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----------2004年12月31日(金) 決別の年

「なによりも、なによりも、おまえの力強さを殺し滅ぼす現存を受け入れるな。
おまえを弱めるものを受け入れるな。」
(「ロール遺稿集」/リブロポート)

今年は様々なものと決別した。
3年と少し、あまり幸福ではなかった時間を一緒に過ごした男と決別した。
長く「友達」であったはずの人とも決別した。
アルコール漬けの日々とも決別した。
スカートと決別し、アイラインと、巻いた髪とガータベルトと決別し、「女」と決別した。

そうして私は少しだけ強くなった。

冷たくなった、だけなのかもしれない、無頓着になった、だけなのかもしれない。

けれどとにかく私はもう二度と、甘ったるい水が自分の中に流れ込むのを許さない。

私は決して強くない、でも弱くもない。

今、私は真空を耐えている。

----------2004年12月30日(木) そんな大層な

「ヨブの苦しみと神の賭がなぜ突然終わるのかは、簡単には理解できない。ヨブが死なないかぎり、この無用の苦しみはいつまでも続きそうである。しかしわれわれはこの出来事の背後に眼を向けなければならない。その背後でならば、何事かが・すなわちこの無実の苦しみに対する補償が・次第に形をなしつつあったということも、ありえないことではないであろう。」(C・G・ユング「ヨブへの答え」/みすず書房)

ヨブは結局復権を許されて140歳の長寿をまっとうすんだけどさ。

すべては己で望んだこと、この労働は1月15日には必ず給与明細に反映される、決して無用の苦しみではない、そして今までさんざん「怠惰」の罪を貪ってきた私は「無実」ではない、だからそんなヨブ記なんて大層なものを思い浮かべるのはお門違いだってことくらい分かっちゃいるんだけれどヨブに倣って「全能者よ、わたしに答えよ」と問うてみたくもなる、連勤6日目セイリ2日目11時間労働。

いつかきっといつかきっといつかきっとと奴隷の思考を繰り返す。

いつかきっと・・・・何だ?

それすら見失っているくせに。

----------2004年12月29日(水) 感染しますよ

「・・・誰でもめいめい自分のうちにペストをもっているんだ。なぜかといえば、誰一人、まったくこの世に誰一人、その病毒を免れているものはないからだ。そうして、ひっきりなしに自分で警戒していなければ、ちょっとうっかりした瞬間に、ほかのものの顔に息を吹きかけて、病毒をくっつけちまうようなことになる。」(アルベール・カミュ「ペスト」/新潮文庫)

このさいペスト、を「アンコク」に置き換えてもらってまったくかまわない。

つまりそういうことである、アンコクな顔をしているとただそれだけのことで隣にいる灰色がかった人を真っ黒に染めてしまい、爽やかな緑色をしている人をより深い、暗い暗緑色へ引き込み、すがすがしい水色をした人の端っこに染みをつけ、ピンク色に頬を染めている人に昨夜彼女が見た夢に出てきたかもしれないクロネコを思い出させて不吉な予感を抱かせてしまうのである。

だからホントウは口を噤んでいなければならない、それでなくてもあまり幸福ではない世の中で、アンコクの感染は最小限に留めておくことが人間としての責務である、と思うのだけれど

でもさあ、今月3日に来たはずのセイリがだよ、今日また突如襲いかかってきたりとかだよ、西日本の案件だけでもうパンク寸前なのに東日本が完全に機能停止してしまってヘルプに入らなきゃならなくて11時間も延々住所登録しなくちゃならなかったりだとかだよ、っていうことは当然明日も明後日も11時間労働は決定なわけだよ、それもセイリツウ決定なわけだよ、もう歯ブラシすら買いにいけないわけだよ、そりゃあ私がどれだけ注意深い人間であったとしたってアンコクのため息は領域侵犯をはじめてあなたの色を変えてしまいますよ。

もうこれは「今年中にすべての苦しみを味わっておけ」という神様の啓示なのかな、と。

アンコククライマックスです。

----------2004年12月28日(火) 歓びの歌

「いつまでも変ることのない友情を
勝ち得たもの、
誠実な妻を得たものは、
誰でも歓びの歌に入ろう
そうだ、少なくとも一つの魂を
自分のものと呼べる人は
そしてそれができぬ人は全て
涙して友達の輪から去りなさい。」
(ベートーヴェン「交響曲第9番」岡田吉生氏訳)

夕方駅の階段でくずおれる酔っ払いを見た。
クラシックのコンサート会場で携帯の音が鳴り響いた。
踏み切り近くではメガネの奥で眼を奇妙に輝かせた男がズボンのチャックを開けてペニスをいじくっていた。
酒臭い息を撒き散らしながら娘とおぼしき中学生にグアム旅行のパンフレットを何度も何度も見せている男がいた。
その娘はもういいって、もういいって、とため息を何度もついていた。

歓びの歌なんていったい何処にあるのだろう。

----------2004年12月27日(月) 罪深きゼツボウ

「ああ、かくも多くの人々がすべての思想のうちで最も祝福されているこの思想に目を蔽われてかくも空しい日々を過ごしつつあるというこの悲惨、人間は特に大衆はほかのあらゆる事柄に携わらせられて人生の芝居のために機械のように自分の力を消耗させられながらただこの祝福のことだけは決して想い起させられないというこの悲惨、おのおのの個体が最高のもの唯一のもの−人生はこのために生きがいがあるのであり、このなかで生きるのは永遠も長過ぎはしないのである−を獲得しえんがために個体として独存せしめられることの代わりに、逆に群集の堆積と化せしめられているというこの悲惨、−こういう悲惨が現存するという事実のために私は永遠に泣いても泣ききれない思いがするのである!」(キェルケゴール「死に至る病」/岩波文庫)

そうですかそうですかなんだかよく分からないけど永遠に泣いても泣ききれない思いがいたしますか、もうワタクシも泣いても泣ききれない思いですよ、今年もあと4日となりましたが仕事もあと4日です、大掃除? 年賀状? そんなことより今月の保険料いつ支払いに行けばいいのだろうとか新しい歯ブラシを買いにいく時間はあるのだろうかとかああそうだ内科に行っとかないとクスリがない、おまけに「第九聞きに行こう」と誘われたので明日はわざわざ「6時に帰ります」の希望を前もって出しておいたのにいざとなったら一人は転勤一人は妊娠で、え、もしかして私だけ? つか誘ったのおまえだろ、おまえ、な状況に陥っている私のためにも泣いてくださいよキェルケゴールセンセイ。

世間では絶望の元祖とされているはずのキェルケゴールセンセイは実は全然絶望していない。信仰に満たされた幸福な人である。ああキミたちはかわいそうな人だ、と他人のために絶望を背負いこんだという世にも稀有な人である。

でもこれを読んでいただければ分かるとおり、そういうおせっかいな絶望は誰のことも救わなかったりする。てめえひとりで不幸ぶってろばーかホントのゼツボウは明日も会社に行かなきゃならないことだ、と大センセイに悪態をついてみたくもなるええっと連勤3日目、やっぱりゼツボウは罪深い。

----------2004年12月26日(日) なんとか、社会的動物(のように)

「社会的関係に対する問いは、すでに問いとして言語ゲームのひとつ、すなわち問いかけという言語ゲームであり、それはすぐさま、その問いを立てるもの、その問いを問いかけられるもの、そしてその問いの指示対象を位置付けるのであり、それ故に、この問い自体がすでに社会的関係なのだということである。」(ジャン=フランソワ・リオタール「ポスト・モダンの条件」/水声社)

・・・リオタールですら在庫切れする時代か・・・そこらじゅう下線と書き込みだらけでとてもマーケットプレイスなぞには出品できません。

・・・結局すべての「外」にいることなどできはしないのであってどうしようもなく巻き込まれている、送信ボタンをぽちっと押した瞬間に「あっ 名字違う」と気づいたのだけれど時すでに遅し。今もアタマの中であの案件二次誰が掴むのかなあ、どっかからあのミスフィードバックされてくんのかなあ、一括請求申し込んでんのかなあ、だとしたらぜーったい怒られるよなあ、ってなことがぐわんぐわん鳴り響いている。

ずえーったい怒られる。たとえそれが「言語ゲーム」にすぎないものであるとしても、怒られるのは怖い、とくにお人形SVに「こらあ!!」なんていわれたらちびっちゃう。「こらあ!!」だったらまだいいけど機嫌悪くて後ろにこっそり立たれてミス紙ぴらぴらされたりしたらもう怖くて耐えられない、どんな言い訳をしよう、と考えることでまたこれさらに深い言語ゲームの罠にはまるのだ。

私もなんとか、社会的動物のようであるらしい。

----------2004年12月25日(土) 私はすべての「外」にいる

「私がブーヴィルに意気揚々と入ってきてから3年の月日が経つ。私は一回戦に負けた。二回戦には勝とうと思ったがそれにも負けた。そして結局勝負を失ってしまったのである。同時に私は、だれもがつねに失うものであることを学んだ。ろくでなしだけが、勝つと思っている。」(ジャン・ポール・サルトル「嘔吐」/人文書院)

私はあるとき意識的にゲームを降りた。馬鹿馬鹿しい、やってられるか、と自分の人生を意図的に投げ捨てた。それからはずっと頁をめくりながら意味をなさない文字の羅列を追うことで時間を殺してきた。同じ土俵で勝負をしなければならない局面なんてまっぴらごめんだ、と思い続けてきた、だから私の腕には皮膚組織が足りない。

なのに何故今更「勤怠優良者」だとか「ミス率優良者」だとか「処理件数トップ10」だとか「処理時間トップ10」だとかの対象にされなければならないのか。馬鹿馬鹿しい。賞金は「図書券500円」である。

吹き出してしまった。

・・・でもまあそれが今年唯一の「クリスマスプレゼント」だったりもする哀しい事実が確かにある。

くだらない勝負だ。

私は誰にも勝っていないし負けていない、私はすべての「外」にいる。

----------2004年12月24日(金) 掟の門前

「だとしたらなぜおまえになど用があろう。裁判所はおまえにたいし何も求めない。おまえが来れば迎え入れ、おまえが行くなら去らせるまでだ。」(フランツ・カフカ「審判」/新潮文庫)

やはりドアは閉まっていた、重く、堅く、いつまでも永遠に開きそうにはなかった。

いや、本当のところは分からない、もしかするとそのドアは開いていたのかもしれないし、幾重にも施錠されていたのかもしれない、分からないのだ、何故なら私は決してドアを押そうとはしないのであって、ただ内側からひっそりと聞こえてくる夢のような歌声に耳を傾けているだけなのだから。そうして空想する、笑っている自分、を。

そうして、ドアに背を向けて立ち去るだろう。

もしも、ドアが内側から開くのでなければ。招きいれ、迎えいれ、手を引いてくれる誰かがいなくては、私はいつまでもそのドアをくぐることができない。そのいかにもそこにありそうなぬくもりにどれほどあこがれたとしても。

あこがれでは足りない、飢えなければならない、けれど軽蔑を喰らい嘲笑を喰らえばそれで命は繋げる、これらの正しくないものは私の腹を満たしなおさら私をあのドアから遠ざけるだろう、

内側のぬくもりが私を招くことは決してない。

----------2004年12月23日(木) 赦して。

「するとシモーヌは、ベッドがわりにしていた寝袋にくるまってじかに床に横たわり、そのまま食事もとらず、ときには何日ものあいだ虚脱状態にあった。頭痛はどうかとたずねられると、彼女はこう答えた。「神様の裁ちそこないですもの、こんなことはあたりまえですわ。」これが彼女の十八番であり、口ぐせだった。」(ジャック・カボー「シモーヌ・ヴェーユ最後の日々」/みすず書房)

ヴェイユ、ヴェーユ、ウェーユと様々に表される「WEIL」だけれど私は今までに出したレポートや論文においてすべて「ヴェイユ」で統一してきたのでこれから以降も「ヴェイユ」で。

でもよく考えたら修士論文には「ヴェイユ」の名を一度も出していない。感情的になるのを避けたかったからか。今になってそれは非常にもったいないことだったと思う、マルキオンとヴェイユについて章を割いたってよかったんじゃないか、って。

マルキオンの神は創造とは一切関わりを持たない。だからこの「裁ちそこなわれた」世界に対してなんら責任を負わない、にも関わらず養子縁組を申し出てくださる。キリストはまったくの「他人」である、救済は同情であり、純粋な恩寵である。

自身ユダヤ人でありながら旧約聖書を認められないという理由で生涯教会のそとにとどまり、「マルキオンの何がいけないのか」と言い放ったヴェイユはこの「裁ちそこない」の世界に一切善は実在しないと断言し、善の可能性をすべて彼岸に、実在しないものに賭けた。

両者に共通しているのは、「神様がこんな世界をお造りになられたはずがない」という覆し難い信念。17の世紀を隔てて結び合った世界拒否はただこの世となんの関わりももたない救済だけを求めて響きあう。

それがない、ことはもう知ってる、通販で売り買いされる十字架やロザリオの中に神様なんかいない、神父の衣服の裏に隠された欲望、教会の陰に潜む金銭、巧妙に張り巡らされた支配と服従の構図、全部知ってる、分かってる、それでもいい、

もう何もかもを否定することに疲れた。

もしもそのドアが開けられるなら、私はきっと跪く。

----------2004年12月22日(水) 飛ぶのなんか怖くない

「オルガスムの何たるかを、チャタレイ夫人に身を変えたD・H・ロレンスから学んだ。彼からすべての女が「男根」−彼が奇妙に綴るそれ−を崇拝することを学んだ。シォオから女が決して芸術家になれないことを学んだ。ドストエフスキーから女が宗教的感情を一切もたないことを学んだ。スウィフトとポープからは女が宗教的感情をもちすぎる(それゆえに決して理性的になれない)ことを学んだ。フォークナーからは女は母なる大地であり、月と潮と実りと一体であることを学んだ。フロイトから学んだのは女の超自我には欠陥があり、女は永遠に「不完全」だということで、理由はこの世で所有するに値する一切のもの、すなわちペニスを欠いているからだった。」(エリカ・ジョング「飛ぶのが怖い」/新潮文庫)

そうして私は彼から女が単なる穴に過ぎないことを学んだ。

私の息が乱れるからといって声をあげるからといって征服したなんて思ったら大間違いだ、不恰好に足を広げられた姿はたしかに無様だけれど膝をついて目を閉じて懸命に腰を振るその姿を真っ黒な眼がふたつ、じっと見据えていることを常に覚えておいたほうが、いいよ。

皮膚組織の欠けた腕に本当はしり込みしているくせにその「男根」とやらを、「ペニス」とやらをコントロールできないなんて可哀想だね、そうそう、それから「男根」とやら、「ペニス」とやらはいまどき「バイブレーター」に簡単にとって変わられる、ってことも、覚えておいたほうが、いいよ。

飛ぶのが怖かったのは1973年の話で2004年、女はもう完全にジップレスファックの作法を学んでいる。いまだ幻想につきあってあげる優しい女も中にはいるだろうけれど、私は穴なのだからそんなことは期待しないで頂戴。

----------2004年12月21日(火) 非・理想的な読者

「いったい私は何を失ったのだろう? たしかに私はいろんなものを失っていた。細かく書いていけば大学ノート一冊ぶんくらいにはなるかもしれない。(・・・)誰かが部屋の窓を開けて首を中につっこみ、「お前の人生はゼロだ!」と私に向かって叫んだとしてもそれを否定できるほどの根拠もなかった。しかしもう一度私が私の人生をやりなおせるとしても、私はやはり同じような人生を辿るだろうという気がした。何故ならそれが−その失い続ける人生が−私自身だからだ。私には私自身になる以外に道はないのだ。どれだけ人々が私を見捨て、様々な美しい感情やすぐれた資質や夢が消滅し、制限されていったとしても、私は私自身以外の何ものかになることはできないのだ。かつて、もっと若い頃、私は私自身以外の何ものかになれるかもしれないと考えていた・・・人はそれを絶望と呼ばねばならないのだろうか?」(村上春樹「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(下)」/新潮文庫)

私は決して村上春樹の熱心な読者ではないがこの一節はひどく印象に残ったのか下線をひいた上にメモ帳にまできっちり筆写してあった。時折脳裏を掠める「自分の過去に復讐される」という表現は多分この本から汲み取ったものだったように思う、けれど該当する箇所を探すのは今度時間がたっぷり取れた頃にでも、改めて。

どの道をどう辿っても結局は此処に座っているような気がするくらい神経が麻痺しはじめた連勤6日目。遅番も早番も関係なくなってみんな仲良く9時9時シフト。マスクで顔の半分を覆い隠し目だけをぎょろつかせながら端末を叩き続ける11時間の間にも何か大切なものがこぼれ落ちていくのを心のどこかで感じる。

けれどどうあがいてもこれが「自分自身」なら結局は何も失っていないんじゃないだろうか? あらかじめ失うと決められていたものをなくしたからといって結局それは「自分自身」に属する事柄ではなかった、というだけのことでいつまでもなくしたものを懐かしむのは自分の排泄物に対するフェティシズムにも似てあまり趣味のいいことではない。

そういえば机の引き出しのどこかにブチ折った4本の歯の欠片をしまいこんでいるはずだ・・・。

・・・どう考えても私は「理想的な読者」から程遠い。

----------2004年12月20日(月) 憎悪よりは軽蔑

「ねえ君、僕が人々を憎むのは、彼らを軽蔑しないようにするためなんだよ。だってそうでもしなけりゃ、人生はあまりにもいやらしい喜劇じゃないか。」(レールモントフ「現代の英雄」/岩波文庫)

岩波文庫は名著をすぐに絶版にすることで名高いけれどもそりゃまあ160年以上も前に書かれた一篇の小説を後生大事に崇め奉る必要もないだろといわれりゃ、ない。こんなのいつ読んだんだっけな、私ももう忘れちゃったよ。

憎悪よりは軽蔑、そんな時代なんだから仕方ない。

憎しみには体力がいる。その分何かを生み出しうる可能性もある。反抗、反逆といった力の源にもなりうるだろう。けれどあらゆる反抗、反逆が虚しいと証明された21世紀にぺチョーリンはもう英雄にはなれない、そもそも「英雄」という概念じたい時代遅れだ。

ほんっとうにいやらしい喜劇しか転がってないな、何処を見渡しても。

そうして次にやってくるのはそこらじゅうに軽蔑をまきちらす自分へのアイロニックなこき下ろし。喜劇の登場人物にすらなれないくせに。

----------2004年12月19日(日) 何を待っているのですか?

「ヴラジーミル:むだな議論で時間を費やすべきじゃない。(間。激烈に)なんとかすべきだ。機会をのがさず! 誰かがわたしたちを必要とするのは毎日ってわけじゃないんだ。実のところ、今だって、正確にいえば、わたしたちが必要なんじゃない。ほかの人間だって、この仕事はやってのけるに違いない。わたしたちよりうまいかどうか、そりゃ別としてもだ。」(サミュエル・ベケット<ゴドーを待ちながら>「ベケット戯曲全集1」/白水社)

あなたは何かを待っていますか? きっと、待ってるんでしょうね。私もおそらく何かを待っているのですが、待っていることが当たり前になってもう何を待っているのかを忘れました、それでも何かを待っていることだけは覚えています、でもホントウに、何を待っているのか忘れてしまったんですよ、もしかしたらそれは今日ランチの最中にお皿の上にあったのかもしれないし見慣れたOCR画面の中を通り過ぎていったかもしれないけれど、待つことが常態化してしまってそれ以外の状態を思い出すことができないんですよ、

仕事ってなんでしょうね

必要とされる、ということは

3時前に職場に入ったら神様が来たかのような顔でデヴハゲSVがお出迎えしてくれましたよ、「待ってました、ホントウにお待ちしてました」、そんなのは彼一流のおおげさな身振りでそれが皆に嫌われるゆえんでもあるんですがそんなたかが私ひとり、いいえ、頭数がひとつ、それほどまでに待たれるってどういうことなんでしょうね、きっと彼ももっと違う何かを待ってるはずなのにもう分からなくなってしまってるんですよ、

あなたは何を待っているのかまだ分かりますか? そうですか、それはシアワセなことですね。

----------2004年12月18日(土) 完全勝利。

「突然、彼が最近参照した書物の著者の名が、記憶に浮かんだ。ランベール、ラングロワ、ラルバレトリエ、ラステックス、ラヴェルニュ。私は忽然と悟った。独学者の方法を発見したのだ。彼は書物をアルファベット順に読んでいる。」(ジャン・ポール・サルトル「嘔吐」/人文書院)

違う、違う、違う、引用するところを間違えてる、「嘔吐」はもっと重要な著作であるはずだ、でもしかし。

突然、彼が最近参照したデータが記憶に浮かんだ。処理時間、処理人数、受付件数、待ち時間。私は忽然と悟った。独裁者の方法を発見したのだ。彼は人間を数字に置き換えて読んでいる。

なんて書き換えたくなったりもする、社員席の後ろに座らされた今日。

普段打ってる端末だけでは足りなくて非常事態用の端末があげられて私のように2台使う担当は皆社員席の近くに集められたのだけれど人がまあこれでもかこれでもかとおちてくる不備だらけの案件を前にホントウに汗水鼻水垂らしながらトップスピードで処理し続けるその横で独裁者は「もうねエマージェンシーですよ爆発してますよ1000件も溜まっちゃったりして1000件ですよ1000件・・・」

うっせ。

電話で喋ってるヒマがあったらてめぇも端末打ちやがれ。

1000件超えた1500件超えた超えた超えたと半ば嬉しそうにも響くその声に焦りの色はまったくなく関東の業績を上回っていることに優越感すら覚えているのだ、独裁者は。そうしてあたふたと「ホスト落とす時間延長してもらえますかね」と電話をかけてまた管理画面を覗き込む、しかし哀しいかなセンケンセンケンと吠え立てる独裁者には先見の明がなく、最終的に1800件に膨れ上がった滞留案件は女工たちの必死の働きによって8時過ぎにはあっさり処理され尽くしたのだった。

完全勝利。

ざまみろ。

中身を見ろ、行間を読め、そうして「実際」に触れてみろ、でなければ何もかもが虚しいだけだ、それこそ「嘔吐」の独学者のように。

----------2004年12月17日(金) 連勤パーク・・・

「もうダメかもしれないと思った時に
座り込んではいけませんよ
一度座り込んでしまったら
二度と立てなくなりますからね

そのときは死んでゆく時だと思いなさい

・・・もうダメだと思った時こそ立ちなさい」

(田村由美「BASARA(24)」/小学館別コミフラワーコミックス)

反則ぢゃーんとか言わない。たまには漫画もいいだろ。

漫画はほとんど読まないのだけれど何故かコレだけは全巻揃って持っている。仲間を探して4本の刀を集めて・・・っていう過程はRPGにも似てまったくよくできたビルドゥングスロマンだと思うよ。またナギがいいこと言うんだ、ぽろっと。

信じたくないけど8連勤が課された。信じたくないけどこれから年末まで休みは24日のイヴだけである。別に休み希望を出したわけではないのに何故無駄に24日だけ休みなのか。インチキクリスチャンの私にとって世間の人ほどはどうでもよくない24日、「クリスマスイヴ」の本来の意味でどうでもよくない24日、教会にでも行ってこいという配慮なのか、連勤パーク(師匠、無断拝借しました)の真っ只中で?

・・・此処で緊張の糸を切ってしまったら何もかもがなし崩しになることくらい分かる。だから注意深く、体力を配分しながら、決して「もうダメだ」と座り込まないように。

自分に甘いヤツがダイキライだ。

だから私は苦役を望む。そうして悲劇のヒロインを勝手に気取りもがき喘ぐ。そうしている間だけはダイキライなヤツらと自分を差異化していられるからだ。蔑みは力になる。私は所詮そんな否定的な力でもってしか自分を保てない。それが自分の限界だってことも分かってる。何処を叩いたって肯定的なものは出てこない、それでも、私は座り込まない。決して。

----------2004年12月16日(木) 省略すれば

「どのような文学の根底にもある感情的な要素には、嘲笑的と思われるほど数少ない函数しか含まれていない。わたしは望む、わたしは苦しむ、わたしは腹が立つ、わたしは反対する、わたしは愛する、わたしは愛されたい、わたしは死ぬのがこわい、無限の文学を作らねばならないのは、こうしたものによってなのである。」(ロラン・バルト「エッセ・クリティック」/晶文社)

今日一日私はいろんなことを思いいろんなことを考えたけれど、とどのつまりは結局「鬱陶しい」という一言に還元される。

鬱陶しい、鬱陶しい、鬱陶しくてたまらない。

「鬱陶しい」という一言から無限のヴァリアントが展開される。何がどのように鬱陶しいのかを書き綴ることも可能だけれど、それは時間の無駄だと思われるので省略させていただく。

おそらく文学とはこの省略を美しく鋭い言葉で飾り立てる行為を言う。

----------2004年12月15日(水) ふぐは貨幣の夢を見るか

「絶望のきわみで、ただ不条理への情熱だけがカオスを悪魔的な輝きで飾り立てる。倫理的、美的、宗教的、社会的のいかんを問わず、今はやりのあらゆる理想が生に方向と目的とを与えることができないとき、なお生をどうして虚無から守ることができようか。」(E・M・シオラン「絶望のきわみで」/紀伊國屋書店)

モノ、モノ、モノ、モノ、モノの洪水が押し寄せてくる12月。これだけのモノをいったい誰がどのように消費するのか? これだけのモノの底にどれだけの黒い悪意、詐欺、欲望が渦巻いているのか? すべてを操っているのは貨幣である、すべてに値段がつけられている、貨幣はカオスを創造し、わずかな希望と多大なる絶望を人間にもたらす精霊である。

そうして群れからはじきとばされた私は裏通りを歩く。此処は私の生まれた街であり育った街であり虚飾を誇る表通りのきらびやかなビルの陰で蜘蛛の巣のように張り巡らされた路地にはいまだタカコちゃんのおかあさんが経営する喫茶店がありカジタくんのおとうさんが時計屋を営んでおりたっちゃんのおばあちゃんはタバコ屋の軒先に座り続けている。けれどきっとそのうち華僑の息子があの一帯を買い占めて巨大なパチンコ屋を建てるだろう、そうして虚ろな人々が虚ろな目で銀色の小さな玉に貨幣の夢を見るだろう。

ふぐ屋の前を通りかかったとき水槽のふぐと目があった。ふぐはのっぺりと、つるりとしており、口を半開きにしてぷかぷかと生気なく漂っていた。今夜あのふぐは鋭い包丁で切り裂かれ薄く薄く身をそがれるだろう。少しだけふぐが羨ましかった。

交差点では黄緑のジャンパーを着た若い男が「今なお20万の幼い命がこの難病に苦しんでいます、学校にも行けず、病院のベッドで・・・」と募金活動をしていた。私の耳元で鳴り響く絶望の色をした「imagine」をすり抜けて聞こえてきたその男の声もまた絶望していた。私はその男の横を、募金箱には目もくれずに通り過ぎた。

みんな通り過ぎていく。なにもかもが通り過ぎていく。ならばいまさら何を望むことがあろうか。冷たい水槽の中で死を待つふぐのほうが多分幸福だ。

----------2004年12月14日(火) たとえ溺れたとしても

「書くのは好みというよりは衛生学によることであり、書く作業は内面の健康に関わる行為、「平熱」にもどるひとつの方法である。」(シルヴィー・ジョドー「シオラン―あるいは最後の人間」/法政大学出版局)

だから私は毎日毎晩、右腕などは痺れがひどくなる一方だというのにキーボードを叩き続けるのだろう。とりたててほかにしなければならないこともしたいことも、ないし。

書いて、書いて、書き尽くしてしまえたらどんなに楽になれるだろうと思う。内側がからっぽになるまで書き尽くしてしまえたなら、どこをしぼってももう言葉の滓すら出てこないくらい書き尽くしてしまえたなら。けれど1つの言葉は10の言葉を呼び出し10の言葉は100の言葉を連れてくる。書けば書くほど言葉の海に溺れていく、そうして見失ってしまう。

書くことは疎外のはじまり以外の何物でもない。

自分から切り取ったものをディスプレイに表示させてみてもそれは決して自分に似てはいないのだ。

だから此処は必然的に「私の剰余部分」ということになる。登録ボタンを押したあとに訪れるのは「今日も義務を果たした」という安堵の念でありそうして登録画面を確認したあとに訪れるのは「今日もまたくだらないことを書いた」という悔恨の念である、そうして少し青ざめてみたりすることで平熱にもどるのかもしれない、今私にこれをやめることはできそうにない。

----------2004年12月13日(月) 「不在」の耐えられない重さ

「人生のドラマというものはいつも重さというメタファーで表現できる。われわれはある人間が重荷を負わされたという。その人間は重荷に耐えられるか、それとも耐えられずにその下敷きになるか、それと争い、敗けるか勝つかする。しかしいったい何がサビナに起こったのであろうか? 何も。一人の男と別れたかったから捨てた。それでつけまわされた? 復讐された? いや。彼女のドラマは重さのドラマではなく、軽さのであった。サビナに落ちてきたのは重荷ではなく、存在の耐えられない軽さであった。」(ミラン・クンデラ「存在の耐えられない軽さ」/集英社文庫)

昨日隣に座っていたはずの新人さんがいなくなった。一生懸命仕事を覚えようとしているのは分かるのだけれど私の目から見たって「どんくせえなこいつ」と思うような人であった。うちの職場ではすぐにクビが吹っ飛ぶ。そういえば昨日の夕方お人形SVが顔色変えて彼女を呼びつけにきてたっけ、そんなこともあったっけ、あと1週間もすればそんな人もいたっけ、になる、1ヶ月たてば誰も思い出さない。

おそらくそこにはドラマがあったのだろう、「頑張って覚えますから」「いや役に立ちそうにないし」(そのくらい顔色変えずに言うだろう、あの人なら)。そうして彼女は「クビになった」という重荷を背負ってとぼとぼと家路に着く。「どうして私が?」かもしれない、「またか・・・」かもしれない(おそらく後者だ、世の中には何処へいっても使えない人間が確かに存在する)、けれどそんなドラマはなんら大勢に影響しない。空席にはまたすぐに別の誰かが座るだろう。

そんなもの、か。

私は「彼」を忘れるだろうか。

「不在」の耐えられない重さがある、たしかにある。

----------2004年12月12日(日) いまの世のなかは関節がはずれているから

「いまの世のなかは関節がはずれている、うかぬ話だ、
それを正すべくおれはこの世に生を受けたのだ!
さ、行くとしよう。」
(ウィリアム・シェイクスピア「ハムレット」/白水Uブックス)

そうしてハムレットの「軽率」な行動はデンマーク王国の崩壊を招くのみであった。亡霊の声なんぞに耳を貸してはいけない、見てみぬふりをするのがよい、世界の関節を元に戻すことなどそもそも人間に許されたことではないのだ。

はずれっぱなしの関節。

ずれ、こそが世界である、差異、こそが世界である、ソシュール? なんてな連想ゲームをもてあそぶことが私は好きだけれども今はそんなこともどうでもいい、ゲームに興じる余裕はない。これこそが世界だとたたきつけられてはいそうですかと受け入れられるなら私はこんなに軋まないはずだ。残念ながら「現実」の世界はノマドだのリゾームなどという言葉からはほど遠く、いまだ中世の、関節をもった世界のまんまである。くっきりと輪郭を持ち、固定されている、関節がはずれたまんまで、可動性を失っている。

私はあの駅でいつも一番前の車両に乗る。そうして整備された地下道を車両が走っていく様をぼんやり眺める。地下鉄は決まった時間に決まった駅に着く、レールは既に引かれており、迷うことはない。おのおのが決められた道筋を決められたようによどみなく走り続けている。世界がみな地下鉄のようだったらいいのに、とふと思った。今のところ地下世界は発見されておらず、村上春樹が描いたような混沌は、地下鉄が走り抜けるあのまっくらな空間には存在していないはずだから。

・・・でも環状線が停電で止まったりすると妙に混んでいたりしておまけに今日は「YAZAWA」のライブがはねた直後の興奮した観客に巻き込まれてしまいそこらでタオルが振られたりして地下世界も関節がはずれていたのだけれど。

さ、行かないことにしよう。

----------2004年12月11日(土) もうすぐ凍りそうだ

「運命の深淵が、それとも気質の深淵が、彼と彼らとを切り離している。自分の心が彼らの心よりずっと年をとっているように思われた。自分の心は、まるで若い大地の上にある月のように、彼らの争いや幸福や悔恨を冷たく照らしている。その心のなかでは、生命も青春も彼らの心とちがってふるいたつことがなかった。」(ジェイムズ・ジョイス「若い芸術家の肖像」/新潮文庫)

切り離されている、と痛切に感じた一日。

朝の地下鉄で。朝礼で。端末を打っていて。電話をかけていて。お昼ご飯を食べていて。ミス出しをされて。休憩室で。帰りの地下鉄で。世界が通常に機能していることが不思議でならなかった。本当に自分はぼんやりと蒼い三日月にでもなったかのように、いつもどおり流れていく「下界」のありさまを見送っていた、やり過ごしていた。

ティム・ライスの「アイーダ」がはねた後のはなやいだ人ごみを真正面からかき分けて、行きかう人々を凶悪な視線で切り裂いてみても、「俗悪」なる自分はただこの人々の群れからあまりに切り離されているのだということをさらにさらに深く痛感するだけであった。

私はもうすぐ凍りそうだ。

----------2004年12月10日(金) ダレルの死に思うこと

ダイムバッグ・ダレルが殺された。そう、文字通り、殺された。ライブの最中に。ファンによって。セキュリティの人と、観客も2人、殺された。撃ち殺された。

前代未聞の事件だ。

銃、射殺、ダレルの死、ネットが拾ってくる言葉はどれも空虚な感じで具体的なイメージが沸かない。けれど事実、どうしようもない事実。

「ダイムバッグ・ダレル」という名前にはあまり馴染みがない。「ダイヤモンド・ダレル」、私が高校生の頃はその名前だった。自分の喉を切ってから以降それまで好きだった音楽を一切聴かなくなって、PANTERAからも遠ざかったけれど、ムカついたときには「Fucking Hostile」、イライラしたときには「Cowboys from Hell」、それだけはもうこの10年近く、譲れない定番だった。ザクザクザクザクッと、脳味噌の中身を切り刻んでいくようなダレルのキレのいいギターの音は、私の内側に深く深く刻み込まれている。

そのダレルが、殺された。

めっちゃ強面である。長髪ヒゲ面、派手な刺青の入った腕、でもどことなく親しみを感じる、いかついけどフレンドリーなにぃちゃん、という感じの人だった。

ジョン・レノンが殺されたとき私は6つか7つだったのでその衝撃を知らない。
ランディ・ローズもラズルもその存在を知ったときはもう亡くなっていた。
クリフ・バートンは事故死だった。
フレディ・マーキュリーは病死だった。
カート・コバーンは自殺だった。
エリオット・スミスも自殺だった。

違う。
違いすぎる。

「え、なんで俺死んでんの?」

・・・無念すぎる。

ファンは時に気まぐれな存在である。だから聞く、聞かないはその人の勝手。自己弁護をするわけではないけれど、私はPANTERAが好きだと言っていながら「Far Beyond Driven」以降のアルバムを聞いていない。一部の「真のファン」を自称する人々からは嘲笑の対象にされる「似非ファン」なのだろうけれど、それはその頃の自分がそういったオンガクを必要としていなかったということ、別に「似非ファン」と罵られてもかまわない。1st2ndをこよなく愛する私の気持ちに変わりはない。

そうしてアーティストもまた気まぐれな存在であり、ファンの期待を裏切り勝手に解散したり勝手に方向性を変えたり勝手に活動休止したりする。けれどそれは彼ら彼女らが「創作」する人々である以上当然のことで、やりたくないことを無理してやってもらってもいい作品が仕上がるわけもない。

求めるものと提供されたものが合致すること、これは奇跡的な結びつきなのである。そうして一度奇跡的に結びついたものはその先何年、何十年たっても色あせない、私にとっての1st2ndがそうであるように。

私だってデイヴ・ムステインに「てめー日本に来なかっただろこのやろ」「なんでエレフソンとケンカしちゃったんだよばかやろ」なんつってタマゴのひとつくらい投げてやりたいぞ、そんなのみんな思ってるはずだ、だけど私たちは「与えて」もらってるんだ、才能と努力が産み落とした作品に、自分のフラストレーションを代弁してもらい、そうして貴重な、なにものにも代え難い、「オンガクを聞く喜び」を教えてもらってるんだ。そのくらい、アーティストとは神聖な存在であるはずだ、だから私はタマゴ投げたりなんかしない、このやろばかやろと思いつつ「the System Has Failed」を聞いてる。

求めるものを裏切られたからといって・・・。

なんで「銃弾」なんだよ。
ホントタマゴくらいにしといてくれ。
ホント全部悪い冗談だったってことにしといてくれ。

「似非ファン」、ですよ、確かにそうですよ。
でもね・・・。

本当に、本当に、心の底から、合掌。

----------2004年12月09日(木) まず、信じること?

「ごく小さい子供の時代から墓場にいたるまで、だれでも罪をおかし、罪に苦しみ、罪を注意深く見守る、というようなあらゆる経験を重ねているにもかかわらず、他人は自分のためにつくしてくれるもので害を与えるものではない、というようにどうしても期待してしまうものが、どの人間の心の奥底にもひそんでいる。それが、なによりもまず、あらゆる人間の内部にあって聖なるものなのである。」(シモーヌ・ヴェイユ「ロンドン論集とさいごの手紙」/勁草書房)

これが、この期待こそがヴェイユの弱さであり脆さであり、そうして彼女の思想を悲しくまた美しいものにしている何よりも純粋なものである。けれど私の胸をもっともムカつかせる期待、でもある。ヴェイユは極端な存在だ。共感と嘔吐が常に混在する奇妙な存在。だからこそ何度でも読み返す価値があり、そのたびに多くのことを汲み取ることもできる。この10年近く、インスピレーションの源泉には常にヴェイユがいた。

非人間的なまでにつましい人である。
非人間的なまでに「自分に対して」だけ厳しい人である。
あらゆる人間に善の可能性を認めていながら自分に対してだけは決してそれを認めようとしなかった人である。

私は。

自分に対して善の可能性を認めないことは言うまでもなくあらゆる人間に対して善の可能性なんて欠片も認めない。

けれどこの文章に付箋が貼り付けてあったということは、やっぱりどこかで誰かを信じたがっていたんだろう。既にピリオドを打たれた期待がカサカサと心の中でささくれ立つ。

まず、信じること? 

できやしない。誰もが皆私から奪っていくだけだ、そうして私も奪い続ける、奪い合いの中にもしも裂け目ができ純粋な贈与が垣間見えたとしたら、それこそが本当に聖なるものだ。

----------2004年12月08日(水) だから眠れない

「今西は少しも早く破滅が身にふりかかって来なければ、身を蝕む日常性の地獄が勢いを得て、一日も早く破滅がやってこなければ、一日多く、自分は或る幻想の餌食になるのだ、というオブセッションを抱いていた。幻想の癌に喰い殺されるより、一気に終末が来た方がいいのだ。もしかするとそれは、早く身の結着をつけないかぎり、自分の疑いようのない凡庸さがばれてしまう、という無意識の恐怖にすぎなかったかもしれない」(「豊饒の海(三)暁の寺」三島由紀夫/新潮文庫)

それはオブセッションではない。私が生きているから彼女も生きているのであり彼女の笑い声はまぎれもなく私が生み出したものである。「そうであるはずの姿」「そうあるべき姿」、存在しないはずの幽霊が私を喰い散らしていく。ギャップを埋めることはもう今やそれじたいが幻想に近い。幻想が幻想を呼びいつしか彼女の背中には羽根が生える。

おまえなんかに割いてやる時間は一秒たりともない、けれどそのフェアリーテイルはあまりに甘美で心地よく、幻想に身をゆだねているその瞬間だけが「ホントウの自分」であるかのような錯覚を起こさせる。もしも彼女が私だったら。私は彼女になりえたはずだ、彼女のようでもありえたはずだ、何故なら彼女を生み出したのは私であるのだから。

・・・しかしいまだに彼女は断片でしかない。途切れ途切れにしか語られないエピソードは反芻するうちに幾多のヴァリアントが形成され空隙を埋めていく、此処はもう彼女の匂いでいっぱいだ。

何処までが私なのか。何処からが彼女なのか。

決して生きられなかった私、としての彼女を私から取り上げたならそこには疲れて、やつれて、痩せこけた、ため息ばかりを繰り返す凡庸な三十女の後ろ姿しか残らない。

----------2004年12月07日(火) 醜いオンナ

「私が友達の悪口を言うときの顔はどんな顔だったんだろう
ひどい言葉をならべ友達の票をとりプリクラの数を毎晩数えてた
一瞬の笑いのための白目をむくような言葉は
電波に乗って黒く焦げながら自分のところへ跳ね返ってくる
明日からではなく今日から心の中にもメイクアップして悪口はやめます」
(「明日からではなく」小谷美紗子/「うた き」より)

なあなあ聞いてよあの子さあすんませんすんませんてゆうてるけど顔が全然謝ってないと思わへんそんときだけ謝っといたらええちゅうのがまるわかりやねんさっきもさあ・・・そうそう分かる分かるなんでそんなミスして平気な顔してられるんやろうなこないだ・・さんが・・してたときこれやっといてってゆうたらええーってなものすごい顔で言うねんでおまえ立場分かってんのみたいな・・・うっそマヂでそれにさあ・・・

休憩室で、そんな「悪口」に没頭しながらタバコを吸っているオンナたちは非常に醜かった、アタマには角が、口元には牙が生えているかのようだった、どうか私まで伝染してきませんように、とMDウォークマンの音量を上げた。

中指立てて、シネッ、と吠えたらそれで終わり、くらいにしておこうと心に誓った。

----------2004年12月06日(月) 何もしないでいる

「最高の時間は何もしていないときだって場合も多い。何もせずに、人生について考え、反芻する。たとえば、すべては無意味だと考えるとする。でもそう考えるなら、まったく無意味ではなくなる。なぜならこっちはすべての無意味さに気づいているわけで、無意味さに対するその自覚が、ほとんど意味のようなものを生み出すのだ。わかるかな? 要するに、楽観的な悲観主義。」(チャールズ・ブコウスキー「パルプ」/新潮文庫)

多分それがグノーシス主義の本質。

「自覚」は人を救う、多分、きっと。

もうたいがい疲れてるんだから休みの日くらい何もせずに眠ったほうがいい、ゆっくり、たっぷり、何にも考えず眠ったほうがいいんだ、っていう自覚が私を救う、多分、きっと。

ほんとうに、何もしないでいることは、ほんとうに、難しい。

----------2004年12月05日(日) それでもそこに座り続けるのは

「いや、そうではないのかもしれない。人は虚空に自己の存在を問うてしまうことの危険から身を避けるために、位階制を築き、命令の系譜を作り、服従の掟と造反への罰則を築いたのかもしれない。上から意味づけが下されるというただその一事のためにすら、人はわが命をすら犠牲にするものではないのか。「よくやった」。神の声のように、電雷のように鳴りひびく、その意味づけを欲して。」(高橋和巳「日本の悪霊」/河出文庫)

どうして椅子を蹴らないのだろう、と何度も思う。受話器を叩きつけ、キーボードでディスプレイを叩き壊して、机を蹴り上げ、マニュアルの束を引き裂いて、フロアを駆け回り、大声で歌いだし、タバコに火をつけてビールを飲みはじめるのを押しとどめるこの「力」はいったい何なんだろう、と。何が私を10時間もの長い間、ひたすら画面を見続けて、キーボードを叩き続けて、顔も見たことがない人間に向かって「お世話になっております」と丁寧語を使い続けさせるのか、と。

お金。

だけではない、のだろう。

私はたしかにあそこでは「何者か」であるのだ、8桁の数字であらわされるコードを持った何者か、ひとつのアルファベットと6桁の数字が組み合わされたパスワードで保護される情報を管理する何者か。朝出社すれば座席表には私の名前がありロッカーには私のスペースがあり机には私の端末があり私の電話がある、証明写真つきの緑色のカードを持っている、ということは社員食堂から大阪城を見下ろす権利を与えられている、ということ、白色のカードを持っているということはセキュリティフロアに立ち入る許可を与えられている、ということ、それはすなわち、そこには「私の場所」が用意されている、ということ。

そうして多分火曜日出社すれば朝、掲示板には「よくやった」が貼り出されているはずだ。

アナタハヒヨウカサレタクハアリマセンカ
イクベキトコロナスベキコトヲアタエテホシクハアリマセンカ

----------2004年12月04日(土) nothing compares 2 U

it's been seven hours + fifteen days since U took your love away
いいえ、もう11年と1ヶ月が過ぎた
i go out every night + sleep all the days since U took your love away
私は眠らずすべての夜を後悔に捧げすべての昼を怠惰に捧げてる
since U been gone i can do whatever i want
したいことなんてないわ
i can see whomever i choose
会いたい人もいない
i can eat my dinner in a fancy restaurant
気取ったレストランが私の気分を晴らしてくれたことなんて一度もない
but nothing i said nothing can take away these blues,
あたりまえじゃない、蒼い、蒼い、何もかもが蒼白い

'cos nothing compares nothing compares 2 U

it's been so lonely without you here like a bird without a song
そうして本当に歌を失くした、カナリアは赤い紐で戒められて
nothing can stop these lonely tears falling
身体中から赤い涙を流したけれど食い込む紐はきつくなるばかりで
tell me baby where did i go wrong
分かってるの、言ってくれなくても分かってる
i could put my arms around every boy i see
誰でも一緒、誰でも何でもどうでもいい
but they only remind me of you
「貴方じゃない」というただそれだけのこと
i went to the doctor guess what he told me guess what he told me
誰が何を言ったって同じこと
he said girl U better have fun no matter what U do but he's a fool
あたりまえじゃない、「楽しめ」だなんてバカの言うことよ

'cos nothing compares nothing compares 2 U

all the flowers that U planted mama in the back yard all died when U went away
みんな枯れてしまった、何もかも枯れてしまった、内側がからからに乾いているのはみんな泣いてしまうから
i know that living with U baby was sometimes hard
そう、誰もあんなに厳しくない、「俺のために生きろ」なんてね、けれど
but i willing to give it another try
もしも許されるならもっと強い声で高い声で幾度でも

'cos nothing compares

nothing compares 2 U

あたりまえじゃない、誰も貴方の代わりになんてなれないんだから。

誕生日、おめでとう。

*****

SINEAD O'CONNOR「nothing compares 2 U」/ from 「I Do Not Want What I Haven't Got」

----------2004年12月03日(金) チック・・・・・・・・・・・・・・・・タック。

「チックはささやかなる創世記でありタックは微力なる黙示録である。」(フランク・カーモード「終りの意識―虚構理論の研究」/国文社)

チック、

時計の針が14400回チックタックを刻む。

タック。

現代の黙示録はタイムシートの形をとってあらわれる、らしい。

終わりは安堵である。終わりのないものを人は耐えることができない。もしもその「冒険」にエンディングが用意されていなかったとしたら人はその物語から永遠に解放されないのだ。「冒険」を楽しむために終わりを引き伸ばすことは可能である、けれど終わらない物語は存在しない。

終わらないものは何一つとしてない。

永久機関など永遠の夢だ。

反復に反復を重ね反復を掛け合わせて反復を増幅し反復に埋め尽くされてもタックは必ずやってくる、タックは反復を耐えるための合言葉だ。そのとき黙示録は決して微力ではない、たとえまたすぐに別のチックがはじまるとしても。

チック、タック、チック、タック、チック、タック、

チック・・・・・・・・・・・・・・・・タック。

・・・・・・・・・・・・・・・・が時に人生、と呼ばれる。

----------2004年12月02日(木) 幸福なニーチェ

「従って<永遠回帰>を、<同一なもの>の回帰とすることは、どうしても避けねばならない。そんなことをすれば、価値転換の形態を誤認することになろうし、根本的な関係のうちに生じた変化を見誤ることになるだろう。なぜなら<同一なもの>は種々異なるもの以前にあらかじめ存在することはないからである(ニヒリズムのカテゴリーにおいては、そういうことがありうるのだが)。<同一なもの>が回帰するのではない。というのも回帰することとは、<同一なもの>の、すなわちもっぱら種々異なるもの、多数性、生成することについてのみそう言われる<同一なもの>のオリジナルな形態なのであるから。」(ジル・ドゥルーズ「ニーチェ」/ちくま学芸文庫)

幸福なニーチェ。円環は閉じられていない。生成。ドゥルーズの手にかかると何もかもが生成する。けれども私の円環はベルグソンの高笑いをはるか遠くに聞きながら閉塞し続ける。<同一なもの>が帰ってくる、<同一なところ>へ帰っていく、そうして<同一なこと>がまたはじまる、乾燥した空気、パソコンの羽音、無愛想な電話の声、不備だらけの書類、何も変わらない、変わっていない。

電波という糸で人々を縛りつけるためだけに。私たちは世界に網の目を張り巡らせる蜘蛛に似ている、紡錘機がパソコンに変わっただけのこと、いつまでも永遠に、何も生成することなくただ糸だけを紡ぎ続けるアリアドネ。

こうして世界はますます息苦しくなる。

だからケイタイはニヒリズムのカテゴリーに分類される。

ドゥルーズが窓から死体を投げ捨てたばっかりに。

----------2004年12月01日(水) 私の声を聞きなさい

「あらゆる芸術作品はサディストの表現か? 自己を主張する限り、それは戦うことなのだ・・・しかしどのような存在が、「面と向かって」自分を明らかにするに価するのか、またわたしにとって「正確には」なにが必要なのか。わたしのうちのすべてが反逆する。生はまだ、胸を締め付けるすすり泣きの声さえ抑えているのか? わたしはむしろ、思想の胸倉をつかんで捕え、それが死ぬか、腐った息でわたしを殺すかするまでじっと見据えていたい。」(コレット・ペーニョ「ロール遺稿集」/リブロポート)

私は人と接することが苦手である。一見極めて社交的で物怖じなんてしないし、人見知りでもないので誰もそんなふうには思わないかもしれないけれど通常の会話や通常のやり取りで自分を伝えられていると感じることはまずない。伝わっていない、というもどかしさは常に身体中にまとわりついて、真夜中にひとりでアタマを抱える。

会話が下手だ。論理的な言葉を吐き、筋道を立てて話すことはできても、それはあくまで感情の上っ面でしかなく、手振りや身振り、視線やちょっとした表情の変化を加えても、多分10分の1も伝わっていない。

だから書く、そうすれば10分の3くらいは伝えられる、ような気がする。けれどまだ足りない、まだまだ足りない、違う、そんなことが書きたいのではない、キータッチは勝手に私からずれていく。

・・・もっともっと直接的な表現を私は知っていた、いいや、違う、知っている。あの瞬間だけは10分の7くらい、自分を伝えることができる、たとえ一度徹底的に裏切られ、また私も裏切ったとしても、あの瞬間以上に両手両足に絡みつく鎖から自由でいられる瞬間をいまだ知らない。

私の声を聞きなさい、それは多分、まだ聞かれるに価する。