チフネの日記
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2011年07月28日(木) 幸せな未来を夢見る  跡リョ

12歳じゃ、まだ親の保護下にあるのは当然か。

平日は泊まるの無理、と言ったリョーマに、跡部はそんなことを考えた。

翌日が休みの日は大丈夫。
でも学校がある日は駄目。
放任主義、と思われる越前南次郎だが、一定のルールは存在していて、それを破るのは許されない。
子供のことが心配。親としては当たり前のことだ。
南次郎の気持ちがわかるからこそ、跡部は引き止めたいのを我慢して、平日はきちんとリョーマを家へ送り届けいた。

本当の気持ちとしては、毎日リョーマと一緒に過ごしたい。
どうせ家はいらない位部屋が余っているわけで、それだけでなく自室もリョーマ一人くらい住むことは可能で。
帰したくないなという心が大半を占める。
だけど待っている親が居る限り、引き止めることは出来ない。
リョーマはまだ、12歳なのだから。


一緒に暮らせるようになるには、後何年掛かるのだろうと、跡部は時々考える。
勿論、その頃にはもっと不自由なことが増えて、苦労もあるに違いないのだけれど、
それでもお互い別々の家で眠るよりずっと些細な問題に思える。
当たり前のように、同じ家に帰る。
早くそんな日が来ないかと、跡部はずっと願っていた。


それを今日、初めてリョーマに打ち明けた。
疲れて、気が緩んでいた所為かもしれない。
ぽろっと本音を漏らした跡部に、リョーマは「そんなこと考えてたんだ?」と驚く。

「なんで驚くんだよ」
「だっていつも普通に俺のこと家まで送っていたじゃん。平気に見えたけど?」
「堪えていただけだ。察しが悪いな」
「悪かったね」
「だから大事な試合を放って、俺と離れるような真似が平気で出来るんだな。よくわかった」
「それも謝ったのに、ネチネチと」
「何か言ったか?」
「別に」

二人がいる場所は、合宿所の跡部に割り当てられた部屋のベッドの上だ。
同室の人々は枕投げに興じていて、出払っている。
それを良いことにリョーマを連れ込み、離れていた分の補給と言って抱き締めたまま寝転んでいる。
誰かが入って来たらどうすんの、とリョーマは言うが、スキンシップの範囲だと言って抗議を却下した。
実際こんなものでは足りないのだが、さすがにこれ以上はまずいと思い、これでも自重している。
代わりに隙間が無い位に抱き締める。

「全員このまま帰って来なければいいな。合宿中、ずっとお前と同じ部屋でいられる」
「それは無理でしょ。さすがに寝る時は戻って来るって」
「わかってる。けど、少し位夢見たっていいだろうが」
「まあ、言うだけはただだからね」

あっさりと跡部の願望を否定するリョーマに、溜息しか出ない。

部屋の外では騒ぎが広がっていて、なにやら叫び声が聞こえる。
大いに盛り上がってくれ。そしてリョーマとの時間が少しでも長く続くようにと願う。

「なんで別々の部屋なんだよ。コーチ達も気が利かねえな」
「俺に文句言われても困る」
「お前に言っているんじゃねえよ。全く、誰が決めたんだ」

リョーマの髪を撫でてやって、「ここでも別の部屋に帰さないといけないのかよ」とぼやく。

「折角お前がアメリカから帰って来たんだから、この選抜の間位は一緒に居てもバチは当たらないと思うぞ?
いっそのこと抗議に行くか?俺達を引き離すなって」
「ちょっと、そんなバカみたいなこと止めなよ」
「言ってみただけに決まってるだろ」
「あっ、そう」

個人の我侭を主張するような場所じゃない。何より優先するべきは選抜のメンバーに残ることだ。
理解はしているが、割り切れない部分はある。

「結局、俺らってまだ大人のルールに従うだけの子供ってことなんだよな」

跡部の言葉に、「あんたが自分を子供って認める辺りが、素直で気味悪い」とリョーマに心配そうに言われる。
「ひょっとして、俺がいない間に寂しくてどうにかなったとか?」
「どうにかって、なんだよ。お前、俺をなんだと思っているんだ」
「だって跡部さんらしくない言葉だったから。とうとう、かなって」
「とうとう、の先を言ってみろ……。はあ、そんなんじゃねえよ」

バーカと言い返したところで、ふと思い返す。
あながち、リョーマの勘違いというわけでも無いか。
寂しいと思ったのは事実だ。

「けど、ある意味それも当たっているかもな」
「え?本当に!?」

焦ったような声を出し、リョーマは体を起こす。無理矢理に跡部の腕を外し、体の上に乗って顔を覗き込んで来た。

「ちょっと考えなしの行動を取っただけで、そういうつもりは無かった。
でも跡部さんがそこまで堪えているのなら、謝る、ごめん」
「さっき謝罪してたじゃねえか」
「あれは、その」
「心から反省していなかっただろ。わかっていたけどな」

きゅっと鼻を抓んでから、すぐに手を放す。
リョーマの赤くなった鼻を見て、跡部はふっと笑った。

「済んだことは、もういい。それよりもう勝手な行動するな。俺の目の届かない所に行くな。ついでに他の男の前では着替えもするな。無防備な姿を見せるな」
「うわっ。ついでのようになんか言い出したよ、この人」
「最後の方は冗談だ」
「冗談に聞こえなかったけど」
「それはともかく、日本にいられる貴重な時間に別行動するなんてありえないからな。
お前、俺と一緒に居たくないのかよ?」
「それは、」
「どうなんだ」

上に乗ったままのリョーマの目を覗きこんで尋ねる。
するとリョーマは、「居たいに、決まってるよ」と胸に頭を押し当てて堪えた。

「本当は俺だって跡部さんと別の部屋でつまらないって思っている。
でも仕方無いじゃん。それが、ルールなんだから」
「リョーマ」
「でもいつか跡部さんの言う通り、同じ家に帰れるようになったらいいっすね。
まだ先のことかもしれないけど、そんな未来に向かって行けたら良いと思う」
「そう、だな」

珍しく素直な言葉を口にするリョーマに、跡部は動揺しつつうなづいた。

今は二人共まだ子供で、親や大人のルールに従う立場にある。それで別々の場所に離されて、寂しい気持ちになったりもするけど。

未来は、自分達の手で作り上げて行くものだ。
例え困難があるとしても、リョーマがいるのなら、それだけで何もかも超えられる気がした。


「ちょっと、眠い……。誰か来たら起こして」

跡部の上に乗っかったまま目を閉じたリョーマに、しょうがねえなと言いながらも、タオルケットを片手で引き上げて、肩の上へと掛けてやる。

安らかな寝息が聞いている間に、なんだか跡部自身も眠くなって少しの間だけと瞼を下ろした。



今なら、幸せな夢が見られそうだ。
二人がお互いの家へ一緒に帰るような。
そんな幸せな未来の夢が。






数十分後。  

枕投げの騒ぎを終えた同室の人々が、寄り添って眠る跡部とリョーマを見て仰天することになる。
しかしあまりにも気持ち良さそうに眠っている二人に、よっぽど仲が良いんだなと笑って済ませ、
起こさないでそのままにしておいた。


翌朝まで二人は同じベッドの中、ぐっすりと眠り続けた。


終わり。


2011年07月19日(火) 跡リョ 大人みたいなこと言わないで

違和感に、リョーマはまじまじと跡部の顔を見た。
しかし、跡部の視線はこちらを見ていない。
実に彼らしくないことだ。今までなら「何故、今まで連絡を寄越さなかった」とか、「俺には一言あってもいいだろ」と詰め寄られるはずなのに。
人前だから気にしているのかなと一瞬は、リョーマもそう思った。
負け組みの自分達が合宿所に帰って来て、参加を再び許されて、勝ち組と合流した今、少しお祭り騒ぎになっている。
沢山の人がいるので、跡部と自分が付き合っているのを知らない人もいる。
だから遠慮しているのかと考えたが、違うなとすぐに否定する。
跡部はこう、と決めたら人の目なんて気にしない。

だったら、なんで?

こっちに来ようともしない跡部に目で問い掛けるが、彼は戻って来た氷帝の部員に声を掛けていて、リョーマのことなど気にもしていないよう振舞っている。

「コシマエ。どないしたん?食堂行って肉食おうや、肉ー」
「そうだぜ。食べ放題だってよ!」
遠山と桃城に両脇を抱えられて、跡部との距離が開いて行く 。
腹はたしかに減っている。ここ数日、まともな食事を取っていない。
食欲には勝てない。
一旦、話するのを諦める。

(後で跡部さんから話し掛けてくるよな……)

やっぱりこちらを見ようとしない跡部に、少しムッとしながらも食堂へと向かった。






それから跡部とリョーマが顔を合わせたのは、入浴も夕飯も終わった後のことだった。
誰から始めたのかはわからないが、気付いたら被害が広がっていた枕投げにコーチ陣が切れて、
皆揃って正座させられる中、リョーマの向かいにちょうど跡部が座る形となったのだ。
ただの、偶然。自分の所に訪ねて来たわけではない。
らしくない跡部の態度と、枕投げに巻き込まれたことでリョーマの苛々はピークに達していた。

明日も早いというので、正座の罰は30分ほどで終わった。
それぞれが引き上げる中、跡部も無言で立ち上がって部屋に行こうとする。
そうはさせるかと、リョーマは手を伸ばし、跡部のシャツを引っ張った。

「なんだよ?」
怪訝そうな顔をする跡部に「話、あるんだけど」と告げる。
「お前、さっきの話聞いていないのか?部屋に戻って寝ろって指示されたばかりだろうが」
跡部が誰かの指示に大人しく従うなんて、意外だった。いつもならこんな時は、「俺の部屋に来い」と言うような人だったのに。
そんな振る舞いを当たり前として受け止めていた所為か、今の発言が変に思える。まともな発言だというのに。
かなり跡部に毒されているな、とリョーマは思った。

「いいから。ちょっと付き合ってくれない?」
本来なら強引に引っ張るのは跡部の方だ。
これじゃ逆だと思いながら、部屋とは反対の方角へとシャツを掴んだまま歩く。このまま行けば、食堂があるはずだ。誰もいないだろうし、話するにはちょうどいい。
跡部は特に抵抗することなく、リョーマに誘導されるままついて来た。







「で、話ってなんだよ?」

食堂は電気が消されていて、当然のことながら無人だった。
灯りを点けると誰か来るかもしれないから、窓から零れる月の光だけで我慢する。
お互いの顔が認識できる距離を保ったまま、「どういうつもりっすか」とリョーマは口を開いた。


「どう、とは?」
「俺が戻って来て、何の反応も無し?言いたいことあるなら、はっきり言えば」

回りくどいやり方など、向いていない。
本音を吐き出すと、跡部の方も澄ましていた顔を崩す。
「どう言えば満足だって言うんだよ」
「どうって。勝手に向こうに行って、また戻って来て、一言も連絡なかったことにいつもなら怒るくせに。
なんで今日は黙ってんの?」

すると跡部は「そんなことか」と鼻で笑った。

「怒っても、何が悪いって開き直るだけだろうが。いつもその繰り返しだよな」
「……」

その通りなので反論できない。
黙ったままのリョーマに「もう、そういうのは止めにしようと思った」と跡部は静かな口調で言った。

止めに、する。
つまり……。
頭が一瞬、真っ白になr。

ごくんと唾を飲み込んでから、「それは、別れたいってこと?」とリョーマは小さな声で問い掛けた。

言いながらも、自分がショックを受けているのがわかる。
とうとう、見捨てられたのか。
たしかにこれまで、自分のことばかり考えていた自覚はある。
アメリカに戻ったのも、今回の合宿に予告も無しに戻って来たのも、与えられた試合を無視して崖の上のコートに行ったのも。
やりたいようにやっていた。跡部のことなど、考えていなかった。

色んな思いがぐるぐると回り、青くなっていくリョーマに、
「はあ?別れたいなんて言ってないだろ」と跡部は不機嫌そうに言った。

「え、だって止めにしようって言ったじゃん!」
思わず大きな声が出る。
すると跡部に「しっ」と、手で口を塞がれた。
「落ち着け。止めると言ったのはお前に対してあれこれ口うるさく言うことだけだ」
「は?」

そっと手が口から離れた。
跡部がもう声を上げるなよ、と目で制する。
了解、とリョーマは頷いて応えた。

「どうせお前は俺の言うことなて聞かねねだろうが。
いつでも前に進んで走って行く、それが正しいことだってわかったからな。
俺の所為でお前の成長を止めるような真似はしたくねえんだよ。
だからもうごちゃごちゃ言うのは無しにする。
その時間を、俺は自分の為に使う。お前に置いて行かれない為にも、俺なりに前に進んで行った方が良いからな」

跡部の言い分に、リョーマは目を見開いた。

置いて行っているつもりはない。
むしろ一緒にいたいからこそ、強くなりたいと思っているだけなのに。

「バカだ」
「なんだと?お前、人の決意をそんな風に」
「そうじゃなくって。俺がバカだってこと」
「リョーマ?おい、」

どん、と勢いつけて跡部の胸にしがみ付く。
突然の行為に驚いているようだ。だって、体が強張っているのがわかる。

きっと、慣れていない所為だ。

いつも触れてくるのは跡部からで、リョーマは仕方なくそれを受け入れているというのがこれまでの二人だったから。

「どうしたんだよ」

ぎこちなく肩に手を回す跡部がおかしくて、リョーマはふっと笑った。

「安心した、からかな。気が抜けた」

見放されたわけじゃなくて、良かった。
跡部が構ってくれないだけで不安に思うなんてどうかしている。
そうだ。どうかしている程、跡部が自分を好きでいることが当たり前だと思っていた。
そんなの、この先変わらずいられるなんて保証は無いのに。


「今まで、考え無しで行動してた。次に行く時はちゃんと予告するから」
「行くこと前提じゃねえか。結局、お前は俺の思う通りに行動する気は無いんだな」
「さっきそれでも構わないって言ってなかったっけ?」
「言ってねえよ。小言は程ほどにするってだけだ」
「ふーん。でも、言ってくれないと俺、困るかも」
「何?」

意外そうな顔をする跡部に、リョーマは笑って答えた。

「跡部さんに小言を言われるのは、嫌じゃないっすよ」

怒るのは、それだけ自分を想ってくれているからだ。
鬱陶しいと聞き流していたけど、無くなると寂しくて。

だから、そんな大人みたいな言い分、口にして欲しくない。

「今まで通りでいい。その方が跡部さんらしくて、好きっすよ」

リョーマの言葉に、跡部は困ったように頭を掻いた。

「お前は俺のことをなんだと思っているんだ。折角人が理解を示してやろうっていうのに、それか」

仕方無さそうに溜息をついて、「だったら、遠慮はしねえよ」と手を取られる。

「どこか空き部屋探そうぜ。このまま別々に寝るなんて無理だ。お前だってそうだろ?」
「え。でも、明日早いって。それに久し振りのベッドだからゆっくり眠りたいんだけど」
「いつも通りの俺が好きなんだろ?だったら、黙ってついて来い」
「いや、それとこれとは別の話で」


反論しつつも跡部に引っ張られるがまま足は動いていた。

離れ難いのはこちらも同じだ。

明日の朝、集合時間に間に合うよう起こすのは跡部の役目だと、釘を刺しておこう。

それ以外はどうでもいいと、暗い廊下の中、跡部の腕にぴたっと寄り添った。


終わり


2011年07月04日(月) 不毛な恋と睡眠不足 塚←リョ前提な跡→リョ


また遅刻か、と跡部は欠伸を噛み殺しながら思った。
リョーマが遅れてくるのはこれで三回目だ。
一応こちらは年上だ。敬意ってものを示すのが普通だろう。
青学テニス部の教育はどうなってるんだ。
そこまで考えたところで、あのお堅い眼鏡の顔が浮かび、がっくりと項垂れる。
奴のことはなるべく頭から追い出そうとしているのに、どうしても切り離せないらしい。

「疲れているんすか?」

不意に目の前に立った人影に顔を上げる。
ふてぶてしい、という表現がぴったりの顔をしたリョーマがそこに立っていた。

「お前は、まず遅れたことに対する謝罪をするべきだろう」
「はあ。すみません」
「心から謝ってねえだろ、それ」

説教したところで、リョーマの心には大して響かない。そんなことはもう承知している。
諦めて、跡部は立ち上がった。

「行くぞ。時間が勿体無い」
「そーっすね」
「遅刻したお前に同意されると、なんか腹立つな……」

そして先日と同じように、テニスコートへと向かう。跡部が所有しているスポーツクラブの一つなので、遅刻しようが問題無い。リョーマの遅刻を見越してコートを抑えてある。
だが遅刻は遅刻だ。
ついつい少し早足で歩いてしまう。
リョーマも小走り状態で跡部の後を付いて来る。

じっと横顔を見ているのに気付き、「なんだ?」と尋ねる。
こちらの態度を気にしているのかと思ったが、リョーマは全然違うことを口にした。

「さっきも聞いたけど、やっぱり疲れているんじゃないっすか?」
「はあ?そんなことねえよ」
「だって、いつもよりなんか眠そうにしてる」
「……」

欠伸しているところは見ていないはずだ。
何も考えてないくせに、何故気付く、と跡部は内心で舌打ちをする。
リョーマにだけは悟られたくなかった。

「あー、……昨日はちょっと忙しくて寝るのが遅くなっただけだ。
一日中寝ているお前と違って、俺は忙しいんだ」
「一日中寝てなんかいないんだけど」
「とにかく気にすることじゃねえよ」
「けど、今日はテニスするの止めた方がいいんじゃ」
「うるせえよ。本当はお前の方が打ちたくないから、そうやって言い訳しているんじゃねえか?
背中丸めて手塚のこと考えたって、あいつはまだ戻って来ねえぞ」
「……」

言ってからしまった、と跡部は口を閉じるがもう遅い。
手塚、手塚と追い出してしまいたいのに結局考えてしまう所為で、こんな時も言葉になって出てしまう。
途端にリョーマは表情を曇らせ、目を逸らしてしまった。

生意気で挑発的な態度ばかり取る奴じゃないと、リョーマとこうして会うようになってから気が付いた。
それが手塚絡み限定、ということまでも。

「わかってるって!」

怒ったような声を出して、リョーマは大股に歩いて跡部を追い越してしまう。
小さな背中を見て、昨日も手塚からは何の連絡も無かったんだなと察する。



跡部との試合が終わって、手塚は九州に治療に行くことになった。今日で10日になる。
副部長である大石とは連絡を取っているらしいが、その他とは一切交流を断っている。
治療に専念しているから、当たり前のことかもしれないが。

だけど手塚がいないというだけで、確実にダメージを受けている子供がここにいる。


’ただの部員に、連絡なんてあるわけないじゃん’

そう言いながらもリョーマの顔は強張っていた。
気に掛けて欲しい、声だけでも聞きたい。切望しているくせに、何も言えない困った奴。
さっさと告白しておけば良かったのに、とリョーマを笑う資格は跡部には無い。

自分も、同じだからだ。
告白なんてもの、気軽に出来るもんじゃないとわかってしまった。




「本当に全力でいくよ。倒れても知らないから」

ラケットを軽く振りながら、リョーマは挑発な言葉を口にする。
さっきの失言を根に持っているらしい。

「勝手にしろ。お前こそへばっても知らねえぞ」
「するわけないでしょ。……でもさ、あんたって毎回毎回、俺の相手してなんか得になるの?
あ、大会終わって暇だから相手して欲しいとか?」
「ふざけるなよ。練習相手に困ってるって聞いたから、俺様の方がわざわざ相手してやっているんだ」
「ふーん。あ、っそ」
「最初に会った時はしょぼくれた顔してたくせに、今じゃ憎まれ口叩くほど回復したな。これも俺様のおかげだな」
「誰がしょぼくれてたって?」
「お前だ、お前」

指差して笑うと、リョーマが地団駄踏んで悔しがる。


「あんたなんかに見透かされたのが、一生の不覚としか言えないんだけど!」

手塚への気持ちを指摘した時、リョーマはわざとらい言い訳をして必死に否定しようとしていた。
最も、無駄な努力だったが。
誰にも言わないという約束をして、少し信頼を得たのだけれど、
そんな関係が何になる、と思う。
結局リョーマの心は手塚にだけ向いているのだから。


「あー、そうかよ。だったら、俺を負かせる位の勢いで掛かって来いよ」
「そうさせてもらう」
「ふん、だったら一つ賭けるか?」
「勝ったら方がファンタを奢るとか?」
「いらねえよ。お前が得するだけの賭けじゃねえか。
そうじゃなくって……俺に勝ったら、自分から手塚に連絡してみろ」
「は?え、ちょっと冗談だよね?」

一気に焦った顔をするリョーマに、面白いなと思う。同時に心に痛みが走る。
結局、リョーマの心を動かすのはいつも手塚なんだと思い知らされるからだ。

「冗談で言っているんじゃねえよ。お前、全力出すって言っただろ。
そのつもりで俺と試合しろ。勝ったら、大石に連絡先聞いて手塚に電話しろ」
「だから、なんでそんな賭けすんの」
「うるせー。年上の命令は絶対だ」
「そんなの横暴だ……」


どうしよう、と悩むリョーマを無視して、跡部は反対側のコートに向かう。

言っておくけど、こっちだって全力でやってやる。
あれだけ動揺しているのだから、リョーマに勝つのは簡単だろう。
そして、「今日は縁が無かったようだな」と言ってやる。
手塚に連絡する日を引き延ばす為の卑怯な策だが、そんなこと位にしか出来ない。


そうして今夜も後悔と、不毛な気持ちを持て余して眠れないんだろうなと思う。
下らない理由で不眠に陥っているなんて、誰にも言えやしない。格好悪過ぎると自分でも承知だ。


振り返って、まだこちらを戸惑うようにしているリョーマを見て溜息をつく。

手塚に電話一つ出来ないリョーマのことを、笑ったり出来ない。

自分だってこんなに近くにいるのに、何一つ言えやしないのだから。


終わり


チフネ