ひとりごと
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お隣さんの転勤 2004年03月31日(水)

お昼から、友だちとのお花見に出かけるので
早くからバタバタと洗濯や掃除をした。
明け方までの雨もあがって気持ちのいい朝だった。

まぶしい陽射しをさえぎるようにつばの広い帽子をかぶって
2階のベランダで洗濯物を広げていたら、下から私を呼ぶ声がする。
仲よしのお隣さんが、フェンスに傘を干しながら私を見上げていた。

「おはようございます。お久しぶり〜。」
と挨拶をした。
「おはようございます。
 ごめんね。こんなところでなんなんだけれど、ちょっといいかしら?」
と、お隣さん。
「うん、大丈夫よ。どうしたの?」
私は手すりから乗り出した。
「あのね、突然なんだけれど、うち、転勤になっちゃったの。」
えっっ!?

「4月1日付けで、夫はもう明日から大阪に行くのよ。」
と、お隣さんは、いつもよりまじめな顔で行った。
「え…と、それは単身ではなくって、ご家族で…?」
私はおそるおそる訪ねた。
「うん、夫の頭には、単身赴任と言う考えはないみたいなの。
でもねぇ、家のこともあるし、犬も飼い始めたばかりだし、子どもも6年生になるし、ねぇ。」
と、お隣さんは困ったように言っていた。
「そうね。リズちゃんを飼える家を探さなくちゃいけないんだものね。」
「そうなのー。どうせこっちでも毎晩帰りが遅いんだから、別に単身でも、って思うんだけれどね。」
と、お隣さん。

お隣さんとは、5年前、同じ頃にここに住み始めて以来、仲よくしていただいていた。
庭仕事をしながらフェンス越しにおしゃべりをしたり、花の苗を交換したり、
一緒に手芸をしたり、お好み焼きパーティーをしたり、買い物に行ったり。
お隣さんが留守のとき、お子さんをうちで預かったこともあった。
私が風邪をひいたときには、買い物をしてきてくれたり、差し入れをくださったりした。
夕方に、ちょっと足りなくなったお味噌や薬味の貸し借りもしたりしていた。
それでいて、あっさりとしていて、とてもいいお付き合いをしていた。
素直でかわいいお子さんたちの成長も楽しみだった。
お隣さんがワンちゃんを飼い始めて、これからもっと楽しくなるはずだった。
いなくなってしまうのは、とても寂しい。

「どちらにしろ、まだ住むところが決まっていないし。まだしばらくいるからね。」
と、お隣さんは明るい声で言った。
「どうなるかわからないけれど、これからもよろしくね。
 それでもし、私たちがいなくなって次の人が入ったら、同じように仲よくしてね。」
私を見上げてにっこりして、お隣さんは家に入った。

どうなるんだろう。
あんなに仲のいいご家族なんだもの。
やっぱりみんなで大阪に行かれるんだろうな。
寂しいな…。

こればっかりはどうしようもない。
花咲く春は、新しいスタートの季節。
出会いと別れの季節。
こんなに明るいのに、胸がしんとした。


アシナガバチのお引越し 2004年03月27日(土)


「シジュウカラが庭の巣箱で巣作りを始めたのよ」と
昨日会った友だちが嬉しそうに言っていた。
シジュウカラたちにも春が訪れたのね。
私もにっこりして、自分の庭の巣箱を思い浮かべ、
そして「あぁ…」とため息をついた。
うちの巣箱には、アシナガバチが住んでいたのだ。

4年前、シジュウカラのために巣箱を作り、フェンスに掛けた。
でも場所が悪かったのか、見向きもされなかった。
去年、見晴らしのいい軒下に掛け直したら、マイホーム見学のシジュウカラが訪れだした。
今度こそ!と思っていたのに、先に住み着いたのはアシナガバチ一家だった。
(そのときのことは、03.9.17.「巣箱は誰のもの?」に)

秋から冬の初めにかけて、アシナガバチたちがせっせと出入りしているのを何度も見た。
たまにシジュウカラが入り込んで、あわてて出てくるのも見かけた。
せっかく来てくれたのに。
もう半分あきらめかけていた。
でも友だちから、そんなニュースを聞くと、うちの巣箱でも、と思ってしまう。
もともとシジュウカラのための巣箱なのだから、
眠っているうちにアシナガバチにはお引越ししてもらおうか。
今だったら、まだ間に合う。
シジュウカラの巣作りにも、アシナガバチの目覚めにも。

夕方、巣箱を軒下からはずし、思い切って屋根を開けることにした。
掃除ができるように、片屋根は木ねじで締めて、開けられるようにしておいたのだ。
テラスの椅子の上に巣箱を置き、ドライバーで1本ずつねじを抜き取った。
ドキドキした。
大きな巣が入っているのかな。
ハチの大群が、わぁ〜っと飛び出して来たらどうしよう?
温和なアシナガバチだけれど、巣を刺激すると人を刺すこともあるらしい。

最後の1本は、屋根と一緒にはずした。
中に黄色と黒のハチが見えた!
「ハチだ!」と、叫んで、私は部屋に飛び込み、ガラス戸をピシャンと閉めた。
いたいた。
やっぱりハチが住んでいた。
あー、びっくりした。
ガラス越しに、そうっと巣箱を見てみたけれど、怒ったハチが襲ってくる様子はなかった。
外に出て、おそるおそる巣箱を覗き込んでみた。
ぼうっとした様子のアシナガバチがたった3匹、巣箱の片隅でのろのろと動いていた。
天井に近いすみっこについた、小さな巣らしきものはからっぽになっていた。

ここで越冬していたらしい。
こんなに暖かくなったけれど、アシナガバチにはまだ冬だったらしい。
せっかく眠っていたところを、いきなり屋根をはずされて寝ぼけているようだ。
私はほっとして、カメラを近づけて、何枚も写真を撮った。
くっきりとした黄色と黒の模様が粋なアシナガバチは、
しばらくもぞもぞと動いたあと、巣箱の片隅に3匹が身を寄せ合って動かなくなった。
まだ眠るつもりらしい。

引越ししてもらうなら今この時期だ。
春になって活発に動くようになったら、巣を刺激するのは危ない。
仲間が増えて、本格的にここで巣作りを始めるかもしれない。
そうなったら、シジュウカラの子育ては無理だ。
あまりにも動きが鈍いので、すぐにでも手でつかんで移動させられそうだったけれど
念のため、夜になって完全に眠るのを待った。

空が真っ暗になった頃、懐中電灯を持ってテラスに出て、巣箱の中を覗いてみた。
光に照らされて、ちょっと触覚を動かしたけれど、ハチは眠っているようだった。
小さく折ったメモ用紙でハチたちをすくうと、素直にしがみついてきた。
その紙ごと、小さな箱の中にハチを入れた。
まったくの無抵抗、あっさりと引越し完了。

さて、この箱をどうしよう。
庭に置いておくと、暖かくなって目覚めたとき、またこの巣箱に入るかもしれない。
空き地や公園だと、子どもたちがいたずらして、刺されてしまうかもしれない。
人が見つけなくて、アシナガバチにも住みやすいところ…。
眠りバチ入りの箱を持ったまま、夜道をうろうろと歩き回った。
しばらく歩いて、神社の裏山を登った。
ここだったら大丈夫。
林の中の大きな木の陰に、ハチの箱をそっと置いた。
ふたを少し開けておくのも忘れなかった。
ハチにとっての本当の春が来るまで、静かなこの林で眠っていてもらおう。

ふと気がつくと、真っ暗な林の中に私はひとりで立っているのだった。
ハチと一緒に来るときには恐くなかったのに、急に闇が恐くなった。
足元にまとわりつく枯れ枝や何かの蔓を振りほどきながら山を駆け下りた。
道路に出てほっとして、山を見上げ、箱の中で眠っていたハチのことを思った。
目覚めたらびっくりするかしら。
勝手に引越しさせちゃってごめんなさいね。。

おぼろにかすむ月と星を見ながら家に帰った。
秋から気になっていた巣箱のことが解決して心が軽かった。
またハチが帰ってきたら、それはそのときのこと。
巣箱をきれいに掃除して、また軒下に掛けて、かわいいシジュウカラ夫婦を待つことにしよう。
この春こそ、あの巣箱から巣立つヒナたちが見られますように。


チューリップの雫 2004年03月24日(水)

つんつんチューリップが芽を出した。
そろって小さな手を広げている。
お日さまをつかもうとしている。

でもその手の上には雨が降りそそいだ。
チューリップの小さな手は雨粒を受けとめた。
ひとつに1個ずつ、そぉっと雫を抱えている。

覗き込むとそれは貴い宝石のように光っていて。
ゼリーのようにぷるんと揺れていて。
ブルーグレイの雨空を映していた。

チューリップは
お日さまも雨もとっても嬉しい。


チャーム 2004年03月22日(月)

デジカメ2世のためにチャームを作った。

いつもそばにいてほしいトトのような
小鳥のガラスビーズを
ムーンストーンとクリスタルの雫でつないだ。
どこかに行っても家に帰ってくるように
巣箱のチャームもぶら下げた。

手作りのチャームをつけて
デジカメ2世はすっかりうちの子になった。


青い庭の春 2004年03月21日(日)

トトのブルーガーデンが賑やかになってきた。

クロッカスはブルーバードとトリカラー。
小さなかわいいシラー・シベリカ。
初お目見えのミニアイリス。
小粋なパンジーはエクリプス。
ヒヤシンスはブルージャケットとスカイジャケット。

ネモフィラにもつぼみがついた。
ニゲラもレースの葉を伸ばし始めた。
こぼれ種のワスレナグサも咲きそうだ。
アネモネはもう少し。

初々しい花の向こうで
元気な葉っぱに囲まれて
青い鳥の像がうっとりとほほえんでいた。


描きあげよう 2004年03月20日(土)


ボタニカルアートの教室に通い始めて3年がたった。
1ヶ月に1度のレッスンが楽しみだ。
なのに、ちゃんと作品として描きあがったものは
ほんの少ししかない。

2時間のレッスンでは、デッサンをするのがせいいっぱい。
薄く下塗りができたら私にしてはマシな方だ。
家に帰ってすぐに続きを描き始めたらいいのだけれど
夕方になっていて、電灯の光になっていると色も違い
また明日の昼間にしよう、となってしまう。
そして翌日は日曜。
ばたばたと雑用に追われたり、出かけてしまったり。
気がついたときには、モデルの花はしおれてしまっている。
そんなことの繰り返し…。

せっかくお月謝を払い、いい画材を買ったのにこれではもったいない。
中途半端がはずかしい。
1ヶ月に1枚の絵を仕上げよう。
ちゃんと描きあげよう。

今日のモデルはおいしそうな苺だった。
これなら小さいから、レッスン時間のうちに仕上がるかも!
と思ったけれど、苺には小さな種がいっぱいあるのだった。
できるだけ種の少ない小さい苺を選んでも
なんとか下塗りをするところまでしかできなかった。

雨の中、夕方の家に帰宅した。
荷物を降ろし、すぐにモデルの苺を出した。
教室で見たときより、すでにずいぶん柔らかく熟れてきている。
夕食の支度の前に、少しでも描いておこう。
ゼリーの空きカップに水を入れて、筆をとった。

苺を見つめ、紙に顔を近づけて、細い筆で色を乗せる。
赤い絵の具から苺の匂いがするようだ。
いや、モデルの本物の苺が香っているのだ。
私の絵はまだ香らない。
よく見て。
へたのつき方、種の並び方、その形、色の微妙さ。
淡い水彩を重ねて、苺を紙の上に表していく。

肩が凝ってしまったのと、おなかがすいた(と夫が言った)ので
今日のうちには描きあがらなかった。
でもこの絵はちゃんと仕上げたい。
苺をひとつ。
できたら、その周りにいろんなベリーも散らせたらいい。
私の庭で実るはずの、ワイルドストロベリーやラズベリー、
ブルーベリーやタイベリーも一緒に描けたらかわいいだろう。
おいしそうな絵ができるはずだ。

この秋、2年ぶりに展覧会をすることになった。
それに出品することを目標にしよう。
今この一瞬の苺の命を紙に写し取ろう。


2代目 2004年03月19日(金)

新しいデジカメがやってきた。
いそいそと開けた。

中古だと聞いていたけれど
まったくの新品に見える。
ぴかぴかのつやつやだ。
お店に出ていたときのシールもそのままだ。

まずは携帯電話で記念撮影。
カメラ自身が写真に撮られることはめったにない。
そう、こんな姿をしていたのだ。
つややかな丸い目が少し不安そうにこちらを見つめていた。

そして充電器につないだ。
オレンジ色のランプを点灯させて
じわじわと静かに電気をおなかに蓄えていく。
その後姿が、なくしてしまったデジカメと同じでほろりとする。

ランプが消えて、満腹になったことを知らせた。
スイッチを入れてみると、モニターにべべが写ってびっくりした。
そうだ、メモリーカードは予備に取っておいたものを入れたのだっけ。
入っている画像は見慣れたものばかりで前のデジカメを見ているような錯覚をする。

いよいよ初撮影。
最初に、この数日間、デジカメ代わりにお世話になった携帯電話を撮った。
次に、鏡に向けて、デジカメの自画像を撮らせた。
シャッターが切れるときの音が微妙に違うような気がするけれど
使い勝手は前のデジカメと変わらなかった。

本当にそっくりなのだ。
シールを剥がしてテーブルの上に置いていると
前のデジカメが若返って帰ってきたようだ。

「そっくりなの」と妹にメールすると
「そっくりも何も同じ機種じゃん」と突っこまれた。
それはそうなんだけれど。

夜遅く帰ってきた夫にもデジカメを見せて「ね?そっくりでしょう?」と言うと
「そらそうや。同じ機種なんやし。」と笑われた。
そうなんだけれどね。
別人なんだよね。

初々しい2代目デジカメ、これからよろしく。
すぐに傷だらけになっちゃうかもしれないけれど許してね。
いろんなものを見せてあげるよ。
一緒にどこへでも行きましょう。
どこかにいるあなたにそっくりの初代も、これで安心するね。
旅に出てしまった初代と、いつか対面する日があったらいいね。

明日の朝、ふたりで最初に見る花は何でしょう?


春が来ていた 2004年03月16日(火)

黄色い水仙が一輪咲いた。
粋な模様のミニアイリスが咲き出した。
青や白のクロッカスは満開だ。
ワスレナグサのつぼみを見つけた。

小さなオーニソガラムも白い星の花を咲かせた。
黄モッコウバラのつぼみもぎゅうぎゅうに頭を寄せ合って
瑞々しい葉っぱの間から覗いているのだった。
ダンゴムシやアブラムシも活動を開始していた。

小さな庭にも春がやって来た。
「チョットコイ!チョットコイ!チョットコイ!!」と
誰かを呼ぶコジュケイの声が
水色の空に気持ちよく響いていた。


薄情な私を許して… 2004年03月15日(月)

午後からはパン教室だった。
デジカメがない分、いつもより軽くて薄いバッグを持って
駅までぶらぶらと歩いて行った。

この春、初めてのチョウチョに出会った。
胸が弾んだ。
淡い黄色だった。
素敵な夏になりそうだ。
ひらひらと舞う蝶を目で追いながら、早くカメラを、とバッグを探ろうとして
なくしたことを思い出し、手をおろしてぼーっとした。
チョウチョは高いところを飛んで、畑の向こうに行ってしまった。

うららかな陽射しの中、足元にナツカシ色のカラスノエンドウの花を見つけた。
雪柳がぽろぽろと垣根に咲き始めていた。
見上げると桜のつぼみもはじけそうになっているのだった。
いつもだったら、愛用のデジカメに収めるところだ。
私はまぶたの奥と、心の中に春の景色を焼き付けた。
焼きたてパンの画像は携帯電話で撮った。

あのデジカメがない。
さびしい。
いつも私と一緒に世界を見てきたのに。
今頃どこでどんなふうに過ごしているのか。
壊れてはいないだろうか。
無事なまま、誰かの手元にあるのならいいけれど。

ぼんやりした頭のまま、懐かしいデジカメの姿を見たくて
インターネットで検索した。
4年前に発売されたデジカメを扱っているお店はなかったけれど、
当時の記事の中に、その名前と性能について書かれているものを探しては
ほめられているのを見て、うなずいたりした。
そう、あれはとても使いやすいデジカメだった。

ふと思いついて、オークションのコーナーで検索してみた。
1件だけヒットした。
見慣れたデジカメが、もっとずっと新しいきれいな姿で現れた。
いいな。
また使うならこれがいいな。
そう思い、熱に浮かされたようにふらふらと金額を打ち込んだ。

すると次の瞬間、
「おめでとうございます!あなたが落札しました!」の画面が。
あぁ!
落札してしまった。
買っちゃった。
あっという間だ(しかも安い)。
すぐに出品者からメールが来て、手続きとなり、
2、3日中に新しい同じデジカメが手元に届くことになった。

嬉しいような、悲しいような。
デジカメがまたやってくるのは嬉しいけれど
まだなくしてから1日しかたっていないのに。
帰ることを信じて待っているつもりだったのに。
自分がとっても薄情で不義理なことをしているように感じてしまった。
なんだか罪悪感。

デジカメをなくした一部始終を知っていて心配してくれている
両親や妹に電話で報告した。
「よかったじゃない!」と言われた。
「でも、こんなすぐになんて。長年連れ添ったデジカメに申し訳なくて…。」と言うと
「そんなことないわよ。あのデジカメもこれで安心するわよ。」と母。
「代わりのデジカメがいるなら、ゆっくりと帰ろう、って無事でのんびり帰ってくるよ。」と父。
「こんなにすぐに同じデジカメが見つかったのは縁があったのよ。」
みんなに慰められた。

そうなのかな。
そう考えるしかないな。
やっぱりデジカメがないのは不便だし寂しいし。
新しいデジカメを用意していてもいいのよね。

もちろん失ったあのデジカメのことはずっと待っているつもりだ。
不便とか便利、だけではない、長年の思い出がつまっているから。
トトのキイホルダーだってついたままだ。
いつかあのデジカメが帰ってくるまで、2代目にがんばってもらおう。

あぁ、こんな薄情な私だけれど、あのデジカメちゃんは許してくれるよね。


デジカメが!! 2004年03月14日(日)

ガーン!!
ガーン!
ガーン…。
私のデジカメが!
私がデジカメを…。
あの私の分身のような、右手と一体化していたような
大事なかわいいデジカメをなくしてしまった。

10日ぶりのお出かけは茅ヶ崎まで。
おととしHP上で里親探しをして、
素敵な里親さんと巡り会えた犬のラブリーちゃんに会いに行ったのだ。
そちら方面で法事のある両親とは、ラブリーちゃんのおうちで落ち合うことにして
それまでの時間、妹と茅ヶ崎散策を楽しんだ。

陽射しは柔らかく暖かく、ほんのり潮の香りを含んだ風はここちよく、
街は明るくておしゃれで優しかった。
妹と、あちこちに見えるワンちゃんグッズを扱うお店を覗いたり、
素敵な雑貨屋さんやお花屋さんを見つけてはしゃいだ。
もちろん写真もいっぱい撮った。
どこを見ても絵になるようだった。
下調べをしていた小さなビストロで、おいしくて安い贅沢なランチをとった。
おいしそうな写真を妹と撮り合った。

そして海!
去年の初夏、八丈島以来の海だ。
晴れた空の下で海は青く、透き通って輝いていた。
波の間にサーファーたちが見え隠れしていた。
砂浜では、犬や子どもたちが走り回り、人々が散歩を楽しんでいた。
私と妹も、美しい海に感激して海の向こうに見える島や、
打ち寄せるレースのような波や、砂浜の足跡を見つめ、カメラに収めた。
貝殻を拾ったり、ヒトデを見つけたりした。
そしてそのまま、ラブリーちゃんのおうちのほうへ
砂浜沿いに歩いて行ったのだ。

ワンピースにパンプスのスタイルで砂浜を歩くのは大変だった。
ただでさえ歩き慣れていないのに、強い海風に吹かれ、
陽射しを浴びて私たちは疲れていった。
だんだん口数も少なくなり、ずっと向こうまで続く砂浜を見つめてただ歩いた。
時々、足元を洗いそうに近づく白い波や、低く空を飛ぶトンビを撮った。
そう、そのときは確かにデジカメを持っていたのだ。

途中、母から電話が入り、砂の上にカメラを置いた。
でもすぐに拾い上げて、レンズについた砂を払ったのも覚えている。
それからいつものように、ストラップを手首に通し、しっかりと握って歩いていたはずだ。
いつものように、あの重みを感じていたはずだ。
デジカメがないのに気がついたのは、それからしばらくあとのことだった。

砂浜からやっとのことで、舗装された道に上がり、広い国道を延々と歩いた。
そして住宅街に入ったところで、デジカメに入れておいた地図を確かめようとしたのだ。
まさか。
当たり前のように、手首にぶら下がっているはずのデジカメがない。
バッグの中にも、買い物袋の中にもない。
妹にも預けていない。
消えてしまった。

「探しに戻る!」と引き返そうとして、妹に止められた。
とりあえず、両親と合流してからの方がいい。
どこで落としたのか、今までの道のりを思い出し直しながら、泣きたい気持ちで歩いた。
やがて、車で迎えに出てくれた父と会い、そのまま来た道を引き返した。
ふたりで黙々と歩いた国道も、車で通るとあっという間だった。
道には落ちていなかった。
大体、道で落としたら、その音で気がつくはずだ。
そうしたら、やっぱり砂浜で?
車を止めてもらって、砂浜に下り、母からの電話を受けたところまで歩いた。
途中、散歩している人にも聞いてみたけれど、見つからなかった。
私のデジカメは、どこにも見つからなかった。

その後、ラブリーちゃんのおうちでは、とても楽しいときを過ごした。
おうちは素敵で、飼い主さんは優しくて、ラブリーちゃんは幸せそうだった。
妹のデジカメを借りて、その様子を何枚も撮ったけれど、
やっぱり勝手が違って使いづらい。
楽しく過ごしながらも、いっときもデジカメのことが頭を離れなかった。
ラブリーちゃんのおうちを辞して、教えていただいた近くの交番に届け出た。
できることはすべてやった。
あとは連絡を待つだけだ。

この4年間、何より誰より、たぶん夫よりも長い時間を私と過ごしたデジカメ。
愛するかわいい大切なデジカメ。
どこに行ってしまったのだろう。
一体、いつ手離してしまったのだろう。
まるで煙のように消えてしまったかのようだ。
落としたのに気がつかないほど疲れていたのだろうか。
手離してしまってほんとにほんとにごめんなさい。

トトの顔と名前を刻み込んだハート型のキイホルダーがついている。
200枚ほどの楽しい画像が入ったままだ。
4年間ずっと持ち歩き、3回も修理をして、ボディは傷だらけだ。
愛着がいっぱい、とてもかわいい。

まだぼんやりしている。
ため息が出てしまう。
私のデジカメ、どうか出てきますように。


頭痛 2004年03月06日(土)

頭が痛いのは
低気圧のせいか。
風邪をひいたのか。

うろうろと
落し物を探しているような
クリスマスローズたち。


小鳥のビーズ 2004年03月05日(金)

注文していたビーズが届いた。

つるんと小さいガラスの小鳥。
お薬みたいにごくんと飲んでしまえそう。

手のひらでころころころころ。
何を作ろう。
何になりたい?
このままでいい。


姪たちの選択 2004年03月04日(木)

妹や姪たちと吉祥寺の手芸屋さんに行った。
入園準備の遊び着の生地や足りない材料を買った。

姪たちは、小さいなりに好みがあって、ちゃんと自己主張する。
「このきれだったら、こっちのボタンのほうが似合うんじゃないかな。」
と、さりげなく勧めてみても
「このグリーンのボタンがいい!」と、きっぱりと言う。
そう言われてみると、それがおしゃれなような気もしてくるし
何より、本人が好きなのだから、それがいいのだとも思う。

コップ入れや体操着入れのひもの色も、名札の色も、
もっと悩むかと思ったら、彼女たちが自分で決めてくれた。
まだ2歳の姪まで、オレンジ色の波型ブレードをどこからか見つけてきて
「これを使いたい」と言う。
それが、前に彼女が選んだバッグの生地とぴったり合っていたりする。
幼い子のセンスもあなどれない。
姪たちの意思を尊重して、選ばれた布やボタンを使って作ることを
改めて約束した。
彼女たちが思い描いているように、うまく作れますように。

それにしても、小さい子どもたちを連れての買い物は大変だ。
せっかく吉祥寺に行くのだから、あの紅茶屋さんにも、この雑貨屋さんにも行こう、
と考えていたのだけれど、手芸屋さんだけでせいいっぱいだった。
ただでさえ買ったもので荷物が増えていくのに、ぐずっていた下の子がついに眠ってしまい、
妹はその子を抱きかかえたまま歩き回らなければならなかった。
私は、自分が抱っこしているわけではないのに、なぜか腰が痛くなってしまった。

大荷物と眠った子を抱え、小さい子の手を引いて、
やっと実家にたどりついたときにはみんなぐったり…。
あー、お母さんって大変なんだ。
妹もたくましくなるわけだ。
離れて暮らす私は、たまにかわいがるだけの気楽な伯母さん。
せめて入園グッズ作りくらいやって、少しでもお手伝いしないとね。



友だちの小鳥

夜、家に帰ってきてすぐにパソコンをつけた。
友だちの、闘病中の文鳥のことが気になっていた。

すると、今夜亡くなったのだと言う報告が書いてあった。
まさか、と思った。
胸がつまって、頭の芯がしびれた。
絶対に元気になると信じていたのに。
餌も自分から食べ始めたと聞いて安心していたのに。

静かな抑えた文章の中から、深い悲しみと愛情があふれ出ていた。
気丈でけなげだった小鳥のことを思い、
友だちがどんなふうに過ごしているかを思うと、胸が痛い。
実家からもらってきたご飯を食べながら、涙がぽろぽろ流れてきた。

トトやピピを亡くしたときの長い夜のことを思い出す。
なにをしたらいいのかわからなかった。
小さい頃からの思い出が次々に浮かび上がってきた。
今、この夜を、彼女は同じような思いで過ごしているのか。

悲しみはなかなか癒えるものではないけれど
友だちの心が早く休まりますように。
最後まで本当によくがんばった美しい小鳥。
会ったことはないけれど大好きだった小鳥。
忘れないよ。
どうか安らかに。


桜餅 2004年03月03日(水)

今日はおひな祭り。
なんのご馳走の準備もしていないけれど
桜餅の材料だけは買ってあった。
大好きな関西風の道明寺の桜餅だ。
3時のおやつに間に合うように午後から作り始めた。

白とほんのりピンクの2色を作るつもりだった。
ところが食紅がなかった。
昔からいつでもそこにあると思っていたのに。
そもそもあれは、1度買うと「一生もの」って言うほど使いでがある。
そんなにすぐに使い切るわけはない。
それとも買ったのは気のせいだったか…。
結局見つからなくて、食紅の代わりに赤ワインをたらした。
お湯も粉もいい色に染まった。

ところが、蒸しあがってみると布巾の中のもち米は
淡い微妙な葡萄色だった。
うっかりすると、グレーにも見えるような難しい色。
白とグレーのお菓子では、ちょっといけない。
葡萄色の方には、塩漬けの桜の塩を抜いて、みじん切りにして混ぜ込んだ。
ピンクの花びらがところどころ見えて、ちょっと春らしく華やかになった。

熱いもち米に少しのお砂糖をもみこんで、等分に分けた。
それを手のひらに伸ばして、俵型に丸めておいたあんこを包んだ。
最初は平らに伸ばせなくて、まだらにあんこが透けて見えていたお餅も
だんだんなめらかに、きれいな俵型に形作れるようになった。
ほの温かいお餅がお皿に並んでいった。

白が10個、桜模様が10個、かわいくできた。
それを、塩抜きしておいた香りのいい桜の葉っぱで包んだ。
憧れの桜道明寺が出来上がった。

嬉しい。
とっておきの漆の角皿に並べると、
じたばたしながら作ったとは思えないくらい立派に見えた。
ちょっと、まるでお店のお菓子のようじゃない?
すぐお味見したいけれど、もう少し我慢。
まずはおひなさまにお供えする。

丸い塗り皿にお懐紙を敷き、白と桜をひとつずつ乗せた。
ふたつのお皿を、大事なおひなさまの前にそっと置いた。
「ささやかですが、今日のおひな祭りのひと品をどうぞ。」

さあ、次は私の分。
すぐにつまんで口に放り込みたいけれど、もう少し我慢。
せっかくだからいいお茶を淹れましょう。
丁寧に淹れて、お気に入りの薄手のお茶碗でいただきましょう。
3時はちょっと過ぎてしまったけれど、
おひなさまとのゆっくりとしたお茶の時間。
「いただきます。」

まだ温かいできたての桜餅はとてもおいしかった。
心配していた桜模様の方も、桜の花のちょっとの塩加減が
うっすらと感じられるワインの香りと似合っていた。
中のあんこは、もともと「特選」の十勝あんこだ。
これがおいしくないわけはない。
私がやったのは、粉を蒸してあんこを包みながら形作っただけなのに、
出来合いの葉っぱをそれに巻きつけただけなのに、
とっても充実した手作り感、満足感。

あっという間に3個を食べてしまっていた。
食べ過ぎ注意。
明日会う妹や姪たちの分も残しておかなくちゃ。
あの子たち、喜ぶかな。
私が作ったって言うと、びっくりするかもしれない。
ほんとは作るのは簡単なのだけれどね。

みんなの笑顔を思い浮かべて嬉しくなった。
おひなさまも笑っていた。
楽しいおいしい春のお菓子。
今日〜は嬉しいひな祭り♪


リズちゃん 2004年03月02日(火)

仲よしのお隣さんのおうちに子犬がやってきた。
シェットランドシープドッグの女の子。
その名はリズちゃん!

私が会いに行くと、一人前に犬らしく、
「ワンワン!」と2回、勇敢に吠えた。
そのあと、くんくん匂いをかぎながら
私のまわりをグルグル回る。
気が済むまで調べたあと、
彼女は最後に私の手をぺろりとなめて
ひざに手を置いて顔を見上げてくれた。

「よろしく!」
リズちゃんはそう言った。
幼い瞳がキラキラしていた。

「こちらこそよろしくね!」
私たちは友だちになった。
ご近所ライフ、これからますます楽しくなりそうだ。



おひなさま

今日、やっとおひなさまを出した。
3月3日には間に合ったけれど。
あまりにもぎりぎりすぎるね。
毎年ごめんなさい。

今年はここで少しゆっくりしていただきましょうか。
桃だけではなく、桜の花も見ていただきましょう。
初夏の緑の風はいかがかしら?

おひなさま、今年も会えて嬉しいです。
小さい頃と同じ気持ちです。


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