チフネの日記
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2011年05月21日(土) 君に願うこと

互いプロの道を歩み始めてとんでもなく忙しくなって。
それでも何とかやりくりして空いた時間は会うようにして。
それが飛行機を使わないと会えない距離だとしても、顔が見たくて声が聞きたくて近くに居たくて。

それは、なんていうんだろう。

考えたら今の関係が壊れてしまいそうで怖くて、だけどずっとこのままではいられる確証はどこにもなくて、どうしたら良いか回答を求めて頭の中がぐるぐると掻き混ぜられている気分だ。


「誕生日、おめでとうっす」

ケーキの箱を抱えてやって来たリョーマに、
「ありがとう」と真田は礼を言った。
しかし二人で食べるにはどう見ても大きなケーキに、もしかして他の誰かを誘ったのではないかと考える。
いやそうだとしたら先に一言言ってくれるはずだ。
リョーマに限って勝手な真似はしないと、これまでの付き合いからわかっている。
だから真田は何でもないかのように尋ねてみることにした。

「そのケーキ、二人で食べるには少し大き過ぎないか?」
「そ?余ったら俺が全部食べていくから、いいやって思ったんだけど」
「ケーキだけで腹を膨らせるつもりか」
「悪い?」
「少しはカロリーのことも考えろ」
「悪かったね。あ、これ冷蔵庫に入れておくから」
「そうしてくれ」

ケーキの箱を持ってリョーマはキッチンへ移動して行く。真田が借りたこの部屋に何度も来ているから、迷うこともない。

それにしても、他に誰かを連れて来たわけじゃないとわかって、真田はホッとした。

年々、リョーマと二人だけで過ごしたいという気持ちが強くなっている。
学生時代はそれこそ押し掛けるようにやって来たチームメイト達を快く迎えて、皆で過ごすのも悪くないと思っていた。
今回もどうしても行きたいと電話越しに騒いでいた幸村に、丁重に断りを入れた。
向こうも忙しいのだろうと気遣ったのもあるが、何よりリョーマとだけで静かに誕生日を過ごしたかった。
それでも絶対に行くと幸村は喚いていたが、来ない所を見るときっとスケジュールに拘束されているんだろうなと推測する。
もう、中学生の頃とは違う。
それぞれやるべき事があって、自由が利く時間はほとんどない。

リョーマも同じなのだろうけど、なんとか休みを取ってここに来てくれたことは……本当に嬉しいと思う。

だけど、いつまで来てくれるのか。ふと考えてしまう。

「先に料理を食べるか」
「うん。お腹空いた」
「お前はいつでもそうだな」
「まだ成長期なんで」

自然に笑顔を覗かせるリョーマを見て、心が温かくなる。
何年も共に過ごしていて、そんな風に思う自分に気付いた。







「そういやさ、今日は家に帰らなくて良かったんすか?」

テーブルに用意していた料理を全て平らげ、お腹いっぱいだというのに今日のメインだと買って来たケーキを置くリョーマに呆れつつも、嬉しそうな顔に何も言えない。
綺麗に並べられた苺のケーキにはHappy Birthdayと書かれたチョコプレートが乗っている。
そんな所にも、きちんと祝ってくれようとしているリョーマの気持ちが見え隠れしていて、嬉しいと思ってしまう。



「一日しか休みが貰えないのに、帰れるわけがないだろう」
質問に答えると、でもさ、とリョーマは首を傾げた。
「二十歳の誕生日なのに、お祝いとかするんじゃないかと思って。
真田さんの家ってそういうの大事にしそうじゃない?」
「しかし距離が離れ過ぎている。夏にはまとまった休みがもらえるから、家にはその時顔を出す。
それに電話でおめでとうの言葉はちゃんともらったからな」
「ふーん」

プロになってからほとんど日本に帰る暇もなく、トレーニングと試合ばかりに明け暮れている。
そんな自分に家族は労わりと、これからも頑張れ、応援しているとの言葉をくれた。
ありがとう、と返して国際電話の会話は数分で終わった。

不思議と、離れていても寂しいという気持ちにはならない。
家族が、日本が恋しいと思うよりもずっと優先させたい存在があるからだろうか。
勿論お互い簡単に会えるというわけではないのだけど。
中学生だった頃より、リョーマに会うのは難しくなっている。時が経つと共に互いの環境も変わって、それが当たり前になって離れて行く。
安易に想像出来るから恐ろしい。
リョーマとは自分は、友達だ。だから試合やそれに向けての調整でしばらく会うことが出来なくなって、うっかりそれで何年も過ぎたとしてもふとした拍子に再会したら、普通に話せるだろうこともわかってる。

でもそれじゃ嫌だと、心が叫んでいる。
わかっているからこそ、もう黙っていられない。


「お前の方こそどうなんだ」
「俺?」
「ああ。家には顔を出しているのか?誕生日はクリスマスイヴじゃないか。
それこそ家族と過ごすべき日だろう」
「あー、うちはいいの。家に帰っても親父が絡んで来て鬱陶しいだけ。
まあ、年末にちょっと顔は見せている位かな」

そしてちらっと真田を見て「あんたといる方が静かで、ゆっくり過ごせるし」と言った。

「そうか」
「うん」

頷いて、リョーマはケーキにロウソクを立てていく。
「20歳っすね」
「ああ」
「一緒にいるのが俺で良かった?
もっと他に過ごしたい人がいるのなら、俺に遠慮することなんて」
「いや、いない」
先を言わせないように、言葉で遮る。
「そう、っすか」
リョーマはケーキに視線を注いだまま、ロウソクに火を灯した。

「誕生日、おめでとうっす」
「ありがとう
「願い事を心の中で浮かべたら、火を消して」
「それならもう決まっている」

リョーマが今日来てくれる前から、願うことは決まっていた。
気付かなかっただけで、随分前から自分の中で育っていた願いだ。

すっと息を吸って、燃える炎を吹き消す。

「来年も一緒に、誕生日を祝って欲しい」

全てのロウソクが消えた所で、リョーマに向かって告げる。

来年、一緒にケーキを食べたら、同じ事を願うだろう。
そのまた次の年も、次も、その先も。


「……願い事は口に出す必要ないのに」

リョーマは俯いたままだ。少し赤い耳を見て、今言った願いは叶いそうだと理解する。
ちゃんと気持ちが伝わるように、もう一度真田は声を出した。

「言わないと消えてしまうことだってある。
このままずっと居心地の良さに甘えて、それがいつか突然なくなるのは怖い。
そうなる前にハッキリさせておきたい」
「何を」
「俺達がこの先も一緒にいられるのかどうか。
何十年先もお互いの誕生日を祝うことが出来るのか」
「……」
「越前、返事は?」


するとリョーマはおもむろにフォークを掴み、ケーキに飾られた苺を勢いよく刺した。
そしてクリームがついたままの苺を、真田の口元に持って来て、
「一緒に……いられるんじゃない?」とますます赤くなった顔で答えを口にする。






実はリョーマも、真田とこのまま一緒にいられるのかどうか考えて、
少し不安になったり、そんな感情がただの友達とは違うと気付いていた。
この後、話しをしている間にお互いに鈍かったと笑うことになるのだけど。

今は。

今はフォークを握るリョーマの左手を握り締め、

「好きだ」と、真田は生まれて初めて愛の告白をした。

終わり


2011年05月20日(金) 今はそんな気になれない 真田リョ 

※SQ4月号のエピソードもちょこっと絡んでます。負け組が帰って来たところさえ踏まえていれば大丈夫かな、と。
そんな感じでお願いします↓

「俺、あんたのことが好きみたいなんだけど」

ファンタが好き、というような軽い言葉だった。
だから言われても、ああ、そうかと真剣に受け止めていなかった。
そういう意味での好きなんて考えもしなかったからだ。
元々真田自身、恋愛方面は疎い。むしろ今は縁の無いものと思い込んでいた。

だけど。

「あんた、わかってないでしょ」

続けて言ったリョーマに視線を向けると、試合前に見せるような真剣さがそこにあった。
いくら鈍くても、雄弁なその表情に気付いてしまう。
こんな軽い口調の告白なのに、こいつの気持ちは本物なんだとわかってしまった。
















「やあ、真田。俺の部屋に何か用?」
「頼む。しばらくここに居させてくれないか」
「断る」

目の前で閉められたドアに、本気で鼻が挟まるかと思った。
無意識に真田は鼻に触れてみた。寸でのところだったから、なんともない。
すると再びドアが開かれる。
顔だけ覗かせる格好で幸村が「いつまでもそこに立っていられると邪魔なだけど」と笑顔で言った。

「部屋に帰ったら?」
「……」
「何か不都合でもあるの?」
にこっと笑う幸村に「頼む」と頭を下げる。
「本気で困っているんだ。そこは三人部屋だろう。余ったベッドでいいから、置いてくれないだろうか」
すると幸村の後ろから「ここはもう定員オーバーだよ」と不二が声を出した。

一体どういう部屋割りなのかはわからないが、U−17の合宿所に戻った所、
勝ち組と負け組みと混ざった形で部屋に入れられることになった。
その点については何の問題もない。
だが与えられた部屋に、本来なら別室になるはずの越前が居たとなると話は変わる。

「君達、二人部屋なんでしょ?自由に使えていいなあ」

何故、事情を知っている。
その言葉に、真田は気付いた。リョーマの行動に入れ知恵して、不二は面白がっている。
幸村にもそれは伝わっているのだろう。だからこんなに非協力的な態度を取るのだ。

「羨ましいなら変わってやる。代わりに俺をそこに泊めろ」
「冗談でしょ?うちの大事なルーキーと仲良くしてやってよ。よろしくね」
「……」

言いたいことだけ言って、不二は奥へと引っ込む。もう話をするつもりは無いらしい。
越前の奴、なんて厄介な相手に相談したんだと真田は本気で頭を抱えたくなった。

「という訳で頑張ってね、真田」
「何をだ!?俺の味方になってくれないのか」
約三年間チームメイトとして過ごして来たじゃないかと幸村に訴えても、聞いてはくれない。

「悪いけど、真田。俺は面白そうな展開を見逃せないんだ」
「面白い?どこがだ!?」
「それはこれからのお前の行動に期待させてもらうよ。あ、立海の皆には真田を部屋に招き入れないよう伝えてあるから」
「お前は鬼か!」
「真田君、ちょっと静かにしてな。消灯時間に無駄話とかあかんでー」
今度は白石が部屋の中から声を出す。
「後、抵抗するのも無駄なだけやでー」

うるさいと反論する前に「おやすみ」と、またドアが勢いよく閉められた。




立海のレギュラー達に頼れないとなると、帰るしかない。
嫌だ、と思いながらも良い案が浮かばず、重い足を引き摺ってリョーマがいるであろう部屋に行く。
もしかしたらこの間にリョーマが諦めて割り振られた場所に戻ったかもしれない。
そんな風に考えたが、ドアの前に貼られたプレートを見て楽観し過ぎたと肩を落とす。
本来なら真田と同室であるはずだったメンバーの名前がマジックで消され、代わりに『越前リョーマ』 と書かれてある。
間違いない。リョーマの仕業だ。

ドアを開けると「あ、おかえりー」とベッドの上で寛いでいる姿が見えた。

こっちがこんなに悩んでいるというのに、呑気な様子に呆れてしまう。

「おかえり、じゃない。お前はここから早く出て行け。本来なら別の部屋のはずだろう」
「快く代わってもらった。皆、親切だよね」

嘘だ。大方、不二と二人で共謀して追い出したに違いない。
そう考えると被害を被った人達が不憫でならない。

「お前がそういうつもりなら、俺は出て行く」
「どこに?行く所なんてないのに」

幸村に同室を断られたのも承知しているのだろう。
挑発的に笑うリョーマに、ムカッとする。

「野宿すればいいだけだ。今更どんな場所でも不自由しない。雨さえ凌げればどうとでもなると、崖の上のコートで学んだからな」
そう言って出て行こうとする真田に、リョーマは慌ててベッドから降りて引き止めに掛かって来る。
「ちょっと待ってよ。何でそんなに俺を避けんの」
「当たり前だろう。お前が妙な真似するからだ。そこまでして俺と同じ部屋になりたいとか、どうかしている」
「ひょっとして、二人部屋っていうのを意識してんの?別に何しても俺は構わないけど」
平然と言うリョーマに、真田はくらっと眩暈を起こしそうになる。
そういう意味で言っているわけじゃないのに、何なのだ。

「何を言っている!?そんなこと、まず有り得ん!」
大声を出して否定する。

そもそもここはU-17の代表者を決める合宿所で、そんな中で好きとか恋とか意味の無い感情を挟むこと事態皆無だ。
こんな時に恋愛事にうつつを抜かすとはたるんどると、リョーマに目を向けると、
「有り得ないんだ……」とあからさまに傷付いた表情をしていた。

「いや、それは」
「そう、だよね。真田さんは俺のことこれっぽっちも気にしていないって、本当はわかってる」
「お、おい。越前」
「だけど、それでも俺は……」

きゅっと唇を結んで震えている姿は、涙を堪えているようにも見える。

間違ったことを言っていないのに、真田は何故か自分が悪いことをした気持ちになった。
年下で、小さいからなのか。子供を苛めた気分になる。
俺は悪くない、悪くないはずだと言い聞かせるが良心が痛む。

「あのな、越前」
「別に、いいけどね。わかっているから」

弱弱しい笑顔を向けるリョーマに、ついに真田は降参を決めた。
子供には敵わない。泣かれると弱いのだ。

「……越前」
「何」
「今日の所は、部屋はこのままで構わない。お前が静かにしてるのならな」

途端にパッと顔を輝かせる。
わかりやすい反応に、苦笑してしまう。
自分の言葉に一喜一憂しているリョーマが、ほんの少しだけ可愛いと思えた。


「うん、静かにしている」
「ただし今日だけだぞ。明日は自分の部屋に帰るように」
「……」
「返事は」

聞こえないふりしてるリョーマに、もう一度明日は念押しするかと真田は溜息をついた。

「お前のベッドはそっち側だな。俺はこっちを使おう」

空いているベッドに荷物を置こうとすると、リョーマにシャツをぎゅっと掴まれる。

「俺、寝相も悪くないし、背もちっちゃいから平気だと思う」
「何の話だ」
「だから、一緒に寝てもいいんじゃないかって」
「却下だ!」

やはり情けなど掛けるべきではないのかもしれない。
しかし冷たい言葉を吐けば、また目に見えてしゅんとするのがわかって、それに自分が耐えられなくて。
どうしたらいいんだと、真田は溜息をついてベッドに腰掛ける。


「なんでお前は俺に執着するんだ?そこまでされる理由がわからない」

高校生との試合に負けたリョーマを励ましたからだろか。
だとしたら随分安直だなと思っていると、「理由なんてないよ」とリョーマが言った。

「好きだなあと思ったから、口に出しただけ。理由なんて、後からきっとついて来る。
けど、あんたのことが好きかもしれないと思ったら、後は行動するしかないでしょ。
性格的にも黙っていられないんだよね」

一生懸命に訴えるリョーマに、こいつは本能で人を好きになるのかなんて思った。
しかし思ったらすぐに行動する、というのは納得出来る。行動に移さなければ何も手に入らない。
真っ直ぐにぶつかって来る心意気は、認めよう。


「お前の気持ちはわかった」
「え、だったら」
「だがやはり俺は恋愛など考えられない。今は必要がない。
テニスに集中したいからな」
「別にそれでいいよ」

あっさりと頷いた、と思ったら、「合宿が終わる頃には真田さんから手を出したく位にまで、メロメロにしてみせるから」とリョーマは拳を握り締める。

「……それは無いな」
「そんなのわからないだろ!?したくなるまで、纏わりついてやるからね」
「勘弁してくれ」
「俺は絶対諦めないから!」

さっきのしょんぼりした姿はどこに行ったというように、意気込みを語っている。

「とにかく、静かにしろ」とそれだけ言って、真田はベッドに潜り込む。
明日も、練習前にトレーニングをしておきたい。その為にも早起きしなければ。
今から眠っておくのに越したことはない。

「電気は消しとけよ」
そうリョーマに言って目を閉じる。

が、すぐにまた瞼を開く。

「越前」
「何すか」
「俺のベッドに潜り込もうとするな。向こうを使え。
次やったら、たたき出す」
「そんな。行き場所ないのに、追い出すつもりっすか?」

ぐすん、とか細い声を出すリョーマに、(確信犯だな)と真田は溜息をつく。
さっきのしおらしい態度も演技だったのかもしれない。
しかしそれでも落ち込まれるとこちらの心が凹まされる。どうしようもない。
諦めて、睡眠だけは確保しようと口を開く。

「睡眠の邪魔はするな。お前も明日は自主練習をするのだろう?早く寝ろ」
「……はーい」


すごすごと退散するリョーマに、ちゃんと言うことを聞くのか……となんだか可笑しくなった。
案外素直で扱いやすいのかもしれない。

やれやれと再び眠ろうとするが、近くに気配を感じて真田は再び目を開く。


「……越前。上から覗き込むのも禁止だ」
「黙って見てるだけっすよ?」
「それでもだ」

襲われそうで怖いとも言えず再びあっちに行くようにと命令する。



(俺が手を出したくなる?少なくともこんなことされては逆効果だ……)


とはいえ、リョーマの気持ちが真剣だとわかった以上は、真面目に考えてやらなければならない。


恋愛などくだらんと軽く吹き飛ばしていた真田がそんな風に思う事態、心の隅っこにリョーマが根付いている証拠なのだけれど。

今は何も気付かず、ただ睡眠に集中しようと横になるだけだ。



「……越前。足元で丸くなるのも却下だ」
「ちぇっ、ばれたか」
「当たり前だ」


まだ、手を出そうという気になる日は遠い。


終わり


チフネ