チフネの日記
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2012年01月03日(火) 未来に続く、今日の話

まずい場面に出くわしたなと、リョーマは眉を寄せた。

廊下の端で、不二が何かを手にした女の子に話し掛けられている、そんなよくある光景だ。

ここで引き返すのは余りにもわざとらし過ぎる。
しかし近付いて行ってもすることもない。不二の側でぼさっと突っ立っているわけにもいかない。

どうしようかと迷っていると、こちらの視線に気付いた不二が急ぐように女の子に返事をする。
せめてもと、ラッピングした何かを渡そうとしているが頑なな不二の態度にようやく諦めたように肩を落として、女子生徒は去って行った。

「不二先輩、モテるっすね」
棒読みで言うと、少し気まずそうに「そんなことないよ」と不二は答える。
でもそれは嘘だ。
付き合う前もこんな風に告白される場面を見たことがある。付き合った後でも。
整った容姿に青学テニス部では天才と呼ばれる程の実力を持っていた。
これでモテないはずがない。
でもリョーマはそういうものだと早くに割り切っていた。
不二と付き合っているのは自分なのだから、特に焼きもちを焼く必要は無い。
今だって、ちゃんと断ったとわかっている。

「誕生日でもないのにプレゼントを用意して告白しに来たんでしょ。
それでモテないって何なの」
否定することないのに、という意味で言ったけど、不二はムキになって言い返す。
「あれはプレゼントじゃないよ。調理自習で作ったものをくれるっていうからさ……」
困ったような顔に、「あ、それは受け取れないっすね」とリョーマは返した。

不二の味覚は一般の人と比べるとかなり特殊だ。
恐らくさっきの包みの中身は菓子だろうが(まさか焼き魚とか、おかず系のものを渡すわけがない)、不二は姉の由美子が作ったもの以外はほとんど受け付けないと言っている。
クッキーなら塩とかわさびとか混ぜないと食べられないんじゃないかと、リョーマは密かに考えている。
さっきの女子はそんなことも知らずに普通に作ったものを渡そうとしたのだろう。
受け取っても、不二には食べられないのに。
どっちにしろ気の毒な結果は変わらないなと、軽く首を振った。

「あ、でも越前が作ったものなら何でも歓迎するよ。残さず食べるからね」
にこにこと笑顔を見せる不二に、「何言っているんすか」と軽くあしらう。
「それより帰るっすよ。今日は先輩の家に行く約束だったでしょ。だから早く着替えて来たのに」
「あ、待ってよ。越前」
先に出すリョーマを、不二は慌てて追い掛けて来る。

「さっき言ったのは本気だったんだけど。
越前が作ったものならきっと美味しく感じられる気がするんだ」
「俺、料理なんて出来ないすよ。出来なくても生きていけるし」
コンビニとか、外食でどうにかなる。困る必要は無い。
そう言うと「駄目だよ。バランスとか考えて食べないと」と、窘められる。

「でも作るの面倒……」
「だったら大人になった越前の食事は僕が面倒みようか?」
「遠慮するっす」
「即答!?」
「だって不二先輩の作るものって辛いものばっかりでしょ。さすがにそれはちょっと、ね」

不二とは同じものを食べていけないんだろうなと考える。
そうなると別々に味付けしないといけないから、更に面倒だ。
だったら外食でいい。その方が楽だ

「辛いものばかりじゃないと思うけどなあ」
「え?」

不二の言葉に顔を上げると、タイミングを合わせたかのように唇が重なった。
校内というのを瞬時におもいだし、リョーマは直ぐに不二の肩を突き飛ばす。

「何考えてんすか!ここ、学校!」
「誰もいないよ。だからさっきの子だって告白しに来たんだから」
「だからって!」
「でも越前は僕とのキス、嫌いじゃないよね?
ほら、おいしいって言えるものを与えてあげることが出来るでしょ」
「あんたね……」

料理とキスのどこが同列なんだ。
言い返してやりたいが、また屁理屈捏ねて言い返してくるのは予想出来る。
相手にしないでおくのが一番だと、リョーマはそっぽを向いて再び歩き出した。
不二は空気を読まず、「でも越前が美味しいって言ってくれるものを作れないっていうのもまずいかなあ」と話し掛けて来る。

「体調管理の為にも、食べられるものを作れるようにはしておきたいな。
これからはその辺のことも考えて料理を覚えるするからね」
無視しておこうと思ったが、なんだかおかしな話の進み方に「何のことっすか?」と思わず聞いてしまう。
「だから将来のこと。
一緒に住むのなら料理は僕が担当するよ。越前の好きなもの作れるように頑張るから」
「は?いつそんな話になったんすか」
「君と付き合い始めた時に」
「そんな頃から!?一緒に住むとか聞いてないけど!」
「いいじゃない。どうせそうなる運命なんだから」
「どうせって……」

ウキウキとした様子でやっぱり和食から覚えるべきかな?と話す不二に、突っ込む気力もなくなる。



この時のリョーマはまだ知らない。
海外を拠点として日本に帰る度に、ごくごく普通の料理を作れるようになった不二の部屋でのんびり過ごすこと。
美味しいと心からそう言うリョーマに、不二が笑顔を見せること。

数年後の二人はそんな風に幸せに過ごしている。


終わり


チフネ