながら年を重ねていけたらいい。 いつかこの姪にも、憧れてもらえるような。
祖母の家で、叔母が作ってくれたお料理やケーキをいただいたあと、写真を撮った。 祖父の写真を抱いた祖母を中心に、母たち5人の姉妹が華やかな笑顔を並べた。 みんなとてもきれい。 とてもいい家族だったのだと思う。 写真の祖父も嬉しそうに笑っている。 私は丁寧にシャッターを押した。
今日こそ薔薇の剪定を!と、はりきって庭に出た。 でも、う〜〜ん、それより前にやることがいっぱい。 いつから手を入れてなかったのか、庭は荒れ放題だ。
まず、この前の雪でとうとう枯れたシシトウやパプリカを抜いた。 夏から晩秋まで食卓を賑わせてくれてありがとう! ルッコラはまだ現役で収穫できそうね。
茶色くなった朝顔やルコウソウやフウセンカズラの蔓を 薔薇のオベリスクからほどいていった。 寂しいオベリスクを飾ってくれてありがとう!
伸び放題の枝が絡まったエゴノキを剪定した。 なんと梢にカマキリの卵を2つも発見! …でもすでにシジュウカラにつつかれていた。 がっかり。
植え忘れた球根をたくさん発見して、あわてて植え込む。 そろそろ根も芽も伸ばしたいだろうに、おとなしく箱の中で待っていた。 本当にごめんね。 きれいに花咲きますように。
葉が落ちた紫陽花の陰から、なくなったと思っていた移植ごてが出てきた。 ポリポットや鉢のかけらや名札もあちこちから出てきて、掃除も大忙し。 こんな庭を、見てみない振りしていたなんて、不精な私。
小さい庭の隅っこから少しずつ片付けながら、そこに植えてある薔薇から剪定していった。 もう赤い芽がふくらみ始めていた。 思い切りよく切り詰めたら、その剪定枝はゴミにすることなく、小さく刻んで地面に散らした。 生命力いっぱいのこのマルチングは、やがて有機堆肥となってまた薔薇の栄養になる。 ここで生まれたものは、ここで土に還したい。
ローラー作戦で、隅っこから少しずつ庭を整理していって、葡萄の木にたどりついた。 この木の剪定は大仕事になりそうなので、後日に回す。 黄もっこうばらの剪定も、また今度にしよう。 今日は庭仕事の手始め、軽いところから慣らしていこう。
魔法瓶に詰めておいた熱いお茶を時々飲んで冷えた手と体を温めた。 1時間やっては20分休憩では、なかなか進まない。 でもあわてない、あわてない。 まだ冬は長い。 陽射しはまだあるけれど、3時に近くなって空気は冷たくなってきた。 次を最後にしよう、と今度は玄関アプローチのシェードガーデンに回った。
12月の始めから咲いている水仙がいよいよ美しく咲ききらめいていた。 その清楚なうなじに見とれてしまった。
しゃがんで地面の枯葉をどけると、クリスマスローズの花芽がいくつも頭をもたげていた。 今年も約束を忘れずに咲いてくれるらしい。
そして、スノードロップの花を見つけた! もう咲いてくれたのか。 つるんとした雪白が目にまぶしい。
卒業式の香りの沈丁花も、もう赤いつぼみを束ねていた。 まだ冬は長い、なんて思っていたけれど、今年の春は早く来るらしい。 虫たちの姿もそろそろ見られるのだろうか。
嬉しい発見をいっぱい心とカメラに収めて、今日の庭仕事はここまで。 続きはまた、晴れた日に。
カンカンに熱せられたオーブンの中の小石にさっと水をかけた。 じゅー!と言う音とともに、もうもうと立つ白い湯気。 それを逃さないように、すばやく熱い天板を引き出してパンの生地を乗せ すぐに押し込んで、パタンと扉を閉める。 庫内の温度が200℃まで下がったら、タイマースタート。 あとは35分後の焼き上がりを待つだけ。
今年最初のパン教室は、このステップでの最後の授業だった。 メニューはフランスパンを2種。 生地の作り方も、成型の方法も、焼き方も、 そのシンプルな外観から思うよりもずっとむずかしい。 フランスパン、おいしくできますように。
オーブンに入れたら、見る見るうちに、クープが開き、 ほんのりと焼き色がついてきた。 パリパリ…と、ふくらむ音が聞こえそう。 わくわくする。 生地の一次発酵、成型後の仕上げ発酵、そしてオーブンに入れたときのふくらみ。 パン作りはこうして形や大きさが変わっていくのが楽しい。 小麦の粉が酵母と言う命の元を与えられて、おいしく育っていくのが嬉しい。 まさに生きものの成長を見ているようだ。
でもまだ未熟な腕。 なかなか思ったとおりには育ってくれない。 「なにか」の加減でふくらまなかったり、おいしくできなかったりする。 その「なにか」がまだよくわからないことがある。 思い通りに焼き上げられる日が来るのはいつのことか。
こんな私なのに、もう来月からは師範科に進むことになった。 月に1度のゆっくりペースの教室を2年半続けていた。 もう何十回もパンを焼いているはずなのだけれど、 本当にちゃんと身についているのかしら? 私などが師範科に進んでもいいのかしら? 不安なような、申し訳ないような、楽しみなような。
次からは、さまざまなフルーツや穀物から酵母を起こしてパンを作る。 試食させてもらった発芽玄米の酵母から作ったパンは、 舌に触れた瞬間から自然な甘みがうっとりと広がるようだった。 ふわふわとした口当たりの中に、しっかりとした穀物の香りがあった。 こくがあるのに、爽やかな後味だった。 こんなパンが作れるようになるなんて! …作れるようになるかな? やっぱりとても楽しみ。
そろそろフランスパンの焼きあがる時間。 オーブンの中を覗き込んだ。 こんがりといい色に焼けてきていた。 クープの広がりはちょっと足りないような気がする。 成型のときに、うまく芯を作れなかったらしい。 これはやっぱり、練習、練習。
タイマーが鳴り、オーブンからパンを取り出した。 広がる香りは最高! 色もなかなか。 ふくらみ不足はこれからの修行の余地があるということで。 あわてて天板に乗せたせいで、端っこが引っかかって、尻尾ができたのはご愛嬌。 これはなかなかのできではないかな?と自画自賛する。 熱々をすぐに割って、バターをのせて食べたくなる。 でもそれは今度、家で作ったときのお楽しみにね。 ここではあら熱をとったパンを、そのまま袋に入れて持ち帰った。 手提げ袋からただよってくるふくよかな香りと、ほのあたたかさが嬉しかった。
教室では、先生のつきっきりの指導があったので、なんとかできたけれど、 家でひとりで、火力も大きさも違うオーブンで、うまくできるだろうか? きっといくつも失敗作ができるのだろう。 それでもいつか、思い通りにおいしいパンを焼けるようになるときを夢見て! さあ、どんどんパンを焼きましょう。 修行はまだこれからだ。
ボタニカルアートの 今日のモデルはガーデンシクラメン。
細い長い首をしなやかに折り曲げて うっとりと水面を見つめる白鳥のよう。
なんとかうまく着付けができて、髪も1度で決まって 今日は早く家を出ることができた。 暖かい柔らかい陽射し。 お初釜日和。 雨男の先生の力に、晴れ女の私が勝ったようだ。
電車を降りてぱたぱたと草履を鳴らして歩きながら、 もうひとりのお茶の先生のことをふと思い出していた。 20年前、私に最初にお茶の手ほどきをしてくださった先生。 おっとりと優しくて、でもきっちりと厳しくて、お話が楽しくて、大好きな先生だった。 結婚のために退社するときに、今の先生を紹介してくださって、 そのときに先生の家まで送っていただいて以来、もう十年以上お会いしていなかった。 大きなお茶会などでちらりと姿を見かけることがあっても話すことはなかった。 それでも毎年、近況を書いた年賀状を交換していたのに、 今年は先生からの美しい絵の描かれた葉書は届かなかった。 それがとても心配で気にかかっていた。 たしか先生もこの街にお住まいのはず、お元気でいらっしゃるのだろうか。
考えながらぼんやりと歩いていたら、目の前に小瓶が突き出されていた。 反射的に瓶を受け取って見あげてみると、そこはドラッグストアの前。 私は新発売のドリンク剤の試飲をもらっていたのだ。 きゃー、一張羅を着て、街中でドリンク剤を一気飲みするの? どうしよう、と思ったけれど、お店の人はにこにこと説明してくれる。 「おいしいピーチ味、女性に嬉しいコラーゲンもたっぷりですよ。」と。 これからのお初釜は4時間以上の長丁場になる。 まだ時間もあるし、ここで栄養補給をしておくのもいいかな、と思い切ってぐいっと仰いで飲んだ。
「おいしい!」思わず言ってしまった。 「そうでしょう。ありがとうございます。今なら10本入りで1600円。一箱買ったらもう一箱おまけ!」 と、お店の人は勧めてくれた。 でもさすがに、ドリンク剤の箱を2つ抱えてお茶に行くわけにはいかない。 「もしかしたら、帰りにでも寄りますから。」と、遠まわしにお断りしながら 店の前の備え付けのゴミ箱に瓶を捨てに行った。
さあ、行かなくちゃ、と道に出ようとしたとき、同じように上手に瓶を渡されて ピーチ味のドリンク剤を飲んでいる初老の女性がいた。 「いやだわ〜。私、ドリンク剤って飲んだことがなかったのよ。」 ころころ笑う声に聞き覚えがあった。 え?と思って顔を見ると、髪はあのシニヨンではなくショートカットだったし、 服装もお着物ではなくコートとスラックスだったけれど、間違いもなくあの先生だった。
「先生!」と思わず大きな声が出た。 瓶を持ったまま、振り向いた顔が一瞬驚いて、そして笑顔になった。 「まあまあ、こんなところで!あらあらあら。」 私は先生に駆け寄って、手袋の手を握った。 「先生!ずっとお会いしたかったんです。今だって思っていたんです。会いたかったんです。」 先生は懐かしい笑顔でうなずいた。 「まあ、ほんとにねぇ。…ここは寒いわ。あちらに行きましょう。」 と、先生はおっしゃって、私たちは手を取り合ったまま、ドラッグストアの前の陽だまりに出た。
「お着物、素敵ねぇ。今日は何?」 「お初釜です。先生、まさかお会いできるなんて。夢見てるみたい。」 「そうねぇ、ご無沙汰しちゃってごめんなさいね。お初釜なら早く行かなくちゃ。」 「いえ、先生、まだ早いのです。お元気そうで嬉しいです。」 「ごめんなさいね。もうみなさんとご無沙汰しちゃっているのよ。いろいろあってね。」 と、先生はゆっくりとおっしゃった。 「主人がね、亡くなりましたのよ。それで私、引っ越して一人暮らし。小さいところに住んでいるの。 足が悪くて座れなくなったから、お茶もやめてしまったのよ。」 私は声を出せず、その手を握ったまま先生を見つめた。
「だからね、今までお付き合いしていた方とはもう会わなくなっちゃって。 主人が亡くなって、そのとき、私も死んでしまったの。」 と、不思議と明るい声で、先生はおっしゃった。 胸が詰まった。 「いやだ。先生、死んだなんて言わないでください。いやです。元気でいてください。」 ぼろぼろと涙が出てきた。 「先生、死なないで。まだまだ元気でいて…。」 私は道端で泣きじゃくっていた。
「あらあら、駄目よ。おめでたいお初釜の前なのに。ね。大丈夫よ。 死んだって言っても、ほら、こうして生きているでしょう?大丈夫だからね。」 先生は笑いながら背中をさすってくださった。 私は涙を拭いて、我に返って恥ずかしくなった。 「ごめんなさい。私ったら子どもみたいに。もういくつだと思います?」と照れ隠しに笑った。 「変わらないわねぇ。いいわよ。あなたはそのままで。嬉しいわぁ。」と先生は歌うように言った。 「遅れたらいけないから歩きながらお話しましょう?こちらでいいのよね?」 先生は先に立って歩き出し、私も横に並んで歩いた。 早咲きの梅の香りがする明るい道を、ゆっくりと歩きながらいろいろなお話をした。
「それにしても、お茶、続けているのね。嬉しいわ。」と、 先生は私の姿を改めて見ながらおっしゃった。 「はい、おかげさまで続いています。もう始めてから20年になるのですよ。」 「お茶はいいわよ。私は足がこんなになってしまってもうできないけれど、あなた一生できますよ。」 先生は張りのある声でおっしゃった。 「はい、そうですね。ここまで来たらやめられません。ずっと続けますね。」 私もうなずいた。 その一生続けられる世界に導いてくださったのは、目の前のこの先生なのだ。
「本当におどろかせてしまってごめんなさいね。大丈夫よ。 今までの私はいなくなってしまったけれど、こうしてこれからも生きていきますからね。」 先生は軽く自分の胸をたたいた。 「今日だってね、『ハウルの動く城』を観に行こうかしらって思っていたのよ。」と、先生。 「『ハウル』!いいですよ〜。是非是非ご覧になってくださいね!ご一緒したいくらいです。」 ほとんど本気で私は熱を込めて言った。 「そうね、また何かのときにご一緒しましょうね。」 「そうですよ。先生、またお会いしましょうね。お元気でいらしてくださいね。」と言うと、 「そうね、なんとかやっていきましょう。あなたも元気でがんばってね。」と先生は言った。
曲がり角に来て立ち止まった。 「それではね。私はこちらへ行くから。あなたはまっすぐよね。またね。お会いできてよかったわ。」 先生は手袋をはずして、手をこちらに差し出した。 「はい。またお会いしましょうね。今日は嬉しかったです。」 私は先生の小さな柔らかい温かい手を握った。 先生も強く握り返してくださった。 「それではね。」と、先生は一言おっしゃると、角を曲がって歩いていってしまった。 振り返りもせず、行ってしまった。 先生らしかった。 もう一度角を曲がって、その姿が見えなくなるまで私は手を振っていた。
その道をまっすぐ歩いて、お初釜のある先生の家にすぐに着いた。 ちょうどいい時刻になっていた。 ぼちぼちと、ほかのお仲間も集まってくるところだった。 まるで夢を見ていたようだ。 ちょっと悲しい清々しさと、温かくなるような嬉しさが胸にいっぱいだった。
先生は『ハウル』をご覧になっただろうか? 今度思い切って電話してみよう。 2月にあるボタニカルアートの展覧会の招待状も出してみよう。 先生に見ていただくのだったら、がんばって描かなくては! これをきっかけに、先生ともっとお会いできるようにしたい。 前の世界からはいなくなってしまった先生と、 これからは違う世界でお付き合いできるような気がする。
明日はお初釜。 何を着て行くかでいつも同じように悩んでしまう。 お正月なのだから、ちょっと華やかに装ってみたい。
新しいお着物や帯は、そうそう買えないけれど、 今年は少しだけ奮発して新しい帯締めを買った。 足袋はもちろん新品の真っ白だ。 ほら、これだけで新鮮な気持ち。 あらたまった気分。 そうだ、若草色の伊達衿もつけましょう。
きれいにそろえて、長襦袢に白い半衿も縫いつけて、清々しい気持ちになった。 明日もこのお天気が続きますように!
陽射しがうららかなので 庭に出て薔薇の植え替えや剪定をしようと思った。 テラスのカーテンを開けたとたん あわてたように飛び立つ鳥たちの影。
ごめん、ごめん。 シジュウカラたち、ヒマワリの実を食べていたのね。 私があげたのだった。 ゆっくり食べていってね。
フェンスにとまっているヒヨドリたちは、 つる薔薇の赤い実がお気に入りなのね。 おいしいよね。 またどこかでこの薔薇の芽が出るかもしれないのね。
冬の庭は小鳥たちの庭。 ここを気に入ってもらえてとても嬉しい。 だからね、今日もお庭仕事ができなかったのです。
1kg!
夕方からスポーツクラブに行った。 メディカルチェックをしてもらって、これからのメニューを決めるのだ。
まずはインボディの検査。 ステンレスの機械の上に裸足で立ってグリップを握る。 そして静止すること1、2分。 やがて、私の体の成分を打ち出した紙がプリントされてきた。 体重、水分量、筋肉量、脂肪量、骨量、上下左右のバランス、基礎代謝量が書いてある。 先生と一緒にそれをチェックする。
う〜ん、大変! 前回測った5月に比べて、意外にも体重はそんなに増えていなかったけれど、 筋肉量が1kg減って、その分きっちり脂肪が1kg増えていた。 1kgの脂肪!! お肉の脂身で考えるとちょっと恐いね。 これは大変。 「怪我をして運動を休んでいた分、筋肉が減るのは仕方ないことですよ」と先生はおっしゃった。 「まだ無理はできないけれど、少しずつ取り返していきましょう!」と。
左右のバランスも、大きく左に傾いていた。 右膝の故障をかばって、左に力が加わっていたらしい。 骨盤もゆがんでしまっているらしい。 気がつかないうちに、そんなことになっていたなんて。 このままだと、背骨も曲がって大変なことになってしまう。 それを正すための、ダンベルの体操や軽いストレッチを教わった。
1kgの脂肪を、ふたたび筋肉に変えるための、これからのトレーニングメニューも決めていただいた。 それでもまだ、私の身長だともう3kgほど筋肉がほしいらしい。 あと3kgの筋肉!! お肉の赤身で考えるとすごい量。 そんなにも私には筋肉が足りなかったのね。 力がないわけだ。
「まだ膝も完全ではないし、しばらくお休みしていたので少しずつやっていきましょう。 マシンジムは週に2回くらいで十分です。あとは家でストレッチをしてくださいね。」 と言われた。 スイミングも、しばらくは泳ぎはなしで、水中ウォーキングや、膝痛運動をやるように、とのこと。 ずいぶん後戻りしてしまったみたいだけれど、あせってまた体を壊してはいけない。 ちょっとずつ、ちょっとずつ、この脂肪を筋肉に変えつつ、体力もつけていこう。
「大丈夫。またバレエもできるようになりますよ。」と嬉しい言葉もいただいた。 そうね。まだ先は長いのだから、いつもの私のペースでのんびり元気になって行きましょう。
今日もスポーツクラブへ行った。 プログラムを見ていたら、いつも木曜の夜にやっていた プールでのレッスンメニューが今日の昼間にもあるらしいのだ。 今週は金曜日にお初釜があるので、木曜の夜のレッスンはきつい。 今のうちにやっておこう、と思った。
12月から風邪をひいていたので、プールに入るのも1ヶ月ぶりだった。 ロッカーで水着に着替えるとき、なんだか頼りないような不安な気がした。 でも裸足で階段を上がり、プールへのドアを開けると、まぶしい光! 一面の大きなガラス窓から昼間の陽射しがいっぱいに入り込み、 水色の水面に反射して、きらきらと輝いているのだった。 いつもの夜のプールとは全然違う雰囲気。 まるで南国のリゾートに来たみたい。 うきうきと嬉しくなった。
タオルを棚に置いてシャワーを浴び、1ヶ月ぶりの水にそろそろと入って ゆっくりと25メートルのレーンを片道歩いた。 端まで行ったら、今度は壁を蹴って、ついーっと浮き伸びした。 あぁ、気持ちいい。 ガラス越しの陽射しが暖かく背中を照らすのを感じる。 昼間のプールもいいものだ。
やがてすぐに、「ダイエットファン」のレッスンが始まった。 音楽に合わせて、水の中でエクササイズをする楽しいプログラムだ。 腕や足に感じる水の抵抗も、張り合いを感じる。 プールサイドで踊る先生を見ながら、一生懸命に同じように体を動かした。 すぐに体が温まった。
ちょっと胸が痛いな、と思ったのは、ステップを踏みながらレーンを歩き出したとき。 1周、2周目までは我慢したけれど、とうとう息まで苦しくなって、 そっと列を離れてプールからあがった。 水に足を垂らしたまま座り込んでいると、「大丈夫ですか?」と、女性の救護の先生が駆けてきた。 はい、と口の形だけで答えて笑ってみたけれど、あまり大丈夫じゃないみたい。 頭がしびれたようになって、胸が痛い。 「はい、ゆっくりと吸って…吐いて…。」と、先生が背中をさすってくださった。 それに合わせて呼吸をしようとするけれど、息ができない。 喘息とは違った息苦しさだった。 「息が…吸えない。」出てきた声はかすれていた。 先生は立ち上がって走っていった。 そしてすぐにスタッフルームからビニール袋を持ってくると、それを私に渡した。 「これを口に当てて、浅くでいいから、少しずつ吸って吐いてください。」 言われたとおり、袋を口に当てて、その中で呼吸をした。
「過呼吸のようですね。」と、先生がおっしゃった。 「酸素を吸いすぎて、肺が飽和状態になっているんです。 二酸化炭素不足になって、頭がハイな状態になったり、息ができなくなったりするんです。」 私は袋を口に当てたまま、先生の声を聞いた。 「大丈夫ですよ。こうして吐いた息を吸っているうちに楽になってきますからね。」 と先生は、ゆっくりと背中をさすってくださった。 窮屈なキャップを脱ぎ、スタッフが持ってきてくれたバスタオルを肩から掛けられ、 ゆっくりと呼吸するうちに私の息も落ち着いてきた。 「大丈夫です。」やっと声が出た。
プールサイドにあるベンチに移ってそのまま休んだ。 「ずっと風邪をひいていて、プールは1ヶ月ぶりだったんです。」と先生に言った。 「そうですね。久しぶりに運動して、息を多く吸おうとしてしまったのですね。 そうでなくても、若い(!)女性にはよく起こることなんですよ。でも大丈夫ですからね。」 先生はペットボトルの水を買ってきて、ふたを開けて渡してくださった。 「少しずつ水分補給してくださいね。 脈もまだ100以上ありますから、しばらくここで休んでいてください。」
「ほんとに自分が情けなくなります。」と、私は笑った。 「そんなことないですよ!体の調子が悪かったり、久しぶりだったりするとあることですよ。 ただ、しばらくは激しい運動はしないほうがいいですね。 スイミングも、呼吸が大変なので今はやめたほうがいいです。 水中ウォーキングや、スタジオレッスンだったらストレッチやバランスボールがいいですね。」 「はい。」 確かに、激しい運動はできそうもない。 膝がまだ痛いから、当然バレエもできないし、楽しみにしていたプールの 「初めてスイム」や「ダイエットファン」も、もうしばらくお休みしたほうがいいのか。 せっかく張り切っていたのに残念。
「だんだんと体力もついてくるし、呼吸も楽にできるようになりますよ。 ゆっくりとやっていきましょうね。」と、先生はにっこりと笑った。 私より一回りは若いであろう、妹みたいな先生が頼もしく見えてすがりたくなってしまった。 「もう大丈夫です。もうしばらくここで休んでいますから。」と言うと、 先生はうなずいて、すらりと立ち上がってプールサイドに戻っていった。 私はまだぼんやりする頭と、少し痛む胸を押さえて、ベンチに座ったままきらきらのプールと その中でぴちぴちと泳ぐ人、水の中で踊る人を眺めていた。 髪や水着もだんだんと乾いてきていた。
ダイエットファンのレッスンが終わり、インストラクターの先生が心配そうな顔で近づいてきた。 「大丈夫ですか?」 「はい、過呼吸らしいです。」 「いつもこのクラス、出ていらっしゃいましたよね。」 「でも1ヶ月ぶりだったんです。風邪をひいていたので。」 「無理しないほうがいいですね〜。お大事にしてくださいね。」 「ありがとうございます。」と笑顔で答えた。
結局、1時間もベンチで休んでいた。 立ち上がると、まだ少し頭がふらついたけれど、息は苦しくない。 お風呂でさっと体を温めて、服に着替え、フロントでチェックアウトした。 救護の先生から連絡が行っていたらしく、フロントでも 「お加減はいかがですか?」と、心配そうに訊ねられた。 「お帰りは?お車ですか?」と訊かれたので、「自転車です。」と答えると 「自転車!大丈夫ですか〜?」と言われてしまった。 「大丈夫です。気をつけて帰ります。ありがとうございました。」とうなずいた。 歩いたって10分もかからない距離だけれど、寒いから自転車でぱ〜っと帰ったほうが楽だしね。 それにしても、昨日と言い、今日と言い、このスポーツクラブのスタッフはみな親切で感じがいい。 心がほっとする。
ラベちゃんをこいで、いつものように5分足らずで家に着いた。 明るい暖かいうちに帰れてよかった。 熱いお茶を飲んで、しばらくはぼーっとした。 たまに張り切って運動しようとするとこれだもの、本当に情けないこと。 私はつくづく運動にむいていないらしい。
とりあえずは、これ以上病気になったり怪我をしたりして、周りの人に心配や迷惑を掛けないように 日ごろの生活から気をつけていこう。 まずは早寝早起き。 この日記の中でも何度も「脱・フクロウ宣言」をしておきながら、 なかなか実行できていなかったけれど今度こそ「脱・フクロウ」! 「ニワトリ」とまでは言わないまでも、「インコ」並みには早寝早起きしよう。 そして体の調子を整えて、いずれバレエにもダイエットファンにも復帰するつもり♪
ようやく風邪が治った気がした。 体が動くようになって、ふと気がつくと、体重は過去最高を記録していた。 クリスマス前からの風邪とお正月の食事で、この1ヶ月で4kg増…。 きゃ〜〜。 なんだか最近、体が重いと思っていたのよね。
体重が増えただけではない。 なんとかしなくてはいけないのは、次から次へと風邪をひくこの抵抗力のない体。 体力も筋力もない体。 本格的に運動を再開して、体を鍛えよう。 とりあえず、もうこの冬はこれ以上風邪をひかないように。
夫が出勤してしまった日曜、久しぶりにスポーツクラブに行ってみた。 膝を痛めてからプールに入るだけになっていたのだけれど、それさえ1ヶ月も行っていない。 ましてやスタジオやマシンジムのほうは、どれだけサボっていたことか。 ロッカー室で、Tシャツとハーフパンツに着替え運動靴を履いて、 明るい照明の活気あるジムに久々に足を踏み入れた。
まず、何からしたらいいのだっけ。 そうだ、自分の個人ファイルを見ながら、プログラムに沿ってマシンをやるんだっけ。 あ、その前にストレッチだったかな。 ウォーミングアップだったかな。
とりあえず、私の名前のファイルを探し出した。 記録を見てみると、前回のトレーニングは7月31日。 半年ぶりなのだった。 きびきびと体を動かす人の間で、不安そうにうろうろしている私を見つけて 若い男性のインストラクターが声をかけてくれた。 「初めてですか?」 「あ…いえ、とても久しぶりなのです。」
初めて顔を見るそのインストラクターの先生に、去年の夏に半月板を痛めたこと、 リハビリに通っていること、それからは水中で運動していたこと、 少しずつ地上での運動に復帰して鍛えたいことなどを話した。 先生は私の足を曲げ伸ばしさせ、痛みや動く具合を確かめた。 まずは軽い負荷のエアロバイクで7分間ウォーミングアップをするように言われ、 その間に先生はファイルを見直し、プログラムを組み直してくださった。 膝に負担をかけるマシンははずされ、 その代わり腿の筋肉を鍛えるマシントレーニングが付け加えられた。 それぞれのマシンの負荷も、前のときよりかなり軽く設定された。 やってみると、それさえ今の私にはきついのだった。 そしてすぐに息が上がってしまう。 なんという筋力の低下、体力の低下! 「1セット12回と思っていたのですが、8回にしましょうか。」と先生がおっしゃった。 はい、それでせいいっぱいです。。
「しばらくはこれで様子を見ましょう。急にハードにするとまた痛めますからね。 あせらず、ゆっくりとやっていってください。がんばりましょう!」 と、爽やかに頼もしく笑ってくださった。 そしてその先生の勧めで、メディカルルームでのフィットネスチェックを受けることにした。 これで、どれくらい筋肉がついているか(落ちているか)、内臓の働きはどうか、 柔軟性はどうなのか、左右のバランス、各部位の力の加わり具合がわかる。 予約はあさって、11日の夕方。 だいぶ体重が増えているのでちょっと恥ずかしいけれど、きちんと調べよう。 それで今年こそ、トレーニングに励んで体を鍛え、抵抗力をつけて、 もう風邪も寄り付かないような強靭な体を手に入れよう。
それにしても、久々のトレーニングで体が…だるい。 明日は筋肉痛かな。
年賀状をポストに入れたあと、その先にあるスーパーまで足を伸ばした。 パンやコーヒーがなくなっていた。
自動ドアが開いて店内に入り、すぐ左手の明るい色彩に目をやると、 無造作に花束たちが積み上げられていた。 手に取ってみると、なんと洋蘭が一束80円! お正月用に大量に入荷されて売れ残ったのだろう。 それにしても80円は安い。 見たところ、特に傷んでもいない。 セロハンにくるまれた3束をかごの中に入れた。
家に帰って、早速花瓶に生けた。 一束に、つぼみがいっぱいのデンファレが5本と立派な葉っぱが3枚入っていた。 3束で15本のデンファレと9枚の葉っぱ! そのままざっくりと生けても、なかなか豪華に堂々と見える。 寒い玄関が明るく暖かくなったようで嬉しくなった。 これで240円なのだものね〜。 ほくほく。。
花たちを包んでいたセロハンを捨てようとして、貼られていた札が目に入った。 「タイ直輸入」と書いてあった。 育てられて、摘み取られ、わざわざ海の向こうから運ばれてきて、このお値段。 もちろんお店での定価はもっと高かったにしろ、現地では一体いくらだったのか。 申し訳なくなってしまう。 ましてやタイと言うと、スマトラ沖地震で、大きな被害を受けた国だ。 私が少しだけ花を買ったところで、大して役に立たないのだろうけれど、 少しでもお国に還元されたらいい。 そしてまた、美しい国で花々が育てられ、この国に運ばれてきますように。
がたがたと部屋のドアが揺れる音と、窓の外の風の音で目が覚めた。 暗い空に強い風、駆ける雲。 玄関のドアを開けると、冷たい風にバタン!と奪われた。 中学の音楽の時間に聴いた、シューベルトの「魔王」を思い出して ダダダダダ…と始まるピアノの連打を口ずさんでいた。
なんて寒い日。 今日は小寒。 寒の入り。
やがて黒い雲は去り、陽射しが庭にも射しこんだ。 ぽっかり開きかけたペネロープの丸いつぼみがほんのり暖かい。 手をかざしみたくなる。
もらって嬉しい あげて楽しいお年玉。
中身は二の次。 ただ、かわいい袋が嬉しくて にこにこしているのね。 よかったね。
「ママが預かっておくからね」の言葉、 伯母ちゃまがちゃんと聞いておいたから大丈夫よ!
| やっぱりお正月の匂い |
2005年01月01日(土) |
「朝だよー」と夫が声をかけてカーテンをぱぁっとひいた。 まぶしい! 昨日の雪が反射して、窓からいっぱいの白い光がきらきらきらきら。 一度で目が覚めた。 お正月の朝だ。
大晦日まで風邪が治らなくて何もできなくてぐずぐずしていたのに、 母の言うとおり、本当にちゃんとお正月はやってきた。 昨日の続きの居間も、新しいお正月の匂いがした。 それはいつもより分厚い新聞のインクの匂い。 おせちの匂い。 水仙の匂い。 雪に洗われた新しい光の匂い。
いつもより簡単にちょっとだけ作ったおせち料理は、ひとり分ずつお重箱に詰めた。 お雑煮はいつものおすまし仕立て。 中の具は夫の実家でしているように、大根もにんじんも椎茸も里芋もみんな丸く切る。 関西風の丸いお餅はこちらではあまり手に入らないので、四角い切り餅。 それに小松菜とくるりと結んだ三つ葉を添えた。 とっておきの懐石グラスにお屠蘇代わりのお酒を注いで「おめでとうございます」。 お代わりのお餅を時々焼きながら、ゆっくりと最初の食事をいただいた。
ポストのふたがパタンと閉まる音がした。 年賀状が届いた! すぐに飛び出すのは子どもみたいで恥ずかしいので、窓から郵便屋さんを見送ってから外に出た。 年賀状の束を手にする嬉しさは、子どものころと変わらない。 1枚1枚ゆっくりと見ながら、夫の分、私の分、親戚からの分、と分けていく。 懐かしい文字や、近況に、ひとりごとのように返事をしてしまう。 酉年なので、私の好きな鳥のイラストや写真が多くてにこにこしてしまう。 自分から出すのは大変なのに、いただくのはやっぱり嬉しいものだ。 まだ半分近くも残っている年賀状を、そのあと一気に書き上げた。
暖かく陽射しも気持ちいいので、歩いてポストまで出かけた。 昨日の雪が、まだ道のあちこちに残っていた。 滑らないように気をつけながら、ざくざくと踏みながら静かな道を歩いた。 ぽたぽたと枝からとけた雪が滴る音がする。 雪だるまたちもだいぶやせてきた。 鳥たちの声が響いた。 暖かくて明るいいいお正月だ。
街の中もやっぱりお正月の匂いがする。 甘いお屠蘇の匂い。 清々しい門松の匂い。 子どもの新しい服の匂い。 おだやかな人々の顔からあふれる幸せの匂い。 小さいころほどではないけれど、今年もお正月の匂いを感じられたことが嬉しかった。 まだ何も起こっていない、まっさらな年が始まった。
振り返ったとき、優しい思い出に微笑むことができるような、おだやかないい年になりますように。
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