チフネの日記
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2011年10月30日(日) 跡リョ 君がいなくちゃ

自分でも恵まれた環境にいること位は、わかっている。

なのにこの不満は何なんだろうなと、跡部は苛々しながら携帯を握り締めた。
着信もメールも無い。
シカトかよと、鼻を鳴らす。
全く、なんて奴だ。
これまでの人生、思い通りにならなかったことなんて無かったのに、
たった一人に振り回されている。

そうだ。全てを手に入れて来たつもりだった。
元々、家が金持ちだった為、望めば大抵の願いは叶った。
テニスがやりたいと言えば、両親は最高のコーチをつけてくれた。
しかしそれだけでは強くなれない。
スクールに入って初めて跡部は最初の壁にぶち当たることになる。

「親が金持ちだからって調子に乗っているんじゃねーぞ」
「そうそう。才能までは金で買えないからな」
「お前の弱点、ばればれだぜ」

金持ちの息子がお遊びでテニスをしていると、他の選手達から執拗に弱点を狙われ、
負け続けた日々。
投げ出すのは簡単ことだった。
テニスは自分に向いていないと言って辞めても、両親に責められることは無かっただろう。

だけど、跡部は諦めなかった。
逃げ出すなんてプライドが許さない。
弱点を狙われるのは、自分が弱いから。
克服して、今度は逆に自分が相手の弱点を攻めてやろう。
やられっぱなしは性に合わない。必ず奴らに勝ってみせる。

こうして跡部は努力に努力を重ねて、スクールにいる選手を全て打ち負かした。
誰にも文句を言わせない位強くなってから、日本へと渡った。
そして氷帝に入る前に、あることを決めた。
今度は最初から下手に出るなんてバカな真似はしない。
もう自分は充分強くなった。
一年生だからといって諦めたりせずに、最初からテニス部の部長の座を奪ってやる。
それだけでなく、学校全体も掌握してしまおう。
誰にも文句を言わせない。
俺様がキングだと、知らしめる絶好のチャンスだ。

計画を練り上げ、跡部は氷帝の入学式に乗り込んだ。
唖然としている部長以下、全ての先輩部員をコートで叩きのめし、あっさりと部長の座を物にした。
学園も寄付という形で次々と新しい施設を建設し、誰もが跡部に対して一目置くようになった。
生徒会長にもなって教師からは信頼も厚く、部内ではそれなりに会話も出来るチームメイトも作り、彼女になりたいという女性とは後を絶たない。
誰もが羨むようなそんな人生を送っているつもりだった。

(なのに、どうしてこんな沈んだ気持ちになるんだ……)

さっきから反応の無い携帯に、溜息をつく。

原因はわかっている。
越前リョーマだ。
リョーマが跡部の前に現れてから、これまで順調だった人生から道が外れていった。
いや、外れたとはまた違う気がする。
振り返ると今まで心から好きだと思える人とは出会えていなかった。
だけどリョーマは、初めて跡部から興味を持って好きになった人だ。
年下のくせに生意気な口を利いて(こっちが氷帝の部長だとわかっている上で!)、
ただのもの知らずなガキかと思いきや、見合った実力を持っていて。
その上、自分を公式で負かした相手だ。
無視なんて出来るはずがなかった。

これまで眼中にも入れていなかった存在に試合で負かされた事実は、跡部の世界を全て塗り替えた。
気付くと青学の試合会場に足を運び、ついには記憶を無くしたリョーマの手助けになるような行動までしてしまう。
どうして、手を貸すような真似をするのか。
その時はわからなかったけど、波乱の決勝の試合の後、
「一応、礼を言っとく。ありがと」と軽く頭を下げたリョーマを見て、ようやく自覚した。

(こいつのこと、俺は気に入っているんだ。
好き、という意味も含めて)

会いたかったから、試合を見に来た。
何かしてやりたいとヘリまで使って迎えに行った。
記憶を取り戻す為に、コートにまで足を運んだ。
その行動の理由は一つしか有り得なかった。

「そうか、そうだったのか」
「え?何が?」

一人で納得している跡部に、リョーマは怪訝な声を出す。
構わず近付いて、その腕を掴んだ。

「俺と付き合え、越前」

跡部にとって初めての告白は、
「は?頭、大丈夫?」と盛大にスルーされた。

(それでも俺は諦めなかった)

初めて好きだと思える相手にめぐり合えたのだ。
簡単に諦められるはずがない。
その後、しつこい位に押して、追いかけて、ストーカーとして通報される寸前までいったのだが、
なんとかその一歩手前でリョーマに付き合いを承諾してもらえることに成功した。
あの時ほど幸せだと思ったことはない。
これで自分の人生は完璧なものになったと信じていた。

だけど。

(まだ怒っているのかよ。
勝手に携帯を見たことは謝るから、機嫌を直してくれないか……)

付き合っている内に、リョーマの携帯に頻繁にメールが届いていることに気付かされた。
さりげなく誰からだと尋ねたら、「遠山から」と言うではないか。
四天宝寺の遠山金太郎がリョーマをライバルとして友人として気に入っていることは知っていた。
大会中に連絡先を交換したら、メールが毎日届くようになったとリョーマは打ち明けた。
たこやきを10皿食べたとか、今日は1こけし貰ったとか、些細なことだと笑って言ったが、
跡部の内心は穏やかではない。

(何で他の男とそんなに頻繁に連絡取っているんだよ。優先するべきは俺だろうが)

遠山のメールに対してリョーマは5回に1回程度しか返信していないのだが、そんなこと知ったことではない。
リョーマに興味を持っている相手がいる。それだけで不愉快になるのは当然だ。
何度もメールで口説いているのではないか。
そんな疑いを一度持つと、もう駄目だ。
確かめるまで心安らぐ日はない。

そしてある日。
リョーマが席を外した時に、つい鞄を漁って携帯を取り出しメールの内容を読んでしまった。
たしかに書かれていることは、どれも日常の1コマに過ぎず、
リョーマを口説いたり好意を仄めかすような内容は無い。
ほっとして携帯を戻そうとした瞬間、
「何してんの」と、いつもより低い声が響いた。

「あんたって、サイテー」
弁解する間もなく、リョーマは奪うようにして鞄を持って跡部の前から去った。

それ以来、連絡を取ろうにも避けられ続けている。
青学に行っても無視され、なんとか話をしようとすがっても逃げられる。
携帯を覗くなんて卑怯なマネをするべきではなかったと、事の重大さに気付いた時には遅い。

(自分でも、どうかしていた)

リョーマが何でもないと言っているのだから、信じていれば良かった。
自分の心の狭さに呆れてしまう。
だから許してもらえないのかと、肩を落として落ち込む。
どうしたら謝罪の言葉を受け入れてもらえるのか。
考えても、良い案は浮かばない。

(諦めたりはしねえが、長期戦になるかもな)
その間ずっとリョーマの顔が見られないかと思うと、また落ち込みそうになる。


「景吾様」

不意に声を掛けられ、びっくりして跡部はソファから飛び上がった。
いつの間にか使用人が入り口の所に立っていたのだ。
「なんだ、ノックくらいしろ」
「何度もしたのですが、返事が無かったので気になりまして」
「……そうかよ。で、何の用だ」
咳払いをして尋ねると、「用があるのは俺だよ」と使用人の後ろから会いたかった人が顔を覗かせた。

「リョーマ!?」
声を上げると「うるさい」と顔を顰めて部屋に入って来た。
使用人は一礼をしてドアを閉めて出て行く。
しんとしした室内に、二人で見詰め合う。

どうしてここに。怒っていたんじゃないのか。
聞きたくても未だ怒っているような顔をしているリョーマに、何も言えない。
いつでも自分のやりたいようにやって来た跡部だが、好きな人には弱気になってしまう。
情けねえなと、黙ったまま唇を噛んだ。

そんな跡部の様子に気付いているのか、リョーマは直ぐ前まで移動をして、
「何か言うことないんすか?」と声を出した。

「……まだ、怒っているのかよ」
やっとの思いでそう言うと、「まあね」と返される。

「でも言い訳くらいは聞こうと思って来た。いつまでも逃げているわけにもいかないでしょ。
それに氷帝の人達からもなんとかしてくれって泣きつかれたんだよね。
あんたが落ち込んでいると、色々鬱陶しいんだって」
「氷帝?誰だ?」
「それは……内緒」
忍足や向日や、レギュラーの連中の顔が浮かぶ。
鬱陶しいとはなんだと思ったが、リョーマがここに来る切っ掛けを作ってくれたことを思い出し、
今回だけは感謝することにした。

改めて顔を上げて、
「あの時は悪かった」と謝罪する。
「勝手に携帯を覗くなんて、マナー違反だな。もう二度としない。
出来れば許して欲しい」
「本当に反省してんの?」
「してる。お前の信頼を失うことがこんなにキツイとは思わなかった」
「だったら最初からやらなきゃいいのに」
「あの時はどうかしていたんだ。
遠山と仲良くしているのが不安で、何も無いことを確かめたくてつい卑怯な手段を取った」

ハア、とリョーマが深いため息をつく。
呆れているのか。
だとしても仕方無いと、跡部は項垂れた。
その様子を見ながら、「後悔するならやらなきゃいいのに」とリョーマは静かに言った。

「大体、俺は二股掛ける程器用じゃないよ。
付き合っているのはあんたなんだから、自信持っていいのに。
なんでコソコソ探ったりするの。俺に聞けば済むことでしょ」

変なところで弱気になるとかわけわかんないといって、
リョーマは跡部の肩を軽く叩いた。

「大目に見るのは今回だけっすよ」
「許して、くれるのか?」
「まあね
それだけ疲れ切った顔を見せられて、無視出来るほど俺も鬼じゃないから」
しょうがないよね、とリョーマが抱きついてくる。

いいのだろうか、と戸惑いつつも跡部は小さな肩に手を回して抱き締め返した。

「許すよ。
だって俺もいつまでもケンカなんてしていたくない」
「リョーマ」

ありがとなと言うと、リョーマは嬉しそうに笑った。
その笑顔に、救われた気持ちになる。



今まで自分は恵まれた環境にいると思っていた。
才能もあって、家は金持ちで、容姿も人並み以上。
けどそんなものよりずっと、欲しいものがここにある。

好きな人が側にいて、笑ってくれる。

それこそが自分の望む幸せの形だと跡部は知って、
腕の中にいるリョーマをより一層強く抱き締めた。

終わり


2011年10月23日(日) 秘密の恋でもかまわない 不二リョ


仲良く手を繋いで歩いて行く男子生徒と女子生徒の姿に、リョーマは顔を上げた。
普通なら気にもしないところだが、不二を待っていて暇だったのだ。
何気ない光景にも、視線が向いてしまう。

校内だというのに人目を憚ることなく手を繋いでいる二人。
きっと周囲にも公認の仲なのだろう。
楽しげに話をしながら歩いて行く。
恋人という名称がしっくりとくる、とリョーマは思った。

それに対して、自分はどうだろう。
不二と付き合っているとはいえ、大っぴらに公言出来る仲ではない。
同性同士、だから。堂々と言えるものじゃない。
ましてやあんな風に手を繋いで歩くことなんて出来ない。
小さな子供ならともかく、中学生男子がそんなことしていたら周囲からなんて思われるか。

別に、手を繋ぎたいわけじゃない。
人前でベタベタするのは苦手なので、万一不二に繋ごうと言われても「ヤダ」と自分は断るだろう。
だったら、何故こんな気持ちになるのか。

先ほどの二人の背中は、遠くなっている。
それでもまだ手を繋いだままでいるのは、ここからでもわかる。
そんな二人の当たり前のような幸せが少しだけ羨ましくなったのかもしれない。

(もし、俺が女の子だったら、不二先輩とあんな風に過ごすことが出来るのかな)

普段なら考えないような思考に、リョーマは慌てて首を振る。

不二は、ありのままの自分を好きだと言ってくれた。
男だからとか女だからとかそういうのは関係ないと、真剣な顔して言った告白に、
リョーマの心が動いた。
思いを受け入れたことに、後悔なんてあるはずない。
不二と一緒に居るのが楽しくて、嬉しくて。
このままでも幸せとわかっているのに、それ以上のものを望んでしまうなんて贅沢だ。

(手を繋げない位、なんだよ)

バカらしいと否定したところで、「お待たせ、越前」と不二の声が聞こえた。

「不二先輩」
慌てて、リョーマは寄り掛かっていた壁から背を離した。
「思っていたより遅くなっちゃった。別の先生に捕まって、話が長くなったんだ。ごめんね。
お詫びにファンタ買うから、許してくれる?」
お詫びじゃなくても不二はよくリョーマの為にファンタを買ってくれるのだが、
話に乗った振りをして、「いいっすよ」と答えた。

「じゃ、帰ろうか」
不二の笑顔に、こくんと頷いて並んで歩き始める。

するとさっきの二人の姿を思い出し、リョーマは急に空いている距離が気になり始めた。

手と手を繋いで幸せいっぱいの空気を振り撒いて、この人が好きなんだと周囲に知らしめているような、そんな恋人同士の二人。
自分と不二が並んでいても、そうは見えないんだよな……、と少し寂しく思う。

「どうしたの、越前」
「え?」
「何か、元気ないね」
見透かすように言う不二に、「そんなことないっすよ」と否定する。
だけど聡い不二は「嘘。何か考えているんでしょう」と追求をして来た。
「悩んでいることがあるなら、言って欲しいな。
越前からしたら、僕なんて頼りないかもしれないけど」
「そんなこと無いっすよ!」
「そう。だったら、話してくれるよね」

にっこりと笑う不二に、しまったと思うが遅い。
じっと見詰められて、渋々口を開く。

「不二先輩は、その……俺が女の子だったら良かったって思ったりしないんすか?」
「は?え、何、どういうこと」
「だって、本当なら女の子と付き合うのが普通でしょ。もし俺が女だったら、もっと楽に付き合えるんじゃないかって思って」

リョーマとしては決死の覚悟で言ったつもりだったが、
黙っていた話を聞いていた不二は「なあんだ、そんなことか」と肩から力を抜いて笑った。

「前にも言ったよね。僕は今ここにいる越前のことが好きだって。
性別なんて関係ない。
一緒に居てくれる、そのままの越前が好きだよ」
「でも」
反論を遮って、不二は続ける。
「それに普通って何?そうしなくちゃいけないって誰が決めたの?
越前が男の子だからって好きになっちゃいけない、そんな世界なんて僕は嫌だよ。
誰に反対されたって、僕は越前のことが好きなんだから」
「……」

誰に聞かれるかわからないのに、そんなこと言うな、と怒る気になれなかった。
不二の言葉によって、さっきまで沈んでいた気持ちが浮上するのがわかった。
恥かしげもなく好きと言われたら、悩んでいるのがバカらしくなってしまう。

「でも、なんで急にそんなこと思ったりしたの?」
首を傾げて顔を覗きこんで来る不二に、「えーっと、」と口篭る。

「越前?」
「……」
「何があったのかな?」

最後まできっちりと聞かせてもらうと、顔を近付けてくる不二に観念する。
リョーマは先ほど浮かんだ考えを全て吐き出した。

通り掛っていた二人が堂々と手を繋いでいて、ちょっとだけ羨ましかったこと。
話しながら、リョーマの顔は赤くなっていた。
恥かしい。こんなことで悩むんじゃなかったと後悔もしていた。

「ふうん。じゃあ、僕らも手を繋いで帰ろうか。
越前が望んでいるようだから、遠慮なく」
言うと思った。
慌ててリョーマは体を引いて、「絶対ヤダ。出来るわけないじゃん」と言った。
「だって羨ましかったんでしょ?」
「そうじゃなくって……。もういい、気が済んだから」

誰かに認められなくてもいい。
ただ不二を好きだという気持ちがここにあって、そして同じだけ返してくれる、それこそが幸せだと理解した。
当たり前に過ぎて行く日々こそを大切にすればいい。
そう結論を出したのだが、不二は納得してくれない。

「えー、気が済んだって何?
僕は越前と手を繋いで帰りたいんだけどなあ」
「だからヤダって言ってるじゃん」
不満げな声を出す不二にきっぱりと断りを入れるが、まだ食い下がって来る。

「どうせ誰も見ていないよ。だから、いいよね」
「そんな根拠がどこにあるんすか」

やっぱり余計なことは言うんじゃなかった。
溜息をついて、手を伸ばしている不二に「しないっすよ」と返事する。

でもそれだけだとあまりにも素っ気無いかと思い直し、
「どうせだったら、先輩の部屋で恋人しか出来ないことしてみない?」と誘いの言葉を口にした。

目を丸くした後、不二が大きく頷いたのは言うまでもない。


終わり


2011年10月07日(金) 少しだけ特別な日 塚リョ

「部長」
「どうした」
「今日、誕生日って聞いたんすけど」
「ああ、そうだな」
「……」

そうだなって、それだけ?
目の前で引継ぎ書を書いている手塚の顔を眺めながら、
リョーマは不満そうに鼻を鳴らした。
仮にも付き合っている相手を前にして、今の返事はどうなんだ。
しかもこっちは誕生日がいつなのか、本人の口から聞かされていない。
校内で騒ぐ女子達の言葉を耳にして、桃城に確認を取ってやっと知った所なのに!
付き合って最初の誕生日なのだから、もっとこう盛り上がっていい所じゃないだろうか。

(なんで教えてくれなかったんだよ)

さっきの会話は皮肉を込めたものだったのに、手塚はまるで気付いていない。
生徒会の引き継ぎが忙しいとかで、ずっとその仕事に終われている。
折角部活を終えて急いで執務室にやって来ても、会話すらままならない。
少しずつ溜まっていく不満が、リョーマを苛々させる。

「ねえ、まだ終わらないんすか、それ」
「後少し掛かる。これでも急いでやっているんだ。我慢してくれ」
「ふーん」

我慢って、なんだ。
まるで小さい子に言い聞かせるような言葉に、ムッとする。
ここで怒って「帰る!」と叫ぶのは簡単だ。
しかし手塚の誕生日にケンカはしたくない。
リョーマにもその位の分別はある。

(ここは俺が折れてやらないと)
仕方無いと、リョーマは鞄からゲーム機を取り出す。
どうせ相手をしてくれないのなら、これでしばらく時間を潰そう。
その方が気も紛れる。
よし、と電源を入れて意識をそっちに向ける。
だけど後でなんで誕生日のことを言ってくれなかったのか、それはきっちりと問い詰めようと思った。







「越前」

それから30分ほど経過しただろうか。
手塚の声に顔を上げる。
「終わったぞ」
もう机の上は綺麗に片付けられていた。
手塚は立ち上がってこちらを見ている。
「すまなかったん、随分待たせた」
「あ……、ううん」
手塚の素直な態度に「遅い」っすよ」と文句を言う気も失せた。
リョーマはゲームの電源を落として鞄へと放り込んだ。
「結構もう暗くなっているっすね」
「そうだな。家まで送ろう」
「……うん」

ここまで来て送るだけかよとまた不満に思うが、本当に暗くなっているのだから仕方無い。
自分が手塚を家まで送りたいというのが本音だけど、それは許してくれないだろう。
何かあったら、どうする。
年上である俺が責任を持って見届けるのが筋というものだ。
今まで散々聞かされた言葉だ。逆らうのも面倒くさい。
年といっても二つしか変わらないんだけどなあと思いながら執務室を出る手塚の後に続く。
この時間となると部活動もとっくに終わっていて、校内に残っている生徒はほとんどいない。
先生が見回り来る前に出ないといけない。
手塚はともかく、リョーマは何故残っていたのかと問い質されると返答に困る。さっさと出た方が良さそうだ。
しんと静まった廊下には二人分の足音だけが響く。
そんな中、手塚が小さな声で「今日はすまなかったな」とまた謝罪の言葉を繰り返した。

「え?何?」
「こんなに遅くなるつもりは無かったんだ。もっと早く終わるのかと思っていたのだが、読み間違えた」
申し訳なさそうに言う手塚に驚きつつも、「別にいいっすよ」とリョーマは言った。
「元々、俺が勝手に押し掛けてきたんだから。部長が気にすることないのに」

そうだ。誕生日だというのに手塚は一緒に帰ろう、待っててくれとも言わなかった。
遅くなることに対しての遠慮なのかもしれないが、付き合っている人に対してそれはどうかと思う。

「ただ俺が部長と一緒に居たかっただけっす……」

我ながら、情けない声だった。
手塚にとって特に思うような特別な日でなくとも、リョーマにとっては違った。
好きな人が生まれた日を祝いたい。それだけだ。

すると手塚は足を止めて、こちらを向いた。
「俺も同じだ。だから、こんなに遅くなるまで引き止めてしまった」
「え?」
「本当ならこんなに遅くなる前に帰らせるべきだった。だが、どうしてもその一言が出なかった」

そういえば普段の手塚ならば、「まだ掛かる。先に帰ってくれ」と言うはずだ。
それを口にしなかったのは。

(俺と同じ気持ちだったから?)

瞬きしている間に「さっきの件だが」と手塚は一つ咳払いをして口を開いた。

「聞かれもしないのに誕生日を教えるのも変だろう。
プレゼントを強請っているみたいで、何か嫌だ」
「……そんな理由?」
「悪いか」

真面目な顔をして言う手塚に、本当なんだと知って、リョーマは小さく噴出した。
なあんだ。
わざと黙っていたんじゃない。
聞かなかったこっちも悪かったなと、初めてそう思えた。



「じゃあ、次はちゃんと覚えておく。
来年はプレゼントも用意する。
今年はもう間に合わないけど、いいっすか」

リョーマの言葉に、手塚は「もう貰っている」と答えた。

「え、何を?」
「こうしてお前と一緒に帰ることが出来る時間だ。それだけでも充分だ」
「……そんなの、いつものことじゃん」


だけどプレゼントなんてものじゃないと、反論はしなかった。
いつもの当たり前の光景を大切に思ってくれている手塚の気持ちが嬉しかったからだ。


「じゃ、今日はちょっとだけサービス」

誰もいない。こんな時だから出来ると、手塚との距離を縮めてそっと手を握る。

外に出るまで、二人の手は繋がれたままだった。


終わり


2011年10月06日(木) 似合いの二人 塚リョ

越前リョーマの突飛な行動は今に始まったことではない。
何度も驚かされて、平静を保つのにこれでも苦労させられている。
だが、今回の要求は行過ぎている。
真昼のしかも校内でするにはあまりに相応しくない行為だったので、
さすがに手塚も「止めろ」と声を上げた。
するとリョーマは、きょとんとした顔で「なんで?」と言った。
罪悪感の欠片も無い表情に、頭を抱えたくなる。
全く、この子供にこんなことを教えたのはどこのどいつだ。
最も、最初に手を出したのは自分だったことを考えるとリョーマばかり責められない。
優しく諭すように手塚は「ここは学校だ」と言った。

「え、だってちょっと前、部室でやったよね?」
その時は部長から仕掛けて来たくせに、と少しムッとしたように言われる。
たしかに、その通りだ。汗を掻いたリョーマがポロシャツを脱ぐ姿に欲情し、手を伸ばしたことは認めよう。
だけど皆が帰った後で、こんな明るい時間では無かったはずだ。
「部室と一緒にするな。いつ誰が入って来てもおかしくないんだぞ」
「鍵、ちゃんと掛けたよ」
「そういう問題じゃない。とにかく止めてくれ。頼むから」
必死でお願いすると、「仕方無いね」とリョーマは手塚の足の間から退いた。
止めなければ今頃は、リョーマの言う「今日は俺が可愛がってあげる」を実行されていただろう。
危なかった、と手塚はほっと息を吐いた。

つまらなそうに隣の椅子に座ったリョーマに、「何故こんなことをしようなどと言い出した」と問い掛ける。
最初は消極的だったが、何度も体を重ねて行く内にリョーマの言動は変わっていった。
唐突に「しよう?」と言い出し、押し倒されて面食らったこともある。
主導権はこちらに欲しいのに、ままならないものだ。
さっきまで普通に昼食を取っていたかと思えば、
「生徒会の執務室って普段は誰も来ないんでしょ。鍵掛けたら完璧だよね」と言って、素早くドアを施錠した。
そしていきなり「まだ時間あるから、してみない?」と床に跪き、股間に顔を埋めようとしたから、驚いた。
ハッキリ言って心臓が止まるかと思った。
それもこれも余計な知識を植え込んだ自分の所為か、と手塚はこれまでのことを省みて頭を抱えたくなった。
積極的になってくれるのは嬉しいが、もう少し時と場合を呼んで欲しいと思うのは我侭なのか。

手塚の苦悩を知らず、リョーマはけろりと「部長、今日誕生日だって言ってたよね」と無邪気に声を上げる。
「そうだな。で、今のことと何か関係あるのか」
「うん。お小遣い残ってないから、俺に出来ることをしてあげようと思ったんだ」
得意げな顔をするリョーマに、「プレゼントのつもりか」と手塚は顔を引き攣らせながら言った。
だとしても白昼堂々と渡すものじゃない。何故、それがわからないのか。
「うん、そう」
リョーマは手塚の気持ちに気付くことなく、大きく頷いた。
「……だとしても、校内ですることじゃない。それに何故、今なんだ」
「だって今やらないと忘れるかもしれないじゃん。それにこういう所でやるのも部長も燃えるんじゃないかと思って。ほら、以前は図書館でも」
「俺が悪かった!お前に無体を強いたのは認める。だからそれ以上は言わないでくれ」
「え?でも、さっき部長もちょっと嬉しそうにしてたっすよね」
「頼むから、もう喋るな……」

がくっと肩を落とす手塚と反対に、リョーマは楽しそうに笑っている。

「でもさ、学校は駄目、今は駄目とか言っているけど、しようとすることは拒否しないよね。
それって後でゆっくりやって欲しいってことでしょ。
部長って案外正直だよねー」
「……」

とうとう手塚は机に突っ伏した。
敵わないと思うのがこういう時だ。
そうだ、嫌じゃない。時と場合さえ考えてくれたら、むしろ嬉しいくらいだ。
リョーマが咥えた姿を頭の中で想像すると、体の一部が熱くなる。

(俺は、大馬鹿ものだ)
リョーマのことを叱れないな、と溜息をつく。\\
最初から自分の方が悪いとわかっている。
好きだとリョーマが返してくれただけでは満足出来なかった。
手を出したのは、手塚の方からだ。
リョーマが行為に夢中になって、積極的に仕掛けてくることをどうして咎められよう。
責任を取るべきだと、手塚は頭を机に擦りつけながらようやく結論を出した。

「越前。俺も、その嫌というわけじゃなくて」
「あ、予鈴」
あっさりと椅子から立ち上がり、リョーマは大きく伸びをした。

「部長がぐだぐだ言っているから、結局出来なかったね。
ま、しょうがない。今年のプレゼントは無しってことで」
「無しなのか!?」
「何、必死になってんの。やっぱりその気だったってこと?」

にや、と笑うリョーマに、手塚は迷いながら結局は頷いた。

「え、本気?」
「いや、しかし今はやはりまずい。誰かに見付かったら、お前の立場が悪くなるかもしれない」
「気にしているのは部長でしょ」
「いや、お前のことで誰かが面白おかしく噂することが気に入らない」

本気を込めてそう言うと、「ふーん」と納得したようにこちらを見上げた。

「今の答えは悪くないっすよ。
じゃ、続きは部長の家でってことでいい?誕生日プレゼント、もらってくれるんでしょ」
「勿論だ」
「そこで嬉しそうな顔をするのが、部長だよね」

また後でね、と手を振って、リョーマは執務室を先に出て行く。

残された手塚は(そんなに顔に出ていたか?)と頬に手を当てた。

実際、嬉しいのだからしょうがないじゃないか。



翻弄されてる振りをして、内心ではリョーマの提案を喜んでいる。

似合いの二人だな、と呟いた。


終わり


2011年10月04日(火) それよりも、君が側にいてくれること 跡リョ

退屈なパーティー。誰の為の誕生日だというのだろう。
愛想笑いをしつつ、跡部は心の中で何万回目かの溜息をついていた。
この中の何人が自分の誕生日を心から祝っているのだろう。
きっと一人もいないな、と考える。
ここにいるのは跡部の家との繋がりで付き合いとして来ている人々ばかりだ。
勿論それについて責めることは出来ない。
これもビジネスの中の一つだ。
跡部家の子息として相応しい振る舞いをするべきだ。今まで教えられた通り、ちゃんとやれる。
たとえ両親がこの場にいなくても、その程度の処世術も身に付けている。
愛想よく振る舞い、利用出来る者とそうでない者を見抜いて振り分けて行く。
これからも、そうやって生きて行く。
自分の道はここにあると早くから自覚していたはずなのに。

今年に限って不満に思うのは、リョーマに出会ったからだ。
損得無く、心から好きになった跡部の大切な人。
その人と一緒に誕生日を静かに過ごしたいと思って何が悪い?
自分だって人並みの幸せが欲しい。
誕生日くらいは恋人と一日ゆっくりいちゃいちゃとした時間を楽しみ、祝ってもらいたい。

だけど、そんな我侭も通せない。
跡部の家を背負っている以上、勝手な振る舞いは許されない。
もし、パーティーを放り出してリョーマとの時間を選んだら、
両親は決して許さないし、その原因の追求に乗り出すだろう。
そうなったら、リョーマに迷惑が掛かる。二人の中を引き裂くために、どんな手段を選ぶかはわからない。
今はまだ、リョーマを守れるほどの力を持っていない。
だからこそ大人しくしている必要がある。
どんなに一緒に居たくても、いられない。
その事情はリョーマもよくわかっていて、「しょうがないよね」と笑って受け入れてくれた。

「跡部さんが、色んな付き合いを大事にしないといけないのはわかってる。
俺は、こうして一緒に誕生日の朝を迎えただけでも充分っすよ」

当日を共に過ごせないのなら、せめて前日は泊まりに来て欲しい。
跡部の我侭を、リョーマはあっさりと叶えてくれた。
普段はヤダとか、なかなか言うことを聞かないくせに、こんな時はすんなりと跡部の望みを受け入れてくれる。
平日の泊まりということで父親に色々文句を言われたようだが、絶対に遅刻しないという約束をして、跡部の元へと来てくれた。
一番最初に「おめでとう」と言って、キスしてくれた。
そんなリョーマを放せないと思ったが、いつまでも引き止めていたら父親との約束を破ることになる。
渋々車で学校へと送って、また明日会おうなと約束した。

(あいつの顔が見たい。今すぐに、だ)

こんなおざなりの「おめでとう」を言う連中とでなく、リョーマと過ごしたい。そんなささやかな望みも、今は叶わない。
強張りそうな顔をどうにか笑顔にして、いつになったら叶えられる力を得られるんだろうなと、そんなことばかり考えていた。



結局、お開きになったのは22時を過ぎてからだった。
平日で、明日も学校がるという跡部の立場を考えてか、それ以上ぐずぐずと留まっている客もおらず、それぞれ帰って行った。
(疲れたな……)
風呂に入って明日の支度を終えたら、今日は寝てしまおうかと考える。
いつもより早い就寝となるが、くだらない話に延々と付き合っていた所為で気力が消耗している。
(早く明日になればいい)
そうしたらリョーマの顔が見られる。。部活があるからその後でしか会えないが、それでもいい。
上辺ばかりの会話をしていた所為か、遠慮も何もないリョーマの言動が無性に恋しくなっていた。
(こんなこと位で疲れるなんて、俺もまだまだ、だな)
リョーマの立場を守る為にも、自分は強くならなくてはいけない。
早く大人になりたいものだと、そっと溜息をつく。


「景吾様」

使用人の声に、跡部は慌てて背筋を伸ばした。
まだ気を抜いていい時間ではない。しっかりしなくては。
「どうした」
「お客様がいらしています。今、客間にお通ししました」
「こんな時間に?誰だ」
非常識だな、と顔を顰める。招待状を出さなかった誰かが終わった頃を見計らって挨拶にでも来たというのか。迷惑な話だ。
しかし誰かわからないのに、追い返せとも言えない。
今後両親の仕事に繋がるような人物なら、丁重にお迎えするべきだ。
「誰だよ。名前は聞いたのか?」
「それが、いらしているのは越前様で」
「リョーマが!?」
「はい、」
最後まで聞かずに、跡部はその場を飛び出した。

どうして、リョーマがこんな時間に家に来るのか。
何かあったのかと逸る気持ちで廊下を走る。
目的地のドアを慌しく開けると、「走っている音、聞こえたっすよ」と立ち上がったリョーマが笑顔を浮かべて言った。

「お前、どうしたんだ……こんな時間に、家出か?」
よく見ると、リョーマは昨日と同じようにラケットバッグを持っている。
服装は違うから一旦家に帰ったのはわかる。
着替えてから学校に行く準備をして、またここに来たのだろう。
「家出なんでするわけないじゃん。親父とはちょっとケンカしたけど、何とかなるでしょ」
「ケンカ?どうして」
「今日もここに泊まるって言ったら怒られた」
真っ直ぐこちらを見て言うリョーマに、「今日も?どういうことだ」と尋ねる。
約束なんて、勿論していない。パーティーが何時に終わるかも伝えていなかった。
それなのに良く来たよなと、味跡部は首を捻る。
父親に怒られてまで、来る必要があったのか、と。

すると、「だって昨日、俺に散々愚痴っていたじゃん」とリョーマは少し呆れたように言った。
原因はお前にあるというような言い方だ。
「パーティーなんて面倒だ。つまらねえ、疲れるだけだって言っていたの忘れたんすか?」
「いや、それは忘れてないけど、なんでお前がここに来ることになるんだ?」
「だから!そんなのに付き合わされて、へとへとになっているんじゃないかと思って様子を見に来たんだけど?」
「……」

それ位わからないのか、とリョーマは少し責めるように言った。
あまりに意外な理由だったので、跡部は返事をするのに少し遅れた。
まるで、心配されているような。
(違うか、本当に心配されているんだな)
年下のこの小さな恋人の気遣いに、じんわりと心が温かくなる。
だけど、全面的に受け入れるわけにもいかない。
時間も遅く、しかも父親の反対を押し切って来たというのはやはり良くないことだ。

「見に来たってそんな理由かよ。親父さんとケンカするまでのことじゃねえだろ」
本当は嬉しかったが、ここは年上らしくたしなめるべきだ。
リョーマの負担になるようなことはあってはいけない。
両親の心証が悪くなることは避けて当然のことだ。

そんな風に思う跡部に対し、リョーマはフッと小さく肩を竦めた。

「好きな人のことを心配するのは当然じゃないっすか。
親父が何を言おうが関係ない。
俺がそうしたいから、ここに来ただけっすよ」
「リョーマ」
「でも迷惑だって言うのなら、帰るけど」
「いや、駄目だ。帰るな!」
荷物を手にして今にも部屋から出て行きそうなリョーマの肩を掴み、引き寄せてぎゅっと抱き締める。

「来てくれて嬉しかった。つまらねえパーティーなんかより、やっぱりお前といる方がずっといい」

本音を伝えると、「知ってるよ」とリョーマは腕の中で笑った。

その笑顔に、疲れもどこか飛んでいくのを感じる。全く、現金なものだ。
疲れているだろう恋人を気遣って来てくれた気持ちは、どんな豪華なプレゼントも敵わないだろうな、と跡部は思った。

「ところで明日、俺のこと家まで送って行ってくれるっすか?」
「当然だろ、そんなの」
「多分、親父が嫌がらせして家に入れてくれないと思うから、一緒に言い訳考えてくれる?」
お願いというように見上げて言うリョーマに、「ああ」と跡部は頷いて、髪にキスを落とす。
それ位、お安い御用だ。

「俺の為にここまで来てくれたんだからな。言い訳でも謝罪でも、一緒にしてやるよ」
「じゃあ先に言っておくけど、殴られそうになったらすぐに逃げてよ」
「なぐっ……!?」
「何、怖いの?」
「そんなわけないだろ!」

覚悟はしないといけないなと思いながらも、
明日のことはその時考えればいいか、と直ぐに頭を切り替える。
今は何より、リョーマが近くにいることを感じていたい。

「まだ、俺の誕生日は終わってねえ。最後まで付き合えよ」

自室に行こうとリョーマの手を引っ張ると、
「いいよ」と素直に頷いてくれた。

今日という日の締め括りは、気分良く終われそうだ。


終わり


2011年10月03日(月) プレゼントをくれてやる  跡リョ

「今日は俺様の誕生日だ。覚悟して来たんだろうな?あん?」

何故か勝ち誇ったような顔をして言う跡部に、
リョーマは溜息をついた後、「頭、大丈夫?」と問い掛けた。
誕生日だからって、何故そんなに偉そうなのか。ああ、でも偉そうなのは元からか。
それにしたって覚悟ってなんだ。
これまでの経験から、ろくでもないことに決まっている。
どうしてくれようかと、跡部を睨み付ける。

「なんだ、その顔は。俺の誕生日を祝いに来たんだろ?
なのに頭の心配をするとは、どういうことだ」
「どうもこうも。こっちは本気で心配しているんだけど。病院行く?」
「真剣に言うな!まあ、いい。とにかく今日は俺が主役なんだから、今から言う通りに」
「ちょっと待って。何言おうとしてんの?」
「決まってるだろ。今日という日は何をしても許されるはずだ。
お前は俺を祝う立場にある。俺の望みを何でも叶えてくれるってことだろうが。
さあ、越前。まず服を」

最後まで言わせず、リョーマは跡部の腹に思い切り拳を叩きつけた。

「ふざけるなよ……」

床に蹲った跡部を冷たい視線で見下ろす。

「これ以上くだらない妄想を垂れ流しにするつもりなら、帰るけど?」
「帰るなよ!今日は俺の誕生日なんだぞ!お前が祝ってくれないと寂しいじゃねえか!」

すがってくる跡部に、「だったら、もうおかしなこと言わないでくれる?」とリョーマは言った。

「だ、だって特別な日なんだから、ちょっと位は俺のしたいようにしてもいいじゃねえか」
「わかった、帰る」
「悪かったって!もう言わねえよ!」
「よし」

だったらいいよと、外へ向かおうとする足を止める。
涙目になっている跡部に、変な顔、とちょっと笑った。

「誕生日だからって、好き勝手出来るわけないじゃん。
何、勝手に盛り上がってんの。信じられない」
「こんな時くらいしか、俺のお願いは聞いてもらえないかと思ったんだよ。悪いか。
色々、考えてわくわくして眠れないほどだったのに……」

袖口でそっと涙を拭う跡部に、リョーマは何考えているんだと呆れてしまう。
しかし次の瞬間には、跡部は明るい顔をしてこちらに向き直った。

「けど、お前が帰るって言う位なら我慢した方がマシだな。
仕方無い。今年は諦めてやることにしてやろう」
「今年は、って来年も跡部さんが考えているような望みは叶えるつもりはないんだけど……」

しかし跡部はリョーマの言葉が届いていないように(聞こえない振りをしているだけかもしれない)、
「さあ、食事にするぞ!誕生日だからいつもより豪華なもの作らせてる。きっとお前も喜ぶはずだ」と声を上げた。

「俺が喜んでどうすんの。跡部さんの誕生日なのに」
「構わねえよ。お前の笑顔が見られることが、俺にとって何より嬉しいプレゼントだからな!」

さっきまで疚しいことを考えていたくせに、笑顔で恥かしい台詞を吐く跡部にリョーマは頭を抱える。

(これが無意識だから、余計怖いよ……)

変な所で純粋だから、困ってしまう。

「ん?どうした、越前」
「いや、プレゼントは一応あるっちゃあるんだけど」
「本当か?お前がくれるものならなんだって喜んで受け取ってやろう」
「あ、いや……そんな大層なもんじゃないから。期待されても、困る……」
「なんだ、煮え切らないな。けど、後の楽しみにしておくから、今はまず飯を食おうぜ」

跡部に手を引かれて、豪華な(いつも豪華なのだが、今日はそれ以上のものを出してくれるらしい)食事を用意されている部屋へと向かう。


(どうしよう……。プレゼントが、まさか『俺本人』とは思っていないんだろうな)

さっき、釘を刺したばかりだ。
でもあれは跡部から仕掛けられるのが嫌なだけで、実は自分からするのはOKだったする。
自分が主導権握っているのなら、妙なことをされる心配が無い。
’たまには越前が積極的になってみたら?’
’きっと跡部も喜ぶよ!’
そんな先輩達の要らぬ助言も、誕生日だからやってみようかなと耳を傾け、資料も色々借りた。
この位ならなんとかやれそうかなという心積もりで、今日はここにやって来た。

(なのに、跡部さんが息荒くしてキモい顔して迫って来るから、いきなり挫けたんだよな……)

この後、どうやって『プレゼント』を渡そうかと悩んでしまう。


「おい、どうした?まさか食欲が無いとか言うなよ」

黙り込むリョーマに、跡部が心配そうに顔を覗きこんで来る。

「ううん、食事楽しみだなと思って」
「そうか、そうか。いっぱい食えよ。ケーキも用意させてあるからな」
「だから、誕生日の主役は俺じゃなくてあんたでしょ……」


悩んでいても仕方無い。

頃合を見て、押し倒すか、と考える。
跡部が何を希望していたか知らないが、自分なりに喜ばしてやろうと腹を括る。




食事の後、二人きりになった途端、跡部はリョーマの足払いによってベッドに倒れこむことになる。
そして。

「跡部さんは動かないで。今日は俺が、……頑張ってみせるから」

何を、だと一瞬青くなるが、たどたどしく衣服を脱がして行くリョーマの手を見て、
様子を見ておこうと跡部はこの状況を楽しむことにした。
動かなくてもいいと言うこの状況も、考えてみれば面白いことだ。

リョーマという『プレゼント』をじっくり一晩中受け取った跡部は、また新たな扉を開けたことを知った。




その翌日はご機嫌過ぎる様子で登校し、氷帝の人々に思い切り引かれたりもしたが、
何も気にすることなく、リョーマとの幸せな記憶に浸り続けていた。


ちなみに再びリョーマに「またあの時みたいにやってみろよ」と命令した所、
「調子に乗るな」とぼこられたのは言うまでも無い。


終わり


2011年10月02日(日) 二人、間違う 不二→←リョ

不二side:

こんなつもりじゃなかった。
何度も不二は心の中で繰り返した。
自分が間違っていること位、わかっている。
だったら、今すぐにでも止めるべきだ。まだ間に合う。
拘束している手を自由にして、彼の上からどいて、それから謝罪をする。
許してもらええなくても、謝るべきだ。悪いことしたら、「ごめんなさい」と言う。幼児だってわかる、簡単なこと。
殴られても、蹴飛ばされても謝り続けなければならない。
どんな仕打ちを受けても謝罪しか口にするべきではない。
ごめんなさい、ごめんなさい、と。

(わかっているのに、どうして)

不二は自分の下でもがくリョーマを、冷静に見詰めていた。
嫌だ、止めろとさっきから拒絶の言葉を吐いている。
拒絶。そうだ。リョーマは自分を受け入れようとしない。
当然だろう。好きでもない男に組み敷かれて、抵抗しないバカはいない。
リョーマが好きなのは自分では無い。
他の男を想っているのだ。

「越前」

謝罪をするべきなのに、出たのは全く違う言葉だった。

「暴れても無駄だよ」

どうしてだろう。ごめんなさい、が出てこない。
どこで自分は間違えたのだろう。

「どうせ誰も来ない。
君の大好きな手塚も助けに来ない。可哀相に、ね」
「なんで、」

大きく目を見開くリョーマに、こんな時だというのに不二は笑った。

気付かれていないとでも思ったのだろうか。
リョーマが手塚を特別視しているのは誰の目から明らかだった。
手塚がコートに出る度、ラケットを振る度、熱心に視線を注いでいる。もはや執着、と言ってもいい。

あれが自分に向けられたら、どんなに良いだろう。
何度も思うたびに、不二の心の中で淀んだような感情が溜まっていった。
決して一番になれない自分。どんなに走っても追いつけない、手塚との実力の差。
そして入学以来目を付けていたリョーマの心さえ、手塚に向けられている。
もう限界あった。
このままでいても手塚に敵わないのなら、いっそ力尽くで奪ってしまたい。

そして、チャンスが訪れた。
手塚は今、腕の治療の為に九州に行っている。
大石も氷帝との試合前に怪我した腕を見てもらう為に病院に行くと言って部活を休んだ。
「だったら今日は僕が部室の鍵を預かってあげる」
不二の申し出に大石は疑うことなく、鍵を差し出した。悪いな、とまで言ってくれて。
後は、簡単だった。
部活が終わった後、ちょっとだけ打っていかないかとリョーマを誘うとすぐに乗って来た。
中断された雨の日の試合の続きをしたがっているのは前からわかっていた。

「今度は俺が勝つっすよ」
疑いもなく言うリョーマに、不二は「そう、頑張って」と曖昧に微笑んだ。
この後、何が待ち受けているかなんて想像もしていないのだろう。なんて馬鹿で無防備な子なのか。
一時間程打った後、暗くなったのを理由に終わりを申し出る。
勝つまでは止めないとリョーマはごねたが、これ以上残っていたら怒られるよと宥めて、片付けに入る。

「また決着がつかなかった。
今度、フルセットで相手して下さいよ。曖昧なままで終わるのってムカつく」
「はいはい。それよりさっさと部室に行くよ」
急いでね、と言うとリョーマは疑いなくついて来た。
先にリョーマを部室に入れて、不二はそっと鍵を閉めた。
見回りが来ると厄介なので、電気も消す。

「不二先輩?なんで、電気消したんすか?」
戸惑うようなリョーマの声に構わず、無防備でいる小さな体を抱き締める。
「不二先輩……?あの、」
「ねえ、越前」
逃さないように、ぎゅっと抱き締めたまま耳元で囁く。
ああ、やっと捕まえることが出来た。嬉しくてたまらない。
こんなこと間違ってるのに、わかっていても止められない。

「今日はもう帰れないよ」

君の心が手塚に向いているのは知っている。
だったら、無理矢理でも壊してでもこっちを向いてもらおうか。












リョーマside:


こんなこと、間違っている。
不二の体を必死で押し退けようと、リョーマはもがいていた。抵抗していた。

「手塚は助けに来ないよ。悲しい?辛い?」

問い掛けて来る不二に、何を言っているんだろうと思った。
どうしてここで手塚の名前が出て来るのか、リョーマにはわからない。
何か誤解させるようなことがあったのだろうか。
勿論、リョーマは手塚のことはある意味、意識している。
それはいつか追い抜いてやりたい、勝ちたいという気持ちが強い。
実力は認めている。同世代の中では、手塚が一番かもしれない。
だけど、それだけでだ。
不二の言う意味で手塚を思っているわけではない。
なのに勘違いしたまま、不二は自分を暴こうとしている。

リョーマの頭の中に浮かんだのは嫌がらせという言葉だ。

不二は、手塚のことが好きなんだろうか。
それで周りをうろちょろしている自分が気に入らないから、こんな風にして遠ざけようとしているのか。
歪んでいる。
手塚のことが好きなら、こんなやり方をするべきではない。
大体、自分よりも手塚の周りにはファンだとかいう女子生徒達が沢山いるではないか。
そっちの方がよっぽど脅威のはずだ。女子、というだけで手塚に堂々と告白して恋人に発展する可能性が高い。
同性の、ただの後輩でしかない自分に危機感を抱くなんて不二は本当にどうかしている。


(そんなのもわからない位……)

よっぽど、手塚のことが好きなのか。

考えて、リョーマは悲しくなった。

不二に居残り練習を誘われて嬉しかったのに、待ち受けていたのがこんな結末だなんてあんまりだ。
手塚のことを好きで、自分を組み敷いてまで牽制しようとする不二の心に悲しくなる。
そんなに好きなら、手塚に言えばいいんだ。裏で妨害するよりも、よっぽど近道だ。
でもそれで上手く行ったら、もう不二は一切自分のことなど見てくれなくなるだろう。
憎まれても、こうして存在を認めてくれる方がよっぽどマシだということにリョーマは気付いた。


嫌がる振りをしても、リョーマは全力では抵抗しない。
衣服を剥ぎ取られても、不二の手が乱暴に体を撫でても本気を出して突き飛ばすことはしない。

「越前……」
こんなことしているくせに、不二の声は優しい。そして悲しげにも聞こえた。
手塚を思って、泣いているのだろうか。
今だけは自分を見て欲しいのにと、リョーマも泣きそうになる。

「ごめんね」

謝罪の声の共に激痛が走る。
痛みの所為にして、リョーマは涙を零した。

こんなことは間違っているのに、不二が自分を抱いてくれるなんて嬉しいなんて。


どうかしている。


小さく呟いた声は不二に届くことなく、静かな空気の中に消えて行った。

終わり。


チフネ