ひとりごと
DiaryINDEX|past|will
時々覗いている、動物スタンプ専門のネットショップで かわいい動物の認印を見つけた。 猫やウサギ、犬、カエル。 小さい丸の中に、リアルな動物と名前がきちんと納まっている。 なんてかわいいの?
『認印として使うには多少の「気合い」が必要です。』 との、説明に笑ってしまった。 確かに、ちょっと気恥ずかしいかな? でも、これでセキセイインコがあったら使うのに。 『新作リクエスト掲示板』に、セキセイインコを希望したらすぐに答えてくれた。 早速、苗字を入れたインコの認印を注文した。
そして届いたセキセイインコの認印。 かわいくて、嬉しくて、新聞の端っこや捨てる前のダイレクトメールにポンポンと押してみた。 丸窓から覗いているセキセイインコの顔がいくつも並んだ。 新聞を読もうとした夫が、余白に並んだインコのはんこに気がついて 「こんなにあちこち押していたら、すぐに使えなくなってしまうで。」と呆れたように言った。 大丈夫。市販インクの補充もできるのだって。 これを使うときが待ち遠しかった。 早く宅配便や、回覧板がやってこないかしら?
今朝、やっとこれを使うときがやってきた。 注文していたガーデンフェンスが届いたのだ。 「それでは運んできますので、その間にはんこをお願いします。」 と、宅配便のお兄さんは、3枚の伝票を渡して、大きなダンボール箱を運び始めた。 いきなり3枚も押せるなんて嬉しい。 目の前で押すのではないから、気合いもそれほど必要ない。 セキセイインコの認印は、初めてのお仕事をしてくれた。
3つのダンボールを運び終わったお兄さんに、 「お世話さまでした。」と言って、私は3枚の伝票を渡した。 お兄さんは伝票をちらっと見て、表情も変えずに「毎度〜。」と行ってしまった。
あれぇ?インコに気がつかなかったのかな? ふざけたはんこに呆れてしまったのかな? それとも、こんなはんこは最近よくあるのかしら。 でも、いちいちお客のはんこに反応するわけにもいかないしね。
今度は、配達の人の目の前ではんこを押すときを楽しみにしていよう。 やっぱり気合いがいるかしら? ちょっとドキドキ。
動物スタンプ専門店、アニマルスタンプ・カワナはこちら。
| ヤスおじちゃまのこと |
2004年05月30日(日) |
ヤスおじちゃまのお葬式がすんだ。 体は小さな壷の中に。 魂は天国で待つ奥さまのもとへと旅立った。
康叔父は、亡くなった祖父の弟だった。 90歳のこの大叔父を、私たちは「ヤスおじちゃま」と呼んでいた。 お子さまがなく、奥さまも亡くなったので、 実家の私たち家族が一番親しい親戚で、家族だった。 私たち姉妹はまるで孫のように、甥や姪たちはひ孫のようにかわいがってもらった。
幼い日の記憶にある最初の頃からおじいさんだったのに、いつもはつらつと明るかった。 温泉旅行や食べ歩き、博物館やミュージカル。 いろんなところへ連れて行ってもらった。 おしゃれで、おいしいもの好きで、珍しいもの好きで、かわいいものも好きで いつも何か新しいことを考えているダンディなおじいさんだった。 80歳を過ぎてから、パソコンだって始めたのだ。 90歳になっても、ひとり暮らしのマンションに新しい家具を買ったのだ。 100歳だって、軽く迎えられると思っていた。 なのに。
体調が悪くて入院したのは、ほんの1週間前のことだった。 とっても心配したけれど、病院のベッドでは快適そうににこにこしていたと言う。 妹に言いつけて、ドリームジャンボ宝くじを買いに行かせる余裕もあった。 (ヤスおじちゃまは、とてもくじ運がよかった!) お医者さまは、高齢であるのでいつ何があっても、とおっしゃっていたけれど 全然そんなだとは、誰も思わなかった。 それでも、早くお見舞いに行こうと思っていた。
私は、姪たちに縫い物を頼まれていたので、 それが仕上がったら、届けがてらお見舞いに行くつもりだった。 水曜の朝に遊び着がやっとできあがり、大急ぎでそれを包んで支度をした。 家を出る前に庭に出て、たくさんの花を摘んでお見舞いの花束を作った。 ピンクや白の薔薇たち、白いアスチルベ、ニゲラ、フウロソウ、ゼラニウム、ホタルブクロ、 そして涼しげなナルコユリやギボウシの葉っぱをふんわりと束ねた。 ヤスおじちゃまは、いつも私の庭の花を誉めてくれていた。 嬉しそうな顔を思い浮かべた。 まさかその花束が、その日のうちに棺に入るだなんて、思いもしなかった。
実家に寄らず、駅から直接病院に行ってヤスおじちゃまを見舞った。 母がひとりで付き添っていた。 ヤスおじちゃまは想像したよりも悪そうだったけれど、確かに私を認めて手を握ってくれた。 大きなごつごつした両手で私の手をしっかりと包み込んで離さなかった。 その力の強さに少し安心し、たくさん不安になった。 「元気になったら、また寿司清に連れて行ってね。ハヤシライスも食べに行こうね。」 と、声をかけながらも、半分はもう夢のような気がしていた。
やがて遊び着を待ちきれない姪たちと妹も病院にやって来た。 その場で着替えて、小さな姉妹のかわいい姿を見てもらった。 何かを食べたそうな仕草のヤスおじちゃまに、 看護師さんにお願いして小さな氷のかけらを口に入れてもらった。 透明なかたまりが、口の中でころころと音を立てた。 「おいしい」と、ヤスおじちゃまは満足そうに言った。 嬉しかった。
私と妹は安心して、また来る、と約束して手を握り、ヤスおじちゃまに別れを告げた。 そしてスーパーで夕食の買い物をして実家に帰った。 病院の母から知らせの電話があったのは、キッチンで買い物袋を開けているときだった。 私たちが帰ったあと、静かに眠り始めてそのままだったと言う。 「おいしい」が、最後の言葉だったのが、ヤスおじちゃまらしかった。
昨日のお通夜も、今日のお別れの日も、真夏のように暑い明るい日だった。 これも、晴れ男で湿っぽいことの嫌いなヤスおじちゃまらしかった。 悲しみはいっぱいだったけれど、その席は決して暗くはなかった。 人生を楽しんで、人を愛しみんなから愛され、90歳の天寿を全うしたヤスおじちゃまは 幸せだったと誰もが思うから。
家族で考えていることがある。 ヤスおじちゃまの買った最後の宝くじが当たったら(きっと当たる!) みんなで寿司清に行くのだ。 写真を持って行って思い出話をしながら、感謝しながら、 ヤスおじちゃまが「もう一度食べたい」と言っていたお寿司を味わうのだ。
ヤスおじちゃま、どうもありがとう。 さようなら。
杜鵑。 時鳥。 ホトトギス。
真っ暗な夜に鳴いている。 鳴きながら飛んでいる。 眠れないのだろうか。 夢でも見たのだろうか。
どこか哀しげなホトトギスの声。 姿を見たことはない。 ひたむきに飛ぶ横顔を思い浮かべてみる。
2年ぶりに友だちの家を訪れた。
薔薇は2年分大きく豊かに育っていた。 曇り空の下、薔薇は柔らかい色合いでしっとりと咲き、 広い庭を水彩画のように彩っていた。
そして鞠のようにはずんでいた小さい子猫は、 美しいしなやかなレディ猫になっていた。
薔薇の下をくぐり抜ける猫。 香りを楽しむようにうずくまる猫。 薔薇を見上げる猫。 部屋の中から庭を眺める猫。
絵のような美しい風景に何度も出会って そのたびごとに見とれてしまった。
薔薇と猫って、とてもよく似合う。
20年前の写真
電車の中のうたた寝の 浅い夢の中で懐かしい人に会った。 夢とうつつの間を揺れながら その人を夢に見たことに驚いていた。 久しぶりに連絡してみよう、と思っていた。 なのに、目が覚めたら、それが誰だか忘れてしまった。 ただ、懐かしい人に会えた幸せな思いだけが ふんわり胸の中に残っていた。
朝、ちょうど20年前の今日の写真を見た。 卒業アルバム用に撮ったモノクロの写真だった。 学生時代の後輩が見つけてスキャンしたのを インターネットの上で見せてもらったのだ。 きっちり20歳若い友だちもふっくらした頬の私も 白黒の校舎をバックに笑っていた。 いきなり現れた写真の懐かしさに胸を衝かれた。
1984年5月22日はよく晴れていた。 サークルの仲間がキャンパスの中庭に集まった。 ただ、写真を撮る、と言うだけなのに、 なぜか楽しくてはしゃいでいたのを覚えている。 そのときの楽しさが、そのまま写しこまれていた。 はじけるような笑顔だった。
ひとりひとり名前をあげ、声や姿を思い出した。 たまに会う人、ずっと会っていない人、二度と会えない人。 みんな写真の中のこの一瞬で時間を止めている。 20年後のことなんて知りはしない。
あんな夢を見たのは、この写真を見たからか。 夢の中で会ったのは誰だったのだろうか。 また会えるだろうか。
20年後の今日、私はどうしているのだろうか。
階段から落ちて痛めた足を友だちが心配するので 10日もたっているけれど、お医者に行ってみた。 「もう大丈夫!」とお墨付きと、念のための塗り薬をいただいて帰った。 これで思いっきり庭仕事ができる。
台風が通り過ぎたあとの庭は掃除のし甲斐があった。 落ちている花びらを拾い、枯れてきた春の草花を抜いた。 広がり始めた雑草を抜き、転がっている鉢を片付けた。 そしてとうとう、前から気になっていた大仕事をした。 2本の木を抜いたのだ。
5年前、ここに来たとき、庭の南西の隅に2本の木を植えた。 ひとつは、高さ20センチほどだったゴールドクレスト。 寄せ植え教室で使って鉢に植えてあったのをおろしたのだ。 もうひとつは、ピンクの花を咲かせるハナミズキ。 たくさんの花をつけてシンボルツリーになるはずだった。
両方とも計算違いだった。 気軽に植えた小さなゴールドクレストは、 この半日陰の庭を気に入ってぐんぐんと大きくなった。 気がついたら、ただでさえ日当たりの悪い庭の、 貴重な午後の日照をほとんど遮るほどに育っていた。 花と紅葉を楽しむつもりだったハナミズキはなかなか大きくならず、 5年の間、ひとつも花をつけなかった。 ハナミズキには日当たりが必要だったのだ。
邪魔になってしまったゴールドクレストとかわいそうなハナミズキは ご近所たちのお庭に引き取られることになった。 ゴールドクレストは裏庭に、ハナミズキは庭の入り口に植えてもらえると言う。 うちにいるより、ずっと幸せになりそうだ。
昨夜降った雨で、土も柔らかくなっていた。 やるなら、暑くなる前、梅雨になる前の今しかない。 思い切って、ゴールドクレストの脇にスコップの最初のひと差しを入れた。 それをてこのように手前に1度動かしただけで、 2メートル半ほどの高さのゴールドクレストは簡単に傾いた。 これはわりと簡単に移植できるかもしれない。 ご近所さんの準備が整っているかどうか、電話で確かめると、 すぐにスコップを持って応援に来てくれた。
ご近所さんが見守る中、反対からもスコップを差し込んで、 ぐいっと持ち上げようとしたが、木はゆらりと反対に傾いただけだった。 ぐるりと一周スコップを入れて土をどけてみたら、 ゴールドクレストの根は、横張りはしていなかったけれど、縦に深く伸びているのだった。 大変なことになった。 ふたりで少しずつ土をすくっては根を掘っていく。 掘っても掘っても、何本も伸びている根の太さは変わらなく、引っ張ってもびくともしないのだ。 汗がだらだらと流れてきた。 シャツの袖でそれをぬぐうと、顔が土だらけになったのがわかった。
「まだ深いよ。」 「どうする?切ってしまう?」 「でも根付かなくなっちゃう。がんばろう。」 「始めてしまったからにはやめられないものね。」 時々声を掛け合いながら、一緒に土を掘った。 少しずつ手ごたえを感じられるようになっていった。
「そろそろ抜けるかもしれない。」 「1、2の3!」 一緒に幹をつかんで引っ張った。 ずずず…と長い根ごと、ゴールドクレストは引き抜けた。 「抜けた!」 始めてから30分ほどもたっていた。
長いゴールドクレストを横にして、フェンスの上から向こうに渡した。 持ってみると、意外に軽いのだった。 次は向こうの庭に深い穴を掘り、植えつける作業。 こっちのほうがずっと楽だった。 バケツでたっぷりと水をやり、地面を固めてゴールドクレストは落ち着いた。 「なかなか素敵じゃない!」 「ここに似合うわね。」 「お疲れさま〜。」 「明日筋肉痛かもね。。」 土だらけの顔で笑いあって別れた。
部屋に入ってお茶を飲んでひとやすみ。 でもまだハナミズキが残っている。 この勢いで、ハナミズキも掘ってしまおう。 私らしからぬやる気を出して、また庭に出た。
ハナミズキは、お隣さんがもらってくれることになっていた。 電話で声をかけると、裏口から出てきてくれた。 お隣さんの見ている前で、さっきと同じようにスコップを入れてみると こちらは思ったよりも簡単に根が動き、10分ほどできれいに抜けた。
フェンス越しに、2メートルほどのハナミズキの木をお隣さんに手渡した。 「わぁ、本当にいいの?嬉しい!」 喜んでもらえてよかった。 とりあえずハナミズキは、土と水を張った大きな樽に入れられた。 明日にでも、ご主人さまに植えていただくと言う。 ハナミズキもたくさんの日を浴びてのびのびと育ち、花も咲かせるようになるだろう。
5年間、庭の隅で育っていた2本の木がなくなった。 大きな穴が残り、空が広くなった。 日当たりがよくなって、花たちの育ち方も変わるだろうか。 今度は先のことまでよく考えて、木や花を植えよう。 これを機会に、庭造り計画をもう一度考え直すのだ。
木が好き放題に茂り、こぼれ種で草花が野放図に増え、鬱蒼と、雑然としていた庭を、 それなりにさっぱりときれいに、爽やかにするのが、6年目の庭の目標。 これからに乞うご期待!
| 恵ちゃん、久しぶり! |
2004年05月20日(木) |
今日は雨も降って寒かったから もこもこふわふわの恵ちゃんがちょっとうらやましかったよ。
すぐに元ママのこと、わかってくれてありがとう! 目を見て、匂いをかいで、手をぺろぺろなめてくれたね。 すっかり大きくお姉さんっぽくなったあなたの ふとした表情や仕草に赤ちゃんの頃の面影を見つけて 胸がきゅんとなっちゃった。
しおらしく抱っこされてくれたけれど ふだんはオテンバなのですって? テーブルの上のものをどんどん落としちゃうって? 今朝は障子も破いちゃったんですってね! あんまりママを困らせちゃダメよ。
それからね、聞いちゃったよ。 トイレがちゃんとできなくて 「チッチー」なんて、あだ名で呼ばれるんですって!? あぁ、はずかし、はずかしいよ。 一人前の猫なら、トイレはきちんとしなくちゃね。 猫の先輩、いっぱいいるから、教えてもらってね。
短いしっぽも長いふさふさの毛でおおわれて 大きな毛玉をお尻にくっつけているみたいだったね。 それがピコピコ動くのがおかしかった。 そんなところも赤ちゃんの頃とおんなじだ。 デジカメのキャップにじゃれてくるのも 仰向けに寝転んで、私の手を抱え込んでなめるのも昔のまんまだね。
でも、そんな赤ちゃんぽいところばかり探してちゃいけないね。 立派な大人の猫になってね。 しなやかで機敏で、我慢強くて愛嬌もある、気品高い大人の猫になってね。 寅ちゃんって言う弟もできたんだし、お姉さんらしくならなくちゃ。
たくさんの先輩猫ちゃんや、優しいワンちゃん一家や、 素敵な家族に囲まれてあなたは幸せね。 幸せなあなたに会うのが、私も幸せよ。
また会いにくるね!
きれい〜。 1本だけどこかで「アート」してきてもらったらしい。
おしゃべりと一緒にひらひら動く白い手に つい見とれてしまう。 ピンクとラメがキラキラ光る。
左手の薬指。 意味がありそうで、きっとない。
3週間ほど前、4歳の姪から電話がかかってきた。 「お弁当袋作って!」 本人から直々の依頼だった。
ゴールデンウィーク明けからお弁当が始まっていたのに 今になってやっと出来上がった。 遅くなってごめんなさいね。 でも依頼どおりのお弁当袋ができたよ。
ひとつずつラッピングしてクマさんのシールを貼った。 リョウコとリンコ、それぞれに宛ててメッセージもつけた。 読めるかな? 読んでくれるかな?
「ママのおいしいおべんとうをいっぱいたべてげんきでいてね。」 「おべんとうをたべられるようになってえらかったね!これからもげんきでね。」
大きな封筒に入れ、おまけにお菓子も入れて封をした。 住所の下に、姪たちの名前をひらがなで書いた。 キティちゃんの切手を3枚貼って、郵便局に持って行った。
彼女たちのランチタイムが楽しくなりますように♪
足の痛みはおさまってきたけれど、まだ風邪っぽくて気分がよくなくて、 パン教室を休んでしまった。 うとうとして目覚めた夕方、庭に出た。 むっとした湿気と、濃い緑の香りが包み込んできた。 夏の匂いがした。
盛りを迎え始めた薔薇が強く香った。 手入れをしていない草だらけの庭に花びらが散っていた。 ジギタリスと寄り添いあって咲いている ニコチアナのぱっちりとした白が目に痛かった。 蚊がまとわりついてきた。
いつもの庭の点検。 メアリーローズの枝に作られたコアシナガバチの巣を見るのはお楽しみ。 むちむちと太った白い幼虫たちが見えるようになってきていた。 母蜂は、その世話に大忙しだ。 刺激しないように、遠くから見守りながら、そっと巣に近づいていった。
すぐに異変に気がついた。 きっちりと作られた美しい巣がゆがんでいる。 胸がざわざわした。 近づいて覗き込んでみると、巣は壊れていた。
なに? どうして? 昨日の雨のせい?
頭が混乱したまま、しゃがみこんでかわいい幼虫たちを探した。 どこにもいなかった。 六角形の巣穴いっぱいに太っていた幼虫たちは 1匹も残っていなかった。
写真を撮りながら、胸が痛くなった。 あのきれいな巣がぼろぼろになっている。 母も子もいなくなってしまった。
気持ちを落ちつかせながら考えた。 コアシナガバチの巣は襲われたのだろう。 あの幼虫たちは連れ去られてしまったのだろう。 一体誰に? 棘だらけの枝に何重にも守られた小さな巣を襲えるのは、猫や鳥ではない。 たぶん同じ昆虫だ。
すぐに思い至った。 玄関の軒下に、キアシナガバチが巣を作っていた。 あのキアシナガバチではないだろうか? コアシナガバチが薔薇の枝に巣を作り始めるのと同じころ、 キアシナガバチも巣を作り始めた。 コアシナガバチの幼虫が孵ったのと同じように、 キアシナガバチの卵も孵化したのだろう。 同じように、母蜂は、子どもたちのために狩りをしなくてはならない。
食欲旺盛な幼虫たちに、せっせとほかの虫を運ぶアシナガバチ。 私の庭の花々も、その恩恵にあずかってきた。 コアシナガバチもキアシナガバチも、差別することはできない。 どちらも子育てに一生懸命なのだから。
それでもショックだった。 母蜂がたった1匹で、メアリーローズの枝に巣を作り始めたところから見ていたのだ。 丁寧に真剣にひと部屋ずつ、子ども部屋を作っていた。 どんな強い風の日も、雨の日も、しっかりと巣と卵を守っていた。 目が合って、威嚇されたこともあった。 大事な大事な子どもたちだったのだ。 卵が孵化して、母蜂は忙しくなっていた。 薔薇の芋虫たちをせっせと捕ってくれていた。 その活躍も頼もしかったし、なにより幼虫たちの成長が楽しみだったのに。
本当に残念だった。 悲しかった。 でも誰も責められない。 こんな小さな庭でも、こんなドラマがあったことを不思議に思うだけだ。
せめて、母蜂だけは逃げられたことを祈ろう。 彼女がまた、どこかで新しい巣を作り、 今度こそ新しい家族を育てていけることを心から祈ろう。
ちょっと疲れちゃってたのかな。 春が来て、花が咲き出して、 薔薇が咲きだして、 嬉しくて、めまいがするようで。
楽しいことでも疲れるんだね。 楽しすぎて気がつかないけれど 疲れていたのかもしれないね。
足を怪我したのは 「そろそろ休みなさいよ。 浮かれすぎないように気をつけなさいよ。」 って、合図だったのかな。
だるくて熱っぽい午後、 ボタニカルにも行けなかった。 もちろんバレエにも行けなかった。 ソファに体を投げ出して はれぼったい足と頭を持て余している。
…と思ったら、眠っていた。 夫が開けた窓から 優しい花の香りがそっと忍び込んできた。
朝、目覚めると、痛みは軽くなったようだった。 湿布をめくって見ても、すねのでこぼこはだいぶ平らになっていた。 ベッドから立ち上がろうとしたら、足首がズキンと痛んだ。 よく見ると、足首が腫れていた。
軽い捻挫のようだった。 昨日から腫れていたのだろうけれど、 すねのあざと腫れにばかり気をとられていたのだ。 湿布を足首にも貼った。
お医者さまに行ったほうがいいのかもしれないけれど、 なんだか熱っぽくてだるかった。 2週間出張に行っていた夫もやっと帰ってきて、今日は久々に休みを取っていた。 ふたりでぐうたらごろごろ過ごしてしまった。
熱は37.3℃の微熱。 風邪気味なのか、足のせいか。 それとも近づいてきている低気圧のせいか。 窓を開けると、空気がじっとりと重い。 薔薇の濃い香りが、草だらけの庭に低く沈んでいる。 それをかき分けるように、のろのろと庭を歩いた。
昨日おとといの暖かさで、薔薇も草花も咲き進んでいた。 咲いたばかりの薔薇のなんて清らかなこと。 汚れなく瑞々しく朗らかで、優しかった。 どの花も涙が出そうにきれいだった。 こんな私が育てていても、薔薇はこんなに美しく咲く。 愛しかった。
体はまだだるかったけれど、気持ちはすっきりと洗われたようだった。 花を育てていてよかった。 早く元気になって、花たちの手入れをしよう。 感謝の気持ちを込めて触れ合おう。
友だちの家に行く途中、駅の階段で転んでしまった。 なにをそんなに急いでいたのだろう。 JRから地下鉄に乗り換えるとき、 ホームへの階段をあわてて駆け下りた。 そのとき、もとからゆるかった靴のかかとが脱げ、 それがワイドパンツの折り返しに引っ掛かり、 駆け下りる勢いだけそのままに、ズドドドド…と 前のめりに転げ落ちてしまい、踊り場でようやくとまったのだ。
「やっちゃった!」「恥ずかしい!」「お料理が!」 と、瞬間的にいろいろ考えた。 痛みよりもまず恥ずかしさ。 うつむいたまま、飛び散ったお惣菜を手早くかき集めて 手提げの紙袋に入れて、立ち上がった。 でも「大丈夫ですか!?」と駆け寄ってくる人影はなかった。 まるで奇跡のように、駅の階段にもホームにも、誰もいなかったのだ。 白々と明るい蛍光灯も、見て見ぬ振りをしているようだった。 私が転げ落ちるところを目撃した人も、巻き添えを食う人もいなかった。 よかった。
何もなかったようなすました顔で、間もなく到着した電車に乗り込んだ。 すましているくせして、すかさず空いている席を見つけて座り込んだ。 ひざとすねと足首がジンジン痛んだ。 さりげなく服を観察したけれど、よかった、破れていない。 袋から飛び出したお惣菜も、ビニール袋で密封されていて無傷だった。 ただ、手提げの紙袋は大きく裂けていて、中身が落ちそうだ。 慎重に紙袋を抱えながら、駅を下りた。
友だちの庭の薔薇も草花もすばらしかった。 愛情深く、細やかに手入れされていることがひと目でわかる。 のびのびと元気に美しく咲いていた。 みんなの持ち寄りのお料理もおいしく、おしゃべりは楽しく、 犬やインコは本当にかわいかった。 なのに、失礼なことに私はきっと上の空だっただろう。 とっても楽しくておいしかったのに、 足の痛みと階段から落ちたショックが心の余裕をなくさせていた。 みんなにも心配をかけて、気を遣わせてしまった。 本当に申し訳ない。 情けない〜。
夜、家に帰って足を見てみた。 色とりどりのあざが7つ、すねから足首にかけてできていた。 それを覆うように冷たい湿布を貼った。 打撲だけで、骨に異常はないようだ。 非情な夫には「マヌケ」と笑われた。
わかっている。 本当にマヌケよ。 「でもね、これだけですんだのってすごくない? 私、転び慣れているから、脱力するのが上手いのよ。」 と、自慢したら 「普通、大人になったら転んだり、階段から落ちたりしないんだよ〜。」 と、言われてしまった。
そうなのか! 大人は転ばないものなのね。 やっぱり私は運動神経が鈍いのだろうな。 たしかに小さい頃からよく転んで、ひざからかさぶたが消えたことがなかった。 保健室の記録ノートには、1週間に1回は私の名前が現れた。 転ぶだけではなくて、図工の時間にカッターで指を切ったり、朝礼で気分が悪くなったり。 運動神経が鈍いだけじゃなく、ブキッチョで、軟弱だったんだ。 それは今も変わらない…。
でも、見ていらっしゃい! せっかく通い始めたスポーツクラブで体を鍛え、筋肉をつけ、敏捷になってみせましょう。 1年後には、今までとは違う、テキパキとしたニューToto&Bebeがいるでしょう。
とりあえずは足の怪我を治さなくちゃ。 この足じゃ、水泳もバレエもマシンジムもできないものね。
近所の薔薇園に、友だちと行った。 私が初めての薔薇を買った薔薇園。 行くたびに、新しい出会いのある薔薇園。
霧のような雨がふったりやんだりしていた。 緑は濃く、薔薇の色は鮮やかだった。 そこで私が一目ぼれしたのは、透き通るような花びらと蕊を持つ フィンブリアータという薔薇だった。 雨の粒をまとった淡いピンクの花びらは、 薄紙細工で作った撫子のように繊細な切り込みが入っていた。 その花は、苗の棚の入り口で優雅なアーチを作って しとやかに私たちを見下ろしていた。
友だちは貴婦人のような白い薔薇の新苗を、 私はフィンブリアータの小さな新苗を買って帰った。 小さい苗なのに、つぼみを4つもつけていた。 「花を見たいでしょうから一番大きいのは咲かせてもいいよ。 あとの3つはかわいそうだけれど、切ったほうがいいな。」 と、薔薇園の奥さまがアドバイスを下さった。 ひとつだけでも、私の庭で咲いてくれたら嬉しい!
フィンブリアータのことを、私は何も知らなかった。 何しろ、電撃的な一目ぼれだったのだから。 友だちと別れたあと、インターネットで検索してみた。 「Fimbriata」で、たくさんのページがヒットした。 でも、不思議不思議。 出てきたのは薔薇のページより、ほかの生きものの方が多かった。 キノコ、クモ、巻貝、ヤドカリ、苔、水草、カサゴ、カレイ、ラン…。 どれもみんな「フィンブリアータ」なのだ。
一体「フィンブリアータ」って何? と、思っていたら、その回答のページに行きついた。 「fimbriata」とは、ラテン語で「フリンジ状の、へりがぎざぎざに裂けた」の意味を持つ 種名を表す言葉だったのだ。 なるほど、それぞれのページに戻って写真を見てみると、 キノコも貝も苔も、ひらひらぎざぎざしているのだった。 こんな優しげな小さな薔薇も、クモやキノコやヤドカリと同じ、フィンブリアータ仲間。 そう思うとおもしろい。 ラテン語の辞典をもっと見たくなってしまった。
私のかわいいぎざぎざちゃんが、花を見せてくれる日が待ち遠しい。
お昼過ぎ、ゆっくりと食事をすませたころ、 玄関のチャイムが鳴った。 小包だった。
友だちからの思いがけない贈り物! お日さま色の透き通るように美しい夏蜜柑のマーマレード。 夢見るようにうっとりと光る青や白のシーグラス。 それからかわいいきれいな貝殻たち。
瀬戸内の潮風の香りがする。 波の音が聞こえる。 まぶしい陽射しがここにある。
どうもありがとう。 ひと足早く、ここには夏がやってきたよ。
また会う日まで…
仲よしのお隣さんが、今日、とうとうお引越ししてしまう。 朝早くから、若くて力持ちのお引越し屋さんが テキパキとお仕事をしている様子がうちからも見えた。 私も朝食のあと、お手伝いに行った。
私ともうひとりの仲よしさんの仕事は「植え込み部隊」。 お庭の花々を鉢あげしたり、整理したりしていく。 持って行けないものは、私たちが引き取る。 空いている鉢に、今まで丹精を込めて育てた植物を植え込んだ。
パンジーやビオラなど、そろそろ花が終わりそうなものは 思い切って抜いて、少しでも多くの鉢に、親しんだ植物を植え込む。 ご家族やお引越し屋さんの邪魔にならないように、 私たちは庭にしゃがみこんで、せっせと寄せ植えを作っていった。 帽子をかぶっていても、強い陽射しを背中に感じる。 夏のような明るいお天気。 お引越し当日が、こんな晴れの日で本当によかった。
「その大きな樽が空いているよね。それはハーブの寄せ植えにしようか?」 「このラベンダー、みんなでおそろいで買ったのだったわね。」 「ミント、ずいぶん増えたのね。」 「あ、このセージ、たしかうちのを挿し芽をしたのだったよね。着いてよかった。」 そうだった。 それぞれの草花のエピソードを私たちは知っている。 レモングラスは、うちでやたらと増えたのを、ご近所さん数件にもらっていただいたのだった。 この子も、お供に連れて行ってもらおう。
「あ、シソ!これもハーブの鉢に植えちゃおう。」 「それから、このワイルドストロベリーも。もう実がなっているわよ。」 「いいわね。素敵な寄せ植えができたね。」 背の高いアリウムの白い花がアクセントになった。 ひと鉢できあがり〜。
ふたりで相談しながら、連れて行ってもらう植物を選んでは丁寧に植え込んだ。 昼までに10個ほどの、かわいい鉢植えができあがった。 その頃おうちの荷物の運び出しも終わり、それぞれの家でランチ休憩。 お隣さんが、部屋に入る前に、先日の送別会とお散歩の写真と、 私が作ったビーズのネックレスを小さな袋に入れて渡した。
家に帰り、涼しい部屋の中で、冷やし中華を作って食べた。 先ほどまでのあわただしさがウソのように静かだった。 緑いっぱいの自分の庭を眺めながらも、なぜか気持ちは落ち着かなかった。 もうすぐお別れのときがやってくる。
ちょっと疲れて、30分ほどソファでうとうととした。 薔薇の香りの風が気持ちよかった。 やがて、またお隣からざわざわと人の声が聞こえてきた。 お別れを惜しむ友だちが集まってきているらしい。 リズちゃんの犬友だちも来ているらしく、何匹かの犬の声もする。 いよいよだ。
お隣さんの門の前からは、大きなコンテナトラックはいなくなり、 かわりにたくさんの友だちが立っていた。 子どもたちは、はしゃいで鬼ごっこをしていた。 私も何度目かに鬼にタッチされて、いつの間にか子どもの仲間に入っていた。 大人たちは、静かににこにこと話していた。 お隣さんは、私があげたばかりのネックレスをつけてくれていた。 青白い天然石と白いクリスタル、銀のチェーンが、VネックのTシャツによく似合っていた。 とても嬉しかった。
なにかいつもと様子が違う、と落ち着かなげにみんなの顔を見上げていたリズちゃんとも お別れの挨拶をした。 ふわふわの首を抱きしめると、顔をなめてくれた。 「リズ、作ってもらったあのクッキー大好きなんだよ。」と、お嬢ちゃんが言ってくれた。 「よかった。じゃあまた遊びに行くときに作っていくね。」と、私も言った。 「リズちゃん、そのときまで覚えていてくれたらいいなぁ。」 そしてリズちゃんは、そのクッキーにつられて、ケージの中に押し込められ、 一番先に車に乗り込んだ。 そのリズちゃんをはさむように、ふたりのお子さんが後ろの座席に座った。 にこにこと笑いながらピースサインの手を振ってくれた。
「それでは…。お世話になりました。どうもありがとう。 またね。遊びに来てね。」 「うん、うん。すぐに遊びに行くね。またね。元気でね!」 名残惜しいけれど、これでお別れなのだ。 関西の新しいおうちまで長距離ドライブのあと、荷物の運び入れや整理があるので ここでゆっくりもしていられない。 「みなさん、お世話になりました。お見送りありがとうございました。」 と、ご主人さまが挨拶されて、運転席に座り、エンジンをかけた。 最後にお隣さんが助手席に乗って、大きく窓を開けてにっこりと笑った。 「じゃあね。さようなら〜!」
車はいつもの買い物のときと同じように、あっさりと行ってしまった。 みんな少しずつ涙をこぼした。 「もう会えないわけじゃないんだから。またいつか帰ってくるのだから。」 残された私たちはうつむいたまま小さい声で話した。 がらんとした静かな駐車場と、カーテンのない窓を見上げて、 「それではね。」と、お互いの顔も見ないまま別れた。
夕方が来て夜が来て、ことあるごとに、今頃どこを走っているのだろう、と思った。 お隣さんは、もう新しい家に着いただろうか。 あの鉢植えたちは、新しい家のベランダで夜風に吹かれているのだろうか。 慣れない土地で、あの草花たちが、少しでもお隣さんの心を和ませてくれますように。 新しい土地で、お隣さんが元気で明るく暮らしていかれますように。 関西に行く楽しみが、またひとつ増えた。
今朝咲いたばかりの薔薇の香りに誘われて庭に出た。 薔薇の葉陰にしゃがみこんで、目をつぶった。 しあわせな時間。
いっぱいの薔薇の香りが私を包む。 それから、小さな生きもたちのささやかな音が聞こえる。 忙しく花をめぐるアブやハチの羽音。 かさこそと花びらをかき分けるコガネムシの足音。 風に揺れて触れ合う葉っぱたちの柔らかい音。 花びらが地面に落ちるさらりとした音。 じっと耳を澄ましていると、私まで植物になっていくよう。
目をあけると、そこではゆりかごが作られている最中だった。 オトシブミのお母さんが、薔薇の葉っぱを巻き上げていた。 葉脈を残して切れ目を入れた葉は柔らかく萎れてくる。 そこに卵を産み付けて、きちんと巻いて、幼虫のゆりかごにするのだ。
なんて丁寧で確実で美しい仕事! 目が離せない。 息を呑んで見守った。
折り曲げた葉の葉脈側を抱えこんで、じわりじわりと巻いていた。 少し巻いては、左右に歩いて点検して、等分に巻けているか確かめている。 5ミリもないほどの小さな小さな虫なのに、なんて力持ちなのだろう。 少しずつだけれど、確実に葉っぱは巻いていかれているのだ。 時々、葉っぱの端っこを折り込んで、きちんとした円筒形に整えている。 すごい、すごい!
じっと見ている私にはお構いなしで、オトシブミのお母さんはゆりかごを作り上げていった。 いつの間にか葉っぱの根元まで巻き上げられていた円筒型のゆりかごは 最後は丸い底面に丁寧にひだをよせて、ちゃんと留められた。 できあがったゆりかごのまわりを1周して、満足したお母さんは 子どもの誕生を天に祈り、成長を薔薇に託して飛び立った。 完璧に美しいゆりかごが、薔薇の葉先に残された。 夢から覚めたようだった。
もうすぐお別れするお隣さんに ビーズでネックレスを作った。
ミルキーな水色の石と、銀色のチェーンは さっぱりと爽やかな彼女に似合いそう。 気に入ってくれるといいな。 つけてくれたらいいな。
この4月、新装開店した近所のスポーツクラブに入会してしまった。 運動オンチ、軟弱体質のこの私が、 自ら運動をしようだなんて、なんて画期的!
なぜ思い切ったかと言うと、理由は3つ。 この新しいスポーツクラブのスタジオプログラムに、 友だちがやっていてずっと憧れていたバレエのクラスがあったこと。 自転車で3分、歩いても5分と言う近さにあるということ。 それから、ここが「メディカルフィットネス」と言って、 医師によるメディカルチェックとカウンセリングがあること。
運動はしてみたかったけれど、体力や健康に自信がなかった。 水泳やエアロビクスなどのクラスに入って、 ほかの人と同じようにやっていけそうにないような気がした。 でも、今度のここは、入会すると医師によるチェックがあり、 そのデータや個人の目的に基づいて、適当なプログラムを組んでくれると言う。 そして定期的にチェックして、フォローもしてくれるらしい。 それなら私にも、できるものがあるかもしれない。 入会のときにメディカルチェックをして、今日はその結果を見ながら これからのプログラムの進め方や、生活の指導を受けた。
案の定と言うか、意外にもと言うか「身体状況」は「重度の要注意」(そんなにひどかった?)。 「健康意識度」は「準備期」。 でも「食事傾向」だけは「大変健全」で評価Aだった。 総合的に「生活習慣リスク」は雨マークで、血液検査と医科学検査、 それにドクターカウンセリングを必要とすると言う。
そんな私への「お勧めプログラム」は「アロマストレッチ」「かんたんストレッチ」「歩き方教室」 「はじめてスイム」「すっきり肩こり」「すっきり腰痛」…。 心配することもなく、エアロビクスやボクササイズは勧められることはなかった。
う〜ん、とても丁寧で的確な診断&お勧めプログラム。 ここだったら、疲れすぎる心配なく、少しずつ体を丈夫にしていけるかな。 やりたかったバレエもできるようになるかな?
そのあと体成分検査と、身体測定、筋力チェックもやった。 びっくりしたのは、また身長が伸びていたこと(もう十分なのに)。 去年の人間ドックで測ったときより、さらに1cm背が高くなっていた。 そして「やや劣る」筋力と柔軟性を改善するために、ジムのプログラムもたてられた。 そのままマシンジムのインストラクターに引き継がれて、 私が行うと効果的なマシンの使い方を詳しく教わった。 本当にいたれり、つくせり。 きちんとこのプログラムをこなしていたら、確実に体を鍛えられるのだろう。
今、ただでさえ習い事が多くて、庭仕事もあって、もちろん家事もやらなくてはいけないのに スポーツクラブに通うなんて無茶かもしれない、とも思う。 でももう始まってしまった。 とりあえず、6月いっぱいまではやってみよう。 それで、あまりにもハードだったり、やっぱり通えないようだったら、そのときに考えたらいい。
近いことが何より。 1週間に1度でも2度でも、30分だけでも、ワンレッスンだけでも行くようにしてみよう。 憧れのバレエにもチャレンジしてみたい。 何十年ぶりかでプールにも入ってみたい。 泳げるようになったら嬉しいだろうな! なにか新しいことを始めるって嬉しい。
|