チフネの日記
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2011年04月05日(火) 跡リョ いつか空に羽ばたく (たまご 完結編)

叶えられないと諦めていたものを手にしてみたら、今度は失うのが怖くなった。

そいつがいない人生なんて考えられない。
……そんな風に自分が思う日が来るとは想像もしなかった。

共に人生を歩むのは家にとってどれだけ有益をもたらすかどうかによって選ばれた相手なんだって。
そう思い込んでた。

でも、リョーマはそんな俺に言ったんだ。
望まない人生を選んでどうするんだって。相手も不幸になるだけだって。

その一言に、目が覚めた。
ぎゅっと押し込めていた本心を解放してみたら、リョーマだけを求めていた。
気付いたら、止められるはずが無かった。

何としてでもリョーマを得ようとして、デートに連れ出すことに成功した。

告白の時、同情を引かなかったといえば嘘になる。
リョーマに振られたら、今度こそつまらない人生を送る覚悟をしていると言ったら、
動揺する素振りを見せた。
もう一押しで落とせると確信して、強引に気持ちを受け入れてもらった。

とりあえず切っ掛けは何でもいい。
リョーマに側に居てもらう為にも、形振りなんて構っていられない。
最初は好きかどうかわからなくても、絶対、俺に惚れさせてみせるから。


こいつが側にいるだけで、何だってやれる。
この先の不安も全て解消される気がした。

そう言ったら、「そんなの当たり前」と自信満々に言われるだろうなと、想像して笑う。


リョーマがいる日常が、こんなにも楽しくて、幸せで仕方無いんだ。















「あれ……、今、何時?」

もそもそとベッドから這い出てきたリョーマに、
「7時過ぎだ」と跡部は時計を見て言った。

「飯、食うだろ?用意なら出来てるぜ」
「うん、お腹空いたかも」
欠伸をして、リョーマは散らばっていた服を身に纏う。
「誰かさんと運動した所為で、もう腹ぺこ。それなりのもの出してくれるんでしょ?」

少しばかり皮肉を込めて言うリョーマに、
「食事前のいい腹ごなしになっただろ」と返してやる。

「その後、ぐうぐう寝てやがるし。充分な位休息したろ。
夕飯食べたらまた付き合え」
「え、ヤダ。今日は無理。帰って寝る」
「帰るのかよ!しかも寝るってなんだ!さっきまで寝てただろうが」

日曜の部活が休みの場合、リョーマはここに泊まりに来ることになっている。
今までの付き合いで自然とそういう流れになっていた。

だから期待していたのに帰るのかよ、と露骨に肩を落とすと、
「今の嘘」と、リョーマはそう言って近付いて来た。

「親にも泊まるって言っといたから、帰らないよ」
「なんだよ。悪い冗談だな」
「あんたがあんまりにもがっつくからだろ。釘刺したくなっただけ。
でも今後の行動したいでは、本当に帰るかもしれないよ?」
「そうかよ、わかった」

頷いたものの、絶対その気にさせてみせると、跡部は作戦を考え始める。
一緒にお風呂へ誘うのも良いかもしれない。
一回火が点けば、リョーマは嫌とは言わない。
むしろ積極的になるしなと、にやけそうになる口元を手で覆って隠す。

こちらの企みなど何も知らないリョーマは、
「勉強してたんだ?」と手元を覗き込んでくる。

「ああ」
「ふーん。あんた、頭いいのにちゃんと勉強してるんだ?」
「当たり前だろ。怠けていたら、あっという間に努力している奴らに追い越されるかもしれねえ。
今、成績のことで親に咎められるわけにはいかないからな」


リョーマと共にいる為に、いずれこの家を出て行く。
その為にも様々な力を身につけておく必要がある。勉強もその一つだ。
手を抜けることなんて、何もない。

「頑張っているんだ」
「まあな」

少し神妙な顔をするリョーマに、なんだ?とじっと見詰めると、
急に距離を縮めて、額にちゅっと軽くキスしてくれた。

「けど、あんまり無理は止めなよ。
俺だって、出来るだけあんたのフォローするから」

リョーマもわかっている。

跡部と一緒にいることによって、いずれ乗り越えなければならない未来が来ることを。
知っていても、逃げることも拒むこともしない。
跡部と一緒にいてくれようとさりげなく伝える言葉に、たまらなく嬉しくなる。

「そうか。お前がフォロー出来ることと言えば、一つしかねえよな?」
「は?って、どこ触ってんの!?今からご飯食べるって言ったじゃん」
「それより俺は別のものが食いたい」
「俺は食べ物じゃないから!」

さっと身を翻して距離を取るリョーマに、逃げられたか、と舌打ちする。

まあ、いい。泊まることが決定している以上、時間はある。

「食事にするか」
「うん」

これ以上はしないと安心したのか近付いて来るリョーマの肩を抱き、
自室から廊下へと出る。

「今日は魚を焼いた。他に、味噌汁も作ったぞ」
「へえ。やるじゃん」
「日々、精進しているからな」

家を出るなら、いずれ食事も自分で作ることになる。
少しずつだけれど、身の回りのことを自分の手で行うようにしている。

戸惑う使用人達には「これも人生勉強の内だ」と言って押し切っている。
どこまで信じているかは、わからないが。


「跡部さんの料理が上手くなったらさー」
見上げて笑うリョーマに、「なんだ?」と尋ねる。

「俺が養ってやろうか?」
「は?」

とんでもない提案に言葉を詰まらせた。

こいつ、今、なんて言った?

「俺がプロになってガンガン稼いだら、あんたは何の心配もなくなるでしょ。
これで解決」

ニッと笑うリョーマに、跡部は目を丸くした後、小さく吹き出した。

何を言い出すかと思ったら。

一応、元気付けてくれているらしい。
負担を軽くしようと、リョーマなりの言葉で伝えてくれてる。

それがわかったから、くしゃっと頭を撫でて、いつもの自信たっぷりの態度で告げてみせる。

「バーカ。俺が家事だけやって収まるような奴だと思うか。
昼間はテレビの前でのんびりしているなんて、性に合わねえよ」
「たしかに」

頷くリョーマに、「逆に俺がプロになって稼いでお前を養ってやってもいいんだぜ?」と返してみせる。

「はあ?俺の方こそじっとしてるのなんて無理だから」
「だったら、二人で上を目指すか。家事は交代制にして」
「まあ、それならいいかも」
「その時はお前も料理するんだぞ。わかっているよな?」

出来るのか?、と鼻で笑う跡部に、リョーマはにっこりと微笑む。

「じゃあ、今度俺が作るよ」
「マジかよ!?お前、料理出来たのか?で、何作るんだよ」
「カレー」
「……そんなことだろうと思った」
「何がっかりしてんの!?カレーも立派な料理なのに」

胸を張るリョーマに、確かにそうかと考え直す。

多分、今までは包丁なんて握ったこともないだろうに、
カレーを作れるくらいまで努力したのは……自分のことを思ってくれているから。
二人で歩んで行く、その日の為に。

そんな決意を垣間見た気がして、嬉しくなる。

「わかった。楽しみにしてるぜ」
「一応食べられるレベルまで頑張る」
「一応かよ……まあ、いいか。
プロポーズしたんだから、お前もしっかり料理頑張れよ」
「え?プロポーズって?」

何それ、と眉を顰めるリョーマに、
「俺のこと養うって言ったじゃねーか」と腕をがっしり掴んで跡部は笑みを浮かべた。

「責任取ってもらうからな」
「ちょっ、あれプロポーズの内に入るの!?」
「当たり前だろ」
「違う違う。あれは違うって!」
「もう遅い。お前もう一生俺から離れられねーぞ」

ハッ、と笑うと、リョーマはぷいっと横を向いて小さく呟く。

「そんなのとっくに覚悟出来てるよ……」



たった一言で、心臓が鷲掴みされたような衝撃を受けてしまった。

いとも簡単に心の壁を乗り越えて来るから、ますます離れられなくなるんだ。
この先に過酷な未来が待っていようが、リョーマがこの先も居てくれるのなら、
どんな障害もぶち壊して前に進める気がするんだ。


側にいて、味方になってくれるのならこんなに心強いことはない。

強くなれるのもリョーマがいるおかげだ。
自分の望む未来はこの手の中にある。

ぎゅっと抱きつくと、「痛い、重い、お腹空いた」と言いながらも、
リョーマは跡部の腕の中に大人しく収まっていた。

おわり


2011年04月04日(月) ちぐはぐゲーム 3 (たまご リョーマ視点)

「観覧車で告白っすか」
「悪いか」
「悪いというか……。あんたって意外と乙女思考なんだ?」
「うるせー。どうだっていいだろ。
こういう所での告白の定番といったら、観覧車じゃねえのか」
「……そうかもね」

男同士で観覧車ってどうよと思ったが、跡部の堂々とした態度に拘るのも馬鹿馬鹿しくなって来た。
今日は沢山奢ってもらったのだから、最後まで付き合うべきだ。

やがて、自分達が乗る番が回って来た。
跡部と正面で向かい合う形で座り、扉が閉められる。

ゆっくりと地上から離れて行く光景をぼんやりと眺めていると、
「雰囲気、出ているか?」と聞かれる。

「いいんじゃないっすか。二人きりにもなれるし。
跡部さんに誘われたら、大抵の女の子は嬉しいんじゃないっすか」
「そうかよ」

夕陽が完全に沈み、あちこちのライトが光る。
綺麗だなと、リョーマは思った。

「上手くいくといいっすね。脈はありそうなんすか?」
「いや、多分無いと思う」
「えっ、そうなの?」
「ああ。嫌われてもいないだろうが、恋愛対象とは見られていない感じだな」
「ふーん。本当に片思いなんすね」

段々と高く上がっていく。
遠くまで見渡せる所まで差し掛かったところで、
跡部が腰を上げてこっちに移動しようとする。

「何してるんすか?」
「そっちに座ろうとしていだ」
「見える景色は同じっすよ」
「いいから、大人しくしてろ。揺れるだろうが」

あんたこそ大人しく座っていろよと思ったが、
こちらの不満を無視して跡部はすぐ真横に腰を下ろした。

ほとんど密着する形になり、
「もっと向こうに詰めてよ」とリョーマは言った。

「いいだろ。これも練習の内だ」
「あんた、観覧車の中で何するつもりっすか。
告白だけなら向かい合わせでも出来るのに」
「こうして伝えたいんだ。いいから、黙ってろ」
「……」

何なの、と眉を顰めるリョーマに構うことなく、今度は手を握って来る。

「外、綺麗だな」
「はあ」
「遊園地も結構良いもんだな。今日は楽しかった」
「そうっすね」
「またお前と一緒に来たい」
「……」

告白の練習しているのかと思って、好きにさせておく。


それにしてはやけに熱っぽい視線を向けてくるが、
これは片思いの相手を想像しているからだと、考える。

「おい、何か言えよ」
「あ、えーっと、そうっすね。また来たいっす」

適当に答えると、「ああ」と跡部が頷く。

「今日のことは忘れられない思い出になりそうだ。ありがとうな」
「はあ……」
「越前」

ぎゅっと、手を握る力が強くなった。

そして「好きだ」と、耳元で囁かれる。
「お前が、好きなんだ」

ここまで言えたなら完璧だ。
もう練習は終わりでしょ?と言おうとして顔を上げた瞬間、
跡部の顔が目の前に迫っていて、互いの唇が重なった。

(何これ。どうなってんの。
練習ってキスも含まれてんの!?)


驚いたリョーマは慌てて跡部から離れようとするが、
肩と腰を掴まれて、逃れることが出来ない。

「んっ、んんー!?」

角度を変えて跡部が唇を貪ってくる。
軽い挨拶のキスはしたことがあるけど、こんなのは初めだ。
酸欠状態に苦しくなって「ふっ」と鼻から息が抜けた所で、ようやく解放された。

乱れた息を整えてから「何考えているんすか!?」と、唇を拭いながらリョーマは怒鳴った。

「こんな練習にまで付き合うなんて聞いていない!
こういうのは好きな相手としろよ!」

怒っても、跡部は動揺していない。
むしろ開き直ったような態度をして、笑いながら言った。

「まだ練習だと思っていたのか」
「は?どういうこと?」
「鈍感にも程があるぞ、越前。
俺が好きなのはお前だってことだ」
「……え?」

言葉が出てこない。
今、跡部は何を言った?

呆然としているリョーマに、跡部は髪を優しく撫でて来て、
「好きだ」と二度目の告白をした。

「俺と付き合ってくれ、越前」
「ちょっとなんでそういうことになるんすか!?」

意味がわからないと、跡部から離れようと立ち上がると、
ぐらっと足元が揺れる。
観覧車の中ということを忘れていた。
しかも頂上に近い所まで来ている。

「おい、大人しくしてろって。揺れるだろ」
「誰の所為だと思っているんすか」

睨み付けても、跡部は平然としている。
それどころか「ちゃんと座っていろ」と、腰を引き寄せられ、跡部の膝の上に乗せられる。

「ヤダ。何やって」
「動くなって言っているだろうが。
暴れた拍子に扉が開いたらどうなる。しゃれにならねえぞ」
「いや、あんたが変なことしなきゃ静かに座ってられるんだけど」
「変なことじゃない。座っているだけだ」
「こんな密着して座るのが問題だって言ってんの。
しかもなんであんたの膝の上に?」
「お前一人くらい、軽いもんだ。問題ないだろ」
「そういうんじゃなくって!……もう、疲れた」

逃げようと身を捩っても、跡部の腕ががっしりと腰を掴んで離れない。
暴れても無駄だ。
観覧車が下に降りるまでは、逃げることは出来なさそうだ

それまでの我慢と、リョーマは自分に言い聞かせた。

「やっと話を聞くつもりになったか」

静かにしているのを勘違いした跡部が、そんな言葉を口にする。

「聞くも何も、あんたのやり方が悪いせいだろ。
これで振られても仕方無いと思うけど」
「何が悪い」
「何もかも!勝手にキスするし、好きだとか言い出すし」
「じゃあ、許可を取ってするのはいいんだな?」
「は?」
「もう一回、お前とキスしたい」

リョーマの返事を聞かず、跡部が再びキスを仕掛けてくる。
膝に乗せられている為、リョーマの方が頭一つ分高くなるのだが、
無理矢理頭を押さえ込まれる形でされてしまう。

今度は息苦しくなる前に解放される。

「どうだ」
「どうだって……、許可してないだろ!なに勝手にしているんだ!
先に言えばいいってもんじゃない、わかんないの?」
「面倒だな」
「面倒って、あんたね」
「じゃあ、してもいいか」
「ヤダ」
「どうしろって言うんだ。我侭な奴だな」
「あんたに言われたくない。こういうのは女の子にしてやれよ」

大体、好きな相手が自分だというのも、未だに信じられないのだ。
予行練習が嘘で、つまり今までのは跡部にとっては本当にデートだたということになる。

信じられないと呟くリョーマに、「嘘じゃない」と、跡部はきっぱりと言った。

「お前のことが好きだ。
けど、告白するつもりも叶えるつもりもなかった。
なのにお前が望まない生き方は止めろって言うから、諦められなくなったじゃねえか。
自分でも押さえ込んでいた本心を気付かせた、お前が悪い。
だから責任取れよ」
「責任って……」

そんなこと言われても戸惑うリョーマに、
「俺と付き合うのは嫌か?」と、跡部は言った。

「絶対に大事にする。ずっと好きでいる自信もある。
けど、お前が付き合えないって言うのなら、もう二度と会ったりしねえ。
これ以上、迷惑は変えない。
大人しく決められた道を歩むことにする。
後はお前次第だ。どうするのか、返事をしてくれ」
「……」


そんな重たい告白、背負えるかと思った。

跡部と付き合ったら、いずれ家でのごたごたに巻き込まれる。
色々言われるだろうし、反対なんてもんじゃ済まない。
わかってる、だけど。

このままさよならしたら、言葉通りに跡部とはもう会えなくなる。
別々の道を歩んで行くことになる。

しかもそれは跡部にとって、望まない道。
そこから引っ張り上げることが出来るのは、自分だけ。

会えなくなる寂しさと、跡部に辛い顔をさせたまま別れることが出来ない、その気持ちの方が勝ってしまった。

「俺は、あんたのことが好きとか、そんな風に考えたことはない」
「わかってる」
「でも、このまま会えなくなるのは寂しいと思う。
そんな道も選んで欲しくないとも思ってる。
すごく好きってわけじゃないけど、それで良かったら」
「付き合ってくれるのか?」
「まあ、そういうこと……」

リョーマの言葉の続きを待たずに、またキスされる。
二度目よりも少し長く。
リョーマの唇の感触を確かめるようにしてからそっと跡部は顔を離した。

「だから、許可なくキスするの禁止!」
「悪かったな。嬉しくて、つい」
「反省しているんすか?」
「ああ」

そろそろ観覧車は地上に到着する。

そういえば頂上からの景色を見ることが出来なかったと肩を下ろすリョーマに、
跡部は抱っこしたままの体勢を解かず、
「なあ、もう一周しないか?」と囁いてくる。


そんなことしたら、またキスされるんじゃないかと思ったけど、
反射的に頷いてしまう。

あんまりにも、跡部が嬉しそうな顔をしているから。

もう少しデートを続けてもいいかなと、思った。


2011年04月03日(日) ちぐはぐゲーム 2 (たまご リョーマ視点)

休日だけあって、遊園地の中はそれなりに賑わっていた。
子供達のはしゃぎ声が、辺りから聞こえて来る。

跡部に似合わない状況だなと、リョーマは思った。
ここを貸切にする位出来そうだが、さすがにそんな手段を取ったら相手に引かれるだろう。
賑やかじゃない遊園地なんて、寂しい。
誰もいない、そんな不自然な中でのデートはきっと楽しめないはずだ。

「で、何に乗るんすか?」

突っ立っている跡部に尋ねると、「お前が決めろよ」と言われる。

「はあ?あんたのデートの予行練習に付き合っているのに、なんで俺が決めるの?
それこそ相手をどこに連れて行くか、考えるべきじゃないんすか」
「そんなこと言われてもどうしたらいいか知るかよ」

困っているわりには偉そうな態度だ。

「ひょとして、あんた、遊園地に来たことないんじゃ……」
リョーマの疑問に跡部は「そうだ」とあっさり頷いた。

「かなり小さい頃に来たらしいが、こっちは2歳かそこらだったからな。
楽しんだかどうかも覚えてねえよ。
それに、今の俺がこんな所、来るわけ無いだろ」
「たしかに」
「だからお前が教えろよ。こういう時、どんな風にして楽しむものなんだ?」

世話が掛かるなあと、リョーマは溜息をついた。
跡部の好きな子がどんな人なのかもわからない。
自分の好きなように遊んで良いものか迷うところだ。

「何黙っているんだ。お前が乗りたいって思ったものを選べばいいだろ」
「でも、いいんすか。俺の乗りたいものって、絶叫系だけど。
跡部さんの好きな人って、怖い乗り物とか苦手かもしれないでしょ?」

跡部はぴくっと眉を上げて、「それは無いな」と断言した。

「わりとそういうのも好きみたいだ。
お前の好きなように動けばいい。初心者の俺に、遊び方を教えろよ」
「うーん、そこまで言うなら」

跡部のことだから、リサーチは済んでいるはずだ。
きっと遊園地慣れしている女の子なのだろう。
だったら単純に楽しもうと、まず一番人気のジェットコースターを指差す。

「あれに乗って悲鳴上げて幻滅されないように、今から特訓しておいたら?」
「俺が悲鳴を上げるわけないだろ。お前こそ、びびってんじゃねえのか?」
「まさか」
「よし、じゃああれに乗るか」
「うん」

一番人気ということで、待っている人は大勢いた。
ここで不満を漏らすのかと思ったのに、意外にも跡部は大人しく並んでいる。
やはり似合わない光景だ。

「何だよ。人の顔、ジロジロ見て」
「だって意外と大人しく並んでいるから、似合わないなあって」
「悪かったな。それに並んで待つのは当たり前だろ。
マナーを守っているだけで、何で驚かれるんだ」
「跡部さんがまともなこと言っている……」
「だから、いちいち反応するなって」

舌打ちする跡部がおかしくって、リョーマは小さく笑った。

「あんたの好きな人もこんな姿見たら、驚くかもね。
でも、悪くないと思うもしかしたら見直してもらえるかも」
「そうかよ」
「ねえ、どんな人?俺の知らない人だよね?
やっぱりすごく綺麗とか?」

跡部が好きになる位だから、釣り合う位の美人だろうと想像する。

だけど「いや、どっちかというと可愛いタイプだな」と言われる。

「へえ、そうなんだ?」
「けど将来は美人になりそうな感じだな。一緒に居られるなら是非成長を見届けたい」
「ふーん。ということは、相手は年下、とか」

跡部の言い方に、ふとそんな風に思った。
年上の美人なら、成長が楽しみとは言わないはずだ。

「そうだ、年下だ」
跡部はリョーマの意見を肯定した。
「なんか意外なことばっかり。てっきり跡部さんは大人な感じの人がタイプかと思ったのに」
「勝手に決め付けるなよ。
けど、俺も好きになるとは思ってもみなかったからな」
「そう、なんだ」

たしかに自分の抱いているイメージだけで、跡部のタイプを決め付けるわけにはいかない。
気を取り直して「一つ下?」と聞いてみる。
「いや、二つ下だ」
「え、じゃあ俺と同じ年?」
「そういうことになるな」
「ふーん」

氷帝の後輩だろうかと考えた所で、「前に進むぞ」と、跡部が声を掛けて来る。
もう少し待てば乗れそうだ。

「その子にいい格好見せる為にも、今日の予行練習を頑張らないとね」
「……そうだな」

これで絶叫したら笑うなあと思いつつ、歩幅を詰めた。














「まだまだ、だね……っ」
「それはこっちの台詞だ!」
「あんた、ずっと固まっていたじゃん。怖くて声も出なかったんでしょ?」
「お前こそ途中で、あっとか、ひっとか声出していたじゃねえか。聞こえたぞ」
「それ、俺じゃない!そんなに言うのなら、次はあれに乗ってどっちが先に驚くか、勝負しようよ」
「ああ、いいぜ」

怖がっていない、驚いていないとムキに言い合いながら、二人はそれからずっとパーク内の絶叫系の乗り物を梯子した。

こんなのデートの練習にならないじゃんと、リョーマは思ったが、
折角楽しい時間を過ごしているのだから水を差すのもなんだと思って黙っておいた。


跡部とテニス意外で遊ぶというのも、新鮮で楽しい。
誘ったのは自分だからと、好きなものを全部奢ってくれるし、
行きたい所に引っ張って行っても嫌な顔一つしない。
これなら本命の子を誘っても、上手く行くんじゃないだろうか。

俺様な性格が欠点だったが、それを抑えて行動している跡部は、女の子からしたら理想の彼氏に当て嵌まる。
顔もいいし、頭だっていいし、気前もいい。性格さえ改善すれば、すぐに両思いになれるのではないのか。


「どうした。疲れたのか?」

気遣うように尋ねて来る跡部に、「ううん」と首を振る。

「いつまで遊ぶつもりかなって考えてた。
予行練風なら、もう充分だと思うけど。
あんただって遊園地がどんな感じなのか、わかったんじゃない?」

そろそろ日が沈もうとしている。
あちこちでライトアップが始まり、雰囲気は出て来た頃だ。
本番ならこの辺りで告白して、返事をもらうのがベストなんじゃないだろうか。
まさかと思うが、すぐにホテルに連れて行こうと考えていないよな……。
だから遅い時間まで遊ぶことを予定していたりして。

跡部を見上げると、「たしかに頃合だな」と頷く。

「そろそろ告白するのにちょうどいい時間だ」
「でしょ?じゃあ、帰ろうか」
「待て。ここまで来たら最後まで付き合え」
「えっ、どこに」

リョーマの答えを聞く前に、跡部は「あれに乗るぞ」と腕を掴んで歩き出す。

「あれって……」

跡部の向かう方向に視線を移す。

夜になって色鮮やかな発光を灯し、一際目立つ観覧車が見えた。


2011年04月02日(土) ちぐはぐゲーム 1 (たまご リョーマ視点)

跡部と会うようになったのは、関東大会の初戦が終わった頃だった。
桃城と一緒にストリートテニス場に顔を出した時に声を掛けられた。

「暇そうだな。だったら俺の相手をしろよ」

その時、桃城は橘妹と会話していて、リョーマは放って置かれていた為に暇だった。
それに跡部と打ちたいという気持ちもあった。

関東大会を勝ち進んで行けば、もっと強い相手と試合することになる。
練習相手が欲しい。
青学のレギュラー達も強いのだが、いつも同じ相手では手の内もある程度読めてしまう。
一番相手をして欲しい手塚は、九州に治療しに行ってしまった。
その手塚を破った跡部あら、相手に不足はない。

リョーマは誘いに乗って空いているコートで跡部とテニスをした。

しかしストリートテニスは、皆で使用する場所だ。
独占していると、当然文句を言われる。
数回打ったところで、跡部が「出ようぜ」とラケットを下ろした。

「こんなところじゃ落ち着かねえな」
「そうっすね」

少し調子が出た所なのに勿体無かったなあと残念そうな声を出す。

すると、「……今度、別のコートで打たねえか?」と跡部が言った。

「別のって?」
「俺がよく行くスポーツクラブのコートなら邪魔されずに打てるぜ」
「え、でも使用料高いんじゃないの」

跡部が通っている所なら、一般の人が入れるような所じゃなさそうだ。
すると、「バーカ、。お前から金なんて取るかよ」と、帽子のツバをピンと指で弾かれる。

「元々、うちが所有しているクラブだ。金なんていらねえよ」
「え、でも」
「嫌なのか、そうじゃないのかハッキリしろ」

そう聞かれて、「嫌じゃない」とリョーマは答えた。

満足そうに頷く跡部を見て、そんなに自分と打ちたかったのかと首を傾げる。

連絡先を交換し、それから時々指定のスポーツクラブで打つようになった。
弱点を攻めて来る跡部のテニスは、自分がどこを克服するべきかよくわかるから、やりがいがあった。
勝ったり負けたりを繰り返しながら、楽しんでいたが、とあることが気になり始めた。

「ここって、いつも自由に使っていいんすか?」

他の利用者もいるだろうに、いつ来てもすぐにコートに入れるのは跡部が特権を使っているからだと思った。
しかも綺麗で設備も充実している場所を毎回ただで使うのも、さすがに悪い。

リョーマの考えが伝わったのか、跡部は少し考えてから口を開いた。

「気兼ねしているって言うのなら、ただで使える所に移動するか?」
「え、そんな所あるんすか?」

どこ?と尋ねると「俺の家」と言われる。

驚きはしなかった。
コートの一つや二つ、持っていてもおかしくない。
少し興味もあったし、だったら次回からはそこで、と約束した。


迎えに来た車に乗って到着した先は、期待を裏切らない大きな屋敷だった。
コートも4面もあって、ここでプロの試合中継したっておかしくない位何もかもが揃っている。

跡部の家らしい、とリョーマは思った。


3回ほど跡部の家でテニスをしたのだが、その日は少し様子が違った。
疲れているようにも見えて、動きにもキレが無い。
休憩を申し出ると、跡部は素直に頷いてコートを出た。
飲み物を飲んでいる間も、溜息をついている。

やっぱり、おかしい。

ひょっとして恋の悩みなのかと冗談を口にすると、意外にもそれは当たっていた。
しかも、片思いだと言う。
跡部の秘密を知ってしまったリョーマは、この後も相談に乗ることを約束させられた。









「で、なんで俺が予行練習い付き合わなくちゃいけないんすか……」

欠伸交じりに尋ねると、「お前が相談にはいつでも乗るって言ったからだろ」と返される。

そんな風に言った覚えは無い。
「何かあったら、愚痴くらいは聞くよ」とは言ったが、いいように取られている。

「それで、今日は何をするんすか?」

休日に家まで迎えに来て、連れ出されただけで車がどこに向かっているかは知らない。
テニスしたかったのにと恨みがましく言っても、「今日は予行練習だ」と跡部は譲ってくれない。

「告白の練習なら一人でやれば?何で俺が付き合わなくちゃいけないんすか」
「人からの意見も聞いておこうと思ってな。
それに俺が片思いしていることは、お前しか知らない。だったら付き合うのは当然だよな?」
「……」

無茶苦茶だと思ったが、相談出来る相手が他にいないというのでは仕方無い。
跡部には今まで世話になっている。
今日位は付き合ってもいいだろう。

「ここまで来たんだから、もう付き合うけど。で、何するつもりなんすか?」
「デートだ」
「は?」
「あ、いや……。そうじゃなくて、相手をデートに誘って、その後で告白しようと考えている」
「わかった。つまり当日に失敗がないように、下見しておくってことでしょ?」
「そうだ」

跡部の顔がぱっと輝く。
好きな人のこととなると素直なんだな、とリョーマは少し笑った。
いつもの尊大な態度よりも、こういう部分を見せたら好感度が上がるのではないだろうか。

「何だよ、笑ったりして」

怪訝そうな顔をする跡部に、「だってさ。あんたがその人のことすごく好きなのがわかって、面白いから」と返す。

「悪かったな」
ぷいっと、跡部は横を向いた。
「好きなんだから、しょうがないだろ」

どうやら照れているらしい。
いつも偉そうな跡部よりも、万倍も親しみが持てる。
相手がどんな子なのか知らないが、こういう所をわかってくれるといいねと、リョーマは思った。




「で、遊園地っすか」
「悪いか」
「悪くないけど、跡部さんが選ぶにしては普通かなって」
「どういう所に連れて行くと思っていたんだ」
「貸し切りしたオペラコンサートとか、豪華クルージングとか、ヘリに乗って見晴らしの良い山頂へ向かうとか」
「ちょっと待て、なんだそれは」
「だからイメージっすよ。誰も邪魔されない所で告白するかなと思って」
「いくらなんでも、いきなりそんなことするかよ」

げんなりした顔をして、跡部は言った。

「それに片思いの相手なんだぞ。俺の趣味につき合わせてどうする。
相手が好きそうな場所を連れて行った方が、上手く行くだろ」
「なるほど」

納得したように、リョーマは頷く。

「俺のアドバイスなんて必要ないんじゃないの?
もう、今すぐデートに誘って来たら?」
「いや、念には念を入れる」
「あ、そう」
「じゃあ、入るか」

入り口に向かって歩こうとする跡部に、「ちょっと待って。俺と入るの?」と声を上げる。

「他に誰がいる。それとも遊園地は嫌いか?」

問われて首を振る。
遊園地はむしろ好きな方だ。
向こうに居た時も、何人かの家族と一緒にテーマパークに行って疲れ果てるまで楽しんだ思い出がある。
テニスとは違うが、わくわくさせてくれる気持ちには変わりない。

「なら、問題ないだろ」
「けど、チケット買う金持ってないっす」
「バーカ。俺がつき合わせているんだから、全部払うに決まっているだろ。
そんなの気にすんな。ほら、行くぞ」
「え、ちょっと」

手を引っ張られ、跡部に引き摺られる形で入り口へと連れて行かれる。

こんな強引なやり方はマイナスポイントだと、後でアドバイスしておこうと思った。


2011年04月01日(金) 跡リョ たまご 跡部編

今の人生は窮屈だ。
なんて思ったりしたら、どこに不満があると大勢の人から怒られるかもしれない。
何だって、思い通りに出来るくせに。
言われるとしたら、そんな所か。

知りもしないで、よく文句が言えるよな。

反論する気は当の昔に失くしていた。
勝手に言わせておけばいい。
所詮、表面上でしか物事を見れない連中だ。

自分がどれ程努力して今の地位を得たか、そして維持しているのか全くわかっていない。
家のことはさておき、成績やテニスの実力は金で買えるものではない。
常に一番であろうと、跡部は必死になって努力を続けていた。
学業でわからないことがあれば、理解出来るまで何度も問題を解き、
テニスで失敗したら次回は上手くやれるよう練習に励み、弱点を克服した。

一番を取って当たり前とは思っていない。
だから自分を鍛えることは怠ったりしない。
その結果の上、頂点に立っているのだから、好きなように振舞う権利はあるはずだ。
悔しかったら自分以上に努力して、抜いてみろと思う。
何もしないで陰口を叩くような連中を気にして、小さくなる必要は無い。
堂々と胸を張って、自分が一番であることを見せびらかしてやる。
その位のことは許されるんじゃないか。

跡部が一番に拘るのも、家のことがあるからだ。
両親は自由を許しているようで、実際は後取りとして相応しい有り方を望んでいる。
成績が悪いなど、論外。
人望が無いのも、スポーツが不出来なのもありえない。
全てにおいて、優れてなければならない。
二人共、口には出さないは無言のプレッシャーは感じていた。

一見、好き勝手にやっているように見える跡部だが、
両親の期待に添えるよう応えてきたつもりだ。
横暴な口調と反対に、自慢出来るような息子であり続けた。

何だって思い通りなんてあるはずないと、跡部は思った。

だって本当に叶えたい願いは、手にすることは出来ない。
望むことすら、許されない。
本当の気持ちは固い殻に閉じ込めて、忘れたふりをしなければならない。













「おかわり」

グラスを置いたリョーマに、
「またか。腹、冷えるぜ」と跡部は言った。

「これだけじゃ足りないっすよ。
いつもペットボトルを一気に飲むのに。
ちまちま注いで飲むのって、何か性に合わない」
「お前、人の家で飲み食いするわりには遠慮がねえな」

溜息をつくと、リョーマは「じゃあ、今度から買って持って来る」と唇を尖らせる。

「自分のお金で買ったものなら、どう飲もうが俺の勝手でしょ」
「……テニスしている間に、ぬるくなるだろ。止めろ」
「俺にどうしろって言うんすか」
「ああ、もう。わかった!おかわりだな!おい、用意してやれ」

パチンと指を鳴らして使用人を呼ぶと、
さっと新しいファンタを運んで来る。


二人がいるのは跡部の家に設けられているプライベートコートだ。
さっきまで汗を掻いて打っていたのだが、今は隅に容易された椅子とテーブルで休憩中。
ここなら邪魔も入らない、余計な見学者もいないし、好きなだけテニス出来るぜ、と言った跡部に、リョーマは迷うことなく簡単に乗って来た。

家に誘うのに、どれだけ悩んだかきっと知らないだろうな、と思う。

隠してはいるけど、何も気付かないのも腹が立つ。

リョーマは何一つ知らない。知ろうともしない。

ストリートテニス場で再会した時、声を掛けるかどうかその時も悩んだ。
その後、テニスする約束を言うべきかも迷った。


知れば知る程、リョーマに惹かれてしまう。
関わったら、逃げることなど出来なくなる。
その予感はあったけど、どうしてもリョーマの存在を無視してやり過ごすことが出来ない。

運命の相手に出会った時は、こんな感じなのだろうかと、柄にも無いことを考える。
それだけ、この恋に本気だということだ。

最悪だと、心の中で呟く。

今はまだ決まっていないが、いずれ親から将来の結婚相手を紹介されるはずだ。
嫌とは、言えない。
様々な利益が絡み、家にとって望ましい相手が選ばれるからだ。
自分一人ではどうすることも出来ない。

これまではどうせ好きな相手もいないのだから、構わないと思っていた。
周りにいる女子は跡部の上っ面だけを見て騒ぐような者ばかりで、好きになれる要素は無かった。
だったら親の決めた相手でも構わないと半ば覚悟していたのに。

どうして、リョーマが自分の前に現れてしまったのか。

この真っ直ぐな目をした挑発的な少年に惹かれることになるとは、
不覚としか言いようがない。

関東大会初戦。補欠の試合でコートを駆け回るリョーマを見た時、こいつこそ本物の才能を持つ者だと直感が知らせた。
それ程までに強烈な印象を、跡部の心に焼き付けた。

リョーマに会いたくて、でも青学に行く勇気が持てなくて。
会えるかもしれないとストリートテニス場をうろうろ探し回っていたなんて、死んでも口に出せない。
だけど居ても立ってもいられない。会えるまで通い続けるしかなかった。
もう一度、会って、テニスに誘って。
それからどうするのか。

好きだと自覚した時に、諦めなければならないことはわかっていたのに。

どんなに思っても、いずれ自分はリョーマとは別の道を歩む。
リョーマに告白して、万が一受け入れられたとしても、最後に待つのは悲しい結末だけだ。

それでもリョーマから離れることが出来なくて、
暇さえあれば「テニスしようぜ」と、連絡を取ってしまう。

いつから自分はこんな未練がましい人間になったのか。

いっそ連絡を絶ってしまえば楽になれるのに、そうすることも出来ない。
リョーマが他の誰かを選ぶか、あるいは留学とかで去っていかない限り思い切ることは不可能かもしれないと、溜息をついた。


「疲れているんすか?」

二杯目のファンタを飲み干してから、リョーマがこっちを向いて尋ねて来る。

「いや、ちょっと……。色々考えていただけだ」
「ふーん。恋の悩みとか?」

ぎくっと、肩を揺らす。
まさか、こいつ気付いているのか?

跡部の反応にリョーマは驚いたように、
「え、本当に?」と声を上げる。
どうやら想い人が自分だとはわかっていないらしい。

「なんだ、その顔は」

誰の所為だと思っているんだ。

ムッとして言い返すと、「だって、さあ」と言い訳がましくリョーマはその先を続けた。


「跡部さんが恋愛で悩むなんて考えられると想う?
どんな相手でも付き合うのが嫌なんて言わないでしょ。
あ、ひょっとして俺が知らないだけで付き合っている人がいて、ケンカ中とか。
どう謝っていいか悩んでいる最中っすか?」
「妙な妄想は止めろ。付き合っている相手なんていねえよ」
「え、そうなんだ?」
「残念ながら、片思いだ」

言うつもりは無かったが、全く気付かないリョーマに何だかムカついて、
ついそんなことを言ってしまう。

「へえー、意外。跡部さんでも片思いなんてするんだ」

目を丸くするリョーマに、相手はお前だけどなと、心の中で付け足す。

「告白は?しないんすか?」
「してもしょうがねえよ。叶うことはないんだからな」
「それって……。わかった。相手の人がもう結婚しているとかでしょ?
人妻を好きになるなんて、やるじゃん」
「……なんで勝手に決め付けるんだ。相手はフリーだぞ、多分」

純粋な好奇心なのか、質問をぶつけて来るリョーマに脱力する。
こいつ、これっぽっちもわかってねえな、と。

「フリーなら、好きだって言っちゃえばいいのん」

不思議そうな顔をして、リョーマは無責任にも炊きつけて来る。

「それとも失恋することが、予めわかっているんすか?」
「可能性はわからない。必死で手に入れようとしたら、もしかしたら届くかもしれねえな」

そうだ。リョーマを振り向かせる可能性はゼロではない。
告白してもいないのだから、駄目かどうかなんて誰にもわからない。

このテニスに夢中な少年を無理矢理こっちに振り向かせるのには難儀しそうだが、
出来ないとは言い切れない。
跡部が本気になってあの手この手を尽くして粘れば、心を動かすことが出来るはず。

「けどな、両想いになったとしてもその先に未来は無いんだ。
俺はいずれ……親が望む相手と添い遂げることが決まっている」
「ふーん。でもそれって、跡部さんにとって幸せなことなんすか?」
「……」

答え、られなかった。
好きでもない相手と一生を共にして、なのに本当に好きな相手は諦めなければいけない。
ちっとも幸せなんかじゃない。

「俺にはよくわからないけど、今のあんた辛そうな顔してる。
覚悟を決めたって感じじゃないっすよ。
そんなんじゃ、あんたと結婚するのを決められた相手の人も迷惑っすよ。
中途半端に片思いの相手に未練残したままのあんたと一緒に居ることなんて、きっと辛いと思う。
もう、止めたら?
本当は嫌なんでしょ?」

次々と本心を言い当てられて、跡部は項垂れてしまう。

自分ばかりが思い通りにいかないと不満に思っていたけど、
結婚させられる相手だって同じ位不幸なはずだ。
ましてやこっちに受け入れる覚悟が出来ていないとわかったら、それこそ地獄だろう。

「お前の言う通りかもしれねえな」
「でしょ?」

ほらね、とリョーマは満足そうに笑う。

「あんたはその好きな人にさっさと告白するべきだと思うよ。
で、恋人になれるように頑張って。
誰に反対されたって、好きな人が側に居たら心強いもんでしょ」
「そうかもしれねえが……。俺の勝手な事情に巻き込んでもいいのかよ」
「いいんじゃないっすか?
お互い好きになったら、問題無いでしょ。
それとも、その人頼りにならない感じなの?」
「いや」

跡部は軽く首を振った。

「むしろ味方に付けたら頼もしいだろうな。
それこそ、何でも出来そうな気がする」
「そっか。だったら頑張って落とさないと。
……って、俺が跡部さんの恋愛相談に乗ってるなんて変な感じ」

おかしいね、と笑うリョーマに、「そうだな」と跡部は微笑んだ。


諦めるはずだった、恋。
炊きつけてくれたお礼はじっくりゆっくり返してやろう。

お前が言ったんだからな。
本心を暴いた挙句、告白して落としてみせろって。
言ったからには責任を取ってもらおうじゃねえか。

恋人になったら、味方になれよ。
好きになったら、問題ないんだろ。


お前となら、どんな問題もクリア出来そうな気がする。

周囲に望まれて演じてきた自分を、決められた未来を、捨てることになっても怖くない。

割れないように、零れないように殻に閉じ込めて置いた素直な自分の気持ちを取り出す勇気を貰った気がした。
もしかしたら、叶えたい望みに手が届くかもしれない。
幸せな、未来へと。


「頑張ってね」

呑気に笑って言うリョーマに、「ああ、全力で行くつもりだ」と跡部はきっぱりと答えた。





リョーマ編へ続く。


チフネ