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2005年05月31日(火)
正社員になる正式な日付が決まりました。 少しでもつばさにボーナスが出るようにと、6月1日からの契約になるようです。 さすがに4月まで遡る事は出来ないようで。当たり前だ( ̄▽ ̄)。
社長秘書さんと、契約書を取り交わしていた時に、出勤時刻が30分早くなった訳ですけど、実質は1時間半早くなります。 その事を話していて、早くなり過ぎだと思った秘書さんが「良いですよ、こんな早く来なくて」と笑ってましたが、そうは行く訳無いので。
6月の最初の月曜日から「8時出勤!」です( ̄▽ ̄)…………アタフタ ヘ( ̄□ ̄;)ノ ヽ(; ̄□ ̄)ヘ アタフタ。 す、すぐクビになるんじゃないのか?9時半があんなにきつかったのにっ!!
アタフタ ヘ( ̄□ ̄;)ノ ヽ(; ̄□ ̄)ヘ アタフタ…。
さて。 ショップがスタートして1ヶ月経ちましたが、用意周到という単語が辞書から消えかかっているつばさですから、4月が閑古鳥だったのに、5月、急に品物が売れ始めたため、会社員の合間に雑な梱包をやってしまい、大量注文のありがたいお客様を「恨む」と言う有様になってしまいました。 「あんた、その客嫌いでしょ」と彼女に言われる始末です。
そんな事は無いけど、この箱届いたら、2度とこの店から買おうとは思わないよな。 そう思いつつ配送に出しました。ヾ( ̄▽ ̄)ノわは。 そして5月も終わろうかと言う頃にやっと運送費に足が出過ぎる理由に気づき、やはりショップは思いつきで始めてはいけないなあと思うのでした。
でも大量注文は、屋台が小さい店にはきついと言う事がわかったので、纏め買いはしてもらえても大量にはならないように数量制限する事にしました。 そんな事に四苦八苦している時に、仕入先の一つが馬鹿丁寧な事に気づき、ちょっと真似ようかなあと思ったら、シニョリーナがメッセージカードを作ってくれる事になりました。
これで納品の中に手書きのメッセージが入れられる。 キャラクターも買い取ろうとまで思ったシニョリーナのオリジナルが入っています。
川 ̄ー ̄)ロンゲニヤリ
さてさて。 契約書に判子押して提出するのは明日です。
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2005年05月30日(月)
恐れている事が起きてしまいました。 大方の読者様の予想通り。熱を出しました(笑)( ̄▽ ̄)。
声は元より出なさそうです。 うおぉ。出だしのけつまずき十分? いいお話があった後にこの様です。 まだサポートの責任者は先輩ですから、来てもらわないと困るねえと言う態度ありありだったけど、新人さんが無理をしないでもらいたいと言ってくれて休む事になりました。
で、なぜか知らないけど、傍らで彼女まで体調を崩してるんですが。
「休むの?」 「うん。休む」
また、いい若い者達が。にっぽんの労働力が二人も揃って一日中家にこもっているなんて。
ごめんね、日本経済。
夕方になって仕方が無いから買い物に出かけた事しか思い出せません。 今日の日記はここまで。
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2005年05月29日(日)
昨日、夏至南風で飲んでる時に1回、大きなくしゃみをしました。 誰が噂してるんだって冗談言ってましたが、くしゃみする直前はなんとも無かったのに、直後、その1秒くらいの間に、喉の感じがぐわっと変わりました。
お酒飲むと鼻づまりする人って居ますでしょ? まあ、いわゆる「弱ってる」人なんですけどね。 いつもだよ、昔からだよって言うあなたは、慢性的に特定の栄養素が足りません。
ここ最近、たまにしか飲まなくなったので、飲むとそういう感じになって来てたのは自覚してましたが、寒くも無いくしゃみがまさか、風邪の始まりだなんて思いもよらずです。 正しくは、夏なので、若者につられて半袖を着ていたのが敗因であったはず。
自分で日記に「風邪を二の腕から引く」とあんなに書いているのに。 あったかい酒を飲む季節でもないので、ずーっとシークワーサーだったし。
で、引いたんですな。
全然自覚のないまま今日に到り、喉を腫らかせています(方言)。 しかし二の腕が出ていたとして、飲んでいたのが氷入りのサワーだったからとして、何で急に風邪だろう、そんなに体力も落ちていないのに。 と思いつつ、久々の酒と長説教が原因だろうなあと位置づけてます。 熱も無いみたいだから普通にしていますけど、喉の痛みが怖いから喉をマッサージしていて、暇人だから変なものを探し当ててしまいました。
つばさが副流煙の被害者である事は前にも書きましたが、慢性喉頭炎になってからずっと気になっていたものがありました。 それは大動脈に沿って、ポコリと骨の一部のような尖ったしこりの様なものです。 天才の喉を持っていた時には喉にはどこにも凝りもしこりも無く、柔らかいものでしたが、炎症を起こし始めてからのつばさの喉は、いつも緊張していて肩こりバリバリ状態です。 「凝ってますねえ」と言われても、今ではどこが何の原因で凝ってるのかわからないくらいです。 その一部に何かが飛び出すようにそれはあります。
昔正社員だった頃、つばさはよく同僚の肩を揉んであげていました。年上ばかりでしたからね。親と同じくらいの人達が多かったので。 その中にハイパーな上司も居たのですが、日頃のお礼に肩を揉んでくれて、そのしこりを探し当ててしまいました。 爪を立てるようにグリグリやられるのですが、その痛みと、肩凝り持ち特有の勘で「それはあってはならない邪魔者」と言う意識の狭間で我慢しながら、それでもそのしこりは僅かながらに小さくなったのです。 そりゃあもう、微妙に。
翌日熱を出しました。 会社を休みました。 以来そのしこりを本格的に攻めた事はありません。
しかし、今回そのしこりが、両側に出来ている事を発見したのです。
このしこりが自分を長年苦しめている正体だと確信を持ったつばさは寝転びながらひたすらグリグリやっていました。 ある程度グリグリやると、喉が楽になってきました。強張っている他の所もマッサージすると、喉のかすれやぜえぜえした感じも消えて行きます。
何かを発見した気分です。 (自分には東洋医学の才があるに違いないと唐突に自惚れる瞬間)
肩凝りが発声に良くないので、歌う前にはラジオ体操やストレッチ、連れが居る時は肩を揉み合うと言うのは、とっくに声楽者がやっている事であるのですが。 でも、このしこりが消えた時に、自分は人生に勝利する、くらいの勢いで確信を持ったので、とにかくグリグリ頑張ったのです。
懸命な読者諸君は、明日何が起きるか既に気づいているでしょう。
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2005年05月28日(土)
お姉ちゃんが会社を辞めると言い出しました。 堪忍袋の緒が切れたようです。
と言っても、つばさにも経験がありますが、若者の緒は結構切れやすいです。
つばさもきっとそうであったと思いますが、不如意な親子関係を経験していると一番に育って行くのはプライドです。 そのプライドに若さがあるほど許せない事象は世の中には山のようにあるのです。
つばさも20歳の時に就職して10年半いた会社には、1週間で吐き気がしました。 でも、根気が無い人間と言われたくないばかりに何年も我慢してしまった訳です。 でも最初の吐き気は同じ人に10年振りにぶり返し、大の大人になって30も越えてから「やってられるか、ボケえ!」と辞めてしまったのです。
その後の5年は、何であんなに大変だったかって今も大変だよ。
つばさの上司も非常識だったけど、世の中にはもっと非常識な人はいます。 そして思うに「製造業」には、気が狂っていても役職を保てる何かがあると、いろんな人の話を聞いて思います。 つばさの周りにそういう眷族が集まるのでしょうか。 「女性上司」に歯噛みして悔しがる人が実に多いのです。
お姉ちゃんのそれは、虚言癖のある利己的な女性上司が朝礼でガムを噛み始めた事に発端します。 誰も注意せず朝礼は終わり、次の日の朝礼では前に並んでいる役職者が全員ガムを噛んでいたそうです。 女性上司のあり方に意見すると、「この人は直せないよ、仕方ないんだから」と上席がその場で諭すのだそうです。
こんな会社でも年3回のボーナス。
若手だけで愚痴宴会が開かれて、口々に「やってられるか!」だったそうですが、つばさは、それで本当に辞めるのは、お姉ちゃんだけのような気がしました。 きっとこの子だけが貧乏くじを引く。
そう思って、五反田に出るついでに、お姉ちゃんを夏至南風に呼びました。
お姉ちゃんは入りたての時も、周りに「あなたが頼りよ」と神輿に担がれそうになった事があります。 それも巧妙な罠ですから、つばさは「同調しても良いけど代表にはなるな」と釘を刺した事があります。 つばさは、お姉ちゃんを信用していますが、その若さは危ういと思っています。 同じ血を分けていても、妹の彼女の方には無い部分があります。 お姉ちゃんには激しく否定されそうですが、性格は、つばさに近いのです。
飲みながら思い詰めていたようなので、珍しく聞く方に回りましたが、若者特有の実の無さも感じました。 イヤだから辞めるでは、この先何度でもその癖はつくのです。 「じゃあ、ガムを噛みながらの朝礼はおかしいって、誰か言ったの?」
誰も言わず、愚痴の塊。
「じゃあ、もしこのまましばらくして新人が入ってきたら、『先輩ら、愚痴ばっかですね』って言われるね」 どうせ辞めるつもりの会社なら、改革して行く努力をしてからにしなさいと、強く勧めました。 無論、正義感の強い人間には諸刃の剣のアドヴァイスです。
しかし、単純な事をつばさは思います。 年に3回もボーナスが出る会社、何も直訴しないで、むかつくだけで黙って辞める? どうせ辞めるならクビになっても良いんじゃないの? 何も言えないなら辞めないでボーナスもらって金貯めてた方が利口じゃない?
お馬鹿なつばさは30越えて雇用システムも勉強せずに辞めて、離職票をすぐに発行しないと言う策略に引っかかって、借金地獄だったよ。 (これは馬鹿過ぎるなと書いてて思った) お金は大事。稼げる会社には居るべき。
飲み過ぎてくどくなったので、どうしようと思っていたらお姉ちゃん自身に「もう帰って寝ていい?」と言われて、やっと区切りがつけられました。 自分でもヤバイと思っても止まんないんだな、ヨッパは。 ヤバイヤバイと1時間以上思って話してた。早く止めてよね( ̄▽ ̄)。
うざくて他の客が帰っちゃったじゃないよ(o*。_。)oゴメンナサイ。
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2005年05月27日(金)
0時過ぎで迎えた深夜(昼な訳は無いな(笑))、社長に呼ばれました。 「頑張ってるんで社員になってもらおうと思うんだけど都合はどうかな」
おぉ。噂で終わらないらしい。
責任だけ増えて給料が上がらないのは困る。正直にそう言いました。 「じゃ詳しいことは女部長さんに聞いて」
正社員になるか。元々保険には入ってるし、ボーナスもらっちゃおうか。ボーナス月は来月ですが(笑)。 そう思って夜が明けて、また時が経って夜になりました。
今度は女部長さんの面接です。
社長にだって言った事なんですから当然同じ事を言います。 女部長さんはそれは飲めないと言いました。 そして次に言った事は結構信じられない事でした。 「あなたはこの会社じゃ給料良い方の人ですから」
はあ?
つばさの給料は、残業代が付かないから固定給で、彼女にも負けてるんですよ? それなのに、給料が良い方? 耳を疑うよ。私より高いなどと言い出しました。 そして、お金の部分はどうにもならないので、そこを話し合う時間は無駄だから早く決めなさいと言い出します。 本当につばさの給料があなたよりも高かったら、よく辞めないよね。
信じた事にしておこう。
裏づけを取るように、みんな話しにならない給料で頑張って来たよねえと先輩に振ります。 つばさが首を切られそうになった時、会社の経営が逼迫しただろう事は気づいていましたが、その頃先輩は手帳に空いてる日が無いくらい毎日習い事を入れてて、自己投資とは言うものの金離れが非常に良かった記憶があります。 旦那さんが店を畳んで本当の自由業になった後もしばらくはそんな感じでした。 時を同じくして、営業の何人かが辞めて行きましたが、その人達はもう立派に家庭を持つ男性で、独身者の経済では成り立たない立場でした。 よその会社を選ぶのは仕方が無い事でしょう。
そんな事を思い出していると、「誰にでも社員になれと言う訳じゃない」と有り難味を強調し始めました。
そこは、まあ事実です。 前にも書きましたが、慶大・東大が占めている会社です。 (余談だけど「境内・灯台」って変換された( ̄▽ ̄)) 人材が足りなくなるとご学友だったり、前の会社の同僚を引き抜いてくる縁故入社の人達ばかりです。 そこに高卒の、紹介者を持たないつばさが迎え入れられる事は伊達や酔狂ではないでしょう。 よその事業部から茶々が入らないのかいねえと、思いながら聞いていました。
「あんまりお金にこだわるならこの話は無かった事に」
この時断っておけば良かったか、断わって置かなかったからこそダメージが少ないのか、今でもつばさにはわかりません。
ま、この後の展開は、…………読んでいただければわかります。
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2005年05月26日(木)
今回の日記の日付がポーンとあいているのは、とうとう毎日0時を回る帰宅時間になり、日々にどんな変化があったかをまるで区別をつけて思い出せないからです。 さすがにみんなが心配してくれて、残業を申し出てくれるのですが、派遣社員が残業をしたら、また新しい問題が生まれる事は目に見えているので断りました。
温泉合宿から帰って来た先輩達は、会社の将来ビジョンが見えて来たのか一様にリキが入っていました。 うっすらとやはり、つばさを社員にする話も出た節があるようでした。
ま。合宿がどう盛り上がろうと。 そこでどんな喜ばしいと思う話を伝えられても。
先輩が忙しくなって行く事には変わりは無く。
とうとう、つばさに全ての処理が移行して行く事を認め始めたようです。 先輩の気持ちはなんとなくわかる。 楽しくやっていました、サポートは。 しかし、人は足りず、先輩の違う力量が認められ始めた訳です。 楽しかった毎日は激変し始めています。
ただ、何より、それでサポートはまかなえると思われているのは心外の極み。
(これは後日−つい最近−女部長さんに言われましたが、“客へのメール返信より会社にとって大事な事があるって、そろそろ気づきなさい”と、先輩にも言ったような言わないような。いやー。それ用の人を雇えばいい話では……)
とにかく、人を増やしてくださいと業務報告に書き続け、面接を続けた結果、飛んで火に入って来た人材派遣から新しい人が決まりました。
何もかもが新し尽くめの事で、初めて付き合う派遣会社の、これが初仕事の新人コーディネータから紹介です。
今度の子は30代前半でキャリアもあり、即戦力になる人材という事で、ほぼ即決に近かったそうです。 つばさは前回と同様に面接には顔を出しませんでした。 理由も前回と同じです。
良さそうな子だと二人口々に言って帰って来たのですが、ただひとつ腑に落ちない事があったようです。 それは本人の事ではありません。
面接の当人をコーディネータが連れて来るのは当然の事ながら、一人、上司と思しき男性が着いて来たそうです。 しかしその男性は、先輩達を見ても挨拶もせず、黙って席に着いただけで、だから名刺交換も無かったのです。 会話に口を挟むでもなく始終黙っていたかと思うと、面接の途中あたりで居眠りまで始めたそうです。
あまりの事に、先輩も、さすがの新人さんも、あなたは誰?とも聞けず、そして傍らのコーディネータさんにもこの方誰?とも聞けず、そのまま面接は終わったそうです。
そして終始無言だったその男は、やはり無言で帰って行ったそうです。
何者?と言うか誰であっても関係者なら失礼の度が過ぎていないか? そして先輩と新人さんが口々にどんな感じの男かをつばさに伝えるために意見が一致したのは、「こおろぎのような顔の男」でした。 神経質そうにも見えたそうで、それで昆虫顔じゃ、さぞかし異様に見えたでしょう。
さて。人材派遣の常として、面接が終わった後の意思確認と言うものがあります。 ぜひ来ていただきたいと言う意思を伝えるついでに、コーディネータさんに「今日着いて来た方はどなた?」と先輩が聞きます。
支店長さんだそうです。
普通にやばくね?
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2005年05月22日(日)
♪どうでもいいですが♪
以前の日記にもしつこく書いたんですが。
つばさはケーブルテレビの委託先で全国の視聴者からの電話を受けていた事があり、そこで「県民性」と「スポーツファン」の性質を知る事となります。
名指しで書いていくので該当地域へお住まいの方はさぞかし不愉快に思われるでしょうが、これはつばさの所見です。 大体電話なんて、大多数の中の氷山の一角ですし。 (不愉快になるだろう事が前提ってのもあれですが)
ケーブルテレビってのは局からは確かに電柱やら埋設管を通って有線なんですが、ある時点では地上波であり、ある時点では衛星波なんです。 よっぽど大きなテレビ局で無い限り、自社にパラボラがあって衛星波を受けてるなんてところはありません(あるのかどうかも知りませんが)。 ケーブルテレビは主にCSと呼ばれる衛星波を個別番組契約して買い取り受信しています。 それが全国に数箇所ある受信基地にいったん受信され、地上波になります。 あるいは基地から有線で送られてきます。 1回だけ基地に落雷して、関西の一部が地上波チャンネルを含めて一切映らなくなると言う事故に遭遇した事があります。 それが無ければ知らない知識でした。
基地に落雷しなくても映らなくなる事がありますね。 これは皆様ご存知かと思いますが、「衛星放送」なんですから放送電波は地上から宇宙へ打ち上げられ、宇宙通信衛星に受信され反射送信されてる訳です。
2回大気圏を抜けると言う事になります。
つまり、配信基地近くが大雨だったり、受信基地近くが大雨だと、映らなくなるんです。 エリア外の地上波を無理して拾う時も同様です。
こんな時は、突然一部地域的な忙しさになります。 例えば、当時、青森のケーブル局は津軽海峡を越えて無理して北海道の番組を受信していました。 ただでも移りが悪いと苦情が来る事があったのに天気が乱れてシケると、電話が鳴り始めます。 当時は反町君の「GTO」が人気でした。
きっつい青森弁で「GTOがうつんねっど!このやろ」と一言叫んで切る電話を数本受けました。 同じ人もいたようですが、多分ほとんど別人。 事情の説明もくそもありません。その日から「青森県人は我慢しない」と言うイメージが入り込みます。 近くても「岩手」の苦情はほいほいかかってくるのですが、説明すると丁寧に電話を切って引き下がる人が多いのです。 つまり「なして?」としか思ってない訳です。 関東で青森県人並みの気質を持つのは神奈川県人です。 引っ越すとしたら神奈川はやめよう……そう思いました。横浜のリベラルなイメージは相模原あたりで覆されました。 ちなみに、つばさのネット友達は神奈川県人が実に多いのですが、揉める相手も神奈川県人が多いです。偶然かもしれないけどヾ(@^▽^@)ノ。
東京では、練馬区の人は「取り敢えず受話器をあげる」くらい気軽にクレームして来ます。 氷山の全景かってくらいです。
地域的には受信しない県もあったので、比較できないところもありますが、九州では大分の人がとにかく瞬間湯沸かし器です。 大分出身の学生が「来る電話来る電話、同郷かと思うと……」と嘆いていたのを良く覚えています。
その他は野球ファン。 野球中継が見られないと解かった時の野球ファンは何故あんなに性質が悪いのでしょう。 映らないものは映らないんだから仕方ないじゃん。 これは全国共通で均一な性質の悪さです。スポーツに対してさわやかなイメージがまだあった、世間知らずのつばさは、大人になってからその事実を知りました。 ねちねちねちねち……。
あれから数年、今はサッカーファンもあんな感じなんでしょうか。
で、つばさ本人はと言うと。 「義経」を見てる時に邪魔をされると、鬼の人格になります。
クレームで世間を見つめて身を戒める人に限って、いざクレームつけると性質が悪いのは世の常。
「うわあああああああっ!台詞が聞き取れん、しゃべるなああああ」(理不尽。県民性無関係)
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2005年05月21日(土)
会社で眠くなるくらい遅くまでいるため、最近テレビと言うものを見ていません。 と言うか見てますけど、今までみたいにドラマとか見ていません。 だから土日のテレビって楽しみだったりします。
と言っても、最近の土曜日は夕方まで寝てしまうので、おいおい見るのは夜のもの。 なんだかんだ言ってまともに見るのは「エンタの神様」くらいです。 やはりつばさのお気に入りは「魔邪」です。 悪そうなメイクに柄の悪さをアピールしていますが、ネタはびっくりするくらい健全。 ブレのない正義感に爆笑してしまいます。 こう言う点で、シニカルを売りにしている代田や長井、波多陽区とは一線を隔しています。
難を言えば説明的で長い。
でも、意表を衝かれるくらい清廉なネタで却って感心してしまいます。
つばさの家はケーブルテレビを引いているので、地上波と違って同じ映画が何度も何度も放送される事があります。 やはり金を持ってる局から放送されて行くので、違ったチャンネルで放送されると、「あれ、またやってるの?」と思うくらい見ます。 その最たるものが「バトルロワイヤル�供廚任垢�ね。 まともに見ると設定的に無理があって命の軽々しさが不条理過ぎて正視に耐えないのですが、ゲームのように見ているとそれはそれで面白い部分があるので、チャンネルを変えないで置く事が多く。
今日も始まったので、理不尽な世界を放置していたら聞き覚えのある声が。 これはご存知の方はトリビアにもならないのだろうけど、魔邪の声が聞こえるのです。 ご覧になった方は覚えてらっしゃいますかね、まだゲームが始まっていない説明の段階で、相方の男子生徒が無駄死にしたせいで道連れになった金髪のねーちゃん。
目立ってましたねえ。芸名「あじゃ」。間違いなく魔邪ですよね?
女優さんじゃなくて、ピン芸人の道を選んだんですねえ。 そんな事に気づいた事を一人悦に入りながら、傍に彼女がいないでお出かけ中だったのが残念です。 そんなこんなで会社でもずーっとパソコンを睨み、家でもずーっとパソコンを睨んでいるつばさです。 5年位前は、時給をもらいながら仕事もしないで会社でチャット、帰宅してもチャットのチャット三昧の日々でしたが、あの頃と違うのは家でも会社でもそんな暇は無いと言う事です。
でも、ランキングにぽちっと投票する事は忘れません。 俺がやらずに誰がやる!って感じです。
しかし、5年前、9時に出勤して17時まで何も仕事を与えられず、1600円を越す時給を契約更新までしてもらってネットにはまっていたのは、IT業界から考えれば怠惰の一言ですが、あの時にあまりの暇さに日記をつけはじめHTMLを覚え、今日があるかと思うと、その後の友人の広がりを考えたら、何も無駄にはなっていません。 なんせ出社ニートですよ。時給をもらって遊んでるんですよ。損はどこにも無い。 時間の浪費以外はね。
などと言いながら最後に。 「バトルロワイヤル」では親に見離された落ちこぼれ高校生達がえらい目に会う訳ですが、それでも楽しい思い出を作りに修学旅行へ行こうとしている「登校児」を選出するよりは、家から出ない本物のニートを自衛隊がいきなりさらいに来て、戦わせる方がよっぽどコンセプト的に(以下省略)。
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2005年05月20日(金)
まったく。 えらい頓珍漢をしました。 今日が金曜日だった事、家に帰るまで理解していませんでした。 18日、19日と、2日連続で一日の大半を違うお客様の給餌機のネットワーク設定に費やしていて、時間をあっという間に過ごしていたため、2日も経っている事を体がまるで理解していませんでした。 つばさは今日を水曜日と思い込んでいたのです。
急に先輩が、「みんなで温泉で合宿する事になった」と言い出したので、はあ?と思いました。 何で温泉?何で温泉?週の真ん中に?明日みんな会社休むの? カレンダーを見ながらお客様とはカレンダー通りの話をしているのに、頭が二つに分かれているような状態です。 朝までミーティングと言う事は、激論が交わされるのか。ちょっと行きたい。 でも、つばさまで行ったら、明日の勤務開始までに戻って来る事は無理。 そんな無責任な事は出来ない。
頭の中のカレンダーはなかなか切り替わりません。
なのに、ちゃんと明日は会社を休もうとしているもう一人の自分がいるのです。 おわー乖離性人格同時行動?共同労働? イヤー、土曜日って解かってたら行ってたな(爆)。
給餌機のネットワーク設定はプロ仕様なのですが、犬猫に数万もする機械を使おうとするくらい裕福な方々なので、根気も人一倍と見えて、つばさが投げたくなるくらいトラぶっても平気でどんどん頑張ります。 他の事はできなくなるので、時間の経過が理解出来てるようで出来なくなるのです。
中でも昨日のお客様は、すごく紳士的な人だったのですが、有料設定サービスを勧めたら急に怒り出し、紆余曲折の末、最後まで付き合うという事を前提にサポートしていたため、開通したらどれだけ喜ぶかと思ったら、ちょっと嬉しそうに「お。映った」と言っただけでした。
金持ちって淡白なのね。
な訳で、今日に至る。 乖離の事実に気づいて彼女に話したら、「大丈夫か?」と言われました。 それでもあくまで笑顔のうちらです。 面白い体験した。てかヤバイ?
子供の頃から思っていましたが、つばさは二つの人格を同時進行させるタイプですが、他の人みたいに別人のような行動を取ったりはしません。 ただいつも、何に対しても考え方が二つあるだけ。 それを自分で「同時進行性二重人格」などと名づけて密かに思っていましたが、今日初めてそれらが分離したのです。
でも分離してもあくまでやってる仕事は同じ。共同作業( ̄▽ ̄)。 一人は正しく世法に則ってお客様と話し、もう一人はとっちらかって記憶が2日飛んでいる。 とても面白い体験だけど、何度もやってはいけないとも思いました。
あ、書いてて今思ったけど。 大事で大切だから失くさないように、わざわざ特別な場所において指差し確認などしながらトイレで用を足すと、そう言う時に限ってきっぱり忘れ物をするのは、忘れ物を気にしてる人格と、トイレで用を足したい人格が、別人なせい? って言うか指差し確認した後に心の中で、殴られて気絶でもしてる?
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2005年05月17日(火)
社長が本気で会社の拡大を考え始めたらしく、新入社員がどっと増えて来ました。 前にも書いたかもしれませんが、その半分は上層部で、けっこうなてこ入れをするようです。 女部長さんは、オンラインショップも作ろうと言うことになり、既にショップを持っているつばさを有望なメンバーとしてミーティングに誘ってくれました。
やっと、つばさが前から提案していたアフィリエイトを伝えるチャンスがめぐって来ました。 電波姉さんは、ライフカードみたいなミニドラマをweb配信する事に興味があるようで、あまり上手く伝えてくれませんでしたし、先輩に至ってはどうにもなりませんでした。 webデザイナーはシニョリーナの紹介という事で、てっきりつばさは隣に座っている、いわゆる年上に見える女性がそうかと思っていました。 シニョリーナは自分を「海外では子ども扱い」と言うし、みんな「若い若い」と言うのですが、唯一つばさには若く見えないため、周囲の見方も誤っていたようで、「この人はいくらなんでも同い年なのか?」と思う人でも疑問なく思い込んでしまいました。
後で聞いたら、はす前に座っていた30歳くらいにしか見えないお姉さんがそうだったらしい。 ま、彼氏が20代前半だと言うから、わかる気がしますが。
隣の女性がSEO対策を説明し、つばさがアフィリエイトを説明します。 予算を使わないのが大前提だった今までと違って、必要な事には使う方針になったようなので、Google広告についても触れて置きました。 つばさでさえ出せる広告なんですから(笑)。
そして、SEO対策を話した女性は上層部にあたる人だという事も後で知りました。 馴れ馴れしくしちゃったよ、やっばー(笑)。
ちょっと充実した気分だったので、仕事が遅くなっても気にならなくなりました。 今日も先輩は元々の仕事をしなかったので、もうやっちゃいますよと宣言をしました。 いったい何のプライドがあるのか、絶対うんと言いません。 余力は残っていないはずなのに、なんだろう。信用されていないってほんと不愉快なものだ(笑)。
しかし、うちの上層部に来た人が増員に好意的なので、面接を入れる事になりました。 一人でも人が増えれば。 しかし、なかなか決まらない。 そんな中で飛び込み営業のメールを先輩が発見し、「飛んで火にいる夏の虫」と意味不明な言葉をつぶやきコンタクトを取りました。
「渡りに船」とか「願ったり叶ったり」とかじゃないのは何故だ。
最近、忙しくて壊れてるからね。 新人さんと二人で意見の一致を見ました。 IT系の派遣会社だそうなので、優秀な人が取れそうだそうです。
いい人が来ればいいな。
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2005年05月16日(月)
珍しくチャット部屋にいました。 メッセンジャに告知を出してずっと一人待っていて、当然来る人なんて限られていて、いつもの通りマンツーマントークですが、ほとんど人が来ないので、他の事をしながら在室している状態です。 時間は深夜もいいところの時間になっていました。
ぽんっと友達が入って来て、「いやなものを見て眠れない」と言いました。 どうしたの?なに見たの?と問うたら、リンクを書いてよこしたので、クリックしました。 「イラク自衛隊派兵反対」と言ったようなタイトルのものでした。
クリックして、もしやと思った時点でつばさも止めれば良かったし、最後まで見る必要は無かったはずです。 つばさにも好奇心があって、40歳にもなってその好奇心に勝てなかったのです。 恥ずかしいけど懺悔をします。 最後まで見てしまいました。
友達はこれを見て眠れなくなって、他の友達に愚痴をこぼし、他の友達にもリンクを教えたようです。
イラク人の手にかかった日本人の模様を伝えた動画です。
リンクをよこされた友達は、全部見られて喜んだそうです。 そしてチャット部屋にいる友達の方は、「信じられない」と吐き捨てました。
そいつと、お前と、つばさに、何か差があるか?
喜んだ友達の浅はかさと、刺激的な動画を見た興奮を共有せずにいられなかったお前と、そして予想していながら最後まで見たつばさと、畜生ぶりにどんな差があるのか。 戦火の及ばない安穏な地で、他人の尊い死を好奇心で見届けた共犯であると言う以外に何か差があるのか。
リンクの提供元は有名な芸能人で、それだけでもつばさには驚愕でした。 本人は反戦運動、戦争へのアンチテーゼのつもりなのでしょう。 自分が馬鹿の一人に加わったので、強く言えない引け目があるけど、なぜこの馬鹿野放しなんだ。 これを見た人間が反戦運動に立ち上がる事は、まず無い。 あり得ない。 見ない人が立ち上がる勇気を持っているのだ。 それが解かっていての偉そうな提供か。客寄せじゃないのか。馬鹿か、芸能人の影響を知らないのか。
チャット部屋の友達にも共犯である事を認めた上で、でも、年上の勤めとして言わせてもらいました。 こんなものがある事が、遺族にどれだけの心痛なのか。 殺されて行った彼の無念はつばさ達には想像もできないのに。 何で「眠れないよー」と撒き散らすのか。
知らないで置く勇気を、つばさは持てませんでした。 この日記を読んでどこの芸能人だ?と探しに行く人もあるのかもしれない。 でも、あなた方はきっと見るだけで、それだけで終わる人達です。 犬畜生以下です。 この悲惨を止めるための運動を起こす根性も、政治への熱意も無いあなた方は行くのはおやめなさい。
人間であるなら見ない勇気を持ってください。 見たなら伝えるのも止めてください。 何のためにこの動画があるかを考えてください。
何もできないくせに、人の死を笑いに行かないでください。
自己責任と人を非難する人は、自分の自己責任を取れない人です。 自分の命が懸かっていたら、普通はおこがましくて言えない。 人を簡単に責められる人は、自分が責められるのが耐えられない人である事が多い。 動画を見て、むやみに落ち込んで見せるのも逃げです。 反省しているんだと自分まで騙すのは逃げです。 世を儚んでいるのだと浸るのは卑怯です。 だったら座して悲しんで見せずに、それなりのアクションを起こすべきです。
つばさは勇気のある人間側に立って、堂々と偉そうにしていたかったけど、見てしまいました。 伝えない方が良いと言うなら、何も無かった事にしてここに書かなきゃいいだろうと言われるだろうけど、「すごいもの見ちゃって落ち込むー」と言って無意識に撒き散らす若者が他にもいるなら、やめて欲しいので書きます。
見ないと平和を語れない訳ではない。 知らなくても平和運動はできる。イマジネーションと言うものが人間にはある。 映画じゃなくて、人が実在して、つばさ達と同じ国に遺族がいて、紛争はまだ続いている。
知る勇気は別のところに。そして知らずにいる勇気を。
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2005年05月15日(日)
相変わらず天気がいいです。 そして今日もつばさはみなとみらいにギリギリです。
そして今日は己の心の弱さに久しぶりに向き合って、凹んでみたりしました。 連絡を入れて、たまたまか誰でもそうなのか、昨日の場合は直接「指示命令指揮者」が出ました。 遅刻厳禁の職場で二日連続で同じ人に受信されるのはさすがに気が引けました。 なんたって、今日は最終日。
とうとう、無断で職場へ赴いたのです。
いつもちゃんと連絡をしてるのに今日に限って己心にぼろ負けです。 そんな日に限って「誰かに連絡した?」と聞かれるのです。
バイトラストの日は、「初めての大遅刻」(昨日は朝礼に遅刻)、連絡不履行、不履行発覚、あー、苦々しい。 自分の心の弱さに呆れるやら反省するやらです。 (このまま休んで引き返しちゃいたいとまで思いましたからね)
お、大人になれ、つばさ。
何にしても終了〜。 相変わらず埃っぽいみなとみらいを後にします。 クイーンズスクエアの広場では今夜も大道芸のお兄さんが、ピン芸をやっています。 駅前では若者が点々と音楽をしています。 汗ばみながら根岸線のホームに上がると、突然可愛いオフィススーツを着た女の子が「助けてください!」と駆け寄ってきました。
見るとこっちこっちと手招きをしています。 え?新手のキャッチセールス?アンケート?駅のホームだよ? 女の子が可愛かったので、つい行ってしまいました(爆)。 頭髪の短い3,4人のジンガイが立っています。 みんな笑顔で女の子を見ていますが、女の子は英語で話そうとして混乱しています。 「この人達、横須賀中央に行きたいそうです!教えてあげていただけますか?」 そう叫ぶので、エロ心に誘われるまま、頷いたら。 「良かった、じゃ、お願いします!」 と行ってしまいました。 え?
無事案内が終わったら成果報酬としてお茶とか食事とかしないのかよ。
今度はつばさがてんぱる番です。 ここ6年ほど英語を使っていないので、いざ話そうとすると、まるで話せないのです。 「乗り換え」も言えます。どの駅で降りるかも言えます。 しかし、出ない! 20年前と同じ身振り手振りの単語英語です。
ニホンジンシンカシナ〜イ
横須賀中央、五分刈り、スキンヘッドの白人と来ればベースの兵隊でしょう。 横浜で京急に乗り換えればいいのです。
ジンガイの中に小柄な赤Tシャツの青年がいましたが、つばさが気づいてないと思ったか、奴は隣の男と「日本語で」話していました。 「あ、この野郎。聞かなくても解かってるんだな?」と思いました。 案の定、「OK,OK,YOKOHAMA CHANGE KEIKYULINE」とブロークンで話して見せます。 うーん、馬鹿みたいか?と思いましたがつばさを真面目に覗き込んでる3人の青年達は日本語が解からないようです。 「げっろおふよこはまぁちぇいんじとれいんげっろおんけいきゅーらいん」 全員了解したと言う「演技」をして見せます。
ま、いいかと思った瞬間、まん前のいかちークリっとした目のにーちゃんが切符を取り出して、これでいいんだね?とつばさに見せました。
げ。JRで全部買ってる……。
ど、どうすんだ、JRの乗り換えの方が訳わかんねーよ。 と、思ったが、横須賀と言えば横須賀線。横浜乗換えだった? 神奈川県内に明るくないので、舞い上がってる分、自信がなくなります。 慌てて「うぇいとあもーめん」と制して携帯を覗き込みます。 いいんだ、横浜乗換えだ、と「駅探」は教えてくれます。 いったい何を見てるんだと思った周囲の日本人が携帯を覗きにやって来ます。
ええ?都会の無関心はどこへ行ったの?
いざ教えようとしたら、「つばさ!?」と大声で呼ぶ女が。
あ。りーよだ。
「何でこんなとこいるの?びっくりしたー!」 状況把握は関係なくどんどん話しかけてくるので、「ご、ごめん。今この人達に駅の乗り換え教えて取り込んでるから……」と言ってるのに話しかけてくるので、参りました。 日本語で話してたはず……。 赤シャツが京急京急と言っているので、「のおおぉ」と否定して。 「げっろおふよこはまぁとらんすふぁーよこすからいん」 「でぃすちけっといずJRおんりー」
手を振って別れて、一人になって初めて気づく。
あいつら、さっきの女の子ナンパしてただけじゃねーの?(あべこーじ風味)
あ。それより、りーよ、どこ行った?。キョロ「・_・ )(「・_・)"キョロ
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2005年05月14日(土)
新製品が特殊なため、先輩が問い合わせに答えられなくなったら全ての稼動が止まるので、取り敢えず、新製品のメールなどを勝手に返す事にしました。 自分が今まで担当していた製品に対してはいまだにつばさに触られるのがいやな様なので、山のように下書きを作っています。 でも山のように問い合わせが来るため、つばさの帰宅時間は22時なんて当たり前になって来ました。
とっても仕事の情報開示をしてしまいましたが、つばさの残業はユーザ対応オンリーです。 そのうち、新製品の特殊さに着いて行けるのはつばさだけになって来ました。 他の人達は派遣さんだから、遅くまでできない上に、「調べ物」をしてメールを書くなんて、普段の受信ペースでは無理なのです。
と言う事で、もうつばさには土日にバイトする気力はだんだん無くなって来ました。 次を探さなきゃあと思っていたけども、今日と明日でみなとみらいが終わるのは運命的必然のようです。
さて。 もう5回はバイトに入っているのに、どうしてもクイーンズスクエアの距離感がつかめず、ギリギリになります。 と言うか、今日は今までに無いギリギリ振りです。 とうとう電話連絡を入れてしまいました。 歩くのが嫌いなつばさは、鈍足ですから走るのも意味がありません。 どのくらいの距離を、自転車でだったら何分で走破すると言う計算はちゃんと出来て、携帯の時計で確認してもストップウォッチ並なのに、歩いて職場へたどり着くと言う計算は全然できません。
中途半端なフロア計算のエスカレータが、つばさをとても苦しめます。
何で、全ての階に止まるエレベータが無いんだよ、ボケ。 何回来てもそう思う。 宅配のお兄さんが泣きそうな顔でウロウロしてるのも同情します。 絶対この建物は、ミニチュアをパーツで組み立てて、「あ、このエスカレータここに架かってると面白い」みたいなノリの設計者が作ったに違いない。
もう、明日で最後なのに遅刻した(T-T)。睨まれた( ┰_┰) シクシク。
ああ、でもエスカレータを駆け上るのってきついなあ。 桜木町からクイーンズスクエアのオフィスフロアまで走り続けるのもきついなあ。 からっからに渇いた喉でトイレも勝手に立てない現場で、電話に出るのもきついなあ。
こんな調子で、本当に社員になれるんだろうか。 て言うか、何で毎週末、汗だくで喉を嗄らして席についてるのに、途中で飲み物を買うと言う知恵がつかないんだろうか。
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2005年05月13日(金)
自分で社員にならないかと誘ったくせに、女部長の高評価が納得行かない先輩は、曇りのある顔です。 しかし、突然突き抜けたようにつばさを評価し始めました。 それも突然、新人さんと。
(^-^;無理やり面白い人材だと思わなくていいよ。 何だよ、その前のめりに洗脳に飛び込もうとするその姿勢は。 話しの端々を聞いていると、どうも「トキノは面白い。特にあの言い回しが人と違う」みたいなことを熱く女部長さんが語ったと思われる。 「そう言われればそうよね」 「私たち、いつも一緒にいて気づかないけど、やっぱ朱鷺野さん面白いわよ。」
いや、だから……確かに褒められるのは好きだけど……なぜ、洗脳されようとしてるの、しかも無理やりに……。
つばさが、やっとおいらの実力が日の目を見たか、と浮かれない理由は決まっています。 おいらはミーティング以外にあの人と話した事無いんだよ。 それと、電波姉さんにツッコミを入れてたという行動だけで、おいらを全部掴んでるような事なんで言えるんだ。
この時点では、女部長さんの論法に気づいてなかったので、解からなかったけども、おそらく先輩は本気でツッコミが面白いから社員に推挙したくらいの事を現実に女部長さんの前で言ったに違いなく、それに対して、とうとうと推挙の理由をまくし立てたに違いない。
取り敢えず、つばさが考えていた事は、このどさくさに紛れて本当に社員になっちゃおうかなって事。 「今がいい時」 と先輩がチャンスと言っている通り、「いつに無く評価が高い」と言う通り、今まではけっこう苦い水を飲んだものな。 1年契約を去年更新する時には「要らない人」って言われたんだしな。 何年先までかわかんないけど、何回かボーナスもらってもいいやな、と思い始めました。
でも、「上に評判がいい」と先輩は言うけど、この会社って上の層はそんなに厚くない。 間違っても社長の受けがいいはずは無い。なぜなら入社以来一度も話をした事が無い(笑)。 そして女部長さん以外はみんな、会社を上昇気流に乗せるため、後から入って来た方々です。
つばさを知ってる訳が無い。
なんだか得体の知れないものに乗っかった感を感じながら、確かに今を逃したらもう登用のチャンスは無い気がする反面、社員になったら出勤が一時間早くなる事が一気に退職への花道も用意されてる気もするんだが( ̄▽ ̄)。
何にしても、今朝のミーティングに余裕を持って出席するために珍しく早く出て来たら、朝礼に出席させられて、結局あっぷあっぷで、前途多難。
あ。ちなみに、新しい自転車は、同じ筋力で倍早い。 おんなじ感覚でこいでると、2,3分〜5分くらい早く会社に着けます。 摩擦式じゃないヘッドランプが負担無く四六時中点灯してて安心だし。 つばさは1分1秒を争う急病人くらいの緊急性を持って会社に急いでますから? これは大きなメリットなのです。
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2005年05月12日(木)
つばさは、変わった人が多い会社を変遷して来たので、朝挨拶しない人とか、挨拶しても返事しない人とか、嫌味しか言えない人とか、何か勘違いしている人とか、いっぱい出会って来ました。 今いる会社は非常にビジネスなスタイルの会社なので、ITと言っても今流行のラフなスタイルで出社する人は少なく、オフィススタイルです。 その中で入社以来異彩を放っていたのは唯一つばさだと解かっています。
いつもカツカツなので、きちんとした服装を持っていないのです。 おいおい、40歳が言う台詞?って感じでしょ。 これでもスーツを着て働いていた事もありましたが、残念ながら、それって「7号」とかのサイズなんですよ。
ありえねえヾ(@^▽^@)ノわはは。
いったい何億劫昔に着てたんだよ(爆)。 と言う感じで、ここ数年のつばさはラフなんです。 多分2002年夏の亀戸で拍車がかかったと思います。
で。 そんなつばさとエレベータで一緒になっても、挨拶しない先輩同僚も幾人かいたんです。 そのうちの一人は、一回社内システムの中で名指しで仕事振りをやり込めたので、挨拶はしてくれるようになりました。 でも、目線があうとばつの悪そうな顔をするようになりました。 仕方ありません。どんな態度をされても重要な仕事を任されてる人で、出産後1週間で現場復帰するような人だったから一目置いてたのに、けっこういい加減な仕事してたからです。
その日を境にその人はつばさにとって怖い人ではなくなりました。
しかし、もう一人謎のキレ者がいました。 朝に弱いタイプらしく、髪を振り乱してエレベータに乗ってくる事に出くわす事がありましたが、この人に対しては、つばさの方が声をかける事がありませんでした。
なぜなら、怖過ぎたのです。
対外的な部署にいる人で、うちもベンチャーの中でも珍しいタイプの商品を扱っているので、よくテレビ局から取材が来るのですが、普通歓待と言うか、揉み手で擦り寄って行ってもおかしくないテレビ局スタッフを電話で怒鳴りつけてました。 しかも必要な商材を「そっちで集めてくれないと困る」と言い切っているのが聞こえました。
こぉええええぇ〜。
先輩の話では、「身内にはもっとすごい」のだそうです。 先輩も目を合わせたくないタイプらしかったです( ̄▽ ̄)。 それが、何を隠そう、あの女部長さんです。 女部長さんは、つばさがいる事業部全体をてこ入れして売り上げを上げるべく呼び戻されたらしく、2年間で自分が上げた業績を目いっぱい落とされていて危機感を感じながら帰ってきた様です。 その中で、今まで無視されていたに等しいサポートに着眼し、お客様の声を一番聞いているに違いないと注目し始めたのです。 しかも、その中でもつばさに目をつけたんだそうです。
先輩には、つばさに目をつけた理由が解かりません。 でも、女部長さんには意味も無く評価が高いのだそうです。 「え、それは、電波姉さんにツッコミを入れられるからですか?」 と聞くと、「ああ、そうかも。それならわかる」と真顔で言いました。 電波姉さんと女部長さんは、長い付き合いのようですが、電波姉さんの親父ギャグにはホトホト疲れ、無視して黙ってしまう事が多いらしいのです。 しかし、この間の会食で初めてずっと付き合い続けている人間を目撃したらしい。
それが、つばさ。
電波姉さんの進撃を止める鋭い鞭のようなツッコミに女部長さんが爆笑しただけでなく、「何でずっと相手するの?」と聞いてくるくらい珍しい光景だったようです。
「それで、あなたを正社員に登用しようという声がにわかに上がっているのよ」 先輩は疲れた顔で続けます。
ギャグ止めに社員にされる人って、この世の中に何人いるんですか?
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2005年05月11日(水)
今日は出勤日のドロシーに、10連休だった事が漏れ聞こえたらしく、やっかみの笑顔をいただきました(笑)。
あんなに何度も何度も「10連休ですものね〜」と言われても、ドロシーに土産が無いんです( ̄▽ ̄)。 もう1回レオマワールドに入ろうとして止めるつばさ。
あ、ちなみに本物のレオマワールドを調べると、「NEWレオマワールド」としてオープンしています。 ホテルも同じものがあるところから見て取り壊してはいなかったんですね。 門が無くなっただけだったのか。 ちょっと俄然行きたくなったので、和歌山オフの時、しまなみ海道渡ってここに泊まろうか(離れ過ぎ)。 いやいや、野望の7連休を実現化して、おかーたまと遊びに来ようか(墓参りは?)。 流行の温泉もできてるよ。 でも、あの遠心力で体が折れてしまうジェットコースターとかは無くなってしまったみたいですねえ。 美術館の案内も無いようです。
ああ。行きたい。 田んぼと畑の中にそびえ立つ異空間に。 夜になるとリアル過ぎてけっこう怖いオリエンタルゾーンに。
閑話休題。 と言っても本題は何でしょう。 休暇を明けていよいよ先輩は本格的に忙しくなり、先輩の担当業務が停止し始めました。 それはいちいち細かい事を気にしなければつばさでもできる業務ですが、先輩はYESを言わず、下準備にとどまらせます。 しかし、サポート以外の事で夜遅くなり始めた人ですから、主業務は手付かずで一日が終わり、つばさが準備をしたところでそれが反映される事は無いようでした。 いよいよ、先輩はつばさに色々権限を持たさなくてはいけないと感じ始めて、社員になる気はないかと言い出しました。
社員ってボーナス出るんでしょ、願ったり叶ったりだねえ。
でもつばさは、食いついた風は見せませんし、ニコニコと喜んでも見せません。 思いつきに振り回されたくないし、どんな風な横槍が入るかわかりません。 なぜなら、この会社の人達は、学歴で言えばサラブレッド達で、親族と縁故の見えないチェーンでつながっているのです。 つばさは、おしゃれな服装でハイソに見える手合いの人ではないし、客観的に他人にどう見えているかは解かっているつもりです。 昨年は首さえ切られそうになりました。 定期的に外国からつばさの評価を下げるためだけに帰ってくるような人もいるし(謎)、油断していても何も得は無いし、今度失望したら先輩を二度と信じなくなるのは目に見えています。
期待し過ぎて勝手に失望し、怒り出すような人種にはなりたくありません。
「責任だけ増えて、給料が増えないのは嫌ですね〜」 それも全くの本音でした。 しかし、鬼の女部長さんの指示で、朝早くから行なわれているミーティングに出席せよとの命令が下りました。
これは、壊れた自転車では身がもたない。 と言う事で、とっとと自転車を買いに行く事にしました。 事情があって、五反田でしか買い物ができないので( ̄▽ ̄)、まっすぐ買いに行き、自転車の売り場を聞いて、今の自転車を選んだ時のように、サドルを一番下まで下げて、またがってみて一番バランスの良い物を吟味しました。 子供用かと思うピンクの自転車が一番安くて悩みましたけど、これを会社前で目撃されたら人格まで疑われそうで止めました。
銀色の自転車にしてみました。 店から乗って家に帰ると、予想以上に良い自転車を選んだ事に気づきました。 おお、お買い得だ。
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2005年05月10日(火)
この日記を長く読んでくださっていて、この日記=東京と思ってらっしゃるかなり愉快な方や(笑)朱鷺野つばさ=健忘症と判断している洞察力のある方などには既に「既知の問題」ですが。
つばさ、記憶力弱いんですよ。
昨日の晩飯思い出せないタイプなんです。 年のせいでしょ?と思うあなた。それもある(笑)。 でも、一緒に暮らしてる彼女も同じ感じだから年は重要ポイントじゃないみたいです。 まあいわゆる二人の世界には戦争が無いって言うか、のん気って言うか。 だから旅行中の日記は、旅行しながらメモしていた内容を元に書き起こしているので、大筋であたっているはずなんです。(大筋かよっ!)
しかし、「5月で日記終わってるじゃないかよ」と思ってしまったランキングからお越しのあなた様以外の「あ。いつの間にか更新している」と知っているあなた様には、「何で今回に限って古い記憶でちゃんと書けているんだろうとお思いでしょう。
ええ、メモです。メモ。 メモに書き漏らしてるものは全部忘れてます(爆)。 どんなにうまい飯もその値段もヾ(@^▽^@)ノ。
つばさが、午後8時に家にいてご飯を食べているという状況は、この先何ヶ月かは無いと思われます。 さすがにこの日記をアップしている2005年7月末現在は、会社を22時には出ると言うことには成功していますが、仕事は残しています(笑)。 またこの経緯もドラマティックなので、書いていきたいんですがいかんせんこの記憶力で、今日の日付けから先1週間は、メモも無いので、何も書けません(^^ゞ。
という事で、毎日メモを軽く取る事にして、欲しいソフトがあると必ず行く「窓の杜」から「卓上カレンダー」を拾って来ました。 お仕事している人の机の上には高い割合で取引先からもらったノベルティとしての卓上カレンダーがあると思います。 あれです。 メールで自動管理されたいなら、Yahoo!カレンダーのリマインダーとかが便利だからそれを使えばいいし、つばさの主要メールのhotmailに付いてるカレンダーでもいいんですが、今のスケジュールを管理したいんじゃないし。 そう思ってるユーザは割かし多いと見えて、この卓上カレンダーがシンプルで良いと判断したので、インストールしました。 今後も「時のつばさ」は永遠に不滅状態で続行可能です(爆)。 しかし、日に3行くらいのメモで、どんだけ思い出せるんだろうと思いますが、そこはそれ話が長いのは得意技ですから。
ボリュームは下がらないかと思いますよっ!ヾ(@^▽^@)ノ
カレンダー話で言うと、会社のPCには2種類のカレンダーが入っています。 つばさは多窓派の人なので、タスクバーは開けてる窓のボタンでいっぱいです。 どの窓がどれだか自分でわからないほどです。それは家も会社も一緒です。 でも会社の窓は仕事のために開いているので。 だから会社では卓上カレンダーを採用する事は無理でした。 開きまくって何重にもなっているその中に、こっそり日記のランキングがあったり、4月に開店したショップのランキングが開いてたりもしますが( ̄▽ ̄)とにかく仕事の窓が1日中開きっぱなしです。 で、パソコンでできる事以外の仕事を忘れそうになるので、タスクバーみたいな細いカレンダーが画面の脇にあります。 普段は隠れてて、あるいはひっそりと片隅にいて、予定を見る時だけに現れたりします。 で、もう一つはクロックタイプのカレンダーです。 スケジュールもメモも入力できるんですが、一番の目的は仕事が始まる時刻と終わる時刻を管理するためのものです。
うちのサポートは回線を手で開けるので、準備をしていても見落とさないように、またお客さんに捕まってしまっているうちに閉じるのを忘れないために、自動でアジャストされる機能が付いてるタイマー付きカレンダーを入れています。 前はこれが先輩のPCにあって、それが頼りでしたが、おいおい書きますが、もう先輩がいないので、つばさのPCに入れた訳です。
しかし人間メモを取るのはいろんな意味で大事です。 若いうちはメモなんか要らないとか思ってましたが、本格的に忙しかった時期はそれでも追いつかなくなりました。 これを読んで「俺はそこそこ忙しいけどメモなんか別に要らないよ」と言う人に言える事は、「あなたそんなに忙しくないんですよ」と言う事。
もちろん、つばさは健忘症ですから? 南国の無人島に持っていく必須アイテムも、きっとメモ帳です。
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2005年05月09日(月)
久々に会社に出社しました。
みんなつばさの顔を見て、「ずいぶん英気を養いましたね?」と笑うので、相当のんびりした顔になっていたようです。 「休み中どうでした?」 つばさがそう聞くと、堰を切ったように新人さんが話し始めました。 「もーーーーーー!暇なはずなんて言ったの誰?って感じでした。」
朝から閉めるまで鳴りっぱなしだったそうです( ̄▽ ̄)。
そりゃあもう、暇だろうと思って出勤してたシニョリーナと新人さんにはとんでもない状態で、別の社員さんに助けてもらいながら何とかしたそうです。 話の感じでは先輩も甘く見ていたので側に居なかったようで。
例年こんな忙しいゴールデンウィークは無い言う事で事態は変化しつつあるという事のようです。 だいたい、「優良」とみなされている会社とソフトですが、売り上げを上げるために「サポート無料」をシールで製品に貼っている挙句、ゴールデンウイーク前に。
新製品出してますからね≧(´▽`)≦アハハハ。 架かって来て当たり前じゃん?( ̄▽ ̄)あははは。
でも、新製品の問い合わせはそんなでも無いんだそうです。 波状効果のようです。 例えば新製品を出すとプレスリリースします。うちの会社は記者会見までは開きませんけど、かなりいいものを出すので敏感な人はそれを見て、自分の持っている製品や、購入の下調べをするのです。 例えば、野球界に新風を巻き起こしてIT業界にまで野球事業を成立させてしまった敗者のホリエモンが、成果は出せなくても売り上げが上がったように、松下がジャストシステムとの裁判に勝ったら逆に「一太郎」が売れてしまったように、パソコンユーザのアンテナは敏感でその行動は妙なんです(笑)。
後は、主だったサポートはたいてい、ぜーんぶ休みだったんじゃないですかね。 「サポートされたい症候群」の人や「休みこそ自分のパソコンを何とかしたい」人達には格好のスポットだった訳ですね。
ごめん。ちょっと予感はしてたヾ(@^▽^@)ノわはは。
それなのに、みんなにお土産が無いの。 サポートの分の「落合羊羹」しか。 なんか帰って来て我に返ったわ。(〃^∇^)o_彡☆あははははっ。
みんなに蒜山高原の通販を利用して後から何かあげるべきか真剣に考えて、( ゚o゚)ハッとある事に気づいて断念しました。 レオマワールドに入るところだった……(巨謎)。
1週間お客様とお話していないと、電話に出るのが楽しかったりします(笑)。
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2005年05月08日(日)
5月7日の日記です。
一人ドライバーになってしまってから用心をしていたのですが、さすがに旅も1週間を過ぎると、体が「運転生活」に慣れてしまい、出発時のような疲労が無くなります。 コンタクトをしているせいで、視力矯正による「いつも軽く眠い」と言う継続的な疲労はあるのですが、明らかに出発の時より元気です。
本当に車がほしくなりました。 6年前は持ってたのに、車(笑)。
日程が早く進んでいる事もあいまって、時間に余裕があり過ぎるためまた温泉探しに入りました。 程なく神奈川県に入ったので、大きな看板の鶴巻温泉に目をつけたのですが、何がすごいのかやたら高いのです。 日帰り入浴が1000円て何。 あまりの高額に、彼女が反感を持ち(笑)、違う場所を探しながら東京へ向かいます。
「横浜温泉」と呼ばれる温泉が点在しているのを見つけました。 それぞれが別の温泉なのですが、彼女が目をつけたのは養護老人ホーム内にある温泉。 安いし、園のポリシーに心を打たれたのでしょう。 早速行ってみる事にしました。 入園者のために園が私財をなげうち温泉ボーリング会社に頼み、湧き出した温泉で、今は一般公開もされています。 ボーリング会社の名前に因んで「チャレンジャー温泉」とも言います。
夏っぽい暑い日になりました。 やっと見つけて場所を確認すると、念のために昼食を取り、車を置いて入浴準備です。
結論は「大正解」です。 湯が良い。とにかく良い。体がぽかぽか温まる。500円は安い。 つばさは相当な冷え性さんですから蓄積している冷えがなかなか温泉でも取れないため、温泉に入った時はポカポカでも、扇風機が回ってる脱衣場に着くとすぐに冷えてしまう人なのです。 だから扇風機の前が大嫌いです。 さっぱり感は満喫できるし、疲労も取れるんだけど、この冷えだけは曲者で。
それが、ああた。怖くないのよ、扇風機が。芯から温まるのよ。 老人ホームなだけにバリアフリーだから、今度夢野をここで接待しようか、などと話し合いました。
たっぷりお湯を堪能して、後部座席ですやすやとお昼寝をした後に、夕方になって来たので帰る事にしました。 宵の口に都内に入ったので、荷物を降ろすとそのまま返却に行き、「1日早かったんですねえ」といぶかしがられながらも、日常に早めに戻りました。
もうお酒もかまわないので、「夏至南風」に寄り、それっぽい料理とシークゥワーサーサワーで、旅を締めくくりました。
子供の頃から何の占いを見ても、晩年に幸せになるタイプと書いてあった。 もう晩年か? とても楽しいぞお。 相変わらず、お金は貧民級に無いけど、そんな中で、とても楽しい事を、ちょっと無理すればできるのは、やっぱり福徳なのだあ。 恋人の選択は大事だあ(謎)。
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2005年05月07日(土)
/ 5月6日の朝です。
宿をゆっくりめに出て、取り敢えず彼女が「焼津で朝ごはん!」と言うので焼津に向かいます。 後部座席でパソコンをひざに乗せ、焼津漁協を調べて、土産を買う場所と食事をする場所を決定です。 「観光用のセンターは高いから漁協を探すのよ」 と言います。 そして、彼女が朝食に選んだのは旅行前の調査で評判が良かったらしいお店。
取り敢えず、ナビを信じて「港」を目指す。 港にぶつかってから考えようと言うばったりもいいところ。
焼津港らしいところにぶつかって、くるくる回って、小さな商店街に着きました。 目的のお店の裏手には駐車場もあったので、そちらへ車を入れて、のれんをくぐると、小さな食堂でした。 そこで、彼女はフライ定食、つばさは海鮮定食を頼みました。 また値段以上のものが出てきました。これで1500円です。

時つば史上初画像 初めて食べたもの撮影したわ。食べる前に(笑)
フライもとっても美味しいものでしたが、やはりお魚ですね。 彼女はちょっと残念気でした。でも、普通の魚フライに比べたら、ここの店主はフライのセンスもあると思いました。 出ているものは皆食べる。あまり得意でないホタルイカだって平らげます。 ご飯も美味しく炊けていました。
お店を探す時間が長かったので、お昼ご飯に近い感じで。 そして彼女の言うように漁協を探します。 そして最初の漁協を見つける事ができず次に見つけた漁協では彼女だけを送り出して、つばさは車内で居眠り。 しばらくすると嬉々として帰ってまいりました。酒の肴を見つけたらしい(笑)。
さて。 近辺には温泉もあるようなのでしばし走り回りますが、日帰り入浴できるところは無く、仕方なく静岡に向かって走り出します。 途中であぷと交信できたのですが、「どこに居る?」と聞くので現在地を伝えるとなんだかがっかりしてる様子です。 「誰も僕のガレージに来てくれんがな〜」 とおっしゃいますが、大阪入りした時に「彼女との記念日だから」と面会を拒否った後は特に寄れとも言われてなかったし。 直してもらいたかった自転車は積んでこなかったので、絶対行かねばならない理由は無かったのと、もはや静岡県内から和歌山へ引き返すのは恐ろしくてできません。
お詫びに、次のオフは「必ず」和歌山でやるからさ。と言ってさらに東へ。
さてさて。 どうしても温泉に入りたいつばさと彼女は、温泉を探しまくりながら走ります。 「草薙の湯」と言う大型銭湯のようなものを見つけた時には雨が降り始めていました。 車であると言うことに油断して傘を持っていなかったけど、走りましたとも。 そしてお湯もマッサージ機も堪能するだけ堪能したけど、休憩室で1時間ほど仮眠した時に体を冷やしたかも。 だるいなあと思いながら車に戻ります。
つばさ的に「草薙の湯」は銭湯であり、温泉ではありません。 今まで入った温泉は体の疲れを取って、運転を快適にしたけど、草薙の湯に関してはそういう印象が無く。 蒲田の黒い温泉に入って風邪を引いた、あんな感じです。 でも、思うにお姉ちゃんのバスソルトのお湯に浸かった時も最初はすごく寒くなったのです。あれと同じなのでしょうか。 取り敢えず草薙の湯近辺の方には悪いけど、お気に入りにはなりませんでした。
さらに東へ。夜も遅くなってトラックなどが多くなります。 しばらくE.YAZAWAと書いてあるトラックをチェイスする事になります。 何が二人に受けたかって、せっかくのYAZAWAのペイントが積荷の大きなシールに少し隠されているのです。 何か、トラック野郎が社会に押し流されているような悲哀を感じて、二人は俄然YAZAWAのトラックを追い求めました。
しかし、それもつかの間。空腹には勝てず、雨の中食事をするところを探します。 ちぇりに会った記憶が新しい彼女はサイゼリヤを探します。音楽にも飽きたのでYAZAWAを求めてブックオフも一緒に探します( ̄∇ ̄)。 並んでるところ見つけました(笑)。 けっこう探したけど、YAZAWAのアルバムは売りに出されていませんでした。 えーちゃんファンは、きっとそんな事しないんだね。すごいね。 そう思って、サイゼリヤに駆け込みます。 腹いっぺー食べた後は、大きな駐車場を持つセブンイレブンを探し、車中泊です。
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2005年05月06日(金)
これは5月5日の事です。
彼女母宅に居た黒猫のクーちゃんは、季節の要請に大声で応えたため、アパートから苦情が来て遠くに捨てて来たそうです。 まっすぐ歩く事のできないあの猫は、きっと今頃はこの世の者ではないのでしょう……。
さて。 ちょっとゆっくりめに起きた朝8時半。朝ご飯の用意ができたと言うので、運転手はどうしたかと連絡をしようと携帯を開いたところ。
「旅程が当初の契約と相違する部分が多くなって来ましたので、サービスを終了させていただきます。 GRS観光 山中」 (正確な文面は携帯がこの後水没したため転載できず(笑))
おそらく車はもぬけの空に違いありません。 「ありがとうね、お疲れ様」と返信してご飯を食べ、昼を回る頃に出発する事にしました。 車は運転手と彼の荷物が消えて、少し広くなりました。 おそらく「知らない人に会わせないで」と言う約束に抵触したのでしょう。
で、お土産を求めてさまよう。で、ろ〜じゅ♪に聞く(笑)。あっさり見つかったので、ろ〜じゅ♪に再度連絡し、お茶しようと誘います。 ろ〜じゅ♪は旦那様とお買い物中でした。金山駅で待ち合わせ。 金山駅周辺は開発が進んできれいになり、賑わっておりました。 ちょうど沖縄フェアをやっておりました。
何度も言うけど、日本が不況なんて嘘です。 不況だから給料減らすよ、と言う企業に騙されないでください。 それが本当なのは中小だけです。
名古屋にもジャスコが出来たと言うので、ジャスコ好きの彼女と4人でお出かけ( ̄∇ ̄)。 スタバでいっぱい話した後、店内に遊ぶ。 旦那様に「泊めていただいた時ははどうも」と挨拶したんですが、後でろ〜じゅ♪に「あの人、うちに来たことあるの?」と聞いておりました。 「あるよ〜。あの時よりまあるくなってるけどね〜」 ヾ(@^▽^@)ノわはは。
ごめんなさい。たかが3年でこんなに太ってヾ(@゚▽゚@)ノアハハハ_(__)ノ彡☆バンバン!!。
てな訳で、「いつも突然だがね〜また突然おいでね〜」と言われてろ〜じゅ♪とバイバイ。 母の日フェアで、やっぱり母の日のイベントは必要でしょう、と再度母の日グッズを買い求めて彼女母宅へ舞い戻ります。
彼女だけ行かせる事にしました。だって、つばさ達が帰る時に、解からないようにしていましたが、一瞬だけ寂しそうな顔でした。 つばさはそういう一瞬は絶対見逃さないのです。強がりのお母さんです。子供に弱味なんか絶対見せないのです。 おおらかに、お前たちは自分の好きなように生きていればいいんだと心からそう思っているように見せるのです。 つばさと6歳違い。わずか6歳です。でも、憎み合っていない限り子供と離れて寂しくない母親は居ないのです。
でも彼女はそこそこの時間で戻ってきました。行き当たりばったり二人組はその日浜松まで走りました。
一般道しか使っていないのに、スイスイ行程が進みます。 やはり10年前のイメージではあてにならないほど道が良くなっているのです。 そして、運転を中断する必要が無いほど、ナビの精度が高くなっているのです。 こんなだったら、もっとゆっくり帰られるね、と言う事で、浜松で宿泊する事にしました。
備前焼はビールデビューしました。 泡がきめ細かく立ち、ほんっとうに美味い! もう。つてさえあったら仕入れて売っちゃおうかな(笑)。 陶器のカップでビールを飲むと美味いとは聞いてたけど、実際尾道のラーメン屋のビールは陶器で美味しかったけど、こんな美味しいの飲んだこと無いもん。 「備前焼最高〜!」 ビール嫌いの彼女が褒めるビールのお味です。
明日の日記が5月6日分。
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2005年05月05日(木)
1日ずれているので、今日はまだ5月4日です。
風呂を堪能するでもなく、朝を迎えたのはちょっと残念な気分だったけど、特に風呂に札はかかっていなかったので、ちょっと様子を見て、人が出て来ないので浴びる事にしました。
ええねー。温泉。特に特徴がある温泉でもないけど、温泉は温泉。 朝から浴びる道楽気分が良いねー。 なんたって朝の光がきらきら入ってきて、すごく贅沢な気分になるのよ。 前にハワイアンズに行った時も「余市の湯」で湯面に輝く光と湯気と老若の女性達の姿で楽園みたいだったもんねえ。 風呂は昼入るものだ。おはらしょーすけは正しい。
「温泉浴びられましたか?」 女将さんに聞かれたので、ええ。と答え。 「朝風呂は?」と言われたので、「朝風呂だけ。夜は疲れて寝ちゃいました」と。 すると、女将さんは。 「あー。それで納得がいった。昨日お客さん達がすごく静かでねえ。みーんな帰って来てるはずなのに、部屋の前を通る音がしなくて不思議に思ってたのよ」 そうか、みんな疲れて寝てたかと得心がいってニコニコ笑います。
運転手の事を「昨日のお兄ちゃんは静かな人だったねえ」と。 無愛想があいつの愛想。甘えん坊なんですよ(▼∀▼)ニヤリッ。
そうそう、ハワイ温泉にはバス停に足湯があります。足湯をしながら本数の少ないバスを待つのです。 昨日食事に出た時には高校生くらいの兄ちゃん達が溜まっていました。 ごみを散らかしているのでじーっと見てたら空き缶投げられました(笑)。
さて。 清算を済ませると、ここから折り返しです。 朝ご飯はローソンの様々な品物で済ませ、彼女が初めての烏取砂丘へ向かいます。 つばさは10年ぶりです。 10年前もそうですが、あの時は夜が明けたらもう砂丘に人が居ました。 少し明るく暑くなって来てる砂丘にはもうびっくりするくらい人が居ました。
タダの広い砂場だと文句を言った彼女は、アリの様に小さな人々が見えるその先に日本海があり、つばさがそこへ行きたがる事に相当の難色を示しました。 彼女は本当にここへ来て年寄りくさく、運転手は日陰を求めて車で寝てるし。
あんまり若いのと旅してる気がしません。
(●`ε´●)ぶーぶー言いながら着いて来る様子を写真に収めてみたりしましたが、砂丘のてっぺんにまで来ても、「あー見た見た。日本海良いねーすごいねー、さー帰ろうかー」くらいしか言いません。
つまらん。
子供と同じようにおいらだけ砂の壁を降りる事にしました。 彼女はそれを見届けると、先に帰ると申し出るので、いったんは土産物屋があるところまで戻り。 でも、ものすごーく消化不良なつばさは、彼女を涼しい休憩所に待たせ、靴を脱ぎ、サンダルを借りて、単身また日本海が見下ろせる砂丘に戻る事にしました。 焼きつくように照り付ける太陽に、どういう訳か今日のつばさはぐんぐんと体力を取り戻した感じ。 貧血が収まっているせいか、日射に体力を奪われるどころか、子供のように元気になっていきます。 砂の壁を一歩一歩降りると足が雪のように埋まります。 子供達の走る様子を見て、走り降りてみました。あ、この方が全然埋まらん。
走り降りて海の波なんかとも戯れているうちに、戻って来いと言う要請があり、まだまだなんだがなと思いつつも、時計を見ると意外と時間が経っていたので帰る事にしました。
行きは良い良い帰りは怖い。服を汚さないようにと気をつけて登る40歳。 泣きそうでした(笑)。砂の壁を登るのに一苦労して、腰痛を感じながら戻ります。 彼女は休憩所で本を読みながら待っていました。
運転手と合流して、まっすぐ帰京する事にしました。 海外線の美しさを堪能しながら夜に兵庫入りして、そこからつばさが運転を替わりました。 今まで助手席はずっと運転手でしたが、この辺から彼女に替わってもらいました。
これも楽しみの一つなんだから。
大阪近辺にたどり着いた時に、「彼女とのイベントがあるから大阪までは出向かないぞ」と言っていたあぷは、その後も何日頃に来るのかとも聞かなかったので、今回は寄るのを止める事にしました。自転車も積んできてないし。 何より、こっから和歌山に行くよ、と言った時の運転手の形相を想像すると、もう面倒くさかったのです。 時計を見ながら彼女が、「あ。お姉ちゃんのお土産」と言い出した時には、もうたいていの土産物屋は閉まっていると思われる時刻。 そして名古屋にたどり着いたのは0時過ぎでした。
お姉ちゃんの土産を買って帰らぬ訳には行かぬので、名古屋泊と相成りました。 カレンダーと時計を見ながら「ペース早いな……」と思いつつ、大阪方面へ引き返す勇気はそれでも無く、彼女は母親のアパートへ泊まる事を運転手に申し出ました。 運転手は頷きましたが、車内泊をするための駐車場で、誘導してくれた彼女母とご対面となってしまいました。
夜が明けると、それがひとつの事件を呼びます。(5月5日後半へ続く)
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2005年05月04日(水)
つばさがこの山中に居たのは、もう30年近く昔の事です。 近隣の村へ行くのにも何時間も車でかかりました。 幼い日の記憶は、どんどん薄れて来ています。 以前に書いた胎内記憶系の事も、だんだん薄れてきていると言うのも事実。 正直、屋号の呼び名も忘れたし、祖父母の家は雑草に覆われていたし、同じ姓の隣家は無くなっていたし、そういう風にも変わってきています。
蒜山に20分で抜ける道が出来ている事自体が驚き。
昔、そこから先には人家が無いに違いないと思っていた道の先に、その連絡道はありました。 実際、道しかないんだけど、トンネルを建設中である事から考えて、この小さな村はまだまだ高齢化社会を恐れず発展を諦めていないのです。
ちょっとそういうとこ逆に怖いんですけど(笑)。
昔、山間部から学校に通っていた子達は冬に道路が雪で閉ざされ、なおかつ山を降りてくるのが危険なため、「寄宿舎」と呼ばれる寮に冬季だけ居ました。 今思えば、寮でもあるし、小中学生だけで暮らす訳だから、やさぐれる理由もわかるんだけど、「寄宿舎」に入る子は嫌な子達だと言う印象を持っていました。 ある意味全く親から離れると言うのも魅力に感じました。 しかも向かいに校門があるため、つばさが子供の頃から悩んでいた遅刻癖にも助け舟のような気がします。
そんな記憶の対象である寄宿舎はなくなっていて、遠めにもそこははっきり読み取れる保育園の文字が。 じゃあ、向かいの保育園部分は何に使ってるの?と思いましたが、あんまり彼女がつばさの田舎には興味が無いので、確かめにも行きませんでした。
土産物屋のおじさんが言うように、その道から開けた山景色は風光明媚でした。 いったん車を降りて、観光案内の掲示板などを見たり。 つばさは気づかなかったのですが、彼女が言うには、道をわざわざ降りて、盆地になっている原っぱにピクニックしている親子連れも居たそうです。 記憶にある蒜山は遠い観光地です。 30分くらいで、蒜山高原のど真ん中に着きました。
国民休暇村側ではなくて、彼女が目的のジャージー牛と戯れる方へ行ったので、つばさの幼い頃の記憶と合致する景色はほとんど見られませんでした。 あの時は北海道でも海外でもないのに、でっかいトーテムポールが迎えてくれました。 でも今回はそこから入らなかった気がします。
せっかくジャージー牛乳の有名な蒜山に来たのですから。 彼女と二人がかりで乳製品全部制覇です。 ヨーグルト、ヨーグルトドリンク、ソフトクリーム、当然、牛乳。
キャー♪ o(>▽<*)(*>▽<)o キャー♪ うっまあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い! こんなん北海道も小岩井も勝てねえぞ!
思わず代理店になろうかと思っちゃいました(。・w・。 ) ププッ。
美味しい牛乳を飲んだら牛と戯れに。 さすがにジンギスカンは普通の牛よりいいニオイさせてましたけど、食べませんでした。 オスだろうけどさ。こんな美味しい恵みの後に、さすがにね。
ジャージー牛は、普通の牛より小さいので、可愛らしい感じです。 観光客に慣れているので、愛想も良く、草を差し出せば食べようとしてくれるんだけど、大体人間が牛に慣れていない。 ガタイが大きな若造が女の子みたいにびびるから、最初は平気そうにしてた子供達がびびり始めました。 牛が逃げ出さないように柵は鉄条網なのです(有刺鉄線というやつね)。 びびって手を引くと牛さんのおでこにクサっと刺さるのです。
さすがに見かねて子供達に「あんまり怖がり過ぎて手を引くと牛さんの頭にその釘が刺さっちゃうよ」と言いましたところ。
子供は偉い(T-T)。 優しさと勇気にあふれている。 きちんと頑張って草を差し出し始めました。
しかし、勇気を出して手を出すと、草と一緒にべろんと手をなめられて行くから、こまるっちゃあ困るけどね。
キャーキャーゆうな、いちゃもん付けそうなガタイしてて、そこの若造! 楽しいのはお前だけじゃ、子供連れの親に迷惑なんじゃ、どっか行け。 お前の記念撮影のために牛はわざわざフレームに入るように寄ってくれてる(マジで)のに逃げるな、ボケ。
牛さんはカメラを持った団体が来ると、自らその前に寄って行き、満足したと見るとどこへともなく去って行きます。 ディズニーアニメみたいに美人の牛さんも居ます。
つばさはてっきり、国民休暇村なり、周辺の温泉に宿を取る方針だと思っていましたが、彼女と運転手からNGが出ました。 運転手はまあ、わかるけど、彼女に対しては、はあ?と思いました。
ここ、旅の終点ぞ?
日帰りで帰る気なのか?はあ?
普通一泊してもう一回散策してから帰るだろ?高原ぞ?
下調べは彼女の方が抜群にやっていたけど、やはり思い入れの度合いが違います。 文句も言わず、驚くばかりのつばさは、大人しく引き上げる事に同意しました。 烏取にあるハワイ温泉で日帰り入浴を探そうとしたら、急に彼女が宿泊を言い出しました。しかも蒜山には戻らないと言う前提で。 きっとつばさの落胆を見てだと思いますが、なんだその突然ぶりはと言う感じ。
しかし10年前は消滅するかと思われたハワイ温泉も、満室になるゴールデンウィーク。 土産物屋で紹介された個人旅荘は、深谷温泉並みのクラシック振りです。 広いけど、あんまりだなと言う部屋に通されましたが、運転手は車泊すると言うので人数が減った事を告げると、狭いながらまともな部屋に移されました。
おそらく2階の子供連れが騒ぐから交換なのだと。
鍵の無い共用の風呂に下見案内されましたが、風呂そのものは良い感じです。 映らないテレビが何台もある部屋に客を通しても、風呂は手を抜かないのがさすが温泉。 素泊まりなので、旅館の人に聞いて外食しました。 1200円か1500円で高い定食だと思ったら、3000円クラスの物が出て来ました。 写真に撮っておけば良かったです。 さすが海辺は違う。
食堂でやってた2時間ドラマの続きが気になって部屋で見届けていたら温泉に入る前に寝てしまいました(笑)。
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2005年05月03日(火)
目が覚めたら美作の山中でした。 そう、もうここは岡山県です。 運転手山中氏の見事なペース配分があったとして、早過ぎないか?と思いました。
後で考えて思ったのですが、つばさは10年前の記憶でペース配分を考えていました。 カーナビなんか無い時代(金持ちとカーキチ(超死語)しか持ってない時代ね)ですから、自分で地図を見てましたし、遅取りだったから若葉も取れたばかりで山道に冒険なんかしないし、何より地方を甘く見ていたって言うのが大きいです(田舎もんの癖に)。 どんな田舎も道は整備するんですよね。自分達のために、外から人が来てもらうために。
つまり道がきれいで10年前には無かった道がいっぱいできていて、当時に比べて遠くは無いって事です。 10年前だって、田舎一つとってもつばさが小学校の時こわごわ通っていた暗いトンネルが切り崩されてただの切り通しになり、外の人に優しい村になっていたのですから。見た事無い車道があったし。
天気が良くて、昼が長くなっているので、早朝でももう立派な明るさです。津山を見て感動し、中国勝山の近辺の橋を見て、妙な感慨に襲われ、あっと言う間に郷里に着きました。
栄えてる! 10年前に比べたら絶対栄えてる! なぜ、こんな中国山地のてっぺんのあまり取り得の無さそうな田舎なのに! 無論栄えてると言っても温泉地ほど栄えては居ません。 そういうイメージで言うと集落です(笑)。 でも、「道の駅」に人おったで。観光客おったで。 しかし見渡せば明らかにこの小さな村は「観光で食っている」と言うのが解かります。 あぷが知っている「自販機が一つしかない村」でもありません。 (しかしあぷが通ったのは商店街側だと思うんで自販機が無くても不思議は無い。なぜなら飲み物を買いに外へ出る村人なんか居ないからだ)
見るものは何も無いのにいいいいいいいい。
桜だけでこんなに人が来るはずは無い。 その桜の咲く通りへ行く事にしました。山中氏はここでも車で休憩すると言います。 小さな商店街、ここは何街道と呼ばれた道なんでしょう。 懐かしい30年前と変わらない桜の季節用のぼんぼりが立っています。 前と違っているのは、同級生の家が史跡として無料開放されていて、初めてこんな伝統のある家だったのかと知ったくらいでした。 そう言えば先生に本陣の家の子と呼ばれてたなあ。そして奴は意味も無く家に誇りを持っていて、お前らとは違うと言う態度の子だったなあ。
粗野なつばさには関係無かったので、拳の餌食になっていましたが( ̄∇ ̄)。
そう、つばさはココでは手に負えない悪ガキだったのです。 って言うか、家を文化遺産として開放したら、本人達はどこへ行ったのだろう。 そんな事を考えていました。 観光地になっている通りは面している家の表札の脇に、ひらがなで読みやすく屋号が書いてありました。 きっとこういうのを喜んで読む歴史好きとかが居るのでしょう。 この家は昔これこれを生業にしていて屋号はこれである、みたいなね。 つばさの家は、庄屋の流れなので「分家」を“わかりや”と呼んでいました。
生業が無いな、きっと。ヾ(@^▽^@)ノ
さて。 昔の同級生の家に踏み入ると、奥に土産物屋がありました。珍しい構成です。 そのまま裏庭にも抜けられて、畑を横切ると道の駅に面している川べりに出ます。 田舎でなきゃあり得ない構造だ。 土産物屋のおじさんは、他に客が居ないので、店の中の備前焼の説明を始めました。 備前焼は見た目朴とつ過ぎて、けして観賞用の焼き物ではありません。
おかーたま流で言うと「汚げな焼き物」( ̄∇ ̄)。
でも最近は陶芸として認められて来ている事と、土の質にこだわった作家の功績で、健康に良い陶器として認定されているのだそうです。 実は、会社の先輩の旦那さんは中国で窯元に弟子入りしていた事があり、良い焼き物に詳しいのですが、良質な陶器は食材の見た目を引き立てるだけでなく、味の質も変えるのだそうです。 その事を聞いていたので、大学のマイナスイオン検証の話にも真実味を感じます。
まあ、焼き物から何もしないでマイナスイオンが出ると言う事は科学的ではないと真っ向から批判しているwebサイトも見つけたのですが、そこからリンクを張った2chの板には行っていません。 科学を信じるものは宗教を体系無く信じる人と同じだと、つばさは思っているので。 「〜〜は科学的に証明されました」でないといけない人は、証明されるまで無知と同じじゃ。
何にしても、つばさは陶器が食材の質を変えると言うのは信じているので、説明の上手さに(笑)郵便局を探してお金を下ろしてまで、有名な人(らしい)のお弟子さんの陶器(安価)を二つ買い求めました。 これでコーヒーやビールを飲んでみるのじゃ。
運転手がいつ出かけるの?と確認してきたので、出発する事にしました。 でもまっすぐ次の場所へ向かわずに、お墓を探す事にしました。 車を降りて、一人でこの辺だったかなあ、と最初に分け入った山は進めなさそうでした。 もう一箇所見つけたところを見上げると、あれ?山小屋がある。 あれ?お墓がある。上って行くときちんとしたお墓がありました。 あ。うちの墓だあ。祖父母の死を境に整備したようです。 来年はちゃんとお参りに来るよぉ。ほっとしたので降りて行くと、目ざとく近づいて来るおばあちゃんが。 こんにちわだけ言って車に乗り込んだから変な人だと思われたろうなあ。 ( ̄∇ ̄)マスクしてたから顔はわからないと思うけど、合掌してたのは見えてただろうなあ。
さて。おじさんは20分で蒜山に着けると言っていました。 10年経つと、どんな田舎も変わるのだ。
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2005年05月02日(月)
人間は昼起きて夜寝る生き物。 例えそれが夜行性の人でも。 後から振り返ると、都会のジャングルでコンクリートの檻に馴れていたミスター山中とつばさは、体がドライブモードに入っていなかったと見えて、やたら疲れるのが早い感じでした。 このやたら疲れる感覚が、今後の行程をものすごく遠く感じさせたと言っても良いでしょう。 3時間経つか経たないうちに山中氏は運転をつばさに譲りましたが、もう既に近畿に入っていました。 運転を譲ると眠ってしまうので、道中のほとんどを見ていないのですが、相当ハイペースであると思われます。 しかし時折覗き込んでる彼女によれば「それでもスピードは常識内」であるとの報告が。 まあ、高速ではないので、140km/hでかっ飛んで行くと言うのはまさか誰でもできませんがね(謎)。
つばさが運転してしばらくすると夜が明けて、ひたすら進路は大阪へ向かっています。 でも見知らぬ土地の運転は、ナビに頼り切りになるため、思わぬ右左折案内できっかけを逃してしまう事が多く。 一番ナビの見方に精通してきた彼女はハンドルを握る資格を所持していないところが、面白いって言うか悩みって言うか。 そして一番ナビに踊らされるのがつばさであるため、大阪の市街地に入るはずなのに奈良の山奥に入ってしまいました。
「いや、きっとこの方向が市街地だから」 と進む先に奈良の市街地が遠く広く開けて来て、一同ほっとしました。 きゃらめるや紫鏡が住む大東市を抜けて、大阪入りしたのは、朝。 大阪手前のフレンドリーに入り損ねたので、仕方無しにロイヤルホストへ。 彼女が和食のセットを頼んどいてね、って言い残してトイレに立ったんだけど、オーダー取りに来られた時に、「味噌汁とお吸い物どっちにしますか?」って聞かれて。
………………お吸い物。
外れた(T∇T)。すんごい叱られた。最後までぶつくさ言われました。 美味しいじゃないかお吸い物。いいじゃん朝なんだからあっさりで。 ( ┰_┰) シクシク。 ついでにおにぎりの具に唐子が塗ってある事に切れ目無く激怒(-_-)。 うちの彼女は唐子やらワサビやらが大嫌いです。 あ、塗ってるかな程度じゃん。食えよ。(食べてたけど)
さて。 風呂に入ってできれば仮眠を取りたいという事になって、大阪城温泉を検索で探し当てました。 一番良さそうな施設情報で訪れたんだけど、「百聞は一見に如かず」です。 休憩所は夜まで使えないし、山中氏がふてくされておりました。 あんなに駐車場の確保に悩んで、あんなに苦労して入ったのに。 タダの風呂屋になりにけり。 連休前に済ませておかねばならなかった野暮用が少し残ってたので、郵便局に用があったつばさと、銀行に用があった山中氏は別行動でその周辺をぐるぐるしたため、けっこう城東区の滞在時間は長うございました。
天気が良かったので、山中氏の勧めと言うかお誘いで中津まで足を伸ばして昼食を食べました。 お店の名前は「カンテグランデ」。ウルフルズゆかりの店らしいです。 流行のアジアンテイストと言うかエキゾチックと言うか、非常にレイアウトやら装飾がそんな感じなんですけど、伸びやかなお店の空間で晴れた日に似合うとても落ち着いた開放的な店でした。 ココナッツカレーとチャパティを何種か頼んで食事。 山中氏はホットのジンジャーチャイを頼みながらも、猫舌のためしばらく手をつけませんでした。 ちょっとかなり気に入りましたよ、このお店。
しかしこの後、本格的なつばさの貧血が始まったため、今日は一日中、山中氏が専業です。 本格的に眠り込んで目を覚ましたら枚方に入っていました。
枚方のサイゼリヤでちぇりのバイトが終わるのを待って一緒に飲むなり食べるなりするのですが、トマトの王国に足を踏み入れる事を運転手は頑なに拒否。 LAWSONの駐車場で待つとまで言い出したのですが、さすがにそれはつまらなかったらしく、( ゚o゚)ハッ自分には遠くまで走れる足があるじゃないかと言う事に気づいたようなので、野に放っておきました。 ちぇりはサイゼリヤではベテランさんなので、きびきびと格好よく働いておりました。 途中から紫鏡が合流して、30分ほどお話。 ちぇりの四次元道案内で、たどり着くのが大変だったようですが(笑)。 30分しか時間が無かったのは、今日なんとライブがあるそうで。
教えろよ〜って感じですが、行ってもこの後の日程が狂いまくると思ったので、今回は諦めました。
サイゼリヤで食べてるくせに、近くの新スポット「くずはモール」まで足を伸ばし、山中氏込み込みでケーキなど食べ、今日はちぇりとお別れしました。
「つばさ、運転へタだから」 と、その後はずっと山中氏の運転で。
助かった。
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2005年05月01日(日)
/ 夢野宅以後の運転もずーっと山中氏が担当してくれたので、つばさ達は後部座席に居ましたが、急な拉致で不機嫌な氏とのコミュニケーションは当然上手く行かず(笑)手をこまねいているうちに寝てしまいましたヾ(@^▽^@)ノ。
目が覚めるともう御殿場に来ていました。 娘さん、あれが富士急ハイランドだ。つばさの指差す先を見て、次の旅ではここを必ず満喫と、また彼女の心のメモに書き加えられたのはゆうまでもありません。 まあ共に白髪の生えるまでの間には富士急にも来るわな。
静岡入りして、昼飯をどうするかと言う事になりまして。 走るうちに、丸子と言う地名あたりで蕎麦ととろろ汁の看板が交互に目に入り、同じ方向にある事がわかったので、道を外れてみました。 でもあんまりにも田舎道になったので、その先に店があるような気がしなくなり、駐車場があるお寺が目に付いたのでひとまずそこに入る事にしました。 「誓願寺」と書いてありました。源頼朝ゆかりの寺だそうです。 取り敢えず、人間3人の発するものが車内にこもっているので、全てのドアを開放して風を通します。
うわあ〜。初夏です。心地良いです。リッチな気分です。山間部の心地良い風です。
小休憩する事にしました。 藤棚が目に入りました。手入れの行き届いた美しい藤棚でした。 このお寺は珍しいモリアオガエルが見られるところだそうで。 そんな景色や看板やらを少し見て、店は狭い山道を登っていくらしい事が判り、出発しました。 小さな焼き物の店の駐車場に車を入れて、歩いてさらに上ると、蕎麦屋がありました。 商売っ気の無い、愛想も無い、古そうな蕎麦屋でまあまあの天ざるをいただいて、腹いっぱい。 店の外に出ると、数匹の子猫が破れたトタンの隙間からこちらを伺っていました。 微妙に観光地で車が良く出入りするからなのか、珍しく「猫小屋」がありました。
さて。まだまだ静岡。この先は長いと言う事でまた誓願寺に戻り、仮眠を取る事にしました。 時を同じくして、つばさの貧血が始まり、頭痛を伴っていたので、また今月も体を冷やしてしまったと気づき。 うーん。困った。運転替わってあげないといけないんだが、うーん、頭が痛い。
kuu 山中氏に、まだ体力があるかと尋ねた後は、もう後部座席で身動きせず埋まるように眠りました。
山中氏は仕方なく浜松町まで走ってくれました。 夜で湖も何も見えないんだけどさ(笑)。 もう目が覚めると、意外と何もしてなくてもお腹は空きます。 ジャスコの看板が出るたびに「じぃやあすこっ!」と騒ぐ彼女の意見で夕食はなぜか「旅なのに」ジャスコです。
海鮮丼のお店(まあまあ美味い)で、夕食を食べた後取り敢えず、ここからはつばさの運転。 でも、途中で立ち寄ったミニストップを出る頃には雨が降っていて。 ヘッドライトと、レンタカーを借りる前に買ったコンタクト(買うたびに違うメーカを勧めるのは止めてくれ)の明度の低さが相まって、道路と駐車場との段差が見えなかったつばさは、すっごいところから道にガッタンと下りてしまいました。
うわー。こりゃ、腹やられてんじゃないの?と言う声が……( ̄∇ ̄)。
しばらく走ると、山中氏から「空いてる夜道を走るべし」と言う提案が出ました。 つばさは行程が遠いからこそ走り続けたいと思いましたが、つばさの様子にこの後も自分が運転する羽目になるのじゃないかと思ったらしく、仮眠を提案したのです。 車を停める場所として、山中氏は「ゆうゆう空間」を提案。 店を見つけると、つばさ達は車の後ろのベッドルームで寝る事にし、山中氏は「ゆうゆう空間」店内での仮眠を選びました。
2,3時間後、「ガキが騒ぐから寝られやしねえっ!」と怒りに満ちた氏が帰って来ました。 そう言えば車を停めて横になった直後、数人の若者が賑やかに店に入って行ったよな、あれか。 夜遅くなってから嫌に若いのが遊びに来るからすごく目に付いたわ。
さて。また運転手は交代し、またまた西へ。 「ここから西の静岡を私は知りませんからね。あなた方と大差ないですよ?」 それはいい経験ですね(。・w・。 ) ププッ。
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