チフネの日記
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2011年08月30日(火) |
素直成分が足りない 跡リョ |
時折、プライドの高い自分の性格が恨めしくなる。
目の前に気になっている子がいても、素っ気無い態度を取ってしまう。 お前のことなんてこっちは全然気にしてねーよ、と誰に言い訳しているのかわからない。 なのに自然とそんな風に演じてしまう。 裏返せば、相手から話し掛けて欲しい、気に掛けて欲しいのだ。 しかし表に出る態度からは、こちらの気持ちが伝わるわけがない。 無関心を装えば装うほど、距離は広がって行く。 当たり前のことなのに、上手くいかずに苛々してしまう
「素直になった方が、ええんとちゃう?今のままだと誰かに取られても文句は言われへんで」
跡部のあまりにも遠回しなやり方に痺れを切らしたチームメイトが、苦言を呈する。 その時は反発したものの、よくよく考えたら確かに何も始まらないと気付いた。 素直になるってどうするのかはわからないが、自分なりの言葉で伝えてみるべきだろう。
「おい、越前リョーマ」 「……何、っすか」
声を掛けた時、震えそうになる手を一生懸命堪えていたことは跡部だけの秘密だ。 テニスに誘う、そんな事すら軽く言えなかったなんて、恥かしくて言えるはずがない。
「コシマエー。なあなあ、それ一口くれんか」 「ヤダ」 「ええやん、一口くらい。もーらった!」 「一口ってサイズじゃないじゃん!」
和気藹々として同じテーブルに座っている遠山とリョーマを見て、 跡部は顔を引き攣らせた。
負け組みが合宿所に戻って来てから1時間。風呂だ、腹が減っただの騒ぐ彼らは、すっかりここに馴染んでいる。 リョーマが戻って来たことは嬉しいのだが、ずっと隣に引っ付いている遠山の所為でなかなか話し掛けることが出来ない。
(なんだ、あいつは。やけに馴れ馴れしいな。気安くあいつに触りやがって……!)
遠山に悪気や下心がないのは見ていてもわかる。 あれは子供同士のじゃれあいで嫉妬する程のものではない。 わかっている。わかっているけど、腹が立つのも事実だ。
まだ、付き合う前。 リョーマに声を掛けるまで、どれだけ時間を必要としたか。 プライドが邪魔をして、テニスに誘うことすら口に出せなかったというのに。 遠山は無邪気にリョーマに話し掛けて、肩に手を触れて昔からの友達のように接している。 あまりの人種の違いに、くらくらと眩暈すらする。
「コシマエ、そんなに怒らんでもええやん。わいのステーキ一口やるから。ほれ」 「いきなり口に入れようとするなよ!」 文句を言いつつも、リョーマは遠山が差出したステーキに被り付く。 食べないと遠山が騒ぐからだと、渋々譲歩したのだろう。 だけど目の前で見せられた跡部はたまったものじゃない。
(お前、今やつが使ったフォークを口にしたんだぞ!? 俺とだってしたことないのに。羨ましい……じゃなくて、ちょっとは拒む素振りをしたらどうだ!)
喚き出したくなるのを必死で堪えて、大きく息を吐く。 ここに居たら何をしでかすのかわからない。 そう思って、跡部は食事もそこそこに立ち上がってこの場から退散した。
(負け組で一緒に行動している間に、親しくなったのか? 俺も向こうに行っておけば良かった……って、そんなわけあるか)
試合で手抜きをするなんて許されない。 氷帝の部長として、日吉との試合だけは負けるわけにはいかなかった。先輩として伝えるべきことを、試合で教えたつもりだ。自分は間違っていない。 大体、試合を放棄するような真似をしたリョーマが悪い。 ペアマッチにきちんと参加さえすれば、勝ってこちらに残っていたはずだ。
いや、そうなっても遠山がリョーマに近付くのは止められないだろう。 同じ学年で実力も近い二人はライバルとして認め合っている。親しくなるのも当然だ。 せめて遠山が人懐っこい性格でなければ、良かった。 一定の距離を保っているのなら、こんな気持ちにはならない。
初めて会った頃、自分はリョーマに近付くことさえ出来なかった。 気にしていてもわざと無視したりして、傍から見たらバカとしか言いようがない。 なのに遠山はどうだ。開けっぴろげな笑顔でいとも簡単にリョーマの心を掴み、会話も触れることも許されている。
(納得出来ねえ……)
重く溜息を吐いたところで、「跡部さん」と名前を呼ばれる。 「え、越前!?」 振り向くとそこにリョーマっが立っていた。 「こんな所で、どうした」 「どうしたも、何も。食べ終わったら出て来たんだけど。 跡部さんこそ突っ立ったまま何してんの?」 廊下の真ん中で目立ってるよ、と言われる。
「なんでもねえよ」 誤魔化しながら、側に遠山がいないことを確認する。 てっきり一緒にいるのかと思ったが、別行動をしているようだ。 「遠山は一緒じゃないのか?」 「四天宝寺の人達といるよ。もうちょっと遊ぼうって誘われたけど、断った」 「断った?なんでだよ」 遠山といる時のリョーマは、いつもより楽しそうに見えた。 嫌なら纏わりついてくる遠山を拒否するだろう。 しないってことは、それだけ親しみを感じているに違いない。 断ったなんて、意外だ。 そんな顔をすると「跡部さんが出て行くのが見えたから」と、リョーマは少しムッとしたような顔をして言った。
「こっち戻って来てからろくに顔を合わせていないから、ちょっとだけでもって思ったんだけど」 「……追って来てくれたのか?」 「いちいち口にすんな!」
ふんっ、とリョーマは横を向くが、さすがに本心がどこにあるか位はわかる。
(そうだったのか) 悩んでいたのが馬鹿らしいと、肩から力を抜く。 気にしているのはこちらばかりだと考えていたけど、どうやら一方的でもないらしい。 黙って退散するしか出来なかった自分と違って、リョーマは追って来てくれた。
その気持ちに応えるべく、跡部は素直に謝罪の言葉を口にした。
「お前に声を掛けずに出て来て悪かった。 遠山とあんまり仲良くしているから、拗ねてただけだ」 「え?俺とあいつとはただの友達なんだけど?」 「わかってる。けど俺に出来ないことを簡単にやってのける遠山を羨ましいと思った」 「羨ましい?」 きょとんとしているリョーマの手を取って、 「今から俺の部屋に来いよ。就寝時間までゆっくり話しをしようぜ。 向こうで何やっていたか聞きたい」と提案する。 「遠山より、もっと長く俺と話をしてくれないか」 跡部の言葉に目を丸くして、それからリョーマはこくんと頷いた。 「うん、いいよ。俺も不在の間、ここでどんな練習していたか知りたい」
笑顔を覗かせるリョーマを見て、気持ちを伝えるのは大事だなと痛感する。
プライドの所為にして諦めたらそれで終わりだ。 遠山ほどにはなれないが、素直に行動するところは見習うべきだろう。 リョーマともっと近くいられる為にも、これからはもっと本心を曝け出す必要がありそうだ。
「なあ、越前」 「何?」 「部屋に行ったら、まず最初にキスしたい」
思ったことを素直に口に出しただけなのに、「ここ、廊下!」とリョーマに思い切り足を踏み付けられる。
それでも繋いだ手は、そのままだった。
終わり
2011年08月23日(火) |
甘えて甘やかしている 跡リョ |
リョーマからのメールを見て、跡部は(ガキだな)と、フッと笑った。
‘花火もらったから持って行ってもいい?庭でやっても平気?’
どうせ庶民的で子供がやるような花火を持って来るのだろう。リョーマが持って来るものだったら、そんなものが限度だ。 いっそのこと打ち上げ花火を用意するか、と考えてみる。 やるなら派手な方がいい。 だけど、跡部はすぐにその考えを却下した。 大袈裟なことはするなと怒るリョーマの姿が目に浮かんだからだ。 リョーマと跡部の金銭感覚は天と地ほど違う。 ここはリョーマに合わせてやるべきだ。 庶民的な花火でも構わないと考えて、’いいぜ。持って来いよ’とメールを返信しておく。
「何や。また越前からのメールか?」 携帯を覗き込んで来た忍足に、跡部は勝手に見るな」と言って手で隠す。 「そやかて部室でニヤニヤ笑うとるお前に言われたないわ。わざとやっとるんと違うんかい」 「そーだよ。越前からだって皆わかってるからな。 ちょっと見せてみろよ。あの越前がどんなメール寄越すか、気になるだろ」 いつの間にか向日まで寄って来て、携帯を取ろうと手を伸ばしている。 ハッして、跡部はすぐにポケットに仕舞い込んだ。 真っ先にメールのチェックしたから忘れていたが、まだ他の部員が残っているのだった。 呆れたような目で見る宍戸と、興味津々な鳳と、無関心を装っているようで意識はしっかりこちらに向いている日吉。 味方になりそうなのは樺地くらいだ。
「メールくらい、ええやん。ケチケチすんなや」 「跡部がにやける位の文章ってどんなだよ。なあって」 尚もしつこい二人に、「だめだ、てめえらに見せるものじゃねえ!」と大声を上げる。すると二人以外の部員はそそくさと部室から出て行った。 だが、忍足と向日はまだしぶとく残っている。 散れ、というように手を振ると、声をそろえて「ケチー」と言われる。 「どれだけ独占欲強いんや。そんなんやといつか嫌われるで?」 「バーカ。あいつが俺を嫌いになることなんかねえよ」 「すげえ、自信。どこから出て来るんだ」 「けど、あれだけ甘やかしていれば越前もそれを当然だと受け止めて、跡部から他に乗り換えるのはしんどい思うて離れんかもしれんな」 「は?ちょっと待て。俺はあいつを甘やかしてなんかいねえぞ」 聞き捨てならないとムッとする跡部に、「自覚ないんか」「気付いてないぜ、おい」と二人が追い討ちを掛けて来た。
リョーマのことを甘やかしているつもりはない、と思う。 大体、リョーマのわがままといったら「ファンタ飲みたい」の一点のみだ。 他に無茶を言われたことはない。
(どちらかというと、我侭を言うのは俺の方か)
もっと会いたい、側にいたい、触れたいと要求は膨らむばかりだ。 困った顔をしつつも跡部の願いを結局は叶えてくれるリョーマには感謝をしている。 だからこそより一層好きになる。
(あれ……、なんかこれ、違うんじゃねえか?)
甘やかされているのは、もしかして自分の方なのか。 まさか、と跡部は首を横に振った。
(そんなわけがねえ。年上の俺の方がリョーマに甘えているなんてバカなことあるか)
否定したところで、「景吾様」とノックの音が聞こえた。 家に戻って来て30分は経過している。 そろそろリョーマが到着する時間か、と顔を上げた。 「越前様がお見えになりました」 「通してくれ」 リョーマの前ではもっと年上らしく振舞おう。 よし、と跡部はいつも以上の顔を引き締めてリョーマを迎える為に立ち上がった。
「今日、何か変じゃない?」 夕飯の途中、向かい合わせで広いテーブルに腰掛けた状態で、リョーマがぽつりと尋ねる。 「そうか?」 「そうだよ。何かご機嫌取りしてるみたいで気持ち悪い。浮気でもした?」 「してねえよ!適当なこと言うな」 「だってなんか親父がエロ本隠した時の顔に似てるから」 「どんな例えだ。それも嫌だぞ」 「似てると思うけどなあ」 探るように見てくるリョーマに動揺しつつも、「何もねえよ」と跡部は返した。
なんとか自分が年上らしく振舞おうとしてみたが、失敗したようだ。 リョーマの望みや我侭を聞いてやろうとして、欲しいものはないか、して欲しいないものはないかとさりげなく聞いたものの、「喉が渇いた。ファンタ」と、それだけだ。 こいつの体はファンタだけで構成されているのかと、疑ってしまう。
「ま、いいか。ごちそうさまー。花火やろ」 「おい、すぐにかよ」 立ち上がったリョーマに、跡部も椅子を引いた。 「うん。ほら、もう外は暗いよ」
珍しくはしゃいだ様子のリョーマに、そんなに楽しみにしていたのかと首を傾げる。 たかが花火くらいで。 クールに見えてもやっぱり子供だ。 リョーマの手を引っ張って、プールがある所へと移動する。 庭は広いが芝生を焦がしたりしたら大変だ。 よって花火はプールサイドで行うことに決めた。 リョーマが持って来た花火はやはり家庭用で子供がやっても安全というものだ。
「菜々子さんが商店街のくじ引きで当てたやつをくれたんだ」 そうだろうな、と考える。 日々、食い物とファンタで小遣いが消えるリョーマにはこんな花火でさえ高価なものに違いない。
「お前、やり方はわかるのかよ?」 ここは年上らしくと胸を張って聞くと、「知ってるよ。先輩達とこの間遊んだから」と言われる。 「青学の連中とか?」 「当たり前じゃん。ほら、火貸して」 「……」 青学の連中に先を越されたか。 ムッとしていると、リョーマは花火を取り出して「はい」と跡部の手に握らせる。
「楽しかったから、今度跡部さんと一緒に花火をやりたいと思ってた」 「……そうかよ」 「うん。菜々子さんにこれを貰った時、真っ先にあんたの顔が浮かんだ」
ライターの火が花火の芯に触れる。するとパチパチと音を立てて火花が弾けて燃える。 「綺麗」 ニッと笑うリョーマに、青学の連中に先を越されて悔しいとか、そういうつまらない怒りが収まって行くのがわかった。
(こいつ、時々妙に素直になるんだよな) 天然なのか、計算してのことなのかはわからない。 どちらにしろ跡部の心を柔らかく溶かしてしまうのには変わらない。
自分がリョーマに甘いと言われたことを思い出す。 さっきは否定したが、今はそうかもしれないなと思い直す。 こんな嬉しい言葉をくれる人に辛く当たったり、意地悪出来るはずがない。 全て許して優しくしたい。 そんな態度があいつらから見たら「甘い」と言わせてしまうのだろう。
「はい、もう一本」 新しい花火を渡される。 リョーマが持っている花火から火を分けてもらい、さっきとは別の色した花火を眺めながら口を開く。 「なあ、今度は打ち上げ花火を見たいと思わないか?」 「え、どこで?」 「ここで用意させる。特等席で見れるぞ」 するとリョーマは呆れながら「そんな大袈裟なことしなくてもいいっすよ」と予想通りの言葉を返した。
「こうやって楽しむ位がちょうどいいのに。 なんで無駄にお金を掛けようとするんだよ」 「だよな。やっぱり俺もこっちの方がいい」 「え?」 「二人でこっそり楽しむっていうのも悪くねえな」
目を丸くするリョーマに跡部は「もう一本」と、リョーマに新しい花火を出してやった。
年上だからとか、どっちが甘やかしているとか悩む必要は無いかもしれない。 リョーマの楽しそうな笑顔を見て、今度は自分が楽しいと思ったことに誘ってやるか、と心の中で呟く。 青学の部員達と過ごした後で、跡部にもそんな楽しい気持ちを分けてやりたいと、リョーマがそう考えたように。
いつでもお互いのことを想っている、そんな甘い関係なら大歓迎だ。
終わり
2011年08月18日(木) |
無力な自分が縋るのは優しいその手 跡リョ |
カルピンの背を撫でる跡部の手を眺めながら、さてどうやって切り出そうか、とリョーマは思った。 出来るだけ不自然にならない方がいい。 ちょっとした動揺でも彼には見抜かれてしまうだろう。 世間話のついでのように出来たら、と考える。
「何だよ。さっきからジロジロ見て。猫に焼きもち焼いているのかよ?」 不意に声を掛けられ、ドキッとする。 しかし跡部の言葉が的外れなものだったので、ほっと胸を撫で下ろした。 「そんなわけないじゃん。カルピンがずいぶん懐いているなって見ていただけだよ」 「これだけ顔を合わせていればな。それに動物には好かれる方だって最初に言っただろ」 「あの頃は信じていなかったんだけどね。どっちかというと嫌われそうなイメージだった」 「おい」 「だからイメージだって。でも跡部さんの家に行って、納得したんだよね」 広大な屋敷には様々な動物達が生活している。皆、跡部自らが選んで責任を持って飼っているんだと聞かされた。 その所為か、動物達はよく跡部に懐いている。 嬉しそうに世話をしている姿に、(意外……)と内心で呟いた日のことはよく覚えている。 カルピンも誰でも懐く方ではないが、今は跡部の膝の上に乗って寛いでいる位だ。 動物好きという共通点から、これまでよりもっと親しくなったんだよな、と考える。
(全く話が合わなかったら、すぐ別れてたのかもしれない) 跡部の強引な交際の申し出に追い込まれる形で承諾したけど、今まで続いたのはテニス以外にも通じるところが少しはあったからだろう。 気付いたら心を許すようになっていて、今では恋人として認識するようにさえなっていた。 それなのに。 (ううん。もっと、早く別れてしまえば良かったんだ) これから口にしなくていけない言葉を考えると、憂鬱になる。 だけど止めるわけにはいかない。 自分は約束をしたのだ。それを果たさなければならない。
「ねえ、跡部さん」 「なんだ」 「もうさ、こんな風に会うのは止めにしない?」 跡部は顔を上げて、こっちを見た。 特に表情を変えず、ただじっとリョーマを見詰めている。 何もかも見透かすような目に負けそうになるが、リョーマは続きを口にした。 「ほら、最初に言ってたよね。嫌になったらすぐに止めても構わない。とりあえず付き合えって。 だから俺から別れを切り出したら拒否出来ないはず。別れてくれるよね?」 その問いには答えず、「理由は?」と、跡部は言った。 「疲れたから」と、リョーマは返す。 「やっぱり俺に恋愛とか向いてないみたい。テニスだけで精一杯。 とてもじゃないけど、あんたと遊んでいる暇なんかない」 「俺のことを嫌いになったんじゃないんだな」 都合よく解釈しようとする跡部に、リョーマは首を横に振ってみせた。 「これ以上しつこくするなら嫌いになる。もう、解放して」 「勝手な言い分だな」 「元々こういう性格だから。知ってたはずだと思うけど?」
普通に話しているものの、内心では冷や汗を掻いている。 早く跡部が「わかった」と言ってくれないと困る。 嘘をつくのは得意じゃない。会話が長引けば、リョーマにとって不利になる。 さっさと部屋から追い出すかと考えていると、 「お前、俺の親父に何を言われた?」と跡部が冷たい声を出した。 その目には怒りの感情が宿っているのが見える。
跡部の父親に会ったのは、つい先日のことだ。 学校帰りに呼び止められ、そのまま車に乗せられあるホテルのラウンジに連れて行かれた。 いつかこんな日が来るんじゃないかと漠然と思っていたが、予想よりも早かった。 跡部に似た面影を持つ父親は、お決まりのことを口にした。 息子の将来や期待、家のこと、噂や中傷で傷付くのが心配だと。 これが別れてくれと偉そうに言うのなら、その場から飛び出して行ったかもしれない。 だけど跡部の父親は低姿勢を崩さず、「すまない。残酷なことをお願いしているのはわかってる」と、リョーマに頭を下げて懇願した。 どれだけ高い地位にいるのかはわからないが、そこにいるのは息子を案じるただの父親だった。
「わかりました」 気付いたら、そう答えていた。 反対されようが、されまいが、いつか互いの道は別れていく。それが早まっただけだと、自分を納得させた。
「何の話?あんたの父親のことなんて、関係ないじゃん」 リョーマから別れを切り出せば、父親の望みは叶う。 なのに、跡部は知っていたのか。 背中に汗が伝わって、ぶるっと体が小さく震える。 跡部は無表情のまま「嘘だな」と鼻を鳴らす。 「あいつがここ最近やたら俺の周囲を嗅ぎまわっているのには気付いていた。 てめえに何吹き込んだのかは知らないが、全部忘れろ。俺とお前のことに口出しはさせない。 大体、親に言われただけで別れようって思うか?何考えているんだ」
ハア、と溜息つく跡部に、全然わかっていないのかとリョーマは少し大きな声を出した。 「思うよ!だってあの人はすごく心配していた。俺とのことであんたの将来が潰れたら、って!」 しかしそれは逆効果のようだった。 「俺の、将来?」 溜息をついて、跡部は膝の上にいるカルピンをベッドにそっと置いた。 抗議の声を上げるカルピンを一瞥もせず、跡部はリョーマに近付き肩を掴んだ。
「将来はこれから作るものだろ。潰されたりするようなものに、未練なんかねえよ。 それにずっとこの先もお前が側にいるのは決定事項だからな」 「何言って、そんなの無理に決まって」 「無理じゃねえよ。 それとお前の口から無理なんて言うな。似合わねえぞ」 こつん、と額に拳が当たる。
そんな断言されても、現実は障害がいっぱいで。 跡部の父親にだって別れると言った手前、どうしたら良いかわからない。
「何とかする。だからお前は嘘つくのを止めろ」 「何とかって、そんなのどうやって」 「これから考える。けどお前のことは諦めたりしない。絶対に」
何の根拠があって言っているのだろう。 無理矢理引き離されて二度と会えなくなるかもしれないのに。 この自信もどこから来るというのだ。 でも跡部の目は諦めていなくて、それを見たら嘘をついている自分が間違っていると思ってしまうから。 「何のプランも無いくせに、よく言えるよね」 「言うな。けど、何とかしてみせる」 「……どうなっても、知らないよ」 ついに堪えきれなくなって、ぎゅっと抱き付いてしまう。 よしよし、と背中をあやすように撫でられる。カルピンにしていたように、優しく。 それを心地良いと感じてしまう辺り、最初から別れるなんて無理だったと思った。
だけど押し寄せる困難を考えると、不安にもなる。 それでも「大丈夫」と跡部が言うのなら、覚悟を決めて立ち向かうしかないようだ。
(あんたはバカだ。折角、俺の方から別れるって言っているのに)
出来る限り、跡部のこれからを守ってやりたい。 その為にはどうしたらいいのか。 考えても、12歳のリョーマには何も思い付かない。
ただ跡部にしがみ付いているしかない無力な自分が悔しくて、 リョーマは声を押し殺して泣いた。
終わり
2011年08月11日(木) |
約束なんてないけれど 跡リョ |
威圧感に怯む、という体験を跡部は初めてした。 試合でどれだけ強敵に当たろうが、自分の持っている地位に敵意剥き出しにして見られようが、なんとも思うことは無かった。 自分の感情が、一番大事。 とことん我を貫いて、結果として良ければそれでいい。 跡部はずっとそんな風に行動していた。 だから誰にどう思われようが、構わない。
それを覆したのが、越前リョーマという少年の出現だ。 この子供に心を奪われてから、その信念も崩れがちでいる。 恋愛は独りよがりでは出来ない。思い知らされ、何度叩きのめされたことか。 しかし跡部は負けなかった。 不屈の魂で何度振られても蘇り、リョーマが根負けするまでアプローチを続けた。 跡部のしつこさにリョーマが負ける形で始まった交際だが、意外にも順調に進んでいる。 自分の感情も大事だが、リョーマの気持ちも大事。 それに跡部が気付いたからだ。 リョーマが笑ってくれると、嬉しい。大切にしたいと思う。 ずっと二人は一緒だと、跡部は信じていた。
しかしここで思わぬ難関にぶち当たる。
「で、跡部君。うちの息子とはただの友人なんだろうなあ?」 「……」
南次郎の後ろに得体の知れぬ気を感じ、跡部はぶるっと体を震わせる。 どうしてこんなことになったのだろう。 ただ、リョーマを迎えにやって来ただけだ。今までも、何度か車を横付けして越前家に来たことがあるのに、何故今日に限って。
そこでふと、跡部は思った。 今までは南次郎が不在だったんじゃないだろうか。 待ち合わせは外でしよう、と提案されてなんでわざわざ外でと思ったが、リョーマは笑って誤魔化していた。あれは南次郎が家にいるからだ。邪魔されるとわかっていて、ここに来させなかったのだろう。 跡部の家に宿泊する時は母親に許可をもらうと言っていた。 親父なんて知らない、自分だって勝手な行動ばかりなのに俺のやることに反対するからと、唇を尖らしていた場面を思い出す。 つまり、南次郎は薄々自分との関係がただの友情じゃないと気付いていたわけだ。 今日はそれを問い質そうと待ち構えていたに違いない。 ついこの間も、両親が不在の間に越前家に泊まったばかりだ。リョーマは友人に来てもらう位の説明しかしなかったんじゃないか。 南次郎を前にして後ろめたい気持ちになる。 誰もいないのをいいことに、親にはとても言えないこともした。 もしかして全部見抜かれた上で敵意を持たれているんじゃないだろうか。
真っ青になる跡部を見て、南次郎は底知れぬ笑みを浮かべる。
「リョーマならまだベッドの中だろうよ。起きられないよう、紐でくくりつけておいたからな」 得意げに笑う南次郎に、息子に対してどんな仕打ちをしているんだという目で見る。 だが、動じることはない。 「朝一で出掛けるって嘘をあっさりと信じて、お前さんを迎えに寄越したな。こうなるとわかっていて、待っていたんだよ。 そうでもしないと、ゆっくり話も出来ないからなあ」
ちょっと来いと、玄関先で首根っこを捕まれ、寺にあるコートに連れて来られたのがつい5分前だ。
南次郎のただならぬ雰囲気に、跡部は少しばかり臆している。 どんな人間に敵意を向けられても平気だが、こればっかりは別だ。 恋人の、父親。出来れば上手くやって行きたい相手だが、恨まれるのは当然だろう。 まだ子供であるリョーマを誑かしてあんなことやこんなことをして、ただで済むはずがない。 どうしようと言い訳を必死で考える跡部に、「なあ、跡部君よお」と、南次郎が髭を摩りながら言う。
「なあ、跡部君。リョーマのこと、どう思っているんだ? おじさんに聞かせてくれないか」 確実に怒っている。 怖い、と跡部は純粋な恐怖を感じた。 だって南次郎の手にはラケットが握られている。 いざとなったら、ぼこぼこにされるのを覚悟しなければならない。命さえどうなるかもわからない。 娘さんを俺に下さいと、プロポーズしに来た男の気持ちってこんな風なのかと遠くなって行く意識の底で考える。 いや、それよりもきっちりと言うべきことは言わなければ。 どんなに反対されたって、認められなくたって、自分の感情には嘘がつけない。
「好き、です。リョーマ、君とはお付き合いさせて頂いてます」
南次郎はそれを聞いて、すっと目を細めた。 「お前さん、言い切ったな」 「はい。こればかりは嘘も誤魔化しもしてはいけないことだと思いましたので。 リョーマ君のことは大切に思ってます。それだけはわかってもらいたい、そう思ってます」 「ふん。てっきり当たり障りのないこと言って逃げ出すかと思いきや、意外と言うじゃねえか」 「え、それでは俺達のことを認めてくれるんですか?」
正直に言ったのが正解なのか。 南次郎の言葉に、跡部はパッと顔を輝かせた。 しかしその瞬間、「いや、交際は反対だ」と返される。
「お前らはまだ中学生だろ。一時の気の迷いで将来を台無しにすることはない。 リョーマのことは諦めろ」 「一時、じゃない。俺は真剣にリョーマを」 「ずっと好きでいられる自信あるのか?将来も?」
真剣な目で覗き込む南次郎に、「出来ます」と言い切ることは出来なかった。 共に居たいと、好きでいると漠然とした未来を描いているが、保証なんてどこにもない。 リョーマを大切にしている父親に、根拠の無いことは言えない。
「リョーマが傷付く前に離れてやってくれないか。今ならまだ引き返せる。 なあ、頼むよ」 「いや、でも俺は」 「リョーマの為だと思って。なっ!」
じりじりと距離を縮めてくる南次郎に、これはまずいと跡部は顔を引き攣らせる。 なし崩しに別れさせられてしまう。 一旦退却するべきだと足を後ろに引いたその時、 「何勝手なことしてんだよ!」と、南次郎の頭にボールが打ち込まれる。
「リョーマ!?」 振り返ると、息を切らしながらリョーマがそこに立っている。 その手にはラケットが握られている。渾身のサーブを打って南次郎の頭にボールをめり込ませたのだと瞬時に理解した。
「リョ、リョーマ……今のはちょっと痛かったぞー」 頭を摩っている南次郎に、「気絶させようとしたのに、力加減間違えた」とけろっとした顔で言う。 「人をベッドに縛り付けて何やってんの」 「いや、お前を誑かした相手にちょっとご挨拶を」 「跡部さんは関係ない!文句あるなら俺に直接言えよ。こそこそと別れさせようとするやり方、気に入らないんだけど?」 「お前に言っても、俺の話なんて聞かないだろうが!」
怒る南次郎を無視して、「行こっ」とリョーマは跡部の手を取る。
「親父なんて無視していいっすよ。どうせろくなこと言わないんだから」 「こら、親に向かってなんだそれは」 「うるさい。これからデートするんだから、引っ込んでろ」 「おい、リョーマ。いい加減にしないと」 「ああ、そうだ。母さんに親父のエロ本の隠し場所教えといたから。 早く行った方がいいんじゃない?全部燃やされるよ?」 「お前こそ、勝手に何してくれているんだー!?」
慌てて家に戻って行く南次郎を、跡部は呆然と見送る。 一旦、これは退却したということでよいのだろうか?
「親父が何言ったかわからないけど、大体想像つく。 気にしなくてもいいから」 手を引くリョーマに、「そういうわけにもいかないだろ」と跡部は返した。 気にしないでと言われても、無理だろう。夢にも出て来そうな迫力だった。 「一応、お前のこと心配して言っているんだろ。たしかに親からしたら、俺がお前を誑かしたように見えるんだろうな」 恨まれるのは仕方無い。 そんな風に言うと、「何言っているんすか」と手の甲をぎゅっと抓まれる。
「たしかに強引なやり方で、一時はこっちもノイローゼになるかと思うほど付き纏われたけど」 「おい」 「でも、選んだのは俺だから。今、こうしてあんたといること、結構気に入っているんだ」
ニッと自然な笑みを浮かべるリョーマに、跡部は目を瞬かせる。 一緒にいて幸せな気持ちになっているのは、自分だけじゃない。 リョーマも、同じだったのだと気付かされる。
「そっか。なら問題ないな」 「うん、問題ない」
リョーマの手を握って、跡部は車が停めてある方へと引っ張って行く。
(今は軽々しく将来の約束なんて出来ないし、信じてもらえないかもしれねえけど)
いつかあの人の目を見て、リョーマと共に生きて行くと宣言出来たらいい。 その時は今より大人になって、ちゃんとリョーマを支えるくらいになっているのだから。 リョーマのことを大切でたまらない父親を安心させる為にも、自分がしっかりしてやらないと、なんて考える。 もう己のことだけ考えていればいい、そんな日々からは卒業したんだとしみじみ思う。
「そういや、今後は大丈夫なのか?もう家から出してもらえないとか、俺と会うの反対されるんじゃねえのか?」 心肺する跡部に、リョーマはなんてことないと笑う。 「反対されても関係ない。いざとなったら親父のこと、縛っておくから平気」 「そうか……」 障害など簡単に乗り越えてしまいそうなリョーマの笑顔に、頼もしいな、と跡部は呟いた。
終わり
2011年08月04日(木) |
愛だけで満たされたい 跡リョ |
目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。
(どこだ、ここは……)
跡部は体を起こして、周囲を見渡す。 知らないシーツ。どこかごちゃごちゃした部屋。 視界がはっきりした所で、どこにいるか思い出した。
(そうだ、リョーマの部屋だ。狭いって文句言われながらも夕べは同じベッドで眠ったんだったな)
どちらか一方がベッドから落ちるといけないからくっ付いて寝ていたはずなのに、リョーマは腕の中にいない。 珍しく先に起きたのかと、跡部は大きく伸びをしてベッドから降りた。
部屋の隅で丸まっていたはずの猫もいない。 そいつにご飯をやる為に、一階に降りたのかと思う。
(しかし変な気分だな。俺があいつの家に泊まる日が来るとは思わなかった)
リョーマの両親は昨日から一泊の旅行に行っている。世話になった人に会いに行くとかで、今日の夕方までは帰ってこない。 従姉もテニスのサークルの合宿とやらで不在だ。 泊まりに来る?と誘いの言葉に、跡部はすぐに飛びついた。 両親がいる時は後ろめたさから泊まるなんて考えもしないが、誰もいないとなると話は別だ。 リョーマが部活を終えた頃に迎えに行き、夕飯を外で済ませてから家にお邪魔した。
自分の家に招き入れる時とはまた違った素のリョーマを見ることが出来て、跡部は大満足していた。
(寝る前に見せてもらったアルバム……。どうにかして手に入らないか)
過去のリョーマが知りたいとねだって、見せてもらった写真を思い出してにやにや笑う。 想像以上に幼少のリョーマは可愛らしかった。 あれは是非自分の部屋に飾っておきたい。 どこかに置いていないかと視線をきょろきょろ彷徨わすが、机の上にも床の上にもない。
ベッドの下かと覗き込んだその時、 「何してんの」とリョーマがドアを開けた。
「おはよう。良い天気だな」 「人のベッドの下を覗いて、おはようもあるかよ。親父じゃあるまいし、エロ本なんてないよ」 「そんなもの探すわけないだろ」 「アルバムなら別の所に隠してあるから」 「お見通しかよ!」 「バカなこと言って無いでご飯食べるよ。腹、減ったでしょ?」
言われてみれば、お腹が空いた。 表情でわかったのかリョーマは笑って「和食だけどいいよね」と言って、付いて来るように手招きする。
シャツを羽織り、跡部はリョーマの後に続いて階段を降りる。 その途中で、ふと思う。
(和食でいいって?外に食べに行くにしては変な日本語だな)
その理由はすぐにわかった。
テーブルの上には、焼き魚と卵焼きと味噌汁に海苔、キュウリとわかめの酢の物の小鉢が用意されてる。
「ご飯、どの位食べられる?いっぱい?」 茶碗を向けられても、跡部はすぐに答えられなかった。
「どうかした?」 「お前の従姉、もう帰ってきたのか?」 「菜々子さん?まだだけど」 「じゃあ、これ誰が作ったんだ」 「は?俺、だけど」 「……」 「跡部さん?」 「お前、料理出来たのか!?」
信じられない、と跡部は目を見開く。 その反応にリョーマは一瞬固まるが、すぐに「何言ってんの」と呆れたように返事する。
「料理ってもんじゃないよ。卵焼いて、味噌汁作って、酢の物は和えただけ」 「それでも大したものだろ。こんな特技あったのか」 「あのさあ、この位で驚くとかどうなの。俺って何も出来ないように見える?」 「ああ」 「少しは考えて答えろよ。ムカつく」 「いや、だって卵焼きが出来るだけでもすげえよ。お前はラケットしか持ったことないって思っていたからな」 「人をなんだと思ってんの。大体は、そうだけど」 「この卵焼きの焼き方、昨日今日作ったんじゃねえだろ。結構前から料理してるのか?」 「うん、ちょっと前から」
リョーマ曰く、アメリカに居た頃、母は仕事が今より忙しく、食事を作る暇などほとんど無かった。 代わりに父親がフォローに回っていたのだが、何しろほとんど料理を作ったことなど無いので、出て来るものはインスタントか焼肉ばかりだった。 もっと違うものが食べたい。少しでもまともなものを口にしたい。 休日の母親の作る料理を見よう見真似で覚えていた結果、最低限のものが作れるようになったという。
「大したものは作れないけど、朝食くらいなら俺でも用意出来るから。 それとも外に食べに行きたかった?」
あんたの口には合わないかもね、と失敗したような顔をするリョーマに、 「いや、折角だから頂く」と跡部は椅子に座った。
「ご飯、大盛りで頼む」 「了解」
折角のリョーマの手料理だ。堪能しないでどうする。 内心は浮かれながら、箸を持つ。 リョーマの作ったものなら、例え失敗作でも美味しく頂く自信はある。 いつも跡部が食しているような豪華なものでなくてもいい。好きな人の作ってくれたものならなんだって構わない。
「いただきます」
手を合わせて、まず卵焼きを頂く。
「どう、かな」
さすがのリョーマも跡部の評価を気にしているようだ。 試合でも見せないような緊張した顔に、可愛いなこいつ、とにやけてしまう。 何を期待しているのか、わかっている。
だから跡部は「うん、美味い」と正直な感想を口にした。
「本当?でも、卵なんて素材に拘ってなんかなくてスーパーで買ってきたやつだよ」 「そうだな」 「特別な技術なんて、ない。ただ焼いただけで」 「それがどうした」 「だからあんたの口に合うはずないんだけど」 「勝手に決め付けるな。俺にとっては何よりも美味いと思えるぞ」 「うそだー」 「嘘じゃねえよ」
味噌汁も、酢の物も、美味しいと思える。
素材は、たしかに跡部の家のシェフが用意したものに比べるとどうしても劣る。 だけど、不思議と味はリョーマの作ったものが負けているとは思えない。 好きな人が自分の為に用意してくれた食事だから、なのか。 味覚も心も満たされるような気持ちになる。
「これならいつでも嫁に来れるな」 「嫁!?何調子に乗ってんの」 「痛っ。食事中に足で蹴るな!」
テーブルの下から伸びたリョーマの足が、跡部の脛を蹴飛ばしたのだ。 抗議すると、「変なこと言うあんたが悪い」とリョーマは顔を顰めて言う。
だけど頬が少し赤くなっているのを見て、まんざらでもないようだな、と跡部は勝手に結論を出した。
「毎日、お前の作った味噌汁が飲みたい」 「プロポーズのつもり?ふざけてないで、さっさと食べろよ」
溜息をつくリョーマに、(本気だってわからないのかよ)と、こっちも溜息をつきたくなる。
毎日リョーマの手料理を食べて、それだけで胃を満たしたい。 リラックスしている姿を側で見ていたい。
リョーマの作ったご飯をゆっくり噛みながら、 (一緒に住むなら、部屋に子供の頃の写真を飾っていいものか確認しないとな)と、くだらないことを考えた。
終わり
跡部と付き合うようになって、事情を知った人から大丈夫なのかと色々心配された。
言いたいことは、なんとなくわかる。
俺様が世界の中心と顔に書いてある跡部に、リョーマが振り回されて疲れてしまうのではないか、そんな風に思われているのだろう。
リョーマも付き合うまでは、それを覚悟していた。 きっと自分の考えを押し付けて、拒否したら機嫌を悪くする。面倒なことしか思い浮かばない。 交際を承諾するまでの押しの強さを考えると、仕方無いことだろう。 根負けして、頷いてしまった行為を悔やんでも遅い。
とにかく跡部が無茶なことを言い出しても、きちんと拒否しよう。 流されてたまるものかとリョーマはしばらくの間身構えていたのだが、 拍子抜けしてしまう程、跡部の言動は大人しく、わがままも振り回されることなく平穏といえる交際が続いている。
迫っていたのは別人じゃないかと思うような跡部の行動に最初は戸惑ったがもう慣れた。 平和なのは良いことだ。 跡部が普通に接するなんて変だと他の人に言われも、自分達は上手くいっている。問題は何もない。
「跡部さんが無茶なことしたり言ったりいないって言うと、皆が変な顔するんだけど」
夕飯の後、跡部がファンタを買ってくれるというので、自販機まで一緒に歩いた。 近い所にも設置されているのだが、わざわざ離れた場所に連れて行かれる。 二人きりになりたいんだとわかって、リョーマは黙っていた。 折角買ってくれるのだから、文句を言う必要はない。 それに今まで崖の上のコートに行ったきりで放置していた分、一緒にいようという気持ちになっていた。
「変な顔って何だよ」 「いや、今日だって怒りもしないで『おかえり』って普通に迎えるからさ。 皆は跡部さんが『何勝手な真似しているんだ』ってわめくのを期待していたみたい」 「人をなんだと思っているんだ。俺はそんな狭量な人間じゃねえよ」 「……」 「おい、そこで何黙っているんだ。頷くところだろ」 「ああ、うん、そうかもしれないね」 「お前までそんな風に言うのか。ファンタ買ってやらねえぞ」 「あ、うそうそ。すごーく心が広いよね。うん、あの空みたいに広い」 「嘘くせえ台詞を吐くな。まあ、いいけどよ……」
自販機の前に立ち、跡部は小銭を入れてリョーマの好きなファンタグレープのボタンを押す。 音を立てて落ちたそれを取り出し、ほら、と手渡しされる。 リョーマは「ありがとう」と言って受け取った。
手近にあるベンチに腰掛け、与えられたファンタを一口飲む。 跡部がじっと見ているのに気付き、「飲む?」と言って差し出すと、 「そんな甘いもの飲めるか」と笑いながら言われる。
「え、だってじっと見てたから欲しいのかなって」 「お前の顔見ていただけだ。久し振りだなと思って。ちょっと痩せたか?」 「多分。向こうじゃろくなもの食べてなかったからかなあ。ファンタも久し振り。 こんなに美味しかったんだ。改めて好きになったかも」 「どれだけファンタ好きなんだよ。お前らしくていいけどな」
そう言って頭を撫でてくる跡部の手つきは優しい。
こんな姿、皆知らないんだろうなと、リョーマは思った。 跡部が無茶を言ってリョーマを困らせているだというイメージが固まっている。 こんなにも穏やかな表情を浮かべるのだと知ったら、驚きを通り越して腰を抜かすかもしれない。
(でも、見せたりしないけどね)
跡部がこんな風に優しいのは自分の為だけだと、リョーマは知っている。 交際を取り付けるまでは強引だったが、その後しおらしくしているのは、 同じ位好きになって欲しいからだろう。 だから、無茶なことは言わない。 全部、リョーマの意向を汲んでくれる。
表面上に出さないけど、この恋を壊さないようにと跡部は必死だ。 自分の正直な気持ちを押さえ込んでまで、繋ぎ止めたいらしい。 情けないやつだと最初は思ったが、あまりにも優しく控え目な愛情を示す跡部に次第に絆されてしまった。 今回勝手に崖の上のコーtに行ったのも悪いなと思う位に、跡部のことを考えている。
「そういや、俺達って別々の部屋なんだよね」 「ああ。誰だよ、あの部屋割り考えたやつ。むかつくよな」 「コーチでしょ。決まったものはどうしようもないんじゃないの」 「そう、だな」
素の跡部なら抗議をしに行くと言い出すだろう。 でもリョーマが困るとわかっているから、口には出さない。
色々押さえ込んでいる間にストレスがたまって、いつか破裂するんじゃないだろうか。 時々疲れているような顔をする跡部を見て、そんな風に思う。
だから、 「消灯時間まで、ここにいてもいい?」 なんて、ついそんな言葉が口から飛び出す。
空になったファンタの缶を脇に置いて、呆気に取られている跡部の腕にしがみ付く。 一瞬体がぴくっと反応したが、振り解く気配はない。
「……珍しいな。お前から、そんな風に言うなんて」 「嫌?」 「そんなわけないだろ。大歓迎だ。もっと寄り添っても構わないぞ」 「バーカ」
いつもの調子の跡部の言葉に、リョーマは笑った。 寄り添ったことで思わず本音が出たのか。正直な人だ。
(もしかしていつも控え目だったのは、俺の方から歩み寄って欲しいから、なのかな……)
だったらそう言えばいいのに。 口に出せないなんてやっぱり情けないと思いながらも、もう少し体をくっ付ける。
甘やかされて優しくされている間に、すっかり気を許してしまった。 そんな自分に気付た。
瞬間、顔を赤くしたリョーマに、「お前、どうしたんだ」と跡部が聞く。 優しい目をしたままで。
なんでもないと目を逸らしたが、早くなる鼓動は止められそうにない。 静まれ、静まれと俯いたまま言い聞かせる。
動揺し過ぎな自分も跡部のこと言えない位に情けない、と思った。
終わり
チフネ
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