チフネの日記
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2012年02月29日(水) |
2012年 不二誕生日話 |
もしも恋人から「今日はなんでも望むことをしてあげる」と言われたら。 嬉しくないはずがない。
しかし、不二はちょっと違っていた。
「越前……僕と別れたいの!?」 「どうしてそうなるんすか」
ツッコミを入れるリョーマを前にしても、不二は信じられないという目を向けた。
「だって君がそんなこと言うなんてあり得ない。 別れる前にせめていい目を見せてあげようとか、そういう情けを掛けてくれてるのかと思って」 「……不二先輩の頭の中ってどうなっているんすか。 あんた、今日誕生日なんでしょ。普通にプレゼントとかって思わないの?」 「そうだけど!でも越前に限ってそれだはないでしょ。 好きにしてなんていったら、僕がどんな要求するかわかっているから絶対に口にしないはずだ。 むしろ黙って実行しようとする僕から全力で逃げることを考えるよね?」 「……よくわかってるじゃん」 「じゃあ、どうして好きにしていいなんて言ったの?何か企みがあるとしか思えないよ!」 「好きにしろとは言って無いんだけど。 して欲しいことがあったら言って、とじゃ全然違うっすよ。 とにかく落ち着いて、先輩。 別れたいならわざわざ飛行機に乗って日本に来たりしない。連絡を絶てば済むことでしょ」
なんだか怖いことを平然と言われた気がすると、不二は少し冷静になった。
今、リョーマと不二は遠距離恋愛真っ最中だ。 アメリカと日本。距離は遠過ぎるけれど、付き合いは続いている。 プロの道を歩んだリョーマはとても忙しく、滅多に会うことも出来ないが、それでもお互いの気持ちさえあれば乗り越えて行けると、不二は思っている。
だから贅沢なんて言わない。 誕生日にリョーマと会えなくても、おめでとうの一言のメールさえ届けば満足だと自分に言い聞かせていた。 それが突然のサプライズ。リョーマは今日、わざわざ日本へ、不二の元へと来てくれた。 ぎりぎりまでどうなるかわからなかったから、知らせることは出来なったらしい。後、びっくりさせたいという気持ちもあったとさっき教えてくれた。
それだけでも心臓が破裂しそうな程嬉しいのに、 「今日は先輩の誕生日でしょ。して欲しいことがあったら言って。俺が出来ることなら、叶えてあげる」と言われた。 実にリョーマらしくない台詞だ。 パニックを起しても無理も無いだろうと、不二は思った。
「越前が嘘を言っているんじゃないってことはわかった。 だとしたら僕は今、非常に都合の良い夢を見ているってことになるのかな」 「今度は夢だと思ってんすか!?いい加減にしてよ」
ぺしっと額を叩かれる。 「痛い」と言うと、「夢じゃないっすよ」と言われた。
「でも、どうして?嬉しいけど誰かに入れ知恵でもされたの?」 「それも外れ。俺は誰かの意見を聞いたりしないっすよ」 「そっか……。そうだよね」 頷くと、リョーマはこほんと咳払いして話を続けた。
「先輩の誕生日って四年に一回しかないでしょ。 そんな時位、祝ってあげたいって思うのが恋人ってもんじゃないんすか。 遠距離で寂しい思いをさせている分、何かしたいと思っての言葉だったんだけど。 あんな反応されるとは、予想外っすよ」
喜んでくれるかと思ったのに、と言うリョーマに、 「嬉しいけど驚きの方が大きかったんだ!」と言い訳をする。
「それじゃ、改めてして欲しいことを言ってもいい?」 「先輩。なんか目が怖い……」 「大丈夫。無茶なことは言わないから」 「本当っすか?ま、俺も腹括って来たから、いいっすよ」
どうぞと身構えるリョーマの手を取って、不二はその甲に軽く口付けをした。
「僕のことを、好きだって言って欲しいな」 「え。そんなんで、いいの?」
意外そうな顔をするリョーマに、「大切なことだよ」と不二は返した。 「だって越前に最後に好きだって言ってもらったのは、半年以上も前で、 それもベッドの中でなし崩しに言ってくれた感じだったから」 「最後まで言わなくていい!わかった、その願い、叶えるっす」
ちょっと座ってとベッドに腰を降ろすよう指示される。 言う通りにすると、リョーマは直ぐ目の前に立った。 そしてゆっくりと不二の肩に両腕を回し、耳元に口を近付ける。
「好きだよ、周助。誕生日おめでとう」
初めて呼ばれた名前に、不二はカッと顔を赤くする。 耳の色で気付いたのだろう、リョーマが小さく笑うのが聞こえた。
だから不二もリョーマの背に手を回し、「ありがとう」と礼を言う。 「来てくれて、僕の願いを叶えてくれて嬉しいよ。……リョーマ」
びくっと肩を揺らしたリョーマに、不二もお返しとばかりに笑う。
すごく幸せな誕生日だ。
さて、次は何を叶えてもらおうかなと、腕にぎゅっと力を込めて考えた。
終わり
2012年02月28日(火) |
満足している 2 不二リョ |
オフの日は、出来る限り日本で過ごす。 決して長くない休日を、リョーマは日本を往復することに費やしている。 周囲からは時間の無駄だと何度も言われた。 「いくら恋人に会いたいからって、よくやれるな」 「こっちで別の相手を見つけろよ」 「リョーマならいくらでも寄って来るやついるだろうに」 同じクラブに所属している選手達からの助言を、リョーマは軽く聞き流して日本へと渡る。 おかげで変わり者というレッテルを貼られたが、気にするようなことじゃない。 それより心配なのはいつも突然連絡をして押し掛けていることが、不二の迷惑になっていないかということだ。
リョーマの恋人である不二は現在、大学生。 時間はある方だと思うが、いつもいつも訪問するのを拒んだりしない。 学生って暇なもんだなと最初は思っていたが、やがて彼が都合を会わせてくれているのだと気付いた。 一度くらい、「ごめん。今回は予定があるんだ」と断ってもいいはずなのに、 「わかった。越前の食べたいもの作って待っている」という返事ばかり。おかしい。有り得るわけがない。 自分の知らないところで、スケジュールを調整しているのだと、さすがにわかってしまった。 だったらもう会いに来るのは長期の休みが取れてからにするかと考えたが、 そんなことをしたら「なんで会いに来てくれなくなったの」と不二に詰め寄られそうだ。 遠慮なんてしなくていい。越前が会いに来てくれるだけで嬉しいと、 何度も何度も囁かれた言葉は嘘とも思えず、結局突発だろうがなんだろうが、会いに来ることにしてる。
とはいえ。 ここに来るまでに体力も使うので、大体は不二の部屋で寝て過ごすことが多い。 何時間も飛行機に乗ってやっと部屋にたどり着いた時には、外に出るのさえ面倒に感じる。 外出するよりも不二と二人でいる時間を大切にしたい。 外に出たら、どうしても人の目がある。 邪魔されずに過ごすには、じっとここに留まっているのが一番だ。 そういった過ごし方を不二は不満に思ったりする所か、むしろ喜んでいるみたいだ。 「越前が他の人から注目を浴びる心配がなくなるからね。 デートするよりずっといい」 気を使ってくれているのかと考えたが、に不二はどこにも行かないでこの部屋でだらだらと過ごすのを望んでいる。 それがわかったから、リョーマもあえて「外に出よう」と言うのは止めた。 閉じた部屋の中では何か起こるわけでもなく、ただのんびりと過ぎて行くだけだ。 お互いにそれを心地良いと感じているから、このやり方を変えようとは今の所考えていない。
(もう、夕方過ぎてる……)
目を開けると、窓の外にはうっすらと暗くなった空が見える。 ゲームしていたまま眠っていた為、横になったままの体勢でリョーマは大きく伸びをした。 帰国をしたのが平日だったので、不二は授業に出る為に午前中から出ていた。 夕飯の用意を買って来るよと言っていたのを思い出す。 きっと今日も好物を作ってくれるのだろう。 不二の料理の腕前は毎回上がっている。ここに来る楽しみの一つだ。 少し腹は減ったが、お菓子を食べるのは我慢する。その方が夕飯が美味しく頂けるからだ。 帰って来るまでゲームでもして紛らわすかと電源を入れようとしたところで、 「ただいま」と声と同時に玄関の扉が開いた。
「ごめんね、買い物してたら少し遅くなった。 すぐ夕飯の支度するから待ってて。新しい料理覚えたんだ。 越前に是非食べてもらいたくってさ。食べたら感想聞かせてよ」
買い物袋を下げてにこにこと笑う不二に、リョーマは立ち上がって正面から抱きつく。
「どうしたの?何か、あった?」 不意打ちの行動に驚くこともなく、不二は袋をゆっくりと床に下ろしてリョーマの背中に両腕を回す。 「何も。ただ、先輩に言いたくって」 「え?」 「おかえり。……ありがと」
次のオフには何を作ってもてなすか、そんなことばかり考えているであろう不二の気持ちが嬉しくて、 なんだか幸せな気持ちでいっぱいになって、 言葉で伝えるよりも先に抱き締めたいと思ったからそうした。
不二はちょっと目を見開いたが、わかっているというように背中を優しく撫でてくれた。
普段は簡単に会える距離にいなくて、寂しいと思うことも無いわけじゃないけど、こんな風に抱き合う度になんだって乗り越えて行ける、 そんな風に思えるのだ。
おわり
2012年02月27日(月) |
満足している 不二リョ |
リョーマの帰国はいつも急だ。不二は文句も言わず、それを受け入れる。 もし断ったら、次いつ会えるかどうかわからない。 そんな事情をわかっているから、「明日、そっち帰るんだけど」と唐突に言われても、 「わかった。待ってるね」と不二は返している。 予定は全てキャンセル。けれど、リョーマに文句を言ったりはしない。 プロとして活躍しているリョーマは忙しい間を縫って、不二に会いに来てくれる。 その気持ちだけでも、感謝しなければならないとわかっているからだ。
「なんか、不二って駄目な男に嵌っている女子みたい〜」
笑いながらそう言ったのは菊丸だ。 中等部の途中でリョーマがアメリカに渡ったことで、「不二、振られたのか。可哀相に!しょうがないから、今日は俺の奢りで何か食べに行こう!付き合ってあげるから!」と盛大に勘違いしてくれた友達。 いや、振られてないからと理解してもらうのに一ヶ月以上掛かった。 それからも続いているの?まだ?まだ、付き合っているの?とと聞かれて、その都度「うん」と頷き、納得してもらえるまで説明している。 別れていないというのは菊丸も理解してくれたのだが、この頃は違うことを言われる。 主に不二とリョーマの、過ごし方について、だ。
「駄目な男って何?越前は毎日毎日忙しくて、試合だっていっぱいしていて、今や手塚と並ぶくらいの注目されてる選手で」 リョーマがいかにすごいかと主張する不二に「違う、違う」と菊丸は首を振った。 「おチビがすごい選手だってことは、俺の家族だって知ってるよ。知れ渡っているでしょ。 でも俺が言いたいのはそういうことじゃない。不二の家での過ごし方ってこと」 「どういうこと?」 意味がわからない。何がまずいんだろうかと不二は考えたが、答えは出てこない。 黙ってしまった不二に、やれやれとばかりに菊丸は大袈裟に溜息をついてみせた。
「だって話聞いていると、おチビって不二の部屋に引き篭もってほとんど寝て過ごすだけなんでしょ。折角こっちに帰って来ているのに、不二がいない間も、寝転がってゲームしているか寝てるかだけ。ご飯もお風呂も洗濯も不二の仕事!おチビは何もしなくても、不二がぜーんぶやってくれる!」 「それは、僕の部屋だから」 「不二が一人暮らししてから、おチビの駄目っぷりに磨きが掛かった気がする。 前はもうちょっとデートらしいことしてたじゃん」
たしかにそうだった。少し前は不二もまだ両親のいる家で暮らしていたから、リョーマはホテルに宿泊していた。家に来てよと言っても、迷惑になるからといって断っていた。人様の家で一日中ごろごろしているわけにはいかないからだ。 その頃は外にご飯を食べに行って、買い物とかしたりとたしかにデートらしいこともしていた。 不二が大学に進学し、一人暮らしをしてからリョーマは外に出たがらなくなった。 食事は不二が作る、ベッドにずっと寝ていても咎めるものはいない。それは最高の状況だろう。
「いい若者がそれは駄目だよ。もっと広い世界に出なくちゃ!」 自分も若者のくせにそんなことを言って、菊丸笑った。 それを聞いて不二は(いつも越前は広い世界相手に戦っているんだけど)と内心で思った。 「不二はそういうの不満に思わないの?おチビばっかり好きなことしてさ、都合の良い時に会いに来て、さっさと帰って行く。ほら、駄目男に嵌っている女子みたいじゃにゃい?」 「僕は、そんなこと思ったことないけど」 「甘いなあ、不二。だからおチビがどんどん我侭になるんだよ」 「そうでもないと思うけどなあ」 不二の言葉に、菊丸は「不二は欲がないなあ」と呆れた声を出した。
眠っているリョーマを見て、不二は菊丸との会話を思い出す。
(駄目男に嵌っている女子、か)
自分の都合だけで会いに来て、こちらからはなかなか会いたいとも言えず待っているしかなくて、 会えたと思ったら好きなだけごろごろして帰って行く。 なるほど。世間一般からしたら、そんな風にも見えなくもない。
(だけど)
リョーマの頬にキスを落とす。無防備なままで寝ている姿に、つい手を伸ばしてしまう。 昨日の濃厚な行為を考えるともう少し寝かしてもいいかなと思うけど、朝食兼昼食が出来上がったところだ。折角だから、温かい食事を食べさせてあげたい。リョーマは寝ていることも好きだけど、和食を食べるのも好きだから。
「越前、起きて。ご飯、出来たよ」 「ん……、もうちょっと寝てる」 「気持ちもわかるけど、もう12時過ぎたよ?お腹空いたでしょ?」 「ヤダ。起きない」 「そう。だったらいいよ」
僕一人で食事するから、とリョーマの首元に触れてそのまま胸元に滑らす。 あやしい動きに、リョーマはバッと体を起こした。
「おはよう、越前」 「……先輩、今何しようとしてた?」 「食事するって言ったじゃない」 「俺は食べ物じゃないっす」 「似たようなものでしょ」
僕にとってはご馳走、と笑うと、顔を赤くして枕を投げて来た。 それをひょいっと避けて、「服着て、顔を洗って来て」と優しく言った。 さすがにもう眠る気は無くなったらしく、リョーマは黙って不二が用意していた服を身につけて、洗面所へと向かった。
部屋から出ないで好きなようにだらだら過ごして、そして帰って行く。 リョーマとの時間に、不満なんかなかった。 むしろ一人暮らしして良かったとさえ思う。誰にも邪魔されずに二人きりの時間を過ごすことが出来る。 それに、リョーマは空いている時間を全部ここに帰る為だけに使ってくれてる。どんなに忙しくても、不二に会いに来てくれる。 幸せと言わずに、何と言うのか。
(誰がなんと言おうと)
すごく満足しているんだ、と不二は笑って洗面所から戻ったリョーマの手を引いて、温かい食事を取る為にテーブルへと導いた。
終わり
2012年02月26日(日) |
不二リョ 二人しか知らない |
がっくりと肩を落とした桃城を見ながら、リョーマは「俺の勝ち」と言った。
「早くファンタ買って来てくださいよ。あ、グレープ味ね」 「お前……。先輩をパシリに使うとか良心が咎めたりしないのか」 「しないっす。それにこのラリーに勝った方が相手の分の飲み物を買って来るって言い出したのは桃先輩でしょ」
早く、と急かすと「へいへい」と桃城は諦めたようにコートから出て、自販機へと走って行った。
手塚は生徒会で不在。大石も用事で遅れるという連絡が入っている。二人がいないテニス部はいつもより比較的ゆるい空気が流れている。 そうでなければラリーで賭けなんて絶対出来ない。 おかげでファンタ代浮いた、とリョーマは帽子の陰で笑った。
そこへ、 「おチビ!桃にお使い行かせたの?」 「菊丸先輩」 筋トレに飽きたらしい菊丸が汗を拭きながら話し掛けて来た。
「しまった。俺の分も頼んでおくんだったー。勿論、桃のおごりで」 桃城が聞いていたら泣くぞ、とリョーマは思った。それとも諦めて黙って言うことを訊くかもしれない。 「ま、いいや。桃の分をもらっちゃおうっと」 「強奪する気満々っすね」 「ちょっともらうだけだよー!足りなかったら桃がまた買いに行けば済むことだにゃ」 「へえ……」 ちょっとばかり桃城に同情する。上下関係を叩き込まれている桃城は菊丸の言葉に逆らえないだろう。いっそのこと、最初から頼んだ方が手間が無くて良かったかもしれない。 そんな気持ちが顔に出たのか、菊丸はちょっと眉を寄せて口をひらいた。 「先輩をパシリに使っているおチビに非難がましい目で見られる覚えはにゃい! むしろおチビの方がいけないんだぞー」 「は?俺は賭けに勝っただけっすよ。いけないって、何がっすか」 菊丸はくるっと目を丸くして「無自覚かよ!」と笑った。
「だっておチビって桃に対してもそうだけど、誰のことも先輩を先輩とも思っていないでしょ。 してもらうのが当然て感じで、勝負でも手を抜くどころかボコボコにするもんね」 「勝負なんだから当たり前でしょ」 「だからあ、それも場合によるんだって。 お遊びの時くらいは先輩を立ててもいいんじゃないかにゃー。 さっきだっていっつも桃に奢ってもらっているんだからさ、たまには自分が……って思ったりしないか」 「うん」
考える間もなく頷くと「やっぱりおチビだね」と菊丸はまた笑った。
「不二と一緒の時もそんな風なのかにゃ?」 「なんで不二先輩がここで出て来るんすか」 リョーマと不二が付き合っていることを知っている気は意味ありげに「さあ」と肩を竦めた。
「ただ不二も大変だなーって思って。生意気な恋人のお守りに振り回されているんだろうにゃ」 「余計なお世話っす」 「おチビ、その目怖いよっ」 笑いながら言う菊丸に(知らないくせに)と内心で溜息をつく。 だけど何らかの情報を与えるつもりもないから、黙っておいた。
「あー、桃。やっと帰って来たあ。待ってたよん」 「なんで英二先輩が待っているんすか」 「そりゃ理由は一つしかないでしょ」 ニヤッと笑う菊丸に、桃城は諦めたように自分用に買ってきたペットボトルを渡す。 先輩には逆らえない。そんな桃城の態度に、ある意味感心すらする。 「桃先輩、ファンタちょうだい」 「おう……」 ちゃんと買って来たファンタグレープを受け取り、リョーマは早速それを開けた。
飲みながら、ふと菊丸に言われたことをもう一度考える。 (不二先輩が俺に振り回されてる……?そんなわけないでしょ)
無意識にコートに目を向ける。不二は河村相手に打ち合っていた。 サーブする瞬間、視線に気付いたのかちらっと不二がこちらを見る。 気付かなかった振りをして、リョーマはそっと視線を外した。 そんなことしても、誤魔化し切れないのはわかっていたけど。
「今日、英二と何を話していたの?」
やっぱり聞いて来たかと起き上がるにもだるい体をベッドに横たえたまま、「大したことじゃないっすよ」と答える。 どうせなら帰り道を歩いている時に聞けばいいのに。 その時はどうでもいい会話をしていた。明日の天気とか、占いのこととか。 今、裸になって何も隠すものが無い状態でする話だろうか。 面倒くさいと顔を背けて欠伸する。眠いという意志表示をしたけど、不二ははぐらかすことを許してくれない。
「大したことじゃないなら、言えるよね?」と顔を近付けて迫って来た。
微笑んでいるけど、茶化せる空気じゃないとこれまでの経験から学んでいた。 なんでもないことでも、不二は気にする。 全て知っていないと気が済まないようだ。 ここで無視するのは、良いことではない。むしろ明日の朝練に出られなくなる危険がある。 ただでさえ体力を削られているのに、これ以上は辛い。 さっさと言ってしまおうと、リョーマは口を開いた。
「俺がよく桃先輩をパシリにしてるから、不二先輩にも同じことをして振り回しているんじゃないかって言われただけっすよ」 「へえ。案外当たっているかも」 くすっと笑う不二に「どこが当たっているんすか」と、抗議した。 「どっちかというと我侭言っているのは先輩の方でしょ」 「そうだっけ?」 「そうだよ。いたいけな俺に何をしているのか、胸に手を当ててよく考えたら?」 「でも、嫌じゃないでしょ」 そう言って不二はリョーマの額にキスをした。
「さっきだって、あんなに積極的だったじゃない。 嫌だったらここに来ることもしない。そうでしょ?」 今の不二の笑顔に擬音を付けるとしたら、ニヤニヤというものがぴったりだと思った。 ここで蒸し返すか、と軽く睨む。 「先輩って意地が悪いっすよね」 「そうかな?君のことが好きなだけだよ」 そう言ってくっ付いて来る不二に「今日はもうしなから」と釘を刺しておく。
そろそろ不二の母親が帰ってくるころだろう。 不在なのをいいことにちょっと頑張り過ぎた。がっついていたのはリョーマも同じだったから、その点は文句言わない。 でもこれは完全に二人きりになれる時にだけ、というルールだ。 母親に見られたら失神じゃ済まない。 お互いの為に我慢というものは必要だ。
「えー。今のいい感じだったのに」 「いい感じ、じゃないっすよ。もうシャワー浴びたい。体ベタベタする。ファンタも飲みたい」 「しょうがないなあ」 困ったように眉をよせるが、すぐに不二は「おいで」とリョーマの手を引っ張った。
「じゃあ、一緒にシャワー浴びるだけで勘弁してあげる」 「いいけど。何もしないでよ」 「わかってるよ。だって僕は君の言うなりだからね」
何言ってんのとと思いつつ、シャツだけかろうじて引っ掛けて不二の手を握ったまま部屋の外へと出る。 結局は、不二の言う通りになってしまう。 甘くなったよなと、自分を振り返ってリョーマは内心で苦笑する。
さっき不二が言っていた通り、拒むという選択肢だってあるはずだ。 それをしないのは、出来ないのは不二が好きだからだ。 それに不二が自分に夢中になってくれる瞬間も好き。告白された時よりも愛されていることを全身で教えてくれる。 テニスをしている時よりも真剣なんじゃないかと疑問に思うが、まだそれは口に出してはいない。 不二にとって自分が一番大事という優越感に浸っていたいからかもしれない
だけどそんな素振り、普段は決して見せたりしない 学校や家ではクールで生意気な越前リョーマのままだ。 不二といる時だけ。 何もかも受け入れる自分を見せるのは、不二にだけだ。 誰も知らなくていい。不二と自分以外、知る必要もない。 独占欲の強い不二はそのことぉよくわかっていて、外ではもっと甘えてなんて絶対に言わない。 二人きりの時だけ、そう言われる。
「背中流してあげるね。あとは、足と腕を胸も」 「それって結局全身撫で回すって意味じゃないっすか」 「いいから、いいから」 「よくない」
こんな所でと思ったが、最後は了承してしまうんだろうなと考える。
振り回されているのは、自分の方。 従順で物分りがよくて生意気じゃない自分なんて、不二にしか見せられないからだ。
終わり
2012年02月01日(水) |
苦悩のラズベリー 1 不二リョ |
その日の放課後。 担任に呼び出しを受けた菊丸を待つ為、不二は一人で教室に残っていた。 クラスメイト達は帰宅したり、部活へ行った為お喋りする相手もいない。 だから今日の課題を解いている。 本当なら不二も部活に励んでいる時間だが、昼過ぎから雨が降った所為で休みとなった。 体育館は他の部活が使っているからトレーニングも出来ない。 その上、手塚は生徒会で不在だ。休みになるのは当然の流れだ。 それぞれ自主練習するという連絡が来たが、この雨ではどうにもならないだろう。 暇だなあと、不二は溜息を零した。
家に帰ったらサボテンの世話をしたり、写真の整理とか色々やることはある。 しかし菊丸が「傘持っていないー。不二、入れて行って!」と泣きつくものだから、こうして残って待っているというわけだ。 相方の大石はクラスの用事があるから、一緒に帰れないらしい。 ちなみに菊丸が呼び出されたのは課題を忘れたという理由だ。なんでちゃんとやってこないんだ、と愚痴っぽく呟く。 待つのが面倒だと思ってもさすがに二年近く付き合っている友人を見捨てて帰るようなことは出来ない。 そんなことしたら後で菊丸が「なんで置いて帰ったんだよ!」と騒ぐからというのもあるが。
窓の外に視線を移し、帰って行く生徒達をぼんやりと眺める。 走って行く者、友人と並んで傘を差す者、一つの傘に入っている恋人達、とそれぞれの風景がそこにある。 こんな所から見つけられるはずはないのに、つい(いないかな……)と、不二はリョーマの姿を探した。
今日は部活が休みだから、明日の朝まで会うことはない。 学年が違う為、偶然会うことも滅多に無い。リョーマとの教室はかなり離れている。 こんな時、自分とリョーマとの接点は部活しかないんだと思い知らされる。 それが無くなった途端、ぷつりと糸のように縁は切れてしまうのだろう。
(寂し過ぎる……)
強い意志を宿した大きな目を持つ彼と、もっと親しくなりたい。距離を縮めたい。 そんな気持ちを持っていることを、不二はもう自覚していた。 最初はちょっと強い、面白そうな一年生が入部して来たくらいに思っていたのだが、 リョーマの強さはちょっとなんてものじゃない。 一日ごとに成長していく姿に目を奪われ、気にしている間に好きになっていた。 こんな気持ちを抱いているなんて、リョーマは知りもしない。 大体、接点も少ない。会話もほとんどしたことがない。 同じ部活の中でリョーマが親しいのは桃城だ。次が菊丸か。 自分はきっとただの先輩という括りの中にしかいないのだろう。
元々不二は誰かを好きになって積極的にアプローチしていく性格ではない。 でもこれはあんまりだと、自分でもわかっている。 親しくなりたいのなら毎日一言交わすような気持ちをもたなくては、距離は縮まらない。
(わかってはいるんだけど……)
リョーマを前にすると緊張してしまう。 変なことを言って嫌われたらどうしよう。悪い印象を与えたくない。 その気持ちが不二に二の足を踏ませている。 天才なんて呼ばれているけど、本当はただの小心者。 好きな子に近付くことさえ躊躇っている。
そんな不二の想いに、つい最近気付いたものがいる。 菊丸だ。 クラスでも部活でも一緒にいるからか、微妙な態度の変化を見抜いたようだ。 「ひょっとして、不二っておチビのこと気になっているの?」と、非情にストレートに聞いてきた。 否定するのは簡単だが、友人に嘘をつきたくなかったのと、もしかして協力してくれるかもしれないと思って、「うん、そうなんだ」と答えた。 すると「だったらもっとおチビにわかるようアプローチしないと」という在り来たりな意見が返って来た。 わかってる。出来るならそうしてる。 憮然とする不二に「本気の恋にはなかなか手が出せないってこと?意外な見ちゃった」と菊丸は笑うだけだった。 からかわれるだけなら、やっぱり打ち明けるべきではなかった。 しかし言ってしまったものは仕方無い。 それから事あるごとに「おチビに話し掛けるチャンスだよ」と背中を押されたりするが、やっぱりまだ踏み出せないでいる。 そんな不二を見て、菊丸も「このまま見ているだけじゃ、誰かに取られても知らないよ」と意見してきた。
リョーマが他の誰かのことを見る。 今はテニスだけしか頭に無さそうな彼だが、どうなるかなんてそんなのわからない。 取られたくない。できたら自分の方を見て欲しい。
(その為には自分が変わるしかないんだ)
せめて部活が中止になっても顔を合わせる位親しくなりたい。 明日は菊丸の言う通り、話し掛けてみようか。 そんなことを考えている間に、教室のドアが開く音が聞こえた。
「やっほー、不二。おまたせ!」 「英二か……」 「あれ?どったの、そんな暗い顔して。待ちくたびれている間に考え事でもしてた?」
にゃははと明るく笑う菊丸に「そうだよ」と不二は低い声を出した。
「してたよ。このあまりある時間に色々考えることが出来た」 「えっと、不二?」 「英二の言う通りだよ。足踏みしている間に越前を誰かに取られてしまうかもしれない。 そうなる位なら告白して僕と付き合ってもらえるようにするべきだよね!」 「ちょっと、不二!声大きい!」 「何?他に誰も残っていないんだから、構わないじゃないか」
しんと静かな教室に、不二の声はよく通った。 でも菊丸しかいないのだから、何を焦る必要があるのだろう。 首を傾げると、「あのさ……」と菊丸は頭を書きながら言う。
「廊下にも聞こえているから、もうちょっと静かに話すべきかなと思って。 ねえ、おチビ」
ハハッと引き攣った笑いを浮かべた菊丸はひょいっと体を動かす。 その後ろには固まったままこちらを見詰めているリョーマの姿が見えた。
「え、越前?なんで、ここに」 「職員室でばったり会ったんだよ。どうせ部活休みだし、不二と三人でどこかに寄って行こうって話になって連れて来たんだけど。 まさか不二があんなこと言い出すとは思わなくって」
驚いちゃったと続ける菊丸の声はもう耳に入ってこなかった。
「今の、聞いてた?」 確認するようにリョーマに問い掛けると、僅かに目を見開いてからこくんと頷く。
今の話を聞かれていた。 それって、つまり。
「あああああ!」 「ちょっと、不二!どこ行くの!?」
荷物も放り出したまま、不二は菊丸とリョーマを押し退けて廊下へと飛び出し、そのまま走り出した。
アプローチする前にこの想いを知られたなんて、間抜け過ぎる。
明日、どんな顔をしてリョーマに会ったら良いのだろう。 恥かしさからこのまま消えてしまいたいと願いながら、降り続く雨の中飛び出した。
チフネ
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