チフネの日記
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2011年09月28日(水) 気まぐれ猫のあやし方 不二リョ

気まぐれな猫。
リョーマを表現するのに、他に適切な言葉が見当たらない。
機嫌の良い時は触れさせてくれる。甘えてもくれる。
だけどそうでない時は近寄ることさえ躊躇ってしまう。
素っ気無い態度と言葉で引っ掻かれるからだ。

(今は、機嫌悪そうだな……)

荒っぽいテニスをするリョーマを見て、不二はさてどうしたものかと考えた。
ほとんどの部員は気付いていないようだが、リョーマと付き合いしている分だけ気持ちの変化がわかるようになった。
ボールに八つ当たりして、苛立ちを発散しているようだ。
何か嫌なことがあったのかと、推測する。

(今朝までは普通だったはずだ……)

朝練の時に挨拶した時はこんな風ではなかった。
教室に行く前に、「今日、一緒に帰れる?」と聞いた時も、「うん」と素直に返事してくれた。
だとすると、その後何かあったとしか考えられない。

ボールを逸らしたリョーマが、一瞬動きを止める。
視線に気付いたらしくこちらを向いたが、ふん、と思い切り目を逸らされた。
何?と不二は目を瞠ったが、リョーマはまたラリーへと戻ってしまう。

(ひょっとして不機嫌の原因は僕にあるの?
でも、朝練の後で接触は無かったよね。何かした覚えは全く無い。
言ってくれないとわからないよ)

リョーマの扱いはとても難しい。
その日一日ずっと機嫌が良いとは限らない。
理由を聞こうにも「こっち来るな」と、目で牽制される。
どうしたらいいのか、普通なら頭を抱えて動けなくなるところだ。

だけど、もう不二は悩んだりしない。そこら辺は既に乗り越えている。
くよくよ悩むより前進あるのみ。リョーマに対してはそれが一番有効的なやり方だ。

(悪いけど、このまま放っておくわけにもいかないんだよね)

恋人が苛立っているのに、何もしないでいられるわけがない。
今日の内に解決したいと考える。
たとえ毛が逆立つ位に威嚇されても怖くない。
リョーマが心を開くまで根気良く話を聞くつもりだ。

(そうと決まったら、話し掛けてみるか)

交代の声に、リョーマがコートから出るのが見えた。
タオルを持って、外へと出て行く。水分補給をしに行くのだろう。
そっと不二もさり気なく、その後へと続く。
勝手な行動をするなと怒られるかもしれないが、それでも構わない。
罰を言い渡されるよりも、リョーマの方が大切だから仕方無い。

足を進めて行くと思った通り、リョーマは水飲み場にいた。
ぼんやりと流れている水を眺めている。彼らしくない表情だ。
「越前」

名前を呼ぶと驚いたように振り返る。

「不二先輩?まだ練習終わっていないんじゃないの?」
「そうだけど、君の事が気になったから、ついて来ちゃった」
「来ちゃったって。後で怒られても知らないっすよ」
呆れたように言うリョーマに、不二はにこっと笑った。
「心配してくれているの?」
「誰が?後で部長にグラウンド30周」って言われても、自業自得っすよ」
「ふうん。でもその越前にちょっと話をしようか」
「話って……」

リョーマは目を逸らしてしまう。
不二はその顔を両手で掴み、無理矢理上へと向かせた。
「不二先輩、何してるんすか」
「ねえ。さっきからどうして僕の顔を見ようとしなの。話し掛けても無視したでしょ。
僕、何かした?これでも傷付いているんだけど」
「それは……」
「それは?」

よく聞こうとして顔を近付けると同時に、手を払い除けられる。
爪が引っ掛かったのか、手の甲にぴりっと痛みが走った。
猫の爪みたいだと、呑気に思う。

「あ、ごめん……」
一瞬申し訳無さそうな顔をするrに、不二は「平気だよ」と笑う。
「大丈夫。それより越前が何も話してくれない方がずっと苦しいよ」
「……」
「このままだと夜も眠れないかも」
「大袈裟っすよ」
「大袈裟なんかじゃない。だってずっと越前のことを考えているんだから。
避けられたりしたら、悲しくて泣きそうになるよ」

情に訴えると、リョーマがうろたえるのがわかった。
後押しと、不二は更に続ける。
「本当に何も話してくれないつもり?僕には言えないことなの?」
「そ、そうじゃなくって!」
慌てたようにリョーマは声を上げる。
よし、このまま話してくれそうだと、不二はこっそり拳を握り締める。
なんだかんだと言って、リョーマは悲しげな顔を見せると途端に本音を話してくれる。
気まぐれ猫のあやし方はこれで大方マスターしたと言ってもいい。
勿論、リョーマには内緒の話だけれど。


「それで、どうしたの?」
優しく尋ねると、「今日、クラスの女子達の会話が聞こえたんだ……」ともごもごと口を動かす。
「不二先輩のこと、話していた。格好いいだの、付き合ってみたいとか、告白してみようかとか騒いでてさ。
先輩と付き合っているのは俺なのに、好き勝手なこと言われて、なんか気分悪かった。
それに色んな人にモテる先輩にもムカついた」
「それだけ?」
「うん」
「……」

なあんだと、不二は肩から力を抜いた。
自分が何かしでかしたわけでは無かった。
これなら仲直りもさほど難しいものではない。

「つまんないことで八つ当たりして悪かった。ごめん」
謝罪するリョーマに、不二は「そんなことないよ」と笑って言った。
「焼きもちやいてくれていたんでしょ。ちょっと嬉しかったよ」
「焼きもちじゃないっすよ……」」
違う、と口では言っているけれど、表情までは隠せない。
可愛いなと思いつつ、リョーマを宥めることを優先させる。

「うん。でも他の人に勝手なこと言われて、苛々したんだよね。
だから、いっそのこと宣言しようか?」
「何を?」
「僕は越前のものだって。そうしたらもう、そんな風に言われることは無くなるんじゃないかな」
「そんなことしなくてもいいっ!」
焦るように言うリョーマに、「その方がきっと早いと思うんだけどな」と、返す。
また同じようなことが起きて、リョーマを苛々させる方が嫌だ。
自分はこの子のものだって言ってしまえば、告白しようとする女子も減るだろう。
それにリョーマの方にも悪い虫が寄って来なくなる。二重の意味で良い方法だ。

「ヤダ。恥かしい。絶対それだけは駄目だから」
だけどリョーマに必死に止められる。
「駄目なの?」
「今回は俺が悪かった。だから、宣言だけは止めて下さい。お願いします」
「しょうがないなあ」

不二はリョーマの頭を軽く撫でて、「わかった」と頷いた。

「でも覚えておいて。
誰が何を言おうが、僕は君のものなんだって。いつでも宣言出来る心構えがあるんだからね。
もう不安な顔しないで」
「不安でもないし、心構えとか言われても怖いんだけど。……わかった」


ほっとしたように笑うリョーマに、これで解決したかな、と不二も胸を撫で下ろした。
これで機嫌は直ったようだ。
今後もまたどうなるかわからないが、今ここで笑ってくれるのならそれでいい。


「不二!いつまで遊んでいる!」
コートから顔を覗かせた手塚の厳しい声に、「あ、見付かったみたい」と振り返る。
「そうみたいっすね」
「手塚、怒っているよね……」
「うん」
顔を見合わせる二人に、「越前もだ!いつまで水分を補給している!二人共グラウンド30周して来い!」とお得意の言葉が降って来る。

「なんで、俺まで!?」
「さあ、一緒に走ろうか。越前」
「だから、なんで!」
揉めている間に「ボヤボヤしていると10周追加するぞ!」と手塚の鬼のような声が響く。

「不二先輩の所為だからね!」
「え、ちょっと」

先に走り出すリョーマの後を慌てて追う。

やれやれ。また機嫌を損ねてしまったようだ。
数秒前の笑顔がすっかり消えてしまった。


気まぐれな猫。でも、そんな所も嫌いじゃない。
そんな猫が自分だけに向ける信頼の笑顔が、とびきり可愛いから。


(走り終わったらまずはファンタを買って、宥めてみるか)

一本じゃ足りないかもしれないなと、小さな背中を追いながらそんなことを考えた。


終わり


2011年09月25日(日) 仲直りはクッキーの味  跡リョ

(今日も、メール無しか)

リョーマがマメな奴じゃないことはわかっている。
だけど期待してしまう自分がいて、嫌になる。
こんな時に、連絡を寄越すわけが無いのに。

本当ならこちらからするべきなのかもしれない。
しかし拒否されるのが怖くて、出来ないのだ。
臆病者だと、跡部は自分を笑った。

だったら、あんなケンカをしなければ良かった。
つまらないことを言って、怒らせた。今は後悔している。

(わかってる。全部、俺の勝手な言動の所為だ)

自分と一緒にいるのに、同じ部の先輩から来たメールに返信するのを見て、腹が立った。
そいつらとは毎日会える。なのにそっちを優先するとは、どういうことだ。
怒る跡部に、リョーマは最初は何を言われているのかわかっていないようだった。
「明日の朝練のことで連絡回って来ただけっすよ。
わかったって返事しただけなのに」
「俺といる時にするなって言っているんだ。帰ってからでもいいだろが」
すると、リョーマは傷付いたような顔をした。
言い過ぎた。
直ぐに反省するが、口から出た言葉は取り返せない。
口篭る朝練に、リョーマは静かに切れた。

「そんなことまで、あんたに干渉されたくない」
「そんなことだと?」
「くだらない。たかが1分も掛からないことも我慢出来ないんすか。カルピン以下だよ」
「てめえ、俺が猫以下だって言うのか」
「猫の方がいい。比較するのも失礼だね」
「……」

リョーマが帰る!と怒って出て行くまで、言い争いは続いた。

今になって思うと、くだらない話だ。
冷静になると、たかが連絡網にあそこまで熱くなる必要は無かった。
少しだけ我慢すれば良かったのに。

(リョーマに対してだけ、抑えが利かない)

これまでの女性関係は付き合ったと言えないようなあっさりしたものばかりだ。
去るものは追わない。しつこしくされたら、すぐに終わりを告げる。
相手が他の誰かと電話しても、興味など無い。
こんなにも心を乱すのは、リョーマだけだ。
独占したい。他の誰かが近付くのが許せない。
特に青学の連中は無条件で信頼を得て、リョーマと毎日会えるのだ。嫉妬するのも当然だ。
ただの言い掛かりだとわかっても、腹立つものは仕方無い。

しかしこちらから歩み寄らなければ、いずれリョーマから三行半を叩きつけられるだろう。
いや、既に呆れられているかもしれない。
子供みたいに我侭を言う跡部に愛想を尽かし、青学の誰かと付き合うことを決めたということも……。

(まだ俺の妄想に過ぎない。落ち着け)

気持ちを静めるように、大きく肩で呼吸をする。
先走った考えで絶望している場合ではない。
謝罪は苦手だが、この際形振り構っていられない。
リョーマの所へ行こうと、跡部はようやく決意した。
さすがにメールで「悪かった」の一文で済まされないこと位はわかっている。
顔を見て、謝ろう。

(で、来てみたのはいいが……)

「景吾様、いつまで走っていれば良いのですか?」
さっきから車は越前家の周りをぐるぐると走っているだけだ。
不審な声を出す運転手に「もう少しだ」と跡部は告げた。
心の準備が出来ていない。
リョーマと会う勇気が後一歩足りないのだ。
いっそのこと出直そうかと考えた瞬間、越前家の玄関が会いた。

「リョーマ!?」
跡部の声に驚いたのか、運転手が急ブレーキを掛ける。
前につんのめりそうになるのを、手で咄嗟に堪える。
その間にリョーマは車に向かって走って来た。
そして窓を小さくノックする。
慌てて跡部はドアを開けた。

「何してんの。人の家の周りを何度も走って、近所迷惑なんだけど」
「あ……。いや、悪かった」
そんなつもりでは無かったが、思った以上に目立っていたようだ。
溜息をつきながらリョーマは「ここで話をするのもなんだから、家に上がって」と言う。
「だけど」
「車はどこか余所にやってよ。この辺に停めると道が塞がれるから」
「あ、ああ」
話をしに来たのだ。リョーマから家に入ってと言われて、断る理由も無い。
跡部は運転手に一度家に帰るよう指示を出し、車を降りた。

リョーマの後に続き、家の中に入る。
さっきドアを開けた時にも思ったのだが、リョーマの体から何だか甘い香りがする。

(菓子でも食っていたのか?それとはまた違う気がするが)

家の中に入ると、その香りがもっと強くなる。
そうか。菓子を焼いているのかと、納得する。
同居しているリョーマの従姉はよく菓子作りしている。
ここに来るとお茶と一緒に出されるので、跡部も何度か食べたことがあった。


すると奥からその従姉が「リョーマさん。早かったですね」と顔を出した。

「あら、跡部さん?」
「こんにちは」
挨拶をすると何故か彼女は「まあ、丁度良かった」と笑って手を合わせる。
「ねえ、リョーマさん。手間が省けましたね」
フフッと微笑む従姉に、わけもわからず跡部は首を傾げる。
「菜々子さん、しーっ。
跡部さんは俺の部屋に行ってて。お茶、持って行くから」
「いや、気を使わなくても」
「いいから!先、行ってて」

追い立てられるようにして、跡部は階段を上った。
一体、なんなんだ。
何を隠している?

リョーマの部屋のドアをそっと開ける。
相変わらず散らかっていて、空いているスペースに腰を降ろした。
室内をぐるっと見渡し、ここに来るのが今日で最後にならないようにと願う。
その為にも、これからの会話が重要になる。
上手く出来るだろうかと、跡部は柄にもなく緊張していた。

「お待たせ」

リョーマの声に、ぴくっと反応する。
思わず正座すると、「何、改まってんの」と苦笑交じりで言われる。
「いつも通りにしたら?なんか、あんたらしくないっすよ」
リョーマは片手にトレイを持っている。ジュースが注がれたグラスと、クッキーが入った籠が乗せられているのが見える。
さっき従姉が焼いていたものだろうと、察する。

「あのさ、跡部さん」
トレイを持って近付いて来るリョーマに、、「この間はすまなかった!」と跡部は勢い良く頭を下げた。
「え、どうしたんすか」
困惑してるのがわかったが、構わず謝罪を続ける。
「自分でも大人気ないことをしたと反省している。
もう、あんなことは言ったりしない。だから別れるなんて言わないでくれ!」

必死、だった。見捨てられたりしたら、どうしたら良いかわからない。
考えただけで、泣きそうになる。
こんな見っとも無い謝罪を受け入れてくれるかわからないが、他にやり方を知らない。

何も言わないリョーマにやっぱり怒っているのかと、下げたままの頭をそのまま床に突っ伏したくなる。

だが、「別れるなんて言うつもり無いけど」と、さっきより柔らかい声が聞こえた。
「本当、か?」
恐る恐る顔を上げると、「うん」とリョーマは頷く。
「この間はムカついたけど、俺ももう少し冷静になるべきだった。その点は反省している」
「リョーマ」
「けど、連絡網くらいは許して欲しいんだけど。
跡部さんのことを蔑ろにしているわけじゃないんだから、理解してよ」
「わってる。この間のは気の迷いだ」

本当はまだちょっとだけ青学の連中に対して嫉妬する気持ちはあるのだが、そんなの挙げていたらキリがない。
どこかで折り合いを付けるしかない。リョーマとこの先ずっと付き合う為にも、自分の気持ちをコントロールするべきだ。
まだまだ成長が必要だと、跡部は呟いた。

「それで。はい、これ」
「なんだよ?」
トレイを押し付けられて、跡部はぽかんと口を開けた。これが、なんだと言うのだ。
今の話と関係あるのか。
「クッキーだよな?菜々子さんが焼いたんだろ」
「よく見てよ」
「……?」
丸型のクッキーにチョコレートペンで模様が描かれている。
菜々子にしては歪な模様だ。一枚一枚違うのかと確認すると、それが文字だということに気付く。

「タイギスメンゴイ?何の暗号だよ」
「あ、持って来る途中で入れ替わった!」

慌ててリョーマは籠の中身を手で弄り始める。
一体何なんだと、先ほど読んだ文字を頭の中で反芻する。

(イタイスギ?違うな。ダイスキ…?って、違う文字入っているじゃねえか)

考えている間に、リョーマが「はい」と改めて籠を差し出して来る。

「イ・イ・ス・ギ・タ・ゴ・メ・ン……。お前、これって」

顔を上げると、「な、菜々子さんが素直に話せないのなら、こうするのがいいって言うからアドバイスに従っただけ」と顔を赤くしたリョーマが目に入る。

「これ、お前が作ったのか?」
「ほとんど菜々子さんに手伝ってもらったけどね。でも、文字は俺が書いた」
「……」

リョーマの手作りクッキー。
感動で、跡部は言葉も出ない。
こんな可愛い仲直りをしてくるやつ(例えそれが従姉の入れ知恵でも)、他にいない。

「一緒に食べよう。それでこの間のことは水に流す。それでいいよね?」

にこっと笑って一枚のクッキーを差し出すリョーマの手を、跡部は掴んだ。

「どうしたんすか?」

どうもこうもない。
どれだけ嬉しいか、リョーマはわかっていないらしい。

「食べたくないんすか?」
違う、と首を振って、跡部は答えた。

「そうじゃなく、勿体無くて食べられそうにない」

永久的に保管するのは可能だろうか。

見る度に自分のバカさ加減と、これを作ったリョーマの気持ちをする思い出す為にも、
このままずっと残しておきたい。

真剣な顔して主張する跡部に、リョーマは「またそんなことわけわかんないこと、言い出して……」と呆れた顔をする。

「いいから、食え!ほら!」
「おい、越前!」

口を開けた所に、無理矢理クッキーを詰め込まれる。

仲直りする為に作られたそれは、とても甘い味がした。


終わり


2011年09月21日(水) 寂しくなったら、呼んで  跡リョ

「同じ学校だったら良かったとか、考えたりしねえの?」

自転車を漕いでいる桃城の背中に、リョーマは「え?」と聞き返した。
いい風だなとぼんやりしていたので、よく聞き取れなかった。
「聞いてなかったのかよ」
「あー、うん」
「人の自転車に乗っておいて、寝るなよ」
「わかってる」
「どうだか」
「それで、何の話だっけ?」
「だから、跡部さんと同じ学校だったら良いなとか、お前は考えないのかって話だよ」
言われて、リョーマは「なんだ、そんなことか」と軽く返事する。
「そんなことじゃねーよ。割と重要じゃねえか?」
さらに絡んで来る桃城に、リョーマは首を傾げた。

跡部と付き合っていることは、青学レギュラーには知られている。
隠すつもりもなかったので、先輩達に聞かれた時点でリョーマは正直に話した。
結果、跡部と三年生達の間でリョーマの知らぬ所でひと悶着あったらしいのだが、
今は平和に過ごしている。
桃城は「お前が決めたことなら、特に言うことはないな」と、笑って認めてくれた。
今まで詮索することも無かったのに、今日は一体どうしたのだろう。

「学校が同じってそんなに重要なこと?別に毎日会えなくても、不都合は無いけど」
「お前に聞いたのが間違いだった。普通は会いたいって思うだろ。好きな奴が相手なら、尚更だ」
「桃先輩?誰かそういう相手でもいるんすか?」

桃城の口調から、他校に好きな人でもいるのかと思って鎌をかけてみた。
すると後姿でもはっきりとわかる位、桃城の耳が赤くなった。

「え、相手は誰?俺の知っている人?」
「あー!もう、うるせえよ!自転車から降りろよ」
「ここで降ろしたら、他の先輩達に今の会話を全部言うから」
「頼むから止めてくれ!」
悲鳴を上げる桃城に、「じゃあこのままマックに直行ね。当然桃先輩のおごりで」と付け加える。

「わかった……。でも絶対、秘密にしろよ」
「っす」
「あー。なんて奴に質問したんだ。参考にもならねえし、踏んだり蹴ったりだ」
「さっきの同じ学校だったらってやつ?桃先輩はどう思ってんの?」
「そりゃ同じなら今より一緒に居られるから、いいに決まってるだろ。
会えなくて寂しいとか、考えなくても済むからな」
「寂しい?」
「茶化すなよ。お前は違うかもしれねえけど、跡部さんは俺と同じ意見かもしれないぞ?」

まさか、と返事をしてから、リョーマは跡部のことを考えた。
向こうは向こうで自由にしているとばかり考えていたから、気にもしたことが無かった。










翌日。
「ねえ、寂しいって思ったことある?」
「いきなり、なんだ」

跡部と会う日だったので、リョーマは昨日の疑問を早速ぶつけてみることにした。
考えるよりも聞いた方が早い。それがリョーマの考え方だ。

「桃先輩がさ、別の学校だとあんまり会えなくて寂しくなる時もあるんじゃないかって言うんだ。
でも俺そんなの気にしたこと無かったんだけど、跡部さんはどうなのかって気になった」
「気にもしないって……、そこ、やけに引っ掛かるな。
まあ、お前らしけどよ」
軽く溜息をついて、跡部はリョーマの額に手を置く。そしてぐいっと上へ引き上げた。
目が合った状態で、答える。
「正直に言うと、同じ学校なら良かったと思ったことはある」
「そうなんだ」
意外、と目を瞠ると、「そんなの当たり前だろ」と苦笑いされる。

「好きならもっと一緒にいたいと思うのは当然だ。
お前の感覚こそ、どうなっている。俺のこと、好きじゃねえのかよ?」

問われて、リョーマはぐっと口篭った。
ここで質問されるとは思わなかった。よりによって、答え辛いやつを投げて来るなんて、ずるい。
だけど手を振り解いて誤魔化すのは、自分の質問に答えてくれた跡部に不誠実な気がして、
リョーマは目を合わせたまま「それは、まあ……」ともごもごと口を動かした。

「はっきり言えよ」
「好き、だよ。
でも跡部さんといると、平和な学園生活が送れない気がして、やっぱり同じ学校っていうのは無理かも」
「ああ?」
「だっていつも注目を集めているような行動ばっかり取るじゃん。
側にいると、俺にも視線が集まりそうでおちつかない。だから別の学校の方がちょうど良いっていうか……」
言い訳をすると、「仕方ねえな」と跡部は額に置いていた手を上に持って行き、髪を優しく撫で始めた。

「まあ、好きって言葉が聞けただけ充分だ。
それに俺も時々、これで正解だったと思うことがある」
「正解って?」

どういうこと、と瞬きしている間に、今度は肩を引き寄せられる。

「お前みたいな危なっかしい奴、側に居たらいつもハラハラして心臓が持たない」
「悪かったね」
「全くだ。誰にも見せないよう、閉じ込めておきたくなる」
「え?」
「冗談だ」
笑いながら、跡部はリョーマの鼻を軽く抓んだ。

冗談なんて軽い口調で言ったけど、少しだけ真剣さが滲んでいた。
その位、リョーマにもわかるようになっていた。

「じゃあ、お互い今のままで良かったってことっすね」
「ああ」

頷く跡部の頭に手を伸ばし、ぐいっと引き寄せる。
「おい……」
驚いてる間に、軽く唇にキスをする。

「でも寂しくなったらすぐ呼んで。
その位のことは、俺にだって出来るから」

跡部が望むように、大人しく閉じ込めていることはきっと出来ない。
だからせめて、会いたいという望みは叶えたい。寂しくしないよう、側に居たい。

そう思いながら跡部の目を見詰めると、
「無理だな。お前を呼びつける前に、俺の方から会いに行く」と笑いながら、キスされる。

「俺が会いに行くって言ってるのに、なんであんたの方から来るとか言ってんの?」
「俺が行く方が早い。車を飛ばせば、直ぐだからな。
お前はバスの時間とかあって、結局会える時間が遅くなるだろ」
「そんなのずるい。だったら、走って行く。足には自信あるから」
「そういう問題じゃねえだろ……。
それより早く会えた分だけ、キスしろ。それで釣り合いが取れるな」
「どういう計算だよ」

調子に乗るな、と跡部の額を軽く叩いてやる。

痛い、と笑いながら言う跡部に、リョーマもつられて笑う。

別の学校に通っていることは、今更変えられない。
だけど、寂しさを埋められるのなら。



「でも……たまには、あんたが満足するまでキスしてもいいけど」



よろめいて床に転がる跡部を見て、今度は声を上げて笑った。


2011年09月18日(日) 不二リョ 諦めの悪い恋 不二→リョ(塚←リョ要素有り)

施設の一部を壊し搔けた枕投げの所為で、僕らは全員廊下に正座させられた。

だけど、その中に越前の姿だけは無かった。
逃げたのかな、と考える。越前なら、コーチに命じられても面倒くさいとさっさと部屋に入って寝ていそうだ。
でもそれなら同室の遠山君が「コシマエだけ、ずるいわー!」と騒ぎそうなものだ。
おかしいなと思い、解散時に僕はこっそり遠山君に話し掛けてみることにした。

「ねえ。越前は?一緒に枕投げしてたんじゃないの?」
遠山君はきょとんとした後、「コシマエなら、飯食ってからずっと姿見てないで。枕投げしようとわいも探しとったんやけどなあ」と言った。
「そう、なんだ」
「あいつ、どこに行ったんやろ。おーい、コシマエー!」
騒ぎ出した遠山君を「金ちゃん、もう遅いから静かに、な」と白石君が包帯を外しながら言う。
そしてこれから説教と、ずるずると引っ張って行ってしまった。

(越前、どこに行ったんだろう)

無意識に彼を探してしまう自分に、未練がましいなと思う。
だけど、好きなんだから仕方無い。
例え一度振られたって、気持ちが消えてしまうわけではない。
好きでいるのは、自由だと思う。
越前の迷惑にならない範囲なら構わない、といい訳をする。

「あ、ひょっとして……」

ふと思い立って、コートへと向かう。
そうだ。越前がやる事と行ったら、一つしかないじゃないか。
なんで思い付かなかったんだろ。
早足で外に出る。


(居た)

照明はとっくに消えていて、街灯の光だけを頼りにして、越前は壁打ちをしていた。
中で起きた騒動など気付かず、ここで一心不乱に打っていたに違いない。
負け組が復帰出来たからといって、浮かれるような彼ではない。
目指しているのはもっと上の、……考えたところで嫌になる。

(嫉妬したってどうしようもないって、もうわかっているんだけどな)

手塚のドイツ行きを聞いた時、越前は一瞬裏切られたような顔を見せた。
正直過ぎる反応に、ああ、やっぱりなあと思うしかない。
越前はこの合宿所で手塚と居られることを楽しみにもしていたんだ。
もっと一緒に居られると思ったのに当てが外れてがっかりしている。
だって、越前は手塚のことが好きだから。特別な存在だと思っている。
伊達に片思いしていたわけじゃない。
越前の気持ちがどこに向いているか位、知っていた。

(なのに告白するなんて、我ながら無謀過ぎだったな……)

好きだよと、無意識に口から出ていた。
当然、越前は驚いていた。
それは僕も、同じだった。言うつもりは無かった。
手塚のことが好きな越前に言ったとしても、振られるのはわかっている。
なのに、部室に二人きり。
越前が珍しく可愛い顔を見せたものだから、うっかりというか、つい言ってしまった。

当然というか、結果は振られた。

『俺、そういう意味で不二先輩のこと考えられないっす』

だよね、と頷くしかなかった。
わかり切っていたことだ。
聞いてくれてありがとう、とだけ言って、会話を打ち切った。

越前はあの告白は聞かなかったかのように、翌日もそれからも前と変わらない態度で接してくれた。
有り難いのだけど、もしかして全然心に届かなかったのかなあと、少し落ち込んでしまう。
これが手塚からの告白だったら……。
顔を赤くして「はい」と答えるんだろうか。
考えても仕方無いことなのに、想像をして勝手にまた沈んで行く。

(しょうがないんだけどね。手塚は本当に強いし、越前が気にするのも無理はない)

ドイツに行く前に、一度だけ試合してと頼んだら、あっさりと了承してくれた。
全国大会での約束を覚えてくれていたみたい。
全力を出してくれた手塚に、僕も懸命に応えた。
今なら勝てるかもしれないって、気持ちの上でも負けるつもりは無かった。

だけど、後一歩が届かなかった。

(あーあ。結局、勝ち逃げされたか……)

せめて試合に勝っていたなら、もう少し自信持って越前に話掛けることが出来たと思う。
だけど、まだ手塚に及ばない僕は越前が壁打ちしているのを見てるのが精一杯で。

(やっぱり、戻ろう)

今は退散するしかないかと足を引いた瞬間、
「不二、先輩?」と怪訝な声が耳に届く。
振り向くと、ラケットを下ろした越前がこちらを見ていた。

「や、やあ。越前、偶然だね」
「偶然って、こんな暗いところに何しに来たんすか?ラケットも持っていないから、自主練ってわけでもなさそうだけど」
「……」

うわあ、読まれてる。
顔を引き攣らせながら、僕は正直に答えることにした。
「えーっと、正座の時に越前の姿を見掛けなかったから、どこに行ったのかと思って」
「正座?」
「うん、枕投げの罰としてコーチに言い渡されたんだけど」
「枕投げ?」

どうやら越前はかなり前からここで打っていたようだ。
事の次第を説明すると、「良かった、巻き込まれなくって」とほっとした顔をする。

「それより、そろそろ部屋に戻らないと。消灯時間に遅れたら、それはそれで怒られるよ?」
「そうっすね。それでわざわざ俺のことを呼びに来てくれたんすか?」
「え、それは、まあ」

しどろもどろになって答えると、越前は「どうも」と帽子をぎゅっと下げて礼を言う。
表情はよく見えなかったけど、ちょっとだけ嬉しそうにしていた。

(可愛い)

越前の僅かな変化に、こんなにもドキドキさせられる。
そういえば、告白する前にも可愛い顔を見せてくれたっけ。

でも、あれは……。
手塚の話をしていたからで。
部活が始まる前になんとなく流れで一年の頃の手塚の話をしていたら、越前が「部長も一年生の頃があったんすね」と言って笑ったんだ。
あの顔があんまりにも可愛くて、思わず告白するなんて本当に馬鹿だった。
僕自身が越前を笑顔に出来るまで、どうして待てなかったんだろう。


「不二先輩?戻らないんすか?」
動かない僕に、越前が声を掛けて来る。
先に行くんじゃなく、待っててくれたのが嬉しくって駆け足で追い付く。

「ごめん、ぼーっとしてて」
「正座なんてしてるから、疲れたんじゃないっすか?」
「そうかもしれないね」
「早く寝た方がいいっすよ。俺も、もう眠い……」

ふわあ、と欠伸する越前に、「うん、明日も早いから寝た方がいいよ」と返事する。

普通の先輩・後輩の距離で僕達は歩いて行く。
まだ手塚に追い付いていなくて、越前を笑顔にすることも難しいけれど。

(いつかもう一回、告白出来る位に自信をつけよう)

手塚が不在の間、自分が強くなるだけの時間も、リョーマとの距離を縮めるだけのチャンスもある。

二度目の告白をする時は、もう少し食い下がってみよう。
越前が困る位に、翌朝になって何事も無かったようにされない位に。


「じゃあ、おやすみ」
自分の部屋に向かって歩こうとする姿に、「送って行くよ」と声を掛ける。
「別に、いいのに」
「責任持って最後までちゃんと見届けたいんだよ」
「何すかそれ。子供じゃあるまいし……」
「僕がそうしたいんだよ」
「もう、勝手にすれば」

面倒臭そうに言う越前に「うん、そうする」と頷く。



一度振られても、好きな人がいるからってこの恋を投げ出すことは出来ない。


(それに)

諦めの悪い人は、嫌いじゃないんでしょ?との顔を見てにっこりと微笑んでみせた。



終わり


2011年09月14日(水) 呼吸すら忘れる 不二→リョ(菊リョ要素含む)

先を歩いているリョーマの姿を、捉える。
すぐ横を歩いていた菊丸も見付けたようで、「わー!おチビだっ!」と声を上げて駆け出した。

主人を見付けた犬のようだと、不二は思った。
猫っぽいと言われる菊丸だが、こんな時は子犬のようだ。
構ってとじゃれつく姿なんてそっくり。
最も、抱きつかれた方は迷惑そうな顔をしている。

「不二先輩!見ていないで、助けてください!」
こうして呼ばれるのは、不二の役目だ。
仕方無いなと言いつつも、内心では喜んでいる。

(越前に、頼られている)

普段は人の手を借りようとしないプライドの高い子供が、この時ばかりは何とかしてくれと自分を呼ぶ。
他の誰でもなく、訴えるのは自分にだけ。
菊丸は手塚の説教はどこ吹く風で聞き流し、大石はパートナーに甘いから、必然的に役目が回って来るのだろうけど。
それでもリョーマに頼られるのは悪い気分ではない。

「英二。越前に迷惑を掛けちゃ駄目じゃないか」
リョーマの肩に回している菊丸の腕をぎゅっと掴み、解放してやる。
すると、ほっとした顔を向けられる。
この瞬間が、不二は好きだった。

「だって、おチビ可愛いんだもん!会ったら抱きつきたくなるよ」
「可愛いなんて言われても嬉しくないっす!」
ムッとするリョーマを見て、「そうだよ、英二。何言ってるの」と不二も同意する
本当は可愛いと思っているけど、口には出さない。リョーマが可愛いと言われるのを嫌いだと知っているからだ。
「越前は可愛いんじゃなくて、格好いいの。テニスをしている姿を見たらわかるでしょ?」
ねえ、と言うと、リョーマは照れた顔をして「まあね」と頷く。
「ええ!?おかしいよ。おチビはちっちゃくて、可愛いの!」
「それ以上言ったら、本気で怒るから」
「おチビー!?」
「越前、ごめんね。英二がバカなことばっかり言って。
でも悪い奴じゃないんだ。そこはわかってもらえるかな」

菊丸のフォローを入れると、リョーマは渋々というように「不二先輩がそう言うのなら」と言った。

「俺をのけ者にして話を進めるなよー!」
「うるさいよ、先輩」
「そうだよ、英二」
「うわーん!大石に言い付けてやるー!」
ダッシュして、菊丸は行ってしまう。
勿論、引き止めたりしない。とっとと先に行けと、不二は微笑んだ。
これで短い間だけでも、リョーマと二人でいられる。
「全く、英二はしょうがないね。放っておけば、その内機嫌も直るだろうから気にしないで」
「最初から放っておくつもりだったっす」
「アハハ、越前らしいね」

この生意気な後輩のことを、不二はとても気に入っていた。
好意以上のものを抱いているといってもいい。
リョーマがテニスをしている姿に目を奪われ、決して折れない志に惹かれた。

彼の目を、自分だけに向けたい。

今はまだ少し頼られている位の(主に菊丸を上手く追い払う為)先輩というポジションだが、
少しずつ親しくなって、いずれは告白してお付き合いを始めたいと考えている。
その為にも好感度を着実に上げていくしかない。
もっと親しくなれば、リョーマも自分の魅力に気付いてくれるはずだ。
そう信じて、疑わない。

だけど、世の中はそうそう思い通りにいかないのが常だ。



(遅くなっちゃった)

日直の仕事で職員室に寄ったら、別の先生に捕まって思った以上に時間が掛かった。
今日は手塚が生徒会で不在なので、多少遅刻しても大目に見てもらえる。

(でも、英二には先に行ってもらうべきだったなあ)

「俺、ここで待っているからー!」と言ってくれたが、こんなに遅れる位なら、やっぱり部活に行ってもらうべきだった。
遅いって文句が来るだろうなと、足早に教室へと急ぐ。

(あれ……)

到着したところで、不二は足を止めた。教室から、話し声が聞こえたからだ。
一人は菊丸で、そしてもう一人は少し幼い声だ。
まさか、と聞き耳を立てる。
こんな所に、彼がいるはずがない。
そう思っても、あまりにもリョーマに似過ぎている。
そして菊丸と親しげに話しているものだから、中に踏み込むことが出来ない。
立ち竦んでしまう。

(英二との、いつものやり取りと違う……)

リョーマの声色に、どこか甘えた響きが聞こえる。自分には絶対言わないような、そんな声。
不二は口に手を当てて、じっとしたまま二人の会話を聞いた。

「不二のやつ、遅いなー。何してるんだか」
菊丸の愚痴に、「さあ?先生に用事でも言いつけられているんじゃないっすか」とリョーマが返事をする。
「こんなことなら、先に行くって言えば良かった!ま、おチビが居てくれるのなら、俺はどっちでもいいけどね」
「暇だからって、俺のこと呼び出さないで欲しいっす。あのまま部活に行きたかったのに」
「でも、来てくれたじゃん。
嫌ならメールを無視して、行くことも出来たよ?」
「……」
「おチビは俺のこと大好きだもんねー?」
「そんなことは」
「ないって、言えるのかにゃ?」
「……。先輩、感じ悪いっすよ」
「ええ?おチビにはいつも優しいでしょー。
抱きつかせてくれないって、怒ったりもしないのに」
「人前ではヤダって言っているだけじゃん」
「じゃあ、人前じゃなきゃいいの?」
「先輩。ここ、教室」
「誰もいないよ」

沈黙の後、二人が何をしているか想像したくもなくて、耳を塞ぐ。
静かに、この場から立ち去る。

(どこか、ここじゃない所に行かなくちゃ……)
階段を駆け上がり屋上まで出た所で、不二は蹲った。

(苦しい、苦しい、苦しい……!)

二人はいつから付き合っていた?何故、何も言ってくれなかったのか。
自分一人で勝手に夢見て、すごく惨めだ。

様々な思いが、不二の心をかき乱していく。

「―――、ッ、ゲホッ」

咳き込んだ所で、自分が呼吸するのを忘れていたことを認識する。
涙が溢れ、大きく息を吸って、吐く。

落ち着いたところで、冷たいコンクリートの上に倒れこむ。

(こんなに苦しいのは、きっと)

リョーマのことを諦め切れないからだ。
二人の会話を聞いても、まだ認められない。
認めたくない。


(いっそのこと)

告白をして、最後の息の根まで止めてもらおうか。

リョーマへの恋心を思い切り粉々にされたら、
諦めがつくのかもしれない。



終わり


2011年09月11日(日) 彼の言う好きに引き摺られる    跡リョ

「お前のことが、好きだ」

つい先日、跡部から告白されたことを思い出し、リョーマは反射的に立ち上がった。

(俺、何やっているんだろう。
告白された相手の家で寛ぐなんて、まずい状況なんじゃないの)

跡部への返事はしていない。
しようとは思った。
「俺はそういう意味で好きになることは出来ない」
だって跡部はどこからどう見ても男で、どうせ付き合うのならリョーマだって女の子の方がいい。
これでもポニーテールが似合う女の子といつか巡り合えたらいいな、なんて理想を持っている。
跡部にポニーテールなんて、考えただけで怖過ぎる。それ以前に、男だ。付き合う対象にはならない。
だから付き合えないと言おうと思ったのに。

「よく考えてからでいい」
跡部の言葉に、その場で断ることが出来なかった。

考えるって、いつまでかは言われていない。
どうしたら良いのだろうと思ったが、あまり悩んでも仕方無いとリョーマはその問題を脇に置くことにした。こういう時の切り替えは早い。
それに跡部の態度も変わることが無かったので、何も無かったことにしていいんだと思ってしまった。
跡部の家で打つのも恒例になっていたので、何も疑うことなくついて来て、お互い満足がいくまでコートで打ち合った。
その後風呂を借りて、跡部の部屋に来て飲み物とお菓子を頂いている。
これも前と変わらない。
変わらないのだけれど、やっぱりこれは良くないんじゃないかと思い直す。

(仮にも、俺に告白して来た相手なんだから……)

跡部はリョーマとは違う風呂を使って汗を流している。この家に風呂やシャワールームがいくつあるのか、見当もつかない。
身支度を整えるのに時間が掛かるらしく、いつもリョーマは自室で待たされている。
ファンタとお菓子があるので特に不満に思ったことはないが、あの告白があった後なので今日は余計なことを考えてしまう。

(もし、跡部さんが気持ちを抑えきれずに行動を起こして来たら?)

二人きり、しかも跡部の自室で待っているこの状態。襲われても文句は言えない。
まずい、とリョーマの中で危険信号が点滅する。

(でも、あの告白自体が気の迷いかもしれないし)

考えたところで、いや、違うなと首を振る。
好きだと言った時の目は真剣そのもので、嘘を言っているようには見えなかった。

だったら尚のこと、少し距離を取るべきかもしれない。
冷静になれば跡部もつい、うっかり口に出してしまっただけと考え直すかもしれない。

こんな無防備に寛いでいる場合ではない。
これからはテニスをするだけにしようと、リョーマは荷物を手にした。
適当な理由を言って帰ろう。
しばらくやり過ごせば、告白したことも無効になるはずだ。

よしとドアに向かった瞬間、「なんだ、帰るのか?」と跡部が部屋に入っていた。

「あー、うん、そう。急用を思い出した、帰る」
我ながら、固い声だった。演技が下手なのは、リョーマも自覚している。
跡部はふん、と鼻を鳴らして「嘘だな。俺には全てお見通しだ」と言われる。
「は?何がわかんの?」
「いいから座れよ。それとも一緒に居ると意識しそうになって恥かしいから帰るっていうのか?」
「そんなわけないだろ!」

バカじゃないのと声を上げると、「じゃあ、もう少しここに居ろよ」とドアを閉められる。
しまった。こんな単純な挑発に乗るなんて、と後悔しても遅い。
頬を引き攣らせるリョーマに、「ファンタ飲まねえのかよ?」と跡部が手付かずのままのグラスを勧めて来る。
「お前の為に用意させたんだぞ。胸が高鳴って飲めないのというのなら、無理にとは言わないが」
「飲むよっ!だらかそういう言い方は止めろ」
グラスを奪って、一口だけ飲む。
いつもは美味しいと思えるはずなのに、なんだか味がよくわからない。
跡部にわけのわからないことを言われている所為だ、と眉を寄せる。

「そんなに固くなるなよ」
リョーマの様子を見ながら、跡部が苦笑する。
「別に今すぐ取って食おうってわけじゃないんだからな」
「食う!?」
「そこ、過剰反応するな。なんで、距離を取ろうとしているんだよ」
「なんとなく」
跡部の発言から、リョーマは後ろへとこそこそ移動していた。
「だから、そんな目をすんな!今はまだ何もしねえよ」
「今は……?」
「そこに食い付くな。とにかく手を出さねえって約束するから、そんなに構えるな」

跡部の剣幕に押され、リョーマは「うん」と頷いた。
本当かどうかはわからないが、疑っても仕方無い。
まずは信じようと、体から力を抜いた。

「予想以上の反応だな。
お前のことだから、翌日には忘れているのかと思ったぜ」
「そんなわけないじゃん。
あんたの方こそ一時の気の迷いかと思った。本気、だったんだ」
「本気に決まってるだろうが。
言っとくけど、俺から告白したのは初めてなんだからな。有り難く思え」
「そこで威張る理由がわからないんだけど……」

やれやれと小さく笑うリョーマに、跡部は「そういうことだから、お前も真剣に考えろよ!」と目を逸らして言う。
「けど、答えを出すまでは今まで通りでいい。
テニスして、飯食って、話をして。そんな普通の関係を壊したくない」
「壊そうとしているのは、あんたの方からなんだけど。
だったら告白なんかしなきゃいいのに」

正論を告げると、跡部はムッとした後、顔を赤くしながら口を開く。

「しょうがないだろ。好きになったら黙っていられるかよ。
何もしないで指を咥えて見てるなんて俺のやり方じゃねえからな。
ぼさっとしている間に、誰かに取られたら後悔してもし切れないだろ。
だったら振られても、告白することを選ぶぜ」
「……」

照れ臭いのか捲くし立てた後、跡部は目を会わせようとしないで下を向いている。

自信の塊のような彼がこんな顔をするなんて意外過ぎて、言葉が出て来ない。

(そんなに、好きなの?)

うわ、とリョーマの顔も赤くなる。

いつものように偉そうに言ってくれればいいものの、あんな真剣な顔して言うから調子が狂う。
赤くなるな、と自分に言い聞かせ、「あんたの気持ちはよくわかった!」と勢いよく立ち上がる。

「だから、やっぱり今日は家に帰る。ゆっくり考えたから!」
「待てよ!今まで通りで構わないって言っただろ。そんな直ぐ帰宅しなくても」

引き止められるように捕まれた手に驚いて、思わず払ってしまう。

「あ……、ごめん」
「いや、俺の方こそ」
「とにかく、今日は帰るから!」

急いで跡部の部屋を飛び出す。

今まで通り?
そんなの出来るわけない。
跡部の顔を見る度に、さっきの告白を思い出してしまうのに、どうしろというのか。

(跡部さんの手、すごく熱かった……)

意識していく間にも、こちらの体温も上がってしまいそうだ。


普通に接するって、どうやるんだっけ。

考えても、思い出せそうになかった。



終わり


2011年09月08日(木) 責任取って 跡リョ

誓って言うが、今まで同性に対して好きという感情を持ったことなどない。
ましてや自分よりも幼い少年に惹かれるなんて、あるはずもない。
少し前なら変態だ、と軽蔑していただろう。
でも、もう笑えない。
女性に不自由することも無かったのに、何故こんなことになったのか。
薄っぺらい胸とか、柔らかくもない体とか跡部の理想を何一つ満たしていないのに、
どうしてかリョーマに欲情する自分がいる。
姿を見ただけで、ぎゅっと抱き締めたくなる。

病気かもしれないと青い顔をしていると、
「さっきから、何その溜息」と声を掛けられる。

振り返ると、リョーマがベッドの上で寝転んで漫画を手にしている姿が目に入った。
人の家でよくそんなに寛げるものだ。
最初から警戒心も無く「良いベッドだね」とダイビングした時は眩暈すら起こしそうになった。
男の前でそんなに無防備になるんじゃない。
注意しようと考えたが、むしろ自分にとって都合の良い展開だと思い、黙っておいた。
それに男が男に対して気を付けろというのも変な話だ。なのでこのままでいい。
ベッドの上で菓子を食うなとか、小言を言ったことは一度も無い。

部の先輩に借りたとかいう漫画をベッドに置いて、リョーマは体を起こす。

「どっか具合でも悪い?」
「ある意味そうかもしれないな」
「やっぱり。そうなんだ」
「何のことだ?」
納得したように言うリョーマに、聞き返す。
「頭の病気なんじゃないかって、先輩達が噂してたんだ。
そうだよね。普通の人は跡部さんみたいな言動はしない。病気っていうのなら、わかる気が」
「おい!納得してるんじゃねえよ!」

何てことをリョーマに吹き込むんだと、跡部は眉間に皺を寄せた。
小姑といっていい位、青学の連中は厄介な存在だ。
今も交際に反対されている。
妨害というようなレベルではない。
それでも負けずにリョーマとのお付き合いを続けているのは、好きという気持ちがあるからだ。
自分でもわかっている。
こんな子供に、しかも男に執着しているのってどうなんだと、考えてしまうけれど。

「じゃあ、何なの?さっきから俺の方を見ては、溜息ついて。感じ悪いよ」
言いたいことがあればハッキリ言えば?と、リョーマは言う。

(こいつは思ったことを直ぐに口にするからな)

溜め込んでいても解決はしない。
問題があるなら、真正面からぶつかって行く。
結果がどうであれ、逃げたりしない。
それがリョーマのやり方だ。
こんな可愛い顔をしているくせに、男らしいんだよなと感心する。
いや、だからこそ舐められないよう背筋を張って生きているのかもしれない。
そういう所が、跡部の目に好ましく映る。
好きという気持ちを引いても、リョーマは魅力的な人だ。
だからといって手を出す理由にはならない。
12歳の少年に、と考えると途端に罪悪感に駆られる。
なのに側にいると触れたくなる。もう、末期症状だ。

「お前にに言っておきたいことがある」
「何なの、いきなり」
急に胸を張った跡部に、リョーマは怪訝な顔をする。
「責任、取れよ」
「はあ?」
固まるリョーマを余所に、跡部は構わず続けた。
「元々俺は男に、しかも子供に手を出すような奴じゃなかった。
なのにお前と出会って、常識が覆された。
その責任を取ってもらうぞ」
「押し倒してきたのは、跡部さんの方でしょ。なんで被害者面してんの?」
間違っていると怒るリョーマに、「被害者だなんて思っていねえぞ」と返す。

「けど、お前と居ることによって新しい扉が開いた。
越前リョーマ以外何の興味も持たなくなるような世界に連れて来られた気分だ」
「キモイ。やっぱり頭の病気なんじゃないの」
引くわと体を後退させるリョーマに、「聞けよ!」と跡部はベッドの上に乗って距離を縮めた。
「多分この先にも男を抱きたいなんて思うことはない。
胸もないのに興奮するのは、後にも先にもお前だけだろう」
「……はあ」
「子供みたいなお前を泣かせて罪悪感を煽られると同時に、もっと泣かせたいと思ってしまう。
俺は最低だ」
「うん、最低っすね」
「だがもう他の奴では満足出来ない。お前が相手をしてくれないと、この性欲を収められそうにないんだ」
「変態だ!」
「こんな風にしたのはお前にもあるんだぞ!?だから責任取れって言っているんだ」
「開き直った!しかも無茶苦茶なこと言ってるってわかってんの!?」

どうしようと、リョーマは顔を引き攣らす。
その間に出来た隙を見逃さず、跡部は細い腕を手に取った。

「断るのなら、俺にも考えがある」
「何するつもりっすか」
「お前の方も俺無しで生きられないようにしよう。これで平等だな」
「平等の定義がわからないんだけど」
「大丈夫だ。責任は取る」
「いらない。俺は現状で満足している!」

喚くリョーマの口を唇で塞いだ。
自分だけが夢中過ぎて不公平だと思うなら、リョーマも同じようになればいいことに気付いた。
そうやって二人共、常識から外れて寄り添って生きていけばいい。

勿論、跡部の方では責任を取る準備はいつでも用意出来る。

抵抗するリョーマの姿も興奮する。まだ子供の姿なのに煽られていく。

(世間に認められなくても、こいつが同じ所まで落ちてくれなくても)

自分は引き返せない所まで来ていることを、知った。


終わり


チフネ