ひとりごと
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大晦日 2003年12月31日(水)

お風呂の中で除夜の鐘を聞いた。
一年前は夫の実家のお風呂の中で除夜の鐘を聞いていた。

そのときのことを思い出し、この一年を思い、
これから始まる新しい一年のことを思ったとき、
胸がトクン!と鳴るのがわかった。

一年前には、こんな年が待っているだなんて思いもしなかったのだ。
楽しいことも、心配なことも、幸せなことも、悲しいことも、
みんな想像以上のことばかりだった。
同じように、まっさらな年にはまた思いがけないことが待っているのだろう。
想像もできないような出来事のことを思い、頭がくらくらした。

楽しいことは大きく、悲しいことはできたら避けたいけれど
どうしてもやってくるのなら、ほんのちょっぴりでありますように。
また一年後の除夜の鐘を、健康な体で幸せな思いで聞くことができますように。


みなさま、今年も一年どうもありがとうございました。
出会えたことを嬉しく思っています。
ここでお話したことは宝物です。
来る年もどうぞよろしくお願いいたします。
新しい宝箱がもうすぐ開く!


似たもの夫婦 2003年12月30日(火)

やっとの思いで年賀状を書き終えたのは午前4時だった。
すぐにでも投函に行きたかったけれど、
まだ真っ暗な道を歩くのは危ないので我慢した。
近くのポストの朝一番の集荷は午前7時30分。
目覚まし時計を7時にセットして、短い睡眠を取った。

3時間後、きっちりと目が覚めた。
服に着替え、帽子をかぶって、葉書の束を持って家を出た。
活動する前の街の広い道を自転車でびゅーんと走った。
冷たい風が気持ちいい。
ポストに年賀状を入れて一安心。
年内に投函できるなんて、私にしては快挙なのだ!

家に帰ってゆっくりと朝刊を読んだ。
忙しい年末の1日の始まりの、静かな落ち着いた時間を楽しんだ。
このまま起きていたらよかったのに、
私はこのあとまた布団にもぐりこんでしまった。
そしてまだ自分の温もりの残る布団の中ですぐに眠り込んだ。

次に目覚めたとき、もう太陽は高くなっていた。
なんと11時過ぎ!
「もう、なんで起こしてくれなかったのよ。この忙しいときに〜。」
と、起こしに来た夫に文句を言ってしまった。
「だってあんまりよく寝ているから。自分で起きろよな〜。」
と、夫はいつもののんびり顔で答えた。
たしかに私がいけないのだけれど。
でも昼近くまで眠っている妻をほうっておくのもどうかと思うなぁ。
今日は大掃除をしようと話していたのに。

私は遅いブランチを、一緒に夫は昼食をとった。
大掃除、どこから手をつけようかとあれこれ思い浮かべた。
ガラス磨きはクリスマスの来客の前にやっておいてよかった。
部屋の中もそんなに汚れていない。
絶対にきれいにしたいのは、キッチンの換気扇やそれに続く壁、
流しの前の出窓など。
それに玄関と、外階段、それに当然トイレとお風呂場だ。

お天気もよく、せっかく始めた大掃除なのだけれどなかなか進まない。
すぐにどちらともなく「休憩にする?」と言い出す。
休憩のあと、そのまま本を読んだりパソコンを開いたり。
どうも年末の緊迫感に欠ける私たち。

結局夜までにできたのは、私が担当したキッチンと
夫がやってくれた玄関から外回りと2階の窓ガラスだけだった。
「あとは明日でいいか。」
大晦日に持ち越すことになった。
でも明日一日で片付くかどうかもあやしいものだ。

もう掃除をやる気もないまま、夕食後はテレビの「ザ・ベストテン」を見て楽しんだ。
懐かしい歌を口ずさみ、そのころのことを思い出した。
体型が変わらない同年代の歌手を見て、すっかりゆるんだ自分を反省した。
「あのころ、男の子はみんな聖子ちゃんが好きだったよね。」
と言うと、夫は嬉しそうに「うん!」とうなずいた。
私は妹たちと競ってピンクレディーの振りを覚えたっけ。
ふたりで思い出話を披露しあった。
いつもより、のんびりしているくらいの夜だった。

「明日は掃除がんばろうね。」と私は一応言ってみた。
すると夫は
「知ってる?結婚相手を選ぶ基準。
 前に何かで読んだんやけれど、だらしなさが同じくらいの人がいいって。」
と、おかしそうに言うのだった。
爆笑!たしかにそうだ。
私たちは、そんな基準が同じなのかもしれない。
子どもがいたら、示しがつかないところだった。
でもせめて「だらしなさ」ではなく「几帳面さ」に言い換えてほしかったわ。

「昼間、節約奥様とか、きっちりやっているしっかり奥様をテレビで見たけれど
 うちの奥さんがあんなやったら、僕もやっていけへんもんなぁ。」
と、夫が言った。
ちょっとつっこみを入れたいところだったけれど、
(私だって少しは節約しているし、少しはしっかりもしているつもり…)
当たっていないこともないのでぐっとこらえた。

ようし!
明日はのんびり奥様は返上。
早起きして、夫が恐がるようなしっかり奥様になって、テキパキと家をきれいにしよう。
おせち作りもがんばるんだ。
2003年もあと1日。


アカヒレちゃんと水草 2003年12月29日(月)

午後の柔らかい光がリビングの真ん中まで射しこんできた。
顔を上げると部屋がまぶしかった。
年賀状を書く手を休めてお茶を入れた。
日向ぼっこ休憩をした。

人間の家より、インコたちのかごより早く、
大掃除がすんだアカヒレちゃんの水槽にも、
暖かそうな日が当たっていた。
覗き込むと、透明な水の中で揺らめく水草から泡がぷくぷくぷく。
小さい銀色の粒になって、一列になって昇ってくる。

わぁ。
水草が光合成をしているんだ。
今、酸素を出しているんだ。
アカヒレちゃんはそれで息をしているんだ。

きれいで、不思議で、かわいくて見とれてしまった。
アカヒレちゃんは、気持ちよさそうに赤い尾っぽをなびかせて
泡の列をふわりと乱した。

長野の友だちにいただいた水草は
小さい水槽の中にちょうどいい大きさの森を作った。
アカヒレちゃんはそこで休み、酸素をもらい、二酸化炭素と栄養を与えている。
アカヒレちゃんと水草は、ぴったりのバランスらしく
水もほとんど汚れない。
アカヒレちゃんも水草もとてもきれいで元気だ。

私がいつも見ていなくても、小さな水槽の中で生態系ができている。
のんびり幸せに暮らしているアカヒレちゃんと水草を見て
私の気持ちものんびりほっこり幸せになった。
そのあと年賀状を書きながらも、
なんだか嬉しいことがあったな、と思うと、
アカヒレちゃんのことだったりした。


千の風 2003年12月27日(土)

明け方、東京では初雪が降ったらしい。
実家の庭には白くうっすらと積もったと言っていたけれど
うちの庭はしっとりと濡れているだけだった。
そう言えば、夜更かしして眠る前にさらさらと言う音を聞いたのが
あれが雪だったのだと思う。

そして朝から清々しく晴れていた。
強い風が空を青く磨いていた。
風はとっても冷たいのに、輝く陽射しのせいなのか
なぜか優しく感じて、なにかを話しかけてくるようで
干しかけの洗濯物を足元に置いたまま
風に向けて何回もシャッターを切った。

あれは、失ってしまった誰かだったのかもしれない。
土の中に眠っているのではなく、
千の風になって大空を吹き渡っている誰かだったのだ。
日の光になって、優しい雨になって、
きっと初雪にも姿を変えて、誰かは訪れてきてくれている。
そばにいてくれる。


takasiさんが美しいページを作ってくださった。
粉雪が舞う中の暖かい窓辺に心が安らぐ。
優しい詩を読んで、悲しみが和らいでいく。

千の風になって

元の英語詩は作者不詳らしい。
いつどこで生まれたのかわからない。
takasiさんがお嬢さんに読んでさしあげたと言う本、
新井満さんの「千の風になって」を私も探して読んでみようと思う。


暖かい花たち 2003年12月26日(金)

クリスマスから一夜明け、急に街は年末のあわただしさ。
人々は忙しそうに早足で歩いている。
あと数日で終わる今年のうちに、
片づけなければいけないことがいっぱいあるんだ。
大変、大変。

私の歯の治療は、年越しすることが決定した。
虫歯は意外と重症だった。
あんなに痛かった腰は、だんだんと気にならなくなってきた。
今のところ、風邪もひかずなんとか元気にお正月を迎えられそうだ。

歯医者さんのあと、銀行の用とスーパーでの買い物を済ませ家に帰った。
今日は庭仕事と、部屋の片付けをする予定。
年賀状も早く作り始めなくては。
忙しい、忙しい。

鍵を取り出しながら歩く、アプローチの横で
この冬初めての水仙がかわいい花を咲かせているのを見つけた。
しばらく見とれてしまった。
静かな佇まいに気持ちが落ち着いた。
なんとなく賑やかな気配がして振り向くと、
真っ白なふわふわの玉がいくつも踊っていた。
花殻を切らなかった秋明菊の実がはじけたのだった。
そっと触れてみると、柔らかくて暖かい。
心がゆるやかにとけていく。

そうだった。
あわてない、あわてない。
ひとやすみ、ひとやすみ…。

どんなときにも花たちは優しい。
ありのままで静かにそこにいてくれる。


プログラム 2003年12月25日(木)

お隣さんの家に行くと、パーティー会場のリビングのピアノに
今日のクリスマスパーティーのプログラムが貼ってあった。

プログラム
1、始めのことば
2、おしょくじ
3、ゲーム(クラッカー)
4、ゲーム(トランプ、ウノどっちか)
5、プレゼントこうかん
6、終わりのことば
7、イルミネーション見学(行きたい人)

プログラムどおりに行かないのがホームパーティー。
「1、始めのことば」は省略された。
子どもたちはシャンメリー、大人たちはワインで乾杯。
そして「2、おしょくじ」は、各家庭で持ち寄った
バラエティーに富んだお料理をおいしくいただいた。
私はパエリアを作っていった。

「3、ゲーム(クラッカー)」?と思ったら、
まるでロシアンルーレットのようなクラッカーがあるのだった。
6本の紐のうち、パン!と紙ふぶきが飛び出すのは1つだけ。
みんな耳を押さえながらドキドキとひっぱった。
「4、ゲーム」は「トランプ、ウノどっちか」のはずだったのが
私が持っていったツイスターで盛り上がった。
大人たちは懐かしく、子どもたちには新鮮なこのゲームは
やっている人はもちろん、見ている方まで楽しめる。
こんなに喜んでもらえるなんて、持って行ってよかったと嬉しく思う。
子どもたちは、来年サンタさんに頼むそうだ。

そしてメインイベント、「5、プレゼントこうかん」。
大人で参加するのは私だけだった。
8人の子どもたちと一緒に輪になって座って
「赤鼻のトナカイ」の歌に合わせてプレゼントを回していった。
最後に私の手に残ったのは、一番小さな紙袋。
5年生のヒライくんからのかわいいウサギのキイホルダーだった。
早速デジカメにつけると、ヒライくんは嬉しそうにおそろいだと話してくれた。
私が持っていった犬の形のブックエンドは3年生のユリちゃんの元へ行った。
犬好きのユリちゃんは喜んでくれた。
みんなでもらったばかりのプレゼントを見せ合いっこをした。

「6、終わりのことば」も省略され、子どもたちは外に飛び出した。
大人たちは静かになった部屋で、コーヒーとお菓子をゆっくりと味わい、
写真を見ながら猫の恵ちゃんの話をしたりした。
気がついたら外は暗くなっていた。
「洗濯物を入れなくちゃ!」と誰かが言い、一旦おひらきにすることにした。
そして20分後に家の前で待ち合わせをして、
今日のプログラムの最後、「7、イルミネーション見学」に出発する。

クリスマスイルミネーションは、この住宅街の名物だ。
ご近所さんたちも、庭木やフェンスに豆電球の灯りをちりばめたり
光る大きな人形を玄関前に置いたりしている。
それぞれの家で工夫がしてあって、見て歩くのは楽しい。
一人で歩くと寒い道も、みんなで散歩すると暖かいし恐くない。
たぶん今夜までのきらめく光を、ゆっくりと静かに見て歩いた。
歩きながら、灯りの話、庭の花の話、来年のハロウィンやクリスマスの話をした。
そして、いつか子どもたちが一緒に歩かなくなる何年後かの話をした。
1時間半をかけて光る街を歩き回り、家の前でお別れして会は終わった。

縁あってご近所に住むようになり、仲よくなった数件の家族たち。
本当にいい隣人たちに恵まれた。
これから先、何年も何十年もよろしく。
子どもたちが大きくなって巣立って行っても仲よくしよう。
こんな夜があったことをきっと懐かしく思い出すのだろう。


小さなクリスマスパーティー 2003年12月23日(火)

今日はうちでクリスマスパーティー。
妹たちと一緒に小さな甥や姪たちが来るのだ。

まだ4歳、3歳、2歳。
幼い子たちは何を喜ぶのだろう?
あれこれ考えてこまごまと買ってきたお菓子やハンカチや
小さなおもちゃを、かわいい巾着袋に詰めこんだ。
それをツリーの足元に並べて、チビたちの到着を待った。

賑やかに一団がやって来た!
ちょっと前まであんなに人見知りしていた上の4歳の女の子は
もうすっかりおしゃまになって一人前に挨拶をしてくれた。
いつも陽気な3歳の男の子は相変わらずのハイテンション。
下の2歳の女の子は、なぜか家に入る前から号泣している。
「恥ずかしい〜!」って泣いているのだそうだ。
子どもっておもしろい。

プレゼントは素直に喜んでくれた。
嬉しそうに中身を引っ張り出す顔を見ていると私も嬉しくなった。
用意しておいたおもちゃでもよく遊んでくれた。

キッチンで料理の支度をしている私の後ろを
「きゃー!きゃー」とはしゃぎながら子どもたちが走り回る。
あっちのドアもこっちのドアも開いて、ぐるぐると駆け巡っている。
そう、こんなことがなぜかやたらと楽しいんだ。
機嫌がいい大人たちに見守られて、無邪気に遊ぶ子どもたちに
何十年も前の自分の姿が重なった。

ワインのおつまみにと思った煮込み料理は意外と子どもたちにも好評だった。
みんな何でも食べるようになってきていた。
気の置けないメンバーなので、クリスマスにはこだわらず、
タコヤキも作って盛り上がった。
サラダもピザもすぐになくなり、ワインもビールも何本もあいた。
他愛もないおしゃべりが楽しい。
子どもたちがかわいい。
インコたちも音楽に合わせて高らかに歌う。

ケーキと紅茶を用意したころ、甥が遊び疲れて眠ってしまった。
姪たちも「眠い〜」「おうちに帰ろう〜」とぐずり始めた。
時計を見ると8時。
そうね。子どもは眠る時間ね。
寂しいけれど、さようならね。

お茶を飲んで、妹たちは立ち上がった。
眠り込みぐったりとした甥を義弟がかついだ。
下の姪も抱っこをせがんでいた。
お姉ちゃんは、自分で靴をはき、ちゃんとバイバイしてくれた。
チビちゃんも眠そうに手を振ってくれた。
来たときと同じように賑やかにみんなは帰っていった。

ひとりになった部屋に戻った。
インコたちももう眠るところだ。
急に部屋が寒く感じてストーブをつけた。
あの子たちがいるときには、
ストーブがいらないくらい暖かかったのだと気がついた。

また遊びに来てね。
このツリーを毎年見に来てね。
春になったら一緒に散歩しようね。


恵ちゃんバッグ 2003年12月22日(月)

年末、やっぱり忙しい。
毎日どこかへ行くか、誰かが来るかしている。

今日はパン教室のあと、そのまま新宿まで買い物に行った。
甥や姪へのクリスマスプレゼントやカード、
その他、都会でしか買えないものいろいろ。
あわただしくっても、疲れていても、
華やかな街できれいなものを見るのは楽しい。
夕方には、両手から4つもの大きな荷物をぶらさげていた。

帰りの下り電車は始発の新宿駅で2台見送り、15分並んで急行電車の座席を確保した。
これで30分は眠れる。
大きな荷物を抱えてよろよろと立っているのはかえって迷惑にもなるものね。
席に座ると、日ごろの寝不足と買い物の疲れのせいか、
発車する前からうとうととし始めてしまった。
そして心地よい揺れに体を任せて熟睡…。
でも耳は起きているのか、不思議なことに降りる駅では目が覚めるのだ。
いつもの各駅停車に乗り換える駅ではちゃんと目覚めて降りることができた。

本当なら、向かい側に止まっている各停にすぐに乗り込むのだけれど
今日はこの駅で下車。
大事な用がある。
1ヶ月前に注文してあった、バッグができあがったとお店から電話があったのだ。
早くそれを取りに行かなくちゃ!

「かわいいお子さまやペットの写真を転写プリントにしてバッグに仕立てます」
と言うバッグ屋さんの親バカ企画を見つけたので、
恵ちゃんの写真でバッグを作ってもらったのだ。
何百枚、何千枚もある中から選んだこの1枚。
恵ちゃんのやんちゃさと、赤ちゃんらしさが出ていてお気に入りだ。
10種類ほどあるバッグの型の中から好きなものを選び、色も決めた。
さて、どんなふうにできあがったかな?

バッグ屋さんのカウンターで控えの伝票を渡した。
裏の倉庫からすぐにビニールに包まれたバッグが持ってこられた。
店員さんはビニールをほどき、にこにこしながら「これですね」と見せてくれた。
恵ちゃん!
小さいときの恵ちゃんが、懐かしいポーズでバッグになっていた。
横長のバッグの形と皮のこげ茶色も似合っている。

「うふふ、かわいい!嬉しい!」と、笑ってしまった。
「写真に動きもあるし、かわいいってお店でも一番の評判だったんですよ。」
と、店員さんが言ってくれた。
お店の人、みんなで見てくれたんだ。
お世辞かもしれないけれど、嬉しい。
少なくとも私は大満足だから、それでいいんだ〜♪
紙袋に入れて渡された恵ちゃんバッグを、帰り道で何度も覗いてしまった。
荷物はまた増えたけれど、心はウキウキ。
これは私へのクリスマスプレゼントだ。

家に帰ってゆっくりと眺めた。
恵ちゃん、小さかったな。
写真と同じ、恵ちゃんが寝転がっていたソファの上にバッグを置いてみた。
バッグのプリントはちょうど実物大だった。
恵ちゃんは、この大きさだったんだ。
バッグにすっぽり入るくらい本当に小さかったんだ。

こげ茶色の皮とツイードでできたバッグはこの冬、大活躍しそうだ。
これからお出かけは恵ちゃんと一緒。
今度、本当の恵ちゃんに会いに行くときにも持っていこう。
自分だってわかるかな?


あれから1週間 2003年12月19日(金)

お茶のお稽古の前に獣医さんへ行った。
ピピちゃんの入院費をまだ払っていなかった。
あのときは、お金もろくに持たずにあわてて飛び出したから。
明るい朝の駅に降りたとき、胸がずきんと痛んだ。
あのときは寒い夕方だった。
お店が開いたばかりの陽射しがいっぱいの商店街を歩いた。
見慣れた獣医さんのピンクのドアを見たときにも胸がずきんとした。

エレベーターのドアが開いたら、すぐに待合室だ。
今日はたったひとりのひとがケースを抱えて待っているだけだった。
明るくて静かだった。
受付のカウンターの前に立っていると、すぐにいつもの女性が出てきて
私を見て「あ…」と言う表情になった。
「お支払いを」と言うと、カウンターの中から用意されていたファイルが出された。
ファイルには伝票のほかに、水色の印刷物がはさまれていた。
それには「遺伝子検査報告書」と書かれていた。
そうだった。
原因がわからなかったので、入院するときにオウム病の検査もお願いしたのだった。

「検査の結果が届いています。感染症については陰性と言うことでした。」
と、受付の女性が話した。
研究所から届いたその紙には、まだ(仮称)のままの「ピーちゃん」と言う名前が印刷されていた。
日付は12月13日。
まだこのときにはピピちゃんは生きていた。
今さら…と言う気持ちもあったけれど、
たしかにピピちゃんが生きていた証のようで、その紙をバッグの中に大切にしまった。

「感染症が陰性と言うことは、やっぱり中毒だったのでしょうか?」と尋ねた。
「そうとも限りませんね。あの症状はただの中毒ではないようでした。」
「もし、何かを食べて病気になったのだとしたら、ほかの鳥のためにも注意しなくてはと思って…。」
「そうですね。でももとから病気だったと言う可能性のほうが大きいです。」
「とても元気だったんですよ。突然あんなに具合が悪くなって。」
「インコは元気を装いますからね。ぎりぎりまで元気にがんばったのではないでしょうか。」
そうなのか。
ピピちゃんは、知らない家にやってきて、無理して元気にはしゃいでいたのかもしれないんだ。

「肝臓がかなり腫れていましたから、肝臓がんだったと言うことも考えられるんです。」
あんなに小さいのに、がんかもしれなかっただなんて!
うちに来たときには、もう病気でつらかったのだろうか。
「そうしたら、前の飼い主さんのところでもお医者さんにかかっていたかもしれませんね。」
「そうですね。そうかもしれませんね。」
「かわいそうに。飼い主さんも心配して探していたでしょうに…。私、見つけてあげられなくて。」
そう言うと、
「それはなかなか難しいですよ〜。しかたないですよ。」
と、慰めるように、言ってくださった。

私の心を少しでも軽くするかのように、病気は前からかもしれなかったこと、
飼い主さんが見つからないのは仕方ないことだと受付の女性は言ってくれた。
それでも、ピピちゃんが死んでしまった悲しみに変わりはない。
ピピちゃんがかわいそうだったことに変わりはないのだ。
ここで最後に会ったときのピピちゃんの姿が浮かんで胸がいっぱいになった。

「それでは、お支払いを。」と私が財布を取り出すと、申し訳なさそうに女性が伝票を出した。
「この前お知らせした金額に、検査料金が加わって、こんなになってしまうんです…。」
示された額は、私のお財布の中身ほとんど全部だった。
「大丈夫ですか?あの、もしなんでしたら、入院費だけでこちらの検査料金はいいです。」
と、そう言ってくださった。
え…。どうしよう。
一瞬、迷ってしまった。
でもピピちゃんのことで、お金をケチりたくなかった。
家族なのだから。
そうでなければ後ろめたい気持ちが残りそうだった。

「お支払いします。ちょうどありますから。」とお金を出した。
「大丈夫ですか?あの、ほんとにいいですよ。」と受付の女性。
「いえ。だってそれだけのことをしていただいたのですから。」
私はそう言って、そしてそのとたん、涙がこぼれてきた。
そう、できる限り最良のことをしていただいたのだ。
それでも助からなかった、かわいそうな小さなピピちゃん。
「幸せだったと思いますよ。」と女性はぽつりと言った。
涙が止まらなかった。

「お世話になりました。」
私はハンカチで目を押さえて頭を下げた。
診察中の先生には会えなくて残念だったけれど
受付の女性がこんなにも丁寧に話してくれたことがありがたかった。
ピピちゃんは、間違いなくここで最良の治療を受け、看護してもらっていた。
「あの…お気をつけて。」
と、まだ若い受付の女性は見送ってくれた。
エレベーターのドアが閉まった。

外はまだ始まったばかりの商店街の午前中だった。
顔を直して、お茶のお稽古に行った。
いつもより少し遅れて入った小間には、まぶしい日が射していた。
畳に映った葉っぱの影が小鳥のようだと思ってぼんやり眺めていた。
時間とともに影は動いて小鳥は飛び去ってしまった。

獣医さんに行って、お茶のお稽古に行って、買い物をして、歯医者さんに行って。
まるっきり1週間前と同じコースだった。
時間もぴったり同じでおかしいくらいだった。
違ったのはピピちゃんに会えなかったこと、空が晴れていたこと、
そして私が駅前ですべってころばなかったと言うことくらい。

1週間前に獣医さんで会ったピピちゃんが、私が最後に見たピピちゃんだった。
そのときのピピちゃんは、かわいい声で鳴いてくれた。
元気そうにごはんを食べてみせてくれた。
そんな姿が最後に心に刻まれたことが幸せだと思った。



ミニシュトーレン

おととい教わったばかりのシュトーレンを焼いた。
うまくできたら、友だちへのお土産にしようと思って
小さいサイズにして5本作った。
本当は、まだクリスマスの飾りをしていないのだけれど
シュトーレンこそ今作らないとクリスマスに間に合わない。
夜も遅くなってから、かわいいシュトーレンがやっとできあがった。

できたてをひとつ試食してみた。
まだ柔らかい生地の中のドライフルーツがふんわりと香った。
スパイスの配合もちょうどよかったようだ。
初めてにしてはなかなか、と自画自賛。
これが熟成されたらもっとおいしくなるはず!
あげる友だちの顔を思い浮かべながら、ひとつずつラップでくるんだ。

クリスマスを待っておいしくなぁれ〜。
来年からは、いっぱい焼いて、
もっとたくさんの友だちにあげられるようになるかな?

あ…。結局今日もツリーを出せなかった。
楽しみに来てくれる友だちや妹たちのためにも
ほんとにほんとに明日こそ、がんばって飾りつけをしよう!
賑やかな日がやってくるのが待ち遠しい。


掃除の合間に 2003年12月18日(木)

今日こそクリスマスツリーを出そう。
髪をまとめ、腕をまくり、エプロンをきりっとしめて、
私には珍しく、朝から張り切って動いた。
あと1週間しかないけれど、それでもちょっとの間でも
飾り付けをしてクリスマスムードを楽しもう。

大きなツリーを出してしまうと、床磨きもなかなかできなくなるので
まずは部屋の掃除。
最初は天井から、はたきでほこりを落としていった。
今までうっかり見落としていた小さなクモの巣も、めがねをかけた目で見つけた。
壁の隅っこや絵の額の上のほこりもとって、窓枠も磨いた。
体が温かくなってきた。

今日は寒くない。
窓を開け放し、カーテンをはずして洗濯機に放り込んだ。
そして窓ガラスを磨き始めた。
テラスに面しているリビングのガラスは、
外側に土ぼこりがついて汚れていたので磨き甲斐があった。

お昼過ぎ、お隣さんから電話があった。
「もうお昼ごはん食べた?」
「ううん。まだまだぜんぜん〜!」
本当は、また一緒にビーズをしようと誘われていたのだけれど
掃除をしてツリーを出すつもりだったので、残念だけれど今回は断っていたのだった。

「あのね、これからお好み焼きを焼くんだけれど食べに来ない?一段落したら来てね〜。」
お昼ごはんのことなんて、すっかり忘れていた。
嬉しいお誘いだった。
早速手を洗って支度をした。
デザート用に、この前作ったラ・フランスのコンポートを持ってお隣に伺った。

いつものメンバーが集まって、ビーズを片づけているところだった。
冬らしい、シックな黒いビーズがいくつかつながれていた。
すぐにテーブルはきれいになって、ホットプレートが出してこられた。
それからはみんなで、いつものようにおしゃべりランチ。
ばたばたと掃除をしていたことも忘れて、お好み焼きとおしゃべりに夢中になった。
ひとり分ずつ小さく焼いたお好み焼きを3枚ずつと、
デザートには私のラ・フランスにアイスクリームを添えて、
紅茶までゆっくりといただいた。

掃除の合間のちょっとだけのつもりのランチタイムだったのに
子どもたちが学校から帰ってきて、気がついたら3時を過ぎていたのだった。
掃除がまだ中途半端だったので、名残惜しいけれどお先に失礼した。
「次は25日ね〜!」の声に送られた。
ご近所さんと子どもたちが集まり、料理を持ち寄ってクリスマスパーティーをするのだ。
楽しみ、楽しみ。

家に帰るとカーテンのない窓の外は、もううっすらと暗かった。
急いで残りの窓ガラスを磨き、洗いあげたカーテンをかけた。
夕方が近くなり暗くなりかけた部屋でも、明るくなったのがわかった。
日が暮れ、窓を閉めて、照明や家具やテレビを磨いた。
目に見えて部屋がきれいになっていくのでおもしろい。
照明の真下に残されていたピピちゃんのフンを拭き取るときにはほろっとした。

落ちたほこりを掃除機できれいにして、ワックスをかけて…のつもりだったけれど
遅くなったし、腰もまた痛んできたので今日はここまで。
(あー、意外にも腰がなかなか治らない…)
またツリーを出せなかった。
明日こそ!
絶対にクリスマスツリーを出そう。

ご近所さんたちの家の周りのイルミネーションが輝きだした。
うちは今年もイルミネーションまでは手が回らないかな。
またみんなのキラキラを楽しませてもらおう。
今日は楽しいランチタイムをありがとうございました。


シュトーレン 2003年12月17日(水)

パン教室のクリスマス特別講座に行ってきた。
シュトーレンを前から作ってみたかった。
本当は月曜日の教室に申し込んでいた。
あんなに楽しみにしていたのに、それをどうしたことか
うっかりして行くのを忘れて、今日に振り替えてもらったのだ。
でも月曜日、行かなくてよかったのかもしれない。
あの日、パン教室に行っていたら、
ピピちゃんの危篤の電話を受けられなかったかもしれない。
うちにいたい気分だったのは、ピピちゃんに呼び止められていたのかな…。

シュトーレンはクリスマスを待ちながら
少しずつ食べてゆくドイツの伝統のパン菓子。
たっぷりのフルーツとスパイスが利いたずっしりとしたシュトーレンを
薄く切って一切れずつ食べながらクリスマスを待つと言う。
11月から作り始めて、1ヶ月をかけておいしく熟成されていく。
作ってすぐに食べられるのもいいけれど
そんなゆっくりとしたお菓子が私は好きだ。
待っているこの間にも、少しずつおいしくなっていくシュトーレン。

作ってみてびっくりしたのは、バターなどの材料をふんだんに使うこと。
フルーツやスパイスは多いだろうとは思っていたけれど
バターが粉の半分も入るパンなんて!
それだけにしっとりとこくがあり香り高く、保存も利くのだ。
さらに焼きあがったところで、溶かしバターをたっぷりと塗りつけ
(本場では、溶かしバターにドブンと浸すらしい!)
お砂糖もこれまたたっぷりと真っ白にまぶしつける。
これも何より保存のため、そしてやっぱりおいしさの秘訣。
でもどんなにおいしくても、作り方を知ってしまうと
あまり厚く切っては食べられなくなってしまうなぁ。
これだけ濃厚なお菓子は、やっぱり薄く切って少しずつ味わうのがいいのだろうな。

とにかく先生の説明どおり、たっぷりのバターとお砂糖をまぶして
リッチで、でも素朴な形の香り高いシュトーレンはできあがった。
試食で焼きたてほやほやのシュトーレンをいただいたら
フルーツケーキとパンの間のような味わいでとてもおいしかった。
「2、3日したら味が馴染んできますが、1週間後くらいがおいしいですよ。」
とのことだった。

できあがったばかりの私のシュトーレンは、これからどんどんおいしくなっていく。
ちょうどクリスマスごろが一番おいしくなるときだけれど
日曜日、友だちが集まってのパーティーに切ってみよう。
23日にやって来る、母や妹たちにも食べてもらおう。
それでまだ残っていたら、一番おいしい時期に夫と食べよう。
まだツリーも出していない、のんびりぼんやりの私のクリスマス準備が
シュトーレン作りからやっと始まった。


ピピちゃんの眠り 2003年12月16日(火)

長くて短い夜が明けて
昨日と同じようにまぶしい朝がやって来た。
ピピちゃんは、庭に咲いていた残り少ない花の
ありったけと一緒に庭に眠った。

昨日のこの時間にはまだ元気だった。
こんなときが来るなんて知らずに
ピピちゃんは無邪気にごはんを食べていたんだ。
元気になろうとして。
生きようとして。
そして最後まで小さな体で戦った。

今は安らかに。
2本の薔薇をはさんでトトと並んで眠っている。
香り豊かなピンクのコンテ・ド・シャンボールと
雪白のブール・ド・ネージュが優しく守ってくれている。
墓標代わりに白い花の咲くアリウムの球根とワスレナグサを植えた。
花の下で、ピピちゃんはゆっくりと次の生を待っている。

お香をあげ、手を合わせて祈ったあと、
どうしていいかわからなくなって、落ち着かない時間を持て余した。
私は何をしたらいいのだろう?
もう何もピピちゃんのためにできることはないのだろうか?
ただ、空の上での幸せを祈るだけ。
失った悲しみに耐えるだけ。
もうあのかわいい姿はそこにない。
空っぽのかごの前でぼんやりとした。

べべが私に呼びかけたきた。
かごから出してやると、甘えるように肩にとまったり
袖口に顔を突っ込んだりした。
べべは心配してくれている。
ジュジュはそっと見上げている。
私には、待ってくれているこの子たちがいるのだ。
その存在と優しさに励まされる。

ピピちゃんに出会えたことに感謝しよう。
楽しかったことだけいつまでも胸の中に残そう。
そして、いつの日か虹の橋で会えることを楽しみにして。
それまでは、今いるこの子たちと私自身の生を精一杯生きよう。

ねぇ、ピピちゃん、それでいいのよね。
ごめんね。
おやすみなさい。



電話

携帯に、天国のピピちゃんから電話がかかってきた。

「泣いちゃだめだよ。泣かないで。」
「だって悲しいよ。ピピちゃん、ごめんね。怒っていない?」
「怒ってないよ。だって楽しかったもん。」
「楽しかった?」
「うん。ごはんもいっぱい食べたしね。いっぱい遊んだしね。
 外で寒い思いをしなくてそこに行ってよかったよ〜。」
「今は?寒くない?苦しくない?」
「うん、ここは暖かいよ。苦しくないよ。楽しいよ。
 それにぼくはもうフリーなのさ!」
「いつかまた会える?」
「会えるよ。暖かくなったらまた会おう。」
「うん、また会えるよね。」
「会えるよ。でもそのかわり、忘れちゃいやだよ。」
「忘れないよ。ずっと、絶対に忘れないよ。」
「ありがとう。会えてよかった。幸せだったよ。ありがとう。」

優しい友だちの優しい声だった。
心配かけてごめんね。
嬉しかったよ。
どうも、ありがとう。。


ピピちゃん 2003年12月15日(月)

ピーちゃん(仮称)は、14日でうちに来てちょうど1ヶ月。
夫と話し合って、正式に名前をつけた。
その名は、ピピちゃん。
シンプルだけれど、小鳥らしくてかわいい名前だ。
これからは、もう(仮称)はなしでピピちゃんと呼ぶ。
そんな名前がついた日、ピピちゃんは天国へと飛び立った。

昼間、買っておいたインコの大好きなイカの甲を箱から出すと
2箱なのに、3つも入っていた。
べべとジュジュと、そしてピピちゃんの分だ!
嬉しくて、ピピちゃんのかごにもイカの甲をとりつけた。
いつ帰ってきてもいいように、ピピちゃんのかごはきれいに掃除してある。
大好きなおもちゃもそのままついている。
ピピちゃんが元気になって帰ってくるのをみんなが待っていた。

絶対に元気になって帰ってくると信じて疑わなかった。
だから、夕方病院から電話がかかってきたときも
先生の暗い声を聞いても、危篤だなんて信じられなかった。
その格好のまま、上着だけ羽織って家を飛び出した。
もしかしたら、私の顔を見て持ち直してくれるかもしれない。
このままだなんてこと、あるわけはない。
昼間は元気にごはんを食べてたって先生もおっしゃっていた。

じりじりとなかなか進まない各駅停車の電車の中で
握り締めていた携帯電話が震えて知らせた。
私はピピちゃんの最期に間に合わなかったのだ。
電車を降りて、走って入った診察室で
まだ温かいピピちゃんが静かに横たわって待っていた。

ごめんね。
飼い主さんに会いたかったよね。
おうちに帰りたかったよね。
知らないところで苦しくなって心細かったよね。
でもがんばったのね。
先生がいてくれてよかったね。
ごはんを一生懸命食べて元気になろうとしていたのよね。
なのに助けてあげられなくてごめんね。
おうちに帰してあげられなくてごめんね。
ピピちゃんと呼ばせてね。
うちに連れて帰らせてね。
もう家族なんだもの。

彼との短かった楽しい暮らしがよみがえる。
無邪気な仕草やかわいい声が今も浮かぶ。
あの子はふわりと舞い降りた天使だった。
天使は空へと帰っていった。

うちに来てくれてありがとう。
大好きよ。
かわいいピピちゃん。


ひとやすみ、ひとやすみ 2003年12月13日(土)

「大丈夫?起きられる?」朝、夫の心配そうな声に起こされた。
そぉ〜っと体を起こしてみた。
大丈夫だ。
腰の痛みは和らいでいた。

本当はこの週末は、大掃除をしてクリスマスツリーを出すつもりだった。
でも、掃除も、ツリーもあきらめて、今日はゆっくり過ごすことにしよう。
まずは体を治して、心を落ち着かせて、それから動こう。

お天気がよくて、暖かかった。
本当はお庭仕事日和、お掃除日和。
でも今日はひとやすみ。
ゆっくり庭を歩いてみると、のんびり屋のコスモスが咲いていた。
小さなピンクの花びらをいっぱいに開いて、お日さまの光を受けていた。
金色の巻き毛のようなおしべも、ピンクの粒をまぶしたような花びらもきれい。
すっと小さな両手を上げたような細い葉っぱがかわいい。
うっとりと見とれてしまう。

テラスに座って日向ぼっこしながら見上げてみたら、
ピーナッツリースがからからと乾いた音を立てていた。
中身はほとんどからっぽになっていた。
新しいピーナッツは買ってあったので、作り直すことにした。
ピーナッツのくびれたところに千枚通しで穴をあけ
両端をキッチンばさみで切り落としてワイヤーを通してくるりと輪にする。
リビングでせっせと作っている間にも、
シジュウカラが訪れるのがカーテン越しに見える。
リースがないぶどうの蔓にとまって「あれ?」と首をかしげていた。
ちょっと待ってね。
もうすぐご馳走リースができあがるから。

ぶどうの蔓に2つ、エゴノキの枝に1つ、新しいリースを下げた。
そして部屋に入って、早速シジュウカラがやってくるのを見届けた。
喜んでくれてよかった。
それから、やりかけで止まっていた刺繍をした。
雪降る夜空がだんだんと浮かび上がってきて楽しかった。
目が疲れたら、夫が買ってきたCDを聴いた。
相変わらず、鳥たちは夫の選んだ音楽が好きで合唱する。
いつの間にか夕方になっていた。
夫が見ているテレビのサッカーの音を聞きながら少し眠った。
目が覚めたら、友だちからの郵便が来ていて幸せになった。

のんびり土曜日。
かわいい花を見つけるのも、小鳥のためのピーナッツリース作りも楽しい。
冬の模様の刺繍をするのも、ジャズを聴くのも、お昼寝の夢も、手紙も嬉しい。
体も心もゆったりほぐれて暖かくなった。
この調子。
元気になって落ち着いて、さあ、また明日から
忙しい毎日をのんびり気分で楽しもう。


あわてない、あわてない 2003年12月12日(金)

今日は朝から忙しかった。
10時までに、ピーちゃんの面会。
11時には、お茶のお稽古へ。
1時過ぎ、軽い昼食をとってあわただしく買い物へ。
降り出した雨の中、住む街の駅まで戻り
3時半には、そのまま歯医者さんへ行った。
1時間ほどの治療のあと、駅前のスーパーで夕食の買い物。
大きく膨らんだ買い物袋を3つぶらさげて外へ出たときには
もう真っ暗、雨も本降りになっていた。
急ぎ足で歩きながら、これからの予定を考えた。

これくらいの雨なら帽子をかぶって自転車でさーっと帰ったら大丈夫。
大して濡れないわ。
家に帰ったら、まずはちょっとお茶でも飲んで温まって
それから夕食の下ごしらえをして、掃除もして…。

そんなことを思いながら、駅の向こうの自転車置き場へと、
明るい駅前のコンコースを急いでいたときだった。
雨で濡れたタイルの床でブーツのかかとがつるっとすべった。
あっと思ったとき、私の体は宙に浮いて
スッテーン!
両手に荷物をぶらさげたまま、お尻で激しく着地!
腰から頭へと痛みが突き抜けて、息が止まりそうになった。
みごとなしりもち。

「大丈夫ですか?」
近くにいた若い女性が駆け寄って声をかけてくれた。
「だ、大丈夫です。すみません。」
と、声を出したものの、痛くて立ち上がれない。
こんなところで恥ずかしい、と思っても濡れたタイルに座り込んだまま動けない。
学生風のグループが私をちらりと見ながら行き過ぎるのが見えた。
何人かの視線を感じるけれど、恥ずかしさと痛さで顔を上げられない。

あぁ、あわてていたら、ろくなことはないわ。
これからもっと忙しくなるのに、腰を打つなんて。
今は寝込んでなんかいられない。
またひどいことになっていなければいいけれど。
そうだ、荷物にこわれ物はなかったかしら。
…今日は卵は買ってない。よかった。でもお豆腐があった。
このまま、いつもの整形外科に行ったほうがいいかしら。
でも保険証がないし。

いろんなことが頭の中を駆けめぐった。
ざわめきは頭の上を通り過ぎていた。
いつまでも、こんなところに座っていられない、と我に返ったとき
「大丈夫ですか?」と温かい腕に助け起こされた。
改札口の隣で年賀はがきを売っていた臨時郵便局の売店の若い男性だった。
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます。」
立ち上がらされて、隣のフラワーボックスに腰をかけた。

「この床、すべって危ないですよねー。大丈夫ですか?どうしましょうか?」
白いウィンドブレーカーを来た男性が心配そうに言ってくれた。
「ありがとうございます。でもここまで来ちゃったら、
自転車に乗ってぱーっと帰るので大丈夫です。もう少しですから。」と言うと、
「じ、自転車ですか?大丈夫かなぁ。無理しない方がいいですよ。」
と、びっくりしたように言われた。

そうか。自転車は危ないかもしれない。
と言うより、無理かもしれない。
「そうですね、雨も降ってきたし、かわいそうだけれど自転車は置いてタクシーで帰ることにします。」
私が言うと
「そうですよ。自転車はやめたほうがいいですよ。タクシーがいいですよ。」
と、私が転ぶところの一部始終を見ていた男性は大きくうなずいた。
寒い夕方、冷たいタイルの床の上で、暖かい親切な声が嬉しかった。

荷物を持って、やっと立ち上がるとなんとか歩けそうだった。
「どうもありがとうございました。」
と、彼に心からのお礼を言って歩き出した。
「気をつけて。お大事に。」
と、優しい声に送られて、タクシー乗り場へとよろよろと向かった。

荷物も多いし、雨だし、腰も打ってるし、こんなときくらいタクシーを奮発してもいいよね。
自分に言い聞かせて、待っていたタクシーに乗った。
歩いても、座っても、腰は痛かった。
「雨、ひどくなりましたね。天気予報、はずれましたねぇ。」
と、運転手さんが話しかけてきた。
「本当に。自転車で来たのですけれど、乗って帰れなくなりました。」
「そうですねー。寒いしこの雨ですし、自転車は危ないですよ。」
と、運転手さんもうなずいていた。
それに腰も打っているしね、と心の中でこっそりつけ加えた。

家に帰って靴を脱ぎ、荷物を下ろして点検してみた。
この分だときっとお尻には赤ちゃんのようなあざができるだろう。
でも骨は大丈夫みたい。
打ち身だけだ。
湿布でもしていたらすぐによくなるだろう。
ただ足首をひねったらしくて、腫れと痛みが少しあった。
この忙しいのに…と思ったけれど、そんな考えがいけなかったのだ。

忙しい、忙しい、と思ってあわてていると、本当にろくなことはない。
こんなときこそ、心を落ち着けて、ゆっくり考えながら行動していかなければ。
気持ちだけあせっても、仕事が早くできるわけではないのだから。
腰の痛みはこれからの私に対する、ちょっと手厳しい教訓。
気をつけなさいよ、と言う忠告なのだ。

これからクリスマス、そしてお正月がやってくる。
飾りつけ、お料理、お客さま、近所でのパーティー。
忘年会、大掃除、お節作り、年賀状、年始まわり。
ますます忙しくなるけれど、あわてない、あわてない。
急いでも、もともとのんびりな私のことだ。
できることは限られている。
落ち着いて、ひとつずつ、楽しんでやっていきましょう。


今日のピーちゃん 2003年12月10日(水)

朝、ピーちゃん(仮称)の面会に行ってきた。
ピーちゃんは、ふくらんだ後姿でぼんやりとそこにいた。

「食欲が出てきて、今のところ容態は安定しています。」
とのことで、まずはひと安心。
私はケースの中のピーちゃんを見つめた。
あのつややかで色鮮やかだったきれいな羽毛は毛羽立ち、
表情はうつろで、いかにもつらそうだった。
フンはまだ青く水のようだった。
ピーちゃんは肩越しに私のほうをチラッと見たけれど
なんの反応も見せてくれなかった。

ピーちゃんが会いたい人は、待っている人は誰なのだろう。
やっぱり前の飼い主さんなのだろうか。
誰の顔を見たら一番元気になれるのだろうか。
寂しさに耐えて病気と闘っているピーちゃんがかわいそうだった。

大丈夫よ。
ひとりじゃないのよ。
お医者さまがいて、こんなに手を尽くしていてくださって
そして私だってここにいて、こんなに思っている。

「名前もちゃんとつけてあげるからね。うちの子になろうね。
元気になって一緒に帰ろうね。」
と、声をかけた。
もう手放したくない。
「そうですね。(仮称)なしで名前を呼んであげてください。」
と、先生もおっしゃった。

まだ、容態がいつ変わるかわからない。
解毒のための注射も欠かせないと言う。
あの小さい体に注射なんて!
ピーちゃんはがんばっている。

「また会いに来てあげてください。」
と言う先生の言葉が嬉しかった。
私などの面会でもピーちゃんの元気の素になればいい。
思いが伝わればいい。

帰り道、ふくらんだ寂しそうなピーちゃんの姿は頭から消して
あさって会うはずの、少し元気になったかわいいピーちゃんの姿を思い描いた。
そしていくつかの名前で呼んでみた。
彼にぴったりのかわいい名前、早く考えよう。


茜色の薔薇の実 2003年12月08日(月)

ピーちゃん(仮称)のことは、信頼する先生にお任せしているのだから
よけいな心配はしないことにした。
きっと大丈夫!
今、この瞬間も彼は病気と闘っている。
私はいつもどおりに生活しながら、回復を祈るだけだ。

薔薇の実を摘んだ。
ポン、ポン、と赤い水玉が弾んだようなメルヘンランドの実がなくなると
白いフェンスは寂しくなった。
もう少ししたら、枝を剪定誘引してきりりと清々しい眺めにしよう。
刈り取った収穫を新聞に広げて整理していった。
黒くなった実や枯れた枝を切り取って、枝振りを整える。
赤い実の先についたかさかさしたガクを取り去る。
きゅっと指先でひとなですると、薔薇の実はつやつやした茜色に輝いた。

懐かしい夕焼けみたいな色の薔薇の実を見ていると嬉しくなる。
このひとつひとつが薔薇の花だったのだと思うと不思議な感動に包まれる。
はちきれそうなまん丸に命を感じる。
小さいころ読んだ童話「モモちゃんとプー」の本の場面を思い出した。

おなかに赤ちゃんがいるのにママは階段から落ちてしまい
夢の中で暗い荒野をさまよっていた。
「赤ちゃんは死んだのかしら。そうよ、こんなに暗いのだもの。」
そのとき、ひと筋の光が空から降りてきて、ひとつの薔薇の実を照らしていたのだ。
丸く愛らしく茜色に輝いていた薔薇の実の中に命があるのをママは感じた。
「命があるのですね。だからこんなに燃えるように赤く輝いているのですね。」
そして生まれた赤ちゃんは、アカネちゃんと名づけられた。

それを読んだときも、それからずっとあとまで、
私は茜色の薔薇の実を見たことはなかった。
自分の庭で咲いた薔薇が実らせた実を初めて見たとき
つやつや生き生きとまん丸で、はちきれそうでかわいくて
「これが茜色。これが命の実なのだ。」と愛しく思った。

春の花が、そして夏が育てた大切な実をひとつずつ手に取った。
きれいな枝のものは数本ずつ束ねてご近所さんたちにさしあげた。
リースに使うので、もらっていただく約束だったのだ。
赤い小さいブーケは喜んでもらわれていった。
ころころと箱に入れた、実だけ切り取ったものはどうしよう。
おととしは大豊作だったので、ジャムとお酒にした。
去年は長い枝ごと切り取ってリースを作った。
今年はお茶にしようかな。
ローズヒップティー、どうやら美容にもいいらしい。
自然の恵み、茜色の薔薇の命をおいしくいただいてきれいになろう。


ピーちゃんの入院 2003年12月07日(日)

昨日からピーちゃん(仮称)の様子が変だった。
寒そうに膨れたまま、いつもうつらうつらしている。
高く澄んだかわいい歌声も聞こえない。
ブランコで遊ぶ様子も見られない。
ヒーターで保温しても、べべやジュジュは暑そうにしているのに
ピーちゃんはまだ膨れたまま。
あの華奢なピーちゃんがべべよりも大きく見えるほどだ。
昨日の午後、いつもの獣医さんに今日の午後の診察を予約した。

3時半の予約の時間ぴったりに行ったのに、
待合室は椅子もスリッパも足りないほどに混んでいた。
腕のいいお医者さまなので、人気が出てきていることは
ネットのインコサイトを見てもわかっていた。
それに1羽ずつ丁寧に診てくださっているので時間がかかるのだろう。
ピーちゃんの順番が回ってきたのは1時間後の4時半だった。

診察台に置かれたピーちゃんの入った
キャリーケースを見たお医者さまの表情は明るくなかった。
いつもなら、運ばれている間にしたフンを採って、それで検査をするのだが
ほとんどフンと言えるようなフンをしていなかった。
青っぽい緑の水が、敷き紙に染み付いているだけだった。
私の話を聞き、フンを調べた先生はおっしゃった。
「フンの白い部分を尿酸と言うのですが、それがこのように青緑のとき、
溶血反応を起こしていることが考えられます。
感染症や中毒で、血が溶けてしまっているのです。ちょっと恐い状態です。」
いきなりショックを受けてしまった。

先生はピーちゃんを手早くつかみ、診察し、そのう液を取り、体重を量った。
32g、子どもとは言え、ちょっと少ない。
「症状があまり出ていないので、ちゃんと検査をしないとはっきりしませんが
誤って金属を食べてしまった金属中毒が考えられます。
突然、元気がなくなったと言うことなので、感染症よりも中毒の疑いのほうが大きいです。」
それをはっきりさせるために、レントゲンを撮ることになった。
私はふらふらと診察室を出て、待合室で呼ばれるまで待った。
「ピ〜ピ〜…」と久しぶりにか細いピーちゃんの声が聞こえた。
レントゲンが苦しいのだろうか。
さっき受付に提出したカルテの名前の欄に「ピーちゃん(仮称)」と書いたことを思い出し
そろそろ本当に名前をつけなくてはいけないな、と考えていた。
(仮称)がつかない名前で励ましてあげたい。

しばらくして、診察室に呼ばれた。
ピーちゃんの姿はなく、レントゲン写真だけが待っていた。
「砂肝の中に白く見えるものがあります。これが金属かもしれません。」
先生が指し示したところを見ると、半透明につぶつぶと何かが詰まった中に
ひとつだけ濃く白くはっきりと写っているものがあった。
「それから、肝臓がパンパンに腫れています。肝炎のようです。」
わずかに紙についたフンやそのう液を調べたところ、菌や感染症は見つからなかったと言うことだ。

治療法としては、強肝剤を与えて解毒させること、肝臓の状態を治すこと。
そしてほとんど餌を食べていないので、強制給餌をすること。
「それでは入院でしょうか。」と伺うと
「お預けいただかないと、難しいと思います。」と言われた。
こまめな投薬と給餌をしなくてはいけないし、絶対に保温も必要なのだ。
今は状態がよくないので、3日間はICUに入ることになった。
べべのときと同じ、入院承諾書が持ってこられた。
同じように、ひとつひとつ説明を受けた。
やっぱり最後の「家で見取りたい気持ちが強い方は…」のところでは頭がくらくらした。
それでも信頼する先生にお預けするしかない。
最後の欄にしっかりと署名した。

そのあと、ピーちゃんが診察室に連れて来られて、面会ができた。
ピーちゃんは、キャリーケースから入院室に移された。
「かわいそうに。知らない家に飛んできて、変なものを食べて具合が悪くなって。
それで恐い思いをして、入院するだなんて、かわいそうに。
ちゃんと見てあげていられなくてごめんね。」
私がピーちゃんに謝っていると
「いや、もっとずっと前にほかの病気にかかっていて、今発症したのかもしれませんよ。」
と先生がおっしゃった。
私が責任を感じ過ぎないようにと言う先生のお心遣いに感謝した。
「まだ血は採れませんが、血液検査をしてちゃんと調べます。」
とのことだった。

この先生なら大丈夫だ。
べべのときも、あんなに重篤な状態だったのを懸命な看護と治療で治してくださったのだもの。
今度だって、きっと大丈夫。
「ピーちゃん、がんばってね。べべちゃんも待っているからね!」
とふくらんだままのおとなしいピーちゃんに声をかけて診察室を出た。

外へ出ると、すっかり夜になっていた。
すいた各駅停車でがたごとと揺られて帰った。
駅を降りると冷たい空気が頬をさすようだった。
ピーちゃんを連れていないので、寒さを気にすることはない。
わざと風を切るように、びゅうびゅうと自転車をこいだ。
濃紺の空を見上げると笠をかぶったお月さまと、雲の合間にお星さま。
それと地上には、この週末でぐんと増えた家々のイルミネーションが輝いていた。

クリスマスが来るまでに、ピーちゃんが元気になって帰ってきますように。
早く名前も考えなくちゃ。


ヤマガラがやって来た 2003年12月06日(土)

嬉しい、嬉しい!
うちの庭に、ヤマガラがやって来た。

レースのカーテン越しにシルエットを見て、
シジュウカラかと思った。
でも赤いおなかがちらりと見えたので、
ジョウビタキかなと思った。
でもよく見たら、初めましてのヤマガラ夫婦。
仲よくヒマワリの種をついばんで
エゴノキの枝でゆっくりと食べ始めた。

この辺にはいないのかと思ったよ。
うちには来ないのかと思ったよ。
誰から聞いたのだろう?
鳥の世界の口コミ、どうやら本当にあるらしい。

いつものシジュウカラや雀たちがやってきて
ヤマガラ夫婦は飛び去った。
また来てくれるかな。
仲間にも伝えてくれるかな。
冬の間、ピーナッツとヒマワリの種を用意して
野鳥たちみなさんのおいでを心からお待ちしております。


ろうそくの灯 2003年12月05日(金)

今日のお茶のお稽古は
いつもはここで支度をしたりする寄り付きの小間を
二畳台目に使ってのお点前だった。
ひとつだけろうそくが灯されていた。

障子の色は今にも氷雨になりそうな空を映して冷えた銀色。
ろうそくの火の蜜柑色に照らされて
花の影が壁でゆらゆら揺れる。
三畳もない部屋なのに五人が座って十分広い。
ろうそくの光があるだけで
いつもとは違う場所のような不思議さを感じる。
お茶を点てるとき、暗い手元に昔の茶人を思った。
心地よい緊張感。
静けさと温もり。
小さな部屋にパックされた私たち。

ゆらめくろうそくの灯を見つめて、みんなの心もとろけていった。
黙って何かを思っていた。

ろうそくが似合う十二月。


日蝕という名のパンジー 2003年12月04日(木)

日の光に恵まれた今日、まず布団を干した。
洗濯機を回した。
そして庭に飛び出た。
球根たちが植えつけられるのを待っている。

テラスに出たら、誰かに呼び止められた気がした。
足元を見たら、花が一輪咲いていた。
友だちにもらったパンジーの苗。
その最初の花が咲いたのだった。

私の種蒔きしたパンジーたちはまだまだチビッコ。
そして今年は苗も買っていない。
今日咲いたこの子はこのシーズン初めてのパンジーだ!

高くなり始めたおだやかな陽射しの中でたおやかに、
でもまっすぐに顔を上げて咲いている濃紫の花。
その名はエクリプス。
日蝕、または月蝕の意味だ。
くっきりと美しい白い覆輪は
この前南極からの中継を見たばかりの日蝕のクライマックス、
ダイヤモンドリングを思い出させた。
白いリングは太陽のコロナだ。
濃紫は逆光になった月の影だ。

背中を温める太陽を感じながら
小さな花の中の宇宙に見とれてしまった。
やがて来る凍える冬にも、チューリップが咲く夢のような春にも
いくつもの日蝕がここで咲いてくれるのだろう。

まだ冬が来たばかりなのに、春の花に出会えて嬉しかった。
陽だまりにエクリプスの鉢をそっと置いた。
さあ、暖かい日のあるうちに
楽しく頭を悩ませながら球根を庭や鉢に埋め込んでいこう。


ラベンダー・ピノッキオ 2003年12月03日(水)

待っていた薔薇の苗が届いた。
ラベンダー・ピノッキオ。

2人の友だちが育てていて、その花を見て
もう2年も前から憧れていた薔薇だった。
夢のような不思議な色をしていた。
ひらりとした花びらも好きな形だった。
その花はあまりにおしゃれで素敵なので
私には似合わないかもしれない、なんて思っていた。
なかなかめぐり会えないでいた。

この秋、やっとその名前を見つけた。
通販で薔薇を買うのは初めてでドキドキした。
今まで薔薇の苗を買うときは
その顔を見てから連れ帰っていたから。
でももっとドキドキしていたのは
ラベンダー・ピノッキオに違いない。
生まれ育ったナーサリーから
暗い箱に入れられがたごとと揺られ。
どこへ運ばれるのか。
どんな人が待っているのか。

今朝、待ちかねていたチャイムがピンポンと鳴った。
「お花のお届けで〜す。」と宅配便のおじさんが
嬉しそうに背の高い箱を手渡してくれた。
自分で注文したのにプレゼントをいただいたようだった。
すぐに箱を開けると
ほんのり縁を赤く染めた葉っぱがふわんと顔を出した。

いらっしゃい!
お疲れさまでした。
やっと会えたね。
大事にするよ。
これからここがあなたの家よ。
この庭を気に入ってくれて伸び伸びと育って
春にはきれいな花を見せてくれたら嬉しいな。


ないものを探して 2003年12月02日(火)

先週から夫に、年末調整用の書類をそろえておくようにと言われていた。
保険の払い込み証明、住宅ローンの残高証明など、
先月からぽつぽつと郵便で来ていた。
そのひとつがどうしても見つからなかった。

保険と公庫の書類はそろっていた。
でもどこをそう探しても、銀行からの書類が見つからない。
もう何日も探していた。
もともと整理整頓や事務管理はあまり得意ではない。
どこかに紛れ込ませているのかもしれない。
自分を信用できないのが情けない。

会社への提出期限が迫っている。
でも見つからない。
実を言うと、見た覚えがないのだ。
ちょっとでも手にとって見たものなら「あの辺にあったはず」と見当がつけられるけれど
見覚えのないものを探すのは、頼りなくて不安で大変だ。
領収書や手紙の整理をしながら徹底的に探して、明け方の4時で諦めた。

短い睡眠から覚めた朝、見つからなかったことを夫に言った。
「これだけ探してないのだったら、銀行の手違いかもしれないね。」
まさか、銀行が!と思ったけれど、だらしない私をせめない夫の優しさに感謝した。
そして9時を待って、念のため銀行に電話してみた。

事情を話し、「再発行できますよ」との答えにほっとした。
そして口座番号を言って調べてもらうと…。
なんと、手違いがあってまだ発行していなかったと言うのだった。

なんだ〜〜。
一気に力が抜けた。
見覚えがない、と言う私の記憶に間違いはなかったんだ。
ないものを探しても、見つかるわけはない。
あの苦労は一体…。

でももっと早く気がつかなかった私はやっぱり抜けているんだ。
来ていないことに気がついて、すぐに問い合わせたらよかった。
自分に自信がないから、こんなにあせって探したんだ。
睡眠不足にはなったけれど、領収書や手紙の整理ができて、
いらないDMの始末もできて、さっぱりしたのでよかったことにしよう。
来年からは気をつけよう。

昼前からは、今年も懲りずに買い込んだ球根の植え付けを始めた。
庭の掃除をし、土をほぐし、肥料を漉きこみ、
春の花園を思い描いて、球根たちの眠る場所を決めて植えていった。
冬至前の夕暮れは早い。
4時を過ぎて、暗く寒くなっても、まだ半分も植えられてはいなかった。
続きはまた明日。

睡眠不足と朝のばたばたと久しぶりの庭仕事の疲れとで、
部屋に入ってからは気がつくとうとうととしていた。
見ると、かごから出たまま私と一緒に朝の4時まで付き合ってくれたピーちゃんも
やっぱり眠そうにうとうととしているのだった。


ピーちゃん脱出! 2003年12月01日(月)

夕食の支度をしていると
ピーちゃん(仮称)のさえずりが賑やかにはっきりと聞こえてきた。

もう布をかぶせて寝かせたはずなのだけれど
テレビの音で起きてしまったのかな。
昔トトは夫が帰ってくる音を耳聡く聞きつけて
こんなふうに、高くさえずって歓迎していたっけな。

そんなことを思っていたら、本当に夫が帰ってきた。
「おかえりなさい。ピーちゃん、帰ってくるのをわかって喜んでいるのかしら。」
と、出迎えながら言うと、
「鳥、そこにいるよ。」と夫。
指さすほうを見上げると、ピーちゃんはカーテンレールにとまって
楽しそうに高らかに歌っているのだった。

え!?かごの戸を閉め忘れていた?
あわてて布をめくりあげてみたけれど、かごの扉は開いていなかった。
ピーちゃん、自分でかごを開けて出てしまったんだ!
そう言えば、最初のころからガチャガチャと扉をいじっていたっけ。
ついに開け方を覚えて脱出してしまったのだ。

私たちはピーちゃんの声を聞き、姿を見ながら食事をした。
ピーちゃんも、おなかがすいたら戻るだろう、とそのままにしておいたけれど
かごに入る気配はちっともなかった。
食事が終わったあとも、カーテンレールや照明の間を飛び回り
ひとりで楽しそうに遊んでいた。
私たちは、ときどき髪や頬にピーちゃんが飛ぶ風を感じながら
本を読んだり、パソコンに向かったりしていた。
それは懐かしい感じだった。

結局ピーちゃんは自分からはかごに戻らない。
電灯を消して、布をかぶせて捕まえたらいいのだけれど
恐がるようなこと、嫌われるようなことはなるべくしたくない。
自分で得た自由をしばらく楽しませてやろう。

もしかしてピーちゃんは、前の家にいたときも、
自分でかごを開けて飛び出してしまったのかもしれない。
これ以上、放浪はさせたくない。
つい飛んで出てしまって、この寒空の下でピーちゃんが凍えることがないように
これからは、扉が開かないように留めておこう。

せっかく開けることを覚えたのにごめんね。
また昼間にべべと一緒に部屋の中を飛んで遊ぼうね。


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