チフネの日記
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2011年11月27日(日) 言い訳は任せた 不二リョ

「不二先輩」
「何?」
「これ、どんな状況っすか」

背中にべったりと張り付いている不二に呆れ交じりで問い掛けると、
「充電中」と呑気な声で言われる。
「充電って、これじゃどこにも行けないんだけど」

二人が今いるのは、不二が使っている部屋だ。
他には白石と幸村がいる。だが二人は各校のメンバーの様子を見に行っている為不在だ。
色んな植物をそれぞれ持ち込んでいて面白いから見に来てよ、の言葉に乗せられたのが不味かった。
部屋に入るなり、不二にくっ付かれて動き辛い。

「いいの。越前をここに引き止める為にこうしているんだから」
「はあ?消灯の時間になったらどうするんすか。幸村さんと白石さんが戻って来たら?」
「そうなったら解放してあげる」

果たして本当だろうかと、リョーマは不二の言葉を怪しんだ。
逃がさないように腰に腕を回し、おぶさるような形でくっ付いている。
なんでこんなことになっているんだろうと、自分より少し低い体温を感じながら理由を探す。

(やっぱりアレしかないんだろうな)

ペアマッチの試合をすっぽかし、勝手にいなくなって連絡も撮れないままずっと過ごしていたこと。
負け組の帰還に不二は動揺しつつも喜んでくれたから、これで話は終わったと思ったのに、
甘かったようだ。

「やっぱり怒っているんすか?」
「何を」
「その、勝手な行動してなくなったこと。
俺だって一言説明したかったけど、話する間も無かったんだからどうしようもなかったんだって」

リョーマだって不二に黙って他の場所に行くようなことはしたくなかった。
せめて説明くらいはしておかないと、後が怖いとわかっているからだ
でもあの時はあれよあれよという間に崖の下に連れて行かれて、話どころじゃなかった。

「どうしようもない、ねえ」

不二はそう言って、リョーマの髪に顔を埋める。
吐息が首筋に掛かってくすぐったいが、文句を言える雰囲気じゃないので我慢して黙っていた。

「例えばの話だけど、越前は僕が急にいなくなっても何とも思ったりしないの」
「それは……」
「ねえ。どうなの」

静かな口調だったけど、責められているようにリョーマは感じた。
黙って勝手に行動したことが不二に心配を掛けて、そして傷付けたんだと伝わって来る。

だから「ごめんなさい」と口から謝罪の言葉が素直に零れた。

「不二先輩がいなくなったら心配するし、何で言ってくれなかったのかと怒るかもしれない。
反対の立場で考えると自分が勝手な行動したんだってよくわかるよ。
今回は俺が全部悪い」

身を小さくして不二が何を言うか待っていると、
「そこまで怒ってはいないんだけどね」と苦笑交じりで言われる。
「ただちょっと拗ねてみせただけなのに、こんなに効果あるとは思わなかったなあ。
越前がごめんなさいって言うなんて、ちょっと驚いた」
「なにそれ。俺、本当にどうしようかと思った。
先輩が怒ったままなんて、嫌だったからちゃんと反省して言ったのに」
「ごめん、ごめん。でも心配したのは嘘じゃないよ。
試合をすっぽかす前に連絡くらいは入れて欲しかったのも本当の気持ちだ」
「……うん」

背中から抱き締められていた体勢を入れ替えようと、腕が緩められて腰に手が回された。
リョーマも不二の行動を察して、足を動かしてちょうど正面になるように向き合う。
「どこにも行かないでなんて言わないから、せめて居場所位はわかるようにして欲しいな。
僕のお願い、聞いてくれる?」
「なるべく、そうするよう努力する」
「そこでハイと言わないのが越前だよね」
嘘をつかれるよりはいいかとくすっと笑って、頭を不二の肩にくっ付くような形で抱き締められる。
「でも僕は待っているから。君がどこに行っても、見えない所に行ってもずっと待ってるから」
「うん」

頷くことに迷いは無かった。
多分、好き勝手に行動出来るのは、不二が必ず手を広げて待っていてくれるという安心感があるからだ。
そうでなければきっと離れることすら出来ないのだから。

(俺にとって帰るべき場所)
それはここにあると不二にわかって欲しくて、背中に回した腕に力を込める。

体温が心地良いなあとうっとりした所で、ドアが無遠慮に開けられた。

「君達、二人でくっ付いて、暖でも取っているんか」
入って来たのは白石だった。
きょとんとした顔に、リョーマは何をどう返事したら良いかわからず固まってしまう。
不二はにこやかに笑って「そう。節電対策。これなら暖房もいらないでしょ」と言い訳にならないことを口走る。
だが白石は「さすが青学や」と感心するように唸った。
「無駄な電気は使わない。これぞエコやな。四天宝寺も負けへんで」
よし!とまた外へと出て行く。行き先はチームメイトのところだろうか。
負けないって、一体何をするつもりだ。妙な誤解から他のチームメイトを巻き込むつもりだとしたら、申し訳ないことをしたんじゃ……と、リョーマは顔を引き攣らせた。

「何が節電対策っすか」
「あれ?越前は恋人同士の時間を過ごしているんだから、邪魔しないでって言いたかったのな?」「そんなんじゃないっす!」
「でも事実だよね」
「……」
言い返すことが出来ずに黙り込むと、不二は笑ってまた抱き締めてきた。

そろそろ幸村も戻って来そうだから、もう放してと言いたいところだが、
くっ付いていたいと思っているのはリョーマも同じ気持ちだった。
不二の側にもう少しいたい。
だから。

「幸村さんに言い訳する時は、もうちょっとマシなもの考えておいて下さいよ」

そう言うと不二は「わかった」と真面目な顔をして頷いた。

本当にわかっているか怪しいものだったけど、
責任は不二に全部あるから、もうこれでいいやと全て丸投げすることにして、二人きりの時間を楽しむことにした。


終わり


2011年11月20日(日) 待ちきれないんです 跡リョ

ふかふかのベッドの中で、リョーマは大きく伸びをした。
時計を見ると、一時間以上経過している。
ぐっすり眠れたなと、満足気に欠伸をした。

跡部のベッドは心地良い。
シャワーを浴びた後、ここで横になるといつも眠ってしまう。
最初は何で勝手に寝るんだと拗ねたように小言を言われたりしたが、
今はもう諦めたのか跡部は何も言わない。
テニスをした後での昼寝って最高なんだよねという言い訳にならないことを口にしてから、脱力して眠りを邪魔することは無くなった。
リョーマが起きてから、やっと二人の時間が始まるのだ。
用意されたお茶を飲んで、会話を交わしつつ触れ合ったりして恋人らしい過ごし方をする。

しかし今日に限って跡部はすぐ側にいない。
いつもなら眠っているリョーマに引っ付いて本を読んでいるのだが……。

体を起こして部屋の中を確認すると、跡部が机に座っているのが見えた。

「勉強してんの?」
声を掛けると、「起きたのか」と首だけ捻って跡部が答える。
「勉強じゃねえけど、ちょっと急の用事でな。すぐ終わらせるから待ってろ。
ファンタならそこに用意させてある」
いつも二人が座ることになっているソファの前にあるテーブルには、ファンタとお菓子が用意されていた。
起きる時間を見越して、持って来てあったのだろう。
グラスの氷はほとんど溶けておらず、炭酸がシュワシュワと淡い音を立てている。
その横には冷たい水もちゃんと置かれてる。
喉が渇いたので、ありがたくそれを頂くことにした。
それからソファに座り、お菓子を食べつつ、ファンタをちびちびと飲んでいく。
食べ終わる頃には跡部がやっている作業も終わるだろうと、そう考えていた。


だが、皿が空になっても振り返る気配すらない。
リョーマがいないかのように没頭している姿に、流石にムッとしてしまう。
常ならば纏わりついてくるのは跡部の方からだ。
リョーマがゲームに夢中になっていると、こっちを向けとばかりに腰に手を回して来たり、邪魔をするのに。
今はこちらを気に掛けたりもしない。
リョーマの気持ちとしては、もう跡部と一緒の時間を過ごすというスイッチが入っているのに、
放置されたままなのは、正直面白くない。

勝手なのは重々承知の上、「暇なんだけど」と跡部に声を掛ける。
するとこちらを見もせずに、「ゲーム機のある場所ならわかっているだろ。遊んでていいぜ」と言うではないか。
いつもなら「ゲームより俺様の相手をしろ」と言ってうるさいくせに。
こっちを構う余裕すら無いのkとムッとしつつも、リョーマ専用となっている家庭用ゲーム機を納められている場所から取り出す。

どうせなら跡部のことなんて忘れる位、ゲームに夢中になってやる。
半ば当て付けのようにカシャンと乱暴にソフトを突っ込んで、テレビ画面をオンにする。
音が少々大きいが、注意されたわけじゃないからそのままにしてゲームを始める。
しかしどうしても跡部のことを気にしてしまうせいか、何度もゲームオーバーになってしまう。
その度ごとに「あーあ」とわざとらしく声を上げても、
やはり振り返ることなく跡部は変わらない姿勢のまま机に向かっている。

(ムカつく)
いつも跡部の方からくっ付いて来るのが当たり前だったので、
手の平返したような態度に苛々してしまう。
今やっていることはこっちに構う余裕が無いくらい、大事なことなのかもしれない。
大人しく待つのが、恋人としての正しい選択だろう。
だけどリョーマとしては、一人きりで無視されているのがどうにも我慢出来ないんだ。

(邪魔しなきゃ、いいんだ)

側にいる位は良いだろうと、跡部が座っている椅子の直ぐ下にクッションを置く。
そして椅子に背を付ける形でぺたんと座り込む。
移動したことには流石に跡部も気付いて、「どうした。もう少し掛かるぞ」と言った。
「わかってる。ここで待ってるだけ」
テレビのリモコンを操作して、ゲーム画面から普通の放送へと帰る。
特に何か見たいというわけじゃないが、時間を潰すには必要だ。

「そうか。待ってろ」
それ以上追求することなく、跡部は手を動かし作業を続けている。

どの位掛かるんだろうと思いつつ、ぼんやりとテレビを眺める。内容は全く頭に入らない。
お預けを食らっているせいか、珍しく跡部に触れたいという欲求が膨らんで行く。
普段からそうしろと言われそうだな、と思いつつ、膝を抱えていると、
パタン、とノートパソコンを閉じる音がした。

「椅子を引くから、ちょっと下がってろ」
跡部の声に、リョーマは急いで距離を取った。
立ち上がって「待たせたな」と跡部が屈んで優しく頭を撫でてくれた。

「終わったの?やけに早いじゃん」
もう少し掛かるなんて言っていたくせにと返しつつも、
早く追ったことが嬉しくて知らず声が弾む。
「まあな。お前を待たせていると思ったら、勝手に片付けるスピードも上がっていた」
来いよ、というように跡部が両手を広げる。

「待たせたな。今から思い切り構ってやるから、それで許せ」
「何、その言い方。別に構って欲しくなんて無いけど」
いつものように生意気な言い方をしても、今日の跡部には全てばれてしまっている。
「俺の側に居たかったくせに、よく言うぜ」
「別に、そういうつもりじゃない」
「照れるなよ」
「照れてない!」

言い返しても、跡部のニヤニヤした顔は変わらない。
図に乗らせてしまったと考えても、もう遅い。
それに触れたかったのは事実だから、しょうがない。

「わかった、わかった。いいから、俺にくっ付いていろよ」
リョーマがなかなか素直にならないから、
跡部の方から近付いて、ぎゅっと抱き締めて来る。
心地良い体温に、これが欲しかったんだとほっと息を吐くと、跡部が言った。

「やっぱり、こうしている方が落ち着くな」

それに関しては全くの同意だった。
でも頷くのも悔しくて、リョーマは黙ったままでいた。
返事の代わりに背に手を回しただけで、跡部はそれで理解したようだ。

後は待ち望んでいた恋人として過ごす時間に、ゆっくりと身を委ねた。

終わり


2011年11月13日(日) 二つの寂しい恋 不二→リョ (塚←リョ要素有り SQ12月号ネタバレ含む)

手塚がいなくなってから、僕の中でますます越前を自分のものにしたいという気持ちが大きくなていくのがわかる。
治療の為に九州へ行った時とはわけが違う。
今度はいつ戻って来るかわからない。
全国大会までに、という約束すらないからひょっとしたらこのままずっと帰らないかもしれない。
きっとこの選抜には戻って来ることは無いだろう。
その事実が、蓋をしていた僕の気持ちを揺らしている。
今まで、気持ちを告げようなんて考えたことすら無かったのに。
言った所で、越前の答えはわかっている。
付き合えないと、ただそれだけを言うのだろう。
本当の理由は手塚が好きだからなんて言うわけがない。
だけど、僕は知っている。
手塚を特別視する目は隠しようもない。
しかし越前は手塚の告白する素振りは一切見せなかった。
どうしてだろうという疑問は、全国大会が終わってすぐに知ることになる。
越前は最初から、アメリカに帰るつもりだったのだ。
別れが来るとわかっちたから、何も言わずに去った。
そして季節が変わり、U−17の合宿の招待と共に再び日本に戻って来た。
だけど手塚がドイツに行くことまでは予想出来なかったようだ。
戻って来ても迎えたメンバーの中に手塚がいないことを知り、越前はがっかりしたような顔を見せた。
成長した自分を見て欲しかったのだろう。
越前は常に手塚に認めてもらいたがっている所がある。
あの視線は、真っ直ぐにただ一人に向けられたままだ。
でも手塚がいなくなった今なら、ひょっとしてなんてずるい考えが浮かぶ。
会わないままでいたら、会えないままが続いたら、越前だっていつか忘れるかもしれない。
僕にだって、チャンスがあると考えてもいいはずだ。
いつもより寂しそうな越前の横顔を見て、そんな風に考えた。








負け組が帰って来てすぐに一軍の下位ナンバーとのひと悶着があって、
今度は代表を決める為の試合が始まることになった。
全く、落ち着かないことだ。
明日に備えて各自で調整をすることになる。休息を取る者、トレーニングに励む者と、方法は人それぞれだ。
僕は軽く汗を流した後、飲み物でも飲もうと食堂に立ち寄る。
そこで一番コートの徳川と越前が並んで歩くのを見掛けた。
二人共ラケットを持っている。
今から、テニスをするのだろうか?
まだはっきりとした実力は明かされていないが一番コートにいるからには相応の選手であろう徳川が、越前を練習相手に誘うなんてどういうつもりだ。
この合宿に参加した中学生のことを少しは認めてくれている、ということか。
いずれにしろ放っておくことは出来なくて、僕はこっそりと二人の後をつけた。



僕が物陰から見ているとも知らず、越前と徳川は誰も使っていないコートに移動して打ち合いを始める。
それは試合というよりも、一風変わった練習のようだ。
ボールをいくつも放って、それぞれのコートに返して行く。
その中の一つがどんな所に飛んでも全て返し続ける。普通なら無理なことなのに、二人共動じることなく互いのコートに打たれたボールを返している。
一体、越前はいつの間にこんなことが出来るようになったのだろう。
徳川と越前は真剣だけど、まだ少し余裕のある顔で打ち合っている。
その間にボールの数を増やして、最終的に10球を超えたところで二人は練習をここまでと言って切り上げた。

「明日の試合い備えて、今日はもう終わった方がいい」
「そうっすね」
「意外」
「何が?」
「もっとやりたいと食い下がってくるかと思った。この間の勝負も預けたままだったから」
徳川の問いに越前は少し首を傾げ、「でも明日のこともあるから」と言った。
「選抜メンバーに入ることが、そんなに重要?」
コートは無人で、他からも少し離れている為にとても静かだ。
二人の会話だけが、僕の耳に入って来る。
こっそりと立ち聞きしているなんて、きっと知らないのだろう。

「重要っすよ」
越前は声を低くして言った。
「もっと強くなって、それで世界とも渡り合える位になりたい。
こんなところで足踏みしているんじゃ話しにならないっすよ」
その目は遠くを見ていた。
ああ、きっとドイツにいる手塚のことを思っているんだろうなと、僕にはわかった。
日本代表なんて、小さな目標に過ぎないんだ。
いずれ手塚がいる所まで名前が知れるような、そんな選手になると越前は決意している。

「強気だね。でも、一軍の上位メンバーはそれほど甘くないよ」
「わかっているっす」
頷く越前に「そう、頑張って」と意外にも徳川が励ましの言葉を掛けた。
「うん……、あんたもね」
「俺は負けないよ。今度こそ、勝ってみせる」
顔を見合わせてどこか意気投合した二人は、コートから去って行く。
今日はもうこれで休むことにしたのだろう。
明日の試合が本番だ。
ここから合宿所へ向かって行く越前の背中から、僕は目が離せないまま立ち竦んでいた。





越前は手塚へと向かって迷うことなく進んで行くのだろう。
どこまでも脇目を振らずに一直線に。
僕は、どうしようか。
越前が手塚しか見ないように、僕もまた越前にしか気持ちが動くことはない。
だとしたら僕も同じようにいつか届くかもしれないと信じて、強くなっていくしかないのだろう。

振り返ることのない人を追っているという点で、僕らはとてもよく似ている。
諦めが悪いという点も。
そんな共通点を見つけても嬉しくないなと苦笑いしようとして失敗する。
今笑うのは無理だった。

どちらかというと、泣きたい気持ちの方が近かったからだ。


終わり


2011年11月06日(日) 遠・近片思い 跡→リョ(塚←リョ有り)

リョーマが再び合宿所に戻って来た時、既に手塚の姿は無かった。
「あれ?部長は?」
何気なく問い掛けるリョーマに、不二と菊丸がドイツへ向かったことを告げる。
選抜を抜けて行ってしまったことに、さすがに驚きを隠せないようだ。
大きく目を見開いた後、視線を少し下に向ける。
「そうっすか。でも悪くない判断だと思う。
俺も行くべきだって、そう考えていたから」


強がり言ってるなと、側で一部始終を聞いていた跡部はそう思った。

越前リョーマは手塚のことを特別に思っている。
とっくの昔に見抜いていた。
だから、リョーマを手にしたいと思ってもすぐにアプローチは掛けなかった。靡かない相手に行動を起しても、無駄だ。チャンスは待った方がいい。
救いがあるとしたら、手塚の方はリョーマのこをとただの後輩としか見えていないということだ。
あれでは告白しても上手くはいかないだろう。
リョーマもそれに気付いているのか、決して想いを打ち明けようとはしていない。
ただの後輩から距離を縮めて、関係を変えていこうと考えているのか。
どうせお互いプロになるのだからと、長期戦を狙っていたのかもしれない。
そして、この合宿。
アメリカに行った成果を手塚に報告しつつ、交流を深めようと思ってリョーマは戻って来たに違いない。
目論見は外れたな、と跡部は小さく笑った。
手塚はもういない。
次に会えるのはいつになるかもわからない。
あのクソ真面目な眼鏡は脇目も振らずにドイツに行きプロを目指して行くのだろう。
リョーマの想いにこれっぽっちも気付きもせずに。


いつも通りにしているようで、少し元気の無いリョーマを見て、
跡部はこのチャンスを逃すわけにはいかないと考えた。

リョーマに近付くには、テニスに誘うのが一番の近道だ。
実力がなければ歯牙にも掛けられないが、幸い跡部にはそれなりのものを持ち合わせている。

行動するには早い方がいい。
何気ない風を装って、一人になった所に近付きコートへと誘う。
意外な誘いにリョーマは驚いた顔を見せたが、すぐに乗って来た。

「あんた達勝ち組が今までどの位実力をつけたか、見せてもらうよ」

相変わらず生意気な口の利き方だが、跡部にとってそれは心地良い響きに聞こえる。
越前リョーマはこうでなくては。
しおらしい態度なんて、全くらしくない。

そして二人でコートに行って打ち合うことになったが、
いつかの試合みたいにタイブレークが延々と続いていつまで経っても決着がつかないまま夕飯の時間となった。

「おい、もうコートを出ようぜ」
声を掛けると「逃げんの?」とリョーマはまだまだやれると言う。
跡部としてもいつまでもここに居たいという気持ちはあるが、合宿所の中ではそうもいかない。
決められたルールは守るべきだ。

「逃げるわけじゃねーけど、ここは夕飯の時間を過ぎたら問答無用で食堂は閉められるぞ。
一食抜いても構わないのなら、続けてもいいけどな」

途端にリョーマは空腹であることに気付いたようだ。
勝敗を決めたいというプライドと、腹の虫の具合を考えて結論を出す。
「わかった、食事に行く」
渋々というようにラケットを下ろした。

年相応のその表情に、跡部は思わず笑ってしまう。

「何、笑っているんすか」
「いや、さすがのお前も食事抜きは辛いか」
「当然っす。腹減ったら、動けなくなるじゃん」
むっと唇を尖らせるリョーマに、「ああ、そうだな」と跡部は頷いてリョーマの方に向かって歩く。
そして「飯、食いに行こうぜ」と、帽子の上から頭にぎゅっと触れた。
「ほら、行くぞ」
「あ、うん」

二人で並んで食堂へと歩いて行く。

これで第一段階はクリアした。
次からはもっとスムーズに誘うことが出来るはずだ。




跡部が考えたように、次にリョーマをコートに誘っても戸惑うこともなく直ぐに承諾してくれるようになった。
実際リョーマと跡部が打ち合うことは、お互い強くなっていくことに繋がるのだから断る理由も無いのだろう。
そしてテニスに誘いつつも、休憩を取っている間に会話を交わすことも多くなっていた。
最初はテニスに関することから。
次第にプライベートなものを混ぜるようになっても、リョーマも普通に受け答えするようになり、
合宿が始まる頃より親しくなっているといっていい位だ。

笑顔すら覗かせるようになったリョーマに、跡部は全て上手くいっていると思った。
このままでいけば手塚の存在を心の中から消して行く日も近いだろう。

しかし人の心がそんなに簡単に変わるわけじゃない。
自信家故に、跡部はリョーマを振り向かせられないはずがないと思い込んでいた。














その日、リョーマは青学の部員達を集まって何やら話しをしていた。
早く一人にならないだろうか。
そうしたら、コートに誘うのに。
休憩は少し多めに取って、リョーマにはファンタを買ってやって、昨日とは違う話をしよう。

そんなことを考えてうろうろしている間に、
誰かが発した「手塚」という単語が聞こえて来た。
何の話をしているのかと、跡部はこっそりと聞き耳を立てた。

「手塚、無事にドイツに着いたみたいだよ。パソコンのアドレスの方にちゃんとメールを送ってくれていた」
「へえー。手塚が連絡くれるなんて、意外だにゃあ」
「一応、合宿を途中で抜けたわけだし、気にしているんじゃないの」
「そうだな。こっちの様子も知らせておいた。負け組が戻って来たことを知ったらきっと驚くぞ」
「もうちょっと残っていたら会えたかもしれないのに、残念だよね」

皆が口々に手塚のことを話す中、リョーマだけは黙ったままだ。
でも、無関心なわけではない。
そうだったら、とっくに輪の中を抜け出しているだろう。
少なくとも跡部の目には、リョーマは自ら望んでそこに踏み止まっているように見えた。
手塚がどうしているのか、知りたいのだろう。

「ドイツに行って、もう戻って来ないのかにゃー」
「当たり前でしょ。その為の留学なんだから」
「でもこれっきりってちょっと寂しいよ。ねー、おチビもそう思うでしょ?」

不意に話を振られたリョーマは、明らかに狼狽する素振りを見せて、すぐにそっぽを向いた。

「別に……。本人が望んで行ったんだから、どうしようもないじゃん」
「もーっ、素直じゃないぞ!」
「なにそれ、って菊丸先輩、抱きつかないでください!」

青学の連中に構われているリョーマから目を逸らし、跡部は急いでこの場を離れた。
これ以上、手塚のことを考えているリョーマを見たくない。
コートで打ち合ったり、二人で休憩している時はそんな顔しなかったくせに。
それとも気付かなかっただけで、本当はいつも手塚のことを想っていたのだろうか。
ずっと、ずっと。

(そんなの敵わないじゃねえか)

遠くに行ってしまったのだから、さっさとリョーマの心からも去って欲しいのに。
まだ居座ったままだなんて厄介にもほどがある。













「なんだ、ここに居たの」

声を掛けられ、跡部は顔を上げた。
あれからリョーマを誘う気にもあれず、ずっとトレーニングルームで体を動かしていた。
気付いたら誰もいない。時計を見ると、昼休みの時間だ。
ここにいた皆は食堂に向かったのだろう。

「お前はここで何している。飯は?」
汗を拭いながら問い掛けると、「もう食べた」とリョーマは答えた。
「騒がしいからすぐに出て来た。
それで跡部さんはいないかなってちょっと探したんだけど、
食堂に来てなかったようだからふらふら歩いてここまで来たら、ちょうど会えた」
「それで、俺に何か用か」
「用、って……」

リョーマは戸惑ったような顔を見せた。
今まで好意的に接していた相手からそんな言い方されたのだから、無理も無い。
しかし跡部も余裕が無かった。
さっきの今でリョーマに何事もなく接するのは無理な話だ。

「いつも打っているから今日はどうするのかって聞きに来たんだけど……。
忙しいみたいだから、止めとく」

離れようと背を向けるリョーマに、跡部は何故か行かせたくないという思いが強く込み上げた。
急いで立ち上がって、手を伸ばす。
肩を掴むと、驚いたようにリョーマが振り向く。

「どう、したんすか?」

どうも、こうも。
お前が手塚のことばかりを考えているからムカついて仕方無い。
少しはこっちのことも気にしろよ。
言いたいことはいくらでもある。
口に出したとしても、リョーマの心には届かないだおる。
手塚に向いたままなのだから。
ならばいっそのことこの場で押し倒して抵抗しようが泣き叫ぼうが小さな体を組み敷いて、自分がずっとしたかったことを実行してやりたい。
体だけでも手に入れてしまいたいという欲求が膨らんでいく。

「跡部さん……?」

名前を呼ばれて、ハッと我に返る。
不安げな目と視線がぶつかって、跡部は肩を掴んでいた手を離した。

「悪いちょっと立ちくらみがした」
「大丈夫っすか?お腹空いているせいじゃない?
食堂行った方がいいっすよ」

嘘を簡単に信じるリョーマに「そうだな」と真面目に頷いてみせる。
こいつは、こっちの気持ちに全く気付いていない。
疑いもしないんだなと、溜息をつきたくなる。

「午後からなら空いているぜ。コート借りて、打とうぜ」
「いいんすか。無理しなくても」
「大丈夫だ。この位、なんともない」

じゃあな、とリョーマを追い越して、食堂へと向かう。
ああ言った手前、他の場所に行くのはまずい。
それにこの後リョーマとテニスするにあたって、空腹のままでは分が悪い。食べておくべきだ。


(力づくではどうにもならないこと位、わかっていたじゃないか……。
今焦っても仕方無いことも)

今はまだ手塚の存在がどんなに大きくても、この先はわからない。
遠くにいるあいつより、近くにいる自分の良さに気付いて、心が動くって展開が無いとは言えない。
それに今日はリョーマの方からわざわざ探しに来てくれた。
前よりも近付いている証拠だ。
この先はもっともっと親しくなっていく。そうさせてみせる。

まだ諦めないぞと、足早に歩く。

ゴールがいつになるかわからないけど、このまま突き進んで行ってやる。

このまま終わりにするなんて俺らしくないからなと、
ようやく跡部はいつもの調子で笑った。

終わり


チフネ