ひとりごと
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掲示板で話題になっていた食材屋さんに久しぶりに行った。 残念! HPでチェックしていたイラン産イチジクの量り売りは 私のひとり前で売り切れになってしまった。 もう少し早足で歩いて来たらよかった。 それでも、イチジク入りのライ麦パンを作りたかったので 量り売りではないちょっと高くなっていたイチジクをかごに入れた。
ほかにも、レーズン、胡桃、フランス産のフランスパン用粉。 桜餅の葉っぱに、道明寺粉、桜の花の塩漬け、それから特選十勝産あんこ。 これがおいしいらしい。 上等なあんパンと、桜道明寺を作ろう。 それから、それから…。 めったに来られないわけでもないのに、ついついかごに入れてしまう。 おいしそうなもの、珍しいものがいっぱいで、安いのだ。
レジでは、二重にした紙袋に商品を入れて渡してくれた。 持ってみて、それがずっしりと重いのにびっくりした。 それもそのはず。 粉類は1キロ単位、ドライフルーツだって、それぞれ何百グラムも買ったのだもの。 これから図書館に行くのに〜。
10冊借りられるところを、今日は6冊にしておいた。 それでもなんて重い荷物なんだろう。 こりずにもう1件、ネットで教えていただいた食材屋さんで コーヒーとチョコレートを買って喜んだ。 今度、もっと身軽なときに来てゆっくり見たいお店だった。
家に帰って、袋の中身をホクホクと出した。 こんなにいっぱい買って、ちゃんと全部使えるのかしら? はい、がんばって。 この粉やフルーツやあんこをおいしいパンやお菓子に変えましょう!
小さい7つの鉢に土を入れ、花の名を書いた札をさした。 都鳥、宗旦、延岡、葛城、貴婦人、角の光、黒侘助。 渋い漢字の名前が並ぶ。 これらは椿の名前だ。 私は椿の種を蒔いた。
ひょんなことからいただいた椿の種。 「蒔いてみて」と言われた。 実生の椿、どんな花が咲くだろうか。 いえ、その前に、ちゃんと発芽させられるだろうか。 椿の種は大きく、硬い殻に覆われていた。
よく知りもしないで、普通の種と同じように鉢に蒔いた。 ちゃんと芽が出ますように。 育ちますように。 花が咲きますように。
きっと大丈夫。 椿は日本の花だ。 この日本の気候で無理なく育っていくに違いない。 そう信じて、小さな鉢を大切にしていこう。
花が咲くまでには数年かかるらしい。 この渋い名前の椿たちが、どんな花を見せてくれるか 長い長い先のお楽しみだ。
| 図書券で買ったのは… |
2004年02月25日(水) |
引き出しを整理していたら図書券が出てきた。 なんと5000円分も! 何かの折にいただいても、もったいなくて使えなくて いつの間にかこんなにたまっていたのだ。
図書券を持って、駅前の書店にいそいそと行った。 いつも文庫本になるまでがまんしたり、 図書館に注文して予約待ちをしていたりした本が自分のものになる。 単行本が新刊で買えるのだ。 ほしい小説の本があった。 まずはそれを買うつもりだった。
いつもは文庫本のコーナーで、めぼしい本を探すのに 今日はいきなり奥の単行本のコーナーに行く。 気になる本を見つけては手に取り、眺めながら目的の作家の棚へと近づいていった。 なのに、残念。 ほしい本はそこには置いてなかった。 店内を探し回っても、見つからなかった。 がっかり…。 でも、せっかく図書券を握りしめてここまで来たのだもの。 なにか本を買って帰ろう。 心に響く本が、きっとここにもあるはずだ。
そう思って探すと、なかなか見つからない。 あてもなく書店に来ると、ほしい本ばかり目につくのに。 ピンと来る本を探して、小説、エッセイのコーナーから実用書のコーナーへ。 そうだ、なにか園芸の本か、手芸の本でも買おうか? 写真がいっぱいの園芸書や手芸の本は、ちょっと高くてなかなか買えないもの。
つやつやした表紙をこちらに向けて、ラックに並んでいる本を眺めた。 その中で、優しい色がパッチワークのようにグラデーションで並んでいる本が目を引いた。 手にとってみると、それはパッチワークの本ではなく、料理の本だった。
「あなたのために いのちを支えるスープ」辰巳芳子・著 前に、友だちのHPでおいしそうなスープを見た。 シンプルで美しくて、想像しきれないような深い味わいを持ったスープのように見えた。 それでもその味を想像して、うっとりとしていた。 あぁ、そう言えば、書いてあったのはこの本のタイトルだった。 大きな本の硬い表紙を開いてみると、ページいっぱいに広がるスープやお味噌汁の写真。 おだしの香りが湯気と一緒に漂ってきそうだ。 材料を選び、丁寧にゆっくりと作っていくスープやおつゆの作り方が載っていた。
私もこんなスープを作りたい。 想像していた味を、味わいたい。 裏へ返して見ると、その値段は持っている図書券の半分より少し高いくらいだった。 どうしようか。 この本を持っていても、本当に作るのかどうか。 いつものように、図書館で借りてきたらいいのではないだろうか。 本を持ったまま、棚の前で考え、悩み、また本を開き。 そして考え、結局胸に抱いてレジへと向かった。 私はスープを作る。
大きな本を1冊選んで嬉しかった。 わくわくとレジの前に行く途中、何か気になる文字が目の端をかすった。 そこはコミックのコーナー。 私を呼び止めたのは、「エースをねらえ!」山本鈴美香・著。 今、一番楽しみにしているドラマの原作本だ。 妹たちや夫とつっこみを入れながらも、懐かしくおもしろく見ている。 小学生の頃、テレビアニメで夢中になり、その後、コミックも夢中で読んだ。 あの頃、これを読んでテニスを始めた人も多かったはずだ。 「もしかしたら私にもテニスの才能が隠されているかも」なんて私も思ったりしたのだ。 やっぱりそれは妄想だったけれど。 それでも、運動オンチの私が一番長く続けたスポーツがテニスで、 それはこれを読んでいたからではないかと思う。
せっかくの図書券でわざわざマンガを買わなくても、と思うし 実家に行けば全巻そろっていて、ストーリーはもちろん、 せりふまで暗記できるほど熟読した本を、今さら買わなくても、とも思った。 でも手元に置いて読みたかった。 たしか夫もこのマンガが好きだったはずだ。 たとえそれがマンガでも、ほしい本を買うのが図書券の正しい使い道だ。 文庫本サイズになっている「エースをねらえ!」は1冊600円ちょっと。 10巻全部は買えないので、とりあえず3巻までを手に取った。 少女の頃、姉妹で少しずつそろえたように、また少しずつ買っていこう。
大小4冊の本を持って、レジに並んだ。 ふと横を見ると、白洲正子のコーナーが目に入った。 この町は、白洲次郎・正子夫妻が最後に住んだ町でもある。 屋敷もそのまま残されて、公開されている。 駅前のその書店には、白洲正子さんのコーナーが常設されているのだ。 旅の本、骨董、着物のエッセイ、小説、自伝…。 武相荘へも行って見たいと思いつつ、まだ訪れていなかったっけ。 それより、書いた本をきちんと読んだことがなかった。 まずは、どんな人だったのかを知りたかった。 それで私が選んだのは「白洲正子自伝」白洲正子・著。
選んだ本をカウンターに出して「図書券でお願いします」と言った。 5冊も一度に買うのは(マンガが3冊あるけれど)初めてで、嬉しかった。 さて、いくらくらいになったかな。 図書券で足りるだろうか? すると、なんとほとんどぴったり! 100円玉を1枚出して、それで十分だった。 全然買う気がなかった本たちだけれど、やっぱり縁があったのだ、と 調子よく思ってしまった。 ほしかった小説の本は、またきっとどこかで出会えるだろう。 重い荷物が嬉しくて、早く本を開きたくて家へ急いだ。 家に帰って、一番最初に読み始めたのは、「エースをねらえ!」だった。
昨日、姪たちが選んだ布をあらためて洗い 地直ししてアイロンをかけた。 小鹿や小鳥やイチゴ模様がほかほか湯気を立てた。 熱い乾いた匂いがした。
妹の2人の娘が、この4月からそろって入園する。 ママべったりだった甘えんぼの姪たちも 姉妹で通う幼稚園を楽しみにしているらしい。 妹も、自分の時間ができて、少し楽になるだろう。 昨日は、その入園支度、バッグなどの袋作りを私に頼みに来たのだった。 小物作りは大好きなので、喜んで引き受けた。
姪たちのために用意しておいた布と、 今まで買いためていた布を、リビングの床にわーっと広げた。 「どれがいい?好きなきれで作ってあげるよ。」と言うと 姪たちは、目を輝かせて布の海の中に座りこみ、1枚1枚広げて確かめていった。 そしてすぐにそれぞれお気に入りの生地を見つけた。 懐かしい雰囲気のピンク地の小鹿柄と、黄色の小鳥柄。 そしてイチゴやサクランボの模様。
このごろ、昭和レトロがはやっていると言う。 姪たちの生地を探しに行ったお店でも、懐かしい雰囲気の布が目を引いた。 赤ちゃんの頃のお布団や枕カバーで見たような。 昔の絵本で見たような…。 大好きだった亜土ちゃんや内藤ルネさんの生地もあった。 姪たちのために、と言うより、これは私の趣味だわ、と思いながらも 数種類の布をそこで買った。
姪たちが選んだのは、そんな昭和レトロタイプの布だった。 「かわいい!」と布を抱きしめている。 今も昔も、女の子はこんな感じが好きなのだ。 買いためておいた布を確かめもしないで広げたとき、 高価なビンテージの布や大切なドイツのコットンも混ざっていたので、 ちょっとドキドキしたけれど、姪たちはそちらには目もくれなかった。 あぁ、あっぱれ日本の子! 使わないでしまっておいても仕方ないから、選んでくれてもよかったのだけれどね。
「これでどんなサイズで作ればいいの?」と、床に布を広げながら聞くと 妹は幼稚園から渡されたプリントを出してきた。 「えーと、手提げ袋は32×43で、体操着入れは34×30で、それから…。」 「え?え?そんなにいっぱい作るの?」 確かめてみたら、作って用意するものはたくさんあった。 手提げ袋、体操着入れ、上履き入れ、コップ袋、座布団カバー、そして遊び着。 これをそれぞれ2人分ずつ。 これは大仕事だ〜。
まさかこんなに何種類も作るとは思っていなかったので 布は一番大きいものでも50cmしか買っていなかった。 袋類をすべておそろいの布では作ることはできなさそうだ。 同じ布でなくてもいい、いろんなかわいい模様がほしい、と姪たちが言うので さらに何種類かの布を選ばせた。 年中で入園する4歳の上の姪は、どんどん自分で選んでいった。 わかっているのかいないのか、ただ布をかき回しているみたいな下の姪が やっと選んだ布は、赤ちゃんの絵が描いてある布だった。 「こんな子どもっぽい模様でいいの?」と思ったけれど、当の姪が気に入っている。 それに、年少で入園する姪は3月でやっと3歳、今はまだ2歳。 子どもっぽいも何も、ほとんど赤ちゃんのようなものなのだ。 本人が気に入っている布で作るに限る。 きっと大切にしてくれるだろう。
袋類の布選びは決まった。 姪たちは、自分の選んだ布を嬉しそうにくしゃくしゃに抱きしめている。 「じゃあ、これで作るから、きれいにしてね。」 と言うと、せっせせっせと小さい手で布をたたみ、私に「はい」と渡してくれた。 座布団カバーはふたりともピーターラビットで決まり。 遊び着の生地は、今度妹と一緒に生地屋さんに買いに行くことにした。 さあ、注文は受け付けた。
「いっぱい作ることになっちゃったね。」と、上の姪が何度も私に言う。 「いっぱいで大変だよね。大丈夫?」心配そうな顔で見上げてくるのだ。 小さいなりに、気遣ってくれているらしい。 本当のところ、「これは大変」と思っていたのだけれど、 姪にそんなふうに言われて、疲れたような顔は見せられない。 心配してくれる気持ちが嬉しい。 「大丈夫よ。ちゃんとできるからね。かわいく作るからね。」と私は笑って見せた。 姪も安心したようににっこり笑って、そして母親の方にかけていった。
ママっ子で、泣き虫で、かんしゃく持ちで、わがままだった子が成長している。 いい子に育ってきた。 幼稚園に入り、先生やたくさんの友だちに囲まれて、もっと成長するのだろう。 手作りのバッグとともに始まる新しい生活! 私までわくわくする。 姪たちの、もっと嬉しそうなにこにこ顔を見るために、がんばって作ろう。 慎重に布を裁ち、丁寧に縫おう。 これは私からの入園祝いだ。
| 失敗ケーキでハッピーバースデイ |
2004年02月23日(月) |
実家の母と妹と姪たちが来るので朝から忙しかった。 今日は母の誕生日。 用事があるのは妹と姪で、母は運転手なのだけれど その運転手さんのために、お得意のバナナシフォンを焼いたのだ。
お得意、だったはずなのに。 大失敗。 ちょっとおしゃれに見せようと、薔薇のケーキ型を使った。 薔薇の花のようなふんわり美しいケーキを思い描いていた。 だけどシフォンケーキの生地は、簡単には型からはずれなかった。 竹串を型のふちから差し入れてぐるりと回したり、 お皿に伏せて振ってみたり。 やっと出てきたケーキは、あぁ、なんの形もしていない。 ぼろぼろのぐしゃぐしゃ。 昔の少女漫画のドジな主人公が作ったみたいな見事な失敗作品だ。
きれいなケーキにみんな目を見張るはずだったのに、これでは…。 がっかりしてしまった。 でも作り慣れたこのケーキは、味だけはいつものとおりだ。 この形だけなんとかカバーして、予定通りバースデイケーキにして食べてもらおう。
切り分けたケーキに、おしゃれに添えるつもりだったホイップクリームは ゆるめに泡立てて、上からとろりとかけることにした。 とっておきの英国みやげのバニラエッセンスも入れた。 飾り用にバナナをスライスしてレモンとハチミツに漬けておいた。 そんな作業をしているうちに、母や妹たちと大叔父もやってきた。
母たちが買ってきたお惣菜や私のパンで、まずはランチ。 そして、妹や姪の用事(入園グッズ製作の依頼)を聞いて 姪たちとちょっと遊んで。 やがてお待ちかねのお茶の時間。
キッチンに立って、ケーキのお化粧を始めた。 ぼろぼろの肌を隠すようになめらかなクリームをかけて、バナナをのせて。 お土産にもらった小粒のイチゴも一緒に飾ろう。 そこへ姪がやってきた。 私の手元をじっと見つめている。 「やってみる?」と声をかけると、姪は嬉しそうにイチゴをつまみ 慎重な手元で、ケーキを飾ってくれた。 賑やかでかわいいケーキの出来上がり!
真っ赤なイチゴがろうそくの代わりだ。 みんなで母に「おめでとう!」を言って、ケーキを切り分けた。 クリームをたっぷり、イチゴとバナナもいっぱい乗せて、最初のひと切れは母に。 そして、みんなにお皿を回していった。
「おいしい!」と言ってくれた。 みんなのお皿は、すぐに空っぽになった。 本当だ。 くずれたケーキのすみずみにまでクリームが行き渡りしっとりとしている。 上等なバニラエッセンスも、バナナのハチミツレモン漬けも、 真っ赤なイチゴの甘酸っぱさも、このケーキに似合っている。 いつもよりも、おいしいくらいだ。 仕上げをしてくれた4歳の姪も、90歳の大叔父もきれいに食べてくれた。 よかった。
「失敗作にしてはわりとおいしかったよね。」と、言うと 「どこが失敗なのかわからないわよ。」と、母や妹に言われた(姪だけは知っている)。 ごまかしのお化粧は大成功。 夫の分をひと切れ残して、あとは実家で待っている父や妹たちへのおみやげに包んだ。 クリームとバナナとイチゴもちゃんと添えて。 もうくずれているので、持ち帰りに気を使ってもらうこともない。 実家でのお祝いのテーブルに仲間に入れてもらおう。 バースデイパーティー昼の部、無事終了。 夕方、みんなはにこにこと帰っていった。
それにしても、めったにないほどの失敗をしてしまった。 卵白を固く泡立てて作ったシフォンの生地は型にくっつきやすい。 シフォンケーキのあのシンプルな形には、ちゃんと理由があったのだ。
教訓・シフォンケーキはちゃんとシフォン型で焼きましょう!
チャレンジ!スズメちゃん
うちに来るスズメたちが とうとうピーナッツリースをマスターした!
ブドウの蔓からワイヤーで吊られて揺れているピーナッツリースは 不安定で恐いらしく、スズメはとまれずに 身軽なシジュウカラとヤマガラ専用になっていたのだ。 上手にピーナッツをつついているシジュウカラを スズメたちはいつもうらやましそうに眺めていた。
何回かチャレンジしているところは見ていた。 でも、足をかけようとしては空振りし、 あるいはピーナッツの上でバランスがとれずに飛び降りていた。
それが、諦めずに毎日努力した甲斐があったのだ。 まだちょっと危なっかしく、時々ばたばたと羽ばたいてバランスをとっている。 でもちゃんとピーナッツを殻からつつき出せるようになっていた。 1羽ができるようになったと思ったら、あとから来たスズメたちも そのうちみんなマスターしていった。 2つのピーナッツリースに、スズメが鈴なりになった。 それはそれは楽しそうで嬉しそうだった。 よかったね。 でもこの分だと、前にも増してピーナッツがからになるのが早くなりそう。
そう言えば、この前、庭に撒いた古くなった柿ピー、 きれいになくなっていたけれど、食べたのはスズメちゃんたち? 柿の種、辛くなかったのかな? スズメはチャレンジャーだ。
今日もとても暖かい。 木綿のシャツを2枚重ねただけで、庭で過ごせるくらいだ。 たった1日で、庭も大きく変わっていた。
繭のようなつぼみをぶらさげていたスノードロップが 白い花びらを広げて緑の飾りを見せていた。 ゆっくりゆっくりと顔を持ち上げ始めていた 庭植えのクリスマスローズたちがいっせいに花開いた。 クロッカスは小さなパラボラアンテナみたいだ。 そして、沈丁花が最初のひとつを咲かせた。
たった一輪なのに、あの懐かしい涼しい香りが 生暖かい空気を清らかにしていた。 卒業式を思い出す大好きな香りだ。 お菓子みたいな花に顔をつけて胸いっぱいに吸い込んだ。
夕方から風が強くなってきた。 ぶどうの蔓が大きく揺れた。 やがて大粒の雨が降ってきた。 まるで誰かが訪れたかのようにガラス窓がパチパチことことと鳴る。 春の嵐がノックしている。
花たちが、強い雨に打たれている。 風にびゅんびゅん揺られている。 暖かいのが嬉しくて、せっかくみんなで咲いたのに。
今日もパンを焼いた。 狐色の背中のパンプキンバターロールと まん丸頭をまん丸な体に乗せた紅茶ブリオッシュが ころころと並んだ。
おととい、ご近所さんにみかんパンをお届けしたのだけれど 味に自信がなかったので、お口直しに、と思ったのだ。 でも、これもどうかなぁ。 やっぱりあまりうまくないような。 もう1度、ほかのパンを作ろうかしら。
それにしても、ひとりで食べるには多く焼きすぎたので 誰かに食べてもらわなければいけない。 やっぱり、仲よしのご近所さんに実験台になってもらうしかないかな?
がんばって、何度も作って腕を磨こう。 パンを焼くって、なんだか幸せだ。 こねるのが、ふくらむのが、形を作るのが、あの香りが、 ほかほか熱いパンが転げ出てくるのが嬉しくて それでにこにこ笑っちゃうんだ。
伏し目がちの貴婦人がいた。 つば広の帽子の下には ふわふわの巻き毛と繊細な表情があった。
思い切って買ってしまったセミダブルのクリスマスローズ。 かわいくて、何度も顔を覗き込んでしまう。
トトのブルーガーデンに この春初めての青い花が咲いた。
陽射しも、風も、 空の色も春そのものだ。
でもちょっと風邪気味。。
すっかりお姉さんになっていた。 大きくなっていてびっくりした。 でも仕草はまだ子猫のなごりがあって 抱っこしたら、ふわりと軽くて 手足はほっそり華奢だった。 まだ子どもなんだよね。
私のことを覚えているのかどうかわからないけれど 恵ちゃんが幸せそうだったからそれだけで嬉しいんだ。 私も幸せなんだ。
今日のパン教室では、 オレンジ果汁で仕込んだパンとライ麦パンの2種類を作った。 トッピングにオレンジ風味のメレンゲを乗せて焼いた 柔らかい菓子パン風のオレンジパンもおいしいけれど ライ麦とキャラウェイシードがたっぷりの どっしりと重いライ麦パンが私は好きだ。 いろんなパンが自分で作れるようになっていくのが楽しい。
パンが焼き上がるいい香りがした。 オーブンから出された焼きたてのパンが木の台の上に並べられた。 ひとりひとつずつ作ったライ麦パンには自分の名前の札がついている。 並んだパンの中から、かわいい自分の子を探した。
あった。 うまくできていた。 カラメルを練りこんだ茶色の生地と、普通のライ麦生地の2色が きれいにねじれて絡まりあって、ふっくらこんがり焼きあがっていた。 でも私のだけ、何かが違う? 斜めのラインの向きが、私のパンだけ反対向きだった。 なんだかとっても天邪鬼に見える。
いい加減な性格が出てしまった。 成型図をちゃんと確かめずに、感覚だけで作っている証拠だ。 別にこの向きにしなくてはいけないこともないのだけれど、 わざわざ反対向きに作っていたのがおかしかった。
うん、でも味に変わりはないわ。 きっとおいしいに違いない。 明日の朝食は、大好きなライ麦パン。 しっかり噛んで味わおう。
先生の言うことと、教科書にはちゃんと従おう。。
誰かの誕生日になると、そのとき咲いている花のことを思う。 夫が生まれた日には、梅が咲いていたのだろうか? 義母は、ふくらんでくる梅のつぼみを見上げながら、 彼の誕生を待っていたのだろうか? 今、義母も梅を咲き始めた梅を見上げて そのときのことを思い出しているのだろうか。 そんなことを思う晴れた休日、今日は夫の誕生日。 梅とお寿司を楽しむ日。
毎年この時期には梅を見に行く。 沿線に、梅で覆われた美しい公園があるのだ。 ちょうど「梅祭り」の真っ最中で、休日の公園は多くの人で賑わっていた。 梅の花は、満開にはまだちょっと早かったけれど みんな上を見上げてにこにこと歩いていた。 青い空をバックに、梅の枝や花が絵を描いたようだ。 鳥がその上を飛び交う。 蜜を吸いに来た鳥が花びらを雪のように散らす。 お日さまに温められた風が清らかな梅の香りを運ぶ。 ぱっちりと咲き出した梅の花はとてもかわいい。 気持ちよくて、きれいで、嬉しい。 公園を歩くどの人も、連れられた犬も、幸せそうに見えた。
梅を堪能したあとは、駅の向こうのいつものお寿司屋さんへ。 私たちには、梅とお寿司はいつもセットになっている。 年に一度のお楽しみ、お寿司は張り込んで「板さんお任せ」を注文するのだ。 今日はカウンターに案内されて、冷酒で乾杯。 「お誕生日、おめでとう」と、小さいグラスをチンと鳴らした。 そして板前さんが目の前で握ってくれるのをわくわくと見守りながら、 おいしいお寿司を次々といただいた。 ひとつ食べるごとに顔を見合わせて「おいしいね!」と笑ってしまう。 ここのお寿司は本当にいつもおいしい。 びっくりするほどお会計は安いのだけれど「贅沢をした」と言う気分になる。 違う季節にも来てみよう、といつも話しながら、来るのはこの季節、梅見のときだけだ。 でもこんな贅沢、年に一度のお楽しみで十分だとも思う。
梅とお寿司で、心もおなかもいっぱいになって、夕日がまぶしい電車で帰ってきた。 多摩川を越えるとき、鉄橋の向こうに、 夕焼け空に描かれた富士山のなだらかなシルエットが見えた。 お祝いの一日の締めくくりに、富士山が見えて嬉しかった。 夫は窓の外は見ず、少し離れた席で本を読んでいた。 教えてあげる間もなく、富士山は街並みのむこうに隠れた。 日は沈んで、お祝いの一日はもうすぐ終わり。
新しい器
昨日買ってきたお茶碗をお鍋で煮た。 新しい陶磁器は、使う前にお鍋で煮て、 そのまま冷ますと、欠けたり割れたりしにくくなる。 本当かどうかわからないけれど、 祖母や母がしていた通り、私も新しい器をお鍋で煮る。
ことことことことこと…。 沸いて揺れるお湯の中でお茶碗が鳴っていた。 その音を聞いているうちに、 まだ見慣れないお茶碗に親しみがわいてきた。
丈夫になって、これからずっと活躍してね。 大事にするからね。
ふきあげられたお茶碗は、お風呂上りのさっぱりした顔で 食器棚の中に自然な感じでおさまった。
学生時代の友だちに誘われて、東京ドームの 「テーブルウェア・フェスティバル」に行った。 前から興味はあったのだけれど、なかなか行く機会がなかった。 招待券を手に入れた友だちが、私を思い出して 「好きそうだと思って」と誘ってくれたのが嬉しい。
洋食器、和食器、手作りの器、素敵なテーブルセッティング。 たくさんの人波に流されながら、ひとつひとつ見て行った。 「きれい!」 「いい感じ〜。」 「これにはどんなお料理が似合うと思う?」 「ねぇ、食器ってなんて楽しんでしょうね!」 「なんだかおなかすいてきちゃったわ。」
食いしん坊の私たち。 食器を見るだけでこんなに楽しめるだなんて幸せだ。 気がついたら2時間ノンストップで歩き回っていた。 スタンドで一旦休憩。 持って行ったお茶とお菓子で元気を回復して、また歓声をあげつつ私たちは歩き回った。
きれいな器にカトラリー、おしゃれなファブリックやオーナメントが取り合わされた テーブルには、どれにも必ずと言っていいほど花があしらわれていた。 花があるだけで、雰囲気がこんなに和らぎ暖かくなる。 心がほっとして笑顔が浮かぶ。 食器も好きだけれど、いろんな花あしらいが心に残った。 ふだんの食卓や、お客さまのとき、私も感じよく花を飾ってみたい。
展示をひと通り見たあとは、お楽しみのショップめぐり。 あてもなく眺め始めたけれど、ごはん茶碗が間に合わせだったことを思い出した。 結婚以来使っていた夫婦茶碗を、おととし次々と割ってしまって お客用の華奢で小さなお茶碗をそれからずっと使っていたのだ。 気に入るものと出会ったら、と思いつつ、そのままだった。 ここではこんなにたくさんのお店が出ているのだもの。 お気に入りのひとつがどこかにあるに違いない。
そう思って探すとなかなかない。 友だちも気をつけて見てくれて「これはどう?」「こんなのは?」と探してくれる。 「ちょっと大きすぎる…。」「柄がねぇ。」「素敵だけれど予算オーバー!」 う〜ん、むずかしい。 縁がなかったら、無理して買って帰るのはよそう、と思っていたとき 最後の最後のほうのお店で、そのお茶碗と出会った。
まず大きさがちょうどいい。 しっとりとなめらかな肌触りが好ましくて、持った感じも手にしっくりくる。 伊万里焼だと言う。 緑が買った淡い水色の優しい色の地に、青で柔らかく蔓葡萄が描かれていた。 いいものがあったら夫婦茶碗ではなくてもいい、と思っていたけれど ちょうど大小がひとつずつそろっていた。 でも予算をオーバーしているし…と悩んでいると まるで心を読んだように、ぴったり予算どおりの値段におまけしてくれた。 やっぱり縁があったのかもしれない。 心が決まった。 「大切にしてくださいね。」と、丁寧に包まれたお茶碗をお店の人が渡してくれた。 「はい。大切に使います。」私もしっかりと丁寧に受け取った。 「いいのが見つかってよかったね。」と、友だちも喜んでくれた。
ほかのお店では、鳥の形の白い箸置きと楊枝立てを買った。 友だちは小さな食器と、それからチューリップの鉢植えを買っていた。 ふたりとも気に入ったものを手に入れて、ほくほくと会場を出た。 イルミネーションがきれいな夜になっていた。
強い風に吹かれながら、東京ドームと同じ敷地にあるホテルに向かった。 そこのイタリアンのバイキングがなかなかいい、と友だちが言う。 たしかに充実したメニュー! 腰を落ち着けてオードブルからデザートまで、おしゃべりをしながらゆっくりといただいた。 学生時代の友だちとは、いくらでも話すことがある。 何度も席を立って新しい料理をとってきては食べ続け、話し続けた。
「あの頃、私たちはよく食べたわよねぇ。」 「ほんと。ケーキバイキングで10個は当たり前だったものね。」 「ちょっと!あれからもう20年くらいたったのよ!」 「もうあんなには食べられないわね。若かったのよねぇ。」
何も気にせずよく食べたその頃を懐かしみつつ、 それでも実は今も変わらず、私たち3時間かけて大いに食べたのだった。 帰り際、ショーケースの中にデコレーションされたチョコレートケーキを見つけて 今日がバレンタインデイであったことを思い出した。 20年前は、ふたりともドキドキした日だったはずなのに、すっかり忘れていた。 暖かい強い風が春一番だったのを知ったのも、友と別れて家に帰ってからだった。
お茶のお稽古のあと、都会方面への電車に乗った。 友だちの写真の展覧会に行くのだ。 今日が最終日。 早く行かないと撤収時間になっちゃう。 お昼ごはんも食べないで急いで行った。
なぜかドキドキしながら会場に入った。 そうっと中を覗き込むと、1年半ぶりに会う友だちの笑顔があった。 嬉しくてほっとした。 挨拶をして、なんとなく興奮したまま写真を見た。 ドキドキがだんだん落ち着いてくるのを感じながら端からゆっくりひとつずつ。 友だちの写真は真ん中あたりにあるらしい。 でも急がず順番に見て行った。 配置を考えて展示された全部の作品を味わいたいのと やがて突然現れる友だちの作品を待つのが楽しみだったから。
ネットを通じて知り合った写真仲間の、現実の世界での写真展。 つややかにプリントされた大きな写真はきれいだった。 パソコンの中の「画像」とは、また違って美しかった。 それぞれの人の写真はみんな違って個性的なのに 不思議とまとまりがあって、自然で落ち着いていた。 見ていてとても気持ちいい。 友だちの写真が目の前にやってきた。 名前を見なくてもすぐにわかった。 この雰囲気。 知っている感じがする。 小さな虫の表情も葉っぱの色彩も、光もきれいだ。 木に立てかけられたほうきには待っている人がいるようだ。 2枚の写真には、続きの物語があるような気がした。 身びいきではなく、この写真たちが好きだと思った。
やがて、もうひとりの友だちもギャラリーにやって来た。 友だちが集まるって楽しい。 こんな場があってよかった。 私たちははしゃいでしまった。 撤収の時間が近くなって、だんだんと集まってきた写真仲間さんたちも にこやかに見守ってくださった。 写真と仲間に囲まれて、センスと才能を発揮させた友だちはとても素敵だった。 そこはとても居心地がよさそうだった。
撤収が始まり、次々と作品が壁から下ろされていった。 友だちの写真も、はずして黒い壁に立てかけられた。 今度は、この写真展は京都に行くのだそうだ。 片づけのお邪魔になるので、私たちは挨拶をして会場を出た。
「おもしろかったね。」「素敵だったねー。」と、言いながら 友だちと駅までの道を歩いた。 街路樹に立てかけられるように捨てられていた自転車も ビルの間の細い空を縫うように伸びた飛行機雲も 写真展を見たあとだと、みんな絵になるような気がした。 私もカメラを向けてみた。 彼女が見たら、どんな作品になるだろう?とその絵を想像してみた。
この前、パン教室で習ったみかんパンが とてもおいしくて気に入ったので作ってみようと思った。 習ったレシピではイーストを使っていたけれど 天然酵母でのみかんパン作りにチャレンジ。 でも酵母種や水分、粉や油脂の微妙な割合で パンはご機嫌を損ねてふくらまなくなる。 ちゃんとしたレシピがないパン作りは本当にチャレンジだ。
このみかんパンのレシピはなかなかの優れものだと思う。 丸ごと無駄なくみかんを使う。 外側の皮は、シロップ煮にして細かく刻んで、生地に混ぜ込む。 中の実は、薄皮ごとピューレ状にして、 水の代わりにパンの発酵に使うのだ。 トッピングに使ったカスタードクリームは、 牛乳の代わりにみかん果汁と卵でできている。 みかん好きの私にはたまらない。
私なりに、天然酵母の種やみかん果汁の量を計算して作ってみた。 なんとかふくらんで、おいしそうに焼けた。 この8個のパンを作るのに、10個のみかんが使ってある。 パン1個には、みかんが1個以上入っている。
冬ならではのみかんパン。 季節のうちに、できるだけ作ってマスターしよう。 お買い得のみかんをいっぱい買ってこよう。 みかんが好きなのは、メジロやヒヨドリだけじゃないのだ♪
| セキセイインコのクッキー |
2004年02月11日(水) |
友だちの掲示板で話題になっていたネットショップ。 覗いてみると、外国製の素敵なお菓子の型がいっぱいあった。 クッキーモールドやクッキースタンプ、クッキーカッター。 とっても素敵。 だけど、ちょっとお高いから、これは見るだけだなぁ。 なんて思っていたのに、 クッキースタンプに、セキセイインコの型を見つけてしまった! インコグッズを見たら、ほしい気持ちを抑えられない。 少しだけ悩んで「かごに入れる」ボタンをクリックしてしまった。
さて、今日はお菓子作り日和だ(庭仕事日和でもあったけれど)。 出かける予定はないし、夫はのんびりと散歩に行ってしまったし。 早速、届いたセキセイインコのクッキースタンプを使って、クッキーを作った。 くっきり模様が浮き出るようにするのってむずかしそう? とりあえず、ついていたレシピのとおりに作ってみる。 ショートブレッドタイプのさくさくクッキーができる。 半分は、粉にココアを混ぜてココアクッキーにした。
バターとお砂糖を白っぽくなるまですり混ぜて。 小麦粉を2回に分けて振り入れて、へらでさっくり混ぜ合わせて、冷蔵庫で休ませる。 クッキーを作るのは久しぶりで、少女の頃のわくわく感がよみがえる。 不安なくらい、ぽろぽろだった生地も、 ひとまとめにしてラップで包んで休ませるとしっとりと落ち着いてくる。 ここでオーブンを温め始め、陶器でできたクッキースタンプも一緒にオーブンの中で温める。 1時間ほど休ませた生地を、小さく分けて団子状に丸めて、天板の上に並べる。 温まったクッキースタンプを、ミトンをはめた手で取り出して、 インコの形にへこんだ部分に丁寧に刷毛で油を塗りこむ。 そして、並べたクッキー生地に押しつけるように、ペタンペタンとスタンプしていく。
おぉ、きれい! 思ったよりもずっとはっきり、かわいいインコの姿が浮き彫りになった。 大きいコインのような、インコのクッキーが天板に並んだ。 このままうまく焼きあがりますように! レシピに「模様がはっきりしない場合は小麦粉を中力粉・強力粉などに変えるか、 クッキーを焼く温度を少し高めに設定してチャレンジしてみて下さいね。」 と書いてあったので、オーブンの温度はレシピより10℃上げて180℃にしてみた。 粉にも強力粉を1割混ぜてみた。 さてさて、どうなるか。
バターとバニラエッセンス、それとココアの甘い香ばしい匂いが漂ってきた。 オーブンを覗いてみると、並んでいたインコたちの輪郭が少しゆるやかになってきていた。 白いクッキー生地のふちが、こんがりときつね色になった頃に取り出した。 バターたっぷりの生地は柔らかく、ふつふつと油の玉を吹いていた。 すぐに平らな面に敷いたキッチンペーパーの上に移して冷ます。 そしてクッキーの表面に目を凝らす。 肝心のインコの模様は…。
う〜ん、残念。 やっぱりちょっとくずれていた。 焼きあがる前に、バターがとけてだれてしまったのだろう。 2回目は、オーブンの温度をさらに10℃上げて190℃にして、すばやくかりっと焼きあげた。 1回目より、少しはきれいにできたけれど、 型を押したときに浮かび上がった繊細な羽のラインや目の輪郭は、はっきりとしなくなっていた。 そして、白い生地よりココア生地のほうが、まだ形はシャープに残っていた。 粉が多かった分、生地が硬くてだれが少なかったのだろう。 次に焼くときには、粉を多めにして、強力粉の配合ももう少し増やそう。 オーブンの温度は200℃まで上げてみよう。 くっきりはっきりかわいいインコクッキーを作るには、まだまだ研究の余地あり!
紙に並べておいたクッキーが冷めて硬くなってきた。 一番形の悪いものを選んで、お味見をした。 うん、おいしい。 さっくりほろほろと、口の中にバターの香りが広がる。 ミルクティーを飲みたくなった。
夫が散歩から帰ってきて、ふたりで遅めのティータイム。 こっくりと淹れた濃い目のミルクティーを大きいマグでいただく。 お菓子はもちろんインコのクッキーだ。 形の悪い方から選んで食べた。 バターがいっぱいのクッキーは3枚も食べるとおなかいっぱいだ。 残った形のいいインコのクッキーは、缶の中に並べてしまった。 インコのクッキー、また焼こう。
ずっと出張続きだった夫が休みを取った。 それで「映画でも見に行こうか」と言った。 近くの映画館の上映リストを調べて 「あまりぱっとしないかな」と夫は言っていたけれど 私は見たい映画があった。 新聞や雑誌でも評判がよくて、友だちもおすすめの「半落ち」。 夫は原作を読んでいるだけに、気が進まないらしい。 でも「たまには日本の映画を見るのもいいか」と腰を上げた。
平日の昼間、観客は女性のグループが多かった。 私たちはいつものように、それぞれコーラをひとつずつと ポップコーンをひとつ買って席についた。
地味な感じで始まった映画だったけれど、すぐに引き込まれた。 とてもよかった。 おもしろかった。 しみじみと胸を打った。 会場を出るとき、夫が「泣いただろう」と私に聞いたけれど 夫も目と鼻を赤くしていたのだった。 めったに映画の感想を言わない夫が「感動した」と言っていた。 「日本の映画もなかなかいいね」と嬉しそうだった。 私も、原作本を読んでみようと思った。
映画館のすぐ下のレストラン街で、少し遅めの昼食をとった。 おなかに優しい中国粥のランチセット。 これもしみじみと体に染み入るようだった。
今月は、見たい展覧会の予定がいっぱいある。 嬉しくて、ほくほくしてしまう。 今日は、日本橋と京橋をはしごしてきた。 「若冲と琳派」展の最終日、 「1分間の悦楽 万華鏡の世界」展の初日だった。
「若冲と琳派」、最終日になったけれど行ってよかった。 最初の「四季草花図屏風」を見たとき、 渋い金色の地に描かれた、可憐な花を見て胸がトキンと鳴った。 瑞々しい花が風にそよいで揺れたように見えた。 なんて美しいのだろう! 花の形に忠実で正確で、写実的なように見えて実はとてもデザイン的で。 62種類もの草花が、自然に、そこに生えているかのように描かれている。 いつまで見ても見飽きることがない。
最初からこんなに印象的だったのに、そのあとに続くどの絵もため息が出るほど素敵なのだ。 胸はドキドキしっぱなしだった。 俵屋宗達、深江芦舟、渡辺始興、酒井抱一。 そして鈴木其一。 日本画にはあまりなじみがなく、詳しくはないけれど 「これは好きだ!」とはっきり言える心地よさだった。
伊藤若冲の、大らかな絵は見ていて楽しかった。 一気に描かれたかのような勢いのある鶏たち。 雄鶏はりりしくて、でも後ろに必ず描かれている雌鳥を優しく気遣っているようで。 何より、若冲自身の目が、生きものに優しい。 「糸瓜郡虫図」、すんなりデザイン的に描かれたヘチマに さまざまな虫たちが集まってきている。 まるで隠し絵のように自然に、11匹の生きものがヘチマで憩っていた。 楽しくて、大好きな絵だった。
思いがけないほど楽しい展示だった。 出口が近づいてくるのが、残念だった。 この展覧会でこんなに満足したのに、私は贅沢にも次の展覧会に足を向けた。 日本橋のデパートから歩いて10分ほど、目的地は京橋の画廊だ。
「中村明功・あや子 1分間の悦楽 万華鏡の世界」。 大好きな万華鏡作家さんの初めての個展だった。 このところ何回かお話しする機会もあって、顔も覚えていただいていて ひょっこり顔を出した私を喜んで迎えてくださった。
小ぢんまりとした感じのいい部屋の中に、 ご夫婦ふたりで作られたたくさんの万華鏡が並んでいた。 色とりどりのステンドグラスで綴られたもの、手のひらに入るほど小さなもの。 大きな箱、小さな箱、謎の箱。 どれも外から見るだけではわからない。 手にとって、小さな穴から覗いて見て、そして初めて広がる世界に歓声が上がる。
どんなに美しい映像もその一瞬だけのもの。 次の瞬間には違う模様になっている。 この美しさは今この瞬間の自分だけのものなのだ。 贅沢で秘密めいた楽しみだ。 その映像のバリエーションも、万華鏡の数だけ個性がある。 「万華鏡」と言って、思い浮かべるものの何十倍も不思議な世界が広がっている。 宇宙空間に浮かんだ天体に無数の星がまとわりついているように見えたり 放射状に光の帯を伸ばしながらくるくる回る立方体もあった。 「どうしてこんなふうに見えるの?」と不思議でたまらない。
美しくて謎がいっぱいの魅力的な万華鏡。 どんなものを作ろうか?と考えているときが一番大変で 作るのはとても楽しい作業なのだそうだ。 おふたりで交互に説明してくださった。 とても楽しくて居心地がよくて、おしゃべりをしながら2時間以上も見させていただいた。 そして、とても気に入った小さなひとつの万華鏡を予約して帰ってきた。 この展覧会の会期が終わったら、あの万華鏡は私のものになる。
ラッシュ直前の電車の中、なんとか座れた席で少し夢を見た。 しっとりとした草花が、昔のどこかのお屋敷で揺れる夢。 海の底や、空の果てのような万華鏡がくるくる回る夢。 透明な色彩がゆらゆら揺れて、きっと私も体も揺れていただろう。
↓素敵な万華鏡を作られる中村さんご夫妻のサイトはこちらです。 1分間の悦楽 万華鏡の世界 万華鏡のことがよくわかります。
ガシャガシャン! と、庭で大きな音がした。 窓を開けて顔を出してみると、逃げていくしっぽ。 倒れている薔薇の鉢、鉢、鉢。 花壇の縁取りレンガの上に並べておいた薔薇たちを、 用足しに来た猫ちゃんが倒して行ってくれたのだった。 幸い鉢は壊れていない。 だけど土がこぼれて根っこが半分見えていた。
早く植え替えをしなくては、と思っていたのだった。 伸ばし伸ばしになっていたけれど、これはいい機会。 お天気もいいし、今日は薔薇のいっせい植え替え日にしよう。 大まかな剪定は済んでいるし、赤玉土も、腐葉土も牛糞も、ちゃんと買ってあるのだし。 身支度をして、庭に出た。
去年の冬は体調が悪い日が多くてサボってしまい、2年ぶりの植え替えだった。 倒れてしまった鉢から順にやっていった。 薔薇をそっと鉢から抜き出し、土をよく落とし、水で洗い、病気がないかよく確かめた。 鉢もきれいに洗い、新しくブレンドした土を入れ、根っこがよく広がるように丁寧に植えつけた。 もちろん元肥も忘れずに。 しっかり根元を固め、たっぷりと水をやり、そして日の当たるテラスで休ませる。 タグの名前が消えかけているものは、新たに名前を書き直して鉢に挿した。
ほかの庭仕事と同じ。 始めてしまえば、簡単で、こんなに楽しい。 薔薇の植え替えは健康診断みたいなものだ。 ひとつひとつの名前を確かめ、様子を伺う。 たくましい成長を喜び、元気がないものはその原因を考え対処する。 根っこが張り、株が大きくなり、窮屈そうになった薔薇は ひと回り大きな鉢に着替えさせる。 調子が悪そうなものは、少し小さい鉢で養生させる。 みんな自分で選んだかわいい薔薇たち。 それぞれの今までを思い、これからの成長を願い、触れるたびにますます愛しくなる。 寒い時期のこの作業の大変さは、春の花で報われる。
いくつもの鉢の薔薇たちの中で、その成長が一番嬉しかったのはグラミス・キャッスルだ。 買って何年たってもミニバラよりも小さく細く弱々しく、 水遣りをすると倒れてしまうくらい、根張りも小さく浅かった。 それが、この2年で立派になったこと! いっぱいに根っこが張って、鉢が持ち上がるほどだった。 まだ枝は細いけれど、瑞々しい赤い芽がいくつも吹きだしていた。 もうダメかと思ったときもあったけれど、諦めなくてよかった。 今年は花もたくさん見せてくれるだろうか。 このまま元気に育ってくれますように。
去年買ったばかりの新入りさんを除いた、十数鉢の薔薇の植え替えが終わった。 ふかふかしっとりした土に植えられて、たっぷり水を飲んでテラスに並んでいた。 空気がひんやりしてきて、満足して部屋に入った。 それでも今日は暖かくてずいぶんと楽だったのだ。 ちょっと冷たい風にも、ほんのり春の匂いが感じられた。 水に触れるのも苦にならなかった。 力強くなった陽射しは背中を温めて続けてくれた。 薔薇と触れ合って楽しかった。 思い切って植え替えを始めてよかった。 きっかけをくれた猫ちゃんに感謝。
明け方の夢の中で、美しい風景の中を歩いていた。
街並みはユトリロの絵のようだった。 私は嬉しくなって、いつもどこへでも持ち歩いている あのデジカメのシャッターを何回も切った。 建物の前では、絵本から抜け出たような子どもたちが 透き通るような色彩で、ふわふわと舞うように遊んでいた。 あまりにもかわいくて、きれいで愛しくて 私は何枚も写真を撮った。
夢の中で、夢中になって写真を撮っていた。 デジカメのモニターを確かめると、街並みも子どもたちも 絵のような雰囲気のまま、ちゃんと写っていた。 そして私は「これは夢だから写真は残らないのだろうな」と 不思議に冷静に考えて、残念に思っているのだった。
目が覚めた。 やっぱり夢だった。 夢のような風景は夢の中だけのものだった。 撮った写真も向こうの世界に置いてきてしまった。 夢の写真が撮れたらいいのに。
夕方、回覧板を持って外に出たら、空がきれいだった。 そのまま少し歩いてみた。 風は冷たいけれど、雲は暖かい優しい色だ。 磨かれた空を流れる薔薇色の雲、金色の天使のはしご。
夢の中じゃなくても、 こちらの世界も、こんなにも美しい。
| 若く見られるメイクのコツ |
2004年02月06日(金) |
デパートの友の会のセミナーのメイクの講習会に参加した。 その名も「若く見られるメイクのコツ」!
私はお化粧については全然自信がない。 高校を卒業したころ、化粧品会社主催のお化粧講習会に参加したのに その後、何年もちゃんとお化粧をしなかったので身につかなかった。 口紅さえ、初めて買ったのは二十歳になってからだった。 若いうちはお化粧なんてしなくていいのよ、なんて思っていた。 学生のころはそれでもよかったけれど 社会人になってからは、それは通用しない。 身だしなみとしてのお化粧が必要なのだ。 そしてさらに年を重ねた今、自分が元気でいられるように 自分のためにもお化粧のコツを知りたいと思った。 必要以上に若く見せることはないけれど 明るく元気そうに見えるようになったらいいな、と思う。
定員12名。 ざっと見たところ、私が一番年下で ほかは母と同年代かそれよりもう少し上に見える方ばかりだった。 いつもボタニカルアートを習う教室の壁のカーテンが開かれて、 一面まるごと鏡の壁になっていた。 その鏡に向かって、机と椅子が並べられていた。 講師のメイクアップアーティストは中年の男性だった。 勢いのある大きな目で、緊張して座る私たちを眺め回した。 私も背筋を伸ばしてその目を見つめ返した。 講義が始まった。
人に会ったとき、第一印象を決めるのは顔の細部より、雰囲気である。 髪型、服装、姿勢、表情。 似合う髪形、似合う色形の服、美しい姿勢、生き生きとした表情が その人を若々しく見せる。 似合う色は、人それぞれ髪や肌などの色で、 春、夏、秋、冬のタイプに分けられる。 ゴールドが似合う、春、秋のタイプ。 シルバーが似合う、夏、冬のタイプ。 服装にも、メイクにも、自分のタイプがわかっていれば より美しく若々しく見せることができるのだ。
ひとりひとりを前に座らせて、メイクのポイントも教えてくださった。 よくテレビなどで見る変身コーナーのようだ。 ファンデーションの色、ペンシルの使い方ひとつで見違えるようになっていく。 ひとり終わるごとに、その変身に歓声があがる。 私は手付かずのままだった眉を中心に、教えていただいた。 眉山の位置や眉のラインの説明を、鏡の中で聞いて 手際よくカットされていくのを見守った。 びっくり! 初めの自分との対面。 ちゃんとした大人に見える。 眉の形ひとつでこんなに違うものなんだ。 お化粧っておもしろい。 席に戻ると「きれいになったわよ〜」と隣のおばさまが声をかけてくださった。 その方の目元は、下まつげのきわに入れた銀色のアイラインで、より魅力的になった。
2時間の予定時間で全員が終わり、質問コーナーになった。 私は鏡の中の自分のさえない顔色のことが気になって伺ってみた。 もう一度、みんなの前に座らされた私の頬に、先生の魔法のひと刷毛。 薔薇色のパウダーで、顔が明るくなった。 そして少し離れて私を見た先生は、ちょっと考え、 部屋の後ろのコート掛けを見て、黄色いコートを取ってくるようにと言った。 たまたまそのヒヨコ色のコートは私のものだった。 それを手に取ったとたん、「ほらやっぱり!」と先生の声。 「それを顔の下に当てて、またはずしてみて。」
全身が映る鏡を見たまま、私はコートを胸に当て、そしてはずしてみた。 ヒヨコ色のコートを当てると、ぱっと顔の血色がよくなる。 下に着ていた黒に近いこげ茶のセーターのときは、さえない顔になる。 口紅の色さえ違って見える。 見ていたみんなも「おぉ〜。」と声を上げた。 「じゃあ、それを着てみて。」と言う、先生の指示に従い 着慣れた自分のコートをするりと羽織った。 さっきのチークとコートの色で、私の顔は元気そうになった。 くすんだような頬に透明感が生まれた。
「それはあなたに似合う色なんです。そのセーターは似合わない色なんです。」 と先生は断言した。 出かけるとき、つい選んでしまう古いコートは、私を元気にしてくれていた。 少しは引き締まって見えるかと思って着ていたこげ茶色のリブ編みのセーターは 私の顔を不健康に、老けさせて見せていたらしい。 私のカラータイプは、夏が混ざった春で、明るい色、パステルカラーが似合うのだと言う。 暗い色や重い色は、顔を疲れさせて見せる。 なるほど、目の当たりにして、すっかり納得してしまった。
いくつかの質問も終わり、予定時間を大きく過ぎて講義は終わった。 来たときより若々しくなった12人はにこやかに部屋を出た。 その明るい笑顔で、みんなが満足したことはよくわかる。 受付の女性が私を呼び止めて「どうでした?」と様子を聞いてきた。 「ご覧の通り〜。」と、私は大人っぽくなった眉を見せた。 「とってもおもしろかったです!」
4月から、あの先生の講座が開講するらしい。 もっといろんなことがわかるのだろう。 受講してみようか、どうしようか。 ぐらぐら気持ちが揺れている。
帰り道に覗いたファッションビルの店先は、もう軽やかな春物でいっぱいだった。 ふんわり桜色に、さわやかな浅葱色、明るい菜の花色。 パステルカラーは好きなのだけれど、自分の年を考え、 子どもっぽく見えるかと思って敬遠がちになっていた。 でもこれからは、自信を持って選んでみよう。 もうすぐやって来る春に向けて、すっきりと明るい服を探してみようかな!
魔法瓶を買った。 おなかに熱いお茶をたっぷり詰め込んで 隣にいてくれる。 かわいくてたまらない。
ずっとうちには魔法瓶がなかった。 紅茶を淹れるときには、沸かしたてのお湯を使うし お煎茶の時だって、2人分くらいなら沸かしてすぐに ちょうどいい温度まで冷ませるし。 そんなに必要だと思わなかった。
でもこのごろ、花粉症対策やダイエットのために 朝にやかんいっぱいに沸かすプーアール茶やウーロン茶。 これは最初はアツアツだけれど、 やかんに入れたままだとすぐに冷めてしまって 冷たいまま飲んだり、そのたび電子レンジで温めたりしていた。 紅茶を淹れようとお湯を沸かしたつもりが ティーポットに薄まったプーアール茶を注いでしまったこともある。 う〜ん、これは問題。
それで結婚して16年目でやっと魔法瓶を買う気になった。 買うならこれ、とずっと思っていた銀色の魔法瓶がやってきた。 胸を張ったペンギンのようなクラシックなスタイルのこれは 「ポット」と言うより、やっぱり「魔法瓶」だ。 すごい名前。 魔法の瓶なのだ。
沸かしたてのお茶を、魔法瓶の鏡張りのおなかの中に注ぐときの コポコポコポ…と言う音が懐かしい感じだ。 中身は熱いのに、外はひんやり光って澄ましている。 カーブした取っ手を持って、ノブを押しながら傾けると 湯気と一緒に熱いお茶がトクトクとすべり出る。 あぁ、嬉しい。 顔はニコニコ、体はほっかり。 やっぱり魔法の瓶だね。
去年の秋から楽しみにしていた。 谷川俊太郎・賢作の親子ライブ。 近くの小学校での催し物だ。
大好きな詩人の谷川俊太郎さんがやってくる。 賢作さんはジャズピアニストだ。 詩人とピアニスト親子のライブってどんなものだろう? 予約して買っておいたチケットと引き換えに だだっ広いひんやりした体育館に並べられたパイプ椅子に座った。 椅子に座る私たちの前には、小学生たちがひざを抱えて並んで座った。
校長先生の挨拶が終わり、初めて見る詩人とピアニストが ママさんコーラスの歌に迎えられてひょうひょうと入ってきた。 いつまでもざわざわと落ち着かない低学年の子どもたちは いきなり始まった「うんこ!」と言う詩の朗読に一気に心をつかまれた。 集中、集中。 わくわくと期待に光るたくさんの目。
賢作さんのピアノやパーカッションをバックに 俊太郎さんの詩の朗読が続く。 ことばあそびや音あそび。 子どもたちは大喜びだ。 その後ろで私は、詩人本人が読む詩に酔っていた。 これが本当のリズム、間なのだ。 文字だけで何度も読んだ詩が、生き生きとふくらんではずんで響いた。
休憩を挟んで始まった高学年の時間、子どもたちはしんと静かだった。 詩の朗読と美しいピアノの音色に耳を澄ませて聞き入っていた。 「生きる」そして「道」。 言葉の間に風景が浮かんだ。 きっとそこにいた子どもたちにも大人たちの心にも。 短い時間に旅をしているようだった。
夢から覚めたように体育館に明かりがついた。 拍手に送られ、入ってきたときと同じようにふたりはひょうひょうと出て行った。 名残惜しくその背中を見送った。
子どもたちが教室に戻ったあと、体育館の出口でCDが販売された。 一緒に行った友だちと1枚ずつCDを買って、サインの列に並んだ。 体育館の窓を覆っていた暗幕は左右に引かれて 谷川親子の後ろから明るい光が射していた。 ひとりひとりと話しながら、俊太郎さんはCDのライナーやケースにサインをする。 私もCDのケースにサインをいただいた。
そして何気なく持って行っていた3冊の詩集のうち、一番古い本にも手が伸ばされたのだ。 「こんなぼろぼろになった本を見ると嬉しいんです。作者としては。」と にこにことおっしゃって、サインと握手をしてくださった。 中学生のころから持ち歩いている黄ばんだ文庫本の、若い「著者近影」の裏に 谷川俊太郎さんの名前と今日の日付が黒々と書かれた。
体育館の外はまぶしかった。 陽射しが暖かかった。 何かで胸がいっぱいだった。 前よりもっと大事になった本とCDを抱えて うららかな春の道を帰ってきた。
去年のこの日、べべは入院していた。 お見舞いに行ったときに 獣医さんの玄関に落ちていた豆のことを覚えている。 あれから1年。 こんなに元気になって また一緒に節分を迎えることができてよかった。
心をこめて豆をまく。 福は内。 鬼は外。 明日は立春。 明るい季節がやってくる。
やっと降った雨が嬉しい。 地面がごくごくと飲んでいる。 若い葉っぱがしっとりと光る。
鳥たちは気にせずやってくる。 リースのふやけたピーナッツや 水浸しのりんごやヒマワリの種を いつもと同じように賑やかにつついた。
鳥たちはお隣の梅の木に止まって ゆっくりとヒマワリの種をむいて食べている。 あの木の下は殻でいっぱいだろう。 鳥たちの足元でピンクのつぼみがふくらんできた。
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