チフネの日記
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2011年12月30日(金) |
神様に、願うこと 跡リョ |
「おう。じゃあ、また年明けにな」 「っす」
手を振って自転車に乗って行く桃城の背中を見送ってかr、リョーマはくるっと回れ右をした。 冬休みになっても毎日毎日迎えに来ている跡部の元へと向かう為だ。
「挨拶は済んだか」 いつも通り偉そうに腕を組んで立っている跡部は私服姿だ。 青学の三年生達が夏以降に引退したのと同じく、彼もまた氷帝の部長の座から退いた。 トレーニングは欠かしていないようだが、その他の練習はどうしているか全く知らない。 跡部が何も言わないから聞けないまま今日まで至る。 本当は気になっているけれど一言言ってしまえば何かが変わりそうで、リョーマはそれを躊躇していた。 言いたいことは何でも言ってきたはずなのに、肝心のことが聞けないなんて。
(どうかしている)
跡部の前に立ち、「終わったよ」と声を出した。
「今年最後の部活だったから、少し長引いていたな」 「うん。年明けまで休みだからって、海堂先輩が張り切っていたおかげで予定よりも遅くなった。 その間、車の中にいたんだよね?」
この寒空の中立っていたら風邪を引くかもしれない。 跡部の意思で迎えに来ていることではあっても、さすがに病気などしたらリョーマだって気にする。
「当たり前だ。こんなところでいつまでも待っていられるか。 ほら、車に乗るぞ」 「うん」
その答えにほっとして歩き出した跡部の後ろをついていく。 でもその耳が少しだけ赤くなっていることに気付き、(やっぱり外で待っていたんだ)と思う。 いつもより遅くなるからまだかまだかと何度も車の中と外とを行ったり来たりしていたかもしれない。 夏の間や秋は何とも思わなかったけれど、冬の最中はこんな風に待たせたくないなと考えてしまう。 ましてやもう跡部が部活を引退した今、リョーマが氷帝へ行くことはない。 常に跡部の方が帰宅時間が早いからだ。 一方的に待たせるばかりって負担だよなと思う。
「おい。早く車に乗れよ」 「あ、うん」
開けられたドアから車内へと入る。 暖められた空気にリョーマは体から力を抜いた。
屋敷に到着した頃には外は真っ暗になっていた。
跡部の部屋の窓から何も見えない庭を見て、すぐに離れてソファへと座る。 するとタイミング良く「おい、お茶が入ったぞ」と、跡部が使用人を連れて中へと入って来た。 ティーポットとお菓子をテーブルの上に並べ、使用人は一礼して去って行く。 今日もお菓子は美味しそうだけど、なんだか手が伸びない。 さっきから、いや前から引っ掛かっていたことがリョーマの心を占めている所為だ。
「どうした?食わないのかよ」 珍しいなと笑って、跡部はカップを手に取った。 ふわっと湯気が立った向こう側の顔を見詰めながら、リョーマは口を開いた。
「ねえ、俺明日から部活が休みなんだけど」 「そうだな」 「年明けまで跡部さんの都合が良ければ、コートで打とうよ。 ここの所ずっと練習が忙しくてそれどころじゃなかったけど、久し振りにあんたとテニスがしたい」 一気に捲くし立てる。 ここまで我慢していた何かが噴き出した所為かもしれない。 すると跡部はこちらに視線を合わさないまま「そうだな」と答えた。
「けど俺の方も年末年始に掛けて両親が帰って来るから、いつとはハッキリ言えねえな。 これでも色々忙しい身だ」
「悪ぃ」と言ってカップを置く跡部に、リョーマは立ち上がって「だったら待ってる」と声を上げた。
「跡部さんの都合の良い日が来るまで待ってる。 だから絶対コートで打とう。 悪いなんて形ばかりの謝罪はいらない。 俺は、あんたとテニスがしたいだけなのに」
秋以降からずっと不安に思っていることがあった。 もしかして跡部はテニスを中等部だけで止めてしまうんじゃないか。 引退してもテニス部に顔を出している気配もない。 誰かと打ち合っているという話も聞かない。 勿論跡部には跡部の道があって他のものを選んだとしても責められない。 だけどリョーマとしてはもう少しの間コートに留まって欲しいという気持ちがある。 公式での試合であれほど苦戦してやっと勝った相手だ。 次にやる時もきっと面白いゲームになるだろう。 せめてもう一度公式試合で戦うまではコートを去って欲しくない。 それが我侭な願いだとわかっていても。
跡部の顔を見ることが出来ず視線を伏せると、 「お前が何を考えているか、大体わかっているぜ」と苦笑交じりで言われる。
「まあ、ちょっとこっち来て座れよ」 隣に座るよう指差されて、リョーマはゆっくりと足を動かし跡部のすぐ隣へと腰掛ける。
「俺がテニスをやめるとでも思ったか?ああ?」 前髪に触れられて、そう言われる。
「だって実際そうでしょ。ここの所テニスしてるって話、あんたの口から聞いていない」 「バーカ。トレーニングはしてるって言ったろ。自主練習は欠かしていない」 「それじゃあ……」 「でも以前は卒業したらやめるつもりだった」 きっぱりと言われて、返す言葉が出ない。 だけど跡部の表情はどこか吹っ切れたような生き生きとしたものだったので、黙って続きを待つことにする。 「けどお前とか、他にも面白い奴が沢山いるし、このまま辞めたら未練が残りそうだから続けることに決めた。 親には反対されているけどな。 だから今回の顔合わせの間に説得してみせる。どうせ揉めるだろうから、お前とハッキリした約束は出来ねえってわけだ。わかったか」 「なんだ……そうだったんだ」
ほっとして脱力した体をそのまま跡部の肩に預けると、「安心したか?」と言われる。
「当たり前じゃん。こっちはあんたがいつやめるって言い出すか気にしていたのに」 「全部終わってから話すつもりでいたんだよ。説得失敗したら、それこそ格好悪いだろうが」
これで絶対失敗出来なくなったなとぼやく跡部に「大丈夫」とリョーマは手に触れて言った。
「失敗なんかしない。 跡部さんの気持ちがちゃんと通じるって信じているから、自信持っていいよ」 「何の根拠があるかは知らねえけど」
フッ、と笑って跡部からも手を握り返して来る。
「お前に割れると何か勇気が出るな。上手くいきそうな気がする」 「……うん」 「来年は沢山コートで打とうな」
保証の無い約束だけど、リョーマは力強く頷いた。
きっと上手くいく。 そう信じている。
どうか年が明けても二人にとって良い一年でありますように。
リョーマにしては珍しく、神様に祈りたい気分になった。
終わり
2011年12月29日(木) |
子供な僕らの年越し事情 不二リョ |
明後日から不二は家族と泊りがけの旅行へと行く。 年末に会えるのもこれで最後だから泊まりに来て欲しいという申し出に、リョーマは少し考えてから頷いた。 たかが数日会えない位どうってことないけれど、不二は違うみたいだ。 泊まりに行くことでその寂しさが解消されればと思ったのだが、離れないようにとぴったりくっ付いて来る姿に逆効果だったかと肩を落とす。
「そんなに文句言うことないのに。恒例の家族旅行なんでしょ」 海外赴任している父親が戻って来るので予定を合わせて行くんだと、前に聞いた。 家族皆での参加だから、不二だけ残るというわけにはいかない。 それなのにぶつぶつと不満を続けている不二に、リョーマは溜息を漏らした。
「でも越前と初めて迎えることになるお正月なんだよ? 一番最初におめでとうって言いたかったなあ」 「そんなの携帯でも出来るのに」 しょうもない、とリョーマは返事をした。 「それに俺だって家の手伝いとかあるから、こっちに残っても年を越す瞬間に一緒にいられるかわかんないっすよ」 「えー、そうなの?」 「一応、寺なんで」
戦力外とはいえ借り出されるのは間違いない。 お前一人だけぬくぬくと部屋にいられると思ったら大間違いだからな、と南次郎に釘も刺されている。 この外泊だって年末年始の手伝いと引き換えに許可してもらったようなものだ。 面倒だと零すと、「そっかあ」と不二は抱き締めていた手を放し、頭を撫でて来た。
「お互い家庭のある身は大変だね」 「何すか、それ。意味わかんない」 「うーん、まだ僕らは子供なんだなあって思って。 家族の都合に合わせなくちゃいけない。わかっているけど、つまらないよね」
不二の口調は仕方無いなあというような軽いものだ。 でもリョーマも同感だったから頷いた。 大人になるまでは、一人で立って歩くまでは今日みたいな理由で振り回されて会えなくなることだってある。 子供って思っている程自由じゃない。
「旅行から帰って来たら顔を見せに来てよ。待ってるからさ」 「うん」
微笑んで不二はリョーマの手をsaっと取る。
「今は僕らはまだ子供だけど大人になったら一緒に年を越せるようになりたい。 越前はどう思う?」 「いいけど、それって将来一緒に暮らすってこと?」
先のことなんて考えてもいなかったから想像もつかない。 首を傾げると「そうだね」と不二は頷く。
「まず僕が先に一人暮らしするから泊まりに来て。 それからもっと年を重ねたら二人で決めた所に住むのがいいな。 どっかに出掛けるよりも同じ部屋でのんびりと除夜の鐘を聞く。 そんな風に君と新しい年を迎えたい」
にこっと笑う不二にいつのことになるんだ、なんてツッコミは入れられなかった。 だって今語った未来を想像するとなんだかとても温かくて幸せな気分になる。
(あ、そうか。俺も……)
そんな風に過ごせたらいいなと思っていたことに気付く。 このまま不二とずっとずっと付き合っていて、大人になっても一緒にいられたら。
「それ、いい案っすね」 リョーマの言葉に不二は「そう思ってくれる?」と尋ねる。 「うん。でもコタツがある部屋でならもっといいかも」 「買うよ、買う。でも大き過ぎるのは却下だからね」 「なんで?」 「だって二人でくっ付いている方が暖かいでしょ」
ね、と言って再び抱き締めて来る不二に、やっぱりそんなこと考えているのかと苦笑する。
「買う時は僕にも相談してよ。越前が勝手に買って来るのはナシだからね」 「わかってる。一緒に見に行こう」
そんな日々がいつ来るかは、今の二人にはわからない。 ただ実現出来たらいいなと、それを願うばかりだ。
「ところで、越前」 「何すか」
軽くキス去れたと思ったら、視点が反転する。 ベッドに押し倒され、上に不二が乗っかって来た。
「会えない分の越前の補充を今してもいい?」 「許可なんて関係無いくせに。 それに子供がこんなことしてもいいんすか?……今更だけど」 こうなるとは予想していたので、どうぞというように体の力を抜くと、 「問題ないよ」と不二が笑って答える。
「好き合っている恋人の間に子供も大人も関係ないから」 「ずいぶん都合のいい答えっすね」
言いながらもリョーマは笑った。 何だかんだと言いながらも会えない寂しさはこちらも同じだ。
後は翌朝寝坊にしては過ぎる位までお互い満足するまで「補充」をした。
終わり
2011年12月24日(土) |
2011年リョーマ誕生日話 不二リョ |
「っ、くしゅん」
先ほどからくしゃみを繰り返している恋人に、不二はそっと新しいティッシュを差し出した。 「ありがど……」 鼻声で涙目になっているリョーマも可愛いなと思う。 少し熱があって表情もぼんやりしたままだ。 今すぐ押し倒したいところを、ぐっと我慢する。 相手は病人だ。 さすがに無体を強いるわけにはいかない。 「大丈夫?」 鼻を思い切り噛んだ後、リョーマはこくんと頷く。
「こんなごとになっで、ごめん。折角今日、出掛けようって提案しでくれだのに……」 「それはいいから。早く風邪を治さないと。ほら、布団に入って」 再びリョーマを寝かせて、肩まで布団を掛けてやる。
「よりによって今日、風邪を引ぐなんてついてない……」
はあ、と溜息を漏らすリョーマに、 「でも大したことなくて良かった」と不二は慰めの言葉を掛けた。 「インフルエンザだったらもっと大変だったよ。この程度で済んだと前向きに考えよう。ね?」 「けど、本当なら先輩と外出するはずだったのに」 布団を顔まで引き上げ、リョーマは小さな声で愚痴を漏らした。
「初めて過ごす誕生日だったのに、何でこんなことになったんだろ。……最悪」 うーっと唸るリョーマに、「そんな風に言わないで」と不二は布団を軽く手でぽんぽんと叩いた。
「外出なら越前の風邪が治ってからまた仕切り直そう。 好きな所に連れて行ってあげるから」 「けど、やっぱり今日が良かった」 ぐずぐずと鼻を啜りながら、リョーマは言った。
「先輩と誕生日にデートするの楽しみしていたのに。 色々考えてくれたのを知っていたから、余計風邪引いたことが許せない」
熱の所為だろうか。 普段なら言わないような素直な言葉に、不二は目を丸くする。 同時に、嬉しく思った。 一緒に誕生日を祝うことを楽しみにしていたのは自分だけじゃない。 その気持ちが不二の心をほわんと温かくする。
「誕生日ならこの先何回でも二人で過ごせるよ」 優しく子供に言い聞かせるよう、枕元で語り掛ける。 「その中の一回が風邪で潰れただけだ。って思うと、大したことじゃないでしょ?」 僕は側にいられるだけで満足しているよ。越前は違うの?」 するとリョーマはおずおずと布団から顔を出した。
「違わない……。先輩が見舞いに来てくれて、看病までしてくれて嬉しいっす」 「でしょう?だったら気持ちは同じだ。 デートしなくても、幸せなんだからいいじゃない」 笑って告げると、リョーマは静かに頷いた。
「さ、もう眠って。風邪を治したら改めてお祝いしよう。 それまで安静にしていること。いい?」 「わかった」 「越前が眠るまで、側にいるからね」 「うん」
お休みと、リョーマの額に軽くキスをする。
「誕生日おめでとう、越前」
穏やかな寝息が聞こえるまで、約束通り不二はリョーマの側から離れなかった。
勿論、後日誕生日のお祝いをやり直して、二人共たいそう幸せな時間を過ごしたのは言うまでもない。
終わり
2011年12月23日(金) |
2011年リョーマ誕生日話 跡リョ |
「なんだよ、跡部君来ないのかよー」
つまらなそうに唇を尖らす父親の言葉を、リョーマは顔を背けて無視をした。 だが、そんなことで諦めるような人ではない。 リョーマの前まで回りこんで「振られたのか?」と真顔で尋ねる。 だから間髪入れずに、父親の足を踏んでやった。
「痛えっ!お父様になにしやがる」 「黙れ、クソ親父」 「跡部君に振られたからって、八つ当たりするとはどういうことだ」 「振られてないから」 「だったら、なんでお前を迎えに来ねえんだよ。いつもは目も当てられない位、べったりしてるくせに。 誕生日に一人にするとはどういうことだ」 「……」
説明するのも面倒だが、振られたと思われるのも癪だ。 リョーマは仕方無いというように口を開いた。
「あの人の家、こういう時ってパーティーとか色々付き合いがあるの。 俺の誕生日だけど、世間一般ではクリスマスでしょ」 「あー、なるほどな。イヴに生まれたせいで、彼氏と過ごせないのかー。 そりゃ可哀相だな」
ニヤニヤと笑う父親に、もう一度足を踏んでやろうかと考える。
「跡部君来ないんじゃ、貢物のお酒も期待出来ないなあ。 ちぇっ、しょうがない。安い酒で我慢するか」 「あんた、あの人から何受け取ってんの」 「いやあ、未来の息子はなかなか話が分かるやつだよなあ。 俺のご機嫌取りの為に必死なところが、また笑えるというか」 「……」
渾身の力を込めてさっきと同じ場所を踏んでやると、 父親は家中に響くような悲鳴を上げた。
(しょうがないじゃん……。跡部さんだって色々忙しいんだから)
お前の誕生日だから絶対一緒に居たいと騒いでいたが、リョーマは家の用事の方が大事だろと言って跡部の要求を跳ね除けた。 母親はいつだって自分の誕生日を優先して祝ってくれたからクリスマスイヴに生まれて損したと思ったことはないが、今回ばかりは少し恨みたくもなる。
(跡部さんの誕生日も、ずっと一緒に過ごせないからなあ)
何かと客を招待したりと忙しい家を持つ跡部と交際している時点で、諦めなければならないことは色々ある。 跡部の誕生日は勿論、クリスマスイヴと重なった自分の誕生日も過ごせないとは。 ……ついてない。 でも、それを跡部に言うわけにはいかない。 そんなことをしたら、無理にでも側にいようとするだろう。
(駄目だ。そんなことしたら、周りになんて言われるかわからない)
跡部がこれまでテニス以外でも努力していることは知っている。 それを自分の誕生日に側に居て欲しいという我侭で台無しにするわけにはいかない。 このまま、付き合っていけるかどうかもわからない。 だから一時の感情を優先して、無責任な行動は取るべきではない。 面倒くせえと渋る跡部をパーティーへと送り出したのはリョーマなりに跡部のことを気遣っているからだ。 家のことを蔑ろにして、跡部の立場が無くなったら申し訳無いと思うだけでは済まない。
(そりゃ俺だって、今日くらいは一緒に居れたらと思うけど……)
跡部がこれまで築いてきたものを台無しにする位なら、離れた方がマシだ。 たかが、誕生日。 プレゼントもちゃんともらったのだから、これ以上望むものは無いはずだ。 いつもと変わらず、誕生日は家族と祝う。それでいい。
(お腹いっぱいになった……)
母親の気合いの入った料理と、菜々子が作ってくれたケーキのおかげで満腹になった。 プレゼントは希望通り、新しいゲーム機とソフトを買ってもらった。 菜々子からもマフラーと手袋を受け取った。 跡部には前日に新しいシューズをもらっている。 こんなにもプレゼントがあって嬉しい。良い誕生日だったと思う。
ベッドに横になって、リョーマは軽く欠伸をする。 風呂に入らずこのまま眠りたい気分だ。 跡部の方はそろそろパーティーが終わる頃だろうか。 もうちょっと続いているかなと考えていると、不意に携帯が着信を知らせる。 表示を確認して、ぎょっと目を見開く。 ―――跡部からだ。
「もしもし……?」 「俺だ。今、家の前にいる」 その言葉に、リョーマは部屋を飛び出した。 何で今ここにいるのとか、全部終わらせてから来たのとか、言いたいことはあrが、 それよりも先に顔が見たかった。
「よお」 リョーマが玄関を開けると、跡部は片手を挙げてニヤッと笑った。 ここまで乗ってきた車が路地を曲がって行くのが見えた。 そこに置いてあると邪魔だから気を使って移動させたのだろう。
「よお、じゃないよ。パーティーは?終わったの?」 跡部はまだスーツ姿だ。 会場からここまで車で来たのはわかるが、終わるには少し早くないだろうか。 まさか抜けて来たのではと、不審な目を向けるリョーマに「ちゃんと挨拶も済ませて来たぜ」と跡部はこちらに近付きながら言った。 「そんな心配すんな。折角送り出してくれたのに、それを台無しにする真似なんてするわけないだろう」 ふん、と息を吐いて跡部はリョーマの鼻を軽く抓んだ。
「家を背負っている俺に色々気を使っていること位、わかっているぜ。 だからきっちりとやるべきことはやって来た。 けど、その後の時間は好きなようにしてもいいだろ」 なあ、と跡部の手は鼻から頬へと滑り、上を向かされる形になる。
「……それで車を飛ばして家に来たってこと?」 「そうだ。悪いか」 「悪くないけど疲れているんだから、休めばいいのに」
自分で言ってもわざとらしいということがわかる。 だってなんだかんだと言っても、跡部が来てくれたことは嬉しい。 いつものように素っ気無い態度が上手く出来なくて、跡部の手から逃れるようにして俯く。
「で?お前は俺に帰って欲しいのかよ」 こちらの本心に気付いているくせに、跡部はそんな風に言う。 ニヤニヤしている顔に一瞬ムッとするが、来てくれたことに対してこちらも素直にならざるを得ない。
「そんなこと言ってない。家に上がって休んでいったら?」 「その答えを待ってた。 あ、南次郎さんはいるか?手土産持って来たぜ」 「あんた、親父のご機嫌取りもほどほどにしときなよ。付け上がるから」
やっぱり持って来たのか。 呆れるような声を出すと、「この程度で交際を認めてくれるなら安いものだろ」と跡部は肩を竦めて言う。
「お前と一緒に居られるなら、なんてことないだろうが。 色々あるかもしれないけど、俺は諦めてないからな。 この先も続けられるようにと、いつだって願っている」 「……」
瞬きして、跡部の顔を見る。 茶化した空気はそこにはなく、真剣なものだ。
それは家のことで、別れなくちゃいけない未来などないと否定する意味に聞こえて。
「うん、ありがと」
跡部の手を取って、家の中へと昼。
その言葉がリョーマにとって一番の誕生日プレゼントとなった。
終わり
いつも以上に不機嫌そうな跡部の顔を見て、リョーマは一瞬どうするべきか迷った。 構うと長くなることはわかっている。 余計な気力は出来るだけ使いたくない。 この合宿では全員がライバルだ。 だから出来るだけ揉め事は避けて通りたい所だが、恋人の不調を見て見ぬ振りはさすがに良心が痛む。 それに放っておけば後で面倒なことに巻き込まれるのはわかっている。 だったら出来るだけ早く片付けた方が良い。
諦めの境地で「どうしたんすか」とリョーマは跡部に声を掛けた。
「お前か……。どうもこうもねえよ」 ぐしゃっと自分の髪を掴んで言う跡部に、相当参っているなと思った。 原因は大体想像できる。 「あまりよく眠れてないんでしょ」 目のしたにあるクマを見て、そう尋ねると「ああ」と跡部は頷く。 「同室の連中の歯軋りやらいびきやら寝言やらで、寝るどころじゃなかった。とんだ厄日だったぜ」 いつもと違いげっそりとした様子だ。 「お前の方はどうなんだよ。うるさかったりしなかったのか?」 「さあ。俺、直ぐ寝ちゃったからわかんないっす」 リョーマは布団に入ったら三秒も待たずに 眠ることが出来る。 羨ましそうな顔をしている跡部は、その逆だ。 意外と繊細なところを持っていると知っている。 慣れない環境はともかくとして、よく知らない人達、しかも睡眠を妨害するような行為をするような者と同じ部屋でぐっすりと寝るのは難しい。 睡眠不足となると、トレーニングにも影響する。 体調管理も選手として大切な要素の一つだ。
「今日の練習、平気っすか」 リョーマの言葉に、跡部は「大丈夫だ」と答える。 「この位、どうってことねえよ。心配すんな」 「はあ……」 しかしとても大丈夫そうには見えない。 強がっていること位、すぐにわかる。
それでも跡部は普通を装うのだろう。 強がりも大概にしろと、よろよろと歩く姿に溜息をつく。
(とりあえず今日一日、様子を見ておこう……)
何かあったら手を貸す位の気持ちでいればいい。 今何かを言ったところで聞くわけがないし、弱音を吐くこともまずないのだから。
困った人だと、自分のことを棚上げしてリョーマは胸の内で呟いた。
その日の夜。 風呂上りにファンタでも飲もうと、軽い足取りで自販機に向かう途中、 リョーマはベンチで横たわっている人影を見付けた。 「跡部さん!?」 何しているんだと、慌てて駆け寄る。 合宿での人数が多い所為で夕飯時に見付けることが出来なかったから、後で訪ねていこうと考えていた。 なのに部屋ではなく、こんな所で寝そべっているとは。
(どうなってんの)
上から見下ろす格好で跡部の顔を確認すると、朝より悪くなっているようだ。 これは医務室に連れて行くべきか。 そう思って「コーチ呼んでくる」と走り出そうとする直前、跡部に腕を捕まれた。 「ちょっと待て。大袈裟にするな」 「大袈裟って。具合悪いんでしょ。大人しくしてた方がいいって」 「平気だ。寝れば治る」 「だったら自分の部屋で寝ろよ。こんな所で風邪でも引いたらどうするんすか」
そんなことで選抜から漏れたら許さない。 じっと睨み付けると「お前の言う通りだよな」と、跡部は顔を歪めて、体を起こす。 「けど、あの部屋に戻っても結局うるさくて眠れないかと思うと帰るのが面倒になったんだ。 いっそここの方が眠れるかと思った」 「それで風邪引いたら意味無いのに……。 ねえ、やっぱりコーチに相談したら?」 リョーマの提案に、跡部は視線を逸らせたまま答える。 「嫌だ。こんなこと位で参っているようじゃこの先やっていけるかどうかわからないって、判断されちまうかもしれないだろ」 「それは、違うとは言い切れないけど」 どうしたものかと、リョーマは眉を寄せる。 このままここで寝かせるわけにはいかない。 しかし睡眠不足のままだと、跡部は倒れてしまう。 そうさせたくないと思う気持ちから手を振り解けないまま突っ立っていると、 ぐいっと体ごと引っ張られる。
「ちょっと、何して」 いつ誰が通り掛るかもわからないのにと、リョーマは抗議の声を上げる。 しかし「少しの間、大人しくしてろ」と、命令口調のわりには弱弱しい跡部の声に、黙ってしまう。動けなくなる。
「こうしていると安心するんだよ。やっぱりお前の側が一番落ち着くな」 「……」
少し穏やかになった表情に、返事をすることさえも出来なかった。 だって自分が側にいるだけで跡部の調子が良くなるのなら、そうしてやりたいと思うから。 つくづく自分も甘いよなあと、跡部の背に手を回した。
「ちょっとの間だからね」 「ああ」
目を閉じて体重を掛けてくる跡部に、「重い」と文句を言わず、リョーマは大人しくしていた。 そんなに疲れているのならさっさと申請でも抗議でも全員を追い出すとかなんでもすればいいのに、 出来ないのが跡部なんだよなあと思う。
でも、そんなプライドの高さも嫌いじゃない。 自分だけに無防備になる所も。
せめて風邪引かないようにと、体温を与えるように密着する。 跡部の心音を聞きながら、リョーマもいつしか目を閉じてうとうととしていた。
その後、消灯時間になっても戻らないことにルームメイト達が探しに来て、 くっ付いて寝ているところを目撃されてしまう。 そんなに離れられないのならどっか空き部屋でやってくれと、適当な所に押し込められて、リョーマは大変恥かしい思いをするのだが、安眠と恋人と二人きりで過ごせる部屋を手に入れた跡部は、ご機嫌だったという。
終わり
2011年12月11日(日) |
食卓の風景 不二リョ |
たまに実家に帰る時、不二は必ず何か料理を覚えていく。 「ちゃんと自炊しているのね」 感心したように言う母に、「うん」と笑顔を返す。 「一人暮らししてみて、母さんの有難みがよくわかったよ。 毎日献立を考えるのって大変だね」 「ふふ、わかってくれた?それで、今日は何を教えて欲しいの」 何でもどうぞと言う母へ、不二は「カレー」と答えた。 「え?カレーなんて簡単じゃない。知らないわけじゃないんでしょう?」 まさかの質問に、母は怪訝な顔をする。 しかし不二は真顔で「普通のカレーの味付けってどんなものか教えて欲しいんだ」と言った。
一人暮らしを始めて一年になる。 大学に進学すると同時に家を出ることは前から決めていた。 通学時間の為だけでなく、生活力をつけることを目的としている。 勿論一人なら気兼ねもなく恋人を呼べるという下心もあるのだが、その恋人とは頻繁に会うことは出来ない。 不二よりもはるかに忙しく、世界を飛び回って戦っているのだから。 当の本人は強い相手と試合出来るのが楽しくて仕方なく、そうそうプレッシャーも無いのだけれど、 それでも休む場所として必ず不二の所にやって来る。 テニスのプロとして活躍している選手、越前リョーマ。それが不二の恋人だ。
「ただいま」 「おかえり、越前」 不二の部屋に寄る時はただいまと言ってくれることが嬉しくて、つい顔がにやける。 「何笑っているんすか」 中等部の頃より少し背が伸びて、不二との目線が近くなった。 リョーマに問われて「君が来てくれるのが嬉しいんだよ」と、恥かしげもなく答える。 「何言ってんの。休みの時は出来るだけ来るって言ってるのに。 それにこの会話も何度目?いい加減慣れてよ」 「うーん。まあ、出来るだけね」 不二としても今も信じられない気分が続いている。
リョーマがプロを目指して遠くに行ってしまったら、付き合いは途絶えてしまうと思い込んでいた。 日本に留まっている自分と、世界の強豪を相手に駆け回るリョーマとでは釣り合いも取れない。 ここらで手を放そうと考えて話を切り出したところ、リョーマに滅茶苦茶怒られた。 「俺のこと嫌いになったんじゃないんでしょ。 遠距離でもいい、続けてみて無理だってわかってから別れ話をしろよ。 やってもないのに諦めるなんて、俺は嫌だ。絶対に認めない!」
本気で怒るリョーマを見たのはこれが初めてかもしれない。 むすっとしてそっぽ向くような可愛らしいものじゃなく、真っ赤になって怒鳴っている。 リョーマの本気が伝わって、不二の方でもやっと自分の気持ちを認めた。 「別れたくない」 泣きながら告白したのも、今はいい思い出だ。 とにかく二人は別れを回避し、今日に至る。 会える回数は人並みより少ない。 それでも幸せだからこの関係をずっと続けていきたいとも思っている。
「今日、カレー?」
鼻をひくっと動かしたリョーマに「そうだよ」と不二は答える。 「え、でも俺……あんまり辛いのは」 「大丈夫。自信作だから是非食べてみて」 ほら、と玄関先でまだもたもたしているリョーマの手を引っ張って、部屋へと入れる。 「この間、食べたいって言ったじゃない。だから頑張って作ったんだ」 「言ったけど、さあ」 「いいからいいから、心配しないで」
前回リョーマが訪ねて来たとき、隣の部屋の住人がカレーを作っていてその匂いに刺激されて「カレーがたべたい」と呟いたことを覚えていた。 作ろうかと言ったのだが、「ううん。他の料理作る予定で揃えてあるんでしょ。だから、いいや」と顔を引き攣らせて答えたことも忘れていない。 多分、ものすごく辛いカレーが出て来ると予測したのだろう。 実際不二も普通の味とのカレーなんて作れなかったから、危険を察知したリョーマは正しいと思った。 だからこそ、今度来た時はリョーマが食べられるようなカレーを作っておこうと考えていたのだ。
「本当に大丈夫っすか?」 お皿に盛ったカレーを見て、リョーマは不安げな顔をしている。 「平気だよ。これ、市販のルーだから」 「そうなの?意外……。不二先輩ならもっとスパイスに凝ったものを好むと思っていたのに」 「僕一人だったらね。さあ、冷めない内にどうぞ」 「いただきます」 市販の、と聞いて安心したのだろう。 リョーマはスプーンを手に取って、カレーを一口掬って口へと運ぶ。 「うん、美味しい」 「良かった。市販のもので失敗したら、それはそれで困るけどね」
普通のカレーを作りたい。 母親に尋ねたところ「だったら市販のルーを使いなさい。間違っても変なもの入れちゃ駄目よ。それさえ守れば誰でも食べられるものが出来るから」と真っ当なアドバイスを受けた。 色々入れたいのを堪えて出来た結果が、この何の変哲もないカレーだ。 美味しい美味しいと食べているリョーマの前にサラダとつけ合わせを出しておく。
「そんなに美味しい?口に合って良かった」 「うん。嬉しいけど、先輩は物足りなくないんすか? これだといつもの百倍甘いんじゃないの」 「百倍は大袈裟だよ」 笑いながら不二も椅子に座って、自分の分のカレーを食べる。
「ちょっと甘いと思うけど、美味しいよ」
これがリョーマの好きな味。 そう考えると美味しいと舌が認識するから不思議だ。 料理を覚えるようになって、リョーマがどんなものを好きか、どんな味付けを喜ぶか、 そればかり考えていたら味覚が変化したみたいだ。
多分、前のような激辛カレーを食べることはなくなるだろう。 二人が一緒にいる限り。
「次に来た時は何を食べたいか考えておいて」 「うん」
カレーを食べながら満面の笑みで答えるリョーマに、 今度も満足してもらえるような料理を作ろうと考えていた。
終わり
2011年12月04日(日) |
汗とシャンプーと奇妙な嗜好と 跡リョ |
雨や泥の中での試合は全く平気とする跡部だが、終わった後はきちんとシャワーを浴びて清潔な服に着替えをしないと気が済まない。 そのままの格好でいるなんてありえない話だ。 部室の中も整理整頓を心掛けて、ゴミを溜めないように言い渡し、掃除当番に(ただし自分は除く)隅から隅まで綺麗にするよう言い渡している。 勿論、自宅の部屋は使用人達が埃一つないように毎日掃除している。 重度という程ではないが、潔癖の部類に入ることは自覚している。 テニスをしている間は別だが、それ以外の時は清潔な服に身を包み、髪もセットをして常に完璧でいたい。 だから自分のパートナーとなる相手は同じような価値観を持っているものだと、漠然と考えていた。
しかし、現実は想像と違っていた。 それどころか、隠れていた自分の嗜好が表れることになるとは予想もしていなかった。
「ねえ。いい加減、放してくれない?」
嫌そうな顔をするリョーマに、「今会ったばかりだろ」と返事をした。 青学にリョーマを迎えに行って、車に乗せて家へと走り出したところだ。 到着するまで密着していたい。 そう思って抱き締めているのだが、リョーマはそれがとても不満らしい。
「会ったばかりとか、関係なくって……。 青学にはあんたの所と違ってシャワールームなんて無いから、汗かいたままなんだけど」 「俺は気にしない」 「あんたはそうでも、俺は気になるんだけど!」 はあ、とリョーマが溜息をつく。 「自分はシャワー浴びてさっぱりしているみたいだからいいけど、こっちは服がベタベタと張り付いて気持ち悪いのに。家に行ったら風呂、貸してよ」 「このままでも構わないぜ。むしろお前の匂いが消えたら困る」 半ば本気で呟くと、「変態……」とリョーマが体を引いた。
「変態とはなんだ。俺はただ純粋にお前の匂いを覚えていたくて」 「そんなの覚えてどうすんの。 これ以上おかしなこと言うのなら、車を降りて帰るから」 「……わかった」 こう言われると、引き下がるしかない。 それでも内心ではやっぱり、汗だくでもリョーマの匂いは好きだなと思う。 自分が汚れたままなのは許せないが、どうしてだかリョーマは別だ。 むしろ石鹸で消えてしまう方が惜しい。
(また変態と罵られそうだな……) 本気で怒られる前に自重しようと、話題を変えることにする。
それでも頭の中ではリョーマの汗と体臭を嗅ぎたいという欲求が渦巻いている。 鼻息を荒くして話す跡部に、「どうしたんすか?」とリョーマが心配そうな顔になる。 「いや、なんでもない」 「なんでもって、苦しそうに見えるけど。窓開ける?」 体調不良になったのかと気遣うリョーマに「大丈夫だ!」と声を上げる。 窓を開けたらリョーマの匂いが消えてしまう。 切実に止めて欲しい。 「あんたがそういうのなら開けないけど、具合悪いのなら横になったら?」 「平気だって言ってるだろ。お前の考え過ぎだ」 「ふーん」 まさか体臭が嗅ぎたくて荒い呼吸をしているなんて言えない。 不審な目を向けられるが、跡部は平常を装ってなんとか誤魔化した。
それにしても最近は特におかしい。 リョーマは嫌がるだろうが、汗まみれの汚れた体を嗅ぎ回したいと思うのはどうしてだろうか。 (変態と罵られても、否定出来ねえな……) これ以上距離を取られないよう、何か良い案は無いかと考えている間に車は跡部の屋敷へと到着した。
宣言通り家に入るなり、リョーマはシャワーを浴びに風呂場へと直行してしまった。 入ると長いとわかっているので、跡部は自室でごろごろとソファで横になりながら恋人を待ち侘びていた。
(石鹸で洗ったら、リョーマの匂いが消えちまうな)
いっそのこと汗で汚れたレギュラージャージを盗み出すかなんて考え始まる。 しかしばれた後が怖い為、結局実行するまでは至らない。 リョーマに別れを切り出されることが何より一番恐ろしい。 案外小心者だなと自分を笑って体を反転させると、 「まだ具合悪いんすか」とタオルを肩に掛けた状態でリョーマがこちらへと近付いて来た。
「なんだ。早かったな」 「シャワーだけにした。跡部さんの様子が変だから、気になってたし」 「気にしてくれるのか」 「そりゃあ、まあ」 熱は無さそうだねと、額に手が当てられる。 少し温かい手の平に、ほっと安心させられる。 リョーマからは跡部が普段使っているボディーソープとシャンプーの香りがする。 くんくんと鼻を動かすと、「もう汗臭くないでしょ」と笑いながら言われた。
「いや、さっきだって汗臭くなんて無かったぜ。おまえ自身のいい匂いがした」 「また変態みたいなことを言う。さっきからなんなの」
嫌そうな顔をするリョーマに「わからない」と跡部は答えた。
「ただ……、なんだろうな。自分が汗まみれなのは嫌だけど、お前だと気にならない。 むしろその匂いを嗅ぐと気持ちが安らぐ、……って変な目で見るなよ。事実なんだから。 どうしてか、俺にだってわからねえよ」
他の人にはそんな反応しないのに、リョーマだけは特別だ。 不快にならないどころか、もっともっとと、思ってしまう。
「口説かれているか、変態的なことを言われているのか何か微妙な感じっすね」 溜息を一つついて、リョーマは横になっている跡部の上にそっと乗っかって来た。
「風呂上がりの匂いじゃ駄目っすか。 正直汗まみれの体で、いつもキレイにしているあんたにくっ付くのって、それも嫌なんだけど」 「なんだ。遠慮してるのか?」 意外な言葉に目を開くと、リョーマはこくっと頷いた。 「だって跡部さんはいつもきちんと身支度整えているのに。 俺の方は部活が終わったそのままで、汗でベタベタしてるのに引っ付くのはやっぱり抵抗ある。 だから、あんまり変なこと言って困らせないで欲しい」
眉を寄せるリョーマに『悪かったな」と言って体を起こす。 タオルに手を伸ばし、優しく髪を拭いてやる。
「シャンプーの匂いも嫌いじゃないぜ。お前のならなんだって好きだからな」 「そうっすか」
なら良かったと笑うリョーマに、跡部も笑顔を返す。 リョーマが嫌がるのなら、部活の後にくっ付くのは控えるべきだろう。 自分だってシャワーで体を洗う前に引っ付いて来られたら困る。その気持ちはよくわかる。
(それに、どうせなら)
二人で一緒に汗まみれになって楽しむ方がいい。 どうせこれ以上無く密着するのだから、何も焦ることは無かったと結論を出した。
終わり
チフネ
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