チフネの日記
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2011年06月15日(水) |
この心は君のもの 跡リョ |
気まずい空気のまま、時間だけが過ぎていく。 いや、気まずいと思っているのは自分だけかもしれない。 目の前のソファに座っているリョーマの態度は、堂々としたものだ。 怒っているともも、思えない。いつも通りのふてぶてしさがある。
だったら何か言えよ、と跡部は思った。 こちらからは、声を発することすら出来ない。 ついさっきあんな場面を見られたばかりなのだから。
性格に問題ありな跡部だが世の中の女子というものは顔と財力と権力が揃っていれば、そんなものは欠点として映らないようで昔からよく告白さえたりした。 当然と受け止める反面、外見でしか判断しない者達に失望したりもした。 そっちが上辺だけで判断するのなら、こちらも体よく割り切った関係にさせてもらおうと、一時期はかなりとっかえひっかえお盛んだったこともあった。
しかしリョーマに出会ってからは、それらの遊びかrは一切手を引いた。 本気を出さなければ全力でぶつからなければ手に入らない相手に巡り合ったからだ。 そして奇跡的にリョーマと交際することが叶い、跡部の気持ちはもう他に向くことはなかった。 一瞬たりとも目を離すことは出来ない。振り回されてるという自覚はある。 頼み込んでつきまとって、やっとの思いで一緒にいることを許された。 もしも冗談でも別れるなんて言ったら、「あ、そう」とリョーマは冷たい声を出して、背を向けるに違いない。そして二度と跡部の方など見ない。 気を抜くことなど出来るはずもなく、未だに片思いが続いているような気分だ。
リョーマ一筋になった跡部だが、未だに告白してくる女子は後を断たない。 本命が出来たという噂が、余計に彼女達を燃え上がらせているらしい。 本気になったら意外と真面目なのねという評判から、だったら余計に振り向かせてみせるという行動になるらしい。正直、理解出来ない。 断っても断っても、まだ諦め切れない輩は大勢いる。
今日もそうだった。リョーマから氷帝に迎えに行くと連絡が入ったので、浮かれ気味に校門に向かって歩いていると、突然見知らぬ女生徒に呼び止められた。 嫌な予感に無視しようと目を逸らしたが、遅かった。 「好きなんです!」 他にもそこらを歩いている生徒がいるというのに大胆にも声を上げる。 さすがの跡部も足が止まってしまった。 その間に正面に回りこみ、「跡部様のこと、ずっと好きでした。これ、読んで下さい!」と手紙を押つける。 ぱっと頭を下げて、本人はこの場から逃走してしまう。
「誰だ、あれ……」
呆然と跡部は手紙を握り締めた。色んな告白をされたが、今のはかなり驚かされた。 変な奴だなと思って軽く首を振る。 もういい、忘れよう。返事はしない。催促しにやって来た時だけ、今まで通り断ればいい。 そう思って顔を上げたところで、気付く。 こちらを見ているリョーマの姿に。
「は、早かったな」
我ながら情けない声だった。
リョーマはそれに反応することなく、「ちょうど良い時間にバスがあったから」と言った。 何を考えているのかわからない声に、跡部は顔を引き攣らせた。 「行こうか」 先に歩き始めるリョーマの後を追う。
後はもう沈黙が続くだけ。 予定通り跡部の家に着いても、会話は無いままだ。
(ああ、もう何か言えよな)
ムカついたとか、その手紙に返事するなとか詰め寄ってくれてもいいんじゃないかと、跡部は思う。 逆の立場なら迷わずそうする。 リョーマに誰かが好意を寄せて近付こうとするものなら、即座に邪魔してやる。二度と告白しようという気にならない位にぶち壊してやる。 その位、好きなのに。
リョーマのは様子はいつもと変わらないのが悲しい。 皿に盛られたお菓子をぼりぼりと食べ続けて、ジュースを飲んでいる。 くつろぎモードというか、こっちの存在を忘れているんじゃないかと不安になる。
(こいつ、さっきの告白見ていたよな?なんで一言も触れないんだ。 無視してんのか?俺のことなんか、どうでもいいのか? 菓子の方がお前にとって重要だっていいたいのか。俺は美味しい菓子を提供するだけの相手じゃねえぞ。付き合っているんだぞ。恋人だってわかっているのかよ。 もしかして付き合っているという意味を理解していないまま、今日まで過ごして来たわけじゃないだろうな)
考えれば考えるほど、リョーマの気持ちがわからなくなっていく。 確かに応えてくれたはずなのに、まだ片思いしている気分のままってどうなんだと、深く溜息をついた。
それに気付いたリョーマが「食欲無いんすか」と呑気な声を出す。
「はあ?食欲?」 ようやく口を利いたと思ったらそれかよ、と跡部は顔を上げた。
「お菓子、全然食べていないじゃん」 「食べる気になるかよ!大体お前が何も言わねえから……」 「俺が、何?」
きょとんとするリョーマに「さっきのこと、気にしていないのかよ」と声のトーンを落として尋ねる。
「さっきの?」 「とぼけんな。見てただろ。俺が、その告白されている所」 「ああ、あれね」 そんなことかと、リョーマは少し笑ってソファに凭れる。 余裕のある態度にムッとして「そんなことかじゃねえよ」と跡部は返した。
「お前、何とも思わないのか。恋人が告白されてたんだぞ? 少しは何か思う所あってもいいだろ」
それともリョーマにとってどうでもいいことなのか。恋人と思われてさえいないのか。 そう言われたら流石に傷付くな、と顔を伏せた。
それに対してリョーマは、「何言ってるんすか?」と呆れたような声を出す。
「だって跡部さんが断るってわかっているのに、どう反応しろって」 「は?」 「俺のこと、好きなんでしょ」
決め付けるようなリョーマの言い方に、反射的に頷きそうになるのを堪える。 好きだけど。好きに決まっているけど。 今はそういうことを言っているんじゃない。
「俺の気持ちの問題じゃなくて、今はお前がどう思っているか聞いているんじゃねえか」 「え、違うの?」
確認するように問われて、跡部はうろたえた。 じっと見詰められると、もう降参するしかない。 こいつには、嘘をつけない。黙っていることも出来ない。
「違わ、ねえよ」 するとリョーマはニッコリと笑う。 「だったら何の問題もないでしょ。誰が何て言おうと、跡部さんの心は俺のもの。 わかっているから」
今度こそ跡部は硬直する。
(こいつ、どれだけ自分に自信持っているんだ!?わかっているって、なんだ。 しかも俺の心はお前のものだって、きっぱりと言いやがってああ、まあその通りだけどな。ありえないほど振り回されて、ここまで誰かのことで頭がいっぱいになったことは無かったからな。 嫌になるくらい、お前のことばかり考えてる……)
好きだからどうしようもないな、と天井を仰いでから、もう一度リョーマに視線を移す。
「なんだよ、少しは嫉妬してくれるかと期待してたんだぜ」
立ち上がってリョーマの座っているソファに近付き、密着する形で座る。
「嫉妬?そんな心配してないから、有り得ないから」 笑いながらリョーマはゆっくりと肩に凭れてきた。 「これからのあんたは俺に夢中で、誰かが入り込む隙間なんて無いでしょ」 「大した自信だな。ところでお前の心も俺のものだよな?」
自分だけリョーマのものというのは癪に障る。
確認すると「残念。俺の心は俺のもの」とからかうような口調で返された。
生意気な笑顔と強い瞳。いつでも跡部を捕らえて魅了する。
「そんなこと言ってもわかっているんだぜ。お前だって俺のこと好きなくせに」 「そう?どうしてわかるの」 「どうしたってもわかるんだよ」 「根拠もないくせに」
ニッと笑うリョーマの肩を軽く掴む。
「だったら、確かめてやるよ」
これ以上生意気な言葉を言わせない為に顔を近付けると、リョーマは何をするか悟って大人しく目を閉じる。
(ほらみろ、やっぱりお前だって俺のこと好きじゃねえか)
言ってやりたかったが、この雰囲気を壊したくなくて跡部はそっと唇を寄せる。
触れて、やっと片思いじゃないと安心することが出来た。
終わり
2011年06月08日(水) |
片思いフィーバー 跡→リョ |
誘う前は今日こそはテニス以外にと意気込んでみても、断られたらどうしようとか、そんなの興味無いとかばっさり切られるんじゃないかとか(平気で言う姿が目に浮かぶ)、余計なことばかり考えて、 結局「テニスしよう」としか言えない情けない自分。 けど、「テニス?するする。時間空いてる」とOKを出すリョーマの言葉に内心喜んでいるのも事実で。 ああ、もう症状は末期だ。
一頻りコートで打ち合った後、休憩の為にベンチに座る。大体、いつも同じタイミングだ。 お互いに言い出さなくても、そろそろだなあというのが伝わってラケットを下ろす。3時間も打ち続けているから休みを入れても当然かもしれないけど。
とてもデートといえない、ただテニスしているだけ。 これで何回目になるのか。 普通にどっか行こうと誘えなかった自分の口を恨めしく思う。
ベンチに座って足をぷらぷらさせながらファンタを飲んでいるリョーマの姿を、 跡部はちらちらと盗み見ていた。
堂々と見ることが出来ない辺り、意外と自分は小心者だとか、そんな風に考える。
(けど、仕方ねえだろ!こいつに気持ちがばれたら絶対馬鹿にされる。鼻で笑う。蔑むような目で見る。間違いねえ!)
よりによって、なんでこんな生意気チビを気にしてしまったのか。それが運のツキ。 きっと何かの間違いだ。実物に会えば失望して、もう翌日にはどうでもよくなっているに違いない。 そんな風に思ってリョーマに接近したのは一生の不覚としか言いようがない。 どうでもよくなる所か更に深みに嵌って、今じゃもう抜け出せなってしまった。
認めたくはない。断じて違うと否定したいところだが、これはもうあれだ。 自分は、越前リョーマに恋してしまっている。 しかも、片思い。
(有り得ない。この俺様が有り得ない……)
100回そう唱えたところで、事実は何も変わらない。 跡部はリョーマのことをそういう意味で意識して、今も隣にいるだけで心臓がバクバクと脈打つ位なのに、そのリョーマは跡部をこれっぽっちも気に掛けていない。 テニスの相手をしてくれる奴、の程度だ。
この俺様が片思い?無い、そんなの認めねえ、俺様が好きになったのなら相手はその100倍くらい好きでいるのが当たり前じゃないのか!? 大体、俺様は誰かから好意を受けるのが当然という前提でこの世界は構成されていたはずだ。だから片思いなんて断じて有り得ない。
わめいたところで、リョーマは跡部などいないかのようにしてぼんやりとファンタを飲んでいる。 時々、こいつ人のこと自然と無視するよな、と跡部のこめかみがぴくぴくと反応する。 こっちは誰の所為で夜もろくに眠れなくなっているのか。頭の中がリョーマでいっぱいになるほど考えて、勉強やテニスさえ手につかないなんて……。そんなバカな話、三流の物語くらいだろと笑っていたのに、この俺様としたことが。
どうしたらいいんだと、溜息ついて両手で顔を覆うと、 「具合でも悪いんすか?」とリョーマが心配するような目でこちらを見ていた。
「いや、そういうわけじゃ」 「けど、なんかぶつぶつ喋っていたような。ひょっとして日射病とか?」 「まさか、そんなわけ」 「そういえばあんたさっきから水分取ってないじゃん。ほら、これ飲んで!」
早く、と口に押し付けられたのは、リョーマの飲み掛けのファンタだった。
「……」
これって間接キスじゃねえか!
認識した瞬間、跡部の顔は耳まで赤く染まった。
「跡部さん!?大丈夫っすか?熱が出たとか!?」 「だ、大丈夫だ」 「早く、ファンタ飲んで!早く!」
いや、そこはスポーツドリンクだろうと心の中で突っ込みつつも、 ありがたくもリョーマの飲み掛けのファンタを頂くことにする。 間接キスなんてこんな美味しいイベント、この先いつ巡り合えるかどうかわからない。 これの機会にと、一気に飲み干す。
「ほら、やっぱり喉渇いてたんじゃないっすか」
呆れるように言いながら、「もう一本買って来る」とリョーマが立ち上がる。 それを跡部は無意識に手を掴んで引き止めた。
「え?」 「もう充分だ。それより、あっちこっちにふらふらすんな」 「ふらふらって、ファンタ買いに行こうとしただけなのに」 「またファンタかよ……」 「悪い?」
反論しつつも、リョーマはもう一度ベンチに座った。 跡部が手を掴んでいるからファンタを買いに行くのは諦めたようだ。
「意外っすね。跡部さんでも具合悪くなると気弱になるんだ?」 「だから具合なんて悪くなってねえよ」 「ハイハイ……意地でも認めないんすね」
ふう、と溜息をつかれるが、リョーマは跡部の手を払ったりしない。 さすがに病人(というわけでもないが)には優しいのか。いつもの生意気さも7割減という感じだ。
新たなリョーマの一面を知って、また好きになってしまう。 片思いがますます深くなっていくのがわかる。
一体、いつになったらこいつをまともにデートに誘えるんだ、好きな奴とか気になる奴とか基本的な情報を聞き出してさえいない状況。 しなければいけない程は山ほどある。 こいつを、俺と同じ位にまで惚れさせて悩んで夜も眠れなくなるようにしてやって、付き合ってくださいと言わせるようにしなきゃ気が済まないのに。
「大丈夫?少し寝てていいよ」
なんてリョーマの柄でもないような言葉に、考えていた計画が全て真っ白になってしまう。
けれどもそれ以上に、未だにリョーマの腕を掴んでいるこの感覚が眩暈するほど嬉しい。 弱っている間だけ優しいのなら、ずっと病気の振りをしていたくなるほどに。
(こんなことで幸せを感じている自分が滅茶苦茶情けなくて、格好悪ぃ……)
だけど振り解くことなんて出来るはずがなく、もう少しこのままでとリョーマの好意に甘えてじっと大人しくしている。
熱射病に掛かったわけでもなく、やけに体が熱いのは片思いをこじらせ過ぎている所為だ。きっとそうだ。
終わり
2011年06月01日(水) |
悪い子達の恋 塚リョ |
「じゃあ、越前君は本の返却をお願いね。私はカウンターの雑務を引き受けるから」 「はあ……」
両手いっぱいの本を押し付けられて、リョーマは溜息をついた。 先輩とはいえ女子生徒相手にずるいと言ったりはしないが、 毎回毎回本を棚に戻す係りになるのもどうかと思う。 背が低いので棚の上の方は届かない。 わざわざ脚立を使わなければならないのが面倒だ。 図書当番は二人一組で大抵別の学年と組むようになっているのだが、先輩達は遠慮なく一年生をこき使う。
大会が始まったら当番は免除されるのだからそれまでの我慢と、 リョーマは自分に言い聞かせて棚と棚との間を歩き始めた。
(次は、……あっちのコーナーか)
図書当番になった頃は本なんて借りる奴いるのかと思っていたが、 青学の図書室の本はジャンルも量も豊富で利用する生徒は多い。 よって結構な数の返却の本を持ってあっちこっちの棚をウロウロしなければならない。 面倒、と小さく呟いて、手元にある本を元にあった場所に入れる。
10分後。 やっと終わったとカウンターに戻ると「これもお願いね」と、今さっき返却されたばかりであろう本を数冊渡される。 またか、と思ったが、口答えする気もなく、大人しく本棚へと戻る。 数も少ないことだから、これさえ終われば後はぼーっと座っていても文句は言われ無いはずだ。 そう考えて、無心で本を差し込んでいく。
最後の一冊。やたら重い洋書が残った。 たしか一番奥の棚だなとそちらに向かう。 こんな本、誰が読むんだ。先生か、生徒だったら武器として使用したのか、当たったら痛いよな、とぶつくさ考えながら目的の棚に近付く。
やれやれ。これでラスト、と力を込めて本を差し込んだその時、 「越前」と後ろから名前を呼ばれて、覆い被さって来た誰かに抱き付かれる。
「部長!?」 振り返らなくても声でこの体温が誰かわかる。わかるようになってしまった。 少し前から付き合っているリョーマの恋人、手塚国光だ。 その本人は、しっと人差し指を口に当てて低い声を出す。 「声が大きい。ここは図書室だ。静かにしないか」 「……」 だったら驚かせるなよと思いつつ、小声で「ここで何しているんすか?」と尋ねる。
「本の返却に決まっているだろう」 「部活は?」 リョーマは図書当番で遅れるとちゃんと連絡している。 部長である手塚が堂々と遅刻していいのかよと、非難めいた目で見ると、 「生徒会の用事で遅れると、朝練時に言ったはずだが」と返される。 「聞いてなかったのか」 「えーっと……」 「仕方無いやつだな」 「はあ、すみませんね。それで生徒会の用事と図書室となんか関係あるんすか」 「どうせ遅れるのなら、本を返却しようと思ってな」
それって私用じゃないか。結局、遅刻してるんじゃねえか。 そう思ったところで、結局あれやこれやと言い包められるのはわかっているから、口には出さない。 手塚と口論しても負けるのはわかっている。
「で、返却したのに、あんたはここで何してるんすか」 腰に回された手を軽く抓む。 「誰か来たらどうするの。生徒会長様がいたいけな一年生に悪戯してるって噂になるかもよ?」 「いたいけな一年?そんな人物がどこにいる」 「部長ー。あんた、いい加減にしなよ」 「そう怒るな」
しれっとした顔で言う手塚に、誰の所為だとリョーマは歯軋りした。 抜け抜けとよく言えるものだ。大体、図書室の奥まった場所とはいえいつ誰か来てもおかしくない、そんな所で抱きつくなんて何考えてるのか。 考えていないんだろうな、と顔を引き攣らせる。
「もう、いい加減離れてよ」 「それなら平気だ。この辺りは滅多に人が来ないから」 「来るよ。今さっき、本を返却したばかりだから……って、ひょっとしたらこれ借りたのって部長?」 さっき本棚に返却したばかりの本を指差すと、「そうだ」と手塚は頷く。
「お前が本を持ってウロウロしているのが見えたからな。必ず返却しに来ると踏んで、ここで待っていた」 「時間を無駄にして何してんの。さっさと部活に行ったらどうなの」 呆れたように言っても、手塚には通じない。 むしろ開き直ったみたいで、抱き締める腕に力を込めて来る。
「部活に行く前に、少しだけお前の顔を見たかったんだ」 「顔を見るって……。後ろから抱きついて来たら、よく見えないんじゃないの」 「正面からだと、警戒されると思ったからな」 「警戒って」
そんなの当たり前と思ったのと王子に、耳たぶをぺろっと舐められる。 予告もなしにされて、ぞわっとリョーマの肌が粟立った。
「あっ、やだ!」 「静かにしろ。誰か来たらどうするんだ」
諌めるように言う手塚に、お前の所為だと唇を噛む。
「あんたが、変なことするからだろ。もう放せよ」 「変なこと?」 からかうように言われ、腰を押さえ込んでいた手が学ランのボタンを器用に外し、中へともぐり込んで来る。 「ちょっと!部長、ヤダ、本当にまずいって」 学校、しかもいつ誰が来るかわからない図書室でこんなことするのは非常に危険だ。 どうしてそれがわからないのかと、後ろを振り返り、恨みがましい目で見る。
「そんな目をするな」 「だって部長がこんなことするから」 情けないが、少し涙目になってしまう。 さすがに罪悪感が疼くのか「悪かった」と、手塚は手を引っ込める。同時に体も解放された。
「少しふざけ過ぎたな」 リョーマの肩を掴み、体を正面に向かせると外したボタンをきちんと留めなおす。
「謝るくらいなら最初からするなよ」 ちくっと嫌味を言うと、「わかってはいるんだが」と手塚は苦悩の表情を浮かべて言った。 「お前の姿を見たら、顔を見るだけでは、声を聞くだけでは満足出来なくなっていた。無意識に手が動いてしまった」 「はあ?」 「どうやら思っている以上にずっと、俺の理性は弱いらしい」
反省しなければいけないなと言う手塚に、半笑いするしかなかった 優等生だ、堅物だなんて評している先生や女子生徒がこんな手塚を見たら、なんて思うやら。 皆が思っている程、良い子じゃないんだって言いたくなる。
だけど、それを知っているのは自分だけだっていう優越感もあったりして。 しょうがないな、とリョーマは肩を落とした。
「反省してるのなら、いいけど」 「すまない」 「じゃあ、今日の帰りはファンタ奢ってください。で、部長の家でゆっくり飲みたい」
甘えるように目の前の手塚に寄りかかると、「いいのか?」と言われる。 「家に来るのなら、さっきみたいに止めたりしないぞ」 「わかってて言ってんの。それに部長だってまだまだ足りないでしょ?」 「ああ」 「即答かよ。……いいけど。 とにかくファンタは忘れないでちゃんと買って」 「わかった」
愛しそうに髪に口付ける手塚を見て、やっぱり図書室だってこと忘れてると思いつつも、リョーマは大人しくしていた。 この程度ならいやと思う辺り、相当手塚に感化されてしまっている。
(俺も部長のこと言えないくらい、悪い子だよな……)
こんな風になってしまうまで好きになってしまった自分が悪い、のかな。
ぎゅっと引っ付いてくる手塚の腕を振り払えずに、ただただ溜息をつくしかなかった。
チフネ
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